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2019年 07月 29日 ( 1 )

プロコン

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騒音とか何か

前回引き続き『涙はロンド』より
 ひそやかさ 私の日本音楽のすべて
 私が日本の音楽を演奏するのは、心から日本の音が好きだからです。
 何の飾り気もない素朴で清楚で折れてしまいそうな音が好きだからです。
 村の祭りに吹く青年たちの笛の音が、大きさも長さも、その上、穴の位置までそれぞれ違う自作の篠笛で吹く、音程の合わない音色がたまらなく好きなのです。


なんと!そうだったのか・・・

 ところがどうでしょう。今や私達の街は、どこも騒音で埋めつくされてしまいました。ガナリ立てる宣伝カー、工事場のパワーシャベル、自動車のヒステリックなクラクション。山に行ってさえ、肩に掛けたラジオでヴォリューム一杯に流行の音楽を流す若者たち。その上、近頃は腕時計にまでベルがつくようになりました。計算器から音楽が鳴りだしたりします。そんな必要があるのでしょうか。見たくない時には目を閉じればすみますが、騒音に対して、いちいち耳を抑えているわけにはいきません。聴きたくない音でも、否応なしに耳に飛び込んできます。まさに現代は音の暴力です。


街の公園では腰に引っ掛けたラジオでヴォリューム一杯に国会中継の音声を流すオジサマ方もいますよ、先生!

 かつて、私たち日本人は、虫の音、風のささやきに耳をそば立てたではありませんか。風流なんて言葉もありました。その耳、その心は、いったいどこに行ってしまったのでしょう。風鈴の音に涼しさを求めるなんて人はいなくなってしまったのでしょうか。


・ご近所のピアノの音、窓を開けて音楽を聴いている子供部屋から外に放たれる音、電動芝刈り機の音、赤ちゃんの泣き声、幼い子供の騒ぎ声、若者が花火に興じる音。
生活の音であり、時にそれは微笑ましい音でもあるが、やっぱり騒音になることも間違いない事実であり、苦情が出たりトラブルになることもある。
ライフスタイルが違えば尚更。

・子供が小学生の時に少年サッカーをやっていて、私は学年リーダーを担当していたことがあった。
上の学年のリーダーに急ぎで連絡をしたほうがよい案件があった。
今はそういう連絡にも携帯電話(LINEやメール)が使われるようになったが、当時はまだファックスや電話が主流だった。
緊急の連絡だったので(そう思ったので)、21時を過ぎていたが私は電話をした。
しかし叱られてしまった。うちには高齢のおばあちゃんがいてもう寝ている時間なので、この時間に電話が鳴るのは迷惑だとはっきり言われたのである。
同学年のメンバーのお母さんたちとは22時でも23時でも電話したりし合っていたので、ついつい私の判断が甘くなってしまった。

・交代勤務をしている知人は、夜勤で昼間寝なければならない時にはインターフォンを切ってしまうと言っていた。
そうでなくても交代勤務者が昼間に十分に睡眠をとるというのは難しいわけだが、やっぱり音で起きてしまうからだということだった。

・そういう私も子供が赤ちゃんの時にはやっと寝付いた子供がインターフォンなんかで起こされないように、インターフォンや電話を切ったことがあった。

・私は風鈴が好きで夏になると買ったりしてしまうが、風鈴もそよかぜの時はいいのだけれど、強風の時にはチリチリチリチリ絶え間なく鳴り続けていて騒音になってしまうので、あまり風が強い時はおろしたりしていた。
紐が切れるレベルや風鈴ごと落っこちるレベルで風が吹く時もありますからね。

・物音や人影に敏感で、来客があったり、道を人が通ったり、インターフォンが押されると、けたたましく鳴く犬。だから犬は番犬などと言われるわけだが、その犬の鳴き声も聞く人が聞けば騒音だろうと思う。
うちの犬は耳が遠くなり、物音に敏感に反応するということがなくなったので、その意味では犬も私も以前よりは平穏に暮らせている。

・今は雷の凄まじい音が轟いている。(18:06)

・メスの蚊が嫌うとされる17kHz付近の高周波数のモスキート音を発生させるモバイルバッテリーがある。
一般的に聴力が落ちてくる30代以降は、その高い周波数が聴こえにくくなると言われている。
私の姪っ子はまだモスキート音が聴こえると言うのだが、私には聴こえなかった・・
聴こえなければどうってことないが(むしろ本当に効果があるのかと疑ってしまうくらいだが)、聴こえる人には苦痛となる音もあるんだろうなぁと思った。


