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日本国憲法の秘密-560- (加計学園問題について)

大学の増加を支えたのは間違いなく医療系(薬学、保健福祉など)である。
保健福祉には看護、栄養、社会福祉、理学療法や作業療法などのリハビリ関係が含まれる。
とくに看護系の大学の増加が著しかった。

1980年代半ばには6校しかなかったのに、2014年には226校にもなっているそうだ。少子化なんかどこ吹く風の看護バブル。


=1990年前の看護4年制大学= ( )内は看護系学科の設立年。
【国立】 千葉大学(1975年) 東京大学(1953年) 東京医科歯科大学(1989年) 琉球大学(1968年)
【公立】 高知県立大学(旧:高知女子大学)(1952年)
【私立】 聖路加看護大学(1964年) 日本赤十字看護大学(1986年) 北里大学(1986年) 藤田保健衛生大学(旧:名古屋保健衛生大学(1969年)

1980年代後半に日本赤十字看護大学と東京医科歯科大学が新たに4年制の看護系学科を設立したが、それまでは6校だった。
当時の看護系の4年制大学は看護教員を目指す人や国家公務員や県職など事務的仕事に携わる人を養成していたのだと思う。
少なくとも私はそう思っていた。

この時代、多くの看護師養成を担っていたのは専門学校である。高卒の場合、3年制。
例えば4年制の日本赤十字看護大学が開校されても、赤十字看護専門学校という3年制の看護師養成学校は各地に多数存在していた。
専門学校の他に短期大学での養成もあった。この短期大学も3年制。
当時は各都道府県に存在する国立大学が医療技術短期大学部という学部を持っていて、ここでも看護師の養成を行っていた。大学に属しているのに3年制の学部という変則的な教育システムであった。
これは看護師の国家資格を得るための所定の過程が高卒後3年であるからである。
専門を3年で教え込むので何もあえて4年もいることはないということ。
その頃の大学には教養課程というものが明確に存在した。
どんな学部であろうが最初の1~2年は教養課程をメインに学ぶという決まりがあり医学部も例外ではなかったが、医療技術短期大学部はこの明確な教養課程が省かれていた。そのぶん夏休みなどは短かった。
看護業界は仕事のハードさから離職率も高く慢性的な人手不足でもあるので、無駄に時間を稼いでも仕方がないということだったんだろうと思う。
私立などの学校運営側からすれば長く学生をしてもらったほうが安定した収入がある。
一方学校運営に税金が投入されることを考えると、学生期間は短く回転したほうが効率がよく節約になる。

国立大学の医療技術短期大学部は高度な医療を提供する大学病院で働く看護師や、地域の病院で看護師長クラスで働くことが期待される看護師、保健師や助産師を目指す人を養成するものであった。
短期大学部3年終了時に希望し希望校の試験にパスすれば4年制の大学に編入することも可能であったし(とはいっても対象の4年制大学がほとんどない)、試験にパスし保健師や助産師の養成科に進めば嫌でも計4年にならざるを得ない。

学力も社会的地位も総じて高い医師という職種と協力し合ったり渡り合う看護師が必要とされた。(先生と呼ばれる職業の人はどうしても傲慢になりがちなので医師の暴走を食い止めたりフォローしたりという・・)
だけど医学部卒と専門学校卒では学歴からして馬鹿にされてしまう(口に出さなくても思っている)。准看護師になると中卒でも可能だったりするので看護師の学力イメージはどうしても薄まってしまう。
だから国立医学部や大学病院に併存して看護学科を置いたわけだが、6年生の医学部から見ると3年制短期大学部というだけで職業的にはやはり軽視の対象となってしまうらしい。
そこで短期大学部を4年制にして「短期」という言葉を省こうという運動が起こった。


以前にも書いていて繰り返しになるが、私は群馬大学医療技術短期大学部を出て、その後保健師の養成学校に進んだ。4年間の学生生活を送っているが学位は持っていない。


過去記事より)
共通一次世代の推薦入試

私は群馬大学医療技術短期大学部に推薦入試で合格した。

「群大の医短で今年から推薦入試が導入されることになったそうだ」と担任から聞かされたのは、3年の夏頃だったような気がする。
それまで県外を中心に考えていた私の転機だった。

現在でも各地の大学で「医学部地域枠推薦」や「指定校推薦」などの推薦入試が行われているが、そのどちらとも少々違った。

「医学部地域枠推薦」というのは地域に医師を確保するためのものなので卒業後の勤務地が何年か指定されているが、それはなかった。
就職先が群大附属病院と指定されているわけでも県内と決められているわけでもなく、進学も可能だった。

