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混乱

私の佐野友の家は大丈夫だそうです。
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太宰治『パンドラの匣』についての続き。

結核の療養所に入っている「ひばり」こと小柴利介という青年。
彼には気になっている看護婦が2人いる。

1人は「竹さん」こと竹中静子。前々回記事のクリスマスケーキの所に登場したが、25,26歳くらいらしい。

塾生たちに一ばん人気のあるのは、竹中静子の、竹さんだ。ちっとも美人ではない。丈が五尺二寸くらいで、胸部のゆたかな、そうして色の浅黒い堂々たる女だ。二十五だとか、六だとか、とにかく相当としとっているらしい。
けれども、このひとの笑い顔には特徴がある。これが人気の第一の原因かも知れない。かなり大きな眼が、笑うとかえって眼尻(めじり)が吊(つ)り上って、そうして針のように細くなって、歯がまっしろで、とても涼しく感ぜられる。からだが大きいから、看護婦の制服の、あの白衣がよく似合う。
それから、たいへん働き者だという事も、人気の原因の一つになっているかも知れない。とにかく、よく気がきいて、きりきりしゃんと素早く仕事を片づける手際(てぎわ)は、かっぽれの言い草じゃないけれど、「まったく、日本一のおかみさんだよ。」摩擦の時など、他の助手さんたちは、塾生と、無駄口(むだぐち)をきいたり、流行歌を教え合ったり、善く言えば和気藹々(わきあいあい)と、悪く言えばのろのろとやっているのに、この竹さんだけは、塾生たちが何を言いかけても、少し微笑(ほほえ)んであいまいに首肯うなずくだけで、シャッシャとあざやかな手つきで摩擦をやってしまっている。しかも摩擦の具合いは、強くも無し弱くも無し、一ばん上手で、そうして念いりだし、いつも黙って明るく微笑んで愚痴も言わず、つまらぬ世間話など決してしないし、他の助手さんたちから、ひとり離れて、すっと立っている感じだ。このちょっとよそよそしいような、孤独の気品が、塾生たちにとって何よりの魅力になっているのかも知れない。何しろ、たいへんな人気だ



もう一人は「マア坊」こと三浦正子。マア坊は18歳。

マア坊は、十八。東京の府立の女学校を中途退学して、すぐここへ来たのだそうである。丸顔で色が白く、まつげの長い二重瞼(ふたえまぶた)の大きい眼の眼尻が少しさがって、そうしていつもその眼を驚いたみたいにまんまるく睜って、そのため額に皺しわが出来て狭い額がいっそう狭くなっている。滅茶苦茶(めちゃくちゃ)に笑う。金歯が光る。笑いたくて笑いたくて、うずうずしているようで、なに? と眼をぐんと大きく睜って、どんな話にでも首をつっ込んで来て、たちまち、けたたましく笑い、からだを前こごみにして、おなかをとんとん叩(たた)きながら笑い咽むせんでいるのだ。鼻が丸くてこんもり高く、薄い下唇(したくちびる)が上唇より少し突き出ている。美人ではないが、ひどく可愛い。仕事にもあまり精を出さない様子だし、摩擦も下手くそだが、何せピチピチして可愛らしいので、竹さんに劣らぬ人気だ。


ひばりは最初マア坊が好きだったっぽい。
特に、彼女の言ったある一言に心射抜かれてしまったっぽいのだ。
その一言はというと、
「つくしにね、鈴虫が鳴いてるって言ってやって。」
というものである。
つくしの本名は西脇一夫。やはり入院している男性の患者で、ひばりと同室。35歳、既婚者。ひばりは患者仲間ではこの人が一ばん好きだと書いている。郵便局長かなにかをしていた人だったようだ。
ひょろ長く、美男子ではないけれども上品で、学生のような感じがどこかにある。はにかむような微笑が魅力的とひばりは言う。
マア坊がつくしを慕っているのは皆に知られていること。