器楽 vs 声楽

1979年に大木先生が群馬大学の音楽専攻の学生を対象に行った講演の中の話。
チンドン屋と呼ばれるたびに
 吹奏楽というのは、今までブラスバンドと呼ばれ方をされ、どうもチンドン屋の親方のように思われてきました。ガチャガチャ、ドンチャカやっているのが吹奏楽であるという風に思っておられる方がいらっしゃいます。吹奏楽というのは、オーケストラと同じように、ひとつの芸術の分野なのです。決してオーケストラの一段下の音楽ではありません。
 この大学に長年おられ、数年前に退官されたA先生という私の先生は、未だに「吹奏楽なんてのはチンドン屋よ」って私に言います。「あなた、なぜ声楽やらないのよ。合唱指導をそろそろ(チンドン屋はもうやめて)やりなさいよ」って、お会いするたびにおっしゃいます。(笑)声楽の優秀な弟子(?)が未だにチンドン屋をやっているのが残念でたまらないという風に(笑)眉を寄せて・・・・。
 しかし、私はA先生が「吹奏楽なんてのは、チンドン屋よ」と言っているうちは、チンドン屋を続けようと決心しています。(笑)「吹奏楽って素晴らしいものね」って言ってくれたら、そのときはやめよう(笑)と、そのくらいに考えています。
 一生、音楽を友として、音楽を生活の糧としている人が、「吹奏楽なんてチンドン屋よ」なんて言っているのは、とても悲しいことですし、寂しいことです。私はここでA先生の悪口を言うつもりはありませんが、そういった先生方が大変多いのは事実です。特に合唱、声楽指導をされている先生方の中に・・・・。
 それは大きな間違いだということを、声に大にして言いたいのです。


・チンドン屋は街中で営利にて宣伝活動を行うグループ。
器楽にしても声楽にしても、職業にして生活の糧にするという意味では「営利」である。
だけどこの講演は教員を目指す教育学部の音楽専攻の学生を対象に行われたもので、当時は兼務だったとはいえ大木先生も教育委員会の指導主事であった。A先生は教員を養成する立場にあったということにある。
音楽の教員も「音楽を生活の糧としている人」と言えるかもしれないが、職場にある音楽自体は営利ではない。
だって音楽を奏でる主役は生徒や学生だから。
同じ声楽を学んだとしても、オペラ歌手と合唱指導する教員では、営利非営利はじめいろいろと異なる点がある。
それと同じでチンドン屋と吹奏楽部指導する教員も違う。
上の話、それがごちゃまぜになっているので、噛み合いそうもない話だと思います(笑)。

・合唱やオペラ歌手はあまり屋外で声張り上げて歌わない。
楽器は結構屋外でも奏でる機会があるが、場合によっては騒音になりかねない。例えどんなに上手なレベルの演奏であっても。
また生徒や学生に限らず合唱は営利であることが少ないような気がする。それに比べたらバンドというのは多くの場合営利である。
なんかその辺りのことと、税金が投入されている国公立の教育者としての立場が、A先生のチンドン屋発言の根底にあるのではないかなぁと思うけれど、単にライバル視かもしれませんね。

・生徒や学生の場合だと、やっぱり運動部の大会の応援に駆り出される(頼まれもしないのに行く!?)ブラスバンドが引っかかる人にとっては引っかかるかもしれないなぁと思う。
そもそもの問題として、本当に応援を目的に行っているのかという点。
応援と称して、そこを自分達の舞台にしているだけではないのかということ。
同じ学校の生徒なんだから一石二鳥だと言えば、まあそうかもしれないけれど。
純粋にスポーツを楽しみたいのに外野が煩すぎるという人だっているかもしれないし、選手ではなくて音楽の方が目立ってしまうかもしれない。
ひとつ間違うと、プレーをしている人の立場をつぶすことにもなりかねない。

・でもそうなってしまう一因に、世の中運動部ばかりが取り上げられてチヤホヤされやすいということがあるからだと思う。
進学だって就職だって運動部のほうが有利になることが多い。
文化部だって頑張っているんだから、もっと注目されたいと思う気持ちも理解できる。
柔軟な心を
 先生というのは、どうしても規則一点張りで「こういう規則があるからいけません」ということになりがちです。常に規則で生徒の要求をはねつけてばかりいるのではなく、時に応じて人間らしさといいますか、血の通った対処の出来る先生になってほしいと思います。
 例えば、この間、吹奏楽コンクールの全国大会へ出発する時、若い体育の先生がとんで来て楽器の積み込みを手伝ってくれたのです。そして出発する時に「ガンバレよ、お前たち全国大会で金賞取ったら、体育は全員5にしてやるぞ」と言って先生を励ましてくれたのです。実際、金賞を取ったら本当に全員5にしてくれたのです。
 そういうのは、教育委員会から言えばいけないことです。だって、体育が下手なのに、吹奏楽が良く出来たからといって(笑)5を、それもそのクラスの吹奏楽部全員にくれるというのはおかしな話で、私は立場上、ほんとは「先生、それはいけない。そんなことをやっては」と体育の先生に指導しなければいけないのでしょうけれど。私は内心「ああ、こういう先生もいるのか」って、逆に感激しているのです。


・上の5の話、私は個人的に結構引いた。
吹奏楽部以外の生徒やその親が知っても引くのでないだろうか。
高校だから当時も絶対評価だったんだろうか。相対評価だったらとんでもないことだと思うから。それに何と言っても公立の高校ですよ。
音楽が5とかいう話ならばまだしも、体育が5って・・・。
でもだからこそやっぱり、世の中の運動部と文化部の扱いの違いという問題や1つ何か秀でたら他の何もかもが良くなってしまって本当にいいのかという問題が根底に横たわっているように強く感じたりもする。

・ちょっと話は逸れるけど、絶対評価ならばその学校の学年やクラスに幾つ5が出てもよいということになる。でも絶対評価にしても相対評価にしても、他校との比較に耐えうる数値ではないので、それが高校受験や大学受験などに使われて、合否に影響するとするならば大いに疑問を感じる。




 
by yumimi61 | 2019-07-29 16:50