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やがてそこに。


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2017年 07月 27日 ( 1 )

リクルートコスモス社の未公開株がばら撒かれたリクルート事件。
リクルートコスモスという会社は、マンション・不動産事業を手掛けるリクルートの子会社であった。

(リクルートコスモス社の沿革)
1969年6月20日 - 株式会社日本リクルート映画社として設立。
1974年2月8日 - 事業目的を不動産に変更し、商号を環境開発株式会社に変更。(創業)
1985年3月1日 - 株式会社リクルートコスモスに商号変更。
1986年10月30日 - 株式を店頭登録(現ジャスダック)。
1998年5月 - 初の再開発事業となるラムザタワーが完成。
2005年6月30日 - ユニゾン・キャピタルなどから出資を受ける形でMBOの手法によりリクルートグループから独立。
2006年9月1日 - 株式会社コスモスイニシアに商号変更。また、本社を東京都千代田区内幸町1-3-2へ移転。


同社が手掛けて1998年に完成したラムザタワーはJR武蔵浦和駅周辺。
リクルート事件は大事件となったが、当のリクルートコスモス社は存続してきた。
もっとも親会社であるリクルートの株式を多数所有していた創業者の江副浩正は1992年に保有株式をダイエーの創業者である中内功に譲渡しダイエーグループ入りした。
リクルートはダイエーから送り込まれた役員などによって会社の立て直しに成功し、有利子負債を自力で完済。
しかしながら今度はダイエーが1990年代後半に業績が悪化。
すると恩を忘れたリクルートはダイエーグループから離脱。これが2000年頃。
ダイエーは破綻寸前にまで追い込まれたが近年イオンの完全子会社となった。

ダイエーから離脱したリクルートの不動産部門である子会社リクルートコスモスは、その後リクルートから独立するが、それは日本郵政の民営化と重なるところがある。
日本郵政が民営化したのは2007年のことだが(とはいっても独自の法律によってなる特殊会社、NTTも同じく)、移行準備として2003年に郵政公社が設立された。
2003年までは省庁が郵政事業を行っていた。国営である。
郵政公社は政府が100%出資して省庁から独立させた組織で、NHKやJRA,年金機構などと同じ特殊法人の形式をとった。

日本郵政公社は成立した2003年から民営化に伴い解散する2007年までの間に保有資産を次々と売却していった。
売却した資産は628物件。
この時、3回にわたる一括売却(抱き合わせ売却のバルク売却)で合計424の物件を落札したのが、リクルートコスモス(コスモスイニシア)を代表とするグループであった。
売却物件の67.5%がリクルートコスモス(イニシア)に渡ったことになる。

郵政公社による物件売却について会計検査院がレポートしている。

国会からの検査要請事項に関する報告(検査要請)
簡易生命保険の加入者福祉施設等の譲渡等に関する会計検査の結果について

1) 旧日本郵政公社が締結した譲渡契約に係る分(平成15年度〜19年度上期)
ア 譲渡施設の概要
 15年度から19年度までの間に、公社が不用資産として売却した土地、建物等の不動産は、図表第2-2-1 のとおり628物件となっており、その売却価格は総額1093億7632万余円に上っている(物件ごとの売却状況については別表2-1 参照)。
 そして、関係書類及び日本郵政の説明によると、売却物件に係る売却時直近の簿価は合計775億3725万余円となっていることから、売却価格との差額318億3906万余円が売却益となっている。


簡単に言うと、売却したことによって318億3906万余円の利益が出たということなのだ。
しかしこの利益は、「取得価格-売却価格」で計算したものではない。
「簿価ー売却価格」となっているのである。

