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日本国憲法の秘密-642- (外貨準備と貿易について)

時々政府の在り方として「大きな政府」か「小さな政府」であるべきかという議論がなされることがある。
市場に積極的に関与するのが「大きな政府」で、自然な市場原理を重視するのが「小さな政府」である。
下の(1)が大きな政府で、(2)が小さな政府。どちらも一長一短ある。

(1)政府による富の集権→再配分(積極的な社会保障政策や弱者救済)・・トップダウン方式、大きな政府、保守的、税金は高め⇒労働意欲の低下、対外的競争力の喪失、やがて労働や高い税金への負担が大きなってくる

(2)市場原理最重要視・・ボトムアップ方式、小さな政府、民営化や規制緩和促進、税金は安め⇒競争社会、失業や経済格差の問題

(1)が古くからある形なので保守的とも言われる。
人間には差があるということを認めた上でなるべく平等な社会を築こうとするものである。
社会主義や共産主義はこれを極めていく形式である。
自由競争色が薄く、上でコントロールする方式であり、再配分も保証されているので、結果的に労働力のある人もない人もどちらも労働意欲を低下させてしまう。国内だけならばまだしも、対外的な競争(比較)が出てくると、この形式でやっていくのは厳しくなる。

(2)が近年流行の形。
こちらはもともと人間は平等なのだという発想がベースになる。
平等な者は同じステージで戦えるはずであるという競争社会。
競争意識が刺激されて嫌でも労働意欲は上がってくる。だが競争には必ず勝ち負けがある。真剣に戦えば戦うほどその落差は大きくなってしまう。(人間は生まれ持って平等なのかという疑問も生じてくる)
経済格差や失業が広がり、大きな政府に比べると十分ではない社会保障政策や弱者救済サービスを受けられない層が拡大する。

(1)と(2)は対立する方式というか概念なので、双方のいいとこどりというのはなかなか難しい。
政府が(2)の方式で再配分(積極的な社会保障政策や弱者救済)を行えば財政赤字に陥っていくのは目に見えている。
それに対して紙幣を発行して対処すると、紙幣ばかりが増大して増々コントロールが効かなくなる。


税金が高い代わりに社会保障制度が手厚い北欧などは(1)のほうであろう。
北欧にイギリスは含めないことが多いが、イギリスもヨーロッパの北側に位置する。そのせいかやはりどちらかと言えば(1)の傾向が強く、世界を代表する先進国でありながら1960~1970年代にかけてその弊害が強くなり、当時のイギリス社会は「英国病(イギリス病)」とまで言われたくらいである。
その病から脱出するきっかけとなったのが1980年代以降に北海油田が産出する原油を輸出できるようになったことだった。
資源によって対外競争力を確保できたわけである。


イギリスで(2)への転換を図ったのは、労働党のトニー・ブレア首相(1997-2007年)。

イギリスの労働党
古くから労働組合を強固な支持母体としており、組合出身の組織内議員も多数存在する。ただ、組合寄りの政策を取り過ぎたあまり、経済活動の停滞や財政の圧迫を招いたこともある。

保守党が富裕層や地方出身者、中高年層からの支持が強いのに対して、労働党は低所得者層や都市部の地域、若年層から支持が強い傾向が見られる。ロンドン、マンチェスター、エディンバラなどの都市部では、多くの選挙区で議席を獲得している。

また、音楽業界や映画業界などのエンターテインメントの業界からの支持も強い。有名なところでは、ビートルズ(メンバー全員)、ピーター・ガブリエル(1998年には国内最高の個人献金を寄付)、ノエル・ギャラガー(元オアシス)、J・K・ローリング(ハリー・ポッターシリーズの著者)など多数の人物が支持を公言している。2007年にはブラーのデイヴ・ロウントゥリーが労働党公認で総選挙に出馬している(結果は落選)。ただし、イラク戦争を契機に緑の党や自由民主党などに支持を鞍替えする人物も目立っている。


このように労働組合が強固な支持母体であるが、トニー・ブレアは脱労働組合路線を掲げた。
労働組合のブロック投票を著しく制限した。労働党の党綱領から、生産手段と輸送の国有化を削除して経済政策を自由市場経済に転換する「第三の道」と呼ばれる路線に変更する。
これによって中間層の支持を取り込み、1997年の総選挙で大勝を収め、首相に就任した。

(1)でも(2)でもないのが「第三の道」であるということなのだ。
では実際どのようなものかということを簡単に言えば次の通り。

この第三の道における公正は、伝統的社民主義の哲学が提示する結果の平等ではなく、教育の充実などの政策に立脚した上での、機会の平等に重きを置いている。これにより、移民政策にも通じる多様な文化的「差異」を前提としてグローバリゼーションへの対応を指向する。

嗜好としては(2)である。
但し(2)には人間は平等なのだという発想がベースになる。
でも人間は生まれ持って平等なのかという疑問も生じてくる。
イギリスは歴史的に、そして現代においても階級が大規模に存在している社会である。家柄的に平等ではない。
生まれ持っての階級が違い、階級が違うとチャンスも平等に与えられない。
つまりトニー・ブレアは、能力の差に注目したのではなく階級や人種によるチャンス(機会)の差に注目して、その差を少なくする政策を採用した。(今日本が盛んに行おうとしている教育の無償化などもこれっぽい感じ)
逆を言えば、同じだけチャンスを与えたのだから、結果に不平等があっても文句を言うなということにもなる。不平不満層の封じ込め策。
これが中間層から広く支持を得た。
「あなたたち不平不満ばかり言ってないで現実を見なさい」と不平不満層にやや冷ややかな人達が多かったか、「平等万歳」と能天気な人が多かったのかは定かではない。
費用対効果という面から見れば恐らくすこぶる悪い。採算はとれないであろう。
しかもイギリスの場合、草の根レベルで階級意識が浸透していて、英語のアクセント・言葉遣い、身なり服装 ・趣味、そういう耳や目で分かるものが階級の判断材料となっているので、機会を与えたくらいではどうにもならない。


