人気ブログランキング |

by and by yumimi61.exblog.jp

カレンダー

soft fruit

e0126350_11280336.jpg

🍓最近サプリか何かのCMで桑の実がスーパーフードとやっているんだけど、桑の実って「ドドメ」だよね?
ドドメってスーパーフードだったんだ。
子どもの時にもっと食べておけば良かった。(十分ですよ?)

🍓ブルーベリーは目に良いと言いますね。
目が悪くなった?と言えば政治家のポスターですよね?
以前、某政治家の常掲ポスターが某アナウンサーにちょっと似ていると書いたことがありますが、今貼られている選挙ポスターも某アナウンサーにちょっと似ている。
選挙ポスターは今日までか。

🍓生のラズベリーはスーパーに流通しないソフトフルーツ。(冷凍は売っている)
生のものはスーパーどころか直売所などでも難しい。
熟しやすくてあっという間に柔らかくなってしまうから。
日本では梅雨時期が実がなる時期なのだけれど、木で熟したものは雨にも弱いのです。

🍓チョーヤの梅酒のCMは見たことがありますか?
カウンター越しにバーテンダーと女性客がいて、女性客が「最高の幸せってなんですか?」と訊くCMです。
あれを見るたびに気になるのは、どうやってグラスから梅を取りだしたのかということ。
スプーンも箸も何も置いてはいない・・・ということ指を入れて出した・・・?
しかも会話の時間的にみて、かなり迅速な作業だと思われ・・・
今でしょ!?
全体に流れる雰囲気と、見えてはいないが想像させるシーンの、ギャップがありすぎて、見るたびに困惑する。

🍓そのCMのバーテンダー役は、NHKの『透明なゆりかご』という医療ドラマで、ドラマの舞台だった由比産婦人科の院長先生をやってた俳優さん。
優しい良い先生だったよね。
私がその俳優さんを観たのはそれが初めてだったので、由比先生のイメージが強くて、ユーチューバーのタイガになっていた時には、一瞬引いた。先生・・(笑)

🍓先日インターネット上でIDなどを設定する機会があり、設定を終えた翌日にそれを使った。
さすがに翌日なのでIDもまだ覚えていたが、ちゃんと紙に控えてもあった。
IDを入力したところで、次にパスワードを入れてくださいと出た。
パスワード・・・って?(パスワードはパスワードです!?)
なんとパスワードを設定した覚えがないのだった。
しかし仮パスワードが発行されたことを思い出して、スマホを見ながらそれを打ち込んだ。結果は不一致。
もうひとつこれかなぁというものを打ち込んでみたがそれも不一致。
あんまり次々とパスワードを入れ怪しく思われて使用禁止にでもなったら面倒だと思い、サービスセンターに電話した。
だけどこの段階でも私には「パスワードを設定した」という記憶が全くなかった。
パスワードは当然その電話では教えてもらえない。どうしても思い出せない場合には再設定になるというが、簡単にその場で再設定というわけにもいかないらしい。
そこで私はパスワードを連続して入力しても怪しまれない(使用禁止にならない)回数を聞いて、「頑張ってみます」と電話を切った。

🍓人間はランダムな英数字の文字列を記憶することが得意ではないだろう。
だからパスワードや暗証番号などについつい誕生日や電話番号やペットや子供の名前などを使ってしまうのだ。
そして得意ではないからこそ、同じものを使いまわす。
しかしそれ以上に、人間はランダムな英数字の文字列を作成することが苦手であると思う。
何故かと言えば、人間が有機体だからである。
*有機体*
生命現象をもっている個体、つまり生物。有機体においては各部分が互いに関係をもつとともに全体との間に内面的な必然的連関をもち、単なる部分の寄せ集めではない一つの統一体をつくる。広義には、こうした有機体の本質に類比させて社会・国家・民族をもいう。 〔organism; organic body の訳語〕
必然的連関を持つという特徴のある有機体だからこそ、自分や文字相互に関連のない単なる文字の羅列を作成することに対して、意識的にせよ無意識的にせよ、ある種の抵抗感を抱くのだ。人間の得意分野ではない。

🍓人間はランダムな英数字の文字列を作成することよりは、まだランダムな英数字の文字列を記憶することのほうが受け入れやすい。
それは「このランダムな英数字の文字列は、私のこれのパスワード」というふうに、新たに関連付けを行って記憶するからである。
その時点で「全く無意味な文字列の羅列」ではなく、「私のパスワード」に変わる。
ただ文字列の並び自体は自分とは関係ないものなので、それを記憶できるかどうかは、人それぞれであり、使う頻度などにも影響を受ける。

🍓猫がキーボードの上を歩いたことによって出来た文字列を、それを知らない人間が見ると、とうとうこの人は錯乱してしまったかと思う。というのは一昨晩のNHKのドラマ。

🍓パスワードの記憶のなかった私は、仕方なく記憶にある他で用いているパスワードを入れてみた。
やっぱり不一致だった。
IDの記憶がしっかりあるのにパスワードの記憶が皆無であるということ、これは結構恐ろしかった。まさにその部分だけ綺麗に切り取られたように「無」なのである。
一部分だけ完全に記憶が欠如してしまっている。まるで解離性健忘のようだ。
味覚障害を起こしていたこともあって、今度は記憶にまで及んだのかと思った。

🍓入力をやめ、もう一度設定場面を思い出し、冷静に考えてみた。
私はパスワードの記憶がない、そしてパスワードを設定した記憶もない。でもIDの記憶はある。
・・・・ということはパスワードはIDと同じなのではないか。そう思いついた。
そしてパスワードにIDを入れてみたのだ。
もっともIDとパスワードでは設定可能な最大文字数が違っていた。
私はIDを最大文字数で設定していた。
パスワードの最大文字数はそれよりも少なかったので、IDを入力しても文字数全部は収まらない。
パスワードの最大文字数までしか入力できないということだが、文字数を超えてキーボードを叩いてもエラーが出るわけではない。勝手に入力終了しているだけのこと。
一字一句文字数を数えながら打っていけば気が付くだろうが、覚えているものを空で打っているので気が付かない。
結果、やっぱりIDと同じパスワードで設定されていた(文字数はパスワードのほうが少ない)。

🍓IDやパスワードやメールアドレスなどを設定する時、確認のためにということで同じものを繰り返し入力することが多い。
特に今回は仮パスワードも発行され、それを入力した場面もあった。
結局同じようなことを何回も繰り返すことになるが、それが当然だと思っている自分もいる。
そういう状態のなか、新パスワードを入力してくださいという場面で、私は深く考えずに再びIDを入力したのであろう。
つまり指示をよく読まず確認せずに入力したという私のミスである。
それがエラーにならず、すーっと通ってしまった。
そのような設定場面では入力間違いなどエラーがあれば、次には進めなかったりして作業が終了することはない。
従って設定が終了したということは問題なく作業し終えたものと、こちらも思い込んでしまう。
新パスワードと思って入力したものはなかったのに、設定終了が通知されたので、私自身もそのことに気が付かず、不思議にも思わなかったということなんだろう。
しかもその日はその設定終了後の場面から、新たにIDとパスワードを入力しなおさなくても、直接問題なくログインできたので、尚のこと気が付かなかった。
こうして私からパスワードの記憶が消えてしまっていたというわけである。






# by yumimi61 | 2019-07-21 11:30

コンサル

今日もまだアイドルの恋愛禁止話はお預けです。もったいぶっているわけではありません。大したことを書くつもりはないですので。


家政婦は見た

『コンプラ』に職業紹介事業(人材紹介)と労働者派遣事業(人材派遣)があるということを書いた。
引用したWikipediaの「職業紹介事業」の説明に次のように書かれていた。
民間による職業紹介事業で扱われる職種としては、看護師やマネキン、芸能関係などがある。看護師に限ったものは「ナースバンク」などと称されることがある。また、家政婦に特化した「家政婦紹介所」、マネキンに特化した「マネキン紹介所」、配ぜん人に特化した「配膳人紹介所」(若しくは、サービスクリエーター)などがある。

それで思い出したが『家政婦は見た』というドラマ。
主人公が”大沢家政婦紹介所”で家政婦の仕事を紹介してもらい、そこから展開されるドラマである。
私は2時間ドラマを何回か見たことがあるが(市原悦子さんが亡くなった時の追悼再放送も観た)、家政婦さんたちは”大沢家政婦紹介所”に住み込んでいた。
そして毎朝そこから勤務先のお宅へ出かけるという仕事の仕方であった。
個人宅から家政婦の依頼を受けたり、お金の管理をしているのは”大沢家政婦紹介所”の会長さん。
会長さんが大沢という名字らしいので、会長さんが”大沢家政婦紹介所”の経営者なんだと思う。
家政婦たちは給与を”大沢家政婦紹介所”の会長さんから貰っていた。
つまり、”大沢家政婦紹介所”は、「職業紹介事業」を行っているのではなくて、「労働者派遣事業」を行っているのだなぁと思った。
もしも「職業紹介事業」ならば、雇用関係を結ぶのは家政婦を依頼した御宅と家政婦であって、求職者が住み込み希望ならば住み込み家政婦を求めている御宅が紹介されるべきである。
会社の名称(大沢家政婦紹介所)と事業内容が異なっていて、紛らわしいというか誤解を与えそうだなぁという感想を持った。


ドクターX

紹介所のドラマと言えば医療ドラマの『ドクターX』もそうである。
あれは”神原名医紹介所”という所から大門ドクターが大病院に派遣されて仕事をするというドラマだった。
大門ドクターが「あきらさん」と呼んでいるのが所長の神原晶。所長もあけわりの元ドクター。大門ドクターと紹介所内でよく一緒に麻雀していた人である。
大門ドクターに仕事を探してくるのは、その所長のようだ。
ドラマの最後に決まって病院長に報酬の請求書を突きつけているのも”神原名医紹介所”の所長さん。
ドラマの中で大門ドクターは”神原名医紹介所”にての給料制だと言っていた。麻酔医の城之内ドクターは歩合制と言っていた。

【オープニングのナレーション】
・2016年、白い巨塔の崩壊は留まるところを知らず、命のやり取りをする医療は迷走を極めていた。
有名大学病院がブランド力の強化に奔走し、一方、高いスキルを持つ外科医は高額な金で海外に流出。
医学界はさらなるグローバルな弱肉強食の時代に突入した。
そんな中、どこの組織にも属さないフリーランス、すなわち一匹狼のドクターが現れた。
たとえばこの女。群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、専門医のライセンスと叩き上げのスキルだけが彼女の武器だ。
外科医・大門未知子、またの名をドクターX。

・2017年、崩れかけた白い巨塔は再びその権力を取り戻し、命のやり取りをする医療は本来あるべき姿を完全に見失った。
そんな中、どこの大学医局にも属さないフリーランス、すなわち一匹狼のドクターが現れた。
たとえばこの女。群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、専門医のライセンスと叩き上げのスキルだけが彼女の武器だ。
外科医・大門未知子、またの名をドクターX。


一度でもドラマを観てしまうと、「いやいや、彼女、フリーランスじゃないし」と思ってしまうのだ。
フリーランスとは早い話、個人事業主である。
大門ドクターはそうでなくて、”神原名医紹介所”と雇用関係を結んでいる医師である。
会社名が紹介所という名称ながら、「職業紹介事業」を行っているのではなくて、「労働者派遣事業」を行っている。
『家政婦を見た』と全く同じ様式である。
主人公が紹介所に住み込んでいるのも同じなのか、そこまでは私が観た限りのドラマでは分からなかったが。(城之内ドクターは自分の家に住んでいるぽかった)
とにかくドラマ全体の辻褄が合っておらず、医療ドラマということを考えると看過できない。

日本の医療は診療報酬制度に則っており、多くの国民は医療保険という皆保険の恩恵に与っている。
保険診療と保険外診療を併用することは原則として禁止されており、もし手術を自由診療にするならば入院や他の処置など全体が自由診療となってしまう。
そうなれば患者は莫大な費用がかかる。
そんな需要がこの日本にどれほどあるのか。現実離れしすぎている。
しかも手術が終わった段階で、”神原名医紹介所”の所長が病院長に請求書を提示し、病院長はたった今報酬額を知ったかのように驚いているが、事前に報酬や責任などの契約を結ばずに生命に関わる手術を外部に委託したなんてありえない。
多額の報酬を外部業者に払っておいて、患者は健康保険での診療を希望していたので既定の診療代しか病院に入ってこないとなれば、病院はたちまち経営危機に陥ってしまう。

医療行為というのは本来は委任契約に該当し、真摯に確実に行為を遂行することに努めるものの、結果に対して責任を取る必要はないのである。
だから成功報酬として上乗せするなんてことは出来ない。
手術をしても、手術が成功しても、患者が死亡することはある。
そもそも永遠の命などないのだから、いつかは皆死んでしまうわけだけれども。
死んだら幾ら、1年生きたら幾ら、5年生きたら幾ら、そういうものはなく、手術という仕事に対して費用が発生するだけなのだ。
もし成功報酬を上乗せしているとするならば、手術時の成功がゴールではないのに、5年どころか1年も待たずに、手術だけを絶対的な価値として多額の報酬をせしめる”名医紹介所”や、それに応じる病院は医療や健康をなんだと思っているのだと言いたい。

大門ドクターが派遣事業所である”神原名医紹介所”から派遣されたドクターだとすると、雇用契約は”神原名医紹介所”との間にあり、給料もそこからもらうわけだが、派遣先の指揮命令には従わなければならない。
従って「いたしません」とか好き勝手なことを言ってる場合じゃないのだった。
病院の指揮命令に従わない派遣労働者なんてすぐにクビだろうと思う。
ドラマではそうなっていないところがおかしい。病院はよっぽど”神原名医紹介所”に弱みを握られているのか・・という怖さしかない。


企業の働かせ方、労働者の働き方の選択肢

私は看護師・保健師・第1種衛生管理者の資格を持っているので、企業の安全衛生管理業務や健康管理業務を行うことが可能である。

e0126350_18465858.jpg

看護師・保健師ではなくて、看護婦・保健婦時代です。すみません・・


e0126350_18480288.jpg


そこで一つの例をあげてみたい。
例えば、B社という従業員が300名の会社があったとする。

労働安全衛生法にて、労働者の健康障害や労働災害を防止するために、全ての会社に健康診断が義務付けられ、50名以上の労働者がいる職場では産業医と衛生管理者を選任し、衛生委員会や(業種によっては)安全委員会を設置することが義務付けられている。
従って300名の労働者がいれば、産業医や衛生管理者が選任されていて、安全衛生委員会などが行われているはずである。

B社にはそれらとは別に健康管理室(保健室)があるものの、今現在そこには誰もスタッフが常駐していない状態である。
企業の健康管理室(保健室)は法的に設置義務があるものではないので、誰も居なくても構わないと言えば構わない。
応急処置や健康相談などが必要な場合には衛生管理者などがその都度出向いて行ってもよいし、産業医が来社した時に使ってもらうということもできる。
だけど部屋を作ったくらいなので、本来は専門スタッフがいたほうが望ましい(とB社の経営者は考えている)。

この時に経営者が採れる方法。
 1.自社で看護師や保健師を採用(雇用)する。
 2.派遣会社から看護師や保健師の資格を持つ人材を派遣してもらう。
 3.従業員に対する健康管理・応急処置・健康相談業務を、外部の業者に業務委託する。
 4.看護師や保健師と委任契約を結ぶ。


この時にもし私が個人事業主(フリーランス)として働くことを希望するならば、選択肢は4しかない。
私はB社の健康管理室にスタッフが不在であるということを聞きつけて、B社に委任契約を売り込みに行く。
それで話がまとまれば、委任契約を結ぶことになる。
契約締結後には、私はB社と契約した日数・時間だけ出社し、健康管理・応急処置・健康相談業務を行う。
B社と雇用関係にあるわけではないので、B社に指揮命令されて日々の業務をこなすわけではない。
任された仕事を自分の判断と力量で淡々と行えばよいのである。
委任契約なので結果や質に対する責任はない。従業員の健康が格段にアップしたなどいう成果(結果)を出す必要は別にない。
報酬は、単に1ヵ月幾らと設定することも出来るし、基本料+相談1件幾ら+応急処置1件幾らなどと細かく設定することも可能である。

しかし前述したように、そもそも個人事業主とは取引(契約)はしないという会社もあり、私は断られる可能性もある。

私が会社を個人経営していたらば、個人事業主ではないので話がまとまるかもしれないし、個人経営では心許ないと断られるかもしれない。


上にも書いたが会社は従業員に健康診断を受けさせることが義務付けられている。
そして労働安全衛生法に基づく各種健康診断の結果報告書を労働基準監督署に提出しなければならない。
また労働災害(通勤災害含む)が発生した場合にも報告義務があるし、労災保険の手続きなどもある。
そうした法律で義務付けられている健康診断業務や報告書の作成などは請負契約や業務委託契約の範囲になってしまうので、委任契約だけでは出来ない。
もしも私に請負契約の範囲の仕事をする意思があっても、個人事業主(フリーランス)では受けることが出来ないのだ。
2人以上の会社組織ではないと請負契約(業務委託契約)は結べない。

さらに言えば、もし私が会社を経営していてB社の健康診断業務や報告書の作成などを請け負ったとしても、私の会社が自社で健康診断を提供できなければ、結局のところ健康診断自体は外部の業者に依頼することになり、二重の請負(業務委託)になってしまう。
 ×会社⇒外部業者(健康診断業務や報告書の作成などを請け負い)⇒外部業者(健康診断の実施を請け負い)

しかし会社に雇用された従業員として、あるいは会社に派遣されている派遣労働者として健康診断業務を担当し、自分で計画し外部業者の選定と打ち合わせを行って請負契約を結ぶという形態ならば、健康診断の実施は外部業者が行っても、二重の請負(業務委託)契約にはならない。
 〇会社(雇用関係にある者が健康診断業務や報告書の作成)⇒外部業者(健康診断の実施を請け負い)

大企業ならば社内診療所に医療スタッフを雇用していて健康診断が社内で出来るという所もあるくらいである。
 〇会社(雇用関係にある者が健康診断業務や報告書の作成)⇒会社(社内診療所で健康診断を実施)

このように会社(会社と雇用関係にある者)が行う必要がある業務も存在する。




... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)
# by yumimi61 | 2019-07-19 15:58

サブコン

前回、闇営業問題に関連して会社と労働者の雇用契約などについて書き、今回はアイドルの恋愛禁止について書く予定だったが、その前に業務委託についても書いておこうと思う。

請負契約について

↓これは前回私が書いたもの。

職業紹介事業(人材紹介)と労働者派遣事業(人材派遣)の大きな違いは、登録した人(人材)が誰と雇用契約を結ぶかなのである。
例えばだけど、吉本興業が有料職業紹介事業(人材紹介)を行っていて、芸人がテレビの仕事を紹介され、それが決定すれば、雇用契約(労働契約)を結ぶのはテレビ局と芸人である。芸人は吉本興業に紹介料というか登録料の規定料金を支払う。
もし吉本興業が労働者派遣事業(人材派遣)を行っているならば、芸人がテレビの仕事をすることになったとしても、雇用契約(派遣契約・労働契約)はあくまでも吉本興業と芸人の間にあり、仕事をした芸人は吉本興業から報酬(給料)を貰う。



その他に、「請負契約」という形態もある。
テレビ局で例えるなら、テレビ局がドラマやアニメやドキュメンタリーを放送したいと思った時に、その制作を自社にて自社スタッフを使って行うのではなく、外部の会社にそっくりお任せすることである。

 テレビ局(制作依頼)⇒A制作会社(受注して制作)

この場合、テレビ局とA制作会社は雇用契約にあるのではない。
両者は原則的に対等な立場にあり、ビジネスのやり取りを行う。業務内容・費用・納期などを取り決め(契約)した上で受注側は業務を進めていく。
これを民法上の「請負契約」と言う。
当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

つまり次の2要素がある契約が「請負契約」であり、例えば期日まで完成しなかった場合や仕事に大きな欠陥が見つかった場合には、違約金や賠償金などペナルティが課せられる。
①受注側は約束の仕事を期日までに完成しなければならない。
②発注側は完成した仕事に対して報酬を支払わなけれならない。

この「請負契約」の場合には、その労働に従事する者は、請け負った側と雇用契約(労働契約)を結ばなければならないことになっている。

 テレビ局(制作依頼)⇒A制作会社(受注して制作)
              ×テレビ局と雇用関係にある者
              〇A制作会社と雇用関係にある者

上記のようにA制作会社が「請負契約」として受注した仕事の場合、本来はテレビ局と雇用関係にある者(テレビ局の雇用主の指揮命令を受ける立場にある者)が従事してはいけないのである。
従事するならばA制作会社と雇用契約を結び、A制作会社の雇用主の指揮命令を受ける必要がある。雇用関係にあれば、労働者の給料(報酬・労働対価)はその雇用主から出される。
発注側のテレビ局が請負会社であるA制作会社の労働(労働者)に直接指揮命令している場合は、偽装請負と判断されることになる。
テレビ局がA制作会社と派遣契約を結び、テレビ局が雇用する労働者を派遣労働者としてA制作会社に送りこむのであれば問題はクリアされる。


委任契約について

「請負契約」は完成品に対しての責任が発生するが、「委任契約」にはその責任がない。

民法上の(準)委託契約
受注した業務に関して、「行為の遂行」を目指した契約。

請け負った業務を真摯に確実に遂行すれば、その役割を果たしたことになる。
質や結果には責任を持つ必要はない。

分かりやすいところで言えば、どこかの商店や会社が会計業務を税理士や会計士に依頼する、これが委任契約にあたる。
請け負った税理士や会計士が、日々の売上、仕入れの記録や管理、会計帳簿の作成、監査、税務業務や相談など、その商店や会社の資金管理を行う。
(「税務書類の作成」「申告書の作成」「財務諸表監査」など法的義務に基づく納期のある完成品が必要な場合には請負契約となる)
税理士や会計士が相談に乗ったりアドバイスすることはあるだろうけれども、その商店の経営や財務状況(利益など)に対しては責任を持たない。
赤字の会社の会計業務を請け負ったからと言って、黒字化する責任はない。
顧客が出来なかったり苦手だったり、人手不足でそこまで手が回らなかったりすることを、代行するだけのことである。
税理士や会計士が個人事業主であろうと、どこかの税理士事務所や会計事務所の従業員であろうと、税理士や会計士が依頼側の商店などと雇用契約を結ぶわけではないので、依頼者の指揮命令を受けて労働するのではない。
依頼した側は代行してもらった仕事に対しての報酬を個人税理士・会計士なり事務所に支払う必要がある。
税理士事務所や会計事務所の税理士・会計士ならば、あくまでも事務所の仕事の一環ということになり、事務所から給与をもらう。


業務委託契約について

一般的には「業務請負契約」という名称のほうが馴染みがあるかもしれない。
ただ日本の法律では「業務委託契約」という契約は規定されていない。
「業務委託契約」は、「請負契約」や「委任契約」の2つを根拠にしていると捉えられている。
異なる契約を根拠にしていることからも分かるように、これこれこういうものが業務委託契約だという決まりがない。
業務委託と受託する当事者同士が責任の所在含め事細かに取り決めを行う契約を「業務委託契約」と呼ぶ。

但しこの場合も、業務委託した側が、受託先でその仕事に従事している労働者を直接指揮命令してはいけない。
請負契約と同じで、その仕事に従事する労働者は受託業者と雇用契約を結んでいる者である必要がある。

こんな例はいかがでしょうか。

 テレビ局がニュース番組制作(司会進行を業務委託)⇒芸能事務所(受託)

この場合、芸能事務所と雇用関係にある者がそのニュース番組の司会進行者となる。
事前にテレビ局と芸能事務所との間で、期間や報酬や責任など様々な取り決めを行う(業務委託契約)。
この契約の中では、司会進行者に対して、請け負った司会進行業務含め労働の指揮命令ができるのは芸能事務所であってテレビ局ではない。テレビ局が行うと違法となる。
だけど実際のところ1つの番組は司会進行だけで成立するものではなく、番組制作に携わる労働者の指揮系統が違うというのは非常に難しいというかなんというか、現実味がない。
非常に非効率的だし、同じことをするのに管理者が余分に必要になり、結局コストも余計にかかることにもなる。
つまりそうやって制作している番組は違法臭い。

テレビ局と芸能事務所が派遣契約を結び、司会進行者が派遣労働者としてテレビ局に送りこまれるならば、テレビ局の指揮命令下で司会進行業務を行うことが出来る。
但しこの場合も司会進行者は芸能事務所と雇用契約を結んでいる必要があり、司会進行者に対しての報酬(給与)は芸能事務所から出る。
労働者を必要とする会社と労働者の間に入る派遣会社(この場合なら芸能事務所)は、当然手数料を取る。
テレビ局と派遣会社で取り決めた報酬がそのまま労働者の給与になるわけではない。
労働者がどういう形態で幾ら給与(報酬)が貰えるのかは、派遣会社とそこに雇用された労働者の雇用契約による。


偽装請負

「請負契約」や「業務委託契約」において、次のようなことが行われている場合は、偽装請負で違法である。

①業務を依頼(発注)した会社が、その業務やその業務に携わる労働者に対して、指揮命令しているケース

②業務を請け負ったはずの会社が形式的な責任者を置いているだけで、実際に業務をこなしているのは発注側の会社

③業務を請け負った会社がその業務を行う労働者に個人事業主を選んだり、発注側の会社とその個人事業主とで契約を結ばせるもの。

例⇒上に書いたテレビ局のニュース番組の司会進行を芸能事務所が業務委託した場合に、司会進行者として送りこまれた人物が個人事業主ではダメということ。芸能事務所と雇用契約を結んでいる者でなければならない。
それならば、直接その人物(個人事業主)とテレビ局とで「請負契約」や「業務委託契約」を結ばせればよいと思いがちだが、これもダメである(一人請負の禁止)。

④請負会社が複数介在する契約

例⇒テレビ局のニュース番組の司会進行を芸能事務所が業務委託したが、今度はその芸能事務所が請け負った業務をフリーアナウンサー事務所にさらに業務委託し、フリーアナウンサー事務所からテレビ局に司会進行者がやってくるというようなこと。
発注したテレビ局にしたら契約した会社以外から司会進行者がやってくるわけだから契約違反であるし、その司会進行者の使用者(雇用主)が誰なのか分からない状態となってしまうので、これもダメである。
フリーアナウンサー事務所がマネージメント会社で、フリーアナウンサーは個人事業主なんて場合には③にも該当し、さらにダメである。




... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)
# by yumimi61 | 2019-07-18 17:06

コンプラ

恋愛禁止は本当なのか?

アイドルや芸能事務所には恋愛禁止の掟(約束事)があるという話を一度くらい聞いたことがあるのではないだろうか。
実際にそのようなことがマネージメントサービスを提供する会社(芸能事務所など)をはじめとして、レコード会社、広告代理店(ひいては広告を依頼する企業)、テレビ局などの契約に盛り込まれているのかどうなのかまでは知らない。

闇営業問題に関連して吉本興業が芸人と契約を交わしていないということが言われていたが、恋愛禁止もそれと同じで単なる口約束なのか、慣例を誰かが勝手に押し付けているだけのか、それとも世間一般の雰囲気というか思い込みというか、かくあるべしという願望に過ぎないのか、よく分からないところでもある。


仕事ではないのでは?

