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至当

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この写真は2016年9月29日に撮影したもの。
爆発のような噴火のような凄い雲だったので撮った。
空が低い雲に覆われ、その中でもちょうど山がある場所に雲が下りていて、山を隠すような形となっている。


御嶽山噴火から4年目

今日9月27日には御嶽山が噴火した日で、もう4年になるという。
時間が経つのは本当に早い。

御嶽山が噴火した2014年9月27日(土)は次男の修学旅行の前日だった。
学校の行事ではあるが日曜日出発であった。そのことは

に書いた。(写真は高校の正門前で撮ったもの)
その記事で「航空便リアルタイム追跡ページ」にリンクし、次男たちが乗ったANA663便の運航状況を書いた。
この間の台風でヘリコプターに怯え(?)フライトレコードを見ていた人達がいたけれども、私はこの時のことを思い出していた。


2014年10月11日~18日までの1週間、私は御嶽山特集記事を書いた。
特集六では、とあるNHK取材班が噴火のあった9月27日に御嶽山8合目で山頂に向けてカメラを構えていたという話を書いた。あと山での携帯電話事情など。
実は近年私がNHKを見るようになったのはこの時からである。
この時まで自発的かつ定期的に見ているNHKの番組やニュースといったものはなく、アナウンサーなど出演者も全くといって知らなかった(初恋の人と同姓同名騒動で『のど自慢』のことはちょっと知っていた)
(だけどその代わり、私がテレビをほとんど見ていなかった時代に一番見たテレビは紛れも無くNHKの教育テレビだった。子供が幼かった時代だから)

特集二の中には、次のように書いたがこれを書いた時点ではアナウンサー名も分からなかった。後で知ったがこれは今は朝のニュースを担当している高瀬アナウンサーだったみたいですね。

NHKのアナウンサーが噴火当初「おんたけ」でなく「みたけ」と言ってしまい、「おんたけっ!」と注意されていたが、黒沢口の麓は木曽町三岳(旧三岳村)で「みたけ」という名称は今でも多く使われている。



信仰の山としての御嶽山

御嶽山は山岳信仰、霊山としての顔を持つ。

御嶽山は山岳信仰の山である。通常は富士山、白山、立山で日本三霊山と言われているが、このうちの白山又は立山を御嶽山と入れ替えて三霊山とする説もある。日本の山岳信仰史において、富士山(富士講)と並び講社として庶民の信仰を集めた霊山である。教派神道の一つ御嶽教の信仰の対象とされている。最高点の剣ヶ峰には大己貴尊とえびす様を祀った御嶽神社奥社がある。鎌倉時代御嶽山一帯は修験者の行場であったが、その後衰退していった。

江戸時代に、王滝口、黒沢口および小坂口の3つの道が開かれることにより、尾張や関東など全国で講中(普寛講他)が結成され御嶽教が広まり、信仰の山として大衆化されていった。江戸時代末期から明治初期にかけて毎年何十万人の御岳講で登拝され賑わっていた。

王滝口と黒沢口の参道には多数の霊場と修行場跡がある。御嶽信仰では自然石に霊神(れいじん)の名称を刻印した「霊神碑」を建てる風習がある。黒沢口の参道には登拝者を祀った約5,000基の霊神碑があり、王滝口の参道にも多数の霊神碑が並ぶ。御嶽神社には蔵王権現が祀られていて、遠く離れた鳥居峠や和田峠などの遥拝所に御嶽信仰の石碑や祠が設置されている。江戸時代後期の絵師谷文晁が『日本名山図会』この山を描いて、名山として紹介した。
林道黒石線と白崩林道の有料道路や御岳ロープウェイの開業に伴い、ひのき笠と金剛杖の白装束の信者で埋め尽くされていた登拝道に、一般の登山者が混じるようになってきた。 

