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Ban

一頃、日本でブータンが俄かブームだったことを覚えているだろうか。
私は2011年11月24日に「突如ブータンが大人気らしい」とか「国民総幸福量の怪しさ」とか「あのお方もブータンがお好き」といった感じで記事にしている。

ブータンと言われても、「?」の人もいるでしょう。
「ブタか?」とかね。(←失礼ですよ)
ブータンは国です。
世界で唯一チベット仏教を国教とする国家だそうです。
チベットといえば、先日、日本を訪れたダライ・ラマ法王を思い出しますが、ブータンの国王もこのたび来日されたのです。
今月15日から20日まで、ブータンの国王が結婚したばかりの王妃を伴い、国賓として来日しました。
日本滞在中は、宮中晩さん会に出席したり、国会でスピーチしたり、被災地である福島県を訪問したり、京都で日本古来の伝統に触れたりと精力的にご活動されたようです。


上記の記事に書いたあのお方とは群馬県前橋市出身のコピーライター糸井重里さん(奥様はソフトバンクCMの白戸家のお母さん役をしている樋口可南子さん)。
糸井さんは2011年5月にブータンに赴きブータンの首相と会っている。(写真はこの記事に)

オウム真理教の教祖だった麻原はブータン国王から「最聖」の称号を与えられたそうで、握手している写真などもかつては存在していた。
オウム真理教の広報に一役買ったのがダライ・ラマ14世であり、そのあたりの繋がりというか交遊録をこちら(オウムという名と、オウム真理教交遊録)に書いた。

ダライ・ラマ14世やブータン国王との繋がりを仲介したのがチベット出身で日本に帰化した(2005年)チベット系日本人ペマ・ギャルポという方。
##2010年(平成22年)8月 - ブータン王国首相顧問として同国を訪問。
##2011年(平成23年)11月 - ブータン国王ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク夫妻が日本を訪問した際、通訳を務めた。 

肩書・役職
##桐蔭横浜大学法学部教授
##チベット文化研究所名誉所長
##南アジア地域協力連合研究調査会会長
##拓殖大学海外事情研究所客員教授
##岐阜女子大学名誉教授
##岐阜女子大学南アジア研究センター長
##世界戦略総合研究所評議員
##国家基本問題研究所客員研究員
##日本経営者同友会の特別名誉会員
##アジア刑政財団学術評議委員(国際連合NGO団体)
その他、NPO、NGOをはじめ多数の役職を兼任。



実はブータンは現在国内の山への登山が禁止されている。
ガンカー・プンスム(Gangkhar Puensum )というブータンと中国チベットの国境にある山は人類未踏峰として知られている。
世界には人類未踏峰の山は幾つかあるが(未開の地も結構ある)、未踏峰の中では最高の高さを誇る山である。

ブータンの最高峰であり、人類がまだ登頂していない山の最高峰でもある。標高7,570m

国の最高峰が未だ登頂されていない、日本で例えれば富士山登頂にまだ誰一人成功していないというようなことになる。


山は荘厳である。高く厳しいほど威厳があって気高い。
煌びやかに美しく飾られた、あるいは厳かに佇む、仏堂や仏像にも荘厳さはあるだろう。
しかしそれらは、一面においては人間が作ったものに過ぎないのだ。
人間は人を寄せ付けない山々に神を見る。
チベット仏教、ヒンズー教、ボン教、ジャイナ教などなど、宗教は山岳信仰を持っていることが多い。
信者たちの中には、山は拝み崇めるもので登るものではないという意識がどこかにある。
聖なる山に、神聖な場所に、土足で踏み込むなということである。
神の怒りで振り落とされるのが関の山だが、信者が、信心すらない者が、神を制するなんてことはもっととんでもないという話になる。
信仰登山や巡礼は古くからもちろんあるにはあるが、山の麓や途中の寺院までということが多い。

ところがブータンは登山を解禁した時期がある。

・1983年 ブータンが登山を解禁。

・1985年と1986年 日本やイギリスなど4つの遠征隊が挑戦したが登頂失敗。

・1994年 ブータンが宗教信仰に反するという理由から6,000m以上の山への登山を禁止する。

・1998年 日本の登山隊に登頂許可が出るも、ブータンの政治問題により許可は取り消された。
その代わり、1999年に、チベット側からの登山を行い、標高7535メートルの衛星峰であるリャンカン・カンリ(北ガンカー・プンスムとしても知られる)への登頂に成功した。多くの地図と異なり、登山隊はこの頂上はチベット内にあり、チベットとブータンとの国境は標高7570メートルの"ブータンの最高峰"であるガンカー・プンスムの頂上を横切っていると報告している。この標高は日本の情報により支持され、次いで中国の情報に準拠した。これはまだブータンでは調査されていない。

