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2019年 08月 05日 ( 1 )

コンボ

心を揺さぶるもの

生涯でこれほど感動的な演奏を聴いたことはなかったー
『涙はロンド』の大木先生は、自分が異動することになった時に生徒たちが最後に演奏した『贈る言葉』を、生涯一感動的な演奏だったと書いた。

私も少年サッカーと中学生のサッカーを9年間に亘って沢山観てきた。
高校サッカーも社会人サッカーもJリーグサッカーも国際試合も生で観戦したことがある。テレビでの観戦、あるいはテレビのスポーツニュースなどでやっている得点シーンや感動的なシーンの視聴を含めれば、もっと沢山の試合を観たことがある。
だけど私が、生涯で一番感動した試合は、長男が中学のサッカー部にいた時の中体連の地区予選の1試合である。しかもその時の試合会場は偶然にも自校の校庭だった。

前に書いたことがあるけれど、サッカー界は公式の試合に出場しよう思えば全ての年齢で選手登録が必要であり、クラブチームと中学校の部活チーム両方に登録することはできない。
サッカーの人気が上がり各地にクラブチームが出来ると(Jリーグクラブだけでなくクラブチームは沢山ある)、少年サッカーをやっていた子供の中にはクラブチームに進む子も出てきた。
しかしクラブチームの活動は放課後毎日というわけにはいかない。だから中学の部活にも所属して練習してもいる。(しかし大会出場チームは別であり連携練習などは意味がないし、練習に対するモチベーションも異なる)
長男の少年サッカーの同級生は結構クラブチームに進んだので、上級生が卒業すると中学の部活動のチームは下級生を入れても11人に満たない状態になった(8人)。(クラブチームの子を入れれば、余裕で11人を超える、しかも小学生時代にはチームメイトだった子もいるという複雑さがある)
2年前には県大会で優勝したサッカー部だったのに、数年後には11人にも満たないチームになると誰が思っただろうか。
そういう状況だったので、部長だった長男はじめ生徒達もいろいろ大変なこともあったんだと思う。部活チームは前を向けなかったこともあったんだろう。顧問の先生にひどく叱られ、試合だったにもかかわらず、「生徒たちを全員帰しましたから」と電話をもらったこともあった。(え!?)
でも、それでも最後まで面倒を見てくれると信じていたのに、顧問の先生は長男たちが3年になった春に異動した。(え・・)
新顧問はサッカー経験ゼロ(野球経験あり)の新米教諭と女性教諭。
だからそれ以降は、試合に関しては監督(指導者)がいないようなものだった。
感動的だった試合は、そんな試合の1試合だった。
センターバックの長男が後輩にその位置を任せ、自分が前に上がった。
コーナーキックからのヘディングを狙うのかと思いきや、コーナーキックをした子との息の合ったプレイで足で決めた。
そこからガラリと試合の流れが変わった。そして3年生全員が得点を決めた、普段は決めないような子まで。そしてそして逆転勝利。
あの感動を文章で伝えることはたぶん出来ないと思う。(こちらにも書きました)
でも私は確かに、まさに魔法というか奇跡というか、素晴らしい試合を見せてもらった。
その試合には勝ったが結局地区予選で敗退、県大会(県予選)にも縁のない中学サッカーだった。
だけど私の中では、後にも先にもあれを超える試合はない。


仲間と一緒に・・・・・・・・

投げ過ぎによる故障が心配で(?)県予選の決勝に登板しなかったことが話題になっていたピッチャーのことも高校のことも詳細は全く知らなかったので、今日ちょっと調べてみた。
そしたら県立高校なんですね!

BASEBALLTRIP 佐々木朗希が大船渡を選んだ理由は?大船渡高校の野球成績と特色 2019年1月12日 より

佐々木朗希が大船渡を選んだ理由

佐々木朗希選手は大船渡中学校の時からストレートの球速は健在で、141㎞/hを計測していたようです。
また東北大会では準優勝を果たしています。
この実績には全国の強豪校が黙っておらず、ラブコールがあったようです。
ラブコールに踏み切った高校の中には、2018年には春夏連覇を果たした大阪桐蔭の名前もあったようです。
数々の強豪校からの誘いを断って、地元の大船渡高校へ入学を決めた理由が、
中学の野球が楽しくて。その仲間と一緒に甲子園に行きたい」
とのこと。
マンガみたいな展開で感動的ですね。
また佐々木選手のコメントからは「野球を楽しみたい」という思いが含まれているようにも思えます。
これが野球の本来のあるべき姿のような気がします。 
勝利に対して貪欲になることは当然のことですが、野球を楽しむというスポーツの本質を理解しているコメントですよね。
中学時代の仲間と地元の高校へ進学を決めたということは、大船渡高校は寄せ集めの野球部ではないということが予測できますね。 


大船渡高校の歴代成績は?

大船渡高校が甲子園に出場した経験は春1回、夏1回です!
どちらも1984年のことで、春のセンバツではベスト4まで勝ち上がり、夏の甲子園では初戦敗退を喫しています。
それ以降は甲子園からは遠のいている高校です。
しばらくは予選で1,2回戦敗退から脱出できない状態が続いていました。 
筆者も高校時代(2008~2010年)、よく大船渡高校とは練習試合をしたものですが、良い選手が揃っていて、決して弱いというイメージはありませんでした。
それでもなかなか勝利ができない状態を切り抜けたのは佐々木選手が入学してから。
かなり成績を上げてきています。
2018年秋季大会では岩手県ベスト4にまで上り詰めました。 
佐々木選手の甲子園への挑戦は3年の夏のみです。
最後のチャンスをつかみとってほしいですね。 
※赤文字、太文字、イエローマーカーは元記事によるもの。


バランス

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これが『涙はロンド』の目次である。
第二部の「すべてに王道なし」は、1979年(2回目の金賞を受賞した年)に群馬大学教育学部の音楽専攻の学生に対して行った講演の記録になっている。
29~75ページの46ページ。

第三部は定期演奏会の生徒の原稿。
第四部は生徒の手紙。
よって出版するにあたって書いたのは、第一部のみということですね。
9~29ページの20ページ。

なんと!そうだったのか・・・の
何の飾り気もない素朴で清楚で折れてしまいそうな音が好きだからです。
村の祭りに吹く青年たちの笛の音が、大きさも長さも、その上、穴の位置までそれぞれ違う自作の篠笛で吹く、音程の合わない音色がたまらなく好きなのです。

という発言は、第一部に収められている記述でした。






by yumimi61 | 2019-08-05 17:17