2018年 01月 19日 ( 1 )

2018年 01月 19日
日本国憲法の秘密-655- (外貨準備と貿易について)
国民というものは基本的に好戦的なんだそうである。
好戦的という性質を活かして国民を戦争に仕向けることは容易いことだという。
人々のオリンピック好きや国際試合好きを見ればなんとなく納得できる。
しかしそれ以上に扇動という作業を容易にするのは、経済的な理由なんだそうだ。
近代の戦争の原因はもっぱら経済が原因となっているとかで、原因を具体的に言うと人口圧迫と市場の奪い合いや市場競争。

一般に,人口圧は人口密度に比例しており,人口密度が高いほど人口圧が高くなる。ある国の人口圧が高くなると,国内の食糧不足や労働力の過剰を招き,生活空間を外に求めて出移民が多くなる傾向がある。しかし,人口圧には心理的・社会的側面もあり,同じ人口密度であっても人々の感じる圧迫感は異なるなど,正確にそれを測定することは困難である。

人口圧迫については後で改めて書きたいと思っている。

ケインズが『一般理論』において戦争の原因について述べているのは、最後の巻(第 VI 巻:一般理論が示唆するちょっとしたメモ)の最後の章(第24章 結語:『一般理論』から導かれそうな社会哲学について)の終盤である。
そこに戦争を置いた意味は重いと思う。
戦争の原因となるのは経済、ではその解決策はあるんだろうか。

前章で、十九世紀後半に主流だった国内のレッセフェールと国際的な金本位制のシステムでは、政府が国内の経済停滞を緩和する手段として、市場を求めて争う以外に手がなかったと指摘しました。というのも国にとって、慢性的または間歇的な失業を緩和できるあらゆる手段が排除されており、残った手段は所得勘定上の貿易収支の改善だけだったのですから。

レッセフェールは自由放任主義のこと。
1800年代後半の経済システムでは、政府は経済停滞を緩和する手段をほとんど持っていなかったという。
唯一の手段は貿易黒字化。すなわち国外に新たな市場を開拓することである。その争奪戦が戦争に発展することもあった。

『一般理論』が刊行された1936年の世界は、第一次世界大戦を経験している。
1919年、ケインズは、第一次世界大戦後にドイツに課せられた莫大の賠償金を批判していた。
ケインズはイギリス代表として委員会に参加すべき立場の人物であったが、最初から多額の賠償に消極的であったため参加できなかった。後に参加するが意見があわず抗議の意味から途中で帰国してしまったほど。
最も重大な問題は、政治や領土的問題ではなく、金融および経済に関するものであったのに、そのことを理解していない。また将来の危険は国境や主権にあるのではなく、食糧や石炭や運輸にある。そのことを理解していれば ヨーロッパは異なった将来を予想しえたであろうと首脳達を批判し、現実的にドイツの賠償支払いは著しく困難であると警告していた。

第一次世界大戦前のドイツの発展が脅威だったのは、国際金融資本に依拠していなかったからだ。つまり国際金融資本サイドにとってドイツは脅威だった。
国際金融資本は国際銀行家と言ってもよい。ロスチャイルドだったりロックフェラーだったりモルガンだったり、もっと古くから存在する財閥もある。
ユダヤ金融と言われることもある。
戦勝国であったイギリスもフランスもアメリカもみなその影響下にあった。
戦争に負けたドイツには支払い能力を優に超えた賠償金が課せられた。
イギリスやフランスは戦費調達のためアメリカから多額の借金をしていたため賠償金をもらわないと自国が苦しくなるという事情があった。アメリカが借金を帳消しにしてくれれば、ドイツの賠償金を安くしてもよいとの条件をイギリスなどは出したがアメリカはその提案を呑まなかった。
陸続きの隣国フランスは相も変わらずドイツが脅威であり金銭的に徹底的に叩いておきたいという事情もあった。
そんな中、第一次世界大戦後のケインズはどちらかと言えばドイツの味方であった。
ナチスの反ユダヤも本を正せば反国際金融資本なのである。
ケインズもはっきり言っているわけではないが、突き詰めて考えればそうとしか思えないニュアンスのことを書いている。
(ナチスは「共産主義はユダヤの陰謀である」と主張していたということだが、後世に於いては「ナチスがユダヤの陰謀だった」と主張されることもある)