1944年(昭和22年)に御嶽教などの教団と御嶽神社が「木曽御嶽山奉賛会」を設立し、その後「御嶽山奉賛会」と改称し神社の運営を行っている。


頂上の奥社(社務所)を含め御嶽山にある拝殿や社務所は御嶽神社の社殿ということになる。
仏教やキリスト教やイスラム教といった大きな宗教区分の違いも然ることながら、同じ宗教でさえいろいろな宗派や団体が存在するものである。
熱心な信者ほどどこでもよいというわけにはいかないであろう。
敬虔なキリスト教徒が仏式で葬儀してお寺にお墓を建てたりはしない。
仏教徒が教会でお葬式することはないだろう。
もっと細かな区分での宗派や団体、檀家や氏子などということになれば長く続く慣習や細かな決まり事、外の人間には分からない濃密な関係があるのだと思う。
同じ仏教だから、同じ神道だから、同じキリスト教だから、どこで何をして構わないということにはならないだろうし、信者らはどこで何をしても同じ御利益があるとも思っていないんだと思う。
信仰とは、観光客があちこちの神社に行って、そのたびに好きなことをお願いしてくるのとは違うし、仏教徒がキリストの十字架を身に付けることとも違う。少なくても熱心な信仰者はそう思っているはずである。
他地域からの観光登山、信仰者の信仰登山、地元民の登山、プロ登山(?)、それらも同じではない。


相撲問題と村八分問題

今話題になっている相撲の一門問題と少し前に話題になった奈良県天理市の村八分問題は、問題の根っこが似ている感じがする。
だから村八分を批判して相撲協会を庇うのはおかしいような気がする。

天理市は天理教のお膝元、いわば宗教都市のようなもの。
天理市
中心部に天理教関連の施設が集中していることなどから、宗教都市として知られている。
名称は天理教に由来する。同教の本部が市中心部の丹波市町にあったこと、同教が市制施行時に一帯に普及していたことによる。県に対する合併申請書類の一つ、市名選定の理由書は、次のように述べている。

「 (前略)市の中心たる元丹波市町は天理教教会本部の所在地であり従来より天理の町として又宗教の町としてその名は全国の隅々にまで知れわたつております。
この際合併を契機として宗教都市たる本質を明瞭に表現し関係町村相携えて街を天下の理想郷たらしめるべく住民の意向や感情を勘案してこゝに「天理市」を選定したものであります。 」

2017年現在、日本で市名に宗教団体の名称が使われている唯一の例である。


しかしながら村八分の件は氏子以外は自治会の構成員として認めていないということだったので、これは天理教ではないのかな。
自治会側が天理教以外の宗教で、移住者が天理教とか?

地方の田舎にいくと、地区ごとに神社があり、その地区の住民は基本的にその神社の氏子扱いになるというのはよくある話である。
要するに自治会=氏子だったわけである。
神社の祭典(なんかのお祭りとか)の費用を集めて、祭典をし、各戸にお札が配られたりする。自治会なので役職なんかも回ってくるし、お祭りなどあれば皆お手伝いなどに参加しなければならない。
ただ神式で葬儀をする人はそう多くない。
地域にはお寺もあり、そのお寺の檀家であったりするわけだから。
仏教のほうが神道よりもしっかりとした宗派があり、同じ自治会に属していても同じ寺の檀家でないこともある。
がしかし、田舎では宗派やお坊さんによらず、葬式は自治会(隣組)が仕切るという仕来たりが古くからあった。不幸のあった家の人は何かと大変だから、ご近所さんが手助けをしてほとんどのことをしてくれるわけである。
これも最近では田舎でも自宅で行わず葬儀社に全部任せるということが非常に増えている。

現代では多くの地域が何でもかんでも氏子が中心になっているわけでは決してないと思う。
自治会の年間行事の1つに地域の祭り(神社の祭典)が入っているくらいの感覚である。

だが自治会の祭りというものは神社なんか一切関係なくとも現代人には嫌われるものである。
何日もそれに(半ば強制的に)関わるはめになるのだから、まあ大変と言えば大変だし、この祭りって何か意味あるの?とか通りすがりに思ってしまうことは正直ある。
基本面倒くさいことはしたくない。役員とかやらされるなんて最悪。希薄な関係を望む。近所にいて濃い関係なんて角が立つだけ。同じ地区に住んでいるというだけの共通項は心許ない。その日その時限りの付き合いなんて心底信じていない。そんなような理由でよそから転居した移住者が多い新興地域ほど地域行事は嫌われる。地域の運動会の参加者を集めるのも一苦労。
都会人は回覧板すら過去のもの、あるいは存在を知らない。
賃貸住宅の居住者は地域行事の何やらかんやらに含まれてないこともある。

