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日本国憲法の秘密-633- (外貨準備と貿易について)

オイルショックとドル紙幣供給開始による猛烈なインフレにより、元来ガソリンがとても安かったアメリカにおいてガソリンが値上がりした。
このときアメリカ車よりも小さく燃費のよい日本車の需要が高まり、日本の大衆車がアメリカに輸出された。1970年代のことである。
1台あたりに大きな利益を望まず安く数売る薄利多売方式で自動車を販売し、かわりにアフターサービスも輸出し部品代なども稼いだ。
戦後様々な悪循環に陥っていったアメリカ経済に比べて日本の貿易黒字は堅調だった。にもかかわらず依然として円安が続いており、ますます輸出企業には有利な状況だった。
但し日本も貿易黒字だったとはいえ、決して健全な財政状況ではなかった。
ここには今でも払拭できない大きな問題を内包している。
景気が良い=良い財政状況 ではないのだが、そのように思い込みがちであるということ
あるいは景気さえ好ければ良い(自分さえ好ければ良い)という考えに基づいて世の中が回ってしまうこと。
過去にも何度か書いたが正気の沙汰ではないようなことを平気で行う。

日本の高度経済成長期は1954~1971年。沢山の物やサービスを生み出し続けていた時期。
しかしこの期間全てがイケイケの好景気だったわけではない。ここも間違いやすい。
高度経済成長期内で一番景気が良かったのは(長い好景気は)1965~1970年。「いざなぎ景気」と呼ばれている。
どうして景気が良くなったか分かりますか?
1965年11月に戦後初の国債を発行したからである。オリンピックの翌年のこと。
オリンピックが終わると日本は不況に見舞われたのだ。

高度経済成長期の只中、東京オリンピックや新幹線の整備などによる総需要の増加(オリンピック景気)で、日本経済は高い経済成長を達成していた。経済成長は同時に証券市場の成長も促し、投資信託の残高は1961年に4年前の約10倍となる1兆円を突破した。この勢いは、当時、「銀行よさようなら、証券よこんにちは」というフレーズが流行るほどだった。

しかし、1964年に東京オリンピックが終了し、金融引き締めも重なると、企業業績の悪化が顕在化した。1964年にサンウェーブと日本特殊鋼(現大同特殊鋼)が、1965年には山陽特殊製鋼が負債総額500億円で倒産した(山陽特殊製鋼倒産事件)。

重工業の不振は証券市場の低迷にある程度影響した。大手証券会社各社が軒並み赤字となった。大手証券会社は金融債を顧客から有償で預かってコールマネーの担保に入れるというレバレッジの掛け方をしており、ある程度において自業自得であった。なお、1964年は西ドイツ発行外債の内訳において、金融債が前年比で大幅に伸びていた。

ともかく重証の経営悪化を受け、日銀は公定歩合を1%以上も下げた。しかし効果は薄く、政府は不況拡大を防ぐために、1965年5月に山一證券への日銀特融を決め、7月には戦後初である赤字国債の発行を決めた。これを受け、同月を底値に株価は上昇し、結果、当時の政財界の関係者が危惧していた昭和恐慌の再来を未然に防ぎ、高度経済成長を持続した。



なぜ政府が国債を発行するのかと言えば、お金が足りないからである。
国営企業がない国の収入は税金しかない。(国営企業が赤字を出せば収入どころか赤字が膨らむという側面もある。経営手腕や経営環境がないなら民間企業の税収に頼ったほうがよいということになる。国営企業の場合には経営や雇用に対する非難などが政府を直撃するのでいつでも国民の支持を得ていたい政府としては難しい面もある)
税金だけで国の支出が賄えなくなった時には借金をする。国債は国の借金である。
国の支出にもいろいろあるが現在の内訳は下図のとおり。

http://www.zaisei.mof.go.jp/pdf/平成29年度一般会計予算.pdf
e0126350_14360905.jpg

一番多いのは社会保障費。年金や医療費の公費負担(国負担)分の費用。
高齢化や医療依存体質によって年々これが大きくなっているが、それでも社会保障財源の約50%を担っているのは企業事業主と労働者である。国の負担分は30%くらい。
次に多いのは地方自治体への仕送り。その次が借金(国債)返済。
この3つで支出の70%を占めてしまう。
仕送りをしてもらっている分際で憲法で禁じられている私立学校への寄付に税金から大金を投じるなんて言語道断。
収入の濃いピンク(公債金)は借金のこと。予算を組む段階で借金する予定でいる。借金が減るわけがない。



戦後の日本政府の借金・国債には2種類ある。(国債は公債とも言う)
①建設国債(財政法4条国債)
②赤字国債(特例法国債)

1947年(昭和22年)に制定された財政に関する基本法では一部領域を除いて政府が国債発行すること(借金すること)を認めていない。
本来赤字国債は法律違反なのである。
認められているのは公共事業費と出資金及び貸付金の財源。
出資金及び貸付金は配当や返済によって一応戻ってくるあてのあるお金である。
公共事業費は国が何かを作ったりする時のお金。例えば高速道路とか鉄道とか。支出額は大きいが毎年決まって出ていくものではない。建設する時に一時的に大金が必要になる。
だから建設国債と呼ばれていて、金額も大きいことから返済の計画(税収の範囲内で返済可能である計画)を国会に提出した上で国債発行される。
あとは全て税収の範囲内で行わなければならない。
後から行う政策(立法)もまずそれが念頭になければならない。

財政法4条
1.国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。
2.前項但書の規定により公債を発行し又は借入金をなす場合においては、その償還の計画を国会に提出しなければならない。
3.第1項に規定する公共事業費の範囲については、毎会計年度、国会の議決を経なければならない。


東京オリンピックの翌年1965年に戦後初めて発行された国債は建設国債である。
オリンピックが終わってからの建設国債に「なんで?」と思うかもしれない。
オリンピック不況を高速道路建設で乗り越えようという算段だったのか高速道路が本格的に整備されていくのは1965年以降である。
それ前に開通していたのは首都高の一部区間と名神高速の一部のみ。


赤字国債が初めて発行されたのは1975年(昭和50年)である。
法律違反であるがゆえ、財政法第4条に対する特例として1年度に限る法律(「昭和50年度の公債の発行の特例に関する法律」)を公布して赤字国債を発行した。
発行額については国会で議決された金額の範囲内。
国家戦略特区も、天皇の退位についてもそうだが、特例を許すならば基本法だって憲法だってどんどん破っていける。いずれ歯止めが効かなくなる。








by yumimi61 | 2017-12-08 15:03