人気ブログランキング |

by and by yumimi61.exblog.jp

いろおに

e0126350_8372679.jpg


それが黒かどうか悩んでいるうちに つかまってしまうような そんな






とりとめもないこと、たとえば見た夢だとか、きゅんときた子供の言葉だとか、出会ったいいことや時々決意とか(なんの・・)、
そんなことを私はノートに書くことがある。

e0126350_8391653.jpg


たしか去年の節分の頃に「おにたのぼうし」の話を息子がしたことを書いたはずと思い出し、見てみた。
「おにたのぼうし」というのは、絵本作家のあまんきみこさんが書いた、黒おにの出てくる節分にちなんだ切ないお話だ。
小学校の教科書にも使われている。
その頃ちょうど息子は授業でこの「おにたのぼうし」をやっていた。
できればこういうお話は、教室で声合わせて読むより家でひっそり読んでほしいと思うのだが
それもまた優しいお話の切ない(?)運命だろうか。

「おにたのぼうしのぼうしの中にあった黒い豆ってなんだと思う?」
学校から帰って来るなり息子が聞いてきた。
「なんで?」と聞くと
「ぼうしの中の黒い豆はおにたじゃないかな。授業中にそれに気付いて、すごい発見だと思った」彼はそう続けた。
授業中にきっと胸が高鳴ったのだろう、それをずっと家まであたためて帰ってきたのだろう。
質問という形をとっていたが、彼がそれ以上の答えを求めているようにも思えなかったので、私は黙って聞いていた。
そして後で、こっそりとそのことをノートに書き留めた。
もしも、それ以上を聞かれたとしても、やっぱり私には答えられなかったのだけれど。

e0126350_8213893.jpg



読めば読むほどどうしていいのか分からなくなってしまう。
同じくおにを描いた「ないたあかおに」もそうなのだけれど、なんだかたまらない。
優しさは時に残酷なのだと胸に突き刺さる。
‘女の子’や‘あかおに’もそうだし、手紙を残した‘あおおに’も、黒い豆を残した‘おにた’も、実は同じように・・。
話は全然違うのだが(分からない人にはさっぱり分からないと思うが、私の中では見事にシンクロする)
「北の国から」という昔やっていたテレビドラマのワンシーンも思い出す。
妊娠させてしまった女の子のお父さんのところへ、男の子のお父さんがかぼちゃを沢山持って謝りに行くシーンだ。
ここで「誠意ってなにかね」と女の子のお父さんが抑えたトーンで言うのだが、ここもたまらない。
どっちの気持ちにたっていいのか、身を切られるような思いになる。

そう、きっと、すれ違っていく想いはお話の中にだけあるものではないのだろう。
お話だから全体像が見えるが、私達は実生活の中で気付きもしないそんなすれ違いを幾度となく繰り返しているんだろう。

私達は皆、どこかで‘まこと君’で、どこかで‘女の子’で、どこかで‘おにた’なのかもしれない。

節分がくるたびに「おにたのぼうし」を思い出し、たまらない気持ちになって、それでもやっぱり節分をしてしまう私なのだ。



by yumimi61 | 2008-02-04 08:49 | photo