人気ブログランキング |

by and by yumimi61.exblog.jp

カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

日本国憲法の秘密-280-

以前も書いたが、ドイツは連邦国家である。
正式名称(邦名)は「ドイツ連邦共和国」。
限定的統治権を保有する16の州から成り、首都及び最大都市はベルリン。

連邦とは、強い(それなりの、一定の)権限を持つ、複数の国家あるいは自治体などが連合して対外的に一国家として成立した国体である。
連邦制に基づいて成立した国家を連邦国家と呼んでいる。

連邦国家の最大の特徴としては、対外的(外国から見て)には一つの国家として扱われるが、内情はそれぞれの国家に所属する構成体から、主権の一部を譲渡される形になっていることである。

すなわち連邦制を採用する国家においては構成体をまとめる、首都におかれる中央政府(連邦政府)が存在する。しかし中央政府の役割は、日本のように権限と財源が大きい中央政府とは違い、あくまで外交・軍事といった対外的に一つの国家として扱われる以上やるべき職務に限られる。地域主権の究極な形である。

そのため行政はもとより、立法や司法も構成体が有することが多い。アメリカなどでは連邦に加盟する構成体が共通して持つアメリカ合衆国憲法と、州がそれぞれ独自に持つ州憲法の二つがあり、後者は構成体である州内において通用する。
もちろん建前や国号にのみ、連邦制あるいは連邦と称して、ほとんどの権利ないし機関が中央政府の職権下にある国家もあり千差万別である。
なお、勘違いする人がたまのいるのだが、連邦制だからと言って共和制であるとは限らない。


国名に連邦が入っている国と入っていない国があるが、連邦国家制を採っている国は多い。
アラブ首長国連邦、 エチオピア連邦民主共和国、オーストラリア連邦、スイス連邦、セントクリストファー・ネイビス連邦、ドイツ連邦共和国、ナイジェリア連邦共和国、ブラジル連邦共和国、ミクロネシア連邦、ミャンマー連邦共和国、ロシア連邦、ソマリア連邦共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦
コモロ連合、タンザニア連合共和国、アメリカ合衆国、メキシコ合衆国
アルゼンチン共和国、イラク共和国、インド共和国、オーストリア共和国、カナダ、パキスタン・イスラム共和国、 ベネズエラ・ボリバル共和国、 ベルギー王国、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マレーシア

(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国、デンマーク、中華人民共和国)・・・制度上は単一国家だが連邦制に近い国家

上にも書いてあるが共和制(君主のいない国家)かどうかは連邦制とは別の話となる。
イギリスやカナダは君主のいる国家である。アメリカやスイスは君主のいない国家である。

一国を代表する資格を持つ人を元首という。
元首が選挙によって選ばれるのが共和制である。アメリカやフランスの大統領は共和制の元首である。
元首が世襲によって継承されるのが君主制である。イギリスがそうである。
日本も世襲天皇がいる。しかしなにせ「象徴天皇」であり、どのように扱ってよいのかさっぱり分からないというのが実情。
日本国憲法は元首について明記していない。大日本帝国憲法では天皇が元首と規定されていた。

君主がいない国は大統領(国の代表者、対外的な顔)と首相(行政府の長)という2つのポストが存在することが多いが、アメリカには首相がいない。要するに大統領が首相も兼務している。
権威や権力の度合いや独裁性はそれぞれ違うと思うが、君主と首相、大統領と首相、こうした場合には一応役割分担があるということになる。
しかしアメリカにはそれがない。アメリカ大統領は形式上絶大の権力を握ることになる。暴走すれば怖い。
だから大統領は任期4年×2を超えないことが慣習になっているのだろうし議会が強いのだと思う。アメリカの良心といったところか。これを踏まえると中央銀行を国家から離したことも一理あるということになってしまう。

大統領と首相のどちらのポストもあるドイツとフランス。
ドイツは首相であるメルケルのほうが有名だし、フランスは大統領であるオランドのほうが有名。
日本ではメルケル首相ばかりがメディアに登場するが、ドイツの元首はヨアヒム・ガウク大統領である。(御存知ですか?)

