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涙も 光も 私も あなたも






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(前四回のエントリの続きです)

長男が最終的に選んだ本はいったい・・!

まるで次回告知のような書き出し・・・。
(前回の最後に書いておけばよかった。そうしたらいい感じに溜めが入ったのにな、残念。)

でも、時間を戻すことは出来ないのでこのまま先に続けることにして・・。


息子の通う学校は8月末までが夏休みなのだが、20日登校日にすべての宿題を提出することになっていて
息子が最終的に書く本を決めたのは、その登校日の2,3日前だった。
すでに私に「つきあってられない~」とさじを投げられた息子は、自分で図書館に行って本を借りてきた。
課題図書も、私が薦めた本も蹴った息子の選んだ本は
『ユキは十七歳特攻で死んだ』 ー子犬よさらば、愛しきいのちー
やはりインパクトのあるタイトルの本だった。
そしてその本は、皮肉にもといおうか、縁あってというべきか、表紙に戦時中に撮られた写真が大きく使われていた本だったのだ。


特攻服を着た少年数名が写っている写真。
中央の少年は 可愛らしい子犬を腕に抱き、ちょっとはにかんだ顔でカメラを見ていて
そのまわりの少年らは、あどけなく優しい笑顔で子犬に視線をおくっている。
特攻服さえ着ていなければ、そのまま我が家のアルバムから出てきたとしても何ら不思議はない感じさえする。
戦争というとひどく特別なことのように思えたり、今この場所からはすごく隔たりのある場所のように思えるのだが、その写真は違った。
もし戦争がなかったら続いたであろう彼らの日常を、素顔を垣間見た気がした。
いやもしかしたら、戦争の中にあって特攻という任務を課せられた彼らも、
私達が考えるほど今の少年達とかけ離れた存在だったのではないんじゃないか、そんな風に思えた。
どこにでもあるような写真が特攻服を着ているというだけで、とても意味ある写真になってしまうというむごさ・・。
今ここに、こうして書いているだけで「うっ」と胸に詰まるものがある。

何十年も前、特攻隊の彼は何を想いあの写真に写ったのだろうか。
何十年か後、その写真を見た息子は何を想ってその本を手にしたのだろうか。


登校日前日。窓から西日が差し込む時間帯になっていた。
5行ぐらい書いたきり、後の続かない原稿用紙を前に息子がうなだれながら言う。
「どう書いたらいいと思う?」
「それを答えたら、お母さんの感想文になっちゃうでしょ」

正直、その本は児童書ではなかったので、息子に文章の全てが理解できているのか甚だ疑問だったし、
タイトルの強さとは逆に、時系列にわりと淡々と出来事を追っていくという、感想文にはしがたい本のような気もした。
私は思わず「感想文を書くには難しい本だったんじゃない」と口を滑らせた。
「そんなこといったって、もう時間ないんだからっ」
半分泣きが入っている。
息子が書き上げたのは、夜だった。


「お母さんには見せないからね。見せるとこんがらがるから。もう直してる時間なんてないし、見せないで出すから」
彼のこれまでの夏休みの感想文といえば、1文が延々と終わらず4~5文ぐらいになっていたり、
飛んだら飛びっぱなしでどこにも着地点がないような文章だったのだ。
けれどこれまでだって、我慢して我慢して、誤字脱字や句読点の位置だけを教えてあげていただけなのに、
こんがらがるだなんて失礼千万。親の心子知らず。
「あっそう。どうぞどうぞ。お好きに」 

さらに続けようと思った。
「だいたいねぇ、今日までやらないで遊びほけてた人はだれよー」
けれどそれはやめた。本の写真が目に入ってしまったのだ。

(遊べ遊べ、遊べるときに遊んでおけばいい。なにが今更ゆとり教育の失敗よねー)
戦後、何かを払拭するように突っ走ってきたはずの大人達は、あらゆるものを詰め込み、高学歴と地位を手に入れ、
だけどそれでも幸せになれずにゆとりに傾倒したくせに、ちょっと学力が下がったら今度はまた元に戻ろうとする。
時代は繰り返すというけれど、本当にそれでいいんだろうか。
同じ方法で、前とは違う輝かしい結果を望むなんて、どう考えたって出来すぎてる。

変わるのは怖い。新しいことは怖い。死ぬのも怖い。ひとりになるのも怖い。
それでも、前に、少しでも前に、いい方向にと願うのであれば、私たちはきっと変わっていかなければいけない。

農薬使用はやめて。でも、きれいな野菜じゃなくちゃ嫌。
環境は何よりも大切。でも、あれもこれもほしい。
誰か考えてよ、考えるの面倒くさいから。
私は死にたくないので、あなたが死んでください。
そんな虫のいい話・・・。
何かを引き受ける覚悟がなければ、何も変わらないと思う。
「みんな」の顔色を見て言うこと変えるより、自分の内側をまず見つめるほうが先だと思うのだけれど。
外側の死だけではきっともうダメなのだ。変わるということは、自分の内側で生と死を繰り返すことなんだと思う。
変わるためには時に止まることも必要なのだ。
何がこんなちっぽけな私たちに出来るのか。
いやむしろ、ちっぽけな私たちにしか出来ないことがないだろうか。


見つめるのは怖い。止まるのは怖い。考えるのも怖い。変わるのも怖い。


だけど私は、特攻服を着た息子や息子の友人らの写真など撮りたくない。


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***しつこくまだ続きます***



by yumimi61 | 2008-02-13 23:37 | *戦争と子供