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日本国憲法の秘密-304-

おそらくどこの国もそうだろうけれど、国民の意見が一人残らず一致するなんてことはない。
全国民でなく、例えば政治家だけを取り出しても、その意見が全て一致するなんてことはないだろう。
強い理念を持つ個人、強いイデオロギーを持つ集団ほど、摺り合せは難しくなる。
理念やイデオロギーはアイデンティティの形成に大きく関与しているので、これを譲ることは自己の喪失に繋がりやすい。

アイデンティティは「どこにいても誰といても何をしていても自分は自分」というところの、「自分」である。
自己同一性、本人に間違いないこと、出生から今日まで生きてきた自分。
連続する同一のもの。魂を抜かれて途中で誰かと入れ替わったわけではない自分。
連続や同一を維持するには「芯」や「根っこ」が大事ということで、そうした言葉に置き換えてもいいかもしれない。
服を着ても脱いでも、化粧をしても、整形をしても、要するに見た目が変わっても、変わらない自分ということで「核」と言ってもよいかもしれない。

アイデンティティの形成に関与してきたと思われる理念やイデオロギーを譲ってしまうと、「今までの自分は何だったのだ?」とか「自分が今までしたきたことは何だったのだろう?」といった虚無感や無力感に苛まれる。
一番分かりやすいところで言えば、性別。性別もアイデンティティの形成に関与している。
本人が自分自身の性別をどうみているか、すなわち性自認がアイデンティティに影響している。ジェンダー・アイデンティティ。
自分を女だと自認して形成したアイデンティティがある。性別学的な女の場合はそれでとくに問題が無い。
ところが性別学的に男であった場合、「いやいやあなた男でしょう」とか「男なんだから男らしくしろ」と言われたりする。女として形成してきたアイデンティティが揺らぐ。否定される。
自分が形成してきたアイデンティティ(理念やイデオロギー)を社会に認めてもらえない。そうすると自分自身を否定されていると感じてしまう。
それが進むと罪悪感や劣等感に悩まされることにもなる。自分が自分を認められなくなってしまう状態は本人にとっては深刻である。本当はこれを性同一性障害と呼ぶべき。
生物学的な性別と自己認識の性別が一致していなくても、それによって自分を否定するようなことがなければ、精神的な問題(障害)はない。その人のジェンダー・アイデンティティがしっかり確立された状態である。

自分を形成してきたものを否定されたくないという気持ちは、自己否定からの防御反応である可能性が高い。
過度な承認欲求は過剰な防御反応であると言える。
承認欲求は誰にでもあるものだが、アイデンティティ形成期、要するに人生経験が少ない時に多い。アイデンティティの不足を承認によって埋めて自己を保つのである。
上に自分が形成してきたアイデンティティ(理念やイデオロギー)を社会に認めてもらえないと自分自身を否定されていると感じてしまうと書いたが、パラドックス的なことを言えば、「どこにいても誰といても何をしていても自分は自分」がアイデンティティなので、社会に認められないからとすぐに自己否定に走るような場合には、アイデンティティの形成が上手くいっていないと考えられる。

ただ社会における人間関係をアイデンティティだけで語ることは出来ない。
アイデンティティは個人や単集団内でこそ有効なものである。
自分とは違う自分(他者)・理念・イデオロギーの存在はストレスや煩わしさに繋がる。
アイデンティティが確立していて自己否定に走らないことは良いことだが、だからと言って他者否定をしてよいという理由にはならない。
社会には数多くの自分・理念・イデオロギーが存在しており、それが相反の関係にある場合も当然あり得るのだから簡単ではない。


例え話だと思って聞いてほしい。
生物学的には男性だが、自身の性認識は女性、こうした人がいたとする。
この人は性転換手術などは受けておらず、見た目は男性である。
しかし女性として生きている。
性別学的な性別と自己認識の性別は一致していないが、幸い自己否定に陥るようなことはなく、生物学的な男性ともお付き合いを重ねたりして結構幸せな日々を送っている。
これは精神的にはとても健やかな状態であり、問題(障害)はない。

でもこの人はひょっとしてHIV陽性者かもしれない。
今のところ健康状態には何の問題なさそうだから発症はしていないだろう。
本当はHIVに感染しているかどうかくらい検査したほうがよい。
現代では感染していても適切な治療によってエイズ発症がだいぶ抑えられるようになったというから、受けるにこしたことはないかもしれない。
でも彼は受けていない。
HIV陽性者がコンドームなしでアナルセックスをした場合、1回の行為で相手を感染させてしまう率は0.5%と言われている。
な~んだ99.5%は感染しないのかぁと思うかもしれない。そう99.5%感染しない。社会的には。
だけどこれは確率だからたった1回の行為で「0.5%の感染」に当たってしまうことも無きにしもあらず。個人的にはいつでもリスクはあるということ。個人のリスク(1回の行為で感染するかしないかの個人的な確率)は2分の1と言い換えることが出来る。感染するかしないかしかないのだ。
一般的な確率論で言えば、同じ陽性者と10回行為をして感染しない確率は95.1%に減る。
20回連続感染しない確率は90.5%となる。
このように数が増えれば増えるほどやはり感染確率は上がってくる。200回、300回、400回となれば、感染確率はどんどん100%に近づいていく。

その男性は精神的に日々健やかに過ごしているけれども、HIVに感染しているかもしれないという問題、HIVに感染していればいずれエイズを発症するかもしれないという個人的な健康問題を内包している。
また同時にHIVを感染させる可能性があるという公衆衛生上の問題もある。
HIV感染すると高確率でエイズを発症し、その死亡率が高いということになれば、問題はもっと大きくなる。
「検査をして白黒つけさせましょう」「陽性者と陰性者に分けて指導と経過観察をしていきましょう」、こうしたことは公衆衛生対策として考えられないものではない。かなり有効ではないだろうか。
しかし陽性者に対して差別を生んでしまう可能性はある。

その男性は勧められて恋人と一緒に検査を受けた。するとなんと自分だけHIVに感染していた。
病院では「ちゃんと治療すれば大丈夫ですよ。あとコンドームを使用してくださいね」と言われた。
だけど男性はHIV+に頭が真っ白。唐突に人生の終わりがやってきたような気がした。
恋人も逃げるように離れていき、自暴自棄になった。
生物学的な男だろうと女だろうと、手当たり次第、誰とでも性行為するようになった。
「なんで自分だけが・・」という気持ちが強くてコンドームを使う気にはなれなかった。
相手が見つからなかった時には強姦にも及んだ。もちろんコンドームなんか使わない。
「HIVは感染率が高くないんだ、心配はいらないさ」、心の中でそう呟いていた。
by yumimi61 | 2016-07-30 16:59