日本の天皇が元首でないとすると、アメリカのように首相が元首と行政府長を兼務することになる。
安倍首相は立法府の長であるという認識も持っているらしい。
「政府」という場合には、統治に関わる立法・司法・行政すべての機関および機構の総称を指すので、日本政府の代表が首相であるならば安倍首相の認識もあながち間違っていない。「政府の長」ということ。

スイスには首相も常任大統領も存在しない。スイス連邦の行政府となる連邦参事会の議長が年齢順に持ち回りで大統領となる。スイスには元首がいないのだ。EUはこれに似ているのではないだろうか。

元首は外交の顔。国賓とは外国の元首のことである。
でも近年は情報社会が進んで、迅速な情報処理と多様な通信メディアによる広範な情報伝達が可能となり、且つ身近にもなった。
また航空輸送がめざましい発展を遂げたことによって世界を移動することが以前に比べれば格段に容易くなり、これも個人レベルまで落ちていった。
こうしたことから、対外的に国の顔となる「元首」や「国賓」にかつてほど大きな意味を見出せなくなっている。


現在のイギリスの君主エリザベス2世(女王様)は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国の他15か国の主権国家の君主であり、王室属領と海外領土の元首でもある。
イギリスの君主を自国の君主として置いている国を英連邦王国(人的同君連合)といい、イギリス含め16か国ある。イギリスとカナダはこの関係にある。
インド連邦や南アフリカ連邦もかつては英連邦王国であったが、現在は共和国となっている。
イギリスは英連邦王国(人的同君連合)の他にもイギリス連邦という集合体を作っている。加盟国53国(更なる加盟希望国あり)。
かつてのイギリス帝国(大英帝国)がその前身となって発足し、イギリスとその植民地であった独立の主権国家から成る、緩やかな国家連合(集合体)。英連邦。コモンウェルス(the Commonwealth)ともいう。
対外的に一国家として成立する国家ではないが、それを言ってしまえばEUも一国家ではない。
イギリスはEUより先に英連邦王国やイギリス連邦を自ら形成しており、その加盟国はヨーロッパに留まらない。イギリスは引っ張っていく立場にある。
イギリスは君主と首相という形態であり、その意味においてもドイツやEUと相容れないものがありそう。


連邦制は大きな権限を持った構成主体が連合をして、対外的な一国家を形成しているため、地域主権や地域の独自性が大きく、中央政府の強大な権限はある程度減少する。連邦制にはこれに起因する問題点がある。

一つは連邦内の構成体同士の経済格差。中央集権国家の場合、中央政府が強力な権限を持っているために徴税権を行使し、予算を編成し、それを執行することができる。それを利用し生産性の低い地域に対し公共事業を行って社会資本を整備したり、産業政策を行うことで不均衡を是正することができる。経済力の強い地域から弱い地域への富の再配分を行えるのだ。


中央集権国家ではない連邦国家の連邦政府の権限が弱いと、これらが限定的にしか行えず格差が広がったまま是正されないこともある。その状態で統一された通貨を用い資本が自由に移動し生産が行われると、何かと生産性の高い構成体が、生産性の低い構成体をフルボッコにしかねない。
また地域の経済格差は、そのままその地域に住む人々の福祉や教育にも影響する。端的に言えば豊かな地域は高度な教育を行い所得を向上させることができるが、貧しい地域はそれが中々できず、結果として所得が低いままになってしまうということ。
これらへの対策として中央政府の権限を強化するという方法があるが、あまり強くすると構成体からの反発も出てくる。かといって「貧乏なのはその構成体の自己責任」とするのなら、「じゃあ自己責任だから、通貨発行権と徴税権を全部よこせ」ともなりかねない。これでは何のために連邦という統一政体を維持するのかが分からなくなる。