ついでなのでアイドルを置いておいて吉本興業の話をすれば、吉本興業がマネージメントサービスを提供するだけのマネージメント会社ならばマネージメント契約を結ぶべきだし、そうでなくて芸人を従業員として考えているならば正規であっても非正規であっても雇用契約を結んで労働基準法に則るべきである。派遣会社という位置づけならば派遣契約を結ぶ必要がある。
給料・報酬の多い少ないが問題なのではなく(契約によっては最低賃金が保障されなければならないが、そうでない契約も可能である)、有耶無耶にしていることが問題。
サービスを提供する側は規定料金を支払ってもらう必要がある。
要するに吉本興業がマネージメントサービスを芸人に提供しているならば、その対価を芸人に支払ってもらわなければならないのだ。お金を支払う側は会社側ではなくて芸人の方である。芸人が仕事で得た報酬でそのマネージメントサービス料を相殺するということはできる。


某芸人さんが反社会的勢力のパーティー?会合?お誕生会だっけ?に出席して歌を歌ったと報道されていたけれど、歌手でもない芸人(本職は漫才師?)が歌を歌っている段階で仕事じゃないじゃん、と私は思いました。出席者によるカラオケ大会?JASRACも調査したほうがいいんじゃないですか?
パーティーでも結婚式でも誕生会でもよいけれど、仕事として受けるならば仕事の内容を明らかにして依頼されるのが普通だと思う。司会をやってほしいとか、余興に漫才を披露してほしいとか、歌を何曲歌ってほしいなどと依頼されるのが一般的ではないだろうか。
そして仕事ならば、いつどこで行われて、どれほどの時間を拘束されて、その対価が幾らなのか、出席者はどのような人なのかということは当然気にするはずである。
会社の上司にでも「ともかく行ってくれ」と命令される下っ端従業員ならばともかく個人事業主ならば、それはそれは気にする必要があることのはずだ。
でももしそれが友人の主催するパーティーや結婚式だったならば対価を期待したり要求したりはしないであろうし(相手が気を使って御心づけを下さることはあるだろうけれども)、出席者が誰かなんてことも詮索する必要もない(出席者は友人の関係者なはずだから)。
どのようなことを行ったらよいか打ち合わせくらいするかもしれないが。
こう考えていくと、報道されている内容の出来事を仕事と位置付けることに無理があるような気もしてくるけれど、いかがでしょうか。

友達とか、友達の友達とか、知り合いとか、そういう個人的なお付き合いの一環であり、動いたお金は労働の対価(規定料金)ではなく、御心づけであったと捉えられる。従って仕事上の関係よりも一層親しさを感じてしまうのである。


御心付け文化とチップシステム

日本では御心付けという風習がある。
結婚式やお葬式の時、旅館や料亭やレストランを利用した時、引っ越しを依頼した時、バスをチャーターした時など、規定料金を支払うのとは別にスタッフ個人にお礼や感謝の気持ちとして「御心付け」という金銭を渡すというもの。
外国のチップに似ているが、金額は日本の「御心付け」のほうが一般的には高額である。
現代では既定の料金にサービス料として盛り込まれていることが多いのでだいぶ廃れてきてはいるが、結婚式やお葬式の御心付けは根強く残っている。また舞妓さんに心付けを渡す場合があるように一部界隈(芸能の世界)などでも根強く存在しているのではないだろうか。
それと御心付けとは言わずチップと言っているだろうけれど、クラブ(銀座のクラブとかホストクラブとかキャバクラとかのクラブ)でもそうした慣習がある。これなんか下心と捉えられてもおかしくはない。
本来、サービス料金が規定料金に含まれている場合には、その上に御心付けやチップを渡す必要は全くないそうである。
ともかく、そうして個人に渡った金銭は、個人が懐に入れるケースもあるし、会社が回収するケースもあるらしい。

労働の対価なのか、個人的な金銭のやり取りなのかによって、税金の扱いも変わってくる。
1000円以下程度の金額ならばともかく、万単位になってくると、収入に影響してくる。
会社から貰っている給与の他に、会社の仕事をしたにもかかわらず個人的に貰っている心付けが結構あって、それを申告していないとすれば社会制度的な問題になってくる。社会保障にも関係する。
脱税と捉えられても仕方がないし、渡した人は脱税の手助けをしていることにもなってしまう。
上記の反社会的勢力のパーティーではないけれども、もし御心付けが1年間で110万円を超えてくるような場合には、個人的なやり取りだとしても贈与税が関わってくるので、やはり未申告ならば違法となる。

外国のチップは労働賃金の一部として給与システムに組み込まれているそうだ。つまり個人のチップ収入を雇用主に報告しなければならない。
顧客と直に応対しチップを多く受け取る機会が多い部署で働く従業員は、その分だけ給料が最初から低く設定されていて、チップがなければ生活にも響く。
だからサボらず腐らず相手が気持ちよくチップを弾んでくれるように頑張って仕事をしなければならないということである。
チップをもらう機会の少ない部署ではその分だけ給与は高めに設定されている。


職業紹介事業(人材紹介)か、労働者派遣事業(人材派遣)か

上に私は、吉本興業が派遣事業という扱いならば派遣契約を結ぶ必要があると書いたが、芸能事務所は職業紹介事業であるとも言われることもある。しかしながらこの辺りも曖昧になっていると思う。

職業紹介事業とは
就職・転職・日雇いアルバイトやパートの仲介を行う事業の、行政における呼称である。一般的には「人材紹介」と呼ばれている。隣接する事業に、労働者派遣事業がある。

主に、各種技術系エンジニア・研究者や経営全般、法務、財務など社業のマネジメント(社業一切を任せる社長の例もある)といった職種に利用されており、これらは、初期から、民間による職業紹介事業で扱われている。「人材バンク」や「転職エージェント」などと呼ぶ場合、この分野の職業紹介事業を指すことが多い。

上記の技術系や経営管理系以外の職種で、民間による職業紹介事業で扱われる職種としては、看護師やマネキン、芸能関係などがある。看護師に限ったものは「ナースバンク」などと称されることがある。また、家政婦に特化した「家政婦紹介所」、マネキンに特化した「マネキン紹介所」、配ぜん人に特化した「配膳人紹介所」(若しくは、サービスクリエーター)などがある。
芸能プロダクションにおいては、モデル部門のみ、またはその部門を併設しているところでは、有料職業紹介事業所にあたるが、芸能人(俳優、タレント、歌手、声優)などは、個人事業者であっても労働基準法における労働者には該当せず、労働時間規制など、労働法制上の多くの保護は受けられない。しかし、芸能人が未成年者である場合、児童福祉法の保護法制の対象となる。

技術系でも、医療関連の職業紹介については、製薬メーカーの医薬情報担当者を除き、規制緩和まで許認可が下りなかったこともあり、扱っている業者は極めて少ない。
また、いわゆる現業・技能系のブルーカラー職種についても、医療関連同様に規制緩和が遅かったため、扱っている業者は極めて少ない。


職業紹介事業(人材紹介)と労働者派遣事業(人材派遣)の大きな違いは、登録した人(人材)が誰と雇用契約を結ぶかなのである。
e0126350_18240085.jpg
図の出典:奥山労務行政事務所

例えばだけど、吉本興業が有料職業紹介事業(人材紹介)を行っていて、芸人がテレビの仕事を紹介され、それが決定すれば、雇用契約(労働契約)を結ぶのはテレビ局と芸人である。芸人は吉本興業に紹介料というか登録料の規定料金を支払う。
もし吉本興業が労働者派遣事業(人材派遣)を行っているならば、芸人がテレビの仕事をすることになったとしても、雇用契約(派遣契約・労働契約)はあくまでも吉本興業と芸人の間にあり、仕事をした芸人は吉本興業から報酬(給料)を貰う。


雇用契約と副業と個人事業主

雇用契約(労働契約)を結び、その契約が有効であるうちに、そことは違う所で仕事をすれば副業ということになる。
副業をしてよいかどうかは雇用契約による。
副業が認められている場合で、副業も雇用契約による給与収入だった場合には金額に関わらず確定申告が必要となる。
それ以外の副業での所得の場合は年間20万以上で確定申告が必要となる。

個人事業者は個人で成立するものなので雇用契約はない。
芸人が個人事業主で、個人的に仕事を獲得して行ったならば、その仕事に関する責任は全て自分が負うべきもので、吉本興業は関係ないということになる。

社会的信頼があるのは個人事業主よりも法人(会社含む)である。それは融資などを考えても分かること。
個人事業主は開業届を出せば誰でもなれる。出さなくても給与所得ではなく事業所得があれば個人事業主となる。
会社や法人はそれだけでは済まない(規模は問わない。零細企業でも個人経営でも会社であり法人である)。
企業によっては個人事業者とは取引をしないと決めているところもあるくらいに社会的信用度は違ってくる。


企業コンプライアンス

近年コンプラことコンプライアンスが非常に重視されているが、コンプライアンスとは企業コンプライアンスのことである。

企業コンプライアンス(regulatory compliance)とは、コーポレートガバナンスの基本原理の一つで、一般に企業の「法令遵守」または「倫理法令遵守」を意味する概念。ビジネスコンプライアンスという場合もある。
企業倫理(経営倫理)や企業の社会的責任(CSR、corporate social responsibility の略)と密接に関連する概念である。

このコンプライアンスに違反することをコンプライアンス違反と呼び、コンプライアンス違反をした企業は、損害賠償訴訟(取締役の責任については株主代表訴訟)などによる法的責任や、信用失墜により売上低下などの社会的責任を負わなければならない。
2000年代半ばには「コンプライアンス」を「社会的要請への適応」と捉えるフルセット・コンプライアンス論が登場した。


社会的責任を全うするためのものということもあるが、一方では、企業が自らを守っていくためのプロテクターのようなものとも言える。
コンプライアンスが重視されるということは、社会の危険度は増しているということだろう。

では企業とは何かということを言えば、株式会社などの会社はもちろんのこと、家族経営や個人経営などの零細企業、個人事業主も全て企業に含まれる。
 企業>法人>会社>個人事業主

一般的に規模の大きな会社や公的な法人ほど社会的信用も高いであろうから、それを損なった時の信用失墜度や責任も大きくなってくる。作用反作用の原理。
但し規模の大きな会社や公的な法人ほど体力がある。
信用失墜度や責任が大きくても、ある程度の回復力も持っており、再起も可能である。従業員個人ではなくて会社や法人の話である。
個人事業者の場合、もともとの信用度がそれほど高くないので、失うものもそこまで大きくない。だから違った意味で再起が可能である。
でもそれほど体力がないのも確かなので、信用というものは大事にするに越したことはない。



(アイドルの恋愛禁止について思うことは次回にでも)


... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)
# by yumimi61 | 2019-07-16 13:52

e0126350_11175998.jpg
初春令月 気淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香
初春の令月にして 気淑(よ)く風和ぐ 梅は鏡前(きょうぜん)の粉を披(ひら)き  蘭は珮後(はいご)の香を薫らす


写真の花は蘭、実家に咲いているウチョウラン。無香。
写真を撮ったのは6月であり、この時はまだほとんど蕾の状態だけど。今はもう花は咲き終えた。
蘭は蘭でも日本の山野に自生する蘭の1種。

私は新元号「令和」の典拠に関しての記事で蘭(蘭とは何か)について取り上げた。
古い時代に屋外に咲いていた蘭だとすれば、このように小型の可憐な花だったと思われる。
蘭が梅の季節に屋外で咲くことはまずないけれど、万が一咲いていたとしても、香りの花である梅を差し置いて蘭が香ることはない。

e0126350_15345871.gif

初春の令月にして 気淑(よ)く風和ぐ 梅は鏡前(きょうぜん)の粉を披(ひら)き  蘭は珮後(はいご)の香を薫らす

↓これは前に書いたことだけれど、私はこのように解釈している。
香りの良い梅の花は自らの香りを忘れて化粧に精を出し、香りなど必要としない蘭は自ら趣味の悪い香りを燻らせている。梅や蘭は比喩であり、人間、おそらく女と男の比喩ではないだろうか。
それを筆者は快く感じてはいない。


そしてその時には書かなかったことがある。
それは、鏡前(きょうぜん)と珮後(はいご)は、前と後ろ(背後)という意味でもあるのではないのかということ。
梅(女性)は男性の粉を誘い、蘭(男性)は女性の香を一段と際立たせるという意味。
もともと香りのある梅(女性)が一段と薫るのだから、これはもう素の香りではないということになる。

今はほとんど使われないが「粉をかける」という言葉がある。
もちろん粉は抽象的な意味だけれど、あえて具現化して言えば麻薬とか媚薬とかを使って知らず知らずのうちにその気にさせるということを思わせる。
「粉をかける」の意味としては男女の間で(同性愛の人ならば同性間でも)、思わせぶりな素振りをして誘惑したり、気があるふりをすること。
もっとも’ふり’ではなくて実際に気持ちがあるから行う場合もあるとは思うが。
よくあるのは、お店のホステスやホストがお客さんに対して行ったり、不埒な恋を目的にした誘いなど。
ストレートな告白やら求婚ではなくて、婉曲的な言葉やあえて誤解を誘うような言動、また漂う雰囲気でその気にさせるというものなので、後々逃げや言い訳が可能であり、揉め事や修羅場に予防線を張っておくという見方も出来る。
後々可能な言い訳としては、「単なる遊びだった」とか「合意の上だった」とか「相手から誘われた」とか「相手が勝手に貢いだ」とか「相手だってまんざらでもない様子だった」とか「自分はそんな気(下心)は全くなかった」とか。
相手を弄んで騙したのだとしても、はっきりと騙したという証拠(言葉、今ならば音声テープとか)がなく、例えば裁判沙汰などになっても状況証拠しかない状況である。だから詐欺師という認定ができずに逃れられるというわけ。

e0126350_15345871.gif

言葉を持たずに生まれた赤ちゃんがやがて言葉を発するようになる。
フロイトやユングに師事した心理学者らによれば、人間は言葉を覚えて初めて空を飛ぶ夢を見るのだと言う。
それはどういう事かと言えば、大きな視野と俯瞰の視点を持つということ、大きな世界に羽ばたき出すということ。

『夢分析』(新宮一成著、岩波新書)の著者は、夢を見る理由を「忘れていた幼年期の記憶を呼び戻し、自らの存在の根源を再確認すること」と考える。例えば「乳幼児期に初めて言葉を話せるようになることが空飛ぶ夢の源泉である」という。つまり、「新しい人生の段階にさしかかり、その段階にふさわしい言語活動に参入できるかどうかが不安になった時、かつて言葉を話せるようになった時の記憶が呼び戻される。そして、空を飛ぶ夢を見ることで、かつてはできたではないか――と自分に言い聞かせている」というわけである 。

しかしその代わりに失うものがある。それは小さく固有な視点と感覚である。
私が「あなた」と書いたり言ったりする時の「あなた」と、他の誰かが「あなた」と書いたり言ったりする時の「あなた」は決して同じではない。
にもかかわらず「あなた」という同じ言葉で表現できてしまう。
別に「あなた」の部分は「あなた」でなくても人間でなくても構わない。例えば「蘭」でも同じこと。
私の家に咲いて私が見たり触ったり嗅いだりする「蘭」と、言葉としての「蘭」。そこにはギャップがある。
「ウチョウラン」にまで範囲を狭めても根本的には同じこと。
共通語である言葉は、個人がそのものに持つかけがえのない性質色彩を削ぎ落してしまう。
どんなに修飾しても自分が感じたままを言葉にすることは不可能と言っても良いくらいで、よほど意識しない限り、様々な想いや感覚は言葉にした時から言葉という形の枠に嵌め込まれ、自分の言葉によってすら自らの想いや感覚まで失いかねないのだ。
他人の言葉を見聞きする時には尚更である。

e0126350_15345871.gif

フロイトとユングを描いた、イギリスのデヴィッド・クローネンバーグ監督による『危険なメソッド/A Dangerous Method』という映画が2011年に公開された(日本では2012年公開)。
1993年のノンフィクション本『A Most Dangerous Method』の舞台版である『The Talking Cure』(2002年)を原作としており、その脚本家でもあるクリストファー・ハンプトン自らが脚色した。

Cinema Cafe.net 実話!ユングとフロイト…偉大な心理学者の関係と、歴史の陰にあるスキャンダルより
ジークムント・フロイトとカール・グスタフ・ユング。心理学界における永遠の二大巨頭である彼らの名前は知っていても、2人のデリケートな関係性について詳しく知る人はそれほど多くはないかもしれません。『危険なメソッド』は、フロイトとユングの出会いから蜜月時代、そして決別までの軌跡をたどったヒューマンドラマ。2人の関係の変化には一人の女性の影があったことにまで踏み込んだ、ちょっとスキャンダラスな物語なので、心理学に興味のない方であっても、歴史の陰にあるミステリアスな“三角関係”にはきっと興味を持つことでしょう。

同じ精神世界に興味を持ち、同じ時代に生きた2人は、一時は師弟関係にありました。1856年生まれの精神分析学の大家(フロイト)と、彼を慕い、彼の提唱する“談話療法”に刺激された1875年生まれの若き精神科医(ユング)という、立場や年齢の違いこそあれ、精神分析の研究に熱心な2人は、ユングのもとに訪れたひとりの患者をきっかけに、20世紀初頭に出会ったのです。

精神世界に神秘性を感じていたユングと、あくまでも“性”に執着し科学として確立させたいフロイトには、様々な考えの違いがありましたが、初対面で13時間も対話や議論を続けたほどの意気投合ぶり。チューリッヒとウィーンと遠く離れてはいても、友情を育み続け、フロイトにして「君が私の後継者だ」とユングに告げさせるほど信頼し合っていたのです。ところが、そんな交流は長く続きませんでした。実は、その原因となったのが、2人が出会うきっかけとなった患者・ザビーナ。彼女こそ、2人の蜜月時代を終わらせた張本人なのです。

ユングが最初にザビーナに会ったとき、彼女は幼少期から続く性的なトラウマでヒステリー状態に苦しんでいました。その原因を、フロイトの“談話療法”で突き止めることに成功したユングは、彼女が好転していることをフロイトに報告しに行くことで精神分析の大家と出会うことになるのです。ユングは常に冷静で感情を抑圧した姿で描かれていますが、実はザビーナと出会った後、自らの内なる欲望を目覚めさせ、彼女と一線を越えてしまいます。自らも精神科医を目指す聡明で美しいザビーナとユングの会話、フロイトとユングによる夢分析、医師でありながら快楽主義者で患者たちと関係を持つことに罪を感じないグロスとの会話などから、ユングの微妙な変化が感じ取れます。その変化は、彼の内面に葛藤を生み出すのですが、それにより、フロイトとの関係にも変化が生じてしまう様子が、静かに描かれていくのが本作の見どころ。

歴史の中では、2人が1913年に長旅を共にしていたとき、互いの夢を分析し合っていたときに激しくぶつかり、破局したとも言われています(映画にもこの辺りの描写があります)。その後、ユングはショックから精神的な混乱に見舞われるのです。こういった経験を通し、彼が確立したのが分析心理学。フロイトの確立したものは“精神分析”と呼ばれ、それぞれへの支持を表明するとき、「ユング派」、「フロイト派」とされるようになったのです。
歴史上は2人の決別は学問上の理論の違いだったとの印象も受けますが、実はもっと根源的な人間性の違いによるものだったのかもしれない、と思わせるのが本作です。

2人について、ユングを演じたマイケル・ファスベンダーはこう語っています。「ユングは何事にもオープンだったが、フロイトは心理学の1つの形態に重きを置いていた。全ての神経は性の起源から生じるとする考え方だ。ユングはそこに疑問を感じていたと思う。ユングはフロイトをとても尊敬していたが、彼はいつも二番手だし、フロイトの哲学で言えば、ユングは“父親を殺して後を引き継ごうとする人間”だ」。「彼らもただの人間だし、僕たちがお互いにしているようなことをしている。彼らにも同じ欲望と嫉妬があるし、その多くがこの映画で描かれている。彼らは優秀な人間だが、エゴだってある。エゴと共に、たくさんの個性が様々な形で、彼ら自身を暴き出していくんだ。もしこの2人の男が、互いの凄まじいエゴを乗り越えていたら、おそらく僕たちは心理学や人間の心についてもっと丸みのある考えに出会えただろう。2人が彼らの関連性をもつために互いの意見を許容していたら、面白いことになっていただろうね」。

フロイトとユングの存在の陰に、運命の女が存在していて、こんな決別の物語があったというのは、まさに心理学界史上最大のスキャンダル。このほとんど知られていなかったスキャンダラスな史実を映像化したのは、『デッドゾーン』、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で知られる鬼才デヴィッド・クローネンバーグ。フロイト、ユング、ザビーナの関係について「とても奇妙な三角関係だ」と語っています。「師弟関係だったユングは、フロイトのことを父親のように思い、事実手紙には何度もそう書いている。だから2人の物語に僕は興味をそそられた。そこに70年代まではほとんど名前も知られていなかった、ひとりの女性が関わってくる。彼女はユングの患者となり、彼と不倫し、そして彼の保護下で、精神分析学に興味を抱き、最終的にはフロイト派の分析医となり、フロイトのもとに行く。とても奇妙な三角関係だった。彼女はフロイトと性的な関係は結ばなかったが、それでもこの三角関係のそれぞれの辺に愛があった。ユングとフロイトの間も含めてね。彼らの間には驚くべき愛情と友情があった。ザビーナはその真ん中にいたんだ」。


29歳とまだ若い精神科医(分析医)だったユングとヒステリー()患者だった女性ザビーナが、すでに精神科医の大家だったフロイトの提唱した治療法(談話療法)を通して、医師と患者という一線を越えてしまう。ユングには妻がいて俗にいう不倫関係となったのだ。
しかし・・・
ザビーナとユングとの関係が公になりふたりは離れ、ザビーナはフロイトに師事する。ザビーナはロシア人と結婚、妊娠し、生活は安定する。ユングの妻は精神が不安定なユングに会ってほしいとザビーナを招待する。ザビーナがユングと話すと、ユングは現在も患者を愛人にしていると言う。ザビーナはその愛人は「私に似ているか?」と訊く。ユングは「似ていない」と答える。しかし、愛人は「精神分析医を目指しているユダヤ人女性」だという。それを聞いたザビーナは帰途の車中で涙を流す。ユングとザビーナの関係は愛だったのか、転移・逆転移だったのか?

e0126350_15345871.gif

Wikipediaに転移・逆転移だったのか?と書いてあるが、心理学における転移とは。
S.フロイトが見いだした心的現象のひとつ。〈感情転移〉とも訳される。
自我の防衛を目的とする心的機制の一つで、ある特定の対象に向けられた感情または態度を、別の対象に向け変える機制をいう。一般には人から人への転移である感情転移(転嫁)をさす。
たとえば精神分析療法の過程において、患者の幼児期における重要な人物(たとえば両親)に寄せた感情、欲望、観念などが分析者に向けて展開されること。
このような人間関係の一様態は、あらゆる人間関係の中で本来多かれ少なかれみられるものであり、たとえば特定の人物が知らず知らずのうちにあたかも親のように見立てられたりすることはよくある。
ただ精神分析療法においては、患者は感情を自由に表出することが許容され、しかも治療者は中立的態度を堅持するために転移が濃密で純粋な形で起こってくる。


クライエントが他の人に寄せていた感情をカウンセラーに向けてしまうのが転移なら、その逆、カウンセラーが他の人に寄せていた感情をクライエントに向けてしまうのは逆転移である。

)以前も書いたが(今年3月10日『日光』でクララとハイジの話)、精神医学の「ヒステリー」は怒りを爆発させたり猛烈に騒ぎだすような状態を言うのではない。現在はヒステリーとは言わず、「転換性障害」や「解離性障害」と呼んでいる。

転換型
先立って心理的葛藤やストレスがあり、知覚の麻痺や、運動系のけいれんなどを起こすなど感覚や運動系の症状が多様な場合。あるいは失声や、発声困難など単一の症状の起こる場合。
解離型
外傷的なストレスの強い体験を想起できなくなり通常の物忘れを超えた健忘が起きるとか、あるいは、突如放浪し、過去の記憶を忘れてしまっている。








# by yumimi61 | 2019-07-14 11:25 | 新元号「令和」の典拠

2000問題(10)

民間企業が運営する老人ホームや住宅
●健康型有料老人ホーム(16ホーム)
●シニア向け分譲マンション(数は少ない)
●サービス付き高齢者向け住宅(7372物件)
●住宅型有料老人ホーム(9413ホーム)
●介護付き有料老人ホーム(4298ホーム)
←公的な特養ホームに一番近い民間運営なホーム(介護保険の「特定施設入居者生活介護」の認定を受けている)
●グループホーム(1万3685ホーム)
※詳細は2000問題(8)を参照

介護保険3施設
■特別養護老人ホーム(通称:特養) 7705ホーム
■介護老人保健施設(通称:老健) 4181施設

■介護療養型医療施設⇒介護医療院(2018年4月より) 介護療養型医療施設は1700施設ほど
※詳細は2000問題(9)を参照


介護保険外の公的な施設

低価格で高齢者が生活ができる施設。
所得など幾つかの条件をクリアしないと入所できない。
自治体が費用をサポートしていて、自治体や社会福祉法人が運営しており、入所の判定に行政が関わっている。

▲養護老人ホーム(1000施設くらい)←特別養護老人ホームとは違う!
(入居条件)現在の環境では生活が難しく、経済的にも問題がある65歳以上の高齢者で、かつ市区町村長によって決定を受けた人 ・・年齢は特例あり
(入居一時金)なし
(月額利用料)0~10万円
       1年間の収入が27万円までの人は利用料なし。
       以降は収入によって利用料が変わってくる。
       年収120万円(月収10万円)前後で利用料は6万円台くらい。
但し、利用者からの徴収額が必要経費にも満たない場合は、扶養義務者が費用を負担することになっている。その場合も扶養義務者の経済状況に応じる。

・最後の砦とも言われるくらいの施設であり、無年金で収入もない高齢者、年金が僅かしか受給できていないが支援してくれる身寄りもない高齢者、ホームレスな高齢者、認知症や障害があるが在宅介護や施設入所も出来ていない高齢者なども受け入れれる。

・困窮したら、あるいは困窮している人を見かけたら、まずは市区町村の窓口、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター、民生委員、養護老人ホームなどに相談してみる。

・介護を目的とした施設ではないので、基本的には介護の必要のない自立した高齢者を対象とする。
但し外部の介護サービス事業所(居宅介護⽀援事業所)を介護保険で個別に利用することは出来る(費用は別途発生するが保険限度額内ならば1~3割負担)ようになったので、要支援な高齢者、あるいは途中で介護が必要になった場合にも軽度のうちは入所可能(受け入れは自治体にもよる)。

・日常生活全般の基本的なサポート、健康管理、社会復帰のための助言や指導などが受けられる。またレクリエーションやイベント、サークル活動などを行い地域交流を積極的に行う施設もある。

・2005年まではかかる費用の半分を国が負担していたが、現在は市区町村が全額負担している。そのため施設数は増えない、財政難の市区町村では入所決定しない(措置控え)、退所してもらう(措置外し)が行われているとも言われる。よって入所のハードルはなかなかに高いかもしれない。


▲軽費老人ホーム(A型・B型・ケアハウス)

A・B型(合わせて270ホームくらい)
(入居条件)家庭環境や住宅事情などにより自宅にて生活することが困難な60歳以上の高齢者
(入居一時金)0~数十万 ・・保証金(敷金)という扱いで清掃修繕費や滞納分を除いて退去時に返金される
(月額利用料)6~17万円  ・・低所得者は優遇される
       
・60歳以上で独居に不安があるが、身寄りがなかったり、家族による援助が受けられない人などが入居できる。
夫婦でも入居可で、その場合には夫婦のどちらかが60歳以上でなければならない。
また月収が35万円未満でなければならないという条件がある。
A型は食事提供あり、B型は食事提供がないため自炊できることが条件。

・A・B型ともに基本的には介護の必要ない人が対象だが、外部の介護サービス事業所(居宅介護⽀援事業所)を介護保険で個別に利用することは出来る(費用は別途発生するが保険限度額内ならば1~3割負担)。

・月額利用料の内訳
A型 サービス提供費+居住費+食費+日常生活費
B型 サービス提供費+居住費+日常生活費
本人もしくは扶養義務がある家族の世帯年収などによって減額措置がある。

ケアハウス<一般型・介護型>(合わせて1800ホームくらい)
(入居条件)
一般型は家庭環境や住宅事情などにより自宅にて生活することが困難な60歳以上の高齢者
介護型は65歳以上の高齢者でなおかつ要介護度1以上
(入居一時金)0~1千万円 
(月額利用料)6~20万円  ・・低所得者は優遇される

