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2018年 03月 05日 ( 1 )

親カトリック且つ反共産主義で結ばれたファシズム(結束主義)国の日本・ドイツ・イタリアが枢軸国となり、イギリスやアメリカに代表される連合国と戦った第二次世界大戦。

枢軸国は一党独裁制を敷いたわけだが、ドイツとイタリアの権力の頂点にいたのはヒトラーとムッソリーニという首相である。
日本も一党独裁制に持ち込まれたが、権力の頂点にいたのはその党首ではなく天皇という君主だった。

ドイツは第一次世界大戦の敗北後に共和国に移行していたため君主はおらず大統領(元首)がいたが、ナチスが政権をとった1933年からは大統領と首相という2つの地位が統合された(総統)。
イタリアは当時はまだ王国であり王という君主が存在していた。ムッソリーニは君主に全権を委任されていた首相である。最終盤にはそれを切られ交代させられたりした。
日本も大日本帝国という君主国(西洋風に言えば王国)であり、大日本国憲法に天皇が全権を握っていることが記されていて、全権や一部を他者に委任するということも一切していなかった。人々は天皇の下、戦争に赴いたのである。
権力ではなく国際的な権威という観点から見ると、枢軸国3国の戦争指導者で権威を持っていたのは日本の天皇だけ。
ヒトラーは大統領も兼ねていたが元々が共和国であり、大統領(元首)は君主が持つ権威とは若干違う。君主は選挙で選ばれたりはしないし基本的に世襲である。
イタリアのムッソリーニは権威を持っていなかった。
文句なく権威と権力の両方を保持していたのは日本の天皇ということになる。

1945年、第二次世界大戦終結。
敗戦国のドイツは分割されそれぞれが共和国に、イタリアも共和国に変わった。
しかし日本は共和国に移行しなかった。そう、未だに君主国(西洋風に言えば王国)なのだ。
まだ平和条約も結んでおらず占領下にあるというのに、連合国の軍部主導のもとに天皇の地位を保証する日本国憲法が1946年11月に早々と公布された。
こんな馬鹿げた話を信じられるだろうか。
立憲君主制というならば、戦前だって立憲君主制である。
連合国軍最高司令官を務めたアメリカ人のダグラス・マッカーサーは父子共にカトリック国であるフィリピンの総督だった。

マッカーサー家は元々はスコットランド貴族の血筋で、キャンベル氏族の流れを汲み、スコットランド独立戦争でロバート1世に与して広大な領土を得たが、その後は領主同士の勢力争いに敗れ、没落したと伝えられている。1828年、当時少年だった祖父のアーサー・マッカーサー・シニアは家族に連れられてスコットランドからアメリカに移民し、マッカーサー家はアメリカ国民となった。なお、同じスコットランド系のフランクリン・ルーズベルトとは7つの家系、ウィンストン・チャーチルとは8つの家系を隔てた遠戚関係にあたる。


モンタギュー事件の当事者であるモンタギュー男爵はチャールズ2世の子孫であり、そのチャールズ2世はカトリックから離れたウェールズ起源の王室ではなくスコットランド起源の王室に変わってからの君主であるということは先に述べた。
アメリカのキリスト教で近年非常に力を持っているのが聖公会。
聖公会はイギリスの植民地であった地の宗教。つまりイングランド国教会系。
アメリカの聖公会はスコットランド聖公会の主教によって承認され誕生し、スコットランド聖公会を通じた後継者選び(使徒継承)を行っている。
アメリカにおけるキリスト教系団体としては珍しく、中絶と同性愛を公認している。すなわちこれがリベラル派ということになろう。
私は聖公会についても何度か書いているが、2016年2月のこの記事ではイギリスのトニー・ブレア首相(労働党)が2007年に正式にイングランド国教会(プロテスタント)からカトリックに改宗したことも書いた。
カトリックから独立したキリスト教原理主義(福音派)と対立するリベラル派とカトリックは近い。1500年代にカトリックから離れたのイングランド国教会(プロテスタント)は500年の時間の中で徐々に再びカトリックに近づいてきた。


第二次世界大戦後に後に起こったのは「冷戦」。
冷戦
1945年から1989年までの44年間続き、アメリカ合衆国とソビエト連邦が軍事力で直接戦う戦争は起こらなかったので、軍事力(火力)で直接戦う「熱戦」「熱い戦争」に対して、「冷戦」「冷たい戦争」と呼ばれた。その対立は軍事、外交、経済だけでなく、宇宙開発や航空技術、文化、スポーツなどにも大きな影響を与えた。又、冷戦の対立構造の中で西ヨーロッパは統合が進み、欧州共同体の結成へ向かった。ヤルタ会談から始まってマルタ会談で終わったため、「ヤルタからマルタへ」ということもいわれる。

ソ連は連合国側で戦っていたが、ヤルタ会談での密約をアメリカに裏切られた。それはアメリカが日本は通じていた証拠になる。
だからソ連(ロシア)は日本と平和条約を結ばないまま今日に至っている。
過去記事より)
ポツダム会談中にアメリカのトルーマン大統領はソ連のスターリン書記長に「新型爆弾の開発が成功した」と告げたが、スターリン書記長は特段驚く様子はなく態度を変えることもなかった、そのことにトルーマン大統領はショックを受けていたという。
スパイからの情報かどうかは分からぬがソ連は知っていたのだろう。原爆が出来そうもないことを。
アメリカはヤルタ会談でソ連に対して対日参戦を求めている。そして対日参戦には条件が付けられていた。
ソ連にとってはアメリカにその約束を守ってもらうことのほうが重要であった。
原爆は不可能なのだ。
実験の段階ならば嘘もまかり通るだろう。しかし兵器として使うからには相手がいる。
原爆投下だなんて嘘が通用するわけがない。
もしもそんな嘘が通用するとするならば考えられる状況はただひとつ、日本とアメリカがグルである時のみ。
従ってもしアメリカが原爆を使った宣言したならば、あるいは日本が原爆投下されたと発表したならば、ソ連は直ちに対日参戦を開始するつもりだった。
「原爆投下」で日本に降伏なんかされたら困るからだ。