おやおや、きょうは、ばかに女の話ばかりする。でも、きょうは、なぜだか、他の話はしたくないのだ。きのうの、マア坊の、
「つくしにね、鈴虫が鳴いてるって言ってやって。」
 という可憐(かれん)な言葉に酔わされて、まだその酔いが醒さめずにいるのかも知れない。いつもあんなに笑い狂っているくせに、マア坊も、本当は人一倍さびしがりの子なのかも知れない。よく笑うひとは、よく泣くものじゃないのか。なんて、どうも僕はマア坊の事になると、何だか調子が変になる。そうして、マア坊は、どうやら西脇つくし殿を、おしたい申しているのだから、かなわない。
(略)
どうもあの、マア坊ってのは、わからないひとだ。いや、なに、別に、こだわるわけでは無いがね、十七八の女って、皆こんなものなのかしら。善いひとなのか悪いひとなのか、その性格に全然見当がつかない。
僕はあのひとと逢(あ)うたんびに、それこそあの杉田玄白がはじめて西洋の横文字の本をひらいて見た時と同じ様に、「まことに艫舵(ろだ)なき船の大海に乗出せしが如(ごと)く、茫洋(ぼうよう)として寄るべなく、只(ただ)あきれにあきれて居たる迄までなり」とでもいうべき状態になってしまう、と言えば少し大袈裟(おおげさ)だが、とにかく多少、たじろぐのは事実だ。どうも気になる。
いまも僕は、あのひとの笑い声のために手紙を書くのを中断せられ、ペンを投げてベッドに寝ころんでしまったのだが、どうにも落ちつかなくて堪(た)え難(がた)くなって来て、寝ころびながらお隣の松右衛門殿に訴えた。


ひばりはマア坊が気になっていて、マア坊はつくしを慕っている。つくしは妻帯者。
ともに片恋慕ということになるが、マア坊は「ひばりのことが一番好き」だなんてことを言ったりもして、ひばりの心は浮いたり沈んだり。
でもつくしは一家の都合で故郷の北海道の病院に移っていった。(その後に入ってきたのが固パン)
内心安堵したであろうひばりだったが、しばらくしてマア坊から「この手紙、どういう意味?」と尋ねられ、つくしからの手紙を見せられる。紳士的でキザで遠回しで情熱的というか荒ぶっている手紙。
締めは短歌である。
 ”相見ずて日(け)長くなりぬ此頃は如何に好去(さき)くやいぶかし吾妹(わぎも)”
                             一夫兄より

「あなたを妹と呼ばして頂きたい」「恋人は科学であり自然美」とか書いた上で、「これからも御便りを送ってゆきたいと思う」とも書いている。
その手紙を「下手な手紙」「意味が分からない」とこき下ろすが内心乱れずにはいられないひばり。


ところがところが小説の終盤でひばりは親友にこんな告白をする。

僕は白状する。僕は、竹さんを好きなのだ。はじめから、好きだったのだ。マア坊なんて、問題じゃなかったのだ。僕は、なんとかして竹さんを忘れようと思って、ことさらにマア坊のほうに近寄って行って、マア坊を好きになるように努めて来たのだが、どうしても駄目(だめ)なんだ。
君に差し上げる手紙にも、僕はマア坊の美点ばかりを数え挙げて、竹さんの悪口をたくさん書いたが、あれは決して、君をだますつもりではなく、あんな具合いに書くことに依(よ)って僕は、僕の胸の思いを消したかったのだ。
さすがの新しい男も、竹さんの事を思うと、どうも、からだが重くなって、翼が萎縮(いしゅく)し、それこそ豚のしっぽみたいな、つまらない男になりそうな気がするので、なんとかして、ここは、新しい男の面目にかけても、あっさりと気持を整理して、竹さんに対して全く無関心になりたくて、われとわが心を、はげまし、はげまし、竹さんの事をただ気がいいばかりの人だの、大鯛(おおだい)だの、買い物が下手くそだのと、さんざん悪口を言って来た僕の苦衷のほどを、君、すこしは察してくれ給(たま)え。そうして、君も僕に賛成して一緒に竹さんの悪口を言ってくれたら、あるいは僕も竹さんを本当にいやになって、身軽になれるかも知れぬとひそかに期待していたのだけれども、あてがはずれて、君が竹さんに夢中になってしまったので、いよいよ僕は窮したのさ。
そこで、こんどは、僕は戦法をかえて、ことさらに竹さんをほめ挙げ、そうして、色気無しの親愛の情だの、新しい型の男女の交友だのといって、何とかして君を牽制(けんせい)しようとたくらんだ、というのが、これまでのいきさつの、あわれな実相だ。僕は色気が無いどころか、大ありだった。それこそ意馬心猿(いばしんえん)とでもいうべき、全くあさましい有様だったのだ。