・一般型は介護サービスが付かない。但し外部の介護サービス事業所(居宅介護⽀援事業所)を介護保険で個別に利用することは出来る(費用は別途発生するが保険限度額内ならば1~3割負担)。

・介護型は介護サービスが含まれており、介護スタッフによる介護サービスが受けられ、要介護度が上がっても退去する必要はなく、終の棲家となり得る。

▲都市型軽費老人ホーム
(入居条件)身体機能の低下により自立した日常生活を営むことについて不安があると認められる60歳以上の高齢者
(入居一時金)なし
(月額利用料)10~13万円  

・都市部は地価が高く、居住費が安く抑えられないことが多く、低価格での提供が困難になるか、運営が厳しくなるという実情がある。またある程度面積のある用地の確保が難しかったりするために、居室面積等の特例を設けて利用料の低廉化を図った施設である。
端的に言えば、安く抑えるために基準よりも居室や施設の空間が狭いということになる。

・利用料は入居者本人や扶養義務のある家族の世帯収入・課税状況にもとづき決定される。
生活保護受給者でも利用できる範囲内に設定するよう指針がある。

・次の地域で導入されているが、思うようには進んでいないらしい。
首都圏:東京23区、武蔵野市、三鷹市、横浜市、川崎市、川口市の特定地域
近畿圏:大阪市、京都市、守口市、布施市、堺市、神戸市、尼崎市、芦屋市の特定区域
中部圏:名古屋市の特定区域

▲シルバーハウジング
(入居条件)60歳以上(夫婦の場合はどちらかが60歳以上)の高齢者、障害者世帯
(入居一時金)なし
(月額利用料)1~10万円 ・・低所得者は優遇される

・手すり、バリアフリー、緊急通報システム設置など、高齢者に適した仕様になっている公営住宅である。

・「ライフサポートアドバイザー」と呼ばれる生活援助員が約30戸に1人の割合で配置されており、生活や福祉に関する相談・安否確認・緊急時対応などを行ってくれる。

・介護が必要になった時には、個別に介護サービス事業所(居宅介護⽀援事業所)を介護保険で利用する(費用は別途発生するが保険限度額内ならば1~3割負担)。

・居住する自治体に申し込むが、所得や資産や住宅困窮度を加味した上で抽選となるらしい。




... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)
# by yumimi61 | 2019-07-12 17:14

2000問題(9)

前回記事2000問題(8)では民間施設の説明をした。

民間企業が運営する老人ホームや住宅
●健康型有料老人ホーム(16ホーム)
●シニア向け分譲マンション(数は少ない)
●サービス付き高齢者向け住宅(7372物件)
●住宅型有料老人ホーム(9413ホーム)
●介護付き有料老人ホーム(4298ホーム)
←公的な特養ホームに一番近い民間運営なホーム(介護保険の「特定施設入居者生活介護」の認定を受けている)
●グループホーム(1万3685ホーム)


民間企業が運営しているが、この民間企業には公的な施設を運営している社会福祉法人も含まれる。
公的な介護保険施設と民間施設という異なる形態の施設を同じ社会福祉法人が運営している場合もあるということである。

介護保険の「特定施設入居者生活介護」の認定を受けていない有料老人ホームなどでは介護保険を利用した介護サービスの提供をすることは出来ない。
出来るのはせいぜい食事の提供と見守りをはじめとする生活支援である。
それ以上の介護が必要になれば、外部の介護サービス事業所(居宅介護⽀援事業所)に個別に依頼する必要がある。そうなると費用は2重に発生する(しかし保険分のサービスは1~3割自己負担で済む)


介護保険3施設
介護保険を利用し比較的低価格で、介護を受けながらの生活ができる。
社会福祉法人、医療法人、自治体などが運営している。

■特別養護老人ホーム(通称:特養) 7705ホーム ←社会福祉法人の運営がほとんど
(入居条件)65歳以上で要介護3以上(特例はあり)
(入居一時金)なし
(月額利用料)5~14万円

2000問題(6)の~施設入所の場合~に書いた通り

・入所者100人に付き、医師1人(非常勤で可)、看護師は3人常勤(但し夜間の配置義務はない)。
介護度が重くなる分には構わないが、本格的な医療ケアが必要な場合には入所できなかったり退所が必要になることもある。


■介護老人保健施設(通称:老健) 4181施設 ←医療法人が運営していることが多い
(入居条件)65歳以上で要介護1以上(特例はあり)
(入居一時金)なし
(月額利用料)8~15万円

・月額利用料の算出方法は基本的には特養と同じ。
①介護保険の施設サービス費(基本料)+②居住費+③食費+④施設独自の加算やサービスの利用代
介護度、居室タイプ、所得や資産の有無によって料金は変わる。
介護保険施設サービス費(保険が適用される基本料部分)が特養より若干高い。

・特養と異なる点は、特養の場合には洗濯代が基本料①に含まれるが、介護老人保健施設では含まれないので洗濯サービスを利用すれば利用代④がかかる。
また病院における差額ベッド代に該当する2人部屋・個室などの特別室を利用した場合には「特別室料」が加算される。幾ら加算されるかは施設や部屋によって異なる。例えば1日5000円の特別室料が付けば、1ヶ月それだけで15万円となり、他の費用を足せば30万円近くになってしまう。

・特養は生活施設であり終身利用が基本であるが、介護老人保健施設は在宅復帰を目指すための施設であり、リハビリや医療ケアを行うという点が大きく違う。医師と看護師による医療体制が整っている。理学療法士や作業療法士もおり、リハビリも充実している(とはいえ病院でのリハビリほど時間をかけない)。

・目的が目的の為、終身利用は出来ない。原則は3ヶ月。
3ヶ月ごとに入所継続判定が行われ、延長は長くても半年程度(1年以内)。

・入所者100人に付き、医師1人常勤、看護師は9人常勤。こちらも夜間の配置義務はないが、多くの場合は夜勤もしている。
医療のスタッフがいるので医療ケアに対応できるが、老健での医療対応(入所者の薬・注射・点滴・処置・急性疾患で病院を受診したときの検査や薬にかかる費用)は医療保険が使えず施設の持ち出しとなる。
もっとも原則的に医療に関わる費用がもともと介護保険に請求する報酬に含まれているという考え方ではある(包括。’まるめ’と呼ばれている)。
出来高制ではないので医療報酬の高い医療ケアや高額な薬や注射が必要な入所希望者は敬遠される可能性もある。

・認知症があると受け入れを敬遠する施設もある。

*介護療養型老人保健施設(通称:転換老健)
入院するほど症状は重くないものの、介護認定を受けていて、さらに経管栄養・喀痰吸引・皮膚潰瘍や手術創のケアなど一定の医療ケアが必要であり、既存の介護老人保健施設では対応の難しい高齢者を受け入れるための施設。
医師は老健と同じで入所者100人に対して1人だが、看護師は入所者6人に対して1人が義務付けられおり、100人ならば16人必要となり、老健よりも医療スタッフが多くなる。
これも介護保険で賄われ、入所者の費用は老健と同じくらいか、やや高いくらい。
運営側からすると医療と介護保険給付の関係から健全な財政運営がなかなか難しく施設数が増えていかない。


■介護療養型医療施設⇒介護医療院

介護療養型医療施設(療養病床とも呼んでいた)は2017年度末での廃止が決まったものの、2024年3月末までの移行期間が設けられており、まだ現存しているので、まずはその説明から。

介護療養型医療施設(2種類あり)←医療施設という位置づけであり多くは医療法人が運営している
 ①介護療養病床・・・介護保険で入居できる公的な施設サービス
 ②医療療養病床・・・医療保険が適用される →そのため多床室であれば差額ベッド代(居住費)は必要なく、その分だけ安くなる

①は介護が必要な高齢者のための病床であり、入所する人は特養などと同じように在宅での介護が困難な要介護者である。急性疾患からの回復期にある要介護な高齢患者を医学的管理下に置いてケアすることを想定していた。
喀痰吸引、胃ろう、経鼻栄養、酸素吸入といった医学的管理が必要な高齢者の他、認知症患者や終末期の患者を受け入れている所もある。
ターミナルケアを行っている場合もあるが、終身利用を基本とはしていない。
医療施設なので生活空間や生活支援は他の高齢者施設(老人福祉施設)よりも劣る場合が多い。
 (入居条件)医学的管理の必要な要介護1以上の高齢者(65歳以上)
 (入居一時金)なし
 (月額利用料)10~20万円
②は長期的に医療療養が必要な高齢者のための病床。慢性疾患患者など。

ところが①と②の「医学的管理下」と「医療療養」が区別しずらいというか、区別されていない実態もあった。どちらにも医療の必要性の高い患者と低い患者が混在しており、医療なのか介護なのか明確に線引できない状態にあった。(にもかかわらず使われる保険が①と②では違う)
医療施設と言いながら介護が行われていて介護保険が利用されるという、医療と介護のスタッフや保険の役割に課題があった。
さらに①は医療を必要としなくなった時点で退所することを想定していたが、実際は長期に亘るケースが少なくなく健全な財政運営が難しくなったり、また②において医療は必要ないが介護の必要な患者が長期に亘って入所していると医療保険を圧迫する。
そうしたねじれ問題が浮上して①並びに②の一部の廃止が決まり、新施設に移行することになった。よって介護療養型医療施設の新設はすでにされていない。

介護医療院
2018年4月から創設が始まった新しい施設である。(ただし今のところ全くの新設ではなく、介護療養型医療施設や介護老人保健施設からの転換が進められている)

①「日常的な医学管理」と「看取り・ターミナルケア」等の医療機能
②「生活施設」としての機能
つまり「医療」「介護」「生活」を備えた介護保険施設ということである。
状態に応じて介護医療院Ⅰと介護医療院Ⅱに振り分けられる。
いずれにしても介護医療院であれば介護保険法に基づく公的な施設となる。
しかし医療を提供する以上、完全に医療法から離れるわけにはいかず、同時に医療法上の医療提供施設ともなっている。
だから根本的な問題はあまり大きく変わらないような気もするが・・・。
医師や看護師は介護療養型医療施設と同等、あるいは老健以上にいる。
月額利用料は10~20万円くらいらしい。




... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)

# by yumimi61 | 2019-07-11 17:34

大当たり!

e0126350_20314473.jpg

e0126350_20333196.png
私の妹は元SMAPの森くんのレースを観たことがあるそうなのです。
それを聞いた私は言いました。
「森くんって言ったってさぁ、みんなヘルメットにレーシングスーツなんだから正直誰が誰か分からないでしょ?」
「ううん、分かる」
「どうして?」
「脚の長さが違う」
「そうなんだ・・・」

こんなことで人を判断してはいけませんか?

ちなみに私の妹、ミスチルのファンでもなかったですが、SMAPのファンでもありませんでした。(あしからずご容赦くださいませ)

e0126350_20333196.png
バクチと言えばパクチー。
私はどうしてもパクチーの良さが分からず、何故あんなに流行ったのか今もって全く理解できないでいます。
和物洋物問わずハーブ類は嫌いではなく、むしろ好きなほうですが、パクチーだけはダメです・・。
そう訴えたところ、パクチーは好き派と嫌い派がはっきり分かれるそうです。
嫌い派の人達は「カメムシの味がする」と・・・
そうなんだ・・カメムシ、食べたこと・・

e0126350_20333196.png
先日味覚のことをちょこっと書きましたが、どうやら私本当に味覚障害を起こしてしまったようなのです。
何を食べてもたいして味がしません。
甘味と塩味が特に感じられないのです。砂糖と塩を直に舐めても、ほとんど甘くもしょっぱくもない。
そのくせ何も食べていない時は、口の中ではいつも微かに塩味がしていて、水やお茶を飲んだら仄かに塩水っぽくなります。
今ならパクチーが食べられるかも!?

e0126350_20333196.png

先日ソニープラザと元号のことも書きましたが、現在のプラザ(PLAZA)はソニー傘下ではなくなっています。
それから「令和」という元号ですが、私のパソコンやスマホでももちろん漢字変換は出来ます。

「令和(れいわ)」は平成10年発売の「MS-IME 98」から辞書に登録されていた【調査終了】

次の元号「令和(れいわ)」が、発表前からWindows 10の漢字変換辞書に登録されていたようだったので、古いバージョンのWindowsを含めて“何年前から「令和」が日本語変換辞書に入っていたのか?”を調べました。詳しい経緯は、以下の記事に書いています。
マイクロソフトは新元号「令和」を知っていた!?なんと〇年前からWindowsの日本語変換辞書に登録済み!

Windows 10からWindows 95まで、できるだけさかのぼって調べたところ、変換辞書に「令和」が入ったのは1998年(平成10年)3月13日に発売された「Microsoft IME 98(MS-IME 98)」からのようです。
しかし、初期状態では変換候補に出てきません。IMEツールバーで「人名/地名」に切り替えることで「れいわ」の変換候補として「令和」が出ます。

(略)
ということで、1998年3月発売のMS-IME 98で「人名地名辞書」に追加された「令和」が、Windows 10に搭載のMS-IMEの「標準拡張辞書」までずっと受け継がれてきた、ということのようです。

「令和」が「れいわ」という読みで登録された経緯については、推測するしかありません。「令和」という地名は無いようですが、「令和」というお名前の方はいらっしゃるようです。なので、「人名」として辞書に登録された可能性が高いでしょう。

しかし、男性の名前としては一般的に「のりかず」「のりやす」「よしかず」などと読まれ、女性の名前としては「れな」「れわ」と読まれるようです。

いずれにしても、「令和」という名前の方は珍しいと思われます。そのため、ひょっとするとマイクロソフトはユーザー登録された氏名をMS-IMEの辞書に追加していたのではないでしょうか。「令和」で「れいわ」という読みの方がWindows 95を購入してユーザー登録したのか、「令和」という漢字のみがユーザー登録され、マイクロソフトが自動もしくは手入力で「れいわ」として辞書に追加した、という経緯ではないかと思われます。








# by yumimi61 | 2019-07-10 20:54

2000問題(8)

民間企業が運営する老人ホームや住宅

●健康型有料老人ホーム(16ホーム)
(入居条件)自立
(入居一時金)0~数千万円
(月額利用料)10~40万円

・入浴施設(露天風呂など)、トレーニングルーム、ライブラリー、ビリヤード・麻雀・カラオケ・囲碁・将棋などのプレイルームなど設備が充実している。
職員による食事提供や家事支援(洗濯や掃除)、安否確認あり。
イベントやサークル活動などが盛ん。

・健康な高齢者が対象であり、介護が必要になった時点で退去となることがほとんど。


●シニア向け分譲マンション(数は少ない)
(入居条件)自立
(購入費)数千万~数億円  ・・住宅ローン利用可
(月額費用)管理費や水道光熱費、修繕積立金など10~30万円

・自分で部屋の所有権を持つことになるので、売却や賃貸が可能で、相続財産となる。固定資産税がかかる。

・バリアフリーで、レストラン、理美容室、売店、医務室、トレーニングルーム、プール、シアタールームなど共有スペースが充実していることが多い(物件によって異なるが)。

・食事提供やコンシェルジェによる家事サービス(洗濯や掃除)がある物件が多い。

・あくまでもマンションなので、介護が必要になったら、外部の介護サービス事業所(居宅介護⽀援事業所)に依頼する(費用は別途発生するが保険限度額内ならば1~3割負担)。しかし重度の要介護状態になり、介護者が同居していなければ、在宅での介護は難しくなる。


●サービス付き高齢者向け住宅(7372物件)
(入居条件)自立・要支援・要介護(入居の条件は原則的には自立、重度の要介護状態になると対応不可となる所もある)
(入居一時金)0~数百万円  平均値:25.2万円
(月額利用料)10~30万円  平均値:15.5万円

・サ高住には「安否確認」と「生活相談」サービスを提供するという基準があり、日中は専門スタッフが常駐しており、夜間の緊急対応サービスもある。

・食事の提供や家事サービス(洗濯や掃除)、入浴の介助、外出サポートなどの生活支援は物件によって違う。
なかには介護型サ高住(特定施設入居者生活介護の指定を受けているサ高住、この場合は専門家による介護あり)もある。
また併設している介護サービス事業所や外部の介護サービス事業所(居宅介護⽀援事業所)を介護保険で個別に利用することは出来る(費用は別途発生するが保険限度額内ならば1~3割負担)。


●住宅型有料老人ホーム(9413ホーム)
(入居条件)自立・要支援・要介護
(入居一時金)0~1億円  平均値:98.4万円
(月額利用料)10~40万円  平均値13.8万円

・原則的に終身利用。

・生活相談、見守り等のサービスはあり。食事提供しているホームもある。

・家事支援や介護が必要な場合は、外部や提携の介護サービス事業所(居宅介護⽀援事業所)に依頼する。自宅にいて訪問介護やデイサービスやホームヘルパーを利用する場合と同じ(費用は別途発生するが保険限度額内ならば1~3割負担)。

・2018年11月に鹿児島の住宅型有料老人ホームで入居者が6人死亡したという報道があり、8~9月に介護職員が全員退職したことが原因のように伝えられており、私は見解がおかしいと記事にしたことがあるが、施設の形式からするとここに該当する施設であり、介護付きのホームではない。
個々にどのような契約がなされていたのかまでは知る由もないが、非常に大きな誤解を与えかねない報道であった。


●介護付き有料老人ホーム(4298ホーム) ←公的な特養ホームに一番近い民間運営なホーム
(入居条件)要支援・要介護
(入居一時金)0~1億円  平均値:353.3万円
(月額利用料)10~40万円  平均値22.3万円

・介護付き有料老人ホームとは、民間運営の有料老人ホームの中で行政から「特定施設入居者生活介護」の指定を受けた施設であり、24時間常駐の専門スタッフによる介護サービスが付いている。

・施設は「介護専用型(要介護認定を受けた人のみ)」「混合型(自立・要支援・要介護のどれでも可)」の2タイプある。
原則的に65歳以上の高齢者であり、終身利用。


●グループホーム(1万3685ホーム)
(入居条件)認知症の要支援2~要介護5の65歳以上の高齢者
(入居一時金)0~数百万円 
(月額利用料)15~30万円  

・認知症に特化した施設で、施設と同一の市区町村に住民票がある人しか入居できない(地域密着型)。

・ユニット制で1ユニット5~9人で、1つの施設につき2ユニットまでというアットホームな運営がなされている。

・認知症高齢者の自立を促し進行を遅らせることを目指し、家事などは分担制で行う。

・認知症に理解の深いスタッフが揃っているが、看護師などの常駐はない。

・健康状態や身体機能が悪化して、医療や介護の負担が大きくなると、原則として入居の継続が難しくなる。(認知症の人が特養や介護付き有料老人ホームに入所した場合は悪化しても入居継続可能であるということが異なる点)

・受け入れ定員が少人数のため待機者が多い。また少人数ユニット制のため入居者同士で相性が悪かった場合には調整がしずらい。

・2016年8月に北日本を直撃した台風で、岩手県にて豪雨災害に巻き込まれて9人の入所者が死亡してしまったのが、川の近くのグループホームだった。同じ法人が運営する隣にあった介護老人保健施設では被害者が出なかった。運営者は同じであり同じ敷地に幾つかの施設があるからと言っても連携が取れるとは限らないことを露呈した。グループホームの少人数と小規模(建物も小さめ)が裏目にでた形となった。


入居一時金とは?

入居一時金は「前払い家賃」という扱いになっており、捨て金という扱いにはなっていない。
次の3つの方式がある。

①全額前払い
平均余命やこれまでの入所者のデータをもとに入居期間を想定し(→償却期間となる)、その期間の賃料の総額を前払いするもの。想定よりも長生きした場合にも追加の支払いは必要ない。
全額前払いなので、 月々の賃料の支払いもなし。

『やすらぎの郷』 の老人ホームはこれ方式のような気もするが、それとももっと独自な料金システムなんだろうか。

②一部前払い
①と同様に賃料総額を算出するものの、入居時に支払うのはその一部であり、残金を入居してから月々支払っていく。

③月払い方式
前払金なしで、賃料を毎月支払い続ける。
前払い金がない代わりに敷金が発生することもある。敷金は賃料の6か月を限度としている。

同じ施設で比較すれば、月々の支払いは、③>②>①と高くなり、さらに割高でもある(同じ入居期間ならばトータルの支払いが高くなる)。
一番多いのは②タイプである。
しかし最近は前払い金なしで月々の支払もそれほど高くない施設も増えている。特に地方では。

入居想定期間満了とならずに亡くなったり退去した場合には、入居一時金が戻ってくることもある。
戻るか否か、またその金額は、施設の償却方法の設定や個々の入居期間などによって違う。
 関係するのはコレ→★想定入居期間(償却期間) ★初期償却の有無と償却率(15~30%の間で設定されていることが多い)

【例】
入居一時金500万円(②の一部前払い方式であり月々の支払あり)
償却期間5年
初期償却有りで、償却率は25%

この場合、500万円×25%=125万円が初期償却される金額である。
たとえ入居の翌日に亡くなったとしても、この125万円は戻ってこない。
では想定の5年以内に亡くなったら、幾ら戻ってくるのか?
それが次の式で算出できる。

入居一時金×(1-初期償却率)÷償却月数×(償却月数-入居月数)=返還金

ちょうど入居2年で亡くなったとすると・・・
  500万円×(1-25%)÷60月×(60月-24月)=225万円
ちょうど入居4年で亡くなったとすると・・・
  500万円×(1-25%)÷60月×(60月-48月)=75万円

このように償却前に亡くなった場合には返金されるが、それほど長い償却期間は設定されていないのが一般的。


平均の限界

上に幾つか全国平均の金額を平均値として載せた。
しかし都道府県差が非常に大きく、個人が利用を考える上では、この平均値はほとんど参考にならないと言ってもよいくらい。
都道府県ごとの平均金額をみれば、ずば抜けて高いのは東京都。他を寄せ付けない高さである。
全国的にはとても低い県もある。群馬県は低い方である。




... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)

# by yumimi61 | 2019-07-09 17:13

2000問題(7)

特別養護老人ホームってどんなところ?

特別養護老人ホームは看護師の常駐が義務付けられている。医師は非常勤で可。
常時介護が必要だが家庭でそれを受けられない高齢者(65歳以上の原則要介護3以上の人)の生活施設である。
治療やリハビリを主目的にしているわけではない。(リハビリが目的の1つである施設は介護老人保健施設。これについては後述する)

私は学生時代に短期間ではあるが、特別養護老人ホームに体験実習に行ったことがある。
短期間であったにもかかわらず、なかなかしんどい実習だった。
自分が若かっただけに老人ホームという場所が日常と全く異空間であったことと、匂いなど環境的なこと、さらに受け持ったのが認知症で寝たきりだった入所者さんだったこと(ひょっとしたら寝たきりではなかったのかもしれないが、ベッドに横たわっていた姿しか覚えていないし、ベッドでの食事介助だった)。
行った日に挨拶や自己紹介をするも次の日には全く覚えておらず、さらに私を親戚の誰かと思い込んで話しかけてくる。否定しても通じないし、お財布(お金)がどうこと言い出したような気もする。
どうしてよいのか分からず、最後は適当に話に乗っておいたように思う。
あれが認知症の人と接した初めての経験だったが、とにかくあの時私は老人ホームでは働けないと思ったことを強く印象に残している。
もっとも私が行った実習というのは今思えば、1人の入所者に対して看護師+介護士の両方の役割を担ったものであり、実際には(現在は)そのように働き方はしないはずである。
とは言っても介護士の行う仕事というのは、病院に入院している人ならば看護師が行うことでもある。

近年幾つかの特別養護老人ホームに行く機会があったが、正直私が抱いていた昔のイメージとは違った。
まず匂いがそれほど気にならなかった。昔はとにかく何より匂い(どこが匂うとか誰が匂うとかいう次元ではなく施設全体の匂い)でダメそうだったのだ。
また多床室(4人部屋)も病院のそれよりはずっと広くて快適そうな空間であった。
これが全国すべてにあてはまることかどうかは全く自信はない。
都心と地方では施設の広さも違うかもしれない。
都会は地方よりも需要が高いだけに早くから施設が整備されだし、今現在は老朽化が進んだ施設が多いかもしれず、古くからある施設で改築や改装をしていなければ、そこまでの快適さはないかもしれない。
だから何とも言えないし、ひょっとしたらそれは私が若くなくなったというだけのことかもしれないが(今の若い介護士たちがどのように感じているのかは分からないが)、私がかつて特養から受けたほどの強烈なイメージはなかった。


ハイスペックな老人ホーム!?

2017年にテレビ朝日でお昼の時間帯に放送していた『やすらぎの郷』というドラマを御存知だろうか。
この続編が今年4月から放送されている。私は今年のは残念ながら見れていないのだが、2017年に放送されていたのはほぼ観たと思う。

『やすらぎの郷』
俳優や歌手、ミュージシャン、脚本家などの昭和世代にテレビの世界で活躍した人物だけが入居する、東京近郊の老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada(ラ・ストラーダ)」を舞台に、“家族の絆”・“友情”・“愛情”・“死”などをテーマに、現在のテレビの在り方に対する批判も盛り込み、ユーモラスかつシリアスに描く。
テレビ朝日が設けるシルバー向けの新・帯ドラマ枠『帯ドラマ劇場』の第1作として放送された作品で、脚本家の倉本聰が「夜のゴールデンタイムに若者向けのドラマが数多く放送され、大人の観るドラマが少ない」として本作を企画、その企画を受け入れたテレビ朝日が「大人のための帯ドラマ」枠を新たに創設した。


ドラマ自体は面白くて良いものだったけれど、このドラマに出てくる老人ホームから「老人ホーム」をイメージしてしまうと、なんだかいろいろ見誤るような気がする。
私は特養に実習に行く以前、<特養>も<有料老人ホーム>も一緒くたに「老人ホーム」だった。当時は今ほど老人施設に種類はなかったと思うけれども、それでも老人ホームの種類なんて興味もないし知らなかったのである。

上に書いてある通り、俳優や歌手、ミュージシャン、脚本家などの昭和世代にテレビの世界で活躍した人物だけが入居できる老人ホームという、そもそも設定が現実離れしたものであり、見世物としては面白いが、普通に生活している人の参考になるものだったり、参考にしてよいものではない。
詳しいことは忘れてしまったが、ドラマ設定では、入所時に資産をすべて施設を運営している法人に預け、法人がそれを運用して稼ぎ出したり資本にして施設を運営していくというシステムだったように思う。だから月々幾ら支払うというような料金システムではない。
では入所条件の資産は幾ら以上なのか?、全員が平等に一定額を拠出すればよいのか、テレビ界で活躍したと言っても活躍の度合いをどうやって計るのか計らないのか(活躍度は資産額に比例するのか?)、単に知名度なのか、仲間内の集いなのか、その辺りは良く分からなかった。

これを参考にしてはいけない大きな理由はみな元気だから。
老人ホームに入らなくても生活していけそうな自立した高齢者で、事実老人ホームには入っていないであろう俳優や歌手が演じている。(介護認定なんて関係ない世界っぽいけれど、皆さん介護認定非該当にあてはまりそうだ)
特養ではなく有料老人ホームという点を加味しても、逼迫感や孤独感があまり感じられない。
車椅子とか、がんとか、認知症とか、そういう元気とは反対側にあるものも出てくるにはくるが、現実を知っている者にとっては綺麗に描かれ過ぎていて、いまいちピンとこない。
願望を込めて逼迫感や孤独感を感じる必要のない老人ホームを描いたのだと言われれば、ああそうかぁと思うけれども、それはやっぱりとても狭い世界の中に留まってしまうだろうと感じる。その狭い世界の話なんだとと言われれば、返す言葉はありません。

このドラマを観た後に、NHKのドキュメント72時間で「海が見える老人ホーム」という回を観た。しばらくして偶然に再放送まで観てしまった。
『やすらぎの郷』の老人ホームはここがモデルになったのではないかと思った。
もっとも特養同様に私は全国の有料老人ホームを津々浦々見学したことがあるわけではないので、その意味では短絡的な感想かもしれないけれど。

ドラマにしても、NHKのドキュメントにしても、1人で暮らすのが困難になったから、あるいは家族が介護するのか難しくなったから、老人ホームに入所したという感じではないのだ。
老後の選択肢の1つとしての老人ホームへの入所。終の棲家を選び、そこに転居し、1人であるいは夫婦で生きていくことを決めたということ。
持家を売却してその資金を使って入居金を支払って入所したというようなことを話していた人がいたと思うので、おそらく結構な額の入居金を支払わなければならない所であろうと思う。
そうした選択肢があることを、そうした選択をすることを否定するつもりは毛頭ない。NHKに出てきた老人ホームも入所者が何百人もいる巨大な施設だと言っていたような気がする。それだけの人が現にそこで生活をしているのだから、否定しようもない。
だけど年金が心配、老後の備えが心配という人が多数を占める国で、それがメジャーであるのはおかしいと思う。
それともそういう所に入所したいからこそ、老後の備えが足りるか不安であると人々は思っているのだろうか?そのあたりがよく見えない。




... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)

# by yumimi61 | 2019-07-08 18:23

ささやか

e0126350_11170431.jpg

・KIMONO×?→KIWAMONO〇?

