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2019年 09月 09日 ( 1 )

コンシール

時間外労働と自由度

電通事件はどちらも時間外労働の多さによる労働の過酷さが問題視されたわけだが、時間外労働時間についてはあくまでも推定時間となっている。本人より申告されていた時間外労働の時間はもっと少ない。

男性社員の1ヶ月あたりの残業時間は147時間にも及んだとされる
遺族側弁護士の推計によると、1ヶ月の時間外労働は約130時間に達し、過労死ラインといわれる80時間を大幅に越えていた。電通は労使協定で決められた残業時間を越えないよう、勤務時間を過少申告するよう指示していたとみられる

推定時間外労働時間(本人が申告してた時間ではなく実際にはこれくらい残業していただろうと遺族やその弁護士が推定した時間)が130時間や147時間は確かにかなり多いが、これが純粋に時間外労働だけの時間なのか、それとも休日出勤した時間も時間外労働時間としてまとめているのか、そのあたりはこの記述では分からない。
とにかく、もしも製造業の現場作業者がこんなに時間外労働したら、健康を損なうのは必至である。

男性の方は日中は広告勧誘企業や制作会社との連絡や打ち合わせに追われ、企画の起案や作成を時間外に行っていたそうで、会社で徹夜をしたこともあったようだが、この場合には、仮眠や食事など本来は労働時間に含まれない時間が挟まれていると考えられる。
こういう働き方の場合には、外出先で私用を挟んだり、会社に居たが途中抜けして私用を済ませるなどといったことも十分に考えられ、会社にいた時間=労働時間ではないことが多くなる。
営業職など外出が多い職種、社内の福利厚生施設が閉まってしまう時間にも労働している従業員、日常的に深夜まで残業している、あるいは徹夜する従業員などは、上記のような理由でタイムレコーダーだけで労働時間を管理することができないため、みなし労働制の対象にしたり、労働時間や残業時間を申告制にしたりする。
そうなると、仕事をするもしないも、申告するもしないも、本当に本人次第なところがあり、一筋縄ではいかない。

自宅に帰ってこないというのはもっと曖昧で、会社にいたのか、同僚と食事したり飲んでいたのか、趣味や遊びに興じていたのか、恋人の住まいに入り浸っていたのか、いろんな理由が考えられ、全て時間外労働していたとは言い切れない。

時間外労働時間にしても、所定労働時間が実働7時間の会社の従業員が、一般的によくある実働8時間と同じだけ働けば、それだけで1時間残業したことになる。
1ヶ月毎日そうしたとして、1ヶ月の所定労働日が20日ならば、20時間の残業が付くことになる。
もともと就業規則上の条件が良い会社では、そういうことになるのだ。
休日出勤は時間外労働とは通常別にカウントして手当ても変わってくるものだが、事件記事だからとざっくり時間外労働に含めたとすれば、月に4回土曜日に出社して8時間働けば、32時間の労働時間となる。
9時半出社で、8時間勤務(うち1時間残業)して、18時半に退社。その他、月に4回土曜日に出社した。これだけで20時間と32時間で52時間の時間外労働となる。


残業をする理由と健康度

残業が多いという人にもいろいろな人がいて、心身の健康状態も様々である。

①どちらかと言えば好きで残業をしていて、心身ともに健康
 ・残業代目当て
 ・自宅に帰りたくない症候群(帰宅恐怖症、帰宅拒否症)
 ・会社や仲間といるのが好き
 ・とにかく仕事が好き

②どちらかと言えば好きで残業をしているが、心身の状態はあまり良くない
 ・残業代目当て
 ・家に帰りたくない症候群(帰宅恐怖症、帰宅拒否症)
 ・会社や仲間といるのが好き
 ・とにかく仕事が好き

③仕方なく残業をしているが、とりあえず心身は健康
 ・残業代目当て
 ・こなすべき仕事が終わっていない
 ・使命感や責任感に駆られ、且つ時間内に納得した仕事が出来ない
 ・定時退社しにくい(残業する者が非常に多い、性格的に定時退社に気が引けて出来ない)
 ・残業は上司の命令
 ・上司という立場、あるいは管理職であり部下より先に帰るわけにはいかない

④仕方なく残業をしていて、心身の状態もあまり良くない
 ・残業代目当て
 ・こなすべき仕事が終わっていない
 ・使命感や責任感に駆られ、且つ時間内に納得した仕事が出来ない
 ・定時退社しにくい(残業する者が非常に多い、性格的に定時退社に気が引けて出来ない)
 ・残業は上司の命令
 ・上司という立場、あるいは管理職であり部下より先に帰るわけにはいかない
 