簿価は減価償却が関係する。
以前も私はソーラーパネルやドクターヘリの件で減価償却について書いたことがあるが、減価償却とは費用の計上の仕方のことである。
多くの物品は使い捨てではない。反面いつまでも新品ではない。
そこで耐用年数というものが定められていて、物品を取得するのにかかった費用は耐用年数で割って分けて計上できる。
例えば600万円で営業に使う自動車を購入。普通自動車の耐用年数は6年である。
取得した年にかかった費用600万円と計上するのではなく、6年間毎年100万円ずつ計上するのである。
その営業車であげる売上が年200万円だとする。(分かりやすくするために他の費用は無視しています)
支出計上は100万円で、売上が200万円だから、その車で年間100万円の利益が出ていることになる。
計上は分割(減価償却)にしていても、もしも現金一括で購入していれば、最初の年に600万円お財布から出てるわけだから、あとの5年の利益でお財布に回収することになる。
利益が出なければ赤字になる。(ただ通常は営業車だけで会社の利益が決まるわけではない)
問題は現金一括で買う余裕が無くローンで購入した時。
この場合、最初に600万円お財布から出していない。出したのは金融会社である。
しかし支出として計上できる。100万円ずつ6年。

購入した会社は金融会社に返済していく必要がある。ローンだから利子が付くので当然600万円では済まない。
営業車によって上げた利益はお財布に回収するのではなく返済に充てていく。
借金で購入するほど余裕のない会社なので、その営業車によって上げられる利益が返済限度額である。
上記のように100万円の利益が出れば、毎年100万円ずつ返済できる。ひと月8万3000円くらい。でも利子もある。
100万円ずつ減価償却(返却)するのにその営業車による売上が100万円では利益が出ない。
そうなると資金繰りに行き詰まり破綻に向かってしまう。
また耐用年数は6年と定められているが、返済期間はもっと長いかもしれない。
6年経つと100万円ずつの減価償却が無くなって簿価は0円となり帳簿から消えるが、イコール完済ということではない。
返済が残っていることもあるので返済に充てる資金は別途確保しておかなければならない。
借金していることを忘れるな、ということである。


600万円の自動車を購入すると6年で減価償却。
600、500、400、300、200、100、0と減っていく。
これが簿価である。帳簿上の自動車の価値(価格)。
4年目には300万円となるわけである。
その4年目にその自動車が実際どれくらいの評価が付くのか(評価額・時価)、現時点において幾らで売るのが妥当なのか(時価・相場)、そうしたことと直接的な関係はない。

上では100万円ずつ6年の減価償却(支出)で毎年200万円の売り上げと仮定したが、それがもし50万円の売り上げならば利益は出ない。毎年50万円ずつ赤字となっていたことになる。
最初の年に600万円支出して、さらに50万円ずつ赤字となれば、回収できるどころか4年目には800万円もマイナスしていることになる。
その時点で売りに出してトータル赤字にしないためには、すでにマイナスした金額も乗せて800万円で売る必要がある。それでトントン、何もなかったことになる。
赤字ではなかったが利益も出ていなかったとするならば、最初に支出した600万円で売らなければ損したことになる。
時価や相場、その不動産が上げてきた損益がいかほどなのか、そもそも利益を上げる目的で所有していた不動産だったのか(そうでなければ元々利益が出るはずもない)、維持やメンテナンスにこれまでどれだけの資金を投入したのかを無視して、単に簿価と売価を比較して利益が出たと言っているわけである。



会計検査院のレポートでは更に目を引いたことがあった。
「図表第2-2-1 公社における不動産売却状況」の平成15年度のところである。
この年度は1件だけで、売却物件は土地のみである。建物は含まれていない。
注釈にはこのようにある。
平成15年度の売却物件は、有珠山噴火に伴う砂防事業用地として北海道に売却したものであり、公社による不用資産の売却は実質的には16年度からとなっている。

その物件(土地)について、売却価格372,604円、 売却時直近の簿価217,500円、 売却利益155,104円とある。※単位:千円
しかしながら通常、土地は費用換算せず、減価償却の対象ではない。
土地に耐用年数は存在しない。