・10年以上ぶりくらいに「とんかつトミタ」に行ったのだが、お店のお客さんがほぼすべてテーブル席だった。(座敷席だとタモリさんお勧めの?素晴らしい河岸段丘の景色が眺められる)
そういう私もテーブル席だった(笑)。ちなみに夜ではありません。
出てきたお茶に微かに塩気とまったり感を感じて、蕎麦湯系な何か?と思ったくらいだったので、おかわりのお茶を注ぎにきてくれたアルバイト(多分)の女性に「緑茶ですか?」と訊いたら緑茶とのこと。その後みてたら給茶機からポットに入れていた。

・続とんかつ。
付いてきたタレの量が私には少なくて足りなかったのだけれど、テーブルの上にタレが置いてない・・。きっと言えば足してくれたのだと思うけど、気が小さい私は言い出せなかった。
しかもタレの味があっさりというか、かなり薄い気がしたのだけれど、気のせいなんだろうか。
お茶から始まって、私は自分の味覚がどうにかなってしまったのかと心配するはめになった。なんかいろいろ衝撃だった。

・味覚に異変が起きたのかもと思ったのにはもうひとつわけがある。
よく直売所や道の駅などに手作り系のお弁当や惣菜やパンやお菓子などが売っていると思うけれど、私が時々行くところで、パンというかケーキというかが半額で売っていた。
それは私的には定価だと買わないのだけれど半額なら買ってしまう物。
とんかつより少し前に、半額売りのそれを買って食べた。
それがこれまでと味が違ったのである。何がどう違うのか言うと、甘みがかなり薄くなった。
確かに以前には少し甘しぎるかなという感じはしたが、今度のは甘みが少なくて何か物足りない。
その時は糖質制限ブームに乗って砂糖を減らしたと信じて疑わなかった私だったが、とんかつを食べて私の味覚が狂ってしまったのかもしれないと不安を感じたわけである。

・考えてみたらまだあった。
「甘さ濃厚バナナ」を買った。食感は確かに「甘さ濃厚バナナ」っぽいのだけれど(実がもっちりと程よくしまっている)、肝心の甘さがない!
ほんとに私の味覚どうにかなっちゃったんだろうか。
さくらんぼも甘くなかったのよ。

・先日公園を歩いていたら、後ろから歩いてきた男性に追い抜き際に「あまり木に近づかないほうがいいですよ」と声を掛けられた。
「何かいるんですか?」
「マダニ」
私はお礼を言って木から離れた。

・パソコンにスマホに紙の文字、どうしても普段は近くの小さな文字を凝視することが多いので、外に出た時はなるべく遠くのものを見るように心がけている。
しかし人はそんなに前向きに生きられない。気が付くと下を向いて歩いている。
その時は右斜め前にトラックが駐車していた。タイヤの少し上あたりの位置に星形★の反射板のようなものが付いていたので、それを見ていたら、その横にステッカーが貼ってあって何やら文字が並んでいた。
完全に後方からは読めないであろう物陰に貼ってあった。
それを読んでみると・・・「最大積載量 女子高生が喰えるだけ」と書いてあった。
ん?パン運搬車?と思って顔を上げてトラックをまじまじ見ると、よく工事現場などに出入りする砂などを積載するトラックだった・・・。

・ソニープラザに行ったら、♡のTシャツが目に入ってきた。
手に取ってみると、♡の下にHaleiwaと書いてあった。
はっ!令和?

・今気が付いたけど「令和」って「れいわ」では漢字変換しないんですね。あたりまえか。
私もそろそろパソコン買い直さなきゃ。

・ソニプラで売ってた2000円くらいのテディペアが可愛くて触り心地がよくて欲しかったけれどさすがに踏みとどまった。

・スマートフォンも3月頃にちょっと調子悪くて買い換えようかなぁと考えていたのだが、3月というのは学生が買う時期でショップが混んでいるだろうと思って騙し騙し使っていたが、その後調子が復活して今に至る。
しかし寿命はそう長くないと思われるので、ある日突然OMGになる前に買い換えようかと悩んでいる(バックアップしていない)。

・7payでの不正利用が報道されているが、その報道がある少し前に、知り合いがクレジットカートを不正利用されたそうだ。
私もその話を7pay報道の前に聞いていた。
そのケースではクレジット会社から「利用しましたか」という確認の電話が入ったそうなのである。
金額は8万円くらいだったらしいが身に覚えはなく、すぐにカードを止めてもらったらしい。
カードは手元にあるそうなので、ネット上でクレジット情報が漏れた(抜かれた)ということなんだろう。
被害はコンビニのスマホ決済だけではないようですのでご注意を。とはいっても、クレジットカードというだけで大丈夫なんだろうと信用しちゃうところはありますよね。






# by yumimi61 | 2019-07-07 11:22

2000問題(6)

前回はショートステイについて書き、例として「要介護4で、ユニット型個室で、30日滞在して、合計130,500円」という数字を出したが、これは居住費や食事の負担軽減に該当しない人の金額である。
では要介護4がどんな程度かと言うと、介護はかなり大変な状態だと思ってよい。

要介護度認定のランクの目安
(おおまかな目安。身体機能と認知機能の兼ね合いなどもあり、認定と下記状態が必ずしも一致しているとは限らない。身体は動かすことが出来て行動能力はあるが認知機能に問題があり危険行動があるなどといった場合には、目が離せない状態が続くので、要介護認定は上がりやすいと言われている)

要支援1
排泄や食事はほとんど自分でできるが、身の回りの世話の一部に介助が必要。(状態の維持・改善の可能性の高い状態)

要支援2
食事、トイレなどはできるが入浴などに一部介護が必要な状態。(要介護になるおそれがある状態)

要介護1
生活の一部に部分的介護を必要とする状態。排泄、入浴、着替えなどに一部介助が必要な状態。

要介護2
排泄、入浴などに一部もしくは全て介助が必要で、着替えに見守りなどが必要な状態。

要介護3
重度の介護を必要とする状態。排泄、入浴、着替えについて全て介助が必要な状態。認知症に伴う問題行動が見られる。

要介護4
最重度の介護を必要とする状態。排泄、入浴、着替えについて全て介助が必要な状態。認知症に伴う問題行動が一層増える状態。

要介護5
寝たきりの状態。生活全般にわたって全面的な介護が必要な状態。


年金で足りる?足りない? 
~在宅介護の場合~

身体的機能の衰えがメインの人の介護4の場合には、行動能力はかなり低下しており、まず歩行が難しく、車椅子での生活を余儀なくされる。車椅子に乗れば自分で動かして移動できる人もいるが、出来ない人もいる、
臥床と離床(場合によって体位交換)、排泄(オムツ利用)、入浴、衣服着脱、洗面や歯磨き(入れ歯の手入れ)、投薬など全面的な介助が必要。
食事は見守りや部分介助を行えば、自分で食べられることが多い。
在宅で介護するならば、誰か介護できる家族がいて、さらに介護保険でホームヘルパーや訪問看護。訪問入浴サービスなどを頼み、時々ショートステイを利用するといった感じになるだろう。

ショートステイを使わない在宅での介護の場合の費用は、介護保険の限度額内で収められると思うので、1割負担ならば3万円で済む。
ショートステイを使って30日預ければ、13万円ほどかかる。但し、この13万円の中には食事もおやつも紙おむつ・パット代も洗濯代も含まれてくるので、他に費用はほとんどかからない。
在宅の場合は、少なくとも紙おむつ代は別途必要となる。
食費や洗濯は他の家族と一緒で割安で済むかもしれないが、要介護者に適した食事や栄養計算した食事を毎回作るのは手間となるので、その部分をホームヘルパーに依頼するとか工夫が必要かもしれない。

ともあれ、1ヶ月に13万円かかったとしても、年金をこれ以上受給しているならば、マイナス(赤字)になることはない。
10万円の年金受給で、収支をマイナスにしないように収めるならば、ショートステイの日数を調整すればよいということになる。
5万円の年金受給でも介護保険内のサービスならば受けられるし、紙おむつ代も出るだろう。ただ比較的長く泊まりで預かってもらうということが難しくなってくる金額なので介護をする家族の負担は重くなる。
しかし前記事に書いた通り、これが非課税世帯などで負担軽減に該当すれば、そもそも13万円もかからない。13万かかるところが8万円以下になる。さらに前記事ではユニット型で計算したが、多床室の施設を選べばユニット型よりもさらに自己負担額は少なくて済む。


~施設入所の場合~
ショートではなくてロングな施設入所の話。
施設と言っても最近はいろいろなタイプの施設があるが、「年金と備え(蓄え)と老後」を柱にした話をしてきたので、最初にまず特別養護老人ホーム(特養)を取りあげたい。
何故かと言えば、ロングな施設入所は間違いなく特養が一番安いから。
まず初期費用(入居一時金や敷金など)は一銭も必要ない。
初期費用は必要ないが、特養に入所するにあたっては終の棲家とする覚悟が必要である。要するに死ぬまでそこで生活するということである。(これは初期費用の必要な有料老人ホームなども同じである)

初期費用が必要ない上に月々かかる費用も他と比べると安いのが特別養護老人ホーム。
かかる費用はショートステイと同じ仕組み。

①介護保険の施設サービス費(基本料)+②居住費+③食費+④施設独自の加算やサービスの利用代

①施設介護サービス費(基本料)は こちらの記事の下部に書いた居宅サービスの1ヶ月の限度額よりも安くなる。

①施設介護サービス費(基本料・・・要介護度と居室タイプによって決まる。30日分の料金
      多床室  ユニット型個室
     従来型個室 ユニット型準個室
要介護1  16,710円  19,080円

要介護2  18,750円  21,090円

要介護3  20,850円  23,280円

要介護4  22,890円  25,290円

要介護5  24,870円  27,300円

②居住費と③食費の基準料金は、前記事に書いたショートステイの場合と同じである。そして負担軽減制度も同じにある。(有料老人ホームではこれは適用されない)
①の介護サービス費は自己負担限度額を超えた部分が還元されるのも、前記事に書いたようにショートステイその他のサービスと同様である。

すなわち、特別養護老人ホームならば、5~14万円/月で生活できるということである。
料金に幅があるのは、要介護度、所得や資産、居室タイプが違うからである。
この月々の料金を年金で賄えるかどうかは、年金受給額が個々に違うので人それぞれということになるし、世帯の形や意向(要するに自分の年金以外にも収入があるかどうかや家族が出すかどうか)や家族の健康状態によっても違う。
年金で足りないけれど貯蓄はあるという場合には貯蓄で補うという方法もある。その場合は月々不足金額に12か月掛けて、さらに残り生きられそうな年数を掛けて、どれくらい貯蓄が必要なのかを考える必要がある。


特養に入れるのは要介護3以上
新たに特養に入所する人は、原則要介護3以上と定めている。
だから「そんなに安いならもう特養に入るわ」と要介護1の人が申し込んでもダメである。

しかしこれにも例外があって、要介護1・2であっても、やむを得ない事情により特養以外での生活が著しく困難であると認められる場合には、市区町村の適切な関与の下、施設ごとに設置している入所検討委員会を経て、特例的に認められることがある。
勘案されるやむを得ない事情とは、認知症や精神障害・知的障害などを伴い、日常生活に著しく支障を来たしていて、さらに在宅での生活が困難という事情。高齢や病弱で家族による支援が期待できず、地域でのサービスも手薄な場合や家族に虐待されているなど心身の安全が脅かされている場合など。


待機問題
「特養入れなかった、日本死ね」とか書いたら、誰か政治家さんが取り上げてくれるかなぁ。「老害、おまえが死ね」とか集中砲火を浴びそうで怖いですね。
(今が可愛い盛りの待機児童やその親御さんたちが、やがていつの日かそんなことを言い出さないことを願うばかりです)
それは冗談ですけれども、保育園と同じように特養にも待機問題がある。

入所したいから申し込んですぐに入れるわけではない。
なにせ基本的に入所者がお亡くなりにならないとベッドが空かないわけですから。

東京都では待機(申込者)が1000人を超える特養はざらにある。
地方、例えば群馬県ならば100~300人といったところ。
しかしこれ、申し込んだら必ずそこに入所しなければならないということはない。キャンセルが可能である。
人によっては余裕をもって1人で幾つもの特養に申し込んでおく。
だから待機人数を全部足した数が純粋な待ち人数ではない。かなりの数のダブリがあるとみていい。(保育園の場合はそういうことはないんですか?)
住所地の特養に申し込まなければならないという決まりもないので(どのみち特養入所時には住民票を施設に移す)、ダブリは全国に亘るということになる(そうは言っても個々人がダブらせているのは同一都道府県内の施設せいぜい近隣都道府県や子供が住んでいる場所、あるいは出身地などだと思うけれども)。

入所は申し込み順(先着順)ではない。
空きが出来ると申込者などから緊急性や必要性(優先度)を施設側が検討して入所者を決定する。入所優先度判定指針なるものがあり、それに照らし合わせて検討していくらしい。
だから申込み段階と状態が変わったような場合には施設に連絡しておいたほうがよい。
入所要件は要介護3以上であるが、実際に入所する人は要介護4や5の人が多い。

でも待ちきれずに有料老人ホームに入所したり、健康状態が変わって入院したり、お亡くなりになられたり、他の特養に入所できていたりして、「入所が決定しました」と連絡を入れても、多い時には10人近く空振りになることもあるらしい。


特養、実は空いている?
特養に入所するかどうかは、同居家族あるいは近くに家族が住んでいて介護してもらえるかどうかによって変わる。
つまり核家族や単身世帯の多い都市ほど必然的に需要も多くなるはずである。
だから地域的になかなか入所できない地域もあれば、そうでもないという地域もある。

あとベッドが空いていても入所させられない事情もある。
それは介護職員や看護師の不足である。
常駐させなければならない職種と入所に対する人数が決められているので、それが満たせない場合には入所者数を増やすわけにはいかなくなる。最悪運営が出来なくなる。
病院などもそうだけど、人材不足というのは利用者にとってはもちろんのこと経営にとっても深刻な問題となる。

さらに公的な特養などは基準があり自由に価格設定が出来ず、さらに入所者数は一定なので、特養という施設だけで大きな利益を出すことはなかなか難しいだろうと思う。
利益がでなければ職員の待遇も良くはならない。そうなれば増々人材不足を助長する。
そんなわけで今は病院や他の施設やサービス事業所を経営・運営している法人が特養も運営していることが多かったりもする。


一方、(これは介護サービス全般に言えることだけれど)、対象が無限ではなく(高齢者の数と要介護認定を受けた人の数)、介護保険で利用できるサービスの限度額が決められているので、高齢化社会だからと言って闇雲に施設やサービス事業所を作っても、利用者は分散され、介護人材も分散され、運営が上手くいかないということも出てくるだろうと思う。
また様々な施設が出来ることによって、利用者側にとっては、お得なサービスが分からなくなったり見えなくなってしまうことも十分に考えられる。
せっかく社会保障していてもそれが活用できていないケースもありそうである。



... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)
# by yumimi61 | 2019-07-05 16:20

2000問題(5)

介護保険では好きなサービスを好きなだけ受けるというわけにはいかない。
上限は介護度によって違うので、その金額内でサービスを受ける。(超えた部分を全額自己負担すれば上限金額を超えてサービスを受けることは可能である)

どうして上限が設けられているのか言えば、介護保険から支出が膨大になり保険が破綻しないように。
それからサービス事業所や施設の不足や介護人材の不足があるため。
あともうひとつ、身体機能を保って、ADL(日常生活動作)レベルやQOL(クオリティ・オブ・ライフ;生活の質)を低下させないためには、なんでもかんでも手を貸したり代行してあげればよいというわけではないからという理由も付け加えておきたい。
使わない機能は低下する。筋力も使わなければ低下する。専門職が支援や介護を全て引き受けてしまったら家族とは疎遠になるかもしれない。
もちろん介護認定を受けるような人は、原因となる疾病などそれなりに理由があって身体機能が低下したり、低下が進行したりしてしまうことが多いし、家族が介護を十分に出来ない事情もある。しかしそれでも人間である以上、可能な限り維持させる方向で努力すべきという側面もある。


前回このように書いて保険内で使える介護費用(上限額)と自己負担額を載せた。
この金額は施設に入所せずに、基本的に自宅で生活しながら受ける介護サービスの費用である。(居宅サービスや在宅サービスなどと言う)
この中には一時的に施設預かってもらうショートステイも含まれる。

【ショートステイ】
一時的というのはどれくらいかと言うと、1日から可で、連続しての預かり(利用)が最高30日までと決められている。
もしも連続して30日を超えるようならば、超えた期間(31日目)は全額自己負担となる。
とはいっても、他の利用者などもいるので、全額自己負担するからと言っても施設側に受け入れられるとは限らない。
介護保険が関わるものは、病院の自由診療や介護保険を使わない完全有料な施設でのショートステイと違って費用を施設が自由に設定できるわけではなく、施設側が受け取る金額は全額利用者自己負担であろうが介護保険から支払われようが別に変わりなく、利用者自己負担が施設にとってメリットになるわけではない。
むしろ長期で受け入れることはショートステイの本来の目的に沿わないことから施設側が減算されてしまい、少し損してしまうことになる。

利用は数か月前からの予約によることが多いので、急な依頼の場合には受け入れ可能な施設がなく利用できない場合もある。但しキャンセルなども多いらしいので、担当のケアマネジャーに相談してみる価値は十分にある。
介護者が介護できない時にしか預けられないと思っている人もいるかもしれないが、取り立てて用事が無くても介護者の息抜きのために預かってもらうことも出来るし、普段1人暮らしの高齢者が利用することもできる。
体調管理や環境管理が難しい厳寒期や酷暑期などは利用が多いらしい。
何か商売をしている家ならば忙しい月末や決算期、農家ならば農繁期などといった時期にも積極的に利用される。
1年に何度も利用する場合、毎回同じ施設のショートステイを利用しなければならないということはなく、違ったところでも構わない。どこにせよその都度施設と契約は取り交わされる。

その他、ショートステイの利用は原則的に、要介護認定の有効期間(認定には半年~2年の有効期間が定められており期間を終了する頃に見直しが行われる)の半分の日数を超えてはいけないとされている。
例えば有効期間が1年間(365 日)の場合には、トータルで183日以上のショートステイの利用はできないということになる。

介護保険内(限度額内)でショートステイを利用可能な1ヶ月における日数の目安
(他の介護サービスを利用しなかった場合)

要支援1  9~10日
要支援2  17~18日
要介護1  24~27日
要介護2  24~27日
要介護3  26~28日
要介護4  30日
要介護5  30日


=ショートステイの費用=
①介護保険の施設サービス費(基本料)+②居住費+③食費+④送迎費+⑤施設独自の加算やサービスの利用代

上記のように介護保険の介護サービス費(施設サービス費・基本料)の他に居住費と食費が必要となってくる。
居住費や食費は自己負担扱いであり介護保険の限度額には含まれない。
従って、施設に滞在する場合には、それだけ費用がかかってくる。
介護については利用者に合わせて必要な介護を全て行ってくれるので安心感は高い。

④は家族などが送迎をすれば必要ない。⑤の有無は施設によって違い、加算部分は自己負担分(1割など)の支払いであり、独自サービス(例えばヘアカットとか)はその利用料金を支払うことになる。

①の基本料は介護度と自己負担割合によって違い、負担割合1割ならば500~1,000円/日程度である。(介護度が重くなるほど高くなる)

②居住費は施設の部屋の形態によって料金が違う。
それぞれ基準額が定められているので、多くの施設がこの金額に準じている。
  ユニット型個室 1,970円/日
  ユニット型準個室 1,640円/日
  従来型個室 1,150円/日
  多床室 840円/日
※ユニット型というのは、少人数グループ(10人以下)をひとつの生活単位(ユニット)として区分けして、1ユニットごとに専用の居住空間と専任の職員を配置するスタイル。国はユニット型を推奨しているらしく、新しく出来る施設はこのタイプが多い。
ユニット空間それぞれに、それぞれの個室と、個室を出た所(中央)に食事や共同作業をするスペースやテーブルがある。
従来型個室型は、ベッドは個室にあるが、食事や共同作業は1箇所の大スペースで行うというタイプ。
多床室はベッドも個室ではない、いわゆる大部屋(4人部屋など)で、食事や共同作業は1箇所の大スペースで行うというタイプ。

③食費 1,380円/日 ・てん施設によって多少異なる

介護度4で、ユニット型個室で、30日滞在した場合
 基本料 1,000円×30日=30,000円 ←限度額内
 ユニット型個室 1,970円×30日=59,100円
 食事 1,380円/日×30日=41,400円
 合計 130,500円


介護保険外の有料施設でのショートステイは、1泊2日で8,000~20,000円程度らしい。
ホテルに泊まるのと同じくらいの費用であるも、ホテルと違うのは介護サービスが付いていること。
もし30泊31日滞在すれば、単純計算では24~60万円にもなる。長期割引でもう少し割安にはなるとか、1ヶ月という単位での料金があるかもしれないけれども。
介護保険利用施設で空きがないけれどどうしても預かってほしいという事情があって、1泊2泊の短期ならば使えるかもしれない。


=居住費と食費の負担軽減=
先に述べたようにショートステイを利用する際の居住費と食費は自己負担扱いとなるが、所得と資産が要件に当てはまる世帯の利用者の場合には、「介護保険負担限度額認定」を受けることで、負担を軽減することが出来る。
認定を受けたいという人は役所に申請に行く。

要件
(1)生活保護受給者
(2)老齢福祉年金受給者(昔あった制度なので対象者はもうあまりいない)
(3)世帯全員が住民税非課税であること(世帯には事実婚の配偶者も含まれる)
   参考:<年金受給者のみの高齢者の住民税が非課税となる受給額>
      ・65歳未満の場合  年金受給額が年間105万円未満
      ・65歳以上の場合  年金受給額が年間155万円未満


上の(1)~(3)のいずれかに該当しても、次に該当する場合には認定されない。

●住民税非課税世帯でも、「世帯分離」している配偶者が課税されている場合。
「世帯分離」はその名の通り、世帯を分けること。
戸籍とは関係なく、住民基本台帳を分ける手続きであり、住所を変えることもなければ引っ越す必要もなく、扶養から外れる必要もない。生計が別であるという意味合いが大きい。
介護費用が安くなるとして、これを行う人が最近増えているらしい。
世帯の所得によって負担割合や限度額が変わることから、世帯を分けて所得を小さくするというわけ。
多いのは2世帯で暮らす一家が、親世帯と子世帯で世帯を分離するものであるが、夫婦で世帯分離しているケースもある(この場合、住所が違うケースもある)。
しかし夫婦の世帯分離において、一方が課税されている場合には、負担軽減対象外となる。

資産の総額が単身世帯では1000万円以上、夫婦世帯では2000万円以上ある世帯。
資産とは、預貯金(普通・定期)、有価証券(株式・国債等)、金や銀(積立購入含む)等の購入先の口座残高によって時価評価が容易な貴金属、投資信託、タンス預金(現金)、負債。

所得だけでなく資産をみて負担軽減するかどうか決めるという制度が介護保険では2015年から導入されている。
そこで設定されている資産額が世帯で2000万円なのだ。
現在2000万円以上の貯蓄がある高齢世帯(単身世帯は除く)は42.8%である。この世帯は今現在所得が低いとしても負担軽減は受けられない。


=軽減の度合いは3段階&高額介護サービス費の自己負担限度額=

第1段階 生活保護受給者、老齢福祉年金受給者
•食費の負担限度額 300円/日
•居住費の負担限度額
 ◦ユニット型個室 820円/日
 ◦ユニット型準個室 490円/日
 ◦従来型個室(特養)320円/日
 ◦従来型個室(老健・療養型)490円/日
 ◦多床室 0円

第2段階 合計所得金額と課税年金収入額と非課税年金収入額の合計が年間80万円以下の被保険者
•食費の負担限度額 390円/日
•居住費の負担限度額
◦ユニット型個室 820円/日
 ◦ユニット型準個室 490円/日
 ◦従来型個室(特養) 420円/日
 ◦従来型個室(老健・療養型) 490円/日
 ◦多床室 370円/日

第3段階 上記以外の非課税世帯に属する被保険者
•食費の負担限度額 650円/日
•居住費の負担限度額
◦ユニット型個室 1310円/日
 ◦ユニット型準個室 1310円/日
 ◦従来型個室(特養) 820円/日
 ◦従来型個室(老健・療養型) 1310円/日
 ◦多床室 370円/日


上の方に書いた、「要介護4で、ユニット型個室で、30日滞在して、合計130,500円」だった方が、もし年金10万円/月の非課税な単身者で、資産が1000万円以下だとすると・・・(第3段階)
 基本料 1,000円×30日=30,000 ⇒24,600 ←非課税世帯のため高額介護サービス費の自己負担限度額に当てはまり減額※
 ユニット型個室 1,310円×30日=39,300円
 食事 650円/日×30日=19,500円
 合計 83,400円
  ↓
 47,100円の負担軽減となる。

要介護4の生活保護受給者がユニット型個室で30日滞在したならば・・・(第1段階)
 基本料 1,000円×30日=30,000円 ⇒15,000円 ←生活保護のため高額介護サービス費の自己負担限度額に当てはまり減額※
 ユニット型個室 820円×30日=24,600円
 食事 300円/日×30日=9,000円
 合計 48,600円

※但し基本料部分の減額は料金を支払う時に減額されるのではなく、市区町村の窓口で申請して、払い戻されるのは約3か月後となる。(領収書は捨てずにとっておきましょう)
負担限度額認定を受けた人の居住費と食費は利用料請求の段階で減額されている。


高額介護サービス費の自己負担限度額
e0126350_18302188.jpg




... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)
# by yumimi61 | 2019-07-04 13:27

2000問題(4)

前回の続きで、皆さんが大層不安に感じられている「老後・病気(医療)・介護の備え」のうちの今回は介護の話になります。

【介護】
1997年に「介護保険法」制定、これが2000年4月1日よりから施行されている。
日本の現在の介護は主にこの社会保障制度によって支えられていることになる。
これも国民皆保険であり、40歳での加入が義務付けられ、保険料の徴収が始まる。
年金と違って、徴収が60歳や65歳で終わるということはない。生きている限り(たとえ自分が介護される立場になっても)納付する必要あり。

👨👩 介護保険料を納付すべき人 👴👵 

・40~64歳のサラリーマンや公務員
加入している健康保険と一緒に徴収される。
この場合の保険料は、給与と加入している健康保険の介護保険料率によって決まり、一律な金額ではない。健康保険料と同様に半分は会社(事業主)が負担している。

・40~64歳の自営業者など(国民健康保険加入者)
この場合の保険料は、前年の所得と住んでいる市区町村の介護保険料率によって決まる。市区町村もそれぞれ年齢構成や財政状況などが違うので保険料率も一律ではない。