従業員の健康管理をする立場から考えれば、指導や調整を一番しやすいのは④、一番しにくいのは①である。
③と②はケースバイケースで、どちらがとは、はっきりと言いにくい。
上司と部下の組み合わせが、①上司&④部下という場合には、様々な面においてリスクが高くなる。①上司&③部下も予備軍である。


問題の本質はどこにあるのか

様々な情報から読み取った印象では、電通の自殺した2人の若い従業員は、残業を好きでやっていたようではない。
入社してまだ1年2年というところであり、何をするにも他の従業員よりも不慣れで手際が悪く時間がかかり時間外にずれこみ、時間外労働が増えたという可能性もなくはない。
特に近年の新入社員は、社会人や会社人としてのあれこれや仕事の基本的なノウハウを教える研修期間・試用期間が長くなる傾向にあるという話も聞く。
身体的な健康には特段異常はなかったようだ。
心の健康度は外部からは計りにくい上、時期によっても違うことが考えられる。さらに亡くなってからの推測はバイアスもかかりやすい。よって何とも言えない。
でも上記の状態に当てはめれば、③か④だったと考えられる。

④という状態にあって、本人あるいは周囲が不調を認識しており、さらに不調の原因が会社にあったならば、然るべき対応を取りさえすれば最悪の事態は避けられた可能性もある。
不調を発見したり相談したり、指導や調整をするといった対応に関しては、やはり大企業の方が進んでいるはずである。
よって認識していながら、その対応を会社が怠ったということになれば、大企業だけに批判されても仕方ない。

③の場合は、残業負荷は大きかったかもしれないが、とりあえず心身の健康は保たれていたとなると、ただちに自殺に至るとは考えにくい。健康な状態から突発的に死んでしまうことまでは予想できない。


懸念されるのは、時間外労働にばかり注目してしまうと、他の問題や真の自殺原因、自殺の引き金になった出来事を覆い隠してしまう恐れがあるということ。
この世の中にはいろんな人がいるから、同等の、あるいはもっと多くの時間外労働をしていても自殺しない人もいる。
そんなのは当たり前だと言うかもしれないが、だとしたら彼らもまた自殺しなかった可能性だってあるということになる。

(注)私は決して時間外労働を無条件に是認しているわけではありません。


命より大切な仕事はありません vs 命より大切な仕事はあります!?

亡くなった高橋まつりさんのお母さんはシンポジウムで「命より大切な仕事はありません」と訴えた。
「命より大切な仕事はあります」と主張したのは、この夏7月の参院選に千葉選挙区から出馬した平塚正幸さん(37歳)。
この方、「NHKから国民を守る党」から出馬したようなのだが、「NHKから国民を守る党をぶっ壊す党」代表らしい。

NHKなんちゃら党はNHKをぶっ壊す党とかなんとかという名称じゃなかったんでしたっけ?
「NHKから国民を守る党」の党派の「NHKから国民を守る党をぶっ壊す党」?
すみません、ちょっと混乱して、意味がよく分からないのですが、どういうことなんでしょうか。

政見放送の経歴放送(ナレーション)では・・・
 千葉県選挙区 NHKから国民を守る党 平塚正幸 37歳
 NHKから国民を守る党をぶっ壊す党代表
 「さゆふらっとまうんど」という名の社会活動家
 YouTuber
 千葉出身

「NHKから国民を守る党」から出馬しておきながら、「NHKから国民を守る党」にも今回は自分にも投票しなくてよいと言っているのですが、ではなんでここから出馬?
また、よく「NHKから国民を守る党」の候補になることが許されましたよね?
スクランブル放送には反対しているようで、「NHKから国民を守る党」に幾つか質問したけれど返答がなかったみたいだけれど、そのお詫びに出馬させてもらったとか?

さゆふらっとまうんどHP ブログ
 命より大切な仕事はあります。
 より部分抜粋

それは自分が生まれてきたことによってこの世に残した未来が、自分が生まれてこなかった未来より、良い社会に変えるという仕事です。
つまり、公益を社会に残すということです。
しかもこれは人間が漏れなく持っている生まれてきた目的であり、責務です。

我々が生まれきた目的は、公益を後世に残すことです。
それは人が生まれきた目的ですから、命と同等またはそれ以上に価値があることなのです。
私の言う「仕事」に命を懸けずして、なぜ人は生まれてきたと言えるのでしょうか?
人は、生まれてきた責任を全うしなければ生きている意味はありません。
生まれてきた目的を果たさずして生まれてきた意味はないのですから、命より大切な仕事はあるのです。