土地を購入すれば、購入代金という支出が生じる。
しかしどんな大金を支払ったとしても、この土地購入代金(支出)は費用として計上されない。
土地は資産となり貸借対照表に計上される。
例えば地価が大幅に下落して資産価値が下がったとしても、損失として費用(損益計算)に影響してくるといったことはない。
所有者は資産価値として保有し続けるだけである。
値段が上がろうが下がろうが売却しない限り損益は出ない。
それは世界的なルールでもある。
但し不動産を所有している場合には税金はかかるし、資産は担保になるので借金のしやすさや限度額に影響する。
損益として計上するのは保有している土地を売却した時のみ。
売却価格>購入価格ならば利益となるし、売却価格<購入価格ならば損失となる。
日本郵政公社の売却物件は土地だけなのに「簿価」となっている。
他の物件は建物が混ざっているため(建物は減価償却あり)、土地が簿価となっているのかどうなのかは分からないが、15年度は土地だけとある。
どうして土地だけなのに「簿価」なのか?おかしくないだろうか。


平成15年度に有珠山噴火に伴う砂防事業用地として北海道に売却した土地は洞爺にあったもの。
有珠山は洞爺湖近くにあって2000年に噴火した。
当分噴火しないだろうと思ったのか、2008年には洞爺湖サミットが開催された。
会計検査院のレポートを少しスクロールすると、「図表第2−2−3 加入者福祉施設及び周知宣伝施設の売却状況」という表が出てくる。
そこで売却先が北海道土地開発公社であることが分かると同時に、取得金額も記載されている。
150,000千円。(1億5000万円)
それなのに売却時直近の簿価が217,500千円(2億17500万円)となっており、売却価格が372,604千円(約3億7200万円)。
どうして土地に簿価があり、簿価が取得金額より値上がりしているのか?
時価のことなんだろうか?それにしても、地方の、それも火山を抱えているような地域の土地が、不動産バブルが弾けてて久しい時代に値上がりするものだろうか?
ひょっとすると国の取得価格が時価ではなく何らかの理由で破格の安さだったということだろうか?
没収地?にしては1億以上も費用がかっている。国はどこの誰からこの土地を買ったのだ?
ちなみに夕張市は夕張市土地開発公社の経営破綻によって破綻状態(財政再建団体)となったのである。



リクルートがダイエーグループから離脱し、さらに不動産部門の子会社であったリクルートコスモスが2005年に親会社リクルートから独立した。
この際、出資したのがユニゾン・キャピタルであった。

ユニゾン・キャピタル株式会社は、日本のプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)運営会社の1つ。
1998年にゴールドマン・サックス出身の日本人らによって創業。
現在までに累計企業価値ベースで合計約6000億円に上る投資を実行している。
日韓連携を投資テーマのひとつとしている。


江原伸好代表取締役ら3人のゴールドマン・サックス出身者と、三井銀行(現:三井住友銀行)出身の佐山展生が共同設立した。企業を転売して儲ける投資会社である。
実は私、前にもユニゾン・キャピタルのことを書いたことがある
その時もWikipediaの記述を転載した。
今現在の記述と変わっているので以前のも掲載しておこう。

1998年にゴールドマン・サックス出身の日本人らによって創業。
創業者をはじめパートナークラスの主要メンバーに韓国・北朝鮮系の人物が複数おり、日韓連携を投資テーマのひとつとしている。
ファンド設立初期からの主要メンバーであった木曽健一氏が、2009年10月のSEC(証券取引監視委員会)特別査察の翌日にパートナーを懲戒解雇され自殺するという痛ましい事案が起こったファンドでも有名。


消えた記述は「創業者をはじめパートナークラスの主要メンバーに韓国・北朝鮮系の人物が複数おり」という部分と、社員(パートナー)の自殺の記述である。

記述は消えたが、自殺の件は事実でないということではない。
2009年10月28日、木曽健一(43歳)が自宅で自殺しているのが発見された。
その前日、ユニゾン・キャピタルはSFC(証券取引等監視委員会)からインサイダー取引の疑いで強制調査されていた。