人を寄せ付けないためにわざとしているのか分からないが、この辺りの地図はかなりいい加減に作ってあるらしい。

・2003年 ワンチュク国王(来日した現国王のお父様)が永久未踏峰とすることを宣言。


登山を永久に禁止した前国王は「国民総幸福量」 (GNH) という概念を提唱した国王でもある。
12年前の2006年に息子に譲位したが、現在前国王が62歳で、現国王が38歳というお若い国王一家。


「世界で一番しあわせな国」と形容されることが多いブータン。
国王が「国民総生産 (GNP)」より「国民総幸福量」 (GNH) が大事と説いた国。
国民のほとんどが幸せと答えるという。
でも、「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」とデンマークの独立系シンクタンク「幸福度研究所」が共同調査した「世界で最も幸せな国ランキング2017年」にブータンは30位以内にも入っていない。(日本も入っていないけどさ)
所得・自由・信頼・健康寿命・社会的支援・寛容の6項目を指標に、世界156カ国・地域の幸福度を評価していて、2017年トップ3は北欧揃い踏み。
1位はフィンランド、2位はノルウェー、3位はデンマーク、4位はアイスランド、5位はスイス。(日本は54位)
上位国はわりと一人当たりGDPが高い国と重なるところがある。

ランキングが客観的な幸せならば、ブータンのそれは主観的な幸せということだろうか。
確かに幾ら傍から幸せそうに見えても本人が幸せじゃないなら幸せなんて意味ないものかもなぁ。
そういう意味ではブータン国王の提言は一石を投じることになるんだろうけれども、でも主観が強制や洗脳によって形作られるものだとしたらどうなんだろうとも思うわけでして。
強制や洗脳されていることにすら気づかない幸せもある?
何かを知らないでいる幸せというのは確かに存在すると思う。
知らないでいる幸せとは、別の言い方をすれば比較しない幸せだろうから、そうだとしたら幸せを数値化して比べてはいけないとも思うけれど。

HUFFPOST 
BROG 2018年08月29日
「幸せの国」ブータン留学生の「不幸せ」な実態(1)首相懇談会で飛んだ怒号--出井康博
次々と日本へ渡る学生たちが引っかかった罠


今年4月10日午後――。東京・日比谷の帝国ホテルで、ブータンから来日中のツェリン・トブゲイ首相と在日ブータン人留学生との懇談会が開かれていた。

 会場となった「桜の間」では、この日の夕方、日本政府関係者も出席しての首相歓迎会がある。トブゲイ首相は翌11日、安倍晋三首相との会談も控えていた。そんな多忙な日程を縫い、首相が留学生たちと会ったのには理由がある。ブータン政府にとって日本への留学生送り出しは、2017年から進める国策なのである。

(略)

「桜の間」には、100人近い留学生たちが集っていた。彼らに向かい、ブータンの民族衣装に身を包んだトブゲイ首相から激励のスピーチがなされた。本来であれば、形式に沿って静かに終わる会である。しかし、会場から首相に飛んだ発言で空気が一変した。

「留学生たちは皆、日本で大変な苦労をしています。ブータンで背負った多額の借金を返済するためアルバイトに追われ、勉強どころではありません。進学はおろか、来年の日本語学校の学費さえ払えない状況なのです」

 英語で発言したのは、民族衣装の中年女性だった。会場の留学生から、少し遠慮がちに拍手が巻き起こる。

「留学を斡旋しているブローカーは、日本語学校から斡旋料を得ていて......」

 女性がそこまで話したところで、壇上脇にいたブータン人男性が女性に対し、声を荒げ怒鳴った。

「あなたは何者なんだ!どんな資格で会に参加しているのか!」

 首相まで出席した会だというのに、会場は異様な空気に包まれた。留学生たちも男性の剣幕に呆気にとられている。

「幸せの国」として知られるブータンから、国の期待を担い留学生として送り出された若者たち――。日本で彼らに、いったい何が起きているのか。

日本語勉強の時間もなく
 日本が受け入れた外国人留学生の数は2017年末時点で31万1505人に上り、前年から12%以上増えた。政府が2008年から進めてきた「留学生30万人計画」も、策定から10年で、目標の2020年を前に達成されたわけだ。

