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日本国憲法の秘密-769- (外貨準備と貿易について)

合計特殊出生率
15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計した数値。
「1人の女性が一生の間に産むとされる子供の数」に相当する。

例えば2017年の合計特殊出生率を出そうと思ったら・・
2017年に15歳となった人が生んだ赤ちゃんの数÷2017年の15歳となった女性の総数=15歳の出生率。
これを各年齢で全て計算し、全ての年齢の出生率を足す。

「一生」というわりには49歳までなんて・・?出産に関してはそれが現実です。(50歳以上の出産が全くないというわけではありませんが)

国や地域によって若年層が多いとか高齢者が多いとか年齢構成に違いがある場合にも、この方法ではその年齢構造の影響を受けない出生率を表すことが出来る。

但し出産年齢が集団で全体的に遅くなったり早くなったりしている傾向がある場合には、短期間の毎年比較での数値の僅かな上下にはあまり意味がない。

人口を維持するための合計特殊出生率は2.07~2.08。
これは人口のおよそ半分を占める男性が子供を産むことが出来ないため。
女性は男性分を補う必要があるので、1人が2人産む計算で人口維持が可能となる。
でも子供が運悪く出産年齢まで生きられないことなどもあるため、多少余裕を持って2.07~2.08としている。


ワールド・データ・アトラス ロシア合計特殊出生率
(オレンジラインは私が入れました。人口維持ラインです)
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グラフの真ん中辺りの山が1987年である。以降減少していくことになるが、1988年と1989年はまだ2以上ある。1990年が1981年と同じ1.90。
これは「1人の女性が一生の間に産むとされる子供の数」であり、山のところで人口が増えたということを意味するわけではない。
例えば、1960年にロシアの合計特殊出生率は人口維持ラインを超えていた。維持ラインよりも多くの子供が生まれた。
1960年に生まれた子供達の多くが出産年齢(20~30代として)を迎えたのが1980~1990年頃ということになる。
ロシアでは合計特殊出生率ではちょうどその辺りに山が出来ている。
出生数ならばここが第二次ベビーブーム(戦後の第一次ベビーブームに生まれた子供達が生むベビーは必然的に多くなる)というような捉え方になるだろうが、これは合計特殊出生率なので多くなるとは限らない。1.0となることも3.0となることもあり得る。
すなわちロシアでもここで合計特殊出生率が上がる必然性はない。

そこで私達は考える。
人々の妊娠出産の決意と遂行に一番影響を与えるものは何なのだろうかと。
人間が持つ本能なのか、男性の強要なのか、女性の意識なのか、それとも国の人口政策なのか、経済状況なのか。

世界経済のネタ帳 合計特殊出生率の推移(1980~2016年)(ロシア, 日本)
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実は人口減が心配されている日本も合計特殊出生率は僅かながら上昇傾向にある。
人口維持ラインにはどこにも届かないけれども。

内閣府 日本及び諸外国の合計特殊出生率の推移
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日本の戦後ベビーブームは1947~1949年(昭和22年~24年)であった。出生数が増えた年である。この時期に生まれた人達を団塊の世代と言う。存命ならば今年71~69歳になる人。

第二次世界大戦後の出生数の増加は世界各国で見られた現象(ベビーブーム)である。
第二次世界大戦(太平洋戦争を含む)が終わると、戦争から兵士が帰還した際や、戦争の終結に安堵した人々が子供を作ったため、前後の世代に比べて極端に人口比が高い現象が世界的に見られた。この時期に結婚・出産した世代は概ね1910年代末期-1920年代初期に生まれた世代と見られており、おおむね1946年から1952年頃の間に、北米、欧州、オセアニア、日本など世界各国で同種の現象が起きた。ただし、国や地域によって時期については前後することがある。

日本のベビーブーム世代(団塊の世代)の多くが出産を迎えたのが1971~1974年だった(第二次ベビーブーム)。
団塊の世代の女性は22~27歳で出産した人が多かったという計算になる。
しかしながら第二次ベビーブーム期間の合計特殊出生率は上がってはいない。人口維持ラインをすでに割っている。
要するに第二次ベビーブームは元々出産適齢期の人の数が多かったから出生数が増えただけのことであって、人々の意識が特別出産に向かったわけではないということ。


