by and by yumimi61.exblog.jp

やがてそこに。


by yumimi61
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー

日本国憲法の秘密-767- (外貨準備と貿易について)

昨日、農地なんてさらに高くは売れず無料で引き取ってもらうような感じとなる(そのかわり農地は税金が安いけれど)、と書いた。
それならば農地安く買います!とか貰ってもいいですよ!という人がいるかもしれないが、農地を買うことが出来るのは農家(農業就業者)か不動産開発業者のみ。
趣味的な菜園目的などで農地を借りたいという人には貸すことは出来る。
但し農地というのは大抵周囲も農地なので、きちんと管理できないと雑草や病害虫などで周囲の田畑に迷惑をかけることになる。使用する水の問題もある。
農地を借りるということは覚悟が必要で素人の週末農業では厳しいだろうと思う。

農地を売却するには農地面積や農地の取得者などに厳しい条件が設けられている。大きな農家でないと農地は買えないのである。
大規模農業を展開する農家はあっちにこっちに離れた場所に小さ目な農地が点在しているという状況は極めて効率が悪い。
そもそも農地とは農業目的の土地で他の用途では使用できない。
だから農地売買の市場は非常に限られてしまう。
宅地など他の用途で使用したい時は転用許可を得なければならない。転用手続きは面倒であるが、無断転用すると罰せられる。
どうして農地の売買には条件があって面倒なのかと言えば、国の自給自足に関わることだからである。
人や物資があって気候が適していたとしても農地がなければ作物は出来ない。作物を作る上で土台になる部分が農地である。(農地があっても気候が適していないと作物の栽培は難しくなるが)
自給自足に関わるのだから農地を持っていたならばそれなりに安定して結果を出してもらわないと困る。
自国でどれくらいの作物を作り出すことが可能なのか計算する基礎にもなる。
食糧自給率によって人口や貿易相手国、最低限必要な外貨が決まると言っても過言ではない。

誰かが農業をやめて作物が作れなくなっても他の人が農業をやって作れば良いではないかと思うかもしれないが、農地売却の条件が厳しいということは農業は難しいということでもある。
現代のような農業の形では、付け焼き刃で出来るものではない。
日本では人口が増えていた時代にも農業従事者は減少し続けた。
時代が進むにつれて農地を持て余す人も少なくなくなった。
これから人口減少していった時にはさらに農業従事者は減り、農地は無駄になっていくことが考えられる。
温暖な気候という恵まれた環境にありながら食糧の海外依存度が高い日本。
日本は国土面積に比べて人口が多くなり過ぎたという問題を抱えている。
日本の人口は減少していくことが予想されているが、農業の問題を考えると食糧自給の状況が改善するのか不安を残している。

日本は世界最大の食糧輸入国であり、平成20年(2008年)財務省貿易統計によると、食糧輸入額は約5兆6000億円で世界全体の10%を占めている。 日本の食糧自給率は、カロリーベース総合食料自給率で39%(平成26年(2014年)度)、生産額ベース総合食料自給率では64%となっている。


食糧ついでに、最近「食品ロス」って流行ってるじゃないですか!?
食品ロス
売れ残りや食べ残し、期限切れ食品など、本来は食べられるはずの食品が廃棄されること。 食品の廃棄や損失の原因は多様で、生産、加工、小売、消費の各段階で発生する。「日」まであると無駄な廃棄を招くので賞味期限の「年月」だけの表示が、飲料や加工食品に広がり始めている。

「期限切れ食品」を食べられない食品と考えれば、それを「本来は食べられるはずの食品」とするのはおかしいので、「期限切れ食品」は「食べられる食品」だという認識が人々の間にあるということだろう。
コンビニのお弁当などの厳しい期限管理はかなり昔から話題にされるくらい。(昔はアルバイトが貰って帰れたり、ホームレスの人にあげたり漁られたりしたという話題だったが、今は厳しくてそういうことも一切しないという話題になった)
日本のような温暖多湿の気候は作物栽培には比較的適しているが、食品管理には腐りやすいなど難点ともなり得る。
人間の抵抗力が落ちていることも考えられる。
生産者や販売者は一度何かあれば死活問題ともなり得るので余裕を持って販売する。
安全かどうかを自己判断できない人(安全を度外視する人)が増えたあげく、責任だけがやけに重く圧し掛かってくる責任社会(ある意味無責任社会)では、安全の幅を広く取らざるを得なくなる。要するに早めに消費期限や賞味期限を設定する。
保存料をたっぷり使って徹底的に殺菌剤を振りかけたりもしなければならない。

