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日本国憲法の秘密-328-

打ち出の小槌。

「見えざる手」で有名なアダム・スミス。経済学者、神学者、哲学者。
「見えざる憲法」を運用しているイギリスの出身。
スミスが生きた時代のイギリスは、イングランドとスコットランドが合同したグレートブリテン王国である。
合同法によって合併したのは1707年であるが、その100年ほど前の1603年にスコットランドの国王がイングランドの国王も兼ねることになっていた(ジェームズ1世)。

ジェームズ1世の前のイギリス国王はエリザベス1世女王で、彼女は生涯独身で後継ぎとなる子供がいなかった。
エリザベス1世の父親はヘンリー8世なのだが、ここが非常にゴタゴタした。
王妃の子がメアリー1世だが王妃と離婚、再婚した後妻の子がエリザベス1世。
ただ再婚後に生まれた(妊娠した)子かどうかはかなり怪しい。
(しかもヘンリー8世は皇位継承者となる男児が欲しかったという理由で離婚を決意したはずなのに、生まれてきた子は女の子!という・・・)
当時イギリスもカトリック主流だったが、カトリックは離婚を認めておらず、このことを機にカトリックの一教派だったイングランド国教会がカトリックから分離独立した。
ゴタゴタの裏事情を知っていたっぽいのがスコットランド女王で、彼女は「自分のほうがイングランド王位に相応しい」と主張した。確かに彼女の母親はヘンリー8世の姉である。父はスコットランド国王。
でも血は争えないと申しますか、こちらのお嬢様もわりと奔放な御方で、エリザベス1世とはライバルではあったものの似た者同士でもあった。
このスコットランド女王の息子が1603年にスコットランド王とイングランド王を兼ねることになったジェームズ1世である。名付け親はイングランド女王エリザベス1世であった。
(殺人事件にまで発展した!?ゴタゴタの詳細はこちらを)

イギリス国教会(聖公会)はカトリック系だったが、カトリックと対立して分離独立しので、一応プロテスタントというスタンスをとっている。しかしカトリック教会の存在そのものを否定して別れたわけではないのでカトリックの流れをそのまま汲んでいる部分もかなりある。カトリックとプロテスタントどちらなのかよく分からない(どちらでもいいが本音か)。
スコットランドにもスコットランド国教会があるが、こちらはプロテスタント長老派教会。

スコットランドの女性運動の最も大きなボランティア組織でもあるそうだ。
正式な教会員は国民の10%ほどだが、半数近くの国民がこれを信心しているという。次いで多いのがカトリックで20%弱。
「スコットランド国教会」は国教という名ではあり、国民教会として認められているものの、純粋な意味での国教ではないという。


聖公会というのはイギリスの植民地であった地に見られる宗教である。
「イングランド国教会」の傘下のようなものであり、聖公会の聖職者はイギリス君主の承認を得なければならなかった。
しかしアメリカ独立戦争終結の翌年1784年に初めてその慣習が打ち破られた。
イギリス君主ではなくスコットランド聖公会の主教によって承認されたアメリカ聖公会が誕生したのである。
以来アメリカ聖公会はスコットランド聖公会を通じた後継者選び(使徒継承)を行っているという。
この使徒継承とは最後の晩餐に通じる神秘的なものだそうで、誤った方向に・・行っていなければよいが・・と危惧する儀式でもある。
使徒継承というのはカトリックでお馴染みのものだが、聖公会もこれを行っている。
しかしカトリックは聖公会の使徒継承は認めないと言っているそうで、何がどうなっているのやら。

アメリカ聖公会にとっての救世主が前述のとおりスコットランドなのだが・・・・。
1707年連合法によりイングランド王国とスコットランド王国は統合しグレートブリテン王国になっていた。
つまり「グレートブリテン王国(イングランド+スコットランド)の王」=「イギリス君主」である。あれれれ?
辻褄が合わなくなったせいか「当時国家から迫害されていたスコットランドの主教から承認された」とアメリカ聖公会は言っているようだが、聖公会はイングランドのものである。
そのイングランドとスコットランドが合体した以上、国家から聖公会主教が迫害されていたということはないと思うのだが・・・。
国家(カトリックから独立)から迫害されていたとするならばカトリックであった可能性が強い。

まとめると、聖路加国際病院のキーになるのはスコットランドである。
前身の健康社(築地病院)はスコットランド長老派教会によって設立された。
後身の聖路加病院はアメリカ聖公会が設立した。アメリカ聖公会はスコットランドとの結びつきが強い。
しかしそのスコットランドとイングランドは1つの国家であり、聖公会というのはイングランド国教会の傘下にあるようなものである。
イングランド国教会は元々はカトリックであったが分離独立したのでカトリックとは敵対関係にあるが、典礼はカトリックを踏襲している。
要するにカトリックの経典そのものに意義や不服があったのではないかもしれない。
アメリカの要職者がアメリカ聖公会信者だとするならば、この宗教的解釈の意味合いは重要となるだろう。
過去記事より>>
 


