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2019年 10月 01日 ( 1 )

コンセントレート

古文や英語から識字を考える

前記事に古新聞のブログを取り上げたけれど、ちょっと時代が古いだけでも、文章って読みにくくありませんか?
旧字体を使っていたり、文体や言い回しが現代語とは少し違っていたり、現在は平仮名を当てるのが一般的なものに漢字を当てていたり、横書きが右から左へと読む仕様になっていたりで、文章を読むのが好きでも得意でも読みにくいことには変わりない。
現代文は得意だけど、古文や漢文は超苦手という人もいますよね?

もっと分かりやすい読みにくさは他言語だと思う。例えば私達が義務教育から学んできた英語。
多くの人が中学生や高校生の時には必死で英単語を暗記したと思います。
英単語の試験であるスペリングコンテストなるものもありましたよね?
人生で一番多くの英単語を知っていたのはいつだったろうか。大学生くらいなのかなぁ?
使わないでいると英単語も忘れていく。

英語を耳で聞いて瞬時に答える、英語で話しかけて相手の反応を聞く、いわば英会話というものが日本人は苦手だと言われる。
では読み書きならどうか。義務教育で教えているわけで、確かに誰でも文法などを習い、一定期間文章問題などにも接してきた。
個人差は大きいとはいえ、それなりに英語の文章の意味を理解することが出来るはずである。

読み書きで言えば、圧倒的に書くよりは読む方が得意という人の方が多いだろう。
では英語の長文が読めるのか?
試験などでは英語長文問題もあるから、ある程度の英語の学力があれば読めないということはないはずである。だけど英語のテストがいつどこでも100点ということもあまりないだろう。
もっと言うと、英語長文問題が解けるからといって、英語で書かれた小説を好き好んで読む人はどれ程いるだろうか。(大学入試会場で試験前や休み時間におもむろに英字新聞を広げている学生はいるらしい)←他者への圧力?笑

英語の本を読む時に、分からない単語があったらいちいち辞書で調べたりせずに、飛ばしてそのまま読めば良いなどという指導が行われることがあるが、それはかなり高いレベルで英単語を習得していて、且つ文法も理解していなければならないと思う。
本の中の英単語が5割6割程度しか分からなかったら穴あきだらけになる。
穴あき状態のまま翻訳していっても、何を言っているのか結局よく分からない。
7割8割でもイライラするし、9割でも気になって仕方がなく(分からなかった1割に何か重要なことが秘められていたかも!とか、笑)、5割以下ならば読み進めるのは困難だし苦痛である。
どんなに英語が好きでも、英語の文章がある程度は読めたとしても、長文になればなるほど疲労度は増して読む気力は削がれてくる。
お金を得る仕事などで逃れられないならともかく、それが娯楽であるならば、日本語の本があるのに好んで英語の本を読もうとは思わないだろう。

他言語だと何か特別な感じがしてしまうが、これは母国語でも同様だと思う。
そこでもう一度識字にこだわるが、私達日本人がどのような段階になった時に「英語を識字できる」と言うのか考えてみてほしい。
まさかアルファベットと平仮名の区別が付く段階ではないですよね?
そう考えていくと、どんな言語であっても、小説や新聞を読める、好き好んで小説や新聞を読むという段階の識字がいかに高いかということが分かるのではないだろうか。
それに加えて、’読める’や’読む’が、イコール理解しているではないという現実も存在する。


良い物とたくさん消費される物がイコールとは限らない

長文を読めたり理解できる力は、昔と今で大きく違うのか。
上には多少伸びたけれど、土台部分はほとんど変わらないのだろうか。
とにかく長文が読める人が少なければ、端から小説なんてものが大衆に受け入れられるはずもない。
小説が商売道具・商品であり、商売や経済が消費に支えられるものだとするならば、売れる見込みのない小説を書いても無駄である。

商売で物を売る場合には、基本になる価格設定というものがあるだろうと思う。
廉価で大量に売り捌く、適当な価格で適当な数を売り捌く、売上数の少なさを最初から覚悟の上の高価で勝負する。
消費が多くなるほど価格は下がりやすい。また売る物の数や販売者が多いほど価格は下がりやすい。

