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日本国憲法の秘密-484-

前記事に書いたシェルバーン家はスイスユニオン銀行(UBS)の経営一族でありスイスの金融家でもあった。
ロスチャイルドなどに有利な条件で資金を貸し付けてきた。
シェルバーン家に財産を管理させたのがキャボット家。キャボット家の創始者はアメリカ大陸発見者。
キャボット家→(資産)→シェルバーン家(スイスユニオン銀行経営)→ロスチャイルドなど(銀行家)→王族や貴族、企業にさらに貸し出す

ジョン・キャボット
中世の航海者。カトリック教徒。北アメリカ大陸の発見者として知られる。
コロンブスと同じジェノヴァに生まれ、前半生はヴェネツィアで活動し、1484年にイギリスへ移住した。1496年に国王ヘンリー7世の特許状を受けて、ブリストルを出航したものの失敗。翌年、息子のセバスチャン・カボットを伴って再び船団を率い、ヴァイキングの航路を辿ってカナダ東南岸のケープ・ブレトン島に到達し、ニューファンドランド島やラブラドル半島を発見するなどの成果を挙げて帰国した。1498年にも探検隊を組織し、グリーンランド東西沿岸の調査航海を行ったものの船員の叛乱によって南下を余儀なくされ、その途上で没した。この二度目の航海でデラウェアとチェサピーク湾を発見したことは、イギリスがフロリダ以北の北米大陸の所有権を主張する根拠となった。


セバスチャン・キャボット
16世紀のイギリスの航海者。父と共に北アメリカ大陸の発見者に名を連ねる。
ヴェネツィアの航海者ジョヴァンニ・カボートの子として生まれる。1484年にイギリスに帰化。1497年には、ブリストルを出航してアジア航路を開拓する船団に参加。父ジョヴァンニは翌1498年の航海途上で亡くなるものの、セバスチャンはその遺志を継ぎ、1508年には北アメリカの東海岸を探検する。そこでは後のハドソン湾、ハドソン海峡を発見し、南北をなぞるようにフロリダまで達した。

しかし、父子ともども庇護を受けたヘンリー7世の死後、後を継いだヘンリー8世が出資に消極的であったためにイギリスでの活動を諦め、1513年に英国王の使節として赴いたスペインにそのまま移住。宮廷に仕えて主席水先案内人の地位を得る。1526年から翌年にかけては南アメリカのラプラタ川流域も探検したが、成果を挙げられずに帰国したためカルロス1世の怒りを買って投獄され、次いでアフリカへと追放された。1533年に赦免された後はイギリスへ戻り、「新しい土地への冒険商人会社」(Company of Merchant Adventurers to New Lands、モスクワ会社の前身で、レバント会社やイギリス東インド会社の先駆者)といった会社の総支配人や製図業者として北極海を通したロシア貿易航路探検隊や北東航路探検隊を組織し晩年を過ごした。


庇護したヘンリー7世と出資に消極的だったヘンリー8世、この2人の何が大きく違うかと言うと、カトリックとの関係である。
結婚離婚や世継ぎを巡ってローマカトリックと揉めて、イングランド国教会をカトリックから分離独立させたのが、ヘンリー8世(在位:1509-1547)である。
さらにアイルランド王を兼務するようになったのもヘンリー8世の時からである。
しかし再びイギリスとカトリックは近づいて行く。それが1700年後半。
シェルバーン家はアイルランド貴族となり重要な役割を果たす。


大航海時代に貿易でお金になったのは、鉱石、麻薬、お茶、絹や綿繊維、香辛料、奴隷(移民希望者)など。
シェルバーン家もアヘンと奴隷で儲けたが、それはつまりキャボット家がアヘンと奴隷で大儲けしたということでもある。
イギリスは清(中国)とアヘン戦争したことからも分かるように国家ぐるみでアヘンを輸出していた。
麻薬の素晴らしいところは中毒性があるところである。
イギリスは中国から物を買うのに銀で支払っていたけれども、「銀なんかいらん、頼む、アヘンで払ってくれ!」とかなんとか言われたらしいから、イギリスにとっては中毒様様である。

ロスチャイルド、イギリス東インド会社、ディビッド・サッスーン商会、ジャーディン・マセソン商会、ベアリング商会などが出資したのが香港上海銀行で、薩摩藩や長州藩にも資金や武器を提供した。
吉田茂が養子となった吉田健三はジャーディン・マセソン商会の商人(横浜在住)だった。

そんなに美味しい商品(麻薬)ならばと、アメリカからも参入(というか権益を分けて上げた)。その1つにラッセル商会がある。
ラッセル商会
19世紀に極東で著名であったアメリカ系の貿易会社である。主に上海に拠点を置き、横浜にも支店を置いた。主にトルコから中国への阿片の輸出と、東アジアからの生糸と茶の輸入を中心に取引を行なっていた。
1824年、アメリカ合衆国コネチカット州ミドルタウン出身の事業家サミュエル・ラッセルにより広州で設立された。


アメリカのアヘン輸入専売会社であるラッセル商会は、アヘンと中国人奴隷の輸出入業社で、アヘン常用者の中国人苦力(クーリー)を奴隷としてアメリカに運んで鉄道建設などに従事させた。常用者なのでアメリカでもアヘンを欲しがる。当然アメリカにも入っていく。

