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2018年 03月 26日 ( 1 )

ともかくドイツが重水をすでに仕入れていたことが発覚したことで広げた波紋があった。
一部の科学者はこの時に気が付いたはずである。ドイツは減速材として重水に注目したのではないだろうと。
注目したのはエネルギーの大きさとしての水素である。


水素はこの地球上で一番質量が小さい(軽い)元素であるが、一番安定している元素とも言える。
原子番号が大きくなるほど、重く不安定な元素となる。
天然元素で一番重く不安定なのは原子番号92のウランである。
原子核(核子)の中に陽子と電子という組み合わせがいるわけではなく、陽子は陽子で集まり、その外側に電子が散らばり、原子を形作っている。
同じ大きさの所に92の陽子がぎゅうぎゅうに詰まっているのがウランで、1つの陽子しかないのが水素。2つの陽子がヘリウム。

その陽子たちはみな正(プラス)の電荷を持っている。
陽子と陽子はプラスとなるので反発し合い斥力が大きくなる。すなわち結合力が弱いということなのだ。
ウランは92、プルトニウムは94も陽子がある。
反発し合うもの同士が大勢一緒にいるのだから原子核の状態としては不安定である。

原子核(ウラン)=反発×92
原子核(プルトニウム)=反発×94
原子核(ヘリウム)=反発×2
原子核(水素)=孤立・安定


質量の小さな元素のほうが結合力が大きく、質量の大きな元素は結合力が小さい。
分裂の時に放たれるエネルギーは必要なくなった結合力である。
ウランはもともと結合力が少ないので、分裂しても放たれるエネルギーが少ない。
一方、陽子が1つしかない水素をもし分裂することが出来るならば、これは大きな結合エネルギーが放たれる。
しかしさすがに1つの陽子を分裂させることは不可能かもしれない。そうとなれば注目するのは重水素であったり、2つの陽子を持つヘリウムだったりするのではないか。


私はここでジェームズ・ゴールドスミスの次の逸話を思い出すのだった。
「私は、ユダヤ人に対するときはカトリックである。カトリックに対するときはユダヤ人である」と語った。

彼はユダヤ人を代表するようなユダヤ人である。
しかしながらカトリック教徒であると公言している人物でもある。

普通の人が考えがちなのは、「ユダヤ人に対する時はユダヤ人。カトリックに対する時にはカトリック」だと思う。
多数と違うことを言ったり行ったりすると「空気が読めない(KY)」と総非難されるのが日本社会である。KYが流行語になる国である。裏切り者と村八分的扱いを受けるかもしれない。「ぼっち」を恥だと思う社会である。不満も苦しみも悲しみも呑み込んで大人しく行儀よく一列に並ぶのが誇りの国である。
空気になれ主義、長いものには巻かれろ主義、協調性、絆、ともだち。
最近は国際社会も似たような印象を受けるけれども。
でも同じものが集まっている状態というのは中に反発を相当抱え込んでいて結合力は少ない。
違ったもののほうが実は引き合ってがっしりと結合する。
それは地球上のあらゆるものを形作る元素の特徴なのだ。
ジェームズ・ゴールドスミスの言葉の意図は分からないけれど、私は原子のことが思い浮かべる。
「ユダヤ人に対する時はカトリック、カトリックに対する時はユダヤ人」、この同化しなさは必要以上の反発を避けて自分を守るための術だったのかもしれないと思う。

しかしながらプラスマイナスの強い結合で繋がっていない状態で原子が存在しているという事こそが、私達人間に応用や変化の可能性を与えている。
その流動性は希望なのか失望なのか。



ウラン原子核が存在している場所で中性子が放出されると、ウラン原子核がそれを取りこみ分裂し、分裂時に2~3の中性子を放出。それを他のウラン原子核が取り込み、ねずみ講のように分裂連鎖反応が進む。
これが原爆や原発の原理である。
ウランと言っても何でも良いわけではない。核分裂連鎖反応を起こすのはウラン235。このウラン235は全ウラン中0.7%しか存在しないと言う。
一般的なものはウラン238。
簡単に精錬できず誰もが容易く手に入れられないものの発見は、学問的価値はあったとしても産業的価値は低い。
産業的価値を獲得していないものに対してノーベル賞を授与しだした頃からノーベル賞は変質したんだろうと思う。