また農業であれば栽培に適した期間というものがあり収穫は集中しがち。
あっちでもこっちでも同じ物が容易に採れる時期がある。
福島の夏野菜のCMを夏にやっていたが、家庭菜園でも出来る時期に一自治体のきゅうりやトマトといった夏野菜のCMを(全国?首都圏?)展開しても正直滑稽にしか映らなかった。福島の夏野菜が特別美味しいわけがない、順調に育ったものならば収穫したてのものが一番美味しい、それくらいは皆知っていることだろうと思うのだ。騒げば騒ぐほど逆効果になってしまうということはよくある。

大規模農業での生産だとやはり収穫は一気になりがち。時期をずらして作ってはいるが。効率の問題があるからである。
使うものを使うだけ庭先の畑から採ってくるのとはわけが違う。
週末家庭菜園なんかだと逆にロスが大きくなる。収穫時を逃すから巨大化したりなんだりして、ちょくちょく捨てるはめになる。
一気に収穫できても食べる量は限られているし、お裾分けと言ってもあっちでもこっちでも収穫できる時期には躊躇われるし、家庭菜園の野菜などは虫がいるかもとか虫が食っているかもとか根性が曲がっているとか有難迷惑に感じる人も少なくなかったり。
家庭菜園に限らず生産段階でのロスも意外に大きい。直売所などで昔に比べると販路が増えてはいるけれども。
田畑から生まれたロスを田畑に戻せば大きな意味ではロスではないのだけれど、田畑に戻さないことが問題である。

輸入品は輸送費をかけて輸入するのである。ある程度の単位で輸入しなければ元が取れない。
ロスを出しても少量を何度も輸入するより得であるという実態があると想像できる。

現代は核家族も通り越して一人世帯も多い。
買っても食べきれないで腐らせたり、消費期限を過ぎてしまったりする家庭は少なくないだろうと思う。
しかしながら小さな単位での販売は思うように広がっていない印象を受ける。販売側からすると効率が悪い、消費者側にとっては割高となるからである。
大量仕入れでの大容量販売のほうが利益が上げやすい。



モスクワから300キロ離れたところで買った40万ルーブル(80万円)の家がどんなタイプの家で、その購入者にとってどんな意味があったのかはさっぱり分からない。
その購入資金が「母親資本」だったのか、その人がそれで子供2人を生み育てることを決心したのかどうかも不明である。

私は時々考えてみることがある。
3人目の子には結構な御祝い金が出るとか、何かが無料になるとかは日本でもよく聞く話。
子供の医療費無償化などもすでに多くの自治体が採用している制度である。
最近では国を挙げての教育無償化が叫ばれていたりする。
私はそれらの制度で子供を生み育てる気になるだろうかということを考えてみるのである。(そりゃあ無理に決まってるだろう?)

ちなみに私は子供を産み育てる前には子供がとても欲しかったタイプの人間である。
現実の子育てはどうだったかと言うととても大変だった。イライラしたり落ち込んだことも人並みにあった。でも子供のいる生活はとても楽しかったし幸せな時間でもあった。
うちは子供が幼稚園から小学校くらいの10年あまり夫が単身赴任していたし、そうでなくても日常的に帰宅は遅かったし出張なども多かった。
では夫がもっと家にいて育児を手伝ってくれたらならば育児は楽で子供をもっともっと産み育てたいと思ったかと聞かれれば、そうは思わない。

ではお金の問題なのか。
子供が多いほどお金が必要になるのは間違いないだろうけれど、お金の問題で気持が決まるわけではない気がする。
上に挙げたような御祝い金とか無償化が子供を産み育てる動機にはならないのだ。すでに子供がいたならばとても助かる制度ではあるが。
「子供を2人生んだら800万」でも微妙なところ。
2人生むと決めていたらならば大歓迎するが、生むかどうか悩んでいる、生む気はなかったとするならば、それが動機になるかどうかは全く自信がない。
例えば3人目適齢期に問題なく生める状態であったとして「3人目を生んだら400万円くれる」と言われても私はたぶん3人目を望まなかっただろうと思う。
移民が人口分布には影響を与えるが人口増を抑制する手段にはならないのと同じで、無償化などは家計には影響を与えるが、人口を増やすための手段にはあまりならないような気がするのだが、どうでしょうか。
子供ゼロから1人と、1人から2人、2人から3人、3人から4人では、気持ちが大きく違うのかもしれないなあとも思っているが、どうでしょうか。


168.pngまだ続く予定でしたが、予定は未定で、今日は終わりにさせていただきます。

176.png雨にご注意下さいませ。


[PR]
by yumimi61 | 2018-07-06 13:53