経済学者たちは現在の国際制度について、国際分業の果実を準備しつつ各国の利益を調和させているのだ、と賞賛するのに慣れていますが、その奥にはそれほど優しくない影響が隠されているのです。そして各国の政治家たちは、豊かな老国が市場をめぐる闘争を怠るならば、その繁栄は停滞して失速すると信じておりますが、それは常識と、事態の真の道筋に関する正しい理解であり、それが彼らを動かしているものなのです。
でも各国が自国政策によって自国に完全雇用を実現できることを学習すれば(そしてまた付け加えなければならないのは、彼らが人口トレンドで均衡を実現できれば、ということです)、ある国の利益を隣国の利益と相反させるよう計算された、大きな経済的な力は存在しなくてすみます。
適切な状況下では、国際分業の余地もあるし、国際融資の余地も残されています。でも、ある国が自分の製品を他の国に押しつけなければならない火急の動機はなくなりますし、他国の産物を毛嫌いする理由もなくなります(しかもそれが買いたい物を買う金がないからというのではなく、貿易収支を自国に有利に展開するため収支均衡をゆがめたいという明示的な目的のために行われることはなくなります)。 国際貿易は、今のような存在であることをやめるでしょう。
今の国際貿易は、自国の雇用を維持するために、外国市場に売上げを強制し、外国からの購入は制限するというものです。これは成功しても、失業問題を闘争に負けた近隣国に移行させるだけです。でもそれがなくなり、相互に利益のある条件で、自発的で何の妨害もない財とサービスの交換が行われるようになるのです。


これが書かれてからすでに80年も経っているが、「今の国際貿易」に関する記述は全然古くなっていない。
ということは、ある国の利益を他国の利益と相反させるよう計算された大きな経済的な力は今も存在するんだろう。
貿易収支を自国に有利に展開するため収支均衡をゆがめたいという明示的な目的のために、自国の産物を押し付け、他国の産物は毛嫌いするということもある。
国産兵器なんて聞けば喜びは何倍かになるらしいことを、私達は日々見聞きすることも出来る。


ケインズが述べた解決策は、次の通り。
各国が自国政策によって自国に完全雇用を実現できることを学習すれば(そしてまた付け加えなければならないのは、彼らが人口トレンドで均衡を実現できれば、ということです)、ある国の利益を隣国の利益と相反させるよう計算された、大きな経済的な力は存在しなくてすみます。

ナチスは自国政策によって完全雇用を実現した。
しかし・・・。

1936年のケインズの『一般理論』は次の文章で締められた。

 こうした発想の実現は非現実的な希望なのでしょうか? 政治社会の発達を律する動機面での根拠があまりに不十分でしょうか? その発想が打倒しようとする利権は、この発想が奉仕するものに比べて強力だしもっと明確でしょうか?

 ここではその答を出しますまい。この理論を徐々にくるむべき現実的手法の概略を述べるのでさえ、本書とはちがう性質の本が必要となるでしょう。
でももし本書の発想が正しければ——著者自身は本を書くときに、必然的にそういう想定に基づかざるを得ません——ある程度の期間にわたりそれが持つ威力を否定はできないだろう、と私は予言します。
現在では、人々はもっと根本的な診断を異様に期待しています。もっと多くの人は喜んでそれを受け入れようとし、それが少しでも可能性があるようなら、喜んで試してみようとさえしています。でもこういう現代の雰囲気はさて置くにしても、経済学者や政治哲学者たちの発想というのは、それが正しい場合にもまちがっている場合にも、一般に思われているよりずっと強力なものです。
というか、それ以外に世界を支配するものはほとんどありません。知的影響から自由なつもりの実務屋は、たいがいどこかのトンデモ経済学者の奴隷です。虚空からお告げを聞き取るような、権力の座にいるキチガイたちは、数年前の駄文書き殴り学者からその狂信的な発想を得ているのです
。こうした発想がだんだん浸透するのに比べれば、既存利害の力はかなり誇張されていると思います。もちろんすぐには影響しませんが、しばらく時間をおいて効いてきます。というのも経済と政治哲学の分野においては、二十五歳から三十歳を過ぎてから新しい発想に影響される人はあまりいません。ですから公僕や政治家や扇動家ですら、現在のできごとに適用したがる発想というのは、たぶん最新のものではないのです。でも遅かれ早かれ、善悪双方にとって危険なのは、発想なのであり、既存利害ではないのです。









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by yumimi61 | 2018-01-19 20:11