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日本国憲法の秘密-310-

民族には民族出自的な分類と言語的分類がある。
前記事ではスラブ民族とゲルマン民族を例に挙げた。
スラブ民族やゲルマン民族のことをスラブ人やゲルマン人と言うことがある。言い方の違いで両者に大きな差があるということはない。
ユダヤ民族とユダヤ人も同じである。
スラブ民族(スラブ人)の中には、ウクライナ人・ベラルーシ人・ロシア人・チェコ人・ポーランド人・スロバキア人・セルビア人・クロアチア人・スロヴェニア人・ブルガリア人などが含まれてくる。
ゲルマン人という括りは、どのあたりまでルーツを遡るかによって変わってくる。
大元は北欧。そこから一部民族が北欧南部やドイツ北部・デンマーク近辺に移動した。
その後も民族大移動があり西ヨーロッパにまで範囲を広げた。
見方によっては現在の西欧人のルーツはゲルマン民族と言うことも出来る。

こうした民族の他に、国籍分類がある。
ドイツの国籍を持つ人がドイツ人という分類である。どんな民族であろうと、民族ルーツがどこであろうと、どこに生まれようと、過去にどこに暮らしていようが、今現在ドイツの国籍(市民権)を持っていればドイツ人という考え方である。
この国籍ドイツ人と、民族ドイツ人ではだいぶ違いが出てくる。

(例)ロシア人
1.ロシア民族(ルースキエ;русскиеルースキイェ) - 東スラヴ族の一つの民族。
2.ロシア連邦国民(ロシヤーネ;россиянеラスィヤーニェ) - ロシア国民。
日本語では両者を区別しない曖昧な表現となるが、ロシア語では明確に区別される。2は1以外にも多数の民族がおり、1と2は別の概念である。



例えば多くの移民がいるアメリカ。
アメリカ国籍を取得すれば日本人であってもアメリカ人(日系アメリカ人)になる。
永住権(移民ビザ)ではアメリカの国籍を持ったということにはならない。日本から移住すれば日本からの移民である。
国籍を取得するには要件があり、そこには言語が関わってくる。
日本は認めていないが、世界には2重国籍を認めている国もある。日本が認めれば、正式に日本人でもありアメリカ人にもなれる人がいるということだ。
国籍による〇〇人から民族を語ることは非常に難しくなる。
また移民が多い国は「多くの民族」と「多くの国籍〇〇人」が入り乱れていることになる。
アメリカ国籍を有しない移民だって、長く住んでいれば気持ち的には「国籍アメリカ人」の一員になってしまうこともあるだろう。
一方でアメリカに長く住んでいても故郷が恋しく「私は民族〇〇人、国籍〇〇人」とアメリカ人とは違うアイデンティティを持っていることもあるだろう。
国籍アメリカ人=アメリカ、という構図にもならない。


ヒトラーは1932年までオーストリア国籍だった。オーストリアに生まれ育った。
祖先がゲルマン民族やドイツ人だったとして、古い過去にどれほどの郷愁を感じるものなのか島国に生まれ育った私には想像できない。
成長してドイツに向かい、そのドイツで政府を倒すクーデターに失敗するも英雄になり、やがて民族主義の独裁者として動かぬ歴史に名を刻むことになる。

ヒトラーがドイツに強い思い入れがあったとするならば、ドイツ国ではなくドイツ人やゲルマン民族だったと考えるのが自然であろう。
だから民族主義の独裁者に仕立て上げられたとも言える。
オーストリア・ハンガリー帝国領だったチェコで結成された「ドイツ国家社会主義労働者党」も、ドイツで結成された「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)」も、もちろん日本語名ではない。英語名でもない。翻訳したものだ。
日本語で「国家」と訳している部分は、英語では'National'にあたる語だそうだ。
そうとなれば国家よりも「国民」や「民族」のほうが相応しいのかもしれない。
大事なのはドイツ国家ではなくドイツ人なのだ。

前に日本で言う「ヒトラーの思想」的なことを外国では"Master race"や"Superior race"と言うと書いたが、実は'race'には人種という意味がある。
従ってそれに基づいて意訳すれば優越民族とも訳せなくない。
しかし意訳は優越民族にしても、'race'は生物学的な意味での人種で、文化や習慣なども加味した人種(民族)だと'ethnic'になり、これは明確に使い分けている。
一般的に人が優越を感じるのは遺伝子ではないだろう。遺伝子なんか見る機会がないのだから。
だからヒトラーの思想は競争で勝つことだったと考えられる。ドイツ人の領域を広げることが競争に勝つことだと思って侵略戦争に臨んだのかもしれない。
目標にしていた範囲が言語アーリア人領域だったということはないだろうか。


ドイツがポーランドに侵攻する(第二次世界大戦が始まる)半年ほど前の1939年3月、ドイツのナチス政権はチェコスロバキアを併合した。
1945年に戦争が終わる。ドイツは第一次世界大戦に引き続いて敗北した。
終戦後にチェコスロバキア共和国は復活したが、1946年に共産党が選挙にて第一党(政権政党)となり、
1948年に「人民民主主義」を掲げて共産主義政権となった。
政権政党と共産主義政権の何が違うのかということは、日本の共産党が第一党になったと考えて見ると分かる。
これまでの政権政党が採ってきた方針や政策を大きく変えることなく基本的に継承する形式ならば、第一党になったというだけのこと。野党であり左翼に分類されるだろう社会党や民主党が政権を取っても基本的なことは変わらなかった。国家の主義が変わったわけではないからである。
チェコスロバキアの共産党は1948年に共産主義に大きく舵を切った。
人民民主主義は共産主義のベースには民主主義があるという考え。マルクスやレーニンが主張していた。独裁ではない統治・政治である。
共産主義とは経済の在り方で、民主主義とは政治の在り方を示す。
共産主義の対義語は資本主義で、民主主義の対義語は君主制(主義)や独裁制(主義)。
資本主義と民主主義はセット物のように捉えられているが、資本主義と民主主義は両立しにくいものであるという考えがある。
ただ共産主義にしても資本主義にしても、なかなか君主制や独裁制から離れられないという現実がある。(王政に反発した市民革命から帝政が生まれたフランスのように)
by yumimi61 | 2016-08-04 16:41