 君は竹さんを、凄(すご)いほどの美人だと言って、僕はやっきとなってそれを打ち消したが、それは僕だって、竹さんを凄いほどの美人だと思っていたのさ。この道場へ来た日に、僕は、ひとめ見てそう思った。
 君、竹さんみたいなのが本当の美人なのだ。あの、洗面所の青い電球にぼんやり照らされ、夜明け直前の奇妙な気配の闇(やみ)の底に、ひっそりしゃがんで床板を拭(ふ)いていた時の竹さんは、おそろしいくらい美しかった。負け惜しみを言うわけではないが、あれは、僕だからこそ踏み堪(こた)える事が出来たのだ。他の人だったら、必ずあの場合、何か罪を犯したに違いない。女は魔物だなんて、かっぽれなんかよく言っているが、或いは女は意識せずに一時、人間性を失い、魔性のものになってしまっている事があるのかも知れない。
 今こそ僕は告白する。僕は竹さんに、恋していたのだ。古いも新しいもありゃしない。


今こそ僕は告白する。とあるが、告白したのは竹さんにではなく親友にである。
そしてそれは、竹さんが院長(場長)と結婚すると知ってからのことである。
しかも竹さんの結婚を知ったシチュエーションと言えば、ひばりのお母さんが面会に来て、帰るお母さんをひばりとマア坊がバス停まで送っていく間の、お母さんとマア坊のよもや話から。

ひばり母「場長さんが近く御結婚なさるとか、聞きましたけど?」
マア坊  「はあ、あの、竹中さんと、もうすぐ。」
ひばり母  「竹中さんと? あの、助手さんの。」

お母さんも驚いていたようであったが、僕はその百倍も驚いた。十万馬力の原子トラックに突き倒されたほどの衝動を受けた。
 お母さんのほうはすぐ落ちついて、
「竹中さんは、いいお方ですものねえ。場長さんはさすがに、眼(め)がお高くていらっしゃる。」と言って、明るく笑い、それ以上突っ込んだ事も聞かず、おだやかに他(ほか)の話に移って行った。
 僕は停留場で、どんな具合いにお母さんとお別れしたか、はっきり思い出せない。ただ眼のさきが、もやもやして、心臓がコトコトと響を立てて躍っているみたいな按配(あんばい)で、あれは、まったく、かなわない気持のものだ。



その後、ひばりとマア坊がお茶する。
ひばりは泣きそうになる。するとマア坊が「竹さんも泣いていたわ」と言い出し、そのマア坊も泣いている。
マア坊の話では、院長(場長)は真面目な人で、竹さんのお父さんのところに直談判に行って結婚の許可を取り付けたらしい。竹さんは自分の父親から自身の結婚を聞かされたのだとか。そして竹さんは2晩も3晩も泣いていたとも言う。マア坊によればそれはひばりが恋しくて泣いていたのだという。

それを聞いたひばりは何故だかマア坊が急に思慮深い美しい人に見えたのである。そして何だかふっと軽くなり満足感すら得ていた。
 その顔が、よかった。断然、よかった。完全の無表情で鼻の両側に疲れたような幽(かすか)な細い皺(しわ)が出来ていて、受け口が少しあいて、大きい眼は冷く深く澄んで、こころもち蒼(あお)ざめた顔には、すごい位の気品があった。この気品は、何もかも綺麗(きれい)にあきらめて捨てた人に特有のものである。マア坊も苦しみ抜いて、はじめて、すきとおるほど無慾な、あたらしい美しさを顕現できるような女になったのだ。
これも、僕たちの仲間だ。新造の大きな船に身をゆだねて、無心に軽く天の潮路のままに進むのだ。幽かな「希望」の風が、頬を撫なでる。
僕はその時、マア坊の顔の美しさに驚き「永遠の処女」という言葉を思い出したが、ふだん気障きざだと思っていたその言葉も、その時には、ちっとも気障ではなく、実に新鮮な言葉のように感ぜられた。
「永遠の処女」なんてハイカラな言葉を野暮な僕が使うと、或いは君に笑われるかも知れないが、本当に僕は、あの時、あのマア坊の気高い顔で救われたのだ。
 竹さんの結婚も、遠い昔の事のように思われて、すっとからだが軽くなった。あきらめるとか何とか、そんな意志的なものではなくて、眼前の風景がみるみる遠のいて望遠鏡をさかさに覗(のぞ)いたみたいに小さくなってしまった感じであった。胸中に何のこだわるところもなくなった。これでもう僕も、完成せられたという爽快(そうかい)な満足感だけが残った。