「指定校推薦」というのは、高校を指定し推薦枠を与えるもので、指定された高校は評定などの要件を満たした生徒から希望者を募り、多い場合には校内選抜が実施されて推薦者が決定する。
入試は主として書類審査及び面接と小論文となるが、校内選抜者になれば不合格になることはまずない。
私が受けた推薦入試は群馬県内の女子高(一部共学校もあったかもしれない)に2名ずつの推薦枠が与えられていたようだが、2名が揃って合格することはないと事前にはっきりと言われた。(各指定校から1名ずつの合格)
校内には2名以上の希望者がいて選抜があり、選ばれたのは私と、もうひとり親しくしていた友人だった。
どちらかが不合格になるということで何となく気まずかった。
入試には面接と小論文の他に、一般的な試験も課せられた。
但し教科は3教科だったろうか、少なかったと記憶している。

結果は2人とも合格だった。
先生も非常に驚き喜んでくれた。
一緒に合格した友人は、日本化薬で看護師として働いている友人である。

クラスの誰よりも先に試験に臨み、進路が決定したので、当時は大学における推薦入試も今のように一般的でなかったのだと思う。
AO入試は日本にはまだ存在しなかった(1990年が最初、慶應大学にて)。

私は群馬大学医療技術短期大学部の推薦入試の1期生だったのだ。


推薦入試の走りの時代にいて、さらに国立大学の医療技術短期大学部の4年制構想の真っ只中にもいた。

過去記事より)
4年制構想

私が群馬大学医療技術短期大学部の学生だった時の学部長は、ことあるごとに「これからはパラメディカルではなくコ・メディカル(co-medical)*の時代」だと話し、医療技術短期大学部の4年制化実現への抱負を語っていたものだった。
その学部長は群馬大学医学部出身で群大附属病院の第二内科(循環器内科)医局出身。専門は血液学だった。
当時は医療技術短期大学部看護学科の教授であり学部長でもあった。


*コ・メディカル
1982年(昭和57年)、第1回糖尿病患者教育担当者セミナーの講演において、阿部正和東京慈恵会医科大学学長(当時)が、患者教育には医師のみならず全ての関係スタッフの協力が不可欠として、医師以外の関係スタッフを卑下したパラメディカルとの呼称を止め、「協同」を意味する接頭辞の "co-" を用いた「コ・メディカル」(co-medical、英語発音: [ˌkəʊˈmɛdɪk(ə)l] コウメディカル)との呼称の使用を提唱した。「コ・メディカル」という名称は、後に定着する「チーム医療」の考えと合致し、日本の医療業界に広く受け入れられた。


群馬大学医療技術短期大学部の4年化構想が提起されたのは1984年。
私の入学年が1986年なので、まさに4年化構想の真っ只中にあり、学部長の熱意に満ちた話を何度も聞いて育った。
4年制の医療技術学部の創設を目指しての予算要求を開始したのは1987年。以後毎年行った。
しかし当時は文部省の大学審議会は大学に新たな学部の増設は認めておらず、後に譲歩案として出されたのが医学部に保健学科を併設するというものだった。
つまり医療技術学部という独立した学部ではなく、医学部内に保健学科を作れということである。
それに伴い1993年からは医学部保健学科として予算要求を行った。
保健学科の設置が決定したのはそれから3年後の1996年10月。
1997年から保健学科として学生を受け入れることになった。

全国の医療技術短期大学部で一番最初に4年制化したのが大阪大学で1994年。
その後、神戸大学、金沢大学、群馬大学と続く。
2004年までにすべての医療技術短期大学部が4年制化した。
(最終2004年に移行したのは、北海道大学、東北大学、京都大学、熊本大学)←ほぼ旧帝大チーム(九州大学は2003年)
看護研究学会においてはその設立過程から、熊本大学(2004年)・徳島大学(2002年)・弘前大学(2001年)・千葉大学(古くより日本の国立大で唯一看護学部を持つ)の4大学が力を持っている。・・・( )内は4年制移行年。

この国立大学の医療技術短期大学部の4年制化(保健学科設置)実現にやや先行して始まり出したのが新設看護系医療系大学の設置であった。



医師以外の医療職を馬鹿にしたのが医師ならば、その地位をあげようと努力してくれたのも医師だった。
群大で4年制構想を進めていた学部長(医師)は静岡県出身の人で、医師として老人施設の医療も経験したことがあるそうで、医師以外の看護やリハビリといった医療職にも理解があった。

私学を積極的に助成していた1980年代の文部省は国立大学に独立した4年制看護学部を設置することをガンとして認めなかった。
妥協案でも医学部に付随しなさいというものであった。
今現在でも看護学部が存在する国立大学は千葉大学のみ(1975年設置)。
その一方で、大学設置基準を緩和して、新設の看護系大学は認可していった。


