2018年 01月 18日 ( 1 )

2018年 01月 18日
日本国憲法の秘密-654- (外貨準備と貿易について)
個人にまかせるという古典経済学の特徴である自由放任主義は、意思決定の分散化と個人の責任による効率性の良さが最大の利点である。
個人主義の欠点や濫用を防ぐことが出来るならば、間違いなく個人の選択肢が広がり、人生の多様性を守ってくれるシステムである。
この多様性は、全世代において、最も安全で且つ成功した選択を内包しているが、その安全と成功はやがて「伝統」になる。
個々人が伝統に縛られだすと、強制されなくても自由というものは失われやすい。皆が同じ伝統を目指そうとするからだ。
しかしながら人間は大いに気まぐれである。その気まぐれさが意思決定の分散化に大きな役割を果たしている。果たしてはいるが計算や信念によるものではなく単に気まぐれなのである。
長所は行き過ぎれば短所に変わる。

政府機能の拡大を行い、消費性向と投資誘因それぞれの調整作業を実施するというのは、十九世紀の政治評論家や現代アメリカの財務当局から見れば、個人主義への恐るべき侵害に見えるかもしれません。私は逆に、それが既存の経済形態をまるごと破壊するのを防ぐ唯一の実施可能な手段だという点と、個人の発意をうまく機能させる条件なのだという点をもって、その方針を擁護します。

ケインズは個人主義改め巨視的なマクロ経済学の推奨へと転換した人物である。政府機能を大きくすべきと主張している。言い換えれば大きな政府である。
ケインズは自身の主張が「個人主義への恐るべき侵害」と反発されることも予想している。
しかしこのままいけば、既存の経済形態はまるごと破壊され、個人の意思決定も怪しくなるとみていた。


時代的にも手法的にも、ケインズのマクロ経済学への転換は、どうしてもドイツにおけるナチスの台頭とオーバーラップしてしまう。

ナチスは世界恐慌後の最悪な経済状態の中で政権を握った。
オーストリアのロスチャイルド系の銀行の破綻(閉鎖)を機にドイツの全銀行を閉鎖。連鎖的に企業が倒産し、ドイツ経済は壊滅的状態となり失業率は40%にも達していたという。
そのような状態だったのにあれよあれよという間に経済回復させたのがヒトラー率いるナチスだったのである。1937年には完全雇用を達成している。

ナチズムにおいては「アーリア人種こそが世界を支配するに値する人種である」というアーリア至上主義が用いられ、その中でも容姿端麗で知能が高く、運動神経の優れた者が最もアーリア人種的であるとされた。この思想を肯定する右派の政治結社トゥーレ協会やゲルマン騎士団などが党黎明期より大きな権威を持っていた。 また、頭脳の優れた超人こそが大衆を支配すべきだと信じられ、超人を生み出すために数々の人体実験を行った。
一方、反ユダヤ・反ロスチャイルド主義が強固であり、ウィーンのロスチャイルド家はオーストリア併合の際にナチスの家宅捜索を受け財産を没収され、アメリカへ亡命を余儀なくされることになる。
また、共産主義はユダヤの陰謀であると主張し、東方生存圏の構想へと結びつくことになった。これらがニュルンベルク法やホロコーストに繋がったのである。


驚異的な回復であったため、ナチスは経済分野において高い能力を示したと評されることもあるし、回復はしたもののナチスの経済政策は理論に支えられたものでは無かったと言われることもある。
つまりどうしてそんなに急激にドイツの経済を回復できたのか、その背景が良く分かっていないということなのだ。
今までの理論は古典経済学だったわけであり、ナチスが政権を握った時にはまだケインズのマクロ経済学は発表されていないのだから、その理論が見る側の目に入っていなかったと考えることもできる。

経済におけるナチズムのイデオロギーは不鮮明である。結党時からのメンバーで25カ条綱領の策定にも携わり、党の経済委員会の座長を務めていたゴットフリート・フェーダーは「利子奴隷制の打破」や「企業の国有化」、「国際金融資本との戦い」を持論としていた。ヒトラー自身も「我が闘争」においてフェーダーの主張を一部取り入れているが、同時に「国家は民族的な組織であって経済組織ではない」「国家は特定の経済観または経済政策とは全く無関係である」とも述べており、統一的なナチス経済政策というものは存在しなかった

ヒトラーは「私たちの経済理論の基本的な特徴は私たちが理論を全然有しないことである」と言っているように、『我が闘争』で展開している自らの経済観が事実上マルクス経済学に依拠していても気づかないほど経済学に疎く、当初訴えていた政策は「ユダヤ人や戦争成金から資産を収奪して国民に再配分する」という稚拙なものだった。またナチ党の経済理論家であったゴットフリート・フェーダーやグレゴール・シュトラッサーは早い段階で失脚しており、影響を与えることはできなかった。



