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2019年 06月 19日 ( 1 )

6月18日

今日は自粛。

昨日の夜に発生した地震。新潟や山形で震度6だったようですが、関東にお住まいの皆さんは地震に気が付きましたか? 

私は気が付きました。揺れで。
テレビは付けていなかったのでテレビの緊急地震速報は見聞きしていません。
最初は本当に一瞬、ミシッと家がきしみました。
地震か気のせいか、それとも外で何かあったのかと迷うくらいな感じで。
でも近所の外飼いの犬が鳴いたので、あっやっぱり地震かもしれないと思いました。
すると再び少し揺れたのです。
揺れが大きくなることも考えて、部屋のドアを一応開けに行きましたが、結局揺れた時間は短時間であり、それ以上大きくなることもありませんでした。
この時点で私はすぐにテレビを付けたと思うのですが、テレビを付ける前だったか、テレビが映るまでの間か、どの時点かはっきりとは覚えていないのですが、スマホで揺れ(地震)があったかどうかを調べていて、揺れが局所的なものではなさそうということを確かめています。
(最初にミシッと揺れた際に、私はスマホで読み物を読んでいたので、たまたまたスマホを手に持っていた)

テレビが付いた時(私が見た時)、民放はまだどこも通常の番組を放送していました。
NHKに合わせるとすでに地震速報に切り替わっていて全面に津波注意報が出ていてアナウンスされていました。

奇しくも1年前の大阪の地震発生日と同じ6月18日でした。


6月18日は、後にリクルート事件と呼ばれることになる一件を朝日新聞がスクープした日でもある。

1988年6月18日、朝日新聞が『川崎市助役へ一億円利益供与疑惑』をスクープ報道し、その後、リクルートにより関連会社リクルート・コスモス(現 コスモスイニシア)社未公開株が、中曽根康弘、竹下登、宮澤喜一、安倍晋太郎、渡辺美智雄など大物政治家に、店頭公開前に譲渡していたことが相次いで発覚する。


新刊JP リクルート事件の「真実」(2009年)より
1988年6月18日 小松秀煕(ひでき)川崎市助役へコスモス未公開株(以下、コスモス株)譲渡の報道がスクープされる
★川崎市の企業誘致責任者だった小松秀煕助役がリクルート関連会社の未公開株を手に入れ、株価が急上昇した公開直後に売却、多額の利益を得たと報道。これに対し、小松助役は違法なことは一切ないとコメント。しかし、報道が「政治家が株に絡み多額の資金を得る」という論点にフォーカスされたことで国民の間には驚きと波紋が広がることになる。
★6月20日 小松秀煕、川崎市助役解職。



Electronic Journal 2010年4月27日(posted by 平野浩) 

●「リクルート事件の発端は川崎市」(EJ第2803号)

 「リクルート事件」という言葉を聞いて、それがとのような事件であったか説明できるでしょうか。
 リクルート社の創業者である江副浩正氏が、系列のリクルート・コスモス社の未公開株を政財界の要人多数に賄賂目的で幅広く譲渡し、それが発覚して多くの関係者が事情聴取されたり、逮捕・起訴され、竹下首相退陣の原因のひとつにもなった戦後最大級の構造汚職疑惑である──詳しい人でもせいぜいこの程度の記憶ではないかと思われます。
 ところで、公開前の株式譲渡というのは違法なのでしょうか。
 はっきりしていることは、公開前の株式譲渡自体は違法ではないということです。これは業界の慣行であり、多くの企業が行っていることであったからです。
 ただし、江副氏の場合、その譲渡先が政治家や官僚、財界人などの多岐・多数にわたっており、賄賂性があるのではないかと疑われたのです。しかし、未公開株の賄賂性を問うのは、極めて困難であり、普通なら検察は動かないものなのです。
 1988年6月18日付の朝日新聞の朝刊、社会面のトップに次の見出しの記事が報道されたのです。のちに、「リクルート事件」として大騒ぎになる最初のニュースであったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  『リクルート』川崎市誘致時 助役が関連株取得
        ──1988年6月18日付の朝日新聞
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 JR川崎駅西口前にかわさきテクノピア地区と呼ばれる再開発地域があります。リクルートは、川崎市から誘致を受けてその地区にインテリジェントビルを建てたのです。記事の内容は、その誘致をした川崎市の小松秀煕助役に対し、リクルートの関連会社リクルートコスモスの未公開株が店頭登録前の1984年12月に譲渡されていたというものであったのです。