すなわちソ連が対日参戦を開始した日は原爆投下の情報を掴んだ日、あるいは情報が出た日と一番近いはずである。それが一番信用できる日にちである。
しかしながら前にも書いたようにソ連の宣戦布告と対日攻撃開始は史料によって8月8日と8月9日に分かれる。

ソ連は新型爆弾を長崎へ投下したとの情報を得て対日攻撃を始めた。つまり8月9日が正解ではないだろうか。
ソ連の対日攻撃開始日は8月6日の広島では爆弾が投下されていないという証拠になる。


原爆用に改造されたというB29(シルバープレート)の命名された日にちと考え合わせても、そのほうがしっくりくる。


日本ーアメリカーソ連
冷戦を生んだのはアメリカの裏切りで、その裏切りに利用されたのが原爆。
なぜ「冷戦」だったのか?
核爆弾の問題は熱や爆風ではなく放射線(放射性物質)にある。熱や爆風ならば根本的には普通の爆弾と変わらない。サイズが違うだけだ。
放射線(放射性物質)の特徴というか脅威は目に見えないところにあるはず。静かな脅威。
静かな脅威を生む原爆開発を巡る対立だからこそ「冷戦」。
また存在しない原爆からは熱や爆風も生まれない。
広島や長崎は熱や爆風で包まれたかもしれないけれど、それは原爆から生じたものではない。原爆は熱や爆風を生まなかった。
その「原爆投下」でこじれた関係だからこそ冷戦。


第二次世界大戦後、アメリカにとってはソ連が脅威となった。
アメリカを連合国代表と考えれば、ソ連は連合国の脅威となった。
そのソ連は社会主義国(共産主義国)。
連合国と戦った親カトリックの枢軸国は最初から反共産主義だった。
第二次世界大戦の敵味方が反共産主義で1つになる形となる。
共産主義はもともとグローバルな活動を展開していたので一国に留まらない。その上、ユダヤ人や東ヨーロッパ諸国からの移民を通してアメリカには多く流入している。どこにスパイが紛れ込んでいるか、アメリカは疑心暗鬼となる。
それが赤狩りに繋がった。

赤狩り(Red Scare)
政府が国内の共産党員およびそのシンパ(sympathizer:同調者、支持者)を、公職を代表とする職などから追放すること。第二次世界大戦後の冷戦を背景に、主にアメリカとその友好国である西側諸国で行われた。

ローゼンバーグ事件に代表される共産主義者による深刻な諜報活動に加え、1946年からの東欧における、また1949年の中国大陸における国共内戦の末の共産主義政権の成立、1948年から1949年にかけてのベルリン封鎖、および1950年から1953年の朝鮮戦争におけるソビエト連邦や中華人民共和国からの圧迫により高まった緊張に対して増大する懸念に合わせたものである。この場合の「赤」は共産党およびその支持者を指す。日本語の名称である赤狩りに対応する英語の名称Red Scareは"共産主義の恐怖"の意味であり、増大していた共産主義者の活動に対する強い懸念を示している。


レッドパージ(red purge)
連合国軍占領下の日本において、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)総司令官ダグラス・マッカーサーの指令により、日本共産党員とシンパ(同調者)が公職追放された動きに関連して、その前後の期間に、公務員や民間企業において、「日本共産党員とその支持者」とした人々を解雇した動きを指す。1万を超える人々が失職した。「赤狩り」とも呼ばれた。

マッカーシズム(McCarthyism)
第二次世界大戦後の冷戦初期、1948年頃より1950年代前半にかけて行われたアメリカにおける共産党員、および共産党シンパと見られる人々の排除の動きを指す。
1953年より上院政府活動委員会常設調査小委員会の委員長を務め、下院の下院非米活動委員会とともに率先して「赤狩り」を進めた共和党右派のジョセフ・マッカーシー上院議員の名を取って名づけられた。
マッカーシーらに「共産主義者」や「ソ連のスパイ」、もしくは「その同調者」だと糾弾されたのは、アメリカ政府関係者やアメリカ陸軍関係者だけでなく、ハリウッドの芸能関係者や映画監督、作家。さらにはアメリカの影響が強い同盟国であるカナダ人やイギリス人、日本人などの外国人にまで及び、「赤狩り」の影響は西側諸国全体に行き渡ることになる。



アメリカなど連合国側があまりに反共産主義に傾けば、連合国と戦った親カトリックで反共産主義だった枢軸国の意に沿うという結果に陥る。
戦勝国が敗戦国の思想に近寄ったと言わざるを得ない。
そうとなれば何のために戦ったのかもよく分からなかくなってくる。第二次世界大戦が全く無意味な戦争と化してしまう。
いや、敗戦国にとっては無意味ではないので、勝敗の意味をなくしてしまうというべきか。
要するにアメリカなど連合国で反共産主義が急激に進むことによってその反動として反枢軸国的思想(親カトリック、反共産主義)が起こってくる。
これが反リベラル、反同性愛として現れてきた。





by yumimi61 | 2018-03-05 14:30