・年金受給年齢に達した65歳以上は、原則として年金から天引きされ、それぞれの市区町村に収められる。


👴👵 介護サービスを受けられる人

介護保険では、65歳以上の人を1号被保険者、40~64歳までの人を2号被保険者としている。

サービスを受けられるのは、原則として1号被保険者(65歳以上)のみである。
たとえば、40歳の人が交通事故に遭遇して後遺症を残し、日常生活が不自由になってしまったという場合でも、介護保険による介護サービスは受けられない(対象にはならない)。

但し、例外として2号被保険者でも、老化に起因する指定の16の「特定疾病」により介護認定を受けた場合には、サービスの対象者となる。

「特定疾病」
心身の病的加齢現象との医学的関係があると考えられる疾病であって次のいずれの要件をも満たすものについて総合的に勘案し、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因し要介護状態の原因である心身の障害を生じさせると認められる疾病である。  
1) 65歳以上の高齢者に多く発生しているが、40歳以上65歳未満の年齢層においても発生が認められる等、罹患率や有病率(類似の指標を含む)等について加齢との関係が認められる疾病であって、その医学的概念を明確に定義できるもの。
2) 3~6ヶ月以上継続して要介護状態又は要支援状態となる割合が高いと考えられる疾病


■指定16の特定疾病
①がん(医師が一般に認められている医学的知見に基づき回復の見込みがない状態に至ったと判断したものに限る) ②関節リウマチ ③筋萎縮性側索硬化症 ④後縦靱帯骨化症 ⑤骨折を伴う骨粗鬆症 ⑥初老期における認知症 ⑦進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症及びパーキンソン病 ⑧脊髄小脳変性症 ⑨脊柱管狭窄症 ⑩早老症 ⑪多系統萎縮症 ⑫糖尿病性神経障害、糖尿病性腎症及び糖尿病性網膜症 ⑬脳血管疾患 ⑭閉塞性動脈硬化症 ⑮慢性閉塞性肺疾患 ⑯変形性関節症(両側の膝関節又は股関節に著しい変形を伴う)


サービスの受け方
介護サービスを利用したい本人や家族が住んでいる市区町村の窓口に申し込む。
何かの折に支援が必要そうであると察した保健師や入院などをきっかけとして病院の看護師・ケアマネジャー・ソーシャルワーカーなどが申し込むようにアドバイスすることもあるが、基本的には利用したいと思ったら自分で申し込む。

申し込むと市区町村の担当者が聞き取り調査にのために自宅あるいは入院中の病院などに訪れて、日常生活の状況や身体機能をチェックする。

・1次判定
聞き取り調査と主治医意見書を基に、介護にかかると想定される時間(要介護認定等基準時間)をコンピューターが推計算出して、7つのレベルに分類する。


・2次判定
1次判定の結果をもとに、介護認定審査会が審査を行い、最終的に要介護度を判定する。
 ⇒非該当(自立)、要支援1、要支援2、要介護1、要介護2、要介護3、要介護4、要介護5

1ヶ月ほどで判定が出て通知される。非該当以外の場合には、サービス事業者を選択して、そこに所属するケアマネジャーと相談の上でケアプランを決定し、介護サービスを利用する。
サービス事業者のリストは市区町村でもらえる。


受けたサービスの費用の負担割合
健康保険で診療を受けたり入院したりした場合には、かかった医療費の何割かを自己負担する。これには多くの人が馴染んでいると思う。
介護保険もそれと同じである。
例えば介護用品をレンタルしたり、ホームヘルパーを派遣してもらったり、デイケア(通所リハビリ)に通ったり、ショートステイ(一時預かり)をお願いしたり、施設に入所して介護を全面的に依頼したり、そのようなサービスを受けたら介護費用が発生する。その何割かを自己負担することになる。

何割自己負担するかはやはり年収によって決まる。介護支援が必要なくらいなので本人は年金収入のみのケースが多いと思われるが、他に収入がある人はそれらも加味する。

e0126350_21294538.jpg
合計所得金額とか控除とかやや難しい話であるが、これは自分で計算しなくても係の人がやってくれて負担割合が書かれた介護保険証が届くので心配はない。
分かりやすい目安としては、、、
・3割負担
単身世帯で年金収入のみの場合、年金収入が344万円以上(月額28.7万円以上、2ヶ月分の振り込み額ならば57.3万円以上)に相当する。
・2割負担
単身世帯で年金収入のみの場合、年金収入が280万円以上(月額23.3万円以上、2ヶ月分の振り込み額ならば46.6万円以上)に相当する。
・1割負担
単身世帯で年金収入のみの場合、年金収入が280万円未満(月額23.3万円未満、2ヶ月分の振り込み額ならば46.6万円未満)に相当する。

年金収入だけならば多くの人が1割負担に該当する。




介護保険でのサービスには上限がある
医療費と介護費が大きく違うのは、介護費は1ヶ月に使える上限金額が定められているということ。
医療の方は、1ヶ月に何回病院を受診しようが、どんな治療を何回受けようが、それは本人次第である。
当然医療費は発生するが、そこに上限は設けられていない。
発生した医療費は健康保険と自己負担で賄われ、病院の収入となる。

介護保険では好きなサービスを好きなだけ受けるというわけにはいかない。
上限は介護度によって違うので、その金額内でサービスを受ける。(超えた部分を全額自己負担すれば上限金額を超えてサービスを受けることは可能である)
受けるサービスによって単価も違う。
何を組み合わせたら効果的で本人や家族の負担が減るのか、担当のケアマネジャーが状態を見たり訴えを聞いたりしながら、本人や家族と相談の上、プラン作成や単位(お金)の計算を行ってくれる。
自己負担分の支払いはサービスを提供してくれたサービス事業者に行う。

どうして上限が設けられているのか言えば、介護保険から支出が膨大になり保険が破綻しないように。
それからサービス事業所や施設の不足や介護人材の不足があるため。
あともうひとつ、身体機能を保って、ADL(日常生活動作)レベルやQOL(クオリティ・オブ・ライフ;生活の質)を低下させないためには、なんでもかんでも手を貸したり代行してあげればよいというわけではないからという理由も付け加えておきたい。
使わない機能は低下する。筋力も使わなければ低下する。専門職が支援や介護を全て引き受けてしまったら家族とは疎遠になるかもしれない。
もちろん介護認定を受けるような人は、原因となる疾病などそれなりに理由があって身体機能が低下したり、低下が進行したりしてしまうことが多いし、家族が介護を十分に出来ない事情もある。しかしそれでも人間である以上、可能な限り維持させる方向で努力すべきという側面もある。


介護度別限度額(1日から月末までの1ヶ月単位)(居宅サービス)
左の金額が1割負担真ん中の金額が2割負担右側の金額が3割負担

要支援1
50,030円  5,003円 10,006円  15,009円

要支援2
104,730円 10,473円 20,946円  31,419円

要介護1
166,920円 16,692円 33,384円  50,076円

要介護2
196,160円 19,616円 39,232円  58,848円

要介護3
269,310円 26,931円 53,862円  80,793円

要介護4
308,060円 30,806円 61,612円  92,418円

要介護5
360,650円 36,065円 72,130円 108,195円



(次回に続く)





# by yumimi61 | 2019-07-02 16:05

2000問題(3)

人は、自分がいつ病気になるか、何の病気になるのか、それが分からない。
「自分」あるいは「配偶者」が何歳で死ぬのか全くもって見当が付かない。
日本の2017年の平均寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳である。
だいたいそのくらいかなぁとは思うものの、それは平均であって個々にぴったり当てはまるものではいことを人々はよく知ってもいる。
運が良ければ(下手をすれば)、平均寿命からさらに20年も生き続ける。
今は大丈夫だけど将来介護が必要になるのか、それともポックリ死ぬのか、分かりそうで分からない。

だから不安なのだ。

60歳以上の人に何のために貯蓄しているのか訊いたら、62.3%の人が「病気や介護の備え」のためと答えた。

2015年に実施された「生命保険に関する全国実態調査」(対象世帯は2人以上世帯で高齢世帯とは限らない)でも、死亡・医療・老後・介護などに対する経済的備えについては、「現在の備えでは不安である」と答えた人の割合は70~80%と高い水準にある。
ちなみに2人以上世帯の生命保険加入率は90%であり、ほとんどのものに医療特約が付随しており、さらに医療保険のみに加入している人もいるため、医療保険・医療特約の加入率は92%くらいある。

e0126350_18082334.png
【医療】
👨👩現役世代が怪我をしたり病気になった場合にかかる費用 
 ・保険診療(外来・入院) 3割の自己負担
 ・入院時などの保険外負担分(食事代、差額ベッド代など)
 ・先進医療や自由診療
 ・休業中の給与分費用
 ・家族や本人の通院交通費

(診療や入院)
日本で一般的な治療や入院ならば、ほぼ保険診療でカバーできる。
保険診療でも3割は自己負担しなければならないが、保険診療が高額になった場合には、申請すれば「高額療養費制度」が適用され、1ヵ月 (1日から月末まで)の費用が自己負担限度額を超えた場合、超えた部分は支払わずに済む(あるいは後で戻ってくる)。
この制度は、組合健保・協会けんぽ・国保など、すべての健康保険にある。
一旦支払って後から申請することも可能であるし、高額になることが予想される場合には「限度額適用認定証」を先にもらっておくという手もある。

自己負担限度額は収入や加入健保によって違うが、平均所得付近の所得の人が「がん」で外科手術のため入院した際の1ヶ月の自己負担限度額は8~10万円くらい。(3割負担で「高額療養費制度」を使わなければ30~60万円くらいかかる)
外科手術で入院する場合には何か月も入院するということはまずない。ただ入院日が月末で翌月初にかかる場合には、月末締めのため請求が2つに分かれ、自己負担限度額もそれぞれの月において計算しなければならない。。
この他に食事代がかかる。大部屋では差額ベッド代(部屋代)は必要ない。ICUも保険適用である。

生命保険で医療特約を付けている場合には、入院して申請すれば入院給付金(1日5000円など)が給付される。給付日額5000円として2週間の入院ならば7万円が保険会社から給付される。
がん保険などに加入していて、がんで治療や入院すれば、さらに給付がある。

先進医療や自由診療はまだまだ一般的ではない。
がん治療の自由診療は免疫療法や温熱療法などがあるが、その療法だけを自由診療にするということが出来ない。治療に自由診療でなければ出来ないものを組み入れたら、入院含めすべてが自由診療となってしまい全額自己負担する必要が出てくる。
先進医療の場合には、定められた先進的な治療だけを自由診療(全額自己負担)で、他の治療や入院費などは保険適用させることができる。
しかし先進治療はそれだけでも高額なものが多く、特定の疾患・病態で医師が治療の効果があるだろうと認めた場合にのみ実施されるので、まだそこまで一般的ではない。
生命保険に先進医療特約などを付けている人が先進医療の適用になれば給付金がある。

(休業中の給与)
会社員の場合には、労災ならば休業補償(8割)、労災以外の一般的な傷病ならば傷病手当金(6割ほど)が給付される。
国保にはこれらの制度がない。


ということで、保険内での治療や入院の場合には、何十万を自己負担しなければならないということはないと思う。


👴👵 高齢者が怪我をしたり病気になった場合にかかる費用 
 ・保険診療(外来・入院) 
e0126350_00214742.jpg
 ・入院時などの保険外負担分(食事代、差額ベッド代など)
 ・先進医療や自由診療
 ・休業中の給与分費用
 ・家族や本人の通院交通費

会社員の場合、定年退職した後、任意で引き続き会社の健康保険に加入することが出来る。(但し保険料は全額自己負担となる。上限はあり。現役時代は半分を会社が負担している)
大手企業や企業グループなどの健康保険組合の特例退職被保険者制度であるならば75歳まで加入可能。協会けんぽでは2年のみ。いずれも退職後一定の期間に申請しなければならない。
これを利用しない人は国民健康保険に加入する。
また退職後は条件を満たせば配偶者や子の被扶養者になることも出来る。

現在は定年後に再雇用されて引き続き就労することも少なくないと思うが、再雇用後の所定労働時間・所定労働日数・雇用契約期間が一定の基準以上であれば健康保険も継続される。(退職時に一旦喪失し、すぐに再取得するという形をとり、保険料や給付などは再雇用後の給与が基準になる)

70歳まではいずれにしても、現役世代と同じで3割負担である。
70歳以上は収入による。(年金のみの収入ならば3割負担ということはほとんどない)

「高額療養費制度」があるのも同じである。
上の現役世代の所では説明しなかったが、医療機関ごとの金額であり、同一医療機関でも外来と入院の会計は別にして、限度額を超えた時に適用されるもの。
だから病院ジプシーで、同じ月に、A病院に3万、B病院に3万、C病院に3万と自己負担分を支払っても、病院単位では適用されない。
ただし世帯合算してよいことになっている。同じ月の自己負担額を合算した額が限度額を超えれば適用を受ける。この場合は後から戻ってくる形式になる。
 ・70歳未満の場合は、自己負担額が21,000円以上だったものを足せる。
 ・70歳以上の場合は、自己負担した額をすべて足せる。
「高額療養費制度」の限度額は年収によって変わるので、年収が低くなれば、限度額も下がって高額医療費負担もより下がる。

●70歳未満では現役世代も高齢者(60~69歳)でも所得区分に則って限度額が決まる。
現役世代並みの収入以下の場合は、こんな感じである。
 ・標準報酬月額26万円以下の人 57,600円 
 ・旧ただし書所得(総所得金額から住民税の基礎控除額33万円を引いた額)210万円以下  57,600円
 ・低所得者・・住民税(市町村民税)が非課税者など  35,400円

●70~75歳未満、並びに75歳以上(後期高齢者)
 ・現役並みの所得はなく、低所得でもない人 外来18,000円 入院57,600円
 ・低所得者・・住民税(市町村民税)が非課税者 外来8,000円 入院24,600円


【年金受給者の住民税が非課税となる受給額】
(上記の低所得者の区分に該当する。年金以外に収入がある場合には年金がこれに該当しても非課税ではなくなる可能性もある)
・65歳未満の場合  年金受給額が年間105万円未満
・65歳以上の場合  年金受給額が年間155万円未満


ご高齢の方々は、入院して手術治療など受ける場合にも、だいぶお安く(自己負担額が少なく)なります。
もっとも手術適応可能な年齢というか体力というかがあるものですが、それが現代では結構伸びているというか適応が広がっているというかで、年金のみならず健康保険も大変です。




... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)

# by yumimi61 | 2019-07-01 17:18

2000問題(2)

前記事の続きで老後2000万円問題です。

前記事に載せたグラフから支出の箇所だけ抜き出しました。↓
e0126350_11272380.jpg
住居費と持家率

前回は「その他」が気になると書いたが、「住居」が気になるという人もいるのではないかと思う。
この支出は統計上の平均と考えるしかないので、個々に沿う金額ではない。
賃貸住宅か持家かによって、住居の部分の費用は大きく変わる。
賃貸の場合、都心に住んでいるのか地方なのかによっても違うだろうし、市営や県営など公営住宅や公団住宅に住んでいるのか民間の賃貸なのか、それとも有料老人ホームや住宅型老人ホームに入居したのかによっても違う。

e0126350_11375340.png
上のグラフ(統計)によれば、60歳以上世帯の持ち家率は94%であり、かなり持ち家率が高い。
この統計も前回問題がなくない統計だと書いた総務省の「家計調査」をもとにしているようだ。
さらにそもそもこのグラフについては2人世帯以上の統計であり、1人暮らしの世帯が含まれていない。


家族の形、住居の形

前回の「表1-2-4 高齢者世帯の所得」の表では65歳以上の平均世帯人員は1.56人と書いてあった。これは1人暮らし世帯を含めた平均世帯人員である。
1人暮らしを除いた60~70歳の平均世帯人員は2.72人、70歳以上は2.42人となっている(上のグラフから)。
幅の少ない世帯人員で平均が1くらい違うので、1人暮らし世帯が結構あるということになる。

1人暮らし世帯にも、死別によって1人暮らしになった世帯、離婚によって1人暮らしになった世帯、独身の1人暮らし世帯がある。
中高年での死別の場合にはすでに持家だった可能性がある。離婚の場合も同様である。独身の人でも持家の人はいる。
だから一概には言えないが、全体を見れば1人暮らし世帯は2人以上世帯よりも持家率は下がると考えられる。

持家を取得する場合には住宅ローンを組むことが多いが、定年までに完済できるようにするのが一般的なので60歳以降に住宅ローンを抱えているという世帯はグンと減る。
従って年金で暮らすようになった時には、基本的には賃貸料などの住居費はかからない。(土地・家に応じた固定資産税はかかる)
これが賃貸住宅の場合には、住み続ける限り賃貸料という住居費が発生する。従って1人暮らし世帯のほうが住居費は高い傾向となるだろう。

ただ中高年になると、それでも持ち家ではなく賃貸住宅回帰願望が起こってくる。
かつてあれほど夢見た(?)はずのマイホームを手放すことを選択肢に入れるのだ。
何故か?

・子供が成長して家を離れたため、マイホームの必要性が薄れる。
・小さな所で少ない荷物で暮らしたいと思うようになる。
・子供が戻る予定のない家を保持することに意味を感じられない。(ゆくゆく子供や近所に迷惑がかかることが予想されるのでその前に処分を考え始める)
・庭や生垣などの手入れが面倒だったり費用がかかる。(体力・気力・財力が落ちるので負担となってくる)
・家の修繕費がそれなりに必要である。
・近所づきあいや地域の集会・役割・行事への参加が煩わしい。(そういうことが希薄な賃貸住宅に住みたいと思うようになる)
・世間が高齢者の運転にも厳しくなったので、公共交通の便がよく、買い物や通院などしやすい場所での生活を考える。

このような傾向は近年、とくに核家族の多い都市部にいくほど強くなる。
ローン完済後に手放せば、それが例え幾らであっても売れる限りマイナスにはならない。
しかしローンが残っていれば、売却代によってローン残金を回収しなければマイナスになってしまう。
売り手が付かない場合、ローンを払いつつ、新たに賃貸料などが発生するはめになってしまう。
年をとった時に、人が快適に安心にストレスなく暮らせるってどういうことなんだろうと考えさせられる。
2人世帯であっても、1人世帯であっても、賃貸住宅に回帰すれば、当然に以後はそれなりの住宅費が必要になってくる。


何のために貯蓄しているのか?

60歳以上の人にそのように尋ねたら・・・
e0126350_16091500.png
見ての通り、圧倒的に「病気や介護の備え」のためである。62.3%
ついで「生活維持」となっている。20.0%
「豊かな生活・趣味」と「旅行・買い物」を足しても6.2%にしかならない。

世帯主が65歳以上の高齢世帯の平均貯蓄額は2484万円。
2000万円以上の貯蓄がある世帯は42.8%である。
1000万円以上ならば64.8%となる。
老後に時間とある程度のお金が出来たとしても、お金は大きく動かないということが透けて見える。

「病気や介護の備え」
言い換えれば、老後が心配だということになる。
高齢になってもまだその先の老後の心配をせざるを得ないということなんだろう。

「生活維持」
高齢になれば収入が減る。年金を受給できたとしても現役時代の収入には届かない。
収入が減ったら生活を変える必要がある。そうでなければ収支のバランスが取れない。
しかしながら急激に生活を変えるということはなかなか難しいことかもしれない。
現役時代の生活を維持するために貯蓄していて、リタイアしたら貯蓄でマイナス部分を補って生活するということ。


人生に付きまとう不安

結婚して子供が誕生する。
その子は7歳になる年に義務教育である小学校に入学して、18歳で高校を卒業し、社会に出るか大学などに行くかする。子供達は遅くとも20代には社会に出ることになる。
サラリーマンや公務員ならば定年が決まっている。年金もいちいち自分が納めなくても会社が自動的に納付してくれる。
自営業ならばいつまで働くかは自分や家族で決めれば良く、貯蓄するもしないも自分次第である。
持家を持つならば、どれくらいまでお金を貸せるかを銀行が決めてくれて、支払えそうな金額で定年までのローンの計算をしてくれる。
経済観念や金銭感覚が弱くても、人の一生はある程度目処が立つことが多く、どの状態にも大抵期限というものがあり、助言者がいたりするものだ。

しかし人は、自分がいつ病気になるか、何の病気になるのか、それが分からない。
「自分」あるいは「配偶者」が何歳で死ぬのか全くもって見当が付かない。
日本の2017年の平均寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳である。
だいたいそのくらいかなぁとは思うものの、それは平均であって個々にぴったり当てはまるものではいことを人々はよく知ってもいる。
運が良ければ(下手をすれば)、平均寿命からさらに20年も生き続ける。
今は大丈夫だけど将来介護が必要になるのか、それともポックリ死ぬのか、分かりそうで分からない。
これらに関してはさすがに助言者にも分からないだろう。
分からないことは、人を不安にさせる。
見聞きするものがいたずらに不安を煽ることもある。
貯蓄の有無や貯蓄額が適正だったかどうかは、世帯ごとの結果論にしかならない。
前もっての予想は不可能なので、対策をとるならば出来る限りの余裕を持つしかない状況である。

もっとも相続という制度があるので、貯蓄を余して亡くなった場合は、貯蓄が全く無駄になるということはない。
使われなかった貯蓄は次の世代に渡る。
そのお金が次の世代を救っているというケースも結構少なくないのかもしれないと思う。まさに金は天下の回り物。
このようなことをこれからも繰り返していくという未来図を描くのであれば、貯蓄が必要なのだ。

しかしそれにしても、問題になった試算、今の段階で95歳まで生きる設定というのはいかがなものでしょうか。
せめて平均寿命にしておくべきでは。
1か月5万円マイナスだとしても、60万円(5万×12か月)×20年(65→85歳)=1200万円 である。
それとも、2000万円―1200万円=800万円、モデルケースでは30年間で年金受給額が総額800万円減少するという試算に基づくものだろうか。


※今回と前回のグラフは、内閣府HP「高齢者の姿と取り巻く環境の現状と動向」より


(次回に続く)


... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)


# by yumimi61 | 2019-06-30 11:33

2000問題

今日は老後2000万円問題について。

現在の高齢世帯の平均貯蓄額は2000万円を超えている

まずはこのグラフから。
日本経済新聞 2019年6月12日 「老後資産2000万円」金融庁報告書の波紋 まとめ読みより
e0126350_18082334.png
いろんなところで話題に老後2000万円問題だけれど、私がこれまで見聞きした中では、「現在の高齢世帯の純貯蓄額の平均が2482万円」であるということを説明していたものがほとんどなかったように思う。
上記の日経のグラフでは、上段右側部分に毎月5万の不足に貯蓄を充てると書いてある。
つまり数字だけを追えば、貯蓄2000万円というのは非現実的な荒唐無稽な試算ではなく、むしろ現実に沿った試算なのである。


「平均」の落とし穴と利便性

だがここには落とし穴がある。
「現在の高齢世帯の純貯蓄額が2482万円」があくまでも平均であること。
では実際のところどうなのか。次のグラフを参照。
e0126350_18245557.png
世帯主が65歳以上の世帯の中で貯蓄が2000万円以上あるのは42.8%である。
この割合を多いとみるか少ないとみるか。
額が飛び抜けて多い世帯があると、それが少数派であっても、どうしても平均を押し上げてしまう。
それが平均の怖いところで、実態を見えにくくしてしまう。
但し平均や統計は個々のファイナンシャル・プランニングをしているわけではないから、全員にぴったり当てはまる数値がでるわけがない。
じゃあ、平均や統計が嘘だったり、意味がないものなのかと言えば、そんなこともないだろうと思う。(もちろん間違いや嘘や精度の悪い統計や平均もあるだろうとは思う)
それを誰がどのように読み取ったり、説明したりするかが重要であり問題なのだ。


年金受給額の「平均」

今回問題になった試算では収入が約21万円で、年金など社会保障給付がおよそ19万円である。
このケースは夫が65歳以上、妻が60歳以上なので、もし妻が年金を受給しているとするならば、繰り上げ受給をしているということになる。
繰り上げ受給とは本来の受給開始年齢である65歳より前から年金を受給すること。
60~64歳の間も年金をもらえることになるが、そのぶん受給額は減る。

では近年の年金受給額の平均は幾らか。
↓1ヶ月あたりの受給額。(実際の支給は2ヶ月まとめて行われる)

■厚生年金受給者(65歳以上)
e0126350_20421831.png
■国民年金受給者   55,000円


これもあくまでも平均である。
まず支払った期間や保険料が各々違っている。
・どれくらいの期間、年金に加入していたか(全国民一律部分の保険料を支払っていた期間)←基礎部分
・どれくらい保険料を納付していたか←サラリーマンなどの厚生年金の上乗せ部分

さらに個々に様々な状況がある。例えば、
・学生の期間に猶予してもらい(学生納付特例制度)、その期間部分を後納しなかった。
・厚生年金(サラリーマン)と国民年金(自営業やフリーターなど)の期間両方ある。
・結婚して専業主婦や扶養内勤務になり、第3号被保険者(サラリーマンの扶養配偶者)の期間がある。
・無職やバイトで国民年金を納付しなかった期間がある。免除や猶予申請もしなかった。
・外国で暮らしていた期間があり、その間の保険料を支払っていない。

20~60歳まで全て厚生年金保険料を納付したという人と、上記のような人では自ずと年金額は変わってくる。
少ない人はかなり少ない額になるし、そもそも受給資格を満たさない人もいるだろう。
但し、貯蓄のように青天井に受給額が上がることはない。
現役時代の収入が高くても、厚生年金の制度の関係で、1人当たり月額25万円以上の年金を貰っている人は多くない。
サラリーマンの場合、特に昨今は、「老齢年金」以外にも「企業年金」や「確定拠出年金」といった年金制度を利用している場合もある。

厚生年金受給者の男女の平均額が6~7万違うのは、現在年金を受給している世代の女性は結婚育児で家庭に入る人が多く、3号被保険者や国民年金の期間が結構長くある上に、今よりも男女平等の給与体系ではなく、残業や夜勤の有無による手当ての違いなど給与に差があるから。

上の厚生年金の平均額の男女を足せば、28万円/月を超える。
しかしながら現在年金を貰っている高齢世帯の平均はそこまでいかず、20万前後が多いらしい。
どうして夫妻いる高齢世帯で28万円にいかないのかと言えば、自営業者など国民年金の人もいるから。
でも自営業者などはそれを見越してというか何というか、そのぶん貯蓄していた世帯もあるだろうと推測できる。


年金依存度はどれくらいか?

年金を受給している高齢者世帯(夫妻いる場合にはともに65歳以上)のうち、収入が年金・恩給のみ(100%)の世帯は56.7%である。
収入の80%以上が年金・恩給であるという世帯は68.1%となる。
高齢世帯の4割超は年金以外の収入がある世帯。
これを多いとみるか少ないとみるか。
自営業などで定年がなく動けるうちは働くという人もいるだろうし、年金だけで足りないから働かざるをえない人や子供などに金銭援助してもらっている人もいるだろう。
e0126350_23135072.png
具体的な金額は次の通り。これまた1世帯あたりの「平均」である。
赤ラインが年金・恩給部分で、1ヶ月あたりにすると17万円である。

高齢者に限らず全世帯の総所得(年間所得)の平均は528.9万円。(1ヶ月あたり約44万円)
それを高齢世帯(65歳以上)に限れば、年金以外の収入を含めて300.5万円である。(1ヶ月あたり約25万円)
つまり高齢者世帯のほうがかなり収入が少ないということだが、その収入を世帯人員(子供も含める)で割って1人あたりで比較すると、僅かながら全世帯のほうが多くなるが、そこまで大きくは変わらない金額となる。
e0126350_23122236.jpg

支出に注目

支出こそどんな生活をするかで大きく違ってくるわけだが、まあこれも平均と考えるしかないだろう。
1つとても気になるのは「その他」という項目である。
金額的には、生きていくための糧である「食料」を超えて、「その他」がトップの約7万円となっているが、「その他」って具体的になんだろうか。
日用品(消耗品など)や衣類の購入、理美容代、家電品購入、自動車維持費(は交通費に含まれるのかな?)、交際費などかなぁ。諸々諸雑費?ギャンブルとか?
ひょっとして!貯蓄(投資含む)に回すお金も含まれていたりして?
あとは生命保険料の支払いの満了が65歳以上とか終身払いとかのケースもあるのかな?

