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日本国憲法の秘密-401-

1945年7月12日~8月2日、ポツダム会談。
1945年7月16日、世界初の核実験「トリニティ実験」が行われる。爆縮方式のプルトニウム原爆。
1945年7月21日、トルーマン大統領がトリニティ実験の成功の報告を受け取る。(成功?)
1945年7月24日、トルーマン大統領がソ連のスターリン書記長に原爆開発を明かす。
1945年7月26日、イギリスの選挙開票日。保守党の敗北を受けてチャーチル首相が帰国し退任。
            ポツダム宣言発表。(アメリカ・トルーマン大統領が一人で署名) ⇒ポツダム宣言は無効       
1945年7月28日、大山口列車空襲事件。
            鈴木貫太郎首相がポツダム宣言を黙殺すると言った言わない!?
              ⇒ノーコメントと言ったようだが、黙殺、拒否、全面的に無視と報じられる。
1945年8月6日、広島に原爆投下。
1945年8月9日、長崎に原爆投下。
            ソ連対日攻撃開始。



チャーチル首相の前に"Babies satisfactorily born." と書かれた一枚の紙が無言でそっと差し出された。
チャーチルはそれでこれが何か特別なことを意味すると察した。
「ベビーズ?ベビーズが生まれた・・?双子か?」
「いえ三つ子です、トリニティ」
「なぬ、三つ子か・・」
"The experiment in the New Mexican desert has come off. "

ボーンbombにボーンborn。盆にぼぼぼーん、ボン・ヴォヤージュか。
プルトニウム型爆弾の爆発実験を1回行っただけで三つ子が生まれたとは大したタマだな。
君は知らないのか?イエス・キリストは処女懐胎で生まれたんだ。
要するに性交なしで生まれたということだよ。


ポツダム会談中にアメリカのトルーマン大統領はソ連のスターリン書記長に「新型爆弾の開発が成功した」と告げたが、スターリン書記長は特段驚く様子はなく態度を変えることもなかった、そのことにトルーマン大統領はショックを受けていたという。
スパイからの情報かどうかは分からぬがソ連は知っていたのだろう。原爆が出来そうもないことを。
アメリカはヤルタ会談でソ連に対して対日参戦を求めている。そして対日参戦には条件が付けられていた。
ソ連にとってはアメリカにその約束を守ってもらうことのほうが重要であった。
原爆は不可能なのだ。
実験の段階ならば嘘もまかり通るだろう。しかし兵器として使うからには相手がいる。
原爆投下だなんて嘘が通用するわけがない。
もしもそんな嘘が通用するとするならば考えられる状況はただひとつ、日本とアメリカがグルである時のみ。
従ってもしアメリカが原爆を使った宣言したならば、日本が原爆投下されたと発表したならば、ソ連は直ちに対日参戦を開始するつもりだった。
「原爆投下」で日本に降伏なんかされたら困るからだ。

すなわちソ連が対日参戦を開始した日は原爆投下の情報を掴んだ日、あるいは情報が出た日と一番近いはずである。それが一番信用できる日にちである。
しかしながら前にも書いたようにソ連の宣戦布告と対日攻撃開始は史料によって8月8日と8月9日に分かれる。
ソ連が宣戦布告をせずに8月9日に日本軍への攻撃を開始した、これでは困る人がいた。
あるいは、ソ連は日本に8月9日に宣戦布告し攻撃を開始した、これでは困る人がいた。
考えられる理由は、8月9日長崎への原爆投下との関係だろう。


ソ連は新型爆弾を長崎へ投下したとの情報を得て対日攻撃を始めた。つまり8月9日が正解ではないだろうか。
ソ連の対日攻撃開始日は8月6日の広島では爆弾が投下されていないという証拠になる。


では新型爆弾とは何か?
ウラン型原爆でもプルトニウム型原爆でも水爆でもない。
新型爆弾は「パンプキン爆弾」であろう。
原子爆弾(ファットマン)と同形状の爆弾に通常爆薬を詰めたもの(総重量4,774kg、爆薬重量2,858kg)。

正式名称は「1万ポンド軽筒爆弾」。「ファットマン」とほぼ同一の形状を有し、重量もファットマンとほぼ同一になるよう調整された模擬原爆で構造分類上での通常型爆弾のコードネームである。マンハッタン計画に携わる、ロスアラモス研究所の科学者と兵士によって命名された。

この爆弾は原爆投下に備えた爆撃機乗員訓練のためと、今までに例のない特殊な形状をしたファットマンが爆撃機(原爆搭載可能なように特別に改修したB-29)から投下され爆発するまでの弾道特性・慣性能率等の様々な事前データ採取のためにいわば「模擬原爆」として製作された。

パンプキン爆弾は内容物によって2種類が存在し1つはTNT火薬を主成分とした高性能爆薬を充填したタイプ、もう1つはセメントや石膏を用いたコンクリート混合物が充填されたタイプであった。いずれのパンプキン内容物もファットマン原爆の内容物球体コア(プルトニウムと、それを核分裂させるシステム。爆縮レンズ)とほぼ同一の形状・比重・重量配分になるよう調整され、爆弾内部のコア配置位置も全く同じとされた。これにより、原爆投下行動に対する有効な事前データが採取できたといわれる。

パンプキン練習作戦は、1945年7月24日、7月26日、7月29日、8月8日及び8月14日と終戦直前まで行われた。


パンプキン爆弾の練習ではおそらく爆薬の量が違うのだろう。
そして「ファットマン」も「1万ポンド軽筒爆弾」も「パンプキン爆弾」もイギリスのチャーチル首相を揶揄した命名である。
by yumimi61 | 2016-11-04 16:46