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父の病

1936年(昭和11年)1月3日生まれの父は今年のお正月に81歳となった。
昨年80歳の誕生日を過ぎたところで肺に影が見つかった。
肺がんと診断されたのは3月だった。
すでに肺気腫の持病を持っており在宅酸素療法をしていたくらいで呼吸機能が良くない。
手術は難しいだろうと思っていたが、検査入院の結果手術も化学療法も無理だという結果が出た。
日常的には然程支障なく暮らせていても臓器や血液に問題がある場合の手術は要注意なのだ。

とくに術前術中術後の呼吸管理は非常に大事である。
全身麻酔では人工呼吸器を使用するために肺へ大きな影響を及ぼす。
また手術操作を容易にするための処置も呼吸抑制などを起こしやすい。
術後は一般的に呼吸機能が一時低下する。
つまり呼吸機能が正常でないと(余力がないと)手術中や術後の状態が死に直結してしまうのである。
普段は酸素を補いながら日常生活は支障なく送れていたとしても、手術となると全く話は違う。
在宅酸素療法患者(慢性呼吸不全患者)に限らず、例えば肺がんを早期に発見して肺を一部切除した場合なども同様で、肺を一部切除後に新たに違うがんに罹患した場合には呼吸機能が問題になって手術が出来なくなるようなことも起こり得る。

父は肺炎にも幾度か罹ったことがあり、もともと肺機能があまりよくないこともあって「最悪のことも覚悟して置いてください」と言われたこともあったが回復してきた。
病院は毎月かかさず受診していた。
しかし肺に影が見つかった時には、その大きさはすでに6~7cmあった。

今の時代はどこの病院も事も無げに本人にがんの可能性やがんであることを告知する。
他にどんな方法があるのか、どんな方法が最善なのかと問われれば答えに窮すが、患者本人の落ち込みは見た目以上に大きいものである。
「80歳まで生きられたからもういい」「周りに迷惑かけるだけだから治療などしなくていい」と口では言っていたが混乱して眠れない日々過ごしたようだ。
「あまり寝付かれないからラジオでも聞くかと思って夜中に付けてみたけどガチャガチャしたのしかやっていなかった」とこぼしたこともあった。
食欲旺盛な人だったが食欲がなくなった。

かかりつけの病院から呼吸器に強い病院を紹介してもらって検査入院した。(A病院)
その病院が昨年4月に統合され新病院になったため新病院に罹り直した。(B病院)
B病院で、手術や化学療法が不可能、放射線療法も難しいと言われる。
放射線療法はがん細胞だけでなく正常細胞をも破壊してしまうので、結局呼吸機能を落とし危険であるという判断である。
父は「治療はしないで放っておく」と言っていたが、B病院の医師が僅かな望みとしてということで「定位放射線治療」を勧めてくれた。

定位放射線治療は精密なコントロールのもとピンポイント(病巣)目がけて多方向から放射線を照射するものである。
個々の線源からの放射線は細く弱くても、多方向から病巣に向けて照射するので、病巣部に対しては大きな線量となり効果を上げることができる
通常の放射線治療よりも周囲の正常細胞に当たる線量を減少させることが可能で副作用が最小限に抑えられる。
この治療の体幹部への照射は2004年から保険診療の適応となっている。
治療が行える病院は限られていて群馬県内では2~3か所。
新病院のB病院でも導入予定だったが、導入を待っていたら間に合わないと言われて別の病院(C病院)を紹介された。

この治療は転移が無い状態で腫瘍が5cm以内が適応とされている。
父の場合は大きさ的に最初から微妙ではあった。
(肺の場合はステージに関係なく腫瘍の種類や位置によっても手術や放射線治療の適応が変わってくる)


5月連休前にC病院を受診して、連休明けに短期入院で治療を行う予定で体にマークを入れて準備をした。
場所をずらさないという精度が非常に大事な治療なので、このマークがとても大切である
消えないように消さないようにとの注意を受けて連休明けを待ち、治療開始直前に受診。
画像検査の結果からなのか、そこで「定位放射線治療は難しい」と告げられた。
そして家から近い病院で普通の放射線治療を受けたらどうかと言われ、D病院に移ることになった。
5月から6月いっぱいまで通常の放射線治療を1クール通院で受けた。
この治療の最中に姪っ子(父にとっては孫)が亡くなった。
1クール終了直後の検査で腫瘍が少し小さくなったそうだがそれ以上の治療はもう出来ないので、放射線治療終了後はかかりつけの病院の呼吸器外来(月1回)に移った。

