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やがてそこに。


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一書

現代ならばまるで信用されないであろう出典が全くないレベルの大昔の情報

『古事記』も『日本書紀』も原書は残っていない。後世の「写本」とされる物のみである。
下記は日本書紀についての記述だが、これらを踏まえれば、内容に関しての信憑性や正確性は極めて薄い。
そう言われても仕方がないものである。

・『古事記』と異なり、『日本書紀』にはその成立の経緯の記載が一切ない

・『日本書紀』によれば、推古天皇28年に聖徳太子や蘇我馬子に編纂されたとされる『天皇記』・『国記』の方がより古い史書であるが、皇極天皇4年の乙巳の変(いっしのへん、おっしのへん)でともに焼失した

・『日本書紀』は本文に添えられた注の形で多くの異伝、異説を書き留めている。「一書に曰く」の記述は、異伝、異説を記した現存しない書が『日本書紀』の編纂に利用されたことを示すといわれている

・また『日本書紀』では既存の書物から記事を引用する場合、「一書曰」、「一書云」、「一本云」、「別本云」、「旧本云」、「或本云」などと書名を明らかにしないことが多い。ただし、一部には、次に掲げるように、書名を明らかにした上で記述された文章が書かれているが、写本を作成する前に紛失されてしまったためいずれの書も現存しない
『日本旧記』『高麗沙門道顯日本世記』『伊吉連博徳書』『難波吉士男人書』『百済記』『百済新撰』『百済本記』『譜第』『晋起居注』

・『日本書紀』の編纂は当時の天皇によって作成を命じられた国家の大事業であり、皇室や各氏族の歴史上での位置づけを行うという極めて政治的な色彩の濃厚なものである編集方針の決定や原史料の選択は政治的に有力者が主導したものと推測されている



異伝・異説の1つ

先日、「伊弉冉尊(イザナミ)という日本の国土形成に関わったという神を祀った(埋葬した)箇所としての記述の中に熊野が登場する」ということを書いた。
埋葬場所は、紀伊の熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社)ということになっている。
そして花窟神社は世界遺産の一部にもなっている。

だけど『古事記』と『日本書紀』を比べただけでも、場所が違ってるよーという話も書いた。

(イザナミの)亡骸は、『古事記』によれば出雲と伯伎(伯耆)の境の比婆山(現在の中国地方にある島根県安来市伯太町)に、『日本書紀』の一書によれば紀伊の熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社)に葬られたという。
『古事記』と『日本書紀』では場所が全く違うという・・。出雲が繋いだ縁と言えばよいのかな。

今日注目してもらいたいのは、赤太文字&アンダーラインの箇所。
そう一書。
紀伊の熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社)に埋葬されたという話は、異伝・異説の1つなのである。
「異伝、異説を記した現存しない書」から引っ張ってきたもので、それが何の書なのかも明記はない。


世界遺産・花窟神社の版木も日本書紀本文ではない

これも先日書いたことだが、花窟神社では参拝記念に版木で刷られた「花の窟木版画」を手渡していたそうで、その版木に日本書紀の漢文が刻まれている。
日本書紀曰
伊弉冉尊生火神時被
灼而神退去矣故葬於
紀伊國熊野之有馬村
焉土俗祭此神之魂者
花時亦以花祭又用鼓
吹幡旗歌舞而祭矣


日本書紀の写本には「一書曰」で書かれていた漢文を、版木では「日本書紀曰」とした。
上の版木漢文では文章の意味を考えずに字数を揃えた区切りになっているが、意味を加味すれば下のような感じになる。

(日本書紀写本では)
一書曰
伊弉冉尊生火神時
被灼而神退去矣
故葬於紀伊国熊野之有馬村焉
土俗祭此神之魂者
花時亦以花祭
又用鼓吹幡旗歌舞而祭矣


写本の本文(第五段)

「紀伊の熊野の有馬村」が登場するのは、日本書紀の第5段の本文以外の一書であるので、ここで第5段の本文を紹介しておく。
色付文字は私が訳したものです。
本文の中にも「一書」という言葉が出てくるが、これは名前に関するもので、他の書ではこのようにも呼ばれているというような意味で使われている。

(伊弉諾尊と伊弉冉尊は)

次生海 次生川 次生山 次生木祖句句廼馳 次生草祖草野姫亦名野槌

次に海を生み、次に山を生み、次に木の祖先となる句句廼馳を生み、次に草の祖先となる草野姫(別名:野槌)を生んだ。

既而伊弉諾尊伊弉冉尊共議曰 吾已生大八洲国及山川草木 何不生天下之主者歟 於是 共生日神 號大日孁貴 大日孁貴此云於保比屢咩能武智 孁音力丁反

ほどなく伊弉諾尊と伊弉冉尊が共議したところによれば、「我々は大八洲国と山や川や草木を生んだが、なにゆえに天下の主を生まないのだろうか」、そこで共に日の神を生んだ。号は大日孁貴。大日孁貴は於保比屢咩能武智と言う。孁の音は力と丁の反。

一書云天照大神 一書云天照大日孁尊

ある書では天照大神と言い、ある書では天照大日孁尊と言う。

此子光華明彩 照徹於六合之內 故二神喜曰 吾息雖多 未有若此靈異之兒 不宜久留此国 自當早送于天 而授以天上之事 是時 天地相去未遠 故以天柱舉於天上也

この子は華やかに光り輝く姿で、天下の内にいて全てを照らした。
二神は喜んで、「子を沢山作ったけれども、これほど霊力の強い子はいなかった。この国に長く留めるのは好ましくない」と言い、早速天に送り出し、天上の事を授けることにした。
この時はまだ天と地が遠く離れておらず近かったので、天の柱を以って天上に上げた。


次生月神 一書云 月弓尊 月夜見尊 月讀尊 其光彩亞日 可以配日而治 故亦送之于天

次に月の神が生まれた。
ある書によれば、月弓尊、月夜見尊、月読尊という。

光輝く姿は日の神に次ぐもので、日との組み合わせで治めることが出来ると考えて、同じように天に送った。

次生蛭兒 雖已三歲 脚猶不立 故載之於天磐櫲樟船而順風放棄

次に蛭子が生まれた。 三歳になってもなお脚で立ち上がれなかった。だから天磐櫲樟船に乗せて風に任せて捨てた。

次生素戔鳴尊 一書云 神素戔鳴尊 速素戔鳴尊 此神有勇悍以安忍且常以哭泣爲行 故令国內人民多以夭折復使青山變枯 故其父母二神 勅素戔鳴尊 汝甚無道 不可以君臨宇宙 固當遠適之於根国矣 遂逐之

次に素戔鳴尊が生まれた。ある書によると神素戔鳴尊、速素戔鳴尊と言う。
この神は勇敢さはあったが、我慢がきかず、いつも泣き喚きながら事を起こした。そのため国内の人民の多くが死んでしまい、青い山は枯れ果てていった。
そこで父母である二神は「素戔鳴尊よ、お前は大きく道を外れている。よって宇宙に君臨することはできない。まさに遠い根の国がふさわしい」と言い、遂に追放してしまった。



写本の本文中には「紀伊の熊野の有馬村」も「花窟神社」も出てこないし、伊弉冉尊(イザナミとは音読み出来ないが一般的にはイザナミと読ませている)が火の神を産んだために陰部に火傷を負って病に臥せた後に死んだことも一切書かれていない。
第5段には本文以外に10(第十)までの「一書」が付いている。






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by yumimi61 | 2018-10-29 15:05