 朝日新聞の記事には間違いはなく、確かにリクルート側は、小松助役に対してリクルートコスモスの未公開株3000株が譲渡されていたのです。このコスモス株はその後株式分割され、同助役の保有株は3万株になったのです。小松助役は、この株を1986年10月にリクルートコスモスの株が店頭公開されたときに売却し、約1億2000万円の利益を得ているのです。
 本来未公開株は公開時には値上がりするものであり、まして業績好調のリクルートの関連会社であるリクルートコスモスの未公開株であれば、値上がりは確実なのです。しかし、前述したように、未公開株の譲渡は慣行として行われており、それ自体には違法性はなく、まして賄賂性は考えられなかったのです。

 問題はリクルート側が川崎への進出に当たって、川崎市に対し何かを依頼することがあったかどうかです。これに対して江副氏は、はっきりと「ない」といっているのです。
 ただひとつ疑点があります。リクルートがかわさきテクノピア地区への進出を決めたのは1985年4月のことなのですが、そのときは建物の容積率が300%しかなく、ビルを建てても採算に合わなかったということです。
 しかし、リクルートが契約を結んだ1ヶ月後に、川崎市はこの地区を「特定街区」に決めているのです。特定街区になると、容積率は700%になり、リクルートは20階建てのビルを建てることができたのです。それに小松助役は、企画調整局長としてテクノピア地区の開発を担当していたのです。

 朝日新聞の記事には、リクルート側が小松助役に特定街区の指定を依頼し、その見返りとして値上がり確実な未公開株を割り当てたのではないかと書かれていたのです。これなら賄賂の可能性が出てくるのです。しかし、川崎市としては、企業をテクノピア地区へ誘致するさい、それを特定街区にすることは企業側に話しそれを前提として営業しているはずです。それにその便宜を受けるのはリクルートだけではないのです。

 さらにリクルート側は、小松助役に対し、コスモスの未公開株をファーストファイナンスというリクルートグループの金融会社の融資まで付けて譲渡しているのです。これなら、手持ち資金がなくても未公開株の譲渡を受けられるのです。

 しかし、世の中というものは、濡れ手で粟を掴むような大儲けをした人には厳しいものです。「うまくやりやがったな」と思われてしまうからです。結局、小松助役は解職になったのですが、検察は動かなかったのです。どうしてかというと、譲渡されたのが未公開株で、賄賂性の立証が困難であったからです。

 この件について、田原総一朗氏は、自著『正義の罠』(小学館刊)で次のように書いています。

 朝日新聞の横浜支局が川崎市助役とリクルートとの関係についてのスクープを得た舞台裏について、こう説明している。「朝日新聞の横浜支局が、神奈川県警の捜査二課が川崎市役所の小松助役のサンズイ(汚職)を追及していて、捜査の進展が早そうだ、という確かな情報を掴んだのは、88年4月上旬であった。ただし、二課の動きを察知したのは、朝日新聞だけではなかった。捜査二課に張り付いていれば、掴める動きであった。
 贈賄側がリクルートコスモスだという事実も掴んだ。小松助役の逮捕近し、との感触も県警筋から得ていた。ところが、5月中旬に神奈川県警は捜査を断念した。贈賄側(リクルート)の時効である三年を超えていたことと、譲渡されたのが未公開株で、賄賂性の立証が困難だと判断したのであった。各社は県警の断念で取材を打ち切った。事件にならない素材を追及しても意味がないと考えたのである。だが、朝日新聞の横浜支局だけは、逆に取材体制を強化した。実をいえば、横浜支局でも取材を打ち切ろうという意見が強かったのであるが、デスクの山本博が「取材を続行すべき」だと強硬に主張したのである。
──田原総一朗著、『正義の罠』(小学館刊)     
[ジャーナリズム論/07]





by yumimi61 | 2019-06-19 23:59