かかりつけの病院→A病院→B病院→C病院→D病院→かかりつけの病院

呼吸機能が以前よりも悪くなるのは避けられず、力仕事や俊敏に動くことは難しくなったが、酸素を供給しながらなんとか過ごせていた。
しかし12月中旬から胸に痛みが出始めたようで体調がみるみる悪くなった。
食欲が無く、トイレにいくというような動きでも呼吸が苦しくて大変で、年末頃からは一日ほぼ寝ているというような生活になった。
何度も「病院に行こう」と誘ったが「大丈夫」と断られる。
年が明けてからはさらに状態は酷くなった。
そうこうしているうちに大雪が降り外出が余計に大変になってしまう。
そうこうしているうちに父も痛みに耐えかねたようで、1月17日にやっと病院に行く気になってくれたので連れて行った。

痛みが出てきたということは、がんの末期の疼痛であろう。
私はそう思ったので、放射線治療を受けた病院に連れて行った。
放射線治療を受けた際に緩和ケア(末期の痛みコントロールなど)の希望についてのアンケートをスタッフがとっていたので、内科受診して緩和ケアに繋げてもらおうと思ったのだ。
ところがその日は内科に呼吸器の医師が不在であった(心臓専門の医師に診てもらった)。
放射線治療後の経過を診ていないことや呼吸器の態勢が万全ではないとのことで、受け入れには消極的な感じであった。
緩和ケアも専門の科があるわけではなく、院内でチームを作って対応にあたっている状況だということだった。
でもとても長い時間話を聞いて下さり、最後は「専門外で治療は一切しないということを了解してもらえるならば私が主治医になってもいいですよ」と言ってくれた。
そのドクターが「がん難民」という言葉を使っていたが、最期の時はやはりなかなか難しい。


がん難民救済のカギ 止まらないがん難民の発生

現在、日本のがん治療の現場では納得した治療・療養生活を探し求めてさまよう「がん難民」と呼ばれる患者さんが増えていることが大きな問題となっています。手術や抗がん剤治療といった標準治療はほぼ平均的に全国に行き渡っているにもかかわらず、がん難民になる患者さんが跡を絶ちません。何故でしょうか?

日本のがん治療の全体像は、手術・抗がん剤・放射線治療を中心とした標準治療とがんの終末期のケアを目的とする緩和医療の2つに大きく分けられています。一般に標準治療で約半分のがん患者さんに根治が望めます。しかし、残りの半分は根治が見込めない患者さんたちです。ここで標準治療を使いきるあるいは標準治療ができなくなった時点で、「もう、治療はありません。あとは、緩和医療です」と言い渡されます。

また、抗がん剤の副作用で心身ともにボロボロになって、「もう、イヤだ」と、その先の抗がん剤治療を拒否した場合も「もう、治療はありませんから来なくていいです。あとは緩和病棟に行ってください」と見捨てられます。

ほかにも、抗がん剤治療の副作用で苦しんだ身内や知人を見たことのある方のなかで、最初から「抗がん剤治療はやりたくない」という患者さんも同様です。「それなら、もう来るな」です。

ところが、がんが身体に残っている、医師に見捨てられた“元気な”がん患者さんはたくさんいます。そういった患者さんは、「自分はまだ、こんなに元気なのに治療がないから緩和病棟に行けといわれた。本当に、もう諦めなくてはいけないのか?」 という思いから、何らかの治療・希望・可能性を求めてさまよう「がん難民」となるのです。がん難民は標準治療と緩和医療とに連続性がなく、両方の間に大きなスキマが存在することにより生まれます(図)。

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このスキマをいちばん実感しているのは患者さんご本人、あるいはそのご家族の方々でしょう。このスキマでは「これ以上治療はない」が前提のため、標準治療を提供する大学病院、がん専門病院、総合病院では解決策が出てこないことが多いのです。

一方、緩和医療ではモルヒネによる疼痛コントロールなど、がんに伴う症状の緩和行為は行うものの、がん病巣そのものに対しての医療行為は何もしないで死を待っているのが現状です。多くの患者さんは、たとえ緩和病棟を勧められようと延命効果が見込めないと告げられようと心の中では、いつまでもがんそのものに対する何らかの治療行為を求めています。

医療法人社団キャンサーフリートピア 銀座並木通りクリニックより>


上の記述とは少し違うのだが、父も私も積極的な治療行為は求めていない。
父は母の事を気遣っているせいもあるが、病院よりも自宅にいたい人である。
その父が私に病院に連れて行かれることを嫌がらなかったということはよっぽど体の状態が辛かったということなのだ。
私は父に痛みが出てからは緩和ケアを希望していたわけだが、その緩和ケア自体受け入れ先がそんなにない。
隙間の治療がないという問題だけではなく、緩和ケア専門の病院なり科を持つ病院が不足しているという問題もあるのだ。