また司法権の行使、具体的には犯罪捜査などにおいても弊害が生じうる。構成体が高い自治権を有して各個に司法権を持っている場合、連邦の司法権はきわめて限定的になってしまう。構成体域内の犯罪だけならまだ良いのだが、現実には複数の構成体にまたがる広域犯罪が発生するのは珍しくない。よって構成体の司法権が強ければ強いほど、捜査や検挙が不十分になったり、全くできなくなる恐れがある。
対策としては連邦レベルで捜査を調整する機関や、構成体に優先して重大犯罪や広域犯罪を捜査する連邦警察を設置することである。ただし連邦警察の権限が強すぎると、やはり構成体の司法権が弱くなってしまい、自治権が弱められるということになりかねない。

構成体が強すぎるとバラバラの国が融通の効かない状態で存在しているだけだが、中央の権限が強くなれば構成体が主権を持つ意義が怪しくなる。構成体の自治権を尊重すればするほど、連邦国家はこのジレンマに陥ってしまうのだ。
 
ニコニコ大百科 連邦より>

EU問題も日本の米軍基地問題も首都東京問題も、もっと言えば国際連合で一致団結してきた資本主義な世界全体がこれらの問題に直面している。

連邦という語は固有名詞ではなく日本語に訳す時にニュアンスが変わってしまう。
ソ連の場合は、連邦ではなく同盟や結合のほうが本来の単語の意味に近いのではないだろうか。
志を同じにする幾つかの社会主義共和国が集まった「ソビエト社会主義共和国同盟(国)」と称した。
同盟国家の場合、構成する国々(共和国)はそれぞれ君主や統治者がいて議会などがあり独立しているのが基本で、同盟を構成する国々(共和国)は同盟内において平等の権利を持って然るべき。
同盟国家の大統領は同盟構成国の君主や統治者から選出し、議会は構成国から代表者を出す。
これが本来あるべき同盟国家の姿。
同盟国家形成にまで至らないのが、戦争時などにみられる同盟国や連合国である。

連邦国家の場合は、構成する国(領邦)の自立独立度が同盟国家の構成国には及ばない。
また各構成国(領邦)の自立独立度や規模の差が大きい。
そこで連邦国家の大統領や議員の選出は、構成国の君主や統治者や代表者から選ぶという方法ではなく、連邦国家を1つの単位として選挙を行う。
これが連邦国家であると思う。
戦争時の同盟国や連合国の流れを汲んで設立された国際連盟や国際連合は加盟国の規模に差があるということで、連邦国家に似ている。

アメリカも連邦国家(連邦共和国)であるが、政党ありきの選挙となっている。
日本も都道府県が存在するのだから連邦国家と称したほうがよいと思う。
過去記事より>


連邦国家の対義語は単一国家である。
日本は連邦国家ではなく、中央集権の単一国家である。
つまりそれは、都道府県という自治体はあれど、連邦国家のような構成体と見做されておらず、主権もないということである。しかも君主がいるようないないような。
世界的には、とくに先進国の中では、極めて珍しい国家体制を敷いている。
中央集権のメリットー中央政府が強力な権限を持っていると、地域間の不均衡を是正したり、富の再配分が出来る。
では日本において地域の不均衡は是正されているか?富の再配分は行われているか?答えはノーである。
格差は選挙の一票にあるだけではない。学校も病院もインフラも格差だらけである。是正する気なんかない。
ニワトリが先か卵が先かではないが、インフラが整ったところに人や企業は集まるのだから、格差を是正する気があるならば地方のインフラを整備するべきなのだ。
しかしお金が落ちるのは大都市ばかりである。再開発再開発といったい何度開発すれば気が済むのかと言いたい。東京オリンピックなんてその最たるものである。
中央集権はその強力な権力でもって、格差是正ではなく格差を付けることを積極的に推し進めるのだから堪ったものではない。