では戦前の日本の合計特殊出生率はどうなのか。
1920年 5.24
1925年 5.11
1930年 4.71
1935年 4.36
1940年 4.11

戦後ベビーブーム時代も4くらいである。

・戦前は貧しい時代と言われることが多い。女性にとって厳しい時代だったと言われることも多い。
・現代では経済的な支援をすれば、女性の労働環境などを変えれば、出生率が上がると考えられている。

この2つは事象は相反する。矛盾する。
貧しくて厳しいから出産しないのならば、戦前の合計特殊出生率はもっと低くて良かったはずだし、今はもっと高くて良いはずだ。
でもまるで逆。
何故だろう。
避妊と中絶に関係しているのではないだろうか。

昔は避妊成功率が高くなかったのでは?(避妊性交率も?)
つまり妊娠したくなくても妊娠してしまう。
そして今ほど中絶に対して積極的でなく(古今東西'子供は天からの授かり物'という意識がある)、今ほど中絶が容認されておらず、中絶場所や技術が整備・発展していなかった。
昔の人が生まれてきた子を可愛くないとか大切ではないと思っていたということではないが、女性が本能的に一生涯に産みたいと思う子供の数って昔も今もそれほど変わりないのではないだろうか。


(仮説)母性には本能的母性と芽生える母性がある。
産みたいと思うのは本能的母性。
お腹の中に胎児を感じたり、産まれた子を見たり抱いたりして芽生える(育まれる)母性もある。
育まれる母性が子を育んでいくのだ。

女でもあっても男であっても、どちらにも女性ホルモンと男性ホルモンが存在するように、同じ女性であっても母性よりも父性が強い人がいても不思議はない。役割が違う。
全ての女性を平均すれば、女性が本能的に一生涯に産みたいと思う子供の数って昔も今もそれほど変わりないのではないか、という意味である。
その本能的に産みたいと思う子供の数がおそらく人口維持ラインの2.0人前後なのではないだろうか。

また芽生えた母性が強いと育むことにエネルギーを傾けてしまうため、本能的母性が委縮することもあるだろうと思う。
それに関連して言えば、子供を育てにくい社会では育てることにエネルギーが費やされるため、本能的母性が委縮してしまう。
本能によるものなので、意識で簡単にコントロールできる部分ではない。
子供を育てにくい社会という認識を多くの人が持っているようで、だからこそ助成したり、女性の労働環境や家事環境を変える試みがなされてきたし、なされているのだと思うが、それでは改善しなかったという現実がすでにとっくに突きつけられているのだ。
よって「子供を育てにくい社会」の解釈が間違っているということになりそうだ。


本能の部分は意識では変わりにくい。
「子供を育てやすい社会」を実現したとしても、通常は2.0を大きく超えて増えることは考えにくい。
逆に、人口が増えていく時には本能は自然に抑制に動くと思われる。
それと同じで死亡率が高いなど生きていくことに不安を感じる時代は本能的に促進に向かうことも考えられる。
「子供を育てやすい社会」の実現で出来るのは、2.0を大きく下回ることを防ぐことだけのはず。
1人1人の意思が尊重された社会では、本来人口は減らすよりも増やすほうが難しいはずである。

世界全体で見れば人口は今も増え続けている。
先進国の合計特殊出生率は2.0を下回っているが、世界には超えている国が数多くあるということである。
それは上に書いたように「妊娠したくなくても妊娠してしまう」からである。
あるいは本能的に生きていくことに不安を感じているか。

ちなみに上の内閣府のページによれば、アジアにおいても、タイ(1.4)、韓国(1.24)、シンガポール(1.24)、香港(1.20)、台湾(1.18)は日本よりも合計特殊出生率が低い。




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by yumimi61 | 2018-07-12 15:38