長文を読めたり理解できる人が少ないということは、ターゲットとなる消費者が少ないということなので、一番相応しい価格設定は「高価で勝負する」というものであるはずだ。
しかしながら高価で勝負するには付加価値が必要である。
希少である物や高性能な物に付加価値は付く。あとはネームバリューなども付加価値と言えるかもしれない。
一般的に言って、乱発されるものは付加価値や高価には不向きである。
昔の作家は同人誌からスタートすることが多かったが、無料や廉価で提供される同人誌などが存在していて、且つそれがそれなりに質が高かったり、原稿その他を仲間内で無料で読める環境にあったり、読むよりも自分で書くことが好きという消費者が多い場合には、付加価値は乗りにくいだろうと思う。
伊達に書物を読める消費者だけに、ネームバリューだけで売り続けるのも難しいかもしれない。内容や文体の好みもあるだろうし、ネームバリューがあればあったで「な~んだ、つまらない」とか「この程度か」という感想を持たれ、逆にデメリットにも繋がりかねない。
ちょっと前にも書いたけれど、小説家が活字(小説)だけで商売していく(食べていく)のはなかなか大変ということである。


商売として雑誌に向き合うということ

菊池寛は1923年に雑誌『文藝春秋』を創刊し、1926年に文藝春秋社を設立した。
書くという仕事だけでなく、雑誌や本を作って売るという商売を始めたからには、それを軌道に乗せたいと思うだろうし、そうとなればこれまでよりも多くの顧客を獲得したいと思うはずである。より大衆に訴える必要があるのだ。
但し雑誌や出版社が大きくなれば、顧客は直接的な消費者(読者)ではなくて、卸問屋や書店など小売店になってくるが。

芥川龍之介は1927年に35歳で自殺した。
直木五十六は1934年に43歳で結核性脳膜炎により死亡した。
いつだったか私は「直木五十六なんて知らないんだよー。読んだこともないしお勧めしてくれた人もいない。映像寄りの作家だったんですね」と書いたことがあったと思うけれど、芥川は純文学作家であり、直木は大衆文学作家で脚本家や映画監督でもあった。


時代背景としては、1931年~1945年、日本は「15年戦争」と呼ばれる戦争期にあった。
満洲事変、日中戦争(大東亜戦争)、太平洋戦争(第二次世界大戦)は、密接に関わりを持っていて、不可分な戦争であるとの認識に立ち、1つの戦争が15年連続で行われたわけではないがそのように呼ぶことがある。
15年戦争、本を正せば、明治時代に行われた日清戦争と日露戦争で朝鮮半島と中国大陸に権益を獲得したことにある。
権益を獲得すると、それを守るためには更なる権益(領土)が必要であるという都合の良い考えが浮かぶようで、領土欲というか支配欲が拡大していくことになった。
日本が明治時代に行って勝利した戦争は資金物資ともに純粋に自国だけで戦ったとは言い難く、せっかく勝ってもその価値は薄れてしまう。この辺りの事情からアメリカやイギリスとも後々軋轢を生じることになったのであろう。
1931年に満洲事変が勃発、満洲事変自体は数か月で収束するも、大陸への進出を図る日本と中国との間の緊張状態は長く続いた。
各地で衝突を繰り返し、1937年には日中戦争が始まる。1941年には太平洋戦争に突入した。
日本はドイツやイタリアと手を組み、そのドイツが1939年にポーランドに侵攻して第二次世界大戦の火蓋は切られたが、日本はそれより前に中国と戦争をしていた。
戦争期はどちらかと言えば身体能力とか体力などが尊ばれ、趣味や娯楽というものも限られてしまいがちである。