天理市のその自治会では、移住者はそういう煩わしいものに参加しなくてよいと言うのだから、世相に合致していて移住者にとったら良いような気がするんだけれども。しかも移住者(非氏子・非自治会員)のほうが数が多いんだし。
お金をとられることが問題なのかな。お金の問題は大変だからね。
でも市からお達しのある地域の一斉清掃に欠席するとお金を取るという自治会もあり(参加者と不参加者がいるのは不公平だからという理由)、お金で正々堂々と参加しなくてよいのならばそのほうがいいという意見も実際あるから、そのように割り切れる人ならば「参加しないけど支払う」ということのほうが却って良いのかも。
それとももっと根深い問題が隠れているんだろうか。
ちなみにうちにも広報が配られない。それは市が自治会を経由して配布していないから。広報は新聞に折り込んでいるので新聞をとっていない家には届かない。でも市役所とか郵便局とか図書館とかコンビニとか市内のあちことに置いているから欲しい人はそこから持って来ればよい仕組み。その場でささっと読んでまた置いてくればエコだし!?


選ばれし時

御嶽山の噴火で多くの被害者を出したこともどこかやるせない。
噴火のタイミングにみる神に見放された感、エアポケットに巻き込まれたような警戒のない突然の噴火。
何かが少し違っていたらそんなに被害者は出なかっただろうと思わせることがやるせなさに繋がる。
ある意味、「選ばれし時」に起こってしまったようなそんな。


御嶽神社の開山祭は例年7月1日で、7合目の田の原社務所で催される。
頂上奥社での開山祭は7月10日と少しずれる。
開山祭は御嶽神社の祭典の1つである。
昔から今日に至るまで御嶽教の信仰者は白装束に身を包み夏登山をする。
頂上奥社は大宝2年(702年)創建。全国に1000万人を超える信者がいるとされ、毎年夏になると白装束に身を包み、「六根清浄」と唱えながら登る信者の団体で賑わいます。

頂上奥社で閉山祭が行われるのは例年9月上旬。
開山祭から閉山祭までの間は頂上の社務所も毎日開所している。
閉山後は閉めて誰もいなくなる。
9月27日は御嶽神社の頂上社務所は完全にオフに入っていた。
だから戸締りがしてあり、噴火時にその中に避難するということが出来なかった。

実は9月上旬で完全にオフに入るのは頂上の社務所だけなのである。
〇頂上社務所
 開山から閉山までの毎日
〇8合目の遙拝所社務所
 開山から閉山までの毎日、5・6・9・10月の土曜・日曜・祝日
〇7合目の田の原社務所
 開山から閉山までの毎日、4・5・6・9・10月の土曜・日曜・祝日
〇5合目の八海山神社社務所
 開山から閉山までの毎日、1月1日~2月3日までも毎日、5・6・9・10・11月の土曜・日曜・祝日
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境内の湧水は目の病気に良いとかで、め!

〇1合目の別殿社務所と里宮社務所
 通年 

8合目以下の社務所は9月10月は土曜・日曜・祝日は開所している。

選ばれし者たち

2014年の記事では紅葉にはまだ早いと書いたが、御嶽山の紅葉シーズンは9月下旬から10月上旬だということなので、ちょうど紅葉が始まった頃。紅葉のピークではないかもしれないが、秋の行楽シーズンでもあるので観光登山客は少なくないであろう。
暑くもなく寒くもなさそうな一番気候が良いと感じるであろう9月。
それも頂上社務所が開いている上旬ではなくて下旬。白装束の登山集団がいなくなる時期。
しかも噴火があったのは休日土曜日。(NHKの取材クルーの皆さんはわざわざ土曜日に取材に行かなければならないお仕事だったわけですね、ご苦労様です)
どう考えても一般登山客が多い時期や曜日である。
しかも噴火が夜とか夕方とか早朝とかではなくてお昼頃。頂上で一休みしてお弁当でも食べちゃおうかなあというまさにそんな時間であり、噴火が起こる時間的にも最悪。

そういう選びに選んだようなタイミングで噴火が起きてしまって、そのタイミングがもたらすであろうことから外れることなく死者・行方不明者を63人も出した。
その山は山岳信仰のある霊山であるにもかかわらず、信仰登山者の犠牲者は一人としていない。
御嶽教に信仰する者でなくても神に見放されたと表現したくなるような噴火と犠牲であった。




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by yumimi61 | 2018-09-27 17:13 | 御嶽山噴火と御嶽教