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日本国憲法の秘密-538- (加計学園問題について)

1925年に起こった史上最大の抗争・鶴見騒擾事件は、1923年の関東大震災後の電力戦争と発電所などの建設ラッシュが背景にある。
臨海部の埋め立てや第一次世界大戦の好況により東京都心から次第に大田区、横浜や川崎への進出が始まったが、本格的な移転は関東大震災がきっかけだった。
原料などの輸出入に便利な日本有数の港湾(東京港・川崎港・横浜港)を有しており、さらに巨大市場が近くに存在していることで、京浜は鉄鋼・機械・化学などの重化学工業を中心に日本一の工業地帯へ発展していくことになる。
工業地帯となれば電力需要が増大する。
逆を言えば工業地帯を発展させるためには安定した電力供給が鍵となる。
鶴見の火力発電所建設は京浜工業地帯発展のために欠かせないものであった。
こうしたことを背景に電力戦争が勃発していた。
電力会社が許認可事業であったこともあり、電力業界や建設を請け負う土建業界の対立は否応なく政官界をも巻き込んでいくこととなった。
(但し戦前の大日本帝国憲法では官吏なども天皇が任命しており、現在の 国家公務員法に当たるような法律はなく、政官界の全てに天皇が関与している)

こうして関東大震災後に京浜工業地帯は誕生した。
そして、1928年張作霖爆殺事件(列車爆破事件)、1932年柳条湖事件(鉄道爆破事件)が起こる。
これが満洲事変のきっかけとなったが、事件はどちらも日本が仕掛けたものであった。
満州事変は1933年に停戦するも、満洲事変から日中戦争を経て太平洋戦争(大東亜戦争)終結までを「15年戦争」と見る向きもある。
この満州事変が起こった後、軍需産業が活発化し、京浜工業地帯もさらに成長することになる。
特に造船・自動車産業企業である横浜の日産自動車や三菱重工業造船所が政府に支援された。
外債の金利上昇をきっかけに、ライバルだった国内大手電力会社5社が手を組んだのもやはりこの時期で1932年だった。

軍需品を作るには工場やエネルギーが必要だが、工場や発電所を造るには建設工事が必要である。
土木建築業のボスだった中野喜三郎にすら一目置かれ、実力もあった菅原恒覧・菅原通済親子が政財界に影響を持つのは必然的な結果であろう。
中野も菅原もフィクサーと呼ばれた。
何か物事を成し遂げようと思ったら、上層だけではダメである。
末端をよく知っている、末端に影響力を発揮し動かせる人物が、フィクサーとなり得るわけである。

関東大震災、京浜工業地帯の誕生、満洲事変、日中戦争、太平洋戦争(第二次世界大戦)と歴史は流れていった。


戦後、その菅原通済が支援したのが、吉田茂に不満を抱いていた政治家・芦田均であった。
昭和電工事件は菅原通済の妹の夫が社長就任時で芦田均内閣の時に発覚した。
芦田均内閣はこの事件により総辞職を余儀なくされた。この直後に吉田茂内閣が誕生し、吉田茂は政官財を掌握していくことになる。
おそらく吉田茂も末端(裏)に顔が利く人物だったのだろう。
一方で上(表)の要素が足りないことを自覚していたかアドバイスがあり、表要素獲得のための人材を送り込み手中に収めていった。
それが吉田茂の官僚政治である。


(その後の菅原通済は)三悪追放協会を組織し、会長となって売春・麻薬・性病の三悪追放キャンペーンを主唱。売春対策審議会では会長を務め、売春防止法制定に力を尽くした。
麻薬追放はかなり本気であり、麻薬追放国土浄化連盟という組織を作り、山口組の田岡一雄や山岡荘八らとも連携。1972年には『麻薬売春Gメン』、『麻薬売春Gメン 恐怖の肉地獄』に協力し、1973年には菅原の原案で、麻薬問題をモチーフにした日本・韓国・香港・タイ王国共同映画『東京-ソウル-バンコック 実録麻薬地帯』が封切り公開された。
いわばこれが菅原通済にとっての反吉田茂ということだったのだろう。



第一次吉田内閣は1946年5月22日- 1947年5月24日(368日)。
この第一次吉田内閣で日本国憲法は可決・交付・施行された。
敗戦し占領され連合国の統治下にあり、正式に戦争状態が終結しておらず(条約未締結状態)、日本国という国がどういった処遇を受けるか分からない状況下にあったはずなのに、まるで独立国家のように憲法を制定したのは甚だ不可解である。
多くの人が気付いていないようで今日まで成功してきたが、実はそれが日本国憲法の最大の過ちなのだ。
戦後処理に焦り過ぎた、言い換えれば戦後処理が悠長すぎた。(憲法改正は終戦2か月後から始まっている)
それは敵味方が一部繋がっていることを暗示している。
占領地日本に幾らGHQが付いていたとはいえ、GHQは政治家でも全権大使でもない。軍の組織である。
先進的な民主主義国家が、あるいは独裁国家が、軍に戦後処理の何もかもを一任するなんてことは在り得ない。