ひばりには意志がない。だからあっちにふらふらこっちにふらふら漂流する。
でも人は人と交流し、自分が知らない話を聞いたり、本を読んだり、詩や短歌や俳句に触れたりして、互いに影響し合う。時には感化されて考えや情緒に変化をもたらすかもしれない。それを流されると表現することもあるだろうと思う。
すなわち、”あっちにふらふらこっちにふらふら”は「美しい変化」と「醜い裏切り」と、そのどちらでもある可能性があるということなのだ。

「美しい変化」と「醜い裏切り」は嵐の夜に越後獅子が雄弁に語った中に出てきた言葉である。
君子は豹変(ひょうへん)するという孔子(こうし)の言葉も、こんなところを言っているのではないかと思う。
支那に於いて、君子というのは、日本に於ける酒も煙草(たばこ)もやらぬ堅人(かたじん)などを指(さ)していうのと違って、六芸(りくげい)に通じた天才を意味しているらしい。天才的な手腕家といってもいいだろう。これが、やはり豹変するのだ。美しい変化を示すのだ。醜い裏切りとは違う。


実は越後獅子は大月花宵(おおつきかしょう)という有名な詩人だったのである。それを教えてくれたのは病院を来訪したひばりの親友(文通相手)。
ひばりは詩が苦手だったけれど大月花宵の詩は知っているものがあった。越後獅子がそんな有名な詩人と知ったひばりはまず興奮し、次に興奮を通り越して恐れ(畏れ)すら感じるのであった。

今まで誰も彼もあだ名で呼び合っていたのに、急に「花宵先生!」と呼びかける始末。
「あの歌を誰(だれ)が作ったか、なんにも知らずに歌っていたんでしょうね。」と割に落ちついて尋ねる事が出来た。
「作者なんか、忘れられていいものだよ。」と平然と答えた。いよいよ、この人が、花宵先生である事は間違い無いと思った。
「いままで、失礼していました。さっき友人に教えられて、はじめて知ったのです。あの友人も僕も、小さい頃から、あなたの詩が好きでした。」
「ありがとう。」と真面目に言って、「しかし、いまでは越後のほうが気楽だ。」
「どうして、このごろ詩をお書きにならないのですか。」
「時代が変ったよ。」と言って、ふふんと笑った。
 胸がつまって僕は、いい加減の事は言えなくなった。しばらく二人、黙って運動をつづけた。突如、越後が、
「人の事なんか気にするな! お前は、ちかごろ、生意気だぞ!」と、怒り出した。僕は、ぎょっとした。越後が、こんな乱暴な口調で僕にものを言ったのは、いままで一度も無かった。とにかく早くあやまるに限る。
「ごめんなさい。もう言いません。」
「そうだ。何も言うな。お前たちには、わからん。何も、わからん。」


ひばりには意思がない。きっと昔からなかったわけではないのだと思う。いつの頃からか自分の意思を失いつつあった。
それはひばりだけではないのかもしれない。
日本という国が意志や意思を失いつつあった。
ある御方に命を預け、みな命を羽根のように軽いものとして愛し、いわゆる天意の船、新造の船に気軽に身を委ねた。日本という国はその尊いお方の直接のお言葉のままに出帆したのである。
時代は変わったのだ。美しい変化ではなく、醜い裏切りの下で。

この小説は、ひばりや日本という国がカオスに向かっている様を描いている。カオスへの確かな予感がある。


僕の周囲は、もう、僕と同じくらいに明るくなっている。全くこれまで、僕たちの現れるところ、つねに、ひとりでに明るく華やかになって行ったじゃないか。あとはもう何も言わず、早くもなく、おそくもなく、極めてあたりまえの歩調でまっすぐに歩いて行こう。この道は、どこへつづいているのか。それは、伸びて行く植物の蔓(つる)に聞いたほうがよい。蔓は答えるだろう。
「私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽(ひ)が当るようです。」
 さようなら。

十二月九日


さようなら。と、12月9日という日付を最後に、太宰は筆を置いた。
ハワイの真珠湾を攻撃して太平洋戦争が勃発したのは1941年12月8日で、これは1945年12月9日ということだから、ちょうど4年の月日が流れ、5年目の1歩ということになる。






by yumimi61 | 2019-10-14 15:03