なぜ長々と宗教関係の過去文を再掲したかというと、「見えざる手」は宗教と無縁ではないからだ。

元々はキリスト教の終末思想に由来し、「人類最後の最終戦争には、信徒は神の見えざる手により救済され、天国へ行くことができる」などの教えから来る物で、これを経済論に比喩として用いたものである。『国富論』には1度しか出てこない言葉であるが、多くの経済議論に用いられ非常に有名となっている。また、神の見えざる手(英語: invisible hand of God)ともいわれるが、『国富論』には「神の(of God)」という部分はない。

“人は自分自身の安全と利益だけを求めようとする。この利益は、例えば「莫大な利益を生み出し得る品物を生産する」といった形で事業を運営することにより、得られるものである。そして人がこのような行動を意図するのは、他の多くの事例同様、人が全く意図していなかった目的を達成させようとする見えざる手によって導かれた結果なのである。

...he intends only his own security; and by directing that industry in such a manner as its produce may be of the greatest value, he intends only his own gain; and he is in this, as in many other cases, led by an invisible hand to promote an end which was no part of his intention.”

— 『国富論』第4編「経済学の諸体系について」第2章



現在の一般的な「見えざる手」の解釈は次のようなもの。
市場経済において、各個人が自己の利益を追求すれば、結果として社会全体において適切な資源配分が達成される、とする考え方。スミスは個人が利益を追求することは一見、社会に対しては何の利益ももたらさないように見えるが、各個人が利益を追求することによって、社会全体の利益となる望ましい状況が「見えざる手」によって達成されると考えた。スミスは、価格メカニズムの働きにより、需要と供給が自然に調節されると考えた。

先日資本主義の段階に書いたことがほぼこのようなことである。
経済とは結局「物」の動きであるからして、自然とは無関係のようでいて、自然(物質)そのものなのだ。
だから自然淘汰メカニズムに乗る。
自然淘汰
自然界で、生態的条件や環境などによりよく適合するもの は生存を続け、そうでない劣勢のものは自然に滅びていくこと。転じて、長い間には劣悪 なものは滅び、優良なものだけが自然に生き残ること

人間が何か説明する時に難しいのは言葉の選び方。1つの単語から受け取る解釈は多数ある。また用いた単語が言わんとしていることに適するものかどうか、このあたりも難しい。
上記の自然淘汰の説明で言えば、劣悪と優良の解釈である。
(見えざる手に支配されている)自然界の劣悪・優良と、人間が思う感じる考える劣悪・優良が一致しているだろうか?
これは優性と優生にも繋がる話なのだ。
よく外来植物や外来生物が問題にされ駆除などがニュースになったりもするが、あれなんかまさに「優生保護」だろうと思う。
問題にされる外来種は大抵生命力や繁殖力が強いもの。
外来種でも弱い(気候その他諸々に適さず上手く育たない)ものも山ほどある。バラの園芸種とか球根植物とか。
弱いものは問題としない、在来種を駆逐する勢いを持つ強いものが問題なのだ。つまり「優性」を感じさせるもの。
でも自然淘汰という観点で見れば、その問題にされた外来種が優良ということになる。(もっともそれは遥か遠い未来まで約束された優良さではない。また世界中で優良とも言い切れない。今見えている範囲での優良さ)


アダム・スミスは、生年月日は不詳であるが、洗礼日は分かっているという、ある意味神の下に生まれた子を体現したような人となっている。
カトリックとスコットランド国教会、どちらを信仰していたのかは分からないが、神を信じる人であったことは間違いなさそうだ。
スミスの経済論の根幹にあるのが神である。
民衆を教え導いてきたのは王(統治者)ではなくて神、具体的にはキリスト教やその聖職者であるという考えに基づいている。
領地や統治権などという垣根を超えて、老いも若きも貧しい人も富める人も全てひっくるめ、あらゆる人を支えてきたのはキリスト教や聖職者だったという考えを持っていた。
王や統治者をはじめとする限られた上流階級者が作った教えが学校であり教育ならば、キリスト教の教えは民衆の中で育んだ道徳であり倫理であると説く。そして民衆の道徳のほうが遥かに自由でありながら秩序正しく品行方正だったさえと言う。