(2)を嗜好する「第三の道」の先駆者がイギリスのトニー・ブレア首相(労働党)ならば、(1)を嗜好する「第三の道」の先駆者はアメリカのビル・クリントン大統領(民主党)だった。
その立ち位置は見る人によって全然違ったため、今なお次のように見解は割れているような状況だが、クリントン大統領は(1)を嗜好する「第三の道」先駆者である。

大統領選挙では中道や保守派からその左派的色彩を批判され、徐々に中道よりへの修正を図った。1994年の中間選挙以後は政策の一貫性のなさがしばしば批判の対象にされる。民主党では相対的にやや右寄りに位置するが、これは党内のスタンスであって、あくまで彼自身は第三の道サミットに参加していることなどから中道左派である。
急進リベラルからは歴代の民主党政権の中では最も保守的とされたが、一方で保守派からは「社会主義者」と呼ばれる。


このクリントン大統領はアメリカの30年近く続いていた財政赤字を改善し黒字化するなど一定の成果を収めている。

ジョージ・H・W・ブッシュ大統領を、大統領選挙で「It's the economy, stupid! (経済こそが問題なのだ、愚か者!)」と揶揄したように経済最優先を掲げたクリントン政権はその当初から経済政策に力を入れる。アメリカ経済の中心を重化学工業からIT・金融に重点を移し、第二次世界大戦後としては2番目に長い好景気をもたらし、インフレなき経済成長を達成した。
また、1994年のギングリッチ率いる共和党が上下院を奪還すると、共和党のお株を奪うべく、財政赤字削減に動き出す。アラン・グリーンスパンFRB議長の助言の下に、均衡財政をめざし、巨額の財政赤字を解消して、2000年には2300億ドルの財政黒字を達成した。これらの経済政策は、ロナルド・レーガン政権で行われたレーガノミクスに対し、クリントノミクスと呼ばれる。


クリントノミクスは(1)を理想としつつ、労働意欲を低下させず対外的競争力強化を目指した。
いいとこどりはなかなか難しいと私は書いたが、そのいいとこどりを行って上手く成功した例である。
その具体的な方策は次の通り。

道路などインフラ整備の公共事業への投資拡大、それを呼び水にした民間投資の奨励、労働力の質の向上、技術開発力の強化などが挙げられる。民間の経済活動への政府の介入に慎重だった共和党政権に対して、クリントン政権は政府の産業協力を鮮明にしたことで、自由競争が建て前のアメリカ経済政策は大きく方向転換した。

次世代自動車開発に政府が補助金を出したり、軍が蓄積してきたハイテク技術を投入する方針を示すなど、クリントン政権は民間企業の支援策を次々に打ち出している。日米自動車交渉で、アメリカ政府が日本側に購入拡大を執拗に迫ったのも、民間企業支援をセールスポイントにしたクリントン政権の特色を浮き彫りにしている。

クリントノミクスのもう1つの柱である財政赤字の削減では、国防費支出の削減と本格的な増税を打ち出し、1994年から4年間で総額5,000億ドルの財政赤字削減を目指した。


成功の一番のポイントは、アメリカ経済の中心を重化学工業からIT・金融に重点を移したこと。
同じ労働でも肉体労働(ブルーカラーワーカー、量産、時間の切り売り)よりも頭脳労働に重点を置いた。そのための協力を国家が惜しみなく行った。
頭脳労働化は企業が使う資源やスペースをも減少させることが出来る。
その分、国民個人に還元できる。また最低賃金をアップさせることで肉体労働や下層をも支えた。

但しアメリカは他国に比べると社会保障制度の国の負担は少ない。
社会保障法制定(1935年)により「社会保障」という言葉を生み出した国家ではあるが、自由で個人主義(個人の自由・自己責任)な国民性、また州という地方分権が進んでいるために、国家が旗を振る社会保障制度は遅れている。社会保険という強制や国家が行う中央管理への抵抗が根強くあるのだ。
国自体も「Welfare to Work(福祉から雇用へ)」という考えがベースにある。
国の社会保障を充実させて手厚く救済するのではなく、同じ費用や手間は社会福祉制度の恩恵を受けている人たちを雇用者に戻させることに費やされるべきだという考えである。
不正受給や怠けなどフリーライダー問題や、取り損ねのない保険に入っていることで医療提供側が本来必要ない医療までをも提供して診療報酬を上げようとするモラルハザード問題などによって、社会保障制度を充実させると必要以上に国の歳出が増えてしまう懸念が存在している。
アメリカで破産する人の6割は高額な医療費が払えないことが原因で、そのうちの8割は保険に加入していないのではなく加入している人であるという。
アメリカには広く国民をカバーする年金制度はあるが、そのような医療保険はない。公的な医療保障の対象は高齢者・障害者・低所得者などに限られている。
クリントン政権以降、年金さえ全部又は一部を民営化するという議論が活発に行われてきたくらいである。
つまりアメリカは公的社会保障制度の充実している国との単純比較には向かない。
クリントン大統領が(1)を理想にしても再配分の程度や領域が小さいし、救済の方法論が違う。


ビル・クリントンが大統領だったクリントン政権時代は黄色線内。
アメリカの財政赤字が改善した時代に日本の財政赤字は悪化した。
非常に対照的な時代。
日本はクリントン大統領が「民主党」であることに惑わされてしまったのかもしれない。
民主党には(2)のイメージがあるから。
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by yumimi61 | 2017-12-19 13:59