1月17日受診のD病院では「緩和目的でうちに来るにしても他の病院に行くとしてもかかりつけの呼吸器の先生を介したほうがよい」とアドバイスされた。
かかりつけの病院の呼吸器の医師もその病院には月に2回しか来ていなかった。
だから待ってられずにD病院を受診したということもあったのだが、かかりつけの病院で19日がその医師の診察日だったので、D病院で話を聞いてくれた医師に「なんとか今日少々強めの痛み止めを出してもらえないでしょうか」とお願いして鎮痛剤を処方してもらった。
胸が痛むようになってからの父は市販の鎮痛剤を服用して誤魔化していたようだったのだが、その鎮痛剤も底をつきたらしかった。

ドクターはトラムセットを10錠ほど処方してくれた。
鎮痛剤としては結構強い薬ではあるが、通常は非がん性疼痛に処方される。
逆を言えばがん性の痛みというのはそれほどに強いということでもある。
トラムセットには弱オピオイド系と呼ばれる物質が含まれており他の鎮痛剤とは違う効き方をする(抗炎症作用はない)。
弱オピオイド配合製剤で、麻薬系鎮痛剤と考えてよいものだが、日本の法律では麻薬扱いされていない。
ドクターも「麻薬系ではないが強めの薬を出しておきましょう」と言って処方してくれた。
他のオピオイド系(麻薬系)より依存性が少ない。
麻薬系鎮痛剤であっても適切に用いている限り薬物中毒は起きないとされているが、それらの薬よりも依存性が低い。

ただし乱用は誤った使用方法ではやはり中毒に陥る。
こんな記事もある。

米国で蔓延する「オピオイド系鎮痛剤の中毒」
オピオイド系と呼ばれる鎮痛剤には驚くほどの常習性がある。米国では鎮痛剤の使用および乱用が蔓延状態であり、米国政府の試算によれば、2013年にはおよそ190万人の米国人がこうした鎮痛剤の依存症だったという。そこでアメリカ疾病予防管理センター(CDC)は2016年3月中旬、医師が鎮痛剤の処方を管理するための新しいガイドライン(PDF)を公開した。

オピオイド系鎮痛剤に関しては以前から、「薬物治療」と「薬物中毒」の境界が曖昧だ。そして規制当局は、両者のバランスを取ろうとして苦労してきた。

オピオイド系鎮痛剤はもともと、植物のケシ(Opium poppy)からつくられた。ケシの実から採集されるアヘン(Opium)が、古来から麻薬として使われていたのだ。紀元前3400年ころの古代シュメール人たちもケシを栽培しており、「喜びをもたらす植物」と呼ばれていた。

20世紀はじめの米国では、アヘン中毒が問題になっていた。1908年にはセオドア・ルーズベルト大統領がアヘン中毒に対処する「アヘン・コミッショナー」を初めて任命したが、当時の米国では400人にひとりがアヘン中毒であり、そのうち2/3は女性だったという。1914年のアヘン規制法により、上流階級の白人女性でアヘン中毒になる人数は減少したが、非合法の利用は減ることはなかった。その後も政府は規制の努力を続け、1924年、1951年、1970年にも、(ほかの麻薬も含めた)規制法が成立した。

しかしその一方で、製薬会社はアヘンからさまざまな鎮痛剤(オピオイド系鎮痛剤)を開発していった。1804年にはモルヒネ、1832年にはコデインが作成され、1874年には、モルヒネからヘロインもつくられた(最初は鎮咳薬として販売されたが、注射器投与により強力な麻薬作用が生じることが判明し、厳しく規制されることになった)。その後、アヘンに含まれるアルカロイドからオキシコドンが合成されたほか、ヴァイコディン(コデインから合成されたヒドロコドンとアセトアミノフェンを配合したもの)やパーコセット(オキシコドン・アセトアミノフェン・パラセタモールを複合的に配合したもの)などの各種オピオイド系鎮痛剤がつくられていった(米国では処方薬として購入できるオピオイド系鎮痛剤が、日本では違法薬剤であることも多い。たとえばオキシコドンは2015年6月、トヨタ自動車の女性常務役員が麻薬取締法違反容疑で逮捕された原因となった)。

米国では、慢性痛の治療に使われるオピオイド系の鎮痛剤が乱用されており、中毒状態になっている者は190万人。死亡者は1999年から2014年までで16万5,000人に上るとされる。



■代表的な非ステロイド系鎮痛剤の強さ
ジクロフェナクナトリウム(ボルタレンなど)>インドメタシン>ロキソフェナクナトリウム(ロキソニン)>メフェナム酸(ポンタールなど)> イブプロフェン(ブルフェンなど)=アセトアミノフェン(カロナールなど)>アスピリン(バファリンなど)

非ステロイド系鎮痛剤にも副作用や習慣性がある。
トラムセットは副作用が吐き気以外にほとんどないわりに非ステロイド系鎮痛剤よりも鎮痛作用が強い。
(でも他の麻薬系鎮痛剤と比べると5分の1程度の鎮痛作用)











by yumimi61 | 2017-01-23 13:32