2017年 03月 06日
(医療保険) ■一般病床 89.4万床 ■医療型療養病床 27.1万床 ■精神病床 33.6万床 (介護保険) ●介護療養病床(介護療養型医療施設) 6.1万床 ・・・廃止が決定してから5~6万床減少した。 ●特別養護老人ホーム 54.1万床 ●介護老人保健施設 36.2万床 ・有料老人ホーム ・軽費老人ホーム(ケアハウス) ・グループホーム ・サービス付き高齢者向け住宅 すでに述べてきたように、介護保険制度に関係する施設で看護師必置が定められている施設は、介護認定で要介護1~5を認定されていないとそもそも入居資格がない。 またそうした施設であっても、医師が常勤でいるとは限らず、看護師の人数が多いわけでもない。種類や専門性も特に問わない。 がん末期患者のケアは正直難しいと思う。 父は肺気腫を患い慢性呼吸不全で動くと苦しくなるという症状が長いことあったが、在宅酸素療法をして安静な状態にあれば動脈血酸素飽和濃度が著しく悪くなるということはなかった。 肺がん末期の状態になるまでは動けないということもなかった。 それまでの介護認定が要介護ではなく要支援は妥当な判断であったと思っている。 但しそれはあくまでも酸素療法をしているからであって、それをしなければ療養病棟の医療区分2や3に該当する患者である。 「肺気腫による呼吸機能障害3級」の認定も受けていた。 肺がんと診断され治療手段がないと宣告され、それでも放射線治療を受けたのが昨年5~6月。 ところが8月の介護認定の更新で父の介護認定の等級は下がった。(要支援2→要支援1) 状態維持や改善可能性は低い。急速に状態の不可逆的な悪化が見込まれる。 予防給付(要支援)ではなく介護給付(要介護)に移るべき状態に相応しい。 父の状態は厚生労働省が示す予防給付に該当しない状態にあった。 ・末期の悪性腫瘍や進行性疾患(神経難病等)により、急速に状態の不可逆的な悪化が見込まれるもの等。 要支援2のままならまだしも下がる理由は私には理解できなかった。 認定に不服があれば不服申し立てをすることが出来るが、現実的な話をすれば実費負担が若干増えるだけで父は今まで通りのサービスを受けることが可能だったし、要介護1になったところで要介護4や5に比べたら優先度は低くすぐさま施設入居は出来ない。父も介護施設に入居を希望していたわけでもない。 サービスに不服があったわけではないので関係性の維持のほうがずっと大切である。 不服申し立てをするメリットはない。 治療がなく状態が安定している状態で病院に入れて欲しいなどとはこれっぽちも望んでいない。 それは、安定したら病院から出てもらう、治療をしないのならば来るな、という現代の国や病院の方針とも何ら相違するものではないはずである。 幸い私は保健師資格や看護師資格を持っている。 同居しているわけではないので毎日常時一緒にいることは出来ないが、父の苦痛などは多少なりとも理解できるし、それを軽減するアプローチが全く出来ないわけではない。 私だけでなく、介護保険のほうでケアマネージャーさんやヘルパーさんにもお世話になっている。 ケアマネージャーさんも看護師資格を持っている。ヘルパーさんの中にも看護師資格を保有している人がいる。 でも薬剤処方や投与、医療行為など個人レベルでは行えないことも多々ある。 がんの治療を全くしないという選択もあったのに何故放射線治療を受けたのか、何故医師が近隣病院での放射線治療を勧めたのか、それは最期の時(ターミナルケア)を案じたからである。 末期患者の新患よりは、そこでがんの治療をした既患のほうが良いに決まっている。一見さんではないのだから。 ところが今回、科を亘るネックが想像以上に大きいことに気付かされた。 手術ならば外科、手術をしないならば内科、放射線治療ならば放射線科ということになるが、同じ病院であっても科が違うとすんなり物事は運ばない。繋がっていない、分断されている。 病院にとって新患でなくても、科が変われば新患、そんな感じ。受け入れたくない理由に過ぎないのだろうか? 放射線科で治療を受け、もうそれ以上は治療がないと言われ在宅で療養していたのに、末期で疼痛が出て内科を受診すれば「どうしてここに?」という反応であった。 全く別の専門外来を受診したというならばともかく、内科を受診したのである。 しかも何年、何十年と期間が開いているわけではない、放射線治療を受けたカルテがあるだろうにと思う。 そのカルテには他病院からの紹介状だって残されているはずである。 専門科があって、専門医や専門ナースがいる。それは悪いことではない。 しかし一人の人間は尊重されなければならない。 憲法にも謳われていることである。 「すべて国民は、個人として尊重される。」 病気や部分だけを診れば(看れば)よいのではない。 人は物や機械ではない、身分・地域・性別・信仰に関わらず、一人の人間として、一人の人格をもった存在として、尊重され尊厳が守られなければならない。 専門医対患者ではなく、病院対患者という「病院」という単位で考えれば尚更だと思うのだが。 父は母がクモ膜下出血を罹患した後、母の身体や生活を心配して、自分が調子悪くても家を離れたがらなかったし、無理して動いていたようなところがある。 ケアマネさんにもヘルパーさんにも、どこの病院でも母を心配するようなことを口にしていたように思う。 自分のことより母のことを優先し大事にしていた。 晩年はそれが生きがいになっていたようなところもある。 しかし現実的に苦しくて痛くて動けない状態となっていた。精神的にも余裕がない。 夫婦喧嘩というほどでもないのだろうけれど、何か行き違いがあったか何かひょんなことから「お母さんは俺が痛み止め(市販薬)飲んで何とか動いているって知らないだろう」と口走ったこともあったと母から聞いていたし、父がそんなようなことを呟いてるのも耳にしたことがある。 動けない父が家にいることは、父の身体的なことのみならず、父にとっても母にとっても負い目になって精神的に良くない、家で過ごすにはもう限界が来ていると私は思った。 例えば私が同居しているとか、母が健康で元気な時であれば、在宅での訪問診療・訪問看護を利用して最期の時を過ごすということも出来たかもしれない。 しかしそういう状況にはなかった。 かかりつけの病院→A病院→B病院→C病院→D病院→かかりつけの病院 12月頃から私は父に病院受診を働きかけ、父が1月17日にやっと応じてくれた。 放射線治療をしたD病院を受診したが、かかりつけの病院に戻された。 このかかりつけの病院というのは肺気腫を中心に診てもらっていた病院である。 父が受診していた呼吸器外来(専門外来)の医師は常勤ではなく月2回診察に来ている非常勤の医師(開業医)である。 腫瘍疑いの際には対応不可ということで他の病院を受診するように言われたのでA病院を受診したという経緯があった。 肺がんでかかりつけだったわけではない。むしろ肺がんは診られない(治療は出来ない)ということで病院を移るきっかけとなっている。 ■
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by yumimi61
| 2017-03-06 16:46
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Canon EOS kiss Digital N EF-S 18-55/F3.5~5.6 II USM 上記のカメラレンズで撮影 (一部、コンデジや携帯カメラ) =contact= little.by.little@nifty.com =my another blog= いつかの空 記事ランキング
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