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やがてそこに。


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2018年 03月 09日 ( 1 )

1975年、ジェームズ・ゴールドスミスはナイトを受章しラベンダーリスト)、イングランド銀行(イギリス中央銀行)が買収したスレート・ウォーカーのトップに就任した。

1980年代初頭、ジェームズ・ゴールドスミスはローランド・フランクリン(Roland Franklin)とパートナーシップを結ぶ。
ローランド・フランクリンがジェームズ・ゴールドスミスのアメリカでゴールドスミスの事業を管理したという。
(ジェームズ・ゴールドスミスもローランド・フランクリンもナイト受章者ですがサーの敬称は省かせていただきます。あしからず)


ローランド・フランクリンはイギリス生まれ(1926年)のマーチャント・バンカー。彼の父親アーサー・エリス・フランクリン(Arthur Ellis Franklin)も同じく。
しかしながらローランド・フランクリンは、1973~1975年の二次銀行危機で倒産したキーサー・ウルマンという銀行のディレクターだった。
キーサー・ウルマンは1868年にサミュエル・モンタギュー(Samuel Montagu)の資金によってローランド・フランクリンの祖父であるエリス・アブラハム・フランクリン(Ellis Abraham Franklin)が設立した銀行。


Samuel Montagu, 1st Baron Swaythling(初代スウェイスリング男爵サミュエル・モンタギュー) 
イギリスの銀行家。ユダヤ人(ユダヤ教徒)。
モンタギュー男爵と同じくモンタギューであるが、元はサミュエルやモージズという姓を名乗っており、モンタギューに改姓したのは途中から。
1853年にSamuel Montagu & Co. という銀行を設立。1885年より下院議員であったが、1907年に貴族の爵位が与えられた(スウェイスリング男爵の初代)。
ロスチャイルドのイギリス家始祖のネイサン・メイアー・ロスチャイルドは、イングランド銀行大株主のレヴィ・バレント・コーエンの娘と結婚したと昨日書いたが、サミュエル・モンタギューもコーエン家の娘と結婚した。


サミュエル・モンタギュー(Samuel Montagu)エリス・アブラハム・フランクリン(Ellis Abraham Franklin)は出資者と設立者という関係だけでなく親戚関係でもある。

サミュエル・モンタギュー(初代スウェイスリング男爵)・・・・親戚・・・・ハーバート・サミュエル(初代サミュエル子爵) 

エリス・アブラハム・フランクリン・・・・親戚・・・・ハーバート・サミュエル (初代サミュエル子爵)1937年に爵位


ハーバート・サミュエルは1920~1925年にイギリス委任統治領パレスチナの高等弁務官だった。
ローランド・フランクリンの伯母の夫もシオニスト協議会の代表であり、イギリス委任統治領パレスチナの法務長官だった。


シオニズム運動は、パレスチナにユダヤ人の国家を築くことを目指した19世紀以来の運動。
反セム主義の存続と強化および現地社会への完全な同化の不可能なことへの失望から出てきた。
創始者として知られるのが、オーストリアのユダヤ系ジャーナリスト、セオドール・ヘルツルである。


セムにもいろいろ定義があるが、この場合のセムとはカトリックと折り合いの悪かったセファルディム(ユダヤ人)であると考えるのが妥当である。
オーストリアのユダヤ人ジャーナリスト、セオドール・ヘルツルは1896年にユダヤ建国案である『ユダヤ人国家』を出版する。
最初に記した言葉は「ロスチャイルド家の人々へ」だったそうだ。
ヘルツルはユダヤ国家の初代大統領にロスチャイルドが就くことを希望していたそうである。

イスラエル建国には最初からロスチャイルド家が関わっている。
ロスチャイルド家はパレスチナを土地を買収し続けていたのだ。
(日本の国土が全て政府所有の国有地ではないということを考えれば、国土というものがどういうものか分かるだろう)
第一次世界大戦後、イギリスは国連よりパレスチナに対する「委任統治権」を与えられたが、政府は何よりロスチャイルド家の意向を重視した。
土地を買収するだけでなく、世界各地に住んでいたユダヤ人の同地への移住に対しては、ロスチャイルド家が資金を支援した。

ユダヤ人の問題は昔から存在していたが、長いこと嫌われていたユダヤ人が殊更同情されるようになったのは、第二次世界大戦後。ナチスによる過激なユダヤ人迫害が世界に報道や喧伝されたからである。
これによってユダヤ人に対する国際世論が完全に転換を果たし、ユダヤ人の国際的発言力が急激に高まる。
1947年に武力衝突からイギリスがパレスチナ委任統治権を放棄し、1948年のイスラエル建国に繋がった。
先住していながら土地を追われたパレスチナ住民からの抵抗が今も続いている。

パレスチナ委任統治権放棄とイスラエル建国時のイギリス首相はクレメント・アトリー 首相であり、この時も労働党。
ウィンストン・チャーチル首相が終戦前1945年7月の選挙で思わぬ大敗を喫して誕生した首相であった。

イスラエルについては、土地に所有権が設定されていて、売買によって正式に取得したとなれば、いくら先住民が自分の土地だと騒いでも、所有権設定後の土地取得自体は正当なものとなろう。
それに抵抗するとしたら政府(それに伴う法律など)を認めないという言うしかない。
日本でも江戸時代から明治時代に変わった時に土地の扱いが変わり(土地所有権の設定)、新たに土地を買い占めた所有者に莫大な利益を生んだ

中東戦争(パレスチナ戦争)によって勝利したのは3次まではイスラエル側、第4次はアラブ先住民側。
その後の戦いは地下に潜り、小競り合いが続いていたが、1993年にパレスチナ暫定自治協定が結ばれた。
パレスチナ(イスラエル)問題が分かりにくくしているのはやはり「宗教(先住民)」vs「政治経済の体制(国家)」というジャンルの違う対立になっているからである。
「ユダヤ教」vs「カトリック」とすれば分かりやすいが、実際「カトリック」側はお金にどっぷり浸かっているので政治経済とは切っても切れない関係にあり、単に宗教として片付けられない現実がある。
またこの問題が解決しそうもないのは、国がどうこうというよりもパレスチナの中心都市エルサレムをどちらが持つかという、1つの都市を巡る帰属の問題だからである。(所有者問題ではなく帰属問題)
その都市は宗教的聖地であり(聖書に記されている宗教の根幹に関わる問題)、巡礼地・観光地としても優秀なので、どちらも譲らないし分割では意味がない。
パススチナ暫定自治協定でもエルサレム帰属問題(首都問題)には触れなかった。触らぬ神に祟りなし!?
トランプ大統領の「イスラエルの首都はエルサレム発言」が非難されるのは、エルサレムがイスラエルに帰属していると認めたようなものだから。(イスラエル側が土地所有者だからですか?)








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by yumimi61 | 2018-03-09 16:12