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明鏡止水  *4

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真実は現実も夢も超えたところにあるのかもしれない






(前三回のエントリの続きです)


沖縄行きはなくなったが、そのことはかえって私に、沖縄という存在を印象付けることになった。
沖縄という文字をみると、知念さんの叫びを思い出してしまうという日がしばらく続き、
沖縄戦に関する本もいくつか読んだ。

沖縄、防空壕、ガマ、敗戦、、、 沖縄への道は別の形で続いているようにも思えた。


偶然はまだあった。

長男は、夏休みの感想文の宿題に戦争関係の本を考えていた。
しかしそれは別に沖縄行きがなくなったからではないだろう。
彼の中で、広島が戦争につながっても、沖縄はまだ戦争につながってはいかないと思う。
なぜ彼がその夏休み、戦争の本を選ぼうとしたのか、理由はわからない。
なかなか本が決まらない長男に業を煮やした私がやけっぱちに課題図書を勧めても、それを選ぶ気配はなかったし、
ならばと、私が気合を入れて借りてきてあげた本はご体裁にパラパラとする程度、、
そのあげく「はだしのゲン」で書こうかななんて本気なのか冗談なのか分からないことを言い、感想文の<まとめ>まで
披露してみせた。
もうっ、やる気があるんだかないんだか、付き合ってられない~ とばかりに、私は自分でそれらの本を読んだ。
ついには自分のために戦争関連の本を子供コーナーから借りてきたりもしていた。

そんなことをしているうちに、私はまた戦時中の写真の入った本に出会う。
「あなたは戦争で死ねますか」の帯に掲載されていた写真も目を引いたが、
そこに使われていた写真もまた衝撃的なものだった。

死んだ日本兵が血を流し倒れていて、そこに無数のハエがたかっている写真と、
沖縄のガマ(鍾乳洞)の中で幾人もの人が折り重なるように、抱き合うように、死んでいる写真だ。
子供や女性が多く、顔もわかるような写真。
写真の出典を見ると「写真で見る沖縄戦」とあり、米軍撮影で相当数の写真が残されていることを知った。
戦争というものは、これほどの写真を撮る余裕があるものなのかと、正直驚いた。
確かにこういう写真は、戦争の悲惨さを訴えるだろう。
そして、戦争はゲームの中だけにあるんじゃなく、現実にこういうことが起こるんだと、子供達に知らせるものとなるかもしれない。
私は現実を知るべきだと思っている。この世界は綺麗なだけじゃない、そのことも知っていくべきだと思う。
除菌除菌とうたい、清潔が全てみたいな今の商品には正直少し違和感を感じる。体には必要な菌もあるのだ。
一瞬、この本を息子にという考えも頭をよぎった。
けれど、私はその本を置いた。今、この写真をあえて見せることを選ばなかった。


写真には力がありすぎる。
大人ならばまだしも、何も知らない子供達はそれだけに引っ張られないだろうか。
細かい文章を読むより、ぱっと目に入る写真のほうへと目が向くだろう。
その写真がこのようなものばかりだとしたら、柔らかな心を持つ子供達は何を思うのだろう。
そうでなくても、今の子供達は映像漬けなのだ。

映像や写真は記録としても、娯楽としても、とても優れたものだと思う。
けれど一方で、見るということに頼りすぎ、比重が大きく傾いた時には、
逆に人はイメージする力を失っていくようにも思えて仕方ない。
沖縄に行って基地をこの目で見ても、基地は見えていない、というようなことだ。
終戦記念日は目に見えても、戦争は見えてない、というようなことだ。


逆に、手に入れられなかったもの、見れなかったもの、そんなものほど心に残ることもあるのだと思う。
私は子供の頃、リカちゃんハウスがとても欲しかった。
けれど、ついにそれを手に入れることはなかった。(リカちゃん人形を持っていたのかも定かではない)
でもそのせいか、その時の気持ちを今でも鮮やかに思い出せる。
クリスマスプレゼントにもらったものは一つも覚えていないのに、である。
パンダを上野動物園に見に行ったら休園日で、東京タワーに連れて行かれたこともそう。
はっきりと記憶しているのは東京タワーじゃなく、見なかったパンダであり、移動に乗った電車の感じなのだ。
何かを見ることよりも、匂いや音楽がある想いを強く喚起させることにも通じているような気がする。
私たちは、形あるものと同じぐらい、もしかしたらそれ以上に、形を持たないものも、持っているのではないだろうか。


そして、人でもモノでも機会でも、何かと出会うということは不思議なもので、望んでも出会えないときと、嫌でも出会ってしまうときがある。
その出会いを真に自分のものに出来るか否かは、誰でも同じ確率なのではなく、なんだかその人にかかっているような気もする。


見えるものと、見えないもの。
見るものと、見ないもの。
必要なものと、必要でないもの。


「みんな」から与えられたものだけをそのまま遮二無二に所有するのではなく、立ち止まって考えなきゃいけない時があるんだって思う。


***まだ続きます***


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この写真は本を読んでます。今の子向け?なぜか横書きされている本なのです。知らないとゲームしてるようにも見えますよね。情報って難しい。



by yumimi61 | 2008-02-11 23:40 | *戦争と子供