1ヶ月に7万円もかかっている「その他」の部分を減らせれば、20万円収入でも不足にはならないのだけれども。

と思ったら、支出の内訳の下に次の注意書きがあった。
総務省「家計調査」をもとに金融庁まとめ。その他には衣服や家事用品など含む。

家計調査は,一定の統計上の抽出方法に基づき選定された全国約9千世帯の方々を対象として,家計の収入・支出,貯蓄・負債などを毎月調査しています。

ということは、年金もらっている高齢世帯に限った支出ではありませんよね?
それとも少ない標本世帯からさらに金融庁が独自に高齢者世帯をのみを抜き出してまとめたということなのかしら?

家計調査の問題点
本統計を巡る問題点について、そのうちのいくつかを述べる。
1.標本数の少なさ
上述した数字(全国約4,700万世帯の中から約9,000世帯を抽出)のとおり全国の世帯数に対して標本数が少なく、値が歪んでいるのではないかと指摘がある。

2.調査協力世帯の偏り-調査への非協力下記の理由により家計調査に協力してくれる世帯はそう多くはなく、そのため、ある程度の時間的な余裕がある等のところでないと調査に協力しないため、結果として回答世帯に偏りが出てしまう。
・上述したとおり調査項目が家計簿並みに細かいため、手間がかかる。
・さらに記入した調査票は回収されるので調査に協力している家庭には残らない。その為、家計簿をつけている世帯にとっては同じ物を二つ作らなければならず、負担となる。
・近年のプライバシー意識の高まりを受け、家計という個人情報を外部に出したくない世帯が増えている。


ということは、いろいろな意味で結構余裕のある世帯の支出に偏りがち、あるいは嘘偽りない実態に近い統計が取れない恐れがあるということですよね?


(次回に続く)




# by yumimi61 | 2019-06-28 18:35

裸の王様

G20にしてもG7(G8)にしても、開催費も警備費もかさむ。
その上、いろんなリスクも生じるわけだし。出席者は移動時間含めて余分な時間拘束されることになるし。
不合理で非効率極まりなくありませんか?

開催費とか警備費とか移動費とか宿泊費とかに毎回予算さくならば、思い切ってサミットはテレビ会議にしたらいいのに。
世界主要国が誇る最高技術を集結駆使すればよいのですよ。
各国首脳の皆さん、それこそ最先端技術やテレワークのアピールになるじゃないですか。
どうしてしないんだろう?
出来ないの?技術の限界?2箇所しか繋げられない?コストの問題?
それとも手厚い接待が受けられないから?
まさか、ICTとかIoTとかAIとかロボットとか自動運転とか絶賛推奨している皆様方が、「それでは人間味が無いだろう」とか言いませんよね?

もっとすすんで、「世界平和」や「世界経済の安定」も全部AIに任せたほうがいいんじゃないんですか?

e0126350_16301930.jpg



# by yumimi61 | 2019-06-27 16:12

アラカルト

トリカブト保険金殺人事件の犯人の父親は、犯人が幼い頃から共産党員で、家庭を顧みないほど熱心に党活動しており、戦後間もない時期にはレッドパージ(赤狩り)の一環で政治犯として拘束されていた時期もあった。
そんな父親を子供達は幼い時分にどんなふうに思っていたのかは知る由もないが、その息子達も成長すると父親と同じく共産党員となった。


1988~1989年に起こった「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の監禁場所となった家(犯人少年グループの中の1人の家)の親も共産党員だったという。

(実名報道した)『週刊文春』のライバル誌である『週刊新潮』は、事件当時は「犯人グループのうち、誰がどう手を下したのか、はっきりしない部分があった」として少年たちの実名報道は見送った。
しかし同誌も、1989年4月13日号にて特集記事を組み、監禁場所を提供したCの両親について「日本共産党員だという話もある」と報道した。
これに対し、日本共産党は機関紙『しんぶん赤旗』で、同両親が党員であったことを認めた上で「同事件は暴力団との関係も指摘されている、許すことのできない残虐な事件であり、もちろん日本共産党とはいっさい関係ありません」との記事を掲載した。その1ヵ月半後には同両親の対応を検証した特集記事が『しんぶん赤旗』に連載された。



2018年(平成30年)8月19日夕方、犯行グループのメンバーだった男(元少年C)が埼玉県川口市内の路上で通行人の32歳男性に対し、肩を警棒で殴る・首をナイフで刺すなどして殺害しようとした殺人未遂容疑で、埼玉県警察武南警察署に緊急逮捕されたことが『デイリー新潮』(新潮社)の同月21日配信記事、およびその続報に当たる『週刊新潮』2018年9月6日号(8月30日発売)にて報道された。
『デイリー新潮』および『週刊新潮』は、その被疑者元少年を実名報道した上で「今回逮捕された元少年は両親が日本共産党党員で、29年前の事件では監禁場所として自宅を提供した人物。刑事裁判では懲役4年以上6年以下の不定期刑判決を受けた」即ち元少年Cであること、元週刊文春記者の勝谷誠彦のコメントを報道している。
なお『デイリー新潮』『週刊新潮』以外の報道機関(『朝日新聞』および共同通信社配信の『産経新聞』・『日本経済新聞』両紙・JNNニュース)においては、被疑者・元少年Cの実名報道こそ行われたものの、本事件の前科については一切触れられていない。


女子高生を拉致監禁して強姦したり激しい暴力を加えるなどして死に至らしめた事件だが、殺人・猥褻目的略取誘拐・逮捕監禁・強姦などの各罪状で逮捕起訴されたのは4人の少年だった。
しかし現場となった家は事件以前より不良グループのたまり場となっており、さらにその少年達は暴力団などとも関わりがあって、1ヶ月以上に亘った監禁期間にその家に出入りした人物は100人近くいて、強姦に加わったのは20人近くいるとも言われている。
さらに現場には2名ほど女性がいて積極的に事件に関与していたが逮捕起訴には至らなかったという情報もある。

下記のとおり、裁判に基づく事件当初の詳しい記述にも逮捕起訴された少年4人(A・B・C・D)以外にもEやFという人物が登場している。
しかしながらEやFは逮捕されなかったということになる。

少女をCの自室に連れ込んだ後、4人は少女を交替で監視することとしたが、同月28日頃の深夜、4人に加えて不良仲間の2人の少年(E・F)がCの居室にたむろしていた。
その際、
Aは仲間たちに少女を輪姦させようと企て、Bら3人や、E・Fらと共に代わる代わる覚醒剤を飲んで半狂乱になったように装って少女に襲いかかり、必死に抵抗する少女の口や手足を押さえ付けて馬乗りになるなどの暴行を加え、少女の着衣をはぎ取り、AがBら3人やE・Fにも裸になれと命じ、これを受けてA・B両名以外の4人は着衣を脱ぎ捨て、E・F・Dの順に少女を強姦した。
その際、Aは剃刀を持ち出して少女の陰毛を剃り、更にその陰部にマッチの軸木を挿入して火をつけるなどの凌辱に及び、少女が熱がるのを見て仲間らで面白がるなどした。


ちなみに逮捕起訴された4人の少年(当時)はすでにいずれも出所していて、3人は出所後に犯罪を犯していることが判明している。



共産党員というだけで意味ありげに取り上げられてしまうのは、共産党にとっては迷惑な話かもしれない。
そうでなくても第二次世界大戦後の国際社会、とりわけ左翼がテロを含めて派手な事件を起こした日本では、共産党に良い印象を抱かない人も少なくはないだろうと思う。
本来ならば「民主化・非軍事化」の旗手になるべく政党で、だからこそ期待したり活動に参加した人もいるんだろうけれども、どこかで歯車が狂ってしまったとしか言いようがない。
正の部分も負の部分も第二次世界大戦が落とした影に呑みこまれてしまった観がある。


「江戸に烏の鳴かぬ日はあれど、納豆売りの来ぬ日はなし」という言葉があるが、それにちなんでこんな言葉どうだろうか。
「日本に烏の鳴かぬ日はあれど、無党派に会わない日はない」
それくらい現代の日本では無党派や政治無関心派、見切り派、委棄派が多い。
選挙で各選挙区から立候補する共産党候補を見れば、「どうせ当選しないのによく出るよなぁ」と思う人もいるのではないだろうか。
確固たる支持がない無党派や政治無関心派がもし票を投じるとすれば、当選しそうな人に投じると思う。
自分が票を入れた人が当選しないなんて、投票という労力が無駄になった感じがするし、自分が否定されたような気持になる人もいるだろうと思う。
つまりいつも得票が少ないと無党派からの票を得られないという悪循環に陥るわけである。

それくらい無党派や政治無関心派が多い日本で、無党派や最大政党ではなく共産党という少数派が間接的であるにせよ話題となった大事件に関係していたということになれば、やっぱり色眼鏡で見られてしまうのである。
母数に対する件数という確率的な視点である。(厳密な統計ではなくあくまでも個々の印象に過ぎないものだけれども)
あとは目立つ事件に関係していれば、それだけで不利になる。それは反対の事象(目立って有利になる)を考えても分かることである。


赤坂御用地の石垣に落書きがあったら、けしからんということで、器物損壊の疑いで捜査するけれど、東京臨海新交通臨海線「ゆりかもめ」の日の出駅付近にある東京都所有の防潮扉に、バンクシーの作品に似た落書きがあれば、捜査はされず、それどころか歓喜し、撤去したらしたで怒りを買い、一般公開までする始末。誰が書いたか分からないのに。
平等に器物損壊容疑で捜査しなさい!と思う。
世の中結局、名声と金か。という失望と落胆を世間にじんわり広げることに一役買った。
赤坂御用地の落書きは不利側に属するし、パンクシーに似た落書きは有利側に属する。



親が共産党員だったということで、私は1つ思い出すことがある。
1985年8月12日、日本航空123便の墜落事故の犠牲者と生存者である。
500人を超える犠牲者を出したが、奇跡的にも4人の生存者がいた。子供2人を含み、全員女性だった。
生存者の中の1人で当時12歳だった女の子がいたが、一緒に搭乗していた両親と妹は亡くなった。(部活があり北海道旅行に行かなかった兄も生き残った)
彼女の父親が共産党で元町議(島根県簸川郡大社町)だったそうなのだ。
そして母親は保健師だったという。(保健師は看護師資格も持っている)
生存者となった少女は後に看護師になったという。
簸川郡大社町は出雲大社の鳥居前町であり、現在は出雲市大社町となっている。

日本共産党吉川市委員会の広報誌(リンク先はPDF)より
e0126350_19593729.jpg



2013年6月13日
あの御巣鷹の峰の灼熱の夏から28年。日航機123便墜落で、奇跡の生還を遂げた子を救助した男は今!


Dscf6389 

 また、8月が巡ってくると、あの灼熱の、身を焦がすような夏を、思い出す。
 今から28年前。1985年8月12日。日航機123便は、通常の航路を大きくはずれ、群馬県の山中深くに墜落し、機体は激突し、バラバラに、飛散。
520人もの命が、亡くなった。

 私も、逮捕のⅩデーが近いと、噂されていた三浦和義の住むマンション前での張り込みを中止。ともかく、上野村へと向かった。

 上の写真の川上慶子ちゃん(左側)が、翌日、奇跡的に救出され、自衛隊のヘリコプターへと運ばれたことは、御巣鷹の峰へと向かう途中で知った。
 墜落現場は、息をのむばかりの光景が、広がっていた。そこへ辿り着くまでも、大変だった。道が、無いのだ。
 油断すると、ずるっと滑って、谷底のようなところへ、転げ落ちる危険性一杯。
 墜落現場も、傾斜度が高く、人間の肉の焼け焦げた臭いが、辺り一面に漂っていた。
 写真を撮りまくり、見たままの状況をメモ。自衛隊のヘリが、舞い上がるたび、土とあらゆる小片も、舞った。
 機体の破片は、触ると、ぺらぺらと薄く、まるで厚紙のようだった。

 数日立つと、鼻も感覚も慣れ、人間の肉の破片のそばで、平気で、旅館で作ってもらった握り飯を食べ、お茶も飲めるようになってしまった。
 そいう自分に半ば、驚きつつも、数日過ぎには、藤岡市などの体育館にある遺体安置所や、他の遺族と離れて、別荘にいた故・坂本九の遺族を追ったりした。

 ぎらぎらと照りつける、真夏の太陽の皮膚感覚は、今も、残っている。

 東京に戻った私は、日航を取材。ひたすら、ボーイング社に機体の原因を押し付けるかのように逃げ回る姿には、怒りがふつふつと湧いた。

 あれから、あの現場には1度も行っていない。
 あの道なき山道は、きれいに整地され、誰でも登れるようになっているというし、碑も出来ているのは、報道で知っている。

 川上慶子のその後は、気になっていた。
 しかし、その姿を追ってまで、する気はなかった。
 あの凄惨な現場を、この目で何日も見てしまったら、彼女に何か聞くのは酷に思われた。

 情報によれば、帰郷した彼女は、島根県大社町に住む祖母のキミエさんの元に引き取られ、たまたま飛行機に乗る事無く生き残った、兄の千春さんと3人で暮らすことに。
 その後、島根県下でも名門と言われる、県立大社高校に合格。

 やがて、亡くなった母と同じく医療関係の道に進んで、他人の命を救いたいと、看護師の資格を取るべく、大阪にある看護系の、藍野学院短期大学に進む。
 平成6年4月。看護師の国家試験に合格。
 あの阪神&淡路大震災の時には、兵庫県尼崎市内の病院で、内科の看護婦として、救援活動に参加。

 やがて、アメリカへ旅行に行った際に、5歳年下の日本人サラリーマンと知り合い、帰国後平成15年3月に結婚式を挙げた。
 少なくとも、1人の男児(長男)か、それ以上を産み、今は、四国のある町で、親子して、幸せにひっそりと暮らしているという。
 看護師も、辞め、専業主婦となっていたが、今は全国的に看護師不足。
 ひょっとしたら、看護師の経験を生かして、三陸沖大津波地震の被災者支援の1員として、参加したかもしれない。

 すでに、40歳。あの時のコトは、マスコミに話すことは、おそらく一生無いであろう。

 そうして、私には、長らく気になっている人物が、もう1人いた。

 写真の、川上慶子ちゃんを救助し、ヘリコプターへと引き揚げた隊員(写真右側)だ。
 今、どうしていて、「あの時」「あの瞬間のコト」を、今、どう感じているんだろう?
 数年前、風の便りに、定年退官したらしいと、耳にした。

 現役自衛官時代ならば、「仕事でしたから」とか、「職務上、知りえた事実は・・・」とか、紋切り型で断る理由づけは出来ても、退官後ならば、少しは斬り込んでいける余地が、あるのではないか?
 そう、思った。

 なんでそう、堅い考えを、と思われる方もいるだろう。
 実は、その自衛官は、あの時のことを、そののち、一言も、誰にも語っていないというのだ。
 あの日航機墜落事件の救助ぶりを、時代を振り返ることも兼ねて、自衛隊の広報紙にまとめようとした際も、コメントを拒否。
 また、同僚や、隊の後輩にも、いまだかつて、何も話していないという。それどころか、なんと奥さんにすら、クチを閉じて、語っていないらしいと言うのだ。
 こりゃ、とんでもない壁。打ち崩すのは、骨が折れそうだ。

 探しまくって、退官後は、ある大学の警備員として働いていることが、判明。

 いざ、勝負! という気持ちで、大学の門をくぐった。
 警備室で、その人の名を告げる。
 「はい、私ですが」と、出てきたのは、良く日焼けした、精悍な顔つきの、身体のガッチリとした長身の人。まぎれもない、あの写真の人だった。
 28年前より、老けてはいたが、気さくさは微塵も感じられない。
 コトの次第を察知した、他の警備員は部屋を出ていった。
 聞きたいことを、端的に告げた。お時間をとらせないので、お仕事が終わった後、どこかでお待ちします。
 もしくは、後日、日時を決めて、ゆっくりお話しをお聞かせ願えれば・・・。

 結論をいうと、そのどちらも、かたくなに断られた。
 職務上・・・・とか、そんな理由では、なかった。

 「ここまでわざわざ遠くまで来ていただいて、申し訳ないのですが、あの時のことは、何としても、お話しする気には、ならないんですよ」

 「何か、話せば・・・・・520人もの、お命があの場でお亡くなりになった。その方たちの霊を汚すと言うか、私ごときが話すことは失礼じゃないか。そういう気がしてならんのですよ」

 いや、私も実はあの現場に行ってますので、お気持ちはわからないでもありませんが
 そう、水を向けても、何の反応もない

 「古い人間なのかも分かりませんが、これからも、どなたがいらしても、お話しすることは、おそらく、無いと思います」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ではと、短く聞いた。

 その後、川上慶子さんと、お逢いになったことは?
 「いえ、1度もありません」

 年賀状程度の、やり取りは?
 「それも、ありません」

 今、彼女は結婚して、子育てしているようですが
 「そのようですね。どこかで、見聞きしたような記憶があります」

 今、何か、彼女に言うとすれば・・・・
 「まあ、幸せであってくれればいいなと・・・・・・・そう思います」

 彼は、今は仕事を終えると、子供たちに武術らしきものを教えているらしい。あの、12歳のときの川上慶子ちゃんたち世代を。
 今もっての、あの身体付きは、そういう日々があってのものか。

 それにしても、28年もの、積み重ねた日々。
 あの現場には、彼もまた、再び足を運んではいない。

 今も、あの時のことは、いまもって重く・・・・・あの夏の8・12、
そして救助した8・13・・・・・・

 ココロの奥深く、合掌を・・・・・・・・・

 旧姓・川上慶子さんに、この1文を捧げたい。

 どこかで、ふと、目にしていただいたら、望外の幸せです




1年後・・・・・・・


2014年8月12日
あの御巣鷹の峰の灼熱の夏から29年目の今日。川上慶子ちゃんを自衛隊機に乗せた男に、騙された

 人は、平気でウソをつく。
 どんな事情があったにせよ、ウソをつく。
 そんな人物を信じた自分・・・・・・

 あの、29年前の今日。群馬県と長野県の県境にある、御巣鷹の峰に、墜落した、日航機123便。
 520人もの、航空機としては、日本最大の事故死者。
 生き残った、奇跡と言って良い乗客4人。
 そのなかの1人、川上慶子ちゃん。当時12歳。

 その子を、任務とはいえ、救いあげ、自衛隊機に搬入した隊員に、話しを聞きたく、昨年6月。やっと探し当てた、彼の勤務先へと向かい、当時の感想、気持ちを聞こうとした、 そのいきさつ、一部始終を、書いたのが昨年。

 彼の言う言葉は、重かった。
 いや、今となっては、そう「誤解」した。そう言うべきが、正しい。

 取材拒否をしたのは、おそらく、私だけではあるまい。
 なにしろ、自衛隊の広報紙のインタビューすら、拒否した硬骨漢。それが、今夜、放送されたフジテレビの特番に、なんと堂々とVTR出演。

 その時のことを、しゃべっていた!
この口先三寸のうそつき裏切り者めが!という思いは、自衛隊の広報紙の人間も、第一空てい団の後輩隊員もしているはずだ。

 一体、昨年の発言は、なんだったのだろう・・・・。

「あの時のことは、何としても、お話しする気には、ならないんですよ」
「何か話せば、・・・・・520人ものお命が、あの場でお亡くなりになった、その方たちの霊を汚すというか、私ごときが話すことは失礼じゃないか。そういう気がしてならないんですよ」

 そして、こうも言った。
「古い人間かも分かりませんが、これからも、どなたがいらしても、お話しするということは、おそらく無いと思います」

 たしかに「おそらく」という、言葉はあった。

 だが、しかし・・・・・
 わずか、1年での、心境の変化か・・・・

 見事に、彼の言葉を借りるならば、「520人もの霊を汚した」

 彼、作間優一(さくま・ゆういち)の言葉を信じたからこそ、昨年の記事には、彼の名前も出さずにおいた。
 あえて、その意をくみ、顔写真も撮らずに辞した。
 今、その気持ちの変化や、言い訳を聞く耳は無い。
 テレビクルーの熱意にほだされて、とも思えない。
 わずかな額の謝礼に目がくらんだとも、思いたくない。

 現在、65歳。

 となれば、東京湾に近い、工業大学校舎の警備員の定年が、65歳と聞いていたので、年金の足しにか、ヒマになってか・・・
自衛隊から、ここの警備員の職に就くルートは、出来上がっている。

 昨年聞いた、警備員仲間の言によれば、作間の妻が、長年、病に伏せっているとのこと。その容態の変化が、霊を汚すキッカケになったのであろうか・・・

 当時の上司もチラリと出ていた。
となれば、隊経由の、どうしても断り切れないVTR取材だったのであろうか?と、最後の「協力」の部分のエンドロールをつぶさに見たが、自衛隊の自の1文字も、見かけなかった。

 やはり、作間個人の自由意思でか・・・

 人は、平気でウソをつく。
 人は、平気で520人もの死者の霊を、おのれの理屈で汚す。

 今、自分の甘さを悔いるとともに、そのことを痛感している。

 改めて、29年も前。あの猛暑の御巣鷹の峰で命を絶えた方々に、謹んで、心より、祈りを捧げたい






# by yumimi61 | 2019-06-25 16:21

事件簿

ロス疑惑 ー共謀者(実行犯)ー

ロス疑惑事件
1981年8月31日、輸入雑貨商を営む三浦和義が妻Aとロサンゼルス旅行中、Aが宿泊していたリトル東京のホテルニューオータニの部屋で一人になったとき、「アジア系」の女性が上がり込んできて、Aの頭部を鈍器で殴打、Aは軽症を負う(殴打事件)。

同年11月18日午前11時5分頃、三浦夫妻は、当時滞在していたロサンゼルス市内の駐車場で銃撃事件に遭遇した。2人組の男に銃撃され、Aは頭を撃たれて意識不明の重体。夫の三浦も足を撃たれ負傷した(銃撃事件)。

1982年1月、当時「悲劇の夫」としてマスメディアにたびたび登場していた三浦は、米軍の協力を取り付け、Aを日本の病院に移送する際に、Aを乗せた上空の米軍ヘリコプターに対して地上から発炎筒で誘導する場面が印象的に報道されていた。Aはその後日本に移送され、神奈川県伊勢原市にある東海大病院に入院したが、意識が戻ることはなく11月30日に死亡した。三浦は、保険会社3社から計1億5500万円の保険金を受け取った。


事件が2度続いたことなど幾つかの不審点、また奥さんに保険金が掛けられていて、それを夫である受取人の三浦和義が受けとったことから、保険金目当ての殺人ではないかと疑惑の目が向けられた。この疑惑を最初に掲載したのは週刊文春だった。

1985年、三浦の愛人である日本人の元ポルノ女優Bが、1981年8月のA傷害事件における犯行を産経新聞上で匿名で告白。夕刊紙がBの実名を暴露して、その後は実名報道となる。 
同年9月11日に、警視庁は三浦をA殴打事件での殺人未遂容疑で逮捕。同12日はBも同容疑で逮捕した。殴打事件では、Bに懲役2年6ヶ月、三浦には懲役6年が確定した。
 

つまり殴打事件は三浦が元ポルノ女優の愛人と共謀して起こした事件であるという事実がある。これは本人も認めていたことになる。三浦はこの事件において宮城刑務所に収監され2年2ヶ月の間服役している。

争っていたのは銃撃事件の方であった。従って三浦は刑務所での服役よりも遥かに長い期間、拘置所で勾留されていた。
殴打事件のほうは実行犯(共謀者)が名乗り出たことで認めざるを得なくなって刑を受け入れたわけだが、銃撃事件のほうは実行犯(共謀者)が見つからなかったのである(共謀者として別件逮捕した人物は無罪となった)。
結局このことが控訴審で無罪判決へと導くのである。
一審では状況証拠のみで三浦に無期懲役の判決が出たが、三浦は控訴し無罪を勝ち取ったというわけ。検察側も控訴したが2003年3月に最終的に無罪が確定した。


トリカブト保険金殺人事件

1ヶ月くらい前だったろうか、そろそろ衣替えの季節だなぁと思い、実家で母の衣服類を見ていた。
その時に偶然、色褪せた新聞の切り抜きを見つけた。
それはトリカブト保険金殺人事件の記事だった。
e0126350_14163055.jpg
トリカブト保険金殺人事件
1986年(昭和61年)5月20日に発生した保険金殺人事件。
1986年(昭和61年)5月19日、神谷と妻は、沖縄旅行のために沖縄県那覇市に到着した。翌20日、2人に誘われた妻のホステス時代の友人3人も、那覇空港で2人に合流した。
11時40分、神谷は「急用を思い出した」と大阪の自宅へ帰宅することになり、那覇空港に残った。妻と友人3人は、予定通り石垣空港行の飛行機に乗り、正午過ぎに石垣島へ到着した。石垣島に到着した一行はホテルに到着し、チェックインをしたが、すぐに突然妻が大量の発汗、悪寒、手足麻痺で苦しみだしたため、救急車で八重山病院へ搬送された。だが、妻の容体は急速に悪化して救急車内で心肺停止に陥り、直後に病院に到着するも、一度も正常な拍動に戻らず15時4分に死亡した。


当初は死因が良く分からなかった。(但し行政解剖した医師が不審さを感じて心臓と血液を保管していたとのこと)
しかし亡くなった妻に多額の保険金が掛けられていたことが発覚し、妻の友人やマスコミ中心に保険金目当ての殺人が疑われるようになる。
犯人である神谷は3人目の妻に複数の生命保険を掛けていた。
4社で5つの保険で、死亡時の受け取り総額は1億8,500万円。
これらの生命保険の掛金は月々18万円にもなる。しかし保険に加入したのは妻が亡くなる20日前のことであり、掛金を1度しか支払っていない状態で亡くなった。
さらに前の2人の妻も若くして亡くなっていたことが分かった。

神谷はこの保険金の支払いを巡って保険会社を相手に民事訴訟を起こしている。
保険会社は「告知義務違反」を理由に保険金の支払いを保留したからである。
一審では神谷が勝訴。
二審で行政解剖をした医師が死因は毒物の可能性があると証言し、神谷は訴えを取り下げた。しかし保険金殺人容疑ですぐに逮捕されたわけではない。

警察が逮捕に踏みきったのは、1991年6月のことで、3人目の妻が亡くなってからすでに5年も経過していた。
しかも逮捕容疑は保険金殺人ではなく勤務先の会社での横領だった。
その捜査の過程で保険金殺人も濃厚となったということで、7月に再逮捕に至った。

デイリー新潮
報道が警察を動かした 「トリカブト殺人事件」犯人の饒舌(週刊新潮 2016年8月23日号別冊「輝ける20世紀」探訪掲載)
より
 それは一本の電話から始まった。

「友人が石垣島に旅行中に“心臓発作”で急死したが、死に方が変なんです。亭主に変なカプセルを飲まされていた」――。電話の主は池袋の高級クラブのホステスで、「変死」した神谷利佐子さん(当時33歳)の友人だった。池袋警察署にも連絡したが、まともに取り合ってくれないという。電話を受けた写真週刊誌「FOCUS」(休刊)編集部の記者は半信半疑ながら、利佐子さんの葬儀にカメラマンを派遣した。週刊誌の報道が警察を動かした「トリカブト殺人事件」の深層とは。

(略)
わずか5年で30代の若い女性が原因不明の心臓発作で次々と亡くなっていたのである。神谷が大量のカプセル剤を購入していたという衝撃の情報も入手した。
(略)
この取材結果を受け「FOCUS」は、3回にわたり、神谷の疑惑をめぐる調査報道記事を発信した。報道を受け、警視庁も捜査を開始。しかもこの時、沖縄の地で神谷の運命を決定付ける、重大な動きがあった。利佐子さんの解剖を担当した当時の琉球大学助教授・大野曜吉医師(現・日本医科大学大学院医学研究科教授)が死因に不審を抱き、心臓や血液を保存していたのである。大野医師が明かす。

