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2018年 03月 25日 ( 1 )

ドイツの科学者がウランの原子核に中性子を衝突させていたら、副産物としてバリウムが出来ていた。
今までここになかったはずのバリウムが出来ている。
それはつまり、ウランに何か変化が起きて、その変化によってバリウムに変わったということである。
この現象を「核分裂」と解釈し、その世紀の発見に物理学会は興奮した。
核(原爆)開発はこの発見からスタートした。

金属であろうと人間であろうと、空気であろうと水であろうと、地球上の全ての物質は原子核からなる。
 原子=核子(陽子・中性子)+電子

陽子は正(プラス)の電荷を持ち、中性子は電荷を持たない。電子は負(マイナス)の電荷を持つ。
普通の状態のときは、電子の数と陽子の数は等しい。

原子に外側から中性子を放出させ衝突させていたら原子核(核子)の核分裂が起きたと物理学会は喜んでいたが、中性子は電荷を持たない。
電荷を持たない中性的なものが電気業界(陽子と電子の例えです)に体当たりしても影響を与えない。
プラスでもマイナスでもない者は、プラスにもマイナスにも影響を与えることが出来ない。
粒子線であるベータ線やアルファ線、電子線の影響力が強いのは、電気業界に影響を及ぼす力を自らが沢山持っているからである。
プラスがマイナスに沢山働きかければ、マイナスがプラスに動いて行き、プラス支配が強くなる。
マイナスがプラスに沢山働きかければ、プラスがマイナスに動いて行き、マイナス支配は強くなる。
影響を与えるとはそういうことである。


物理学会も直に、この「中性子を衝突させて核分裂を導いた」という「外部からの攻撃による破壊」解釈の欠点に気付く。
そこで路線変更。衝突ではなくて原子核が中性子を取りこんだことにした。
ある数の陽子とある数の中性子でバランスが取れていたところに、余分な中性子が入りこんだから、「それまでの安定が崩れて分裂してしまうという内部崩壊的」解釈である。
三角関係の末の離婚を想像する人もいるかもしれないが、陽子と中性子はそれぞれ1つずつというわけではなく、陽子と中性子の数は最初から等しくもないので、夫婦に他人が入りこんだという例えは適さない。
こんな例えはどうだろうか。
1つの学校の女子生徒が陽子。教師が中性子。電子が男子生徒。
女子生徒と男子生徒の数は同じでバランスは取れていた。教師はそれらと同じ数である必要はなく、学校によって数は様々。
その学校に外部から教師が1名さらに加わった。それだけでこの学校は分裂してしまう?
中性子を取りこむと分裂するというのは、実はこれくらい根拠の薄い解釈である。


さらに話をややこしくしているのは自然と人工の違いと、言葉の違い。
自然現象として原子核は放射線を出して別の原子核に変化していくが、これは「核崩壊」と言う。
それを人工的に行えば「核分裂」である。
ただし自然と人工は明確に線引きできない。
いずれにしても陽子と中性子のバランスが崩れて起こると言われているが、人間に与えられた寿命があるように、学校に決められた就学期間があって次のステージに進学したり卒業したりするように、特別に(狭義的には)バランスが崩れなくても崩壊や分裂は起こるとも考えられる。


原子核が中性子を取りこむためには、原子核に在籍していないウロウロしている中性子が存在している必要がいる。
そのウロウロした中性子は核崩壊や核分裂の時の放出されたものである。
分裂時に放出される中性子は「高速」である。何故かと言えば、外部から無理やり引っ張り出されるのではなく、中から外に弾け出るということはそれ相応の運動エネルギーなり位置エネルギーを持っている(持たされている)から。
ここで物理学会には次なる問題が生じた。
そんなエネルギーを持った中性子を、何故に安定している原子核がわざわざ取り込む必要があるのだろうか?ということである。
この問題は難しい。
そこで若干話を摩り替え、エネルギーを持った高速の中性子を取りこむのは大変だけれども、低速の中性子ならば比較的簡単に取り込めるという見解に至った。


爆発力(大きなエネルギー)を獲得するために早急な核連鎖反応が必要な原子爆弾では、当てもなく悠長に原子核が中性子を取り込むのを待っているわけにはいかない。
また放出された中性子には寿命がある。中性子が原子核の外に単体で放出された場合には安定して存在することはできず、半減期はおよそ15分程度とされている。予め中性子を沢山作ってセットしておいたとしても15分で半分になってしまう。
自然の反応をスムーズに進めるために(原子核が放出された中性子を取りこみやすくするために)、人工的に低速化することが必要があると考えた。
高速中性子を減速させるのが減速材で、重水が理想的な減速材であるという理論を組み立てたのは、フランス・パリの研究チーム。
マリ・キュリーの長女の夫フレデリック・キュリーらのチームである。