自殺したのは、大手投資ファンドのユニゾン・キャピタル(東京都港区紀尾井町、以下ユニゾン)のパートナーだった木曾健一氏。証券取引等監視委員会の特別調査課は10月27日、ユニゾンに強制調査に入り、その場で木曾氏はインサイダー取引の容疑を認めた。
このため同社は、即刻、同日付で木曾氏を除名し、翌28日には「役職員の株取引の調査に関する第三者委員会」(委員長・国広正弁護士)を設置し、社内調査にも乗り出した。
監視委は28日に再度木曾氏を事情聴取に呼んでいたが、約束の時刻になってもあらわれず、不審に思って自宅を訪ねると、本人が死んでいるのが見つかったという。

 木曾氏を一躍有名にしたのは、菓子メーカー・東ハトの再生案件だった。東ハトは、本業では堅調だったが、バブル期に手を出したゴルフ場開発で多額の債務を負い、03年に民事再生法の手続きを申請して倒産した。ユニゾンはバンダイ、丸紅と組んで新会社をつくり、その新会社が旧東ハトに180億円を払って菓子事業の営業譲渡を受けた。「倒産」というマイナスイメージを払拭しようと木曾氏がとったのは、元サッカー日本代表・中田英寿氏の執行役員への起用だった。中田氏自身もビジネスへの進出に乗り気だったため、チーフ・ブランディング・オフィサーとして主力商品のキャラメルコーンのリニューアルなどに関わっている。2人は、『お菓子を仕事にできる幸福』(日経BP社)を出版している。

NETIBNEWS 名門ファンドのインサイダー疑惑 渦中の辣腕パートナーは「自殺」(上) ビジネス最前線 2009年11月 9日

リクルートコスモスがリクルートから独立したのは2005年。
翌2006年に三洋電機グループの子会社だった人材派遣会社三洋ヒューマンネットワーク、2007年には住友建設の元社員が創業した人材派遣会社スタッフサービスの株式を取得し子会社化。

株式会社OSパートナーズ(RECRUIT FACTORY PARTNERS CO.,LTD.)(旧:三洋ヒューマンネットワーク)
日本のアウトソーシンググループの製造&設計開発を主業務とする人材会社である。パナソニックグループを主なクライアントとして、電池製品・家電製品・デジタル機器・電子部品の製造事業、設計開発事業を、開発・製造工程の請負、あるいは人材派遣という形態でおこなっている。また事業の補助的位置づけとして、エンジニアおよび製造スタッフの教育・育成をおこなっている。

三洋電機の経営が悪化していったきっかけは2004年10月23日に発生した新潟中越地震だったと言われている。
その地震で三洋電機の子会社であった新潟三洋電子の半導体工場が被災した。
同社は地震保険に加入しておらず、5億円を超える被害はそのまま損失計上となった。
地震被害であったが、寄付や募金とか、買って応援とかそんなの無縁だった。
阪神・淡路大震災を経験したはずの会社が地震保険に入っていないなんて自業自得と世間からは批判非難されたのである。
三洋電機の本社は大阪府の守口市にあった。地震被害にあったのは新潟県の子会社である。
近年起こった数々の災害に遭われた皆さんは保険に入っていらしたのですか?農家の皆さんは共済保険などに入ってらしたのですか?入っていたけれども寄付や応援も必要なのですか?犯罪ですらお金が解決するんですよ。


その後、リクルートコスモスも業績悪化で大和ハウスグループ入りする。
独立の時から転売専門投資会社の手に掛かっていたということは、経営には失敗したが、会社(資産)転売で儲かったパターンでしょうか?
それとも子会社化や資本提携の事前情報によるインサイダー取引で儲けた人がいるとか?

2009年4月28日 - 不動産市況悪化に伴う業績悪化による債務超過を受け、私的整理手続きである事業再生ADR手続を活用して再生を図ると発表。同日、代表取締役会長が引責辞任を発表した。
2009年9月28日 - 事業再生ADR手続が成立し、事業再生計画が承認された。これにより管理会社コスモスライフの持株がコスモスイニシアから大和ハウス工業に売却され、2010年に大和ライフネクストとなる。








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by yumimi61 | 2017-07-27 23:39