アダム・スミスの重商主義批判は上記のような思想と相まって行われた。
重商主義
貿易などを通じて貴金属や貨幣を蓄積することにより、国富を増すことを目指す経済思想や経済政策の総称。
そして国の富みは「国民労働の生産力の増大」だと主張して後世にまで名を残すことになる。
「貿易による王家政府金銀の獲得」から「国民労働の生産力の増大」へと転回することで、経済学を成功させたのである。

『国富論』はアダム・スミスに絶大な名誉をもたらし、イギリス政府はスミスの名誉職就任を打診したが、スミスは父と同じ税関吏の職を望み、1778年にエディンバラの関税委員に任命された。いくつかの論文を除けば、著書は前記の2冊のみで、死の直前までその改定増補を続けた。
王家と政府を敵に回したはずなのに、政府が名誉職就任を打診したのは何故だろうか。
内容が分かっていなかった?
名誉職に留まって現場に出るようなことはしないでね的な意味合いだろうか?
それとも王家と政府は別物で、政府もスミス同様に考えていたから?でも君主制ですよね?


世の中には神になりたい人が沢山いる。我こそが「見えざる手だ!」というがごときに。
広告、世論誘導などのプロパガンダ、株価操作、市場介入など、これらはみな新手の「見えざる手」である。
だから価格メカニズムの働きも需要と供給も自然とは言い切れない。意識的に人為的操作がなされている。
それでも経済とは結局「物」の動きであるからして、経済は自然(物質)そのもので、従って自然淘汰のメカニズムには乗る。
但しこの場合、自然界が選択するだろうものと、人間が選択するものが、一致するとは限らない。

問題はここからなのだ。
自然界と人間の選択の不一致さ加減が自然界に影響を与えることがあるのだろうか?ということである。
自然淘汰には死が付き物。経済的に言えば消滅が付き物。
しかしエネルギー保存の法則があるのでエネルギーの総量は変化しない。
自然淘汰は寄せては返す波のようなもので、死や消滅があるからこそ生存や継続が可能であると考えられる。
例えば地球の大地が大きなエネルギーを必要とする時がきた。
大地に大きなエネルギーを集めるためにはこれまでと同じでは駄目だ。
そこで多くのエネルギーを使う大型の動物に死んでもらう。あるいは全ての生き物の数を全体的に減らす。
こうしてバランスをとる。
大地がエネルギーを必要しなくなれば、また生き物は増えていく。
もちろんこれはとても長いスパンの話である。
でも結局そうした循環の中にあったのではないかと考えることは出来る。
これは終末論にも繋がる。終末とは地球が終わるか生き延びるかの瀬戸際。
死を否定しているわけではなく肯定している。その死が地球を救う的な意味で。人間の死は地球存続のために神が選ぶ手法。
地球の危機に役に立つ死、だから神によって救済されて天国へ行くというような。
キリスト教のそれは自ら死を選ぶわけではなく死を受け入れるというようなことなのだけれど(危機感を感じて居ても立っても居られなくなれば、自ら死を選んだり、お願い君たち死んでくれ!ということにもなりかねないが・・・)、日本発の革命的敗北主義にその精神性は似ていなくもない。
「戦士よ、卑屈にならないでくれ、それは革命的敗北なのだ。戦士よ、悪く思わないでくれ、それは名誉ある戦死なのだ。我々は最後には必ずや革命に勝利する!」といった感じ。
テーマは自己犠牲。

私はクリスチャンではないが教会で塩狩峠のフィルムを観たことがある。
クリスチャンの小説家の三浦綾子が『塩狩峠』という小説を執筆し出版したのだが、これはクリスチャンの鉄道マンが自分の身体でもって暴走した列車を止めるという話であり、実話に基づいたものだ。
映画化もされたようだが、その映画を教会で観たのかは定かではない。
でも教会で観たフィルムもストーリーだった。
真っ白な雪が赤い血で染まっていた・・・。

1909年(明治42年)2月28日、塩狩峠に差し掛かった旅客列車の客車最後尾の連結器が外れて客車が暴走しかける事故がおこった。その車両に乗り合わせていた鉄道院(国鉄の前身)職員の長野政雄(ながの まさお)が、暴走する客車の前に身を挺して暴走を食い止めた。下敷きとなった長野は殉職したが、これにより乗客の命が救われた。
三浦綾子の小説『塩狩峠』はこの事故の顛末を主題としたものである。



ご覧あれが竜飛岬北のはずれと、見知らぬ人が指を指す
息で曇る窓のガラス拭いてみたけど 遥かに霞み見えるだけ
さよならあなた~ 私は帰ります~~







by yumimi61 | 2016-08-20 12:54