1933年2月1日、ヒトラーは4年以内に「経済再建と失業問題の解決」を実現する「二つの偉大な四カ年計画(ドイツ語: Vierjahresplan)によって、わが民族の経済を再組織するという二つの大事業を成功させる」と発表した(第一次四カ年計画)。
公共事業、価格統制でインフレの再発を防ぎ、失業者を半減させた。

1936年8月26日にヒトラーは第二次四カ年計画を開始させ、経済省から独立した四カ年計画庁が経済面において大きな権力をふるうことになった。第二次四カ年計画により、1937年には人員需要が失業者を上回り、ほぼ完全雇用が達成された。


実はヒトラーは大の自動車好きだったという。
自動車王国と言えば、日本・アメリカ・ドイツだと思うが、これらの国は先進工業国であり技術大国と言われる国である。(もっとも最近は韓国や中国の台頭が著しいが)

カーマニアでもあるヒトラーの経済政策は余り芳しくなかった自動車生産を急激に伸ばさせ、ドイツの自動車産業を経営不振から脱却させたことで知られる。
1933年にヒトラーはベルリン自動車ショーでアウトバーンの建設を発表し、自動車税が撤廃された。インフラストラクチャー開発の中で道路工事が特に盛んだったことや戦争準備で軍隊及び物資をすぐに運べる最新式の道路網を必要としていたこともあり、クルップやダイムラー・ベンツ、メッサーシュミットなどの軍需企業の協力を得て、アウトバーンの建設を加速し、フォルクスワーゲン構想を推進させた(フォルクスワーゲンの車が大衆に普及したのは戦後だが、自動車生産の基盤はナチス政権時代に整った)。




今日の権威主義国家体制は、失業問題を解決するのに、効率性と自由を犠牲にしているようです。確かに世界は、現在の失業を間もなく容認できなくなるでしょう。その失業は時々短い興奮の時期を除けば、今日の資本主義的な個人主義と関連しており、私の意見ではその関連性は必然的なものなのです。でも問題の正しい分析があれば、その病気を治癒させつつ、効率性と自由を維持できるはずです。

1936年の「今日の権威主義国家体制」とはどこの国や地域を指しているのだろうか。
この時代の権威主義国家体制と言えば、ドイツ・イタリア・日本あたりであろう。
権威主義
自由や平等といった概念が広まった近代以降の支配者は全国民を相手に統治する必要に迫られ、権力の正統性の根拠なしの統治は困難となったため、権威主義的支配体制の維持は難しくなった。
しかし国民主権を基礎にしながらも権威主義が現れる場合もあり、その代表格がナチズムとファシズムであるとされる。
権威主義は被支配者の思考様式であるから民主制の機構を採用している国においても現れることがある。選挙があった戦前の日本の政治体制も権威主義体制に分類する論者もいる。

権威を強調する体制は、権威を軸にしたヒエラルキーを形成してエリート主義を持ち、実質的な権力や階級として固定化する場合もあるが、その権威以外の既存の権力関係(場合により身分、貧富、人種・民族など)を超越または無効ともするため、大衆や従来の被支配層などの広い支持を得る場合もある。


権威体制は、既存の権力関係(場合により身分、貧富、人種・民族など)を超越または無効ともするため、大衆や従来の被支配層などの広い支持を得る場合もある。日本で言えば、江戸時代の権力関係に代わって新たな権威体制を構築したのが明治時代であり、「維新」は今なお熱狂的な支持を得ている。
権威や権力の構造や関係が変わっただけで、それがあることに変わりないのに、権威や権力を嫌ったはずの大衆から熱狂的に支持されることがあるのだ。
ユダヤ人からゲルマン人への転換を図ろうとしたのがナチスドイツである。

ケインズが指しているのはやはり1937年に完全雇用を達成したナチスドイツの事だろうか。
その国は失業問題を解決するのに効率性と自由を犠牲にしているようだと言っている。
だが失業問題が世界的に大きな問題となっているとの認識も持っていて、その問題は資本主義的な個人主義から発生するものであるとも述べているのだ。
要するに手放しに個人主義を歓迎しているわけでもないし、権威主義国家体制を完全に否定しているわけでもない。

さっきさりげなく、新しいシステムは古いものよりも平和をもたらしやすいかもしれないと述べました。その側面を改めて述べて強調しておく価値はあるでしょう。

戦争にはいくつか原因があります。独裁者のような連中は、少なくとも期待の上では戦争により楽しい興奮が得られるので、国民たちの天性の好戦性を容易に煽れます。でもこれを超えたところでは、世間の炎を煽る仕事を手助けするのが、戦争の経済的な要因、つまり人口圧と市場をめぐる競争的な戦いです。十九世紀に圧倒的な役割を果たしたのはこの第二の要因だし、今後もそうなるかもしれません。こちらの要因がここでの議論の中心となります。












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by yumimi61 | 2018-01-18 15:31