 ただし同計画の達成は、多額の借金を背負い、出稼ぎ目的で入国する"偽装留学生"が急増した結果である。彼らは本来、留学ビザの発給が認められていない。しかし、留学生を増やし、彼らを労働力として利用する思惑から、政府は経済力のない外国人にまでビザを発給し続けている。つまり同計画は、政府ぐるみのインチキによって達成されたと言える。

 留学生の増加は止まる気配がない。"偽装留学生"の送り出し大国となったベトナムやネパールに加え、最近では他のアジア新興国でも日本への「留学ブーム」が起き始めている。その1つが「ブータン」なのである。


主観的に世界で一番幸せな国の若者が、客観的にも主観的にもあまり幸せではないらしい日本に留学してくるという。
これはもうブータンからの幸せのお裾分けと考えればよいのではないでしょうか。(なあんてね、笑)


「人類未踏峰の最高峰」「世界で一番しあわせな国ブータンの最高峰」
ガンカー・プンスムには少なからず商業価値があるだろうと思う。
しかし登山を解禁したとして、その価値が永続的に続くかといったら疑問はある。
登頂が成功してしまった折には「人類未踏峰の最高峰」ではなくなってしまうわけだから。
もしこの山の標高が8,000mを超えていれば、世界の8,000m峰は15座になり、登山家にとって特別な意味を持つ山になった。
だが残念ながら8,000mは超えない、7,570mである。
周囲には世界中の登山家が目指す高い山が連なっている。
それならば「未踏峰の最高峰」という希少価値を維持したほうが良いと考えるかもしれない。

8,000m峰14座
地球上にある標高8000 メートルを超える14の山の総称である。
それらの山は全てアジアのヒマラヤ山脈、およびカラコルム山脈にある。
人類が初めて登頂に成功した8000メートル峰はアンナプルナで、フランスのモーリス・エルゾーグとルイ・ラシュナルが1950年に山頂に達した。それから14年のうちに他の8000メートル峰も全て初登頂された。
全14座のうち、8座では初登頂の際に酸素ボンベが使用された。


14座は単に標高で線を引いている。中味は関係ない。
登頂成功も中味は大して関係ない。揃った条件やルールに則った成功ではない。いわば何でもあり。
14座という枠組みは客観で、各々の成功具合は主観といったところか。
標高で言えばアメリカ(アラスカ)のマッキンリーは6,190 mであり、ブータンの最高峰よりも低いことになる。
だがそう、マッキンリーは非常に厳しい山である。

マッキンリーは今はデナリが正式名称
2015年8月30日、バラク・オバマ大統領は山の名称を正式にデナリへ変更することを発表した。

日本テレビの開局35周年記念特別番組の『チョモランマがそこにある!!』のチョモランマはエベレストのことで、チョモランマはチベット語の名称。

デナリはエベレストよりも大きな山体と比高を持つ。エベレストの標高はデナリより2700mも高いが、チベット高原からの比高は3700m程度に過ぎない。一方、デナリはふもとの平地の標高は600m程度であり、そこからの比高は5500mに達する。

高緯度にあるため、夏と冬の変化が大きい。夏は白夜になるが、冬は日照時間が非常に短くなる。日の出から日没までの時間は夏至では約22時間、冬至では4時間45分である。

デナリは極寒でも知られ、夏でも山頂の平均気温は-20℃程度となる。冬には5700m地点に据えられた温度計の最低気温が日常的に-40°Cを下回り、1995年には-59.4°Cを記録している。1969年以前には、中腹の約4600m地点で最低気温−73.3°C(−100°F)を記録したこともある。

デナリは高緯度に位置するため気温が低く、その影響でヒマラヤやアンデスの同一標高よりも気圧が低い。そのため、登山者にとっては高山病の危険性が比較的高くなる。デナリ山頂と同一気圧になるヒマラヤの標高は、登山シーズンで比較するとデナリ山頂よりも約300〜450m程高い。気圧は夏よりも冬のほうが一段と低くなり、冬のデナリ山頂の気圧は夏のヒマラヤ7000m超に相当する。

冬にはジェット気流の影響からしばしば時速160km(秒速44m)の風が吹き下ろし、さらにデナリ・パスのような風が集まる地形ではベンチュリ効果によって風速が倍増することもある。





by yumimi61 | 2018-08-30 14:52