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2015年 11月 21日 ( 1 )

オレンジ色な服
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この絵の壺に似た色の花瓶を持っている。
しかしオレンジ色の布やら服は持っていない。
日本全国に広げても、おそらくオレンジ色服を持っている人の割合はそう多くないであろうと推測する。
ハロウィンの時に、テレビに出ている人の「オレンジ色系洋服着ている率」(仮装除外)が急激に跳ね上がったが、お世辞にも似合っているとは言えなかった。
オレンジ色を着こなすのは非常に難しいのだと思った。
そんなわけでうちにもオレンジはないだろうと諦めかけたその時、はっと思い出した。
ユニだ!
ユニリーバではなくてユニホーム。
中学校部活のサッカー部のユニホーム(ホーム用)がオレンジ色だった。(このユニ
正直初めて見た時は斬新な色だと思った。
サッカー部のユニホームは部の物で、引退まで貸し出すことになっている。マイユニではないのだ。
短パンと靴下などは自分持ち。
僅かなオレンジの残像。
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と思ったら、Tシャツがありました。体育祭か何かのクラスT。
そう言えばこれも前に載せたことがありました
前に撮った写真のTはケミカルウォッシュみたくなっているけれども、本当はそんなことなくて鮮やか一色なオレンジ色です。洗濯に失敗したわけでもありません。
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スパイクナード(甘松香)

罪深い女(罪の女)と香油が登場した「ルカ福音書」7章。
この話が「ヨハネ福音書」11章に通じ、マリヤ(アリア)とマルタの姉妹が登場する。
そしてルカ福音書に記されていた罪深い女はベタニヤ(ベタニア)のマリヤ(マリア)であったということがと分かる。
姉妹にはラザロという兄弟がいて、そのラザロは病気だった。
ラザロは死んで一旦は墓に入ったがイエスによって蘇った。
イエス以外にも復活した人がいるわけだが、後世でその人が神の子や聖人など特別な人として扱われていないことは、蘇り・復活した人間自体にはそれほど意味がないということが分かる。

ラザロが生き返った次の章(ヨハネ福音書12章)でも香油が出てくる。赤字で示した箇所。
ここでは「高価な純粋なナルドの香油一斤」と香油の種類と量が具体的に書かれている。

12:1 過越の祭の六日まえに、イエスはベタニヤに行かれた。そこは、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロのいた所である。

12:2 イエスのためにそこで夕食の用意がされ、マルタは給仕をしていた。イエスと一緒に食卓についていた者のうちに、ラザロも加わっていた。


12:3 その時、マリヤは高価で純粋なナルドの香油一斤を持ってきて、イエスの足にぬり、自分の髪の毛でそれをふいた。すると、香油のかおりが家にいっぱいになった。

12:4 弟子のひとりで、イエスを裏切ろうとしていたイスカリオテのユダが言った、

12:5 「なぜこの香油を三百デナリに売って、貧しい人たちに、施さなかったのか」。



「高価で純粋」とあるので、ありふれていて簡単に手に入る油や軟膏ではないと推測される。
また「ナルドの香油」と具体的に植物の名前も提示されている。
ナルドとはスパイクナード(spikenard)のこと。甘松香である。
アジア原産の植物で「ハーブ」や「精油」というよりは「漢方」や「生薬」という言葉が似合いそうな一品である。


植物のどこに効能や香りを持っているかということは、個々に違うものである。
根、茎(幹や樹皮)、葉、花。
それをどうやって使うかも違う。
粉にしてそのまま飲むこともあれば、煎じて飲むこともある。精油にすることもあり、お湯や油などに浸しておく場合もある。
根から抽出する精油はそう多くない。
根から抽出する精油として比較的使われるのがベチバー。
あとはジンジャーやスパイクナード、バレリアンなども根から抽出する。
土臭いというか何というか独特な香り(匂い)なので好き嫌いが大きいかもしれない。

香りというのは難しい。多くの人に好まれるのは芳香剤の香りになっているようなバラやラベンダーやジャスミンなど花の香りではないだろうか。
幾ら効能に優れていると言っても、その香りが嫌いとなればストレスになりかねない。
柔軟剤や香水の香りでもきつすぎて吐き気を催すという人もいるくらいだ。やはり個人差が大きい。
それから商売として考えた場合。
簡単に作れない物や少ししかない物の価格は高くしなければ割が合わない。
ありふれた物が役に立たないもので、希少なものが役に立つ素晴らしいものだとも限らない。
そんな高い物はいらないとなれば売れない。
売りたくないならばそれでいいが、それでも売りたければ価格を下げるしかない。
付加価値を付けてみるなどの工夫もするだろう。
また同じ物でも、安い時には売れなかったが、価格を高くしただけで売れたという事例もある。
これがいわゆるマーケット・市場原理というものだ。
市場原理では「高かろう良かろう、安かろう悪かろう」も成り立たなくなる。
こうして何が本当のことなのか分からなくなっていく。