上げたものは下げる必要がある。その基本に則り、憲法施行という大役を果たした吉田茂が一旦その座を降りた。
その後に、反吉田勢力である片山哲と芦田均が続いた。
このチャンスを何とか、、、ここが戦後の分岐点だったのだ。
それが昭和電工事件で打ち砕かれ、吉田茂再登板と一党支配に続いて行く。(ちなみに戦後に再登板した首相は吉田茂と安倍晋三だけである)


芦田均の京都府出身で生家は豪農。父親も衆議院議員を務めた。
東京帝国大学法学部卒。外務省官僚(外交官)から政界入りした。
彼も官僚出身であったわけだが、官僚政治を代名詞とする吉田茂とは馬が合わなかった。
しかしながら帝大法学部卒で外務官僚という実績に加え実力もあったのであろう。
憲法改正特別委員会委員長に就任したのは芦田均であった。
法律改正となれば誰でもよいというわけにはいかない。法律を理解していてGHQとやり取りが出来なければやはり話にならない。



私は現在も続けている「日本国憲法の秘密」というタイトルの記事の最初の方で大日本帝国憲法(明治憲法)から日本国憲法への憲法改正について、特に憲法9条について触れた。
2015年、すでに2年前となる夏のことである。
芦田均(芦田案)も登場した。

2015年7月29日 日本国憲法の秘密-16-
1946年2月13日、マッカーサーの部下が三原則をベースに作成した草案(GHQ原案)を日本政府に提示。これ以降「マッカーサー草案」に基づく「日本政府改正草案」が作成され、1946年3月6日「日本政府改正草案」をマッカーサーが了承した。
しかしここから紆余曲折何度も改正が加えられることになった。

比較

【枢密院で可決した案】
1項 国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。
2項  陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権は、これを認めない。

【芦田試案当初】
1項 日本国民は、正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求し、陸海空軍その他の戦力を保持せず。国の交戦権を否認することを声明す。
2項 前掲の目的を達するため、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを抛棄する。

【芦田案最終】
1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

芦田試案では、2項の頭に「前項の目的を達するため」という文言が付け加えらた。
目的というのは重要である。
しかしその目的が委員会の始めと終わりでは変わってしまっているのだ。
そして結局枢密院で可決した案に極めて近いものになった。

【委員会最初】
「陸海空軍その他の戦力を保持せず。国の交戦権を否認する」という目的を達成するため
  ↓
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを抛棄する」。

【委員会終盤】
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という目的を達成するために
  ↓
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」

最初の芦田試案は、「とにかくもう日本の軍隊や戦力は持たないようにしよう!」というのが目的だった。
軍隊や戦力が必要な時はどういう時かと言えば、戦争や武力行使の時だから、「日本の軍隊を保持編成しなくて済むように戦争や武力行使は永久にしないでおこう!」という条文なのである。
日本の軍隊に随分懲りてしまった観がある。
「戦争をしない」などといった目的のほうが違和感なく一般的だろうと思う。
やや違和感の残る目的を選び、わざわざ1項と2項を置き換えたことを思えば、熟考の上の変更だったに違いない。
日本の軍隊を脅威に思った外国人がいたか、日本の軍隊の恐ろしさを知っていた日本人がいたか、どちらかではなかろうか。

法律は芸術ではない

軍隊について書かれている部分を抽出してみると、大きな違いに気付く。
先頭に◎を付けた文章は、軍隊や戦力、交戦権を直接否定しており明確簡潔で非常に分かりやすい。
ところがこの文中に「これを」が挿入された。
そうすると「これを」が何を指しているのかが明確でなくなる。
読む人によって見解が変わるということが生じる。
よくアーティストたちが言うじゃないですか。「どんなふうに解釈していただいても結構です。人それぞれですから」みたいなこと。
でもそれを書いたり作ったのは個人であり、著作権を主張する人達である。
そうであるならばそこには明確な意図や答えがあるべき。
「どんなふうな解釈でもよい」というのは誤解を与える、「答えはあるけれど言いません」と言うべき。
法律であるならば尚更。どんなふうにも解釈できるのでは困る。
法律は芸術ではない。
なるべく誤解を与えない明確で簡潔な文章を用いる必要がある。
幾つもの解釈が出来る文章は避けなければならない。
にもかかわらず、明確だったものを曖昧にした。それが憲法9条である。

◎陸軍、海軍、空軍、またはその他の戦力が承認されることはなく、国家に交戦権が与えられることもない。(GHQ原案)
・陸海空軍その他の戦力の保持及び交戦権はこれを認めず。(日本政府改正案3月2日)
・陸海空軍その他の戦力の保持はこれを許さず。国の交戦権はこれを認めず。(日本政府改正案3月5日)
・陸海空軍その他の戦力の保持はこれを許さず、国の交戦権はこれを認めないこと。(日本政府改正案3月6日)
◎陸海空軍その他の戦力の保持は、許されない。国の交戦権は、認められない。(憲法改正草案、枢密院に諮問4月17日)
・陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権は、これを認めない。(憲法改正草案、枢密院に諮問5月25日)
◎陸海空軍その他の戦力を保持せず。国の交戦権を否認することを声明す。(芦田試案7月29日)
・陸海空軍その他の戦力は、これを保持せず。国の交戦権は、これを否認することを宣言する。(芦田試案改正案7月30日)
・陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。(芦田試案修正案8月20日)
・陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。(日本国憲法)




by yumimi61 | 2017-08-20 13:03