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2019年 10月 17日 ( 1 )

渾然

健康道場(療養所)はユートピア

『パンドラの匣』に登場する結核療養所「健康道場」はユートピアなのである。
「理想社会を実現しよう」とする主体的意志のある場所で、理想郷。
人工的で、規則正しく、滞ることがなく、合理的な場所、管理社会。

そこは何のためにあるかと言えば、結核を治すためである。
彼らは俗世間で結核に罹患してしまったのだから、治療するためにはその反対側に置く必要があるという考えのもと、俗世間とは違う社会が提供されている。
結核が治って社会に戻った時に再発しないとも限らないけれど、ここでこの方法で治癒を目指すならば、俗世間と同じでは意味がないのである。

しかし小説の終盤では同化しつつあることが示唆されていた。
典型的な描写は1人の患者仲間だった越後獅子が大月花宵という有名な詩人に戻ってしまったところにある。
独特な治療方針に基づく「健康道場」は非常に好成績を収めていて医学界の注目の的となっていたという記述もあったが、やがて治療成績は落ちていくだろうということを予想させる。


俗世間と同化

小説の中で手紙を書いている主人公・ひばりが健康道場(療養所)に俗世間を持ち込んで同化に向かわせる元凶となったわけだが、ひばりが健康道場(療養所)に入るきっかけとなったのは1945年8月15日の玉音放送であった。

小説のもとになった木村庄助という青年は1943年に自殺しているので、日本が戦争に勝ったか負けたかも知らずに死んでいったのだし、1945年8月15日の玉音放送も知る由が無い。だから当然にそれが入院のきっかけや自殺の動機になったということもありえない。
病苦で自殺したということを素直に信じれば、彼の病気は快方に向かわなかった、ただそれに尽きるということになる。
戦時下では俗世間と療養所を違う場所にするということが不可能で、自然治癒力頼みの療法は成果を上げにくかったんだろうと思う。


小説は戦後の療養所が描かれている。
結末は書いていない。
ひばりや患者仲間が治って退所(退院)していったのか、いっさい分からない。
だけど上にも書いたように、これからは健康道場(療養所)の治療成績は下がっていくと思う。
植物の蔓は伸びることはあっても動くことはない。つまり健康道場(療養所)から場所を移す(退院)ことは想像しにくい。
小説の中のひばりも快方には向かわないはずである。
小説のもとになった青年が自殺したという事実を知っているからこそ、その推測を補強する点はあるが、もしそれを知らずに小説だけが存在したとしても、ひばりに明るい未来が待っているとはとても思えない。
俗世間と療養所は違う場所にすべきなのに同化してしまったからであるし、ひばりにはすでにカオスの気配が色濃く漂っている。


パンドラの匣(箱)

あの日以来、僕は何だか、新造の大きい船にでも乗せられているような気持だ。この船はいったいどこへ行くのか。それは僕にもわからない。未(いまだ)、まるで夢見心地だ。船は、するする岸を離れる。この航路は、世界の誰(だれ)も経験した事のない全く新しい処女航路らしい、という事だけは、おぼろげながら予感できるが、しかし、いまのところ、ただ新しい大きな船の出迎えを受けて、天の潮路のまにまに素直に進んでいるという具合いなのだ。


小説に書かれた「あの日」とは1945年8月15日である。

しかし、君、誤解してはいけない。僕は決して、絶望の末の虚無みたいなものになっているわけではない。船の出帆は、それはどんな性質な出帆であっても、必ず何かしらの幽(かすか)な期待を感じさせるものだ。それは大昔から変りのない人間性の一つだ。
君はギリシャ神話のパンドラの匣(はこ)という物語をご存じだろう。あけてはならぬ匣をあけたばかりに、病苦、悲哀、嫉妬(しっと)、貪慾(どんよく)、猜疑(さいぎ)、陰険(いんけん)、飢餓、憎悪(ぞうお)など、あらゆる不吉の虫が這はい出し、空を覆(おお)ってぶんぶん飛び廻まわり、それ以来、人間は永遠に不幸に悶(も)だえなければならなくなったが、しかし、その匣の隅(すみ)に、けし粒ほどの小さい光る石が残っていて、その石に幽かに「希望」という字が書かれていたという話。

それはもう大昔からきまっているのだ。人間には絶望という事はあり得ない。人間は、しばしば希望にあざむかれるが、しかし、また「絶望」という観念にも同様にあざむかれる事がある。正直に言う事にしよう。人間は不幸のどん底につき落され、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷(いちる)の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。それはもうパンドラの匣以来、オリムポスの神々に依(よ)っても規定せられている事実だ。楽観論やら悲観論やら、肩をそびやかして何やら演説して、ことさらに気勢を示している人たちを岸に残して、僕たちの新時代の船は、一足おさきにするすると進んで行く。何の渋滞も無いのだ。それはまるで植物の蔓(つる)が延びるみたいに、意識を超越した天然の向日性に似ている。



ありとあらゆる災厄があって、これからも不吉な予感に満ちている。
しかしあえてその中に「希望」を置いた太宰治。
その希望は知識や精神性すなわち意識的思考能ではなく、無意識から来るものだとしている。そしてそれは天然の向日性に似ているというのだから、生命の営みのように無意識の中にも秩序が存在するということである。
秩序が存在するということは全くのカオスな状態ではないので、理想に向かって意志や形を作れる可能性が残っているということ。

太宰治はその意志をラストの「さようなら。」と「十二月九日」で表現したのではないだろうか。

ギリシャ神話の「パンドラの匣」にヒントをもらって希望を置いたのではなく、その逆で、太宰は意識的思考能力ではない何か(信仰・感覚・経験・無意識など)から微かな希望を感じ取っていたので、「パンドラの匣」の話を織り交ぜたと考えた方がしっくりくる。






by yumimi61 | 2019-10-17 17:37