減速材を検討する時に考慮したのは質量だった。
質量とは物体が含む物質の量。物体の動きにくさと言える。重い物ほど動きにくい。
中性子を減速させるには何か物質にぶつける必要がある。
例えば100ジュールの運動エネルギーを持っていたボールを壁にぶつけたとする。
壁にぶつかった瞬間、ボールが持っていた運動エネルギーは壁に移る。壁が100ジュールの弾性エネルギーを持てば、そのまま壁から物体を押し出すエネルギーとなる。こうしてボールは跳ね返る。
この時もしも壁が弱ければ、100ジュールの運動エネルギーを同じ100ジュールの弾性エネルギーには変えられない。
熱エネルギーとして受け取ってしまったり、壁が動いたり破壊されるための運動エネルギーに変わり、ボールは跳ね返らなくなる。
ボールは壁から再びエネルギーを貰うことが出来ないので、持っていたエネルギーが減ったり消滅する。
ボール側が中性子。ぶつかる相手が質量の大きいものだと中性子は再びエネルギーを貰ってエネルギーが落ちにくい。
質量の小さな中性子のエネルギーを落とすならば同じくらいに質量の小さな相手でなければダメである。
地球上で一番質量の小さな元素は原子番号1の水素。陽子1に電子1で、中性子は持たない。
それに酸素がくっついたのが水である。地球上で一番簡単に手に入れられ保存しておける減速材は水ということになる。
但し普通の水(軽水)は中性子を持っていない。在る所に入りこむより無い所のほうが入りやすいであろうことは誰にでも想像しやすい。
軽水は中性子を吸収してしまう(取りこんでしまう)のではないかと考えた。他の物に取られてしまっては元も子もない。
そこで注目されたのが中性子を持っている水素からなる重水である。
重水素は陽子1、中性子1、電子1。三重水素は陽子1、中性子2、電子1。


原爆には減速材として重水が必要不可欠であるという見解は原爆開発者全ての共通認識となった。
水(軽水)はいつでもどこでも比較的簡単に手に入るものだが、同じ水でも重水となるとそうはいかない。
ヨーロッパにおける重水生産拠点はノルウェーの工場だけだった。
しかも当時すでに戦争が始まっており、軍人は戦火に赴き、侵攻や占領が進行中という状況。迫害や敵味方国籍問題などがあって科学者や技術者らの国家間移動も盛ん。戦時中なので情報戦も激しい。
幸いというか何というか、ノルウェーは当時中立的な立場を取っていた国だった。

ノルスク・ハイドロ(Norsk Hydro ASA)
1905年12月2日、マルクス・ヴァレンベリ (シニア) を初代会長とし、主にパリバの出資でノルウェー水力電気窒素 (Norsk hydro-elektrisk Kvælstofaktieselskab) が設立された。

ヴァレンベリ家はスウェーデンで最も有名な大富豪一族。
1990年にスウェーデンのGNPの3分の1を間接的に支配していると見積もられていた。自分の財団も所有しているがノーベル財団とも繋がりがある。
パリバ銀行は、1863年にビショフスハイム・ゴールドシュミット&Cie銀行と合併したオランダ貯蓄信用銀行が、1872年にロスチャイルド・パリ家とも親密な富豪らが創立したパリ銀行と合併して誕生した銀行。

ノルスク・ハイドロは1934年に、ヴェモルクに、肥料生産の副産物として世界で初めて重水を商業的に生産できる工場を建設した
ノルスク・ハイドロリューカンの工場はヨーロッパで唯一の重水生産拠点であり、第二次世界大戦において連合国が、ドイツの原子爆弾開発に利用されると警戒することになった。


ノルウェーの重水工場から重水をフランスに運び出させたのはマリ・キュリーの長女の夫フレデリック・キュリー。

ドイツのノルウェー侵攻より前の1940年4月9日に、フランスの諜報機関参謀本部第2局が、当時はまだ中立国であったノルウェーのヴェモルクの工場から185 kgの重水を撤去した。工場の管理者であったAubertは、戦争の期間中この重水をフランスに貸し出すことに同意した。フランス人らは重水を秘密裏にオスロとスコットランドのパースを経由してフランスへと運び込んだ。工場は重水の生産能力を持ったまま残された。

この時にこの工場からすでにドイツが重水を大量に仕入れていたという情報を掴んだ。
ドイツという国は第一次世界大戦前から発明や技術的にも脅威的な国と捉えられていたくらいなので、このことがアメリカやイギリスの原爆開発推進への転換に繋がったと考えられる。

連合軍はなお、占領軍がこの工場を利用して兵器開発計画のための重水をさらに生産することを心配していた。
ナチス・ドイツの核兵器開発を阻止するために、重水工場を破壊して重水の供給を絶つことを決定した。テレマルク県のリューカンの滝にある、60MWのヴェモルク水力発電所が攻撃目標となった
1940年から1944年にかけて、ノルウェーの抵抗活動による破壊活動と、連合軍の空襲により、工場の破壊と生産された重水の損失を確実なものとした。これらの作戦は、「グルース」(Grouse、「ライチョウ」)、「フレッシュマン」(Freshman、「新人」)、「ガンナーサイド」(Gunnerside、イングランドの村)とコードネームが付けられ、最終的に1943年初頭に工場を操業停止に追い込んだ。



ロスチャイルド家が重水を押さえれば確実に儲かると睨んだり、純粋にカトリック信仰者であったりカトリックの味方であったならば、工場停止や破壊に追い込まず買い取るという手段だってあったのではないかと思う。
でもそうはしなかった。
天然の放射線研究から人工放射性元素を経ての原爆や核エネルギーへの認識はやはりその程度だったのだろうと思うし、ユダヤとカトリックの連携、巨大化した一族の結束は一枚岩ではなさそうなことが分かる。

ともかくドイツが重水をすでに仕入れていたことが発覚したことで広げた波紋があった。
一部の科学者はこの時に気が付いたはずである。ドイツは減速材として重水に注目したのではないだろうと。
注目したのはエネルギーの大きさとしての水素である。





by yumimi61 | 2018-03-25 14:12