「解剖を進めると、心臓も健全で出血もない。手伝ってくれた警官たちも疑問を感じたのか、妙にシーンとした雰囲気でした。非常に気になったので、試験管2本分30ccの血液を採取し、保存しました。八重山署解剖棟の外のガレージで待っていた神谷に死因を説明したのですが、心臓の刺激伝導系という極めて専門的な用語について、“それは知っています”と言ったので驚きました。また、“覚醒剤は出ましたか?”と訊く。“昨日は取り乱したけれども、今日は心の整理がつきました”と言う神谷が“臓器は戻していただけましたか?”と尋ねてきました。彼の多弁が強く印象に残りました」

 大野医師は、強心剤などの数種の薬物について独自に検査をするが、いずれも結果はシロ。そこで東北大学の恩師・鈴木康男教授に相談した。すると、示唆を受けたのが、自然界に自生する多年草の植物だった。トリカブトの毒である。

報道が警察を動かしたのか?
保険金を払いたくない保険会社が結果的に警察を動かすことになったのか?
さてはて。


神谷力
1939年(昭和14年)宮城県仙台市生まれ。
父親は東北大学工学部教授だったそうだが、戦後に教授職を辞して、共産党活動に身を投じるようになった。
力が9歳の時(1948年)、その父親が政治犯として拘束される。

確かに戦後はレッドパージ(赤狩り)が行われていた。
占領軍は「日本の民主化・非軍事化」を進めていくはずだったが、反共産主義に傾いたアメリカの意向で日本は逆コースを行くことになり、中央集権的な政策が採られた。(日本など枢軸国はもともと反共産主義だった)
つまり「敗戦して民主化」という世界の定番路線を歩まなかったのが日本という国である。
アメリカが反共産主義に大きく傾くきっかけはおそらく戦争末期のソ連との関係(原爆も関係する)にあると思う。

神谷力の母親は夫の失職や拘束で貧しく不安な生活を余儀なくされ、働きながら子供を育てていた。
そんな時に出会った男性と関係を持ち家を出るも、相手の男性は本気ではなく単なる遊びだったという。
母親は多量の睡眠薬(?)を服用し自殺。

神谷力が最初に結婚したのは1964年。25歳の時。
父親も兄も共産党員だったが、自身も共産党員として東京の北部地域で活動を行っていたという。
妻は埼玉県の共産党系の病院に看護師として勤務していたそうで、説得して入党させ、党活動の中で関係を深め結婚したという。
その妻とは東京都足立区で暮らした。
結婚8年目(1972年、神谷が33歳の時)になつ江(当時25歳)という経理の仕事をしていた女性と自宅で肉体関係を持ち不倫関係になる。
不倫関係になってから2年目頃、なつ江の親族が神谷の家を訪ねてきたことから、奥さんにもばれてしまう。
なつ江は故郷に連れ戻され、そこで2年を過ごすものの、再び東京に出て神谷と再会し、不倫関係となる。
この「故郷に一旦連れ戻されたなつ江」の故郷が群馬県沼田市なのである。
2人の不倫関係は1981年7月に最初の妻が38歳で心筋梗塞で亡くなるまで続いた。(1人目の妻に保険金は掛けられていなかった)

1982年10月になつ江と結婚。なつ江には1,000万円の保険金が掛けられた。池袋に暮らしていた。
1985年9月、神谷となつ江は2人でなつ江の実家に帰省していた。
結婚前後からなつ江は体調不良を訴え薬を服用していたというが、帰省中に突然倒れ、市内の病院に運ばれるも亡くなった。38歳、急性心不全だった。
保険金は神谷が受け取った。
亡くなった当時から関係者は急死に疑問を抱いていたという。

2人目の妻が死んだ後、神谷は大阪に転居することにし、1985年11月に大阪の寝屋川市に住まいを借りた。
転居の直前に出会ったという3番目の妻(池袋でホステスをしていた)もホステスを辞めて一緒に大阪に行くことになり、大阪市にも住居を借りた。
2人は1986年2月に結婚。
その妻に生命保険を掛けたのは、沖縄旅行に行く前の月の1986年4月のことだったという。
妻が沖縄で亡くなった後には再び東京に戻り、葛飾区新小岩で暮らした。
しかしほどなくして保険金殺人が取り沙汰されるようになり、一時期横浜の実家に身を寄せていたという。
その後、足立区に引っ越して、住居近くの会社に就職し、経理部長となる。
3人の妻が死ぬ前に勤めていた会社でも横領をしていたが、妻亡き後のこの会社でも横領をしていた。
この横領については本人も認めていた。億単位の横領について本人は、ある事情があって不正行為は表沙汰にならないだろうという確信めいたものがあったそうだ。
それでも世間で騒がれるようになってからは身辺整理を進め、1990年3月に退職。
同年12月には北海道札幌市北区に移り住んだ。
1991年6月、警視庁南千住署が(足立区近隣、荒川区?の)会社での横領容疑で逮捕したが、神谷の逮捕時の住所は北海道だった。

結局立件できたのは3人目の妻の死亡だけだった。
3人目の妻に対する保険金目当ての殺人に対して一審二審ともに無期懲役の判決を出す。神谷は保険金殺人については一貫して認めておらず、最高裁に上告したが棄却されて2000年に無期懲役が確定。
2012年に医療刑務所で73歳で病死したという。

神谷によれば、次々と女性と関係を持ち結婚したのは実子欲しさからだったという。
最初の結婚の時には子供がなかなか出来なかったので夫婦で不妊検査も受けたらしい。(妻に不妊原因があるらしいという結果)
真偽のほどは分からぬが、度重なる結婚と妻の死の後に、子供を欲しがる気持ちがいけないのだと思い、パイプカットしたと本人は語っていた。


ピルとタバコと3人目の妻

3人目の妻となった女性は、長期間(神谷と出会う以前から)避妊のためにピルを服用していたそうだ。
神谷は子供が欲しかったのでピルの服用をやめるようにお願いし、そうしてくれたものだと思っていたが、沖縄の警察で妻がピルを所持していたことを聞かされたという。

この3人目の妻の親戚に医師がいて、法事で集まった際に、タバコとピルと心筋梗塞との因果関係について話題にしたらしい。
それは「30代女性の心筋梗塞になる率は、ヘビースモーカーがピルを常用していると通常の7倍になるという統計がある」という話だったという。
3人目の妻はヘビースモーカーだったらしい。
親戚の医師はピルを常用していたことでの突然死だと思ったのか、それともピルを常用させて死ぬことを狙ったのではないかと遠回しに言いたかったのか、話の意図は分からない。

ピルを常用することによる発がん性が問題視されることがあるが、その他にもピルには副作用がある。
飲み始めなどに頭痛・吐き気・倦怠感・不正性器出血など。ホルモン量の多いピルでは血栓症や心筋梗塞などの重大な副作用がある。低用量ピルでも血栓症が問題視されている。
そしてその医師が語ったように喫煙とピルの組み合わせは通常よりも死亡率が高くなる。

10万人の女性が1年間に死亡するリスクは、低用量ピルを服用している非喫煙者を1とすると、喫煙者は167まで上昇すると言われています。

喫煙を伴うと心臓・循環器系への副作用が高まるため、ピルを服用するなら禁煙することが望ましい。


日本でピルを入手するには、医師の診察を受け、処方箋をもらう必要がある(処方箋医薬品)。
そして処方してはいけない人(疾患・症状・状態)が定められており(禁忌)、その中の1つに「35歳以上で1日15本以上のタバコを喫煙する人」というのがある。
1人目と2人目の妻が亡くなったのは38歳。38歳でヘビースモーカーならばピルは処方されない。しかし2人はそもそも喫煙者ではなかったという。
3人目の妻は33歳のヘビースモーカー。年齢的にタバコによるピル禁忌から外れる。
35歳以下の喫煙者の場合は慎重な投与ということになっているが、禁忌ではないだけに弱い。彼女はピルを常用していたという。

しかし彼女が亡くなったのは1986年のこと。
日本で避妊用の低用量ピルが解禁されたのは1999年である。
それ以前は、緊急避妊用や治療、また何らかの理由で月経(生理)の日にちをコントロールするために中用量ピルが用いられていた。
避妊薬として常用するようなピルはまだ日本では認められていなかった。

日本では、以前から治療目的の、ホルモン量が低用量ピルの10倍程度の中用量ピルが認可されていたが、1999年(平成11年)になって、ようやく避妊目的の低用量ピル(oral contraceptive (OC))が認可され、2008年(平成20年)に月経困難症の治療薬として認可された。避妊用としては、低用量ピルが主流になっている。黄体ホルモンのみを含むピルは「ミニピル(en)」と呼ばれ、授乳中など卵胞ホルモンが禁忌である場合に処方されるが、日本では未認可である。

従って避妊用に常用していたとするならば、輸入や旅行時など外国から入手したか、何らかの方法で個人的に不正入手したか、医師ぐるみで不正処方されていたか、いずれかということになる。

死因がトリカブトであってもなくても、1986年の段階でピルを常用していたというのが本当ならば、突然死あるいは病死する可能性が一般の人よりも高かったということが言えてしまう。





... Ads by Excite .....
無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)

# by yumimi61 | 2019-06-24 13:41

dat

e0126350_14185919.jpg
水の江瀧子を起用した日産のダットサン広告
<原典>1937年1月1日発行『タアキイ』1937年1月号

※ダットサン(Datsun)はもともと会社名であったが、1934年に日産のブランド名となった。
1931年(昭和6年)に鮎川義介が設立していた戸畑鋳物と合併し、1934年(昭和9年)に社名を日産自動車へ変更、ダットの名は消滅し、ダットサンがブランド名として残された。
鮎川義介は山口県出身。


水の江瀧子と三浦和義の関係

先日の投稿『歌劇』に転載した水の江瀧子に関する文に次のような記述があった。
1984年に甥の三浦和義が妻の不審死に関わったのではないかとしてマスメディアを賑わせた「ロス疑惑」のスキャンダルに巻き込まれ、芸能界を引退した。

ロス疑惑の三浦和義が水の江瀧子の実兄の子供であり甥っ子なのだとか。
しかし一部には三浦和義(1947年生まれ)は水の江瀧子(1915年生まれ)の実子で、三浦和義の実父にあたる人物は松竹創業者の次男(1919年生まれで1971年に松竹社長になるも1984年に自宅放火事件を起こす)だったという噂もあったらしい。
これについては当時水の江さんが否定したとも言われているが、女性進出が遅れていると言われている現代より遥かに女性の地位が低かった時代に、興行というある意味男社会との関わりが深い世界で、女性が劇団を主宰したり、女性初の映画プロデューサーになったということは、有力男性の強い後ろ盾があってこそと思われてしまうのは致し方ない面もある。


日産との関係やいかに

「ルノー・日産・三菱アライアンス」の社長兼最高経営責任者(CEO)で、日産の代表取締役会長だったカルロス・ゴーン氏が昨年11月に金融商品取引法違反容疑で逮捕され、その後会社法違反(特別背任)の罪などで起訴されたわけだが、2019年2月になってゴーン氏の弁護人が交代した。
 元東京地検特捜部長の大鶴基成弁護士→弘中惇一郎弁護士
弘中弁護士は三浦和義の弁護士でもあった。

弘中惇一郎弁護士
山口県生まれ。その後、東京代々木へ転居。幼稚園と小学校は成城学園。小学校6年の夏に父親の転勤で広島市東区牛田に移り住む。修道中学校・修道高等学校を経て、1968年東京大学法学部卒業。司法修習22期(同期に木村晋介や筒井信隆)を経て1970年弁護士登録。

クロロキン、クロラムフェニコール、日化工クロム職業病裁判(六価クロム)など多くの薬害事件を担当したほか、マクリーン事件などを担当。ロス疑惑の銃撃事件で三浦和義の無罪、薬害エイズ事件における安部英の一審無罪、障害者郵便制度悪用事件で村木厚子の無罪を勝ち取り、逆に大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件を見抜く。

小沢一郎の顧問弁護士を務めており、無罪を勝ち取り、「無罪請負人」の異名も持つ。芸能人など著名人の弁護人としてメディアに登場することも多い。
弁護人・代理人を務めた人物
安部英 加勢大周 加藤紘一 花田勝 叶姉妹 三浦和義 守屋武昌 小沢一郎 川崎麻世 村上正邦 村木厚子 佐村河内守 中森明菜 中西準子 天羽優子 武井保雄 堀江貴文 麻木久仁子 野村沙知代 矢野絢也 鈴木宗男 東国原英夫 長嶋一茂 木村剛 鳥越俊太郎 高畑裕太 カルロス・ゴーン



三浦和義の生い立ちと出版社と市川市

三浦和義
父は建築会社に勤める土木技師、母は料亭の娘。母の疎開先の山梨県東八代郡御坂町(現在の笛吹市)で生まれ、幼い時期を北海道で過ごしたのち千葉県市川市で育つ。

小学生当時、映画プロデューサーだった叔母の水の江瀧子の家へ遊びに行くと俳優たちから多額のお年玉をもらい、その額が30万~40万円に達していたという。このことについて三浦自身は「嬉しかったけど、大人を見くびることにはなったよね。どうしても歪むだろうね」と語っている。

瀧子から俳優になることを勧められ、瀧子のプロデュースする映画で石原裕次郎の少年時代を演じる子役として出演したことがある。
子役時代、撮影所のスチール担当者から「水の江さんの子供なんだから、やっぱり大きくなったら役者になるんだろう」と話しかけられたことがあり、三浦自身もこの実子説を信じていた時期があったが、1985年には「水の江滝子の実子説というのはなんの根拠もありませんよ」とはっきり否定するようになった。その他、岸信介の子という説が取り沙汰されたこともある。
日立市へロケに行ったとき、芸能界の嫌らしさに愛想が尽きて勝手に帰宅、そのまま芸能界から引退した。

神奈川県大和市立渋谷中学校在学中、複数回の家出を経験。教師と喧嘩して窓から飛び出し、そのまま家から数十万円を持ち出して大阪に行ったこともある。このころ、精神病院に入れられたこともあるという。
ミッキー安川の『ふうらい坊留学記』に影響されて海外に出ることを志し、中学卒業後は技術を身につけるために陸上自衛隊少年工科学校を受験するも失敗し、整備工となる。
やがて学歴の必要性を感じ、横浜市立戸塚高等学校に進学。同校では生徒会長でありながら副会長の女子生徒と共に授業をサボタージュして箱根で一泊し停学処分を受けた他、強盗傷害やオートバイ泥棒や日本刀不法所持で逮捕されるなどの問題行動を起こしていたという。1966年、放火などの容疑で逮捕され水戸少年刑務所で7年間服役した。この間、横浜少年鑑別所からの脱走歴があるが、その動機は「アニマルズの公演のチケットを買っていたから」というものだった。


「ロス疑惑」の舞台となるアメリカ・ロサンゼルスとの関わりはこの後のこと。
時期的に間に入っているのが出版社(編集部)である。

出所後はビニ本の制作や自販機本『土曜漫画』編集部に入り、高井研一郎やはらたいらといった漫画家の原稿を取りに行き、家に泊まりこんでいたこともある。
1974年には『週刊漫画』編集部に入り、主に雑用係を務めていた。その後、ロサンゼルスの先鋭的カルチャー誌『WET』の日本駐在員を経て、1976年に、雑貨輸入会社「フルハムロード」を設立した。


ロス疑惑と呼ばれる銃殺・傷害事件が1981~1982年に発生。

1984年に『週刊文春』をはじめとするマスコミにより『保険金目当ての殺人であり、その黒幕である』との報道がなされ(いわゆる「ロス疑惑」)、また三浦自身もテレビなどのメディアに積極的に露出し(逮捕時はテレビ朝日の「独占密着取材」中であった)、ミッキー安川やジミー佐古田などと丁々発止のやりとりを行うなど、その特異なキャラクターが視聴者(読者)の興味を引いたことも相まって、ワイドショーや雑誌、全国紙など日本中のマスコミによる過熱報道が行われた。

この騒動の最中に、 写真週刊誌『Emma』(文藝春秋)が三浦和義のスワッピング・パーティでの全裸写真を無修正で掲載したが、この写真を撮ったカメラマンは、1992年3月に千葉県市川市で起こった市川一家4人殺人事件(少年犯罪)の被害者一家となり、カメラマンも殺害された。
一部にはこれは偶然ではないのではないかという疑惑の目もあった。

「ロス疑惑」の三浦和義は、日本で行われた裁判で2003年、無期懲役から一転して無罪が確定した。しかし、その後の2008年に米国領土内において、一事不再理の原則に反しているとの主張もむなしく、共謀罪容疑で米国捜査当局に逮捕され、ロサンゼルスに移送後ロサンゼルス市警の留置施設にてシャツを用い、首をつって自殺し遺体で発見された。


三浦和義の死を気にしていた?飯島愛

飯島愛(1972年10月31日 - 2008年12月17日〈死亡推定日〉)
日本の元AV女優、タレントである。
株式会社Thesis元代表取締役。東京都江東区出身。瀧野川女子学園高等学校中退。元ワタナベエンターテインメント所属。

東京都江東区の亀戸で生まれ育つ。
中学在学中から不良仲間と毎晩ディスコ等で夜遊びに耽るようになり、遊ぶお金の為に万引きやカツアゲを繰り返す生活をしていた。高校には入学したものの全く通学しておらず、すぐに中退する。中学卒業前後には既に家出同然の状態であり、家出後の彼氏との短い同棲生活等を経て、六本木でホステスとして働いていたところをスカウトされ、1992年にAV女優となる。

AVデビュー後、『とんねるずのみなさんのおかげです』のスタッフととんねるずの木梨憲武が彼女のファンであったことから、同番組にハプニングゲストとして出演したことがテレビ番組初出演となった。1992年2月から深夜番組『ギルガメッシュないと』(テレビ東京系)にレギュラー出演し、スカートをめくりTバックを見せるのが話題となって「Tバックの女王」と呼ばれた。

1994年頃、AV女優を引退。テレビ番組への出演等によってタレントとしての知名度を得たことで、引退後は完全にタレント業へと転身を果たした。

2007年3月3日、「飯島が3月末で芸能界を引退する」という報道が流れ、飯島の所属事務所もこの内容をFAX回答で認めた。飯島は同4日に生出演した『サンデージャポン』でこの件について「いつかは引退する」と発言するも時期については明言しなかった。しかし翌週(3月11日)の放送で飯島は3月末をもって引退することを自ら発表した。

2008年12月24日、東京都渋谷区桜丘町の渋谷インフォスタワーの自室で亡くなっているのが親戚の女性によって発見された。その後、警察などの捜査によって、発見時現在で死後1週間ほど経過していたことが判明した。



カミカゼニュース 2008年12月25日 飯島愛さん死亡 三浦元社長の自殺気にしていたより
一体、なぜ? 突然の訃報に、芸能界に衝撃が走った。
 愛さんのAVデビュー時からの付き合いで、TBS系「サンデー・ジャポン」でも共演した出版プロデューサーの高須基仁氏(59)は「(ロス疑惑の)三浦和義の死よりもショックだ」と語った。

 引退後も月1回は電話する間柄。三浦氏が自殺した翌日の今年10月12日、愛さんから「死んだのね。自殺?」と電話が入った。高須氏が「自殺と思う。でも死ぬようなタマじゃない」と伝えると「そうね」と返ってきたという。さらに高須氏が「お前は殺しても死なないよな、じゃな」と言って切ったのが最後の会話となった。


前出の高須基仁氏によれば、彼女は常に4つのストレスを抱えていたそうだ。

2009年3月4日『恐喝されていた!飯島愛、謎の死の裏側にあった4つの悩み』より
彼女の突然の死はさまざまな憶測をよんでいるが、彼女の抱えていた悩みが4つあったという。
(以下引用)
飯島さんと親しかった出版プロデューサーの高須基仁氏はこう語る。
「彼女は常に4つのストレスを抱えていた。過去のAV出演歴。1988年に東京都足立区で発生した女子高生コンクリート詰め殺人事件との関係。体調不良。その体調不良の原因ともなった、小説『プラトニック・セックス』の担当編集者との失恋だ。
最後に話したのは10月12日、彼女から電話があった。三浦和義の死についてどう思うと聞かれたので、彼は自殺するようなタマじゃないし、殺したって死なないようなヤツだよと答えた。それが最後だった」(中略)
(引用「内外タイムズ」より)

飯島愛さんの死についてデヴィ夫人がブログで語っていますが、芸能界引退の理由について「彼女はとんでもないことをしていた、とかヤバい人と関係があった」みたいなことを暴露しているんですが、それって飯島さんが1989年の女子高生コンクリート詰め殺人事件と関与してるという噂と関係が?
飯島さんの暴露本をだした銀座ホステス時代の親友がそう言っているようで、今も関係者に脅されてるって話しです。

そしてその事件の主犯核と再犯で逮捕された準主犯核は2008年の後半に出所予定らしいですが、もう出所しているんですかね?



裏街道と表舞台と曝露合戦

次の文は三浦和義が無期懲役から一転無罪放免(2003年)となるも2008年にアメリカで逮捕されるまでの時期のもの。
格闘技目線で書かれているが、格闘技とどんな関係が?と思ったら、高須基仁氏の息子さんが編集者・格闘技ライターらしい。

サンジャポファミリー、三浦和義と高須基仁の如何わしさと・・メディアの危うさを考えて見る(2007年4月7日)
万引き逮捕映像で、今・・・再び時の人となっているロス疑惑の三浦和義氏なんだけど・・昼ご飯を食べながらワンセグを見てたら、格闘技ファンにも・・悪い意味でおなじみの高須基仁氏がコメントをしてたよね。
・・私は一瞬・・この二人はサンジャポファミリーじゃないか!と思ってしまったんだけど・・
ある意味で、サンデージャポンの抱える危うさを露呈する形になったようだ。

しかも、悪い事の連鎖か?そのサンデージャポン自体が路上インタビューの仕込みでのヤラセを批判されており
・ ・下手したら・・・「あるある」の余波を食らって番組終了って事にもなりかねない所だろう。

で・・万引きで逮捕された三浦和義の件でコメントしていた高須基仁氏こそ!・・・今や、格闘技ファンから総スカンを食らっている暴露系格闘技マスコミ?の急先鋒(不名誉なレッテルだと本人は思っていないだろうが)・・・・高須甚一郎氏の父親だって事だが(苦笑)

私はサンデージャポンを見るたびに、こういうアングラな裏街道を歩いているような人を表舞台に引っ張り出してチヤホヤし・・アウトロー的な生き方にメディアとしての免罪符を与えるのは非常に良くないと思っていたんだけど・ ・・実際に・・今回の事件は、そういう人達の裏の顔をメディアにさらす事になってしまったようだね・・・。

要するに・・・こういう人達を無責任にフューチャーしたメディアの側にも責任があるし・・そういう生き方を世間一般的に許されるんだと勘違いさせた事に関しても・・非常に罪深い事のように思っているよ。

結果として・・息子である、高須甚一郎氏のようなスキャンダルやタブーを食い物にして、飯を食うような生き方は・・父親から受け継いだ価値感だろうし・・
それをメディアはもてはやし免罪符を与えるのを、高須甚一郎氏は肌で感じ・・実体験として見てきているから・・実際問題として・・現状の格闘技界にとって暴露系格闘技マスコミと言われるような悪しき慣習が定着し、はびころうとしているのだと思う。









# by yumimi61 | 2019-06-21 14:55

6月18日

今日は自粛。

昨日の夜に発生した地震。新潟や山形で震度6だったようですが、関東にお住まいの皆さんは地震に気が付きましたか? 

私は気が付きました。揺れで。
テレビは付けていなかったのでテレビの緊急地震速報は見聞きしていません。
最初は本当に一瞬、ミシッと家がきしみました。
地震か気のせいか、それとも外で何かあったのかと迷うくらいな感じで。
でも近所の外飼いの犬が鳴いたので、あっやっぱり地震かもしれないと思いました。
すると再び少し揺れたのです。
揺れが大きくなることも考えて、部屋のドアを一応開けに行きましたが、結局揺れた時間は短時間であり、それ以上大きくなることもありませんでした。
この時点で私はすぐにテレビを付けたと思うのですが、テレビを付ける前だったか、テレビが映るまでの間か、どの時点かはっきりとは覚えていないのですが、スマホで揺れ(地震)があったかどうかを調べていて、揺れが局所的なものではなさそうということを確かめています。
(最初にミシッと揺れた際に、私はスマホで読み物を読んでいたので、たまたまたスマホを手に持っていた)

テレビが付いた時(私が見た時)、民放はまだどこも通常の番組を放送していました。
NHKに合わせるとすでに地震速報に切り替わっていて全面に津波注意報が出ていてアナウンスされていました。

奇しくも1年前の大阪の地震発生日と同じ6月18日でした。


6月18日は、後にリクルート事件と呼ばれることになる一件を朝日新聞がスクープした日でもある。

1988年6月18日、朝日新聞が『川崎市助役へ一億円利益供与疑惑』をスクープ報道し、その後、リクルートにより関連会社リクルート・コスモス(現 コスモスイニシア)社未公開株が、中曽根康弘、竹下登、宮澤喜一、安倍晋太郎、渡辺美智雄など大物政治家に、店頭公開前に譲渡していたことが相次いで発覚する。


新刊JP リクルート事件の「真実」(2009年)より
1988年6月18日 小松秀煕(ひでき)川崎市助役へコスモス未公開株(以下、コスモス株)譲渡の報道がスクープされる
★川崎市の企業誘致責任者だった小松秀煕助役がリクルート関連会社の未公開株を手に入れ、株価が急上昇した公開直後に売却、多額の利益を得たと報道。これに対し、小松助役は違法なことは一切ないとコメント。しかし、報道が「政治家が株に絡み多額の資金を得る」という論点にフォーカスされたことで国民の間には驚きと波紋が広がることになる。
★6月20日 小松秀煕、川崎市助役解職。



Electronic Journal 2010年4月27日(posted by 平野浩) 

●「リクルート事件の発端は川崎市」(EJ第2803号)

 「リクルート事件」という言葉を聞いて、それがとのような事件であったか説明できるでしょうか。
 リクルート社の創業者である江副浩正氏が、系列のリクルート・コスモス社の未公開株を政財界の要人多数に賄賂目的で幅広く譲渡し、それが発覚して多くの関係者が事情聴取されたり、逮捕・起訴され、竹下首相退陣の原因のひとつにもなった戦後最大級の構造汚職疑惑である──詳しい人でもせいぜいこの程度の記憶ではないかと思われます。
 ところで、公開前の株式譲渡というのは違法なのでしょうか。
 はっきりしていることは、公開前の株式譲渡自体は違法ではないということです。これは業界の慣行であり、多くの企業が行っていることであったからです。
 ただし、江副氏の場合、その譲渡先が政治家や官僚、財界人などの多岐・多数にわたっており、賄賂性があるのではないかと疑われたのです。しかし、未公開株の賄賂性を問うのは、極めて困難であり、普通なら検察は動かないものなのです。
 1988年6月18日付の朝日新聞の朝刊、社会面のトップに次の見出しの記事が報道されたのです。のちに、「リクルート事件」として大騒ぎになる最初のニュースであったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  『リクルート』川崎市誘致時 助役が関連株取得
        ──1988年6月18日付の朝日新聞
―――――――――――――――――――――――――――――

 JR川崎駅西口前にかわさきテクノピア地区と呼ばれる再開発地域があります。リクルートは、川崎市から誘致を受けてその地区にインテリジェントビルを建てたのです。記事の内容は、その誘致をした川崎市の小松秀煕助役に対し、リクルートの関連会社リクルートコスモスの未公開株が店頭登録前の1984年12月に譲渡されていたというものであったのです。