国立大学の医療技術短期大学部も1990年代後半から医学部保健学科や医学部看護学科に移行し、完全に4年制となった。(  )内は移行した年。

北海道大学医療技術短期大学部(2004年)
秋田大学医療技術短期大学部(2003年)
東北大学医療技術短期大学部(2004年)
弘前大学医療技術短期大学部(2001年)
群馬大学医療技術短期大学部(1997年)
筑波大学医療技術短期大学部(2003年)
金沢大学医療技術短期大学部(1996年)
岐阜大学医療技術短期大学部(2001年)
信州大学医療技術短期大学部(2003年)
名古屋大学医療技術短期大学部(1998年)
新潟大学医療技術短期大学部(2000年)
大阪大学医療技術短期大学部(1994年)
京都大学医療技術短期大学部(2004年)
神戸大学医療技術短期大学部(1995年)
三重大学医療技術短期大学部(1998年)
岡山大学医療技術短期大学部(1999年)
鳥取大学医療技術短期大学部(2000年)
山口大学医療技術短期大学部(2001年)
徳島大学医療技術短期大学部(2002年)
鹿児島大学医療技術短期大学部(1999年)
九州大学医療技術短期大学部(2003年)
熊本大学医療技術短期大学部(2004年)
長崎大学医療技術短期大学部(2002年)

ベネッセ教育総合研究所によれば、4年制になった今でも勉強が想像以上に大変と根を上げる学生が国公立私立問わず後を絶たないとのこと。
学力や質の低下も問題視されていて、制度をいじったりしている。



4年制化と言っても今まで3年でやってきたことをただ4年に延ばすのではレベルは却って下がっているではないか!と言われかねない。
そこで旧国立大医療技術短期大学部看護学科は4年制移行以降、看護師のみならず保健師あるいは助産師の同時養成を行うことを謳った。
医療技術短期大学部時代も保健師や助産師養成科に進むのは一部の人であって多くは3年で就職していった。
でもせっかく4年制にするのだから、4年制に入学してくる人達には最初から両方を目指してもらうことにしたのだ。
どこに就職にするにしろ全員が2つの資格者になれば、看護科のレベルは今までよりも上がっていると主張できるだろう。
ところがこれが思うようにいかなかった。
目論見が外れ、4年で両方を取得できる人は以前と変わらず一部の人であった。
結果的に、3年で出来ていたことが4年かかるようになった、4年で出来ていたことが6年(修士課程)かかるようになった、そういうことになってしまったのだ。
新設大学では尚更で最初からそれを目指していない。しかし学位は取得できて大学院に進めば修士・博士とランクアップし教授や国家公務員や国家機関に就職できたりしてしまうかもしれない。。
そういうレベルや実務経験のない教授陣が教える看護教育や国家戦略の行き着く先はどこなんだろうか。

卒業要件に保健師国家試験受験資格が指定されている大学、要するに入学者全員が保健師国家試験を受験できる可能性のある大学は226校中20校くらいしかない。
それ以外の大学は保健師養成のための選抜試験を課し、それに合格した10~20人程度のみが進める過程となっている。
保健師養成を諦めた大学もある。(看護師国家試験の合格さえ危うくなってきている・・)
助産師も同様で選択選抜コースである。
看護大学が増えてセット教育を謳ってみたものの保健師や助産師の養成コースは相変わらず狭き門である。

旧医療技術短期大学部看護学科の現在の保健師養成(国家試験受験資格取得)について調べてみた。
人数は明記のある大学のみ。

・北海道大学―2011年度入学者より取得不可となった。2014年度入学者より大学院修士課程で取得可。
・東北大学―全員が取得できたのは2011年入学者までで以後不可。2014年度から大学院博士課程前期(修士課程)で取得可。
・秋田大学―選抜制
・弘前大学―2012年入学者から選抜制
・筑波大学―卒業要件を満たせば全員取得可
・群馬大学―選抜制(40名)
・金沢大学―2014年度入学者から選抜制
・岐阜大学―2012年度入学者から選抜制(30名)
・新潟大学―全員取得可
・信州大学―選抜制(20名)
・名古屋大学―2012年度入学者から選抜制
・大阪大学―2012年度入学者からは選抜制(20名)
・京都大学―選抜制
・神戸大学―2012年度入学者からは取得不可。2016年度より大学院博士課程前期課程で取得可能になる予定。
・三重大学―2014年入学者から選抜制(20名)
・岡山大学―2011年度入学者から選抜制(20名)
・鳥取大学―全員取得可
・山口大学―全員取得可(卒業要件)
・徳島大学―選抜制
・九州大学―選抜制
・鹿児島大学―選抜制
・熊本大学―2012年度入学者から選抜制
・長崎大学―2012年度入学者から選抜制

ほとんどの大学が選抜制に移行している。
大学院修士課程での取得に移行したところもあるので、やがてほとんどの大学がそうなるかもしれない。
保健師という職業は自治体と関係が深いので、あとは公立の大学がどうかなというところだが、全員取得は厳しいかもしれない。私立はもっと難しい。
よって入学者全員が看護師と保健師の国家試験受験資格を同時に取得できる大学はもうほとんどないと考えてよさそうだ。
そもそも最初から無謀な話だったのだ。


こうなると文部省が国立大に独立した看護学部を認めなかったことも一理あると思ってしまうが、ではなぜもっとレベルが下がるであろうことが予想された新設大学は認可したのかということになる。
















by yumimi61 | 2017-09-19 13:05