逆に、後世に地獄を受け渡す助けをして死んでいくのなら、「貴方は生まれてこなければよかった」ということになってしまいます。
自分可愛さに目先の楽に甘んじ、命を後世の幸福に受け渡せないのなら、存在は公害ですから「貴方は未来の為に生まれてこなかったほうがよかった」、「貴方が生まれてこなかったほうが未来はよいものになっていた」ということになります。

「命より大切な仕事はない」という言論は、個人を大切にするという言論から個人主義、自分さえ良ければよいという社会風潮へと誘導されています。

確かに、人の命は尊い。
しかし、それは命を正しい方向に擦り減らし、「公益に寄与しなくては、生まれてきた意味、生きている意味などないんだ」、という強さがあって初めてその尊さが生まれます。
命を尊いものにするのも、軽いものにするにも、すべて当人の行動次第です。
何もしない人または、公益とは逆の方向に動く人を、「貴方の命は尊い。生まれてきた意味があった。」ということはありません。
それらの人達に対して公益有る人間等も含めて一律に等しい価値であるはずがないのです。
人は等しくチャンスと教育を受ける権利、人権を持っていますが、本人の行動次第でその人の価値の重みが変わるのは事実としてみるべきです。
本人の行動次第では生きる価値がない人間になることができるのです。

生物の普遍性に沿った人の公益ある行動の一つは、子孫を残すということでしょう。
しかしながら、その生まれた社会環境が、人の善意に沿って形作られた社会設計でなければ、後世の行動が「公益にならないように誘導される」ということになってします。

我々は、我々の為に生まれてきたのではありません。
後世の為に生まれてきたのです。
後世が、自分自身と同一と捉えられるなら、それは自分の為とも言えるでしょう。
命より大切な仕事はあるのです。

死をもってしてでも公益を生み出し、未来への責任を果たす。その自害、自殺を私は悪いことであるとは思っていません。
自分の命は自分の物であり、それをどうゆう形で終わらせるかも当人の自由であるべきだと私は思っています。死んだらそれで終わりです。目の前に自殺しようとしている人がいたら私は止めるでしょう。しかし、本人の意思を一番に尊重すべきだと思います。人はいつか死ぬのです。人は自由なくこの世に生まれてくるのですから、死ぬ自由があっていいのではないかと思っています。自分の意志で生まれてきたのではないのですから、自分の意志で終わりを選んでもいいのではないかということです。



以下、記事の解説 だそうです。


電通の仕事は、公益にはなりませんから、公益有る命より大切な仕事とは言えないでしょう。
電通(時事通信)は、民放マスコミの報道の指揮系統として機能しています。
電通社員の死の原因は複合的なもののはずです。その原因を一つに絞るということは、他の複合的原因の隠れ蓑にする行為です。

なぜ死んだのか?
このたった一つの問題を掘り下げれば、電通の闇だけでなく、社会毒や愚民化政策などから世界構造までもが見えてくるのです。
それらまで掘り下げて考え行動することが、死者を重んじ、今を生きるものができるより意味のある行動です。

このお母さんは娘を無くした悲しみから「命より大切な仕事はない」と言っているのは明らかです。お気持ちはお察しいたします。
しかし、その発言が労働基準法をより企業にとって厳しいものに変えることで、内部留保を抱えている大企業しか営めない「企業のNWO化」の流れを推し進める方向への変化の契機に寄与してしまっていることもまた事実でしょう。

もし私が殺されたら、私の死を当たりにした母親は同じことを思うかもしれません。
しかし、それが「僕の生き方なんだよ。悲しまないで。ごめんね。」
としか言いようがありません。
「何をして生きていくか。」それは当人の意思であったはずなのです。
子を産んだ瞬間に、子の死を見る可能性もまた同時に生まれるのです。
そして同時にその本人が自らの意思をもって歩んでいくこともまた受け入れなければいけません。


私も先日、スティーブ・ジョブズの「死はたぶん、生命の最高の発明。それは生物を進化させる担い手。古いものを取り去り、新しいものを生み出す。」とも言っていたスピーチを紹介し、地球や生命体の持続には死が最大の貢献になるという話を書いた。
その考え方に似ていると言えば似ているが、少なくとも私は「そもそも有機体システムに精神や感情が存在することが最大の謎にあたる」と思っていて、人間は公益を社会に残すよう努めるべきとか良い社会に変えるべきとか、そういう類の話で書いたつもりはない。

高橋まつりさんのお母さんは、「命より大切な仕事はありません」と言いつつも、「自分の命より大切な愛する娘」とも言っている。






by yumimi61 | 2019-09-09 16:09