目利き(鼻利き?)のユダさん

ベタニヤのマリアが持ってきた「高価で純粋なナルドの香油一斤」をイスカリオテのユダは即座に300デナリと見積もったようだ。
斤という単位は今では食パンにしか使われていないが、尺貫法の質量の単位である。
日本では通常1斤=16両=160匁で、1匁=3.75gなので600gとなる。
しかし新約聖書のそれは、舶来品に使用していた「英斤」だと思われる。1斤=7.5両=120匁=450g
水に近いものならば450mlということになる。
500mlのペットボトル弱くらいな感じ。
精油の市販品は、3ml、5ml、10ml、20mlといった容量のことが多いので、もし精油100%ならば非常に多い量である。
精油はエッセンシャルオイルと言うが、合成香料などを使用していない天然の精油はピュアオイルと呼ばれたり、100%ピュア、100%天然、100%のエッセンシャルオイル、精油100%などと謳われる。
合成香料のみの場合には精油やエッセンシャルオイルという商品名は付けられない。
少しでも混じっていればOKとなる。(キャリーオイルなどに混ぜて売っているという意味ではない)

デナリは古代ローマの銀貨denariusの複数形denarii のこと。
《新約聖書に penny と記されているもの; ★この略 d. は英国では旧 penny,pence の記号として用いられた; cf. £.s.d.》.
ちなみに福音書は新約聖書である。
古代ローマにおける労働者の1日の賃金がだいたい1デナリだったそう。
日給1万円として計算すれば300万円。
確かに高価な香油ということになろう。


香油の場面比較

マルコ福音書とマタイ福音書にも香油を持った女が登場する。

(マルコ福音書)
14:3 イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家にいて、食卓についておられたとき、ひとりの女が、非常に高価で純粋なナルドの香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、それをこわし、香油をイエスの頭に注ぎかけた。

14:4 すると、ある人々が憤って互に言った、「なんのために香油をこんなにむだにするのか。

14:5 この香油を三百デナリ以上にでも売って、貧しい人たちに施すことができたのに」。そして女をきびしくとがめた。


(マタイ福音書)
26:6 さて、イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家におられたとき、

26:7 ひとりの女が、高価な香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、イエスに近寄り、食事の席についておられたイエスの頭に香油を注ぎかけた。


26:8 すると、弟子たちはこれを見て憤って言った、「なんのためにこんなむだ使をするのか。

26:9 それを高く売って、貧しい人たちに施すことができたのに」。


この場面は、マルコ福音書もマタイ福音書も内容はほとんど同じである。
またヨハネ福音書の香油の場面とも近似している。
但し、マルコ福音書とマタイ福音書のこの場面では女と弟子の名前が書かれていない。
ヨハネ福音書では、ベタニヤのマリヤとマルタ姉妹、それに生き返ったラザロがその場面にいるが、マルコとマタイではベタニヤのらい病を患うシモンの家にいるとある。

●ルカ
・パリサイ人の家
・シモン、その町の罪の女
・罪の女が「香油」が入れてある「石膏のつぼ」を持ってきて、泣きながら、イエスのうしろでその足もとに寄り、まず涙でイエスの足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐい、そして、その足に接吻して、香油を塗った。

●ヨハネ
・ベタニヤ ラザロのいた所
・ラザロ、マリヤ、マルタ
・マリヤが「高価で純粋なナルドの香油一斤」を持ってきて、イエスの足にぬり、自分の髪の毛でそれをふいた。

●マルコ
・ベタニヤ らい病のシモンの家
・女
・「非常に高価で純粋なナルドの香油」が入れてある「石膏のつぼ」を持ってきて、それをこわし、香油をイエスの頭に注ぎかけた。

●マタイ
・ベタニヤ らい病のシモンの家
・女
・「高価な香油」が入れてある「石膏のつぼ」を持ってきて、イエスに近寄り、食事の席についておられたイエスの頭に香油を注ぎかけた。




by yumimi61 | 2015-11-21 09:58