ドイツは領邦で有名な国である。
三十年戦争(1618~1648、プロテスタントの反乱が機)の後、およそ300の領邦(構成体)の寄せ集め状態となっていたドイツは、ナポレオン戦争でさらに国土を再編され、最終的にはウィーン議定書によって35の君主国と4自由市による「ドイツ連邦」となっていた。
1830年代になると、ドイツでも産業革命が進行しはじめ、産業資本家(ブルジョアジー)を中心にドイツ統一の機運が高まった。1848年の三月革命を機にウィーン体制が崩壊すると、ユンカー(地主貴族)も統一の不可避性を認識するようになった。


統一の機運が高まったがやはり話し合いでは決着しなかった。
「ドイツ統一戦争」と呼ばれる3つの戦争によってドイツは統一を果たした。
 ・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争(デンマーク戦争、1864年)
 ・普墺戦争(1866年)
 ・普仏戦争(1870年 - 1871年)
それが1871年に成立した「ドイツ帝国」である。ドイツ帝国は統一国家であるが、連邦国家であって単一国家とは違う。
ナポレオン戦争の後の連邦国家と何が違うのかと言えば、君主が1人しかないことである。
その前は35人も君主がいたのである。君主のいる構成体が35存在した。(日本の知事は47人いるけれども・・)
寄せ集め国家には違いないが君主が1人になったのがドイツの統一国家であった。
君主が1人だったドイツは1871年から1918年まで続いた。
この国家体制を動かしたのは第一次世界大戦の敗北とドイツ革命の勃発だった。君主はオランダに亡命し、その後は共和政を採った。
次にやってきたのが、いわゆるナチスドイツ時代。国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP、ナチ党)の独裁政治。1933~1945年。
ヒトラーは共和政に移行したドイツを再び統一国家にすることを夢見ていたという。
再び君主を置いての統一国家を夢見たのか、それとも自分が君主に君臨する統一国家を夢見たのか。
しかし、「ドイツ帝国」「ヴァイマル共和政」「ナチス・ドイツ」、1871年~1945年のこの期間、ドイツの国名はいずれも「ドイツ国(Deutsches Reich)」であったし、正式に国の形態を変えたわけではなかった。共和政時代の共和国すら拒否されたのだった。形式的にはこの期間ずっとドイツは統一国家だったと言える。
「ドイツ帝国」「ヴァイマル共和政」「ナチス・ドイツ」、いずれも「実質的にそうなった」と名付けられたものである。
そして「ドイツ帝国」に続いて「ナチス・ドイツ」も世界大戦に敗北し、統一国家は終焉した。
こうして戦後ドイツに共和国が誕生するわけである。
 ・ドイツ民主共和国(東ドイツ)―ソ連が占領した地域。
 ・ドイツ連邦共和国(西ドイツ)―イギリスとフランスとアメリカがそれぞれ占領した地域。
東西分断は1990年まで続いた。長いこと連邦国家であるドイツにとって、分断は国の一大事とはなりにくい。
もともと緩やかに分断していたのだから。
それに加えて、占領されていようがいまいが一般庶民は普通に生活が送れれば大して関係ないと側面もある。
同じお給料を貰えて生活できるならば、会社の社長が外人だって外資だって構わないというのと同じ。
占領時代に米軍人(米軍属?)と恋に落ちてアメリカに移住しちゃう人だっているくらいなんだから。
それと同じで植民地という響きは悪いけれど、個人レベルではむしろ歓迎なんていう人も意外に少なくないのかも。
だからこそ目に見える壁が必要だったのだ。自由に行ったり来たり出来ないことを知らせる、文字通り分断の壁が必要だった。
隣の地域になんか大して行ってもいなかったのに、今後いっさい出入り禁止なんて言われると、急に世界の終わりがやってきたような気持になることはあるだろうと思う。
もしもドイツが戦争に勝っていたらドイツは今も君主制国家だったろうか。
by yumimi61 | 2016-07-05 14:13