リアリズムの宿

菊池寛は自分が編集長を務める『文藝春秋』に「話の屑籠」という自身のコラム(時評短評)ページを持っていた。下記はその記述から一部抜粋したもの。
そこに芥川賞と直木賞は、亡き友を記念するものではなく、雑誌を盛り上げるものであると正直に述べている。
賞に賞金を出すならば、賞によってその賞金と同額程度は雑誌や本の売上がアップしなければ採算は取れない。
だけどスポンサーに付いてもらえば、必ずしも売上アップしなくても、すぐさま経営が困窮するという事態はなくなる。長い目で見て出版社の名を売り地位を上げて行けばよいのだ。
ではお金を支援するスポンサーのメリットは何かと言えば、相手が作家や出版社ならば、意向に沿った文章を書いてくれることだとか、意向に沿った活動をしてくれることになるだろう。


1934年4月
池谷、佐々木、直木など、親しい連中が、相次いで死んだ。身辺うたゝ荒涼たる思いである。直木を記念するために、社で直木賞金と云うようなものを制定し、大衆文芸の新進作家に贈ろうかと思っている。それと同時に芥川賞金と云うものを制定し、純文芸の新進作家に贈ろうかと思っている。これは、その賞金に依って、亡友を記念すると云う意味よりも、芥川直木を失った本誌の賑やかしに、亡友の名前を使おうと云うのである。もっとも、まだ定まってはいないが。

本号は、直木追悼号であるが、普通四月号は五十銭であるのを六十銭にした。アトの十銭値上げから生ずる利益は、直木のために使おうと思っている。読者各位も、直木のために十銭だけ、香奠を出したと思って頂きたい。彼は(生きている内に、一つ香奠を集めて見ようか。いくら集るだろうか)などと云っていたから、沢山売れれば、地下の彼も喜ぶだろうと思う。



1934年8月
 四月号の直木追悼号は、可なりの成功であった。あつく読者諸君に、お礼を申しあげて置く。之で彼の墓地その他の費用が出来たわけである。


1935年1月
「芥川賞」「直木賞」の事は、別に云った通りだが、あるフランス人の話では、フランスなどには、二百いくつかの文学賞金があるそうである。偉大なる作家の記念賞金を初、出版書店で出している賞金、変っているのでは葡萄酒製造業者が出しているのなどがある。それは、葡萄園や葡萄酒製造の実際などがよく描かれている作品に、贈られているとの事である。「芥川賞」「直木賞」も、金額は少いが、日本に於ける文学賞金の先駆となれば、幸いであると思っている。

 内務省などでも最も健全な日本文学に賞金でも与えることにすれば、思想善導の一助になるだろうと思う。その方が、先日「東京日日」で、一寸報道された計画などよりも、数等勝っていると思う。



1935年2月
芥川賞、直木賞は割合、各方面の歓迎を受けたようで満足である。たゞ、芥川賞の委員が偏していると云う非難をした人がいるが、あれはあれでいゝと思う。芥川賞はある意味では、芥川の遺風をどことなくほのめかすような、少くとも純芸術風な作品に与えられるのが当然である。その方が、所を得ているのである。プロレタリヤ文学の傑作のためには小林多喜二賞と云ったようなものが、創設されてよいのである。


1935年3月
 芥川賞に就て「新潮」のスポット・ライトで僕と同じ意見を述べていてくれたのは、意を強くした。とにかく、芥川賞直木賞は、相当の反響があってうれしかった。金額が少いようだが、年額総計二千円で、「朝日賞」の副賞の金額と、そんなに大差がないのは微々たる文藝春秋社の催しとしては、努めていると見てくれてもいゝと思う。若し、幸いにして、よい作品が見つかったら、授与式は出来るだけ盛大にして、文壇行事の一としたいと思う。


1935年6月
 芥川賞、直木賞の銓衡も近づいて来たが、芥川賞の候補者は、あるようだが、直木賞は甚だ見つけにくいようだ。もし、直木賞がなかったら、今回に限り、それに充てた賞金は、芥川賞の次席者数名に贈ることにするかも知れない。銓衡の方法も、委員以外広く一般の人々にも意見を聴いて、衆評の帰するところへ贈りたいと思っている。


1935年8月
 佐々木、直木、牧の三人の死に依って、大衆文学の分野には、新人の進出すべき大きな間隙が出来たわけであるが、しかしあまり目ぼしい人もいないのは、淋しいことである。







by yumimi61 | 2019-10-01 14:34