キャボット家はこのラッセル商会にも出資していた。またフォーブス家(世界の富豪を発表しているあのフォーブスです)も出資していた。

ラッセル商会設立者サミュエル・ラッセルと従兄弟のウィリアム・ラッセルはピューリタン(清教徒)系大外のイェール大学で「スカル・アンド・ボーンズ」(Skull and Bones、S&B)も創設している。

Skull and Bones(S&B)
アメリカのイェール大学にある秘密結社。「The Brotherhood of Death」の異名がある。会員名簿は公開されている。ウィリアム・ハンティントン・ラッセルと、従兄弟のサミュエル・ラッセルが1832年に設立した。また彼らはラッセル商会とカルパーリングをも創設した。

構成員同士が協力し合いアメリカで経済的・社会的に成功することを目的としている。週に二回ニューヘイヴンのクラブストリートのはずれの窓のないクラブハウスで議論をするために集まる。なおイェ―ル大学には他に、「スクロール&キー」「ベルセリウス」「ブック&スネーク」「ウルフズヘッド」と呼ばれる結社が存在している。
アメリカの大学に複数ある排他的結社の一つで、入会に関する一切が不明であり、ただ大学の「新入生の中から15人選出される」のみが判明している。

 入会式に関しては、「新入生がドロレスをする」「棺桶に入り、初体験などを告白する」と言われる。入会者へは高価な振り子時計が送られ、卒業の際には1万6000ドルが送られるという。

 322という数字に意味を付けている。「新入生には、322のナンバープレートを盗ませる」「入会に際し、頭蓋骨と322が描かれ、リボンがかけられた黒い封筒が送られる」「デモステネスの没年であるBC322年を基本とし、会員(ボーンズマンと呼ばれる)はBC322年を紀元1年とするカレンダーを使う」などと言われている。

 これに関し、スカルアンドボーンズは元来ドイツの大学の学友会で、W・H・ラッセルが、在学中ドイツへ留学したおり、むこうの学生と深い親交を結び、帰国後、フラタニティの名前を「322番目の」学生結社とした、という説がある。 

2004年秋のアメリカ合衆国大統領選挙の2人の候補者である、ジョン・ケリー(1966年)とジョージ・W・ブッシュ(第43代アメリカ合衆国大統領。入会時は1968年)が2人ともS&B出身だった。また、ジョージ・W・ブッシュの父である第41代アメリカ合衆国大統領のジョージ・H・W・ブッシュ(1948年)や、祖父のプレスコット・ブッシュ(1917年)もS&Bのメンバーだった。

プレスコット・ブッシュはS&Bでハリマン家の息子ローランド・ハリマンと出会い、銀行家の道を歩み成功する。その後、二人はユニオン銀行の頭取と社長として、ヒトラーの資金援助者だったドイツの鉄鋼石炭王フリッツ・ティッセンと深い関係を築いていく。
歴代のCIA長官はボーンズマンが務めている。その他、ボーンズマンは金融、石油といった産業界の中枢だけでなく、国防総省、国務省などの政府機関にも存在している。

ボーンズマンen:Daniel Coit Gilmanは、en:Timothy Dwight V・アンドリュー・ディクソン・ホワイトの2人とベルリン大学へ哲学を学びに留学した仲間だったが、1856年にS&Bを Russel Trust Association として改組した。これはen:Russell Sage Foundationの前身である。


ブッシュ大統領は一般的にはS&B会員だったというよりキリスト教原理主義者(聖書重視の変わらない福音派でリベラルと対立する、プロテスタント)として有名である。


"Skull and Bones"という名称は儀式に頭蓋骨や骨を用いたかららしい。(なにせ秘密結社なので断定は出来ない)
それもアメリカ大陸の先住民であったアパッチ族の指導者のそれを利用したらしい。
ちなみにアパッチ族のアパッチはズニ族の言葉で敵という意味でフランス人が命名したもので自ら名付けた部族名ではない。(先住民同士でも敵味方があったわけですね)
アパッチ族
ヨーロッパからの移民(いわゆる白人)に対しても絶えず、強力で好戦的な部族であり、アパッチの有名な指導者として知られるコチーズ、マンガス・コロラダス、そしてジェロニモなどは、敵対したアメリカ陸軍やメキシコ陸軍から、獰猛な戦士、また熟練した戦略家として知られている。

こうしたことから"Skull and Bones"は有色人種撲滅を目指していたのではないかと言われることもある。
しかしながらイェール大学は反イギリス・反イングランド国教会のピューリタンがルーツにある。
確かに当初は反イギリス・反イングランドだったフリーメイソンやピューリタンが変異したことを考えれば、後の時代に出来た"Skull and Bones"はすでにカトリックやイギリスと繋がっていたと考えることも出来る。そこに秘密結社の背徳的な感じと奴隷問題などが相まって有色人種撲滅を想像しても不思議はない。
でもブッシュ大統領がキリスト教原理主義だったことから考えると、そういった組織だったとは考えにくい。
聖書の登場人物、ユダヤ人もアラブ人もアブラハムもモーゼもキリストもみな有色人種である。
だからアパッチ族の骨を使った儀式はむしろ獰猛な戦士・熟練した戦略家に肖ろうとするものだったのではないだろうか。
では"Skull and Bones"が思い描いていた敵は誰なのか?
イェール大学だけにイギリス?ロスチャイルド?リベラル派?カトリック?内紛的にアラブ人?イスラム?(ラッセルはトルコ産のアヘンを売り捌いていた。イギリス系は主にインド産)











by yumimi61 | 2017-05-29 16:11