最近日本で希少糖が静かなブームであることをご存知だろうか?
なぜ希少糖と名付けられたかと言えば、その総量が糖全体の1%にも満たない微量な糖であるから。種類としてはおよそ50種類程度あるらしい(希少糖は総称)。
「希少糖」は効果云々というよりも絶対量が少ないという事実に基づいた言葉である。
極端に少ないものに対しては「希少価値」というものが生まれやすいのもまた事実。
日本が希少糖を流行らせたいのには訳がある。
1994年、香川大学の何森健らによって、フルクトースをプシコースに変換する酵素、D-タガトース3-エピメラーゼ(DTE)が発見された。これにより希少糖を体系的に生産するシステム(イズモリング)が考案され、大量生産への道が拓かれた。

・2001年からは国際希少糖学会が置かれている。
・香川県では、希少糖産業の基盤形成を促進するため、希少糖の生産や試験研究を行う企業の施設・設備に対して、企業誘致助成制度を活用した手厚い支援(投下固定資産額の30%を助成)を行うこととしている。
・一般社団法人・希少糖普及協会は2017年、11(いい)月10(とう)日を「希少糖の日」に定めた。


フルクトースが希少ではない糖で、プシコースというのが希少糖の1種。希少でない糖を希少糖に変える方法を見つけたという。錬金術での一種ですね。
香川大学を中心に香川県を含む産学官連携での研究によって、希少糖の生産技術が確立され、大量生産できるようになったらしい。
大量生産できたら希少価値が失われてしまい、希少糖ではないと思うのだけれども・・・。まあそれを言ったら「お金(紙幣)」もそうなんだけど。
存在するだけで保有していた希少価値が失われたら、何か他の価値(付加価値)を見つけてそちらを大きくしなければならなくなる。
糖は健康的にも美容的にも目の敵にされやすいものなので付加価値は付けやすいかもしれない。
でもこの場合、希少価値と付加価値がごちゃまぜにされていて、目くらまし戦法のようである。


0.7%しか存在しないウラン235も糖風に言えば「希少ウラン」である。
その「希少ウラン」には核分裂連鎖反応を起こすことが出来るという付加価値も付いていた(付けられた)。
だがどう転んでもウラン238を235に変換することは出来ないので、大量生産への道は拓かれていない。0.7%は0.7%のままである。
それどころかその0.7%のウラン235だけを取り出すことも出来ていないのだ。
ウラン235とウラン238の違いは僅かな質量差のみ(ごく僅かな質量しか持たない中性子3つ分だけ)で化学的性質はまるで同じであるのだから難しい。


ウラン235の生成も精製(分離)も難しくてどうにもならなかった。。
そこで普通に存在するウラン238を用いる方法を考えた。これがプルトニウムに繋がった。

ウラン238(偶数)=陽子92(偶数)+中性子146(偶数)←中性子1
                ↓
ウラン239(奇数)=陽子92(偶数)+中性子147(奇数) 
                ↓
      β崩壊(中性子1が陽子1に変わる)
      (電子と反ニュートリノ放出、エネルギー)※反ニュートリノが検出されたのは1956年
                ↓
ネプツニウム239(奇数)=陽子93(奇数)+中性子146(偶数)
                ↓
      β崩壊(中性子1が陽子1に変わる)
      (電子と反ニュートリノ放出、エネルギー)
                ↓
プルトニウム239(奇数)=陽子94(偶数)+中性子145(奇数)→一部は分裂せずにプルトニウム240となる
                ↓
核分裂(新たな元素2つ、中性子2~3放出、結合エネルギー)



ウラン238が中性子を取りこむと、自然な反応によってプルトニウムが出来るというが、プルトニウムも分離できていないし、プルトニウムに留めておくことも出来ない。
ウラン235の生成や分離という一番手前のハードルはなくなったが、この自然反応を爆弾に利用するというのでは爆弾成功の難易度はさらに上がった感じである。
そのせいか何なのか、そのうち何故か中性子を減速させる減速材は必要ないという方向に転換された。
プルトニウムの場合は、高速中性子でも核分裂するのだという。その理由は十分に説明しきれていない。
分裂のメカニズムはウランとほぼ同じで、遅い中性子ほど核分裂を起こしやすいというのも同じ。だけど何か引き合うものがある中性子があるらしく、高速中性子でも十分にいけるらしい。
戦後はウラン原発にも重水は必要なくなり軽水となった。






by yumimi61 | 2018-03-26 13:10