人気ブログランキング |

by and by yumimi61.exblog.jp

カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

日本国憲法の秘密-234-

―島原大変肥後迷惑―

・1791年の年末頃から、雲仙岳西側で有感地震が多発。震源が徐々に普賢岳に向かって行った。

・1792年2月10日(寛政4年1月18日)、普賢岳で噴火が始まる。(溶岩流や火山ガスの噴出あり)

・1792年4月1日から1週間ほど群発地震あり。
(普賢岳から吹き上げられた石は雨のごとく地面に降り注いだ。眉山にも落石あり地割れが起こった)

・地震の震源が島原方面に移動し有感地震が続いた。

・4月21日からは島原近辺での地震活動が活発になった。

・群発地震が収まりかけたかに見えた5月21日の夜、2度の強い地震が起こった。
眉山が崩壊し、大量の土砂が島原城下を通り有明海へと一気に流れ込んだ。
(眉山の火山活動によって直接起こったものか、雲仙岳の火山性地震によって誘発されたものであるかは、現在でも定かではない)
海に大量の土砂が流れ込んだ衝撃で津波が発生。島原の対岸の熊本を津波が襲う。
熊本沿岸に到達した津波が返して島原も襲う。
 ⇒死者・行方不明者は合計15,000人(うち約3分の1が熊本側)。火山災害としては有史以来日本最大。

この災害が「島原大変肥後迷惑」と名付けられているが、迷惑という言葉のインパクトが強い。
「島原、大変肥後迷惑」ではなくて、「島原大変、肥後迷惑」という分け方になるそうだ。
肥後細川家9代目の時代(8代目熊本藩主でもあった)。
現在の肥後細川家当主は細川護煕元首相で18代目。


雲仙岳という単体の山はなく、普賢岳周辺の山々の総称。
黒いマークが「眉山」。眉山という単体の山はなく、七面山・天狗山・南峰の総称である。
有明海に流れ込んだ岩塊は、島原市街前面の浅海に岩礁群を作り、「九十九島」と呼ばれている。
by yumimi61 | 2016-05-01 09:30