 朝日新聞の記事には間違いはなく、確かにリクルート側は、小松助役に対してリクルートコスモスの未公開株3000株が譲渡されていたのです。このコスモス株はその後株式分割され、同助役の保有株は3万株になったのです。小松助役は、この株を1986年10月にリクルートコスモスの株が店頭公開されたときに売却し、約1億2000万円の利益を得ているのです。
 本来未公開株は公開時には値上がりするものであり、まして業績好調のリクルートの関連会社であるリクルートコスモスの未公開株であれば、値上がりは確実なのです。しかし、前述したように、未公開株の譲渡は慣行として行われており、それ自体には違法性はなく、まして賄賂性は考えられなかったのです。

 問題はリクルート側が川崎への進出に当たって、川崎市に対し何かを依頼することがあったかどうかです。これに対して江副氏は、はっきりと「ない」といっているのです。
 ただひとつ疑点があります。リクルートがかわさきテクノピア地区への進出を決めたのは1985年4月のことなのですが、そのときは建物の容積率が300%しかなく、ビルを建てても採算に合わなかったということです。
 しかし、リクルートが契約を結んだ1ヶ月後に、川崎市はこの地区を「特定街区」に決めているのです。特定街区になると、容積率は700%になり、リクルートは20階建てのビルを建てることができたのです。それに小松助役は、企画調整局長としてテクノピア地区の開発を担当していたのです。

 朝日新聞の記事には、リクルート側が小松助役に特定街区の指定を依頼し、その見返りとして値上がり確実な未公開株を割り当てたのではないかと書かれていたのです。これなら賄賂の可能性が出てくるのです。しかし、川崎市としては、企業をテクノピア地区へ誘致するさい、それを特定街区にすることは企業側に話しそれを前提として営業しているはずです。それにその便宜を受けるのはリクルートだけではないのです。

 さらにリクルート側は、小松助役に対し、コスモスの未公開株をファーストファイナンスというリクルートグループの金融会社の融資まで付けて譲渡しているのです。これなら、手持ち資金がなくても未公開株の譲渡を受けられるのです。

 しかし、世の中というものは、濡れ手で粟を掴むような大儲けをした人には厳しいものです。「うまくやりやがったな」と思われてしまうからです。結局、小松助役は解職になったのですが、検察は動かなかったのです。どうしてかというと、譲渡されたのが未公開株で、賄賂性の立証が困難であったからです。

 この件について、田原総一朗氏は、自著『正義の罠』(小学館刊)で次のように書いています。

 朝日新聞の横浜支局が川崎市助役とリクルートとの関係についてのスクープを得た舞台裏について、こう説明している。「朝日新聞の横浜支局が、神奈川県警の捜査二課が川崎市役所の小松助役のサンズイ(汚職)を追及していて、捜査の進展が早そうだ、という確かな情報を掴んだのは、88年4月上旬であった。ただし、二課の動きを察知したのは、朝日新聞だけではなかった。捜査二課に張り付いていれば、掴める動きであった。
 贈賄側がリクルートコスモスだという事実も掴んだ。小松助役の逮捕近し、との感触も県警筋から得ていた。ところが、5月中旬に神奈川県警は捜査を断念した。贈賄側(リクルート)の時効である三年を超えていたことと、譲渡されたのが未公開株で、賄賂性の立証が困難だと判断したのであった。各社は県警の断念で取材を打ち切った。事件にならない素材を追及しても意味がないと考えたのである。だが、朝日新聞の横浜支局だけは、逆に取材体制を強化した。実をいえば、横浜支局でも取材を打ち切ろうという意見が強かったのであるが、デスクの山本博が「取材を続行すべき」だと強硬に主張したのである。
──田原総一朗著、『正義の罠』(小学館刊)     
[ジャーナリズム論/07]





# by yumimi61 | 2019-06-19 23:59

歌劇

e0126350_16581552.jpg
焼け跡と踊り子 浅草 昭和24年ー「戦災で焼け野原になった浅草に、娯楽を求めて人びとは集まった。国際劇場の松竹少女歌劇団はSKDの名で知られ、川路龍子小月冴子などの人気スターに憧れる少女たちが入団してきた」。 田沼武能


西の宝塚歌劇団に対して、東の松竹歌劇団。
宝塚歌劇団は阪急電鉄が創設し、兵庫の宝塚を本拠地としている。
松竹歌劇団は松竹が創設し、東京の浅草を本拠としていた。
松竹という会社はもともとは演劇などの興業を手掛けており、京都や大阪など西発であり、松竹歌劇団のもとになる松竹楽劇部も1921年に大阪に創設された。
その後1928年に東京にも創設され、これが合わさる形で「松竹少女歌劇団」となり、1937年に東京浅草に国際劇場を設立して本拠とし、1945年に「松竹歌劇団」となった。


水の江瀧子さんという方を御存知だろうか。
この方が東京松竹楽劇部の1期生であり大スターとなり、その後、日本映画界初の女性プロデューサーとなったそうだが、私はショートカットの審査員のおばさんという印象しかない(子供の時の無邪気な印象なのでお許しください)。
そこで何の審査員だったのかなぁと調べてみた。たぶんフジテレビで放送していた『オールスター家族対抗歌合戦』だと思う。
どうでもよいことかもしれないが、子供の時に家族で予選に出場したのはTBSの『家族そろって歌合戦』だったと思う。その時に妹が歌ったのが『およげたいやきくん』(フジテレビ・・・)であり、予選で落ちたのはそのせいだと私は思っている。(当時はそういう大人の事情が分からなかった)

水の江瀧子
1928年に東京松竹楽劇部(後の松竹少女歌劇部、松竹歌劇団)に第1期生として入団。日本の女性歌劇史上初めて男性様に断髪した男役で「男装の麗人」の異名を取り、「ターキー」の愛称と共に1930年代から1940年代にかけて国民的人気を博した。1942年の松竹退団後は劇団主宰、映画女優などを経て1955年に日活とプロデューサー契約。日本初の女性映画プロデューサーとなり、石原裕次郎を筆頭に、浅丘ルリ子、長門裕之、岡田真澄、和泉雅子、赤木圭一郎ら数々の俳優や、中平康、蔵原惟繕といった監督を発掘・育成し、『太陽の季節』、『狂った果実』など70本以上の映画を企画[注 1]、日活の黄金時代を支えた。また、『NHK紅白歌合戦』の司会を2度務めたほか、『ジェスチャー』、『独占!女の60分』といった番組に携わった。

50年以上に亘り芸能活動を続けたが、1984年に甥の三浦和義が妻の不審死に関わったのではないかとしてマスメディアを賑わせた「ロス疑惑」のスキャンダルに巻き込まれ、芸能界を引退した。


水の江瀧子さんは戦時中に劇団を結成している。

当時瀧子のマネージャー兼恋人のようになっていた松竹宣伝部の兼松廉吉が新たな劇団創設を打診した。これを容れた瀧子は1942年12月に自身の劇団「たんぽぽ」を組織。翌1943年1月に15年間過ごした松竹を離れ、邦楽座で劇団「たんぽぽ」としての旗揚げ公演を行った。

1945年に入ると日本軍の劣勢が決定的になり、日本本土に対する連合国軍機の空襲や艦砲射撃などが行われるようになり、空襲中にも上演を行っていたが、群馬県太田市では工場などを目標にした大規模な空襲に遭遇し、翌日の新聞に「"たんぽぽ"全員爆死」と誤報されたこともあった。



映画『男はつらいよ』シリーズでは寅さんの妹のさくらを演じていた倍賞千恵子さんも松竹歌劇団の出身だそうだ。

愛称は「チコちゃん」。
実妹は女優の倍賞美津子。弟は猪木事務所社長日産自動車硬式野球部元監督の倍賞明。夫は作曲家の小六禮次郎。

幼少時は「のど自慢」荒らしとして知られ、みすず児童合唱団を経て、1957年、松竹音楽舞踊学校に入学。1960年、同校を首席で卒業し、松竹歌劇団(SKD)13期生として入団、若くして「逸材」と注目される。
1961年、松竹映画にスカウトされ松竹歌劇団を退団し、『斑女』(中村登監督)で映画デビュー。1963年、山田洋次監督の映画『下町の太陽』に主演して以降、山田作品に欠かせない庶民派女優となる。『下町の太陽』は映画・歌だけでなく、現在もそのフレーズ自体が倍賞の代名詞になっている。
1963年に『下町の太陽』で歌手としてもデビューし、第4回日本レコード大賞新人賞を受賞。NHK紅白歌合戦にも4年連続出場した。他のヒット曲に「さよならはダンスの後に」「おはなはん」「忘れな草をあなたに」(菅原洋一らとの競作)などがある。
映画『男はつらいよ』シリーズでは渥美清演じる主人公車寅次郎の妹さくら役を演じ、人気を不動のものにした。『男はつらいよ』で共演した吉岡秀隆とは現在でも親交が深く、北海道野付郡別海町の倍賞の別荘に遊びに来た際には、(吉岡に)マッサージを頼むほどの仲である。


倍賞千恵子さんの妹である倍賞美津子さんは、やっぱり『3年B組金八先生』の養護教諭で後に金八先生の奥さんというイメージが強いですよね!?
その倍賞美津子さんも松竹音楽舞踊学校(劇団養成学校)→松竹歌劇団(18期生)→松竹で映画デビューという流れのようだ。










# by yumimi61 | 2019-06-18 17:31

淡雪

e0126350_11081540.jpg

・わたくし、小学校卒業の時の文集の中の「将来なりたい職業」には、デザイナーと書いたと思います。

・だというのに、高校の時の仮装行列で『ふしぎの国のアリス』をやった時には、アリスのドレスをデザインして作ることもなく、ダンボールベースのトランプ衣装を作り、さらに自身でそのトランプ役までやったという・・・。

・アパートで暮らしていた時に休日にベランダの手すり部分にスニーカーを干しておいたら、風が強かったのか、下に落ちてしまったのです。
でも私はそのことに気が付いていなくて。
すると階下の住人が「〇〇〇~靴が落ちてる~」(〇〇〇は私の名前、名字ではなく、しかも呼び捨て)と大声で叫ぶのです。
同じアパートの住人ながら、お付き合いは全然ありませんでした。
もともと少々声が大きく且つ独り言が多い方なのかなぁと感じていましたが、自分の名前が呼ばれたことにはドキっとして、丁重にお詫びしつつ慌てて靴を回収にいきました。

・その階下の住人は女性です。当時20代の私には中年に見えましたが実年齢は分かりません。
時々近くのスーパーマーケットで見かけることもありました。
ある時、そのスーパーでその方が同じ年頃の女性と仲良さそうに手を繋いでいるのを目撃。
えっ・・!? これはどういう関係・・?
女子高出身の私は女性同士の密着にはわりと免疫があったのですが、それでも当時はスーパーでの手つなぎ中年女性カップルに驚かざるをえませんでした。

・私は淡雪のような花を咲かせるエゴノキが結構好き。その花が散って地面を真っ白に染めている風景もとても好き。(上の写真はエゴノキではありません。エゴノキはもっと小さな花をびっしりと咲かせる)





# by yumimi61 | 2019-06-16 11:17

ミカド

e0126350_15235994.jpg
クラブ「ミカド」赤坂 昭和42年ー好景気を背景に大規模クラブが各地にオープン。なかでもミカドは銀座のホステスやバーテンを引き抜き話題となった。オーナーの言葉によれば1000人のホステスがいたという。昭和48年のオイルショック以降、衰退に向かう。 田沼武能 



「ミカド」
かつて東京都港区赤坂に存在したレストランシアターで、後にキャバレーとなる。世界の社交場をキャッチフレーズとし、シンボルマークは菊の花。

名古屋でパチンコ店や観光バス事業(中部観光)などを経営していた山田泰吉が、来るべき1964年東京オリンピックでの外国人客を見込み、5年の歳月と当時の金額で15億円の巨費を投じ地上6階建て延床面積2千余坪を以って完成。国際社交場にふさわしい大噴水ショー、そしてレヴューなど世界の一流ショーを売り物とし、内外装、調度品ともに豪華さの粋を集めたレストランシアターとして1961年10月に東京・赤坂田町5丁目(現・赤坂2丁目)で開業。しかし欧米人客には 大好評を得るも、ホステスが存在しないことが仇となり日本人客には不評で1964年に閉館へと追い込まれる。

その後、ミカドの経営は神戸『新世界』・大阪『エムパイア』『クラウン』といった大型キャバレーの成功で名を馳せていた神戸出身の小浪義明(近畿観光)が買収する形で引き継ぎ、華美な面を省くなど大々的な改装が施され、ゴールデンタイム、サンデーサービスを設け、高級路線の大衆(グランド)キャバレーとして装いも新たに翌1965年11月に再オープンした。営業担当の畑本克己が銀座中のクラブやキャバレーよりホステス、マネージャー、バーテンダー、ボーイ(ウエイター)を引き抜いた事が業界で大問題となったが、最盛期には500名のホステスを抱え大成功を収める。



山田泰吉
 昭和20~40年代、広小路かいわいを覆っていたきらびやかなネオン街。
の中心にあったのは数々のキャバレーだった。
戦後の混乱が終わらぬころ、広小路の一角でいち早くキャバレーを始めたのが、「夜の帝王」ともいわれた山田泰吉だった。
その人生の絶頂と転落は、今なお語り継がれている。

 1901(明治34)年、岐阜の貧しい農家に生まれた。
柳ケ瀬で一旗揚げた後、保険会社の従業員などを経て商売の才覚を現した。
46(昭和21)年、広小路通に面した富国生命ビルの地下にキャバレー「赤玉」を開業する。
 事業は大当たり。娯楽を求めていた市民が殺到し、大繁盛した。
タンゴやジャズの軽快な音色に乗り、男女が体を近づけて踊りに興じた。
当時、赤玉で演奏していた元アコーディオニストの角谷精三さん(88)=千種区=は「淡谷のり子さんら一流の歌手が歌い、名古屋中の財界人が集まった」と振り返る。
 山田は「中部観光」を設立して複数のキャバレーやパチンコ、タクシー事業を次々と成功させ、当時の金額で数十億円の資産を築いた。
千種区に建てた豪邸は「東山御殿」と呼ばれた。
 角谷さんは当時、バンドの仕事を求めて都会に出て来たばかりの駆け出し。
山田はその若者を米フォード社製の車に乗せて社宅まで送ってくれたというから、豪勢な生活ぶりがうかがえる。
角谷さんにとって、山田は「人情味のある温厚な人物」だった。

 山田には野望があった。
それは東京に世界一のナイトクラブを持つこと。
東京五輪を間近に控えた61年、ついに赤坂にレストラン・シアター「ミカド」を開店させる。
 祖父の代から山田と親交のあった中区の老舗料亭「蔦茂(つたも)」の主人深田正雄さん(66)は、中学生のころ親に連れられてミカドを訪れた。
店の収容人員は1500人。
「ラスベガスみたいにきらびやかで圧倒された」という。

 ミカドは山田にとって、一世一代の賭けだった。
だが当て込んだほど客は入らず、12億円もの負債を出してわずか3年で経営破綻。
あおりで中部観光も行き詰まり、別の企業に買収された。

豪邸は人手に渡り、山田は表舞台から姿を消した。
 その後の山田を知る人は少ない。
深田さんは、家を継ぐため名古屋に戻ってきた84年ごろ、晩年の山田から「徳川の埋蔵金を掘り当てる」と冗談とも本気とも取れない話を聞いた。

 その夢もむなしく、昭和が終わるころ、関東の老人施設でひっそりと息を引き取ったといわれている。
広小路かいわいのキャバレーは、バブル期にはディスコに変わり、やがて姿を消した。
 中区の若宮八幡社に「中部観光株式会社赤玉会館」の石柱がある。
山田が寄進したことを示す柱だけが、往年の繁栄をしのばせる。
FineCity(ファインシティ)へようこそ 絶頂、東京そして転落 広小路通(4)より 上記の転載文は新聞記事とのこと

晩年に「徳川の埋蔵金を掘り当てる」と言っていたとあるが、徳川埋蔵金と言えば糸井重里さんですよね?
いつ頃のことだっけなぁと思って調べてみたら1990年代だった。そんな新しかったっけ?(十分古いですよ?)
ともかく山田泰吉さんの野望(夢)のほうが早かったというわけか。


小浪義明
1912年8月16日朝鮮生まれ。和歌山中〔大正13年〕卒。
13歳のときに来日しさまざまな職業を経て、昭和13年神戸市にキャバレー・新興会館を開店、戦時中は軍需工場も手がける。
戦後、神戸、大阪に次々にマンモスキャバレーを開店、“関西のキャバレー王”といわれた。
38年近畿観光社長に就任し、40年東京に進出。営業不振で倒産した赤坂のレストラン・シアター“ミカド”を引き取り、マンモスキャバレーとして再開させた。東京、札幌各ミカド社長。
1981年12月1日死去。69歳。



トップの写真、不思議なのはお客さんらしき姿が見えずに、ホステスやバーテンらしき人ばかり。(私が載せた写真では切れてしまっているが)後方に並んでいるのがバーテンやボーイらしき人で、他は坐っている人も立っている人もほぼ女性。
「お立ち台での立ち方」とかいう研修?
それとも従業員全員を集めての集合写真だろうか?
それにしても全員がお店に出たら、お客さんが座る席もないということですね。


帝(てい・みかど)
1.天界を統べる神。 三皇五帝
2.殷(商)以前に使われた君主の称号
3.前漢以後の帝号
4.天皇の別称(帝、みかど)


三皇五帝
古代中国の神話伝説時代の8人の帝王。
三皇と五帝に分かれ(誰が該当するかについては諸説ある)、三皇は神、五帝は聖人としての性格を持つとされ、理想の君主とされた。
伝説では、最初の世襲王朝・夏より以前の時代とされる。


神格をもつ「皇」と聖人である「帝」とは区別されていて、神格を持つ三皇はもともとは天地人三才(天・地・人の3つの働き)に由来する抽象的な存在であった。

殷(商)
紀元前17世紀頃 - 紀元前1046年
古代中国の王朝である。文献には天乙が夏を滅ぼして建立したとされ、考古学的に実在が確認されている中国最古の王朝である。


つまり中国では、考古学的に実在が確認されていない、いわゆる神話時代の君主の称号が「帝」であった。
殷(商)以後は普通に「王」が用いられていた。
それに変化を与えたのが始皇帝である。

(始皇帝は)紀元前221年に史上初の中国統一を成し遂げると最初の皇帝となり、紀元前210年に49歳で死去するまで君臨した。
それまで中国は戦国時代にあった。
始皇帝は中国戦国時代の秦王であった人物である。
中国統一を成し遂げた後に「始皇帝」と名乗り、中央集権国家を築いていった。

初めて強大なひとりの権力者の支配に浴した。
最初に秦王政は、重臣の王綰・馮劫・李斯らに称号を刷新する審議を命じた。それまで用いていた「王」は周の時代こそ天下にただ一人の称号だったが、春秋・戦国時代を通じ諸国が成立し、それぞれの諸侯が名乗っていた。
統一を成し遂げた後には「王」に代わる尊称が求められた。王綰らは、五帝さえ超越したとして三皇の最上位である「泰皇」の号を推挙し、併せて指示を「命」→「制」、布告を「令」→「詔」、自称を謙譲的な「寡人」→「朕」にすべしと答申した。秦王政は号のみ自ら変え、新たに「皇帝」の称号を使う決定を下した。


中央集権国家は民主主義国家に近いところにあるが、実は限られた権力者に強大な権力を集中させやすいのである。
日本は江戸時代はもちろんのこと、歴史上それとは逆の形態であることが多かった。
しかしながら権力者(中国ならば王)が沢山いる状態が不都合ということで統一を果たし権力を集中させる。
今までとは違う絶大な権力者であるということを誇示するために、君主の名称を変更した。


帝(みかど)は常用漢字ではない。
「みかど」の原義は「御門」である。
「御」が付いている。だから、誰か地位の高い人、一番ということになれば君主(天皇)の門ということになる。
この門は建築物の門ではなくて、一門という意味が強いのだと思う。唯一無二の家系(万世一系)を強調しているのだろう。

建築物の門は通常、敷地と外部を区切る塀や垣根に設けられる。
通行のために出入口となり、区切り(境界)を開くものである。
封鎖して遮るだけならば塀や垣根だけで十分であるのに、あえて門を設置する。出たり入ったりするために。
でも日本では天皇家がそれでは不味いみたいなので、御門の門は一門の門であると考えられる。




# by yumimi61 | 2019-06-14 16:04

悲しいほど梅雨冷

e0126350_17130225.jpg

178.png2009年5月までのカテゴリーとタグ付終了しています。


同じ趣味や特技を持ち、同じ新しい時代に生きて、
同じ空気を吸いながら同じ風景を見ていた。
皆それぞれにひよっこらしいストイックさと奇抜さを持ち合わせ、
日が傾くのも夜が更けるのも忘れて語り合い笑いあった。
これ以上強く確かな繋がりがどこにあるというの?そう信じて余りあるほどの。
君達はまだ何だって出来ると誰かが言って、本当にそうだって、私達に出来ないことは何もないって別の誰かが言って、心が震えた。
四畳半フォークでもオーケストラでもなく、どこまでも広がる空の下、どんなものでも描いていける未来を持っていたのよ。







# by yumimi61 | 2019-06-11 17:13

alma

e0126350_15425041.jpg
数寄屋橋交差点 銀座 昭和36年 薗部澄


昭和36年は1961年。
場所は銀座のソニービルがあった交差点であるが、ソニービルの着工は1964年6月6日で、竣工が1966年4月15日であった。
ソニービルは2017年に解体され、現在は「Ginza Sony Park(銀座ソニーパーク」になっており、東京オリンピックが終わった2020年秋に新ソニービルが着工されるらしい。
1961年の上の写真の建物はソニーの自社ビルではない。
ビル壁面には『太陽の誘惑』や『アメリカ裏窓』といった映画の(?)広告掲示がなされている。

SONY 企業情報>歴史>タイムカプセル
Vol.6: 1966年、ソニービル誕生
様変わりを実感!ソニービルがなかった頃の数奇屋橋の風景
e0126350_16035548.jpg
ソニーの“電光広告看板”がひときわ目立つ数寄屋橋交差点(1958年) 


ソニービルがオープンしたのは1966年4月。以来40年、この銀座を代表するランドマークは、ソニーの情報発信基地として、人々のコミュニティースポットとして親しまれてきた。2006年6月のリニューアルでは「ハイビジョンのソニー」を全面的に打ち出し、ソニーが創り出すハイビジョンの世界をアピールしている。

 さて、銀座への玄関口とも言われる数寄屋橋であるが、40年前のソニービルの登場は、その風景、人の流れを一変させた。今回はそれを実感してもらうため、あえてソニービルが建つ前の数寄屋橋の写真を紹介する。この数寄屋橋とソニーとの関係は古く、1957年にソニーの“電光広告看板”を設置したのがそもそもの始まり。2年後には20坪足らずのショールームもオープンした。いわばソニービルの前身である。好立地がゆえに客足は伸び、製品群も年々増える。そのためやがて手狭になってきた。

 そこで、「この銀座・数寄屋橋の一角を永久に確保し、同地から生まれる多くの面での効果を永続的に得たいと考え、土地の買収にあたった結果、土地所有者の方々のご了解を得て、707平方メートルの土地を入手することができ、ここにソニービルを建設することになったのであります」(ソニービルの発表文より)。かくして当時副社長だった盛田の陣頭指揮のもとソニービルは誕生し、現在に至るのであるが、オープンにあたってはこんなエピソードもある。同ビル内にオープンする3つの店の店名を社員から募集したのである。7階のイタリア式レストラン(現在のサバティーニ・ディ・フィレンツェ)、地下2階の純アメリカ式ドラッグストア(現在のソニープラザ)、1階のコーヒーショップ(現在のパブ・カーディナル)。残念ながら該当作はなかったが、ソニービルをまず社員に身近に感じてもらおうという粋な計らいであった。


晴海通りの数寄屋橋交差点、ソニーの向かい側に不二家がある。

1953年に、この地に地上3階建の不二家数寄屋橋店が開店。1957年には屋上にフランスキャラメルの大看板が設けられ(その後ペコちゃんの大看板)、人目を引いた。1982年、同ビル跡地に現在の銀座クリスタルビルが建設され、同年6月に竣工した。
(銀座クリスタルビルは)不二家のネオンサインとガラス張りの曲面状のカーテンウォールの外観が銀座のランドマークの一つになっているが建物は同社所有ではなく、テナントとして不二家数寄屋橋店が入居している。

e0126350_16163051.jpg
写真奥に見える丸い物体は、森永地球儀ネオンである。

森永地球儀ネオン
かつて森永製菓が設置していた球体のネオンサインである。東京都中央区銀座5丁目、愛知県名古屋市の大名古屋ビルヂングなどに掲出していた。
菓子類の自由販売開始に際し、森永製菓は新聞をはじめとする印刷媒体や、1951年より放送を開始した民放ラジオ、1953年放送開始の民放テレビなどを駆使し、積極的な広告展開を行った。日本各地に設置された大型の広告塔もその一環で、中でも東京・銀座に設置された球体ネオンサインは地球儀ともサボテンとも呼ばれ、長らく銀座のシンボルとして親しまれた。

設置場所は銀座5丁目の銀座不二越ビルの屋上で、銀座4丁目交差点から数寄屋橋方面を見ると晴海通りの左側に位置する。1953年1月21日に着工、同年4月11日に完成。直径は12メートル。50トンの鋼材を使用し、工費は当時の金額で約3000万円を要した。濃赤、赤、青、濃青、白、黄、緑のネオン管が使われ、地球儀で言うところの緯線・子午線方向に張り巡らされた光の線が点滅。赤道にあたる部分には「森永ミルクキャラメル」「森永チョコレート」の文字が回転する仕掛けであった。デザインは、日本画家の横山操が担当した。 クリスマスや1959年の皇太子ご成婚、1964年の東京オリンピックなどの際には文字が加えられるなど特別な装飾が施された。

広告電通賞を受賞したこの地球儀型ネオンは銀座の広告塔のはしりであり、1954年には鳩居堂ビルの屋上に松下電器産業が星型の広告塔を掲出、旧三愛ビル(現在の三愛ドリームセンター所在地)には赤ん坊が哺乳瓶のミルクを飲み、泣き顔から笑顔に変わっていく様子をネオン管の点滅でアニメーション仕立てで描く雪印粉ミルクのネオンサインが出現するなど大型で趣向を凝らした広告塔が増えた。

小津安二郎監督の映画『秋刀魚の味』では、この広告塔を1カット映すことによりその場所が銀座であることを示すなど、数々の映画にも描かれたが、完成から30年後の1983年に老朽化のため撤去された。銀座不二越ビルはその後建て替えられ、2007年9月27日に竣工。全フロア、アルマーニが旗艦店を置いた。



写真で不二家の左側に位置する場所に塚本素山ビルディングがある。
オバマ大統領が来日した時に安倍首相と夕食会をした高級寿司店「すきやばし次郎」が入居するビル。
塚本素山は人の名前。

塚本素山(つかもと そざん、1907年(明治40年)9月1日 - 1982年(昭和57年)4月4日)
日本の陸軍軍人、実業家。千葉県出身。陸軍士官学校卒業。本名は塚本 清
旧制千葉県立佐倉中学校を卒業する。1935年(昭和10年)、陸軍士官学校(少尉候補者第19期)を卒業する。


政財界に太いパイプを持ち、フィクサーとも呼ばれロッキード事件で世間にもその名を知らしめた児玉誉士夫とも親交があり、児玉の事務所が塚本素山ビルに入居していたりもする。
創価学会の初代顧問でもあった。

・1945年(昭和20年)8月、陸軍大将の田中静壱の専属副官を務める中、終戦となる。敗戦直後から辰巳栄一と親交をもった。そして1949年頃に米軍の情報関係者の仲介で児玉誉士夫と知り合った。

・1956年(昭和31年)、日鉄中央機械、日新興業、日新実業が合併した塚本総業を設立し、塚本総業代表取締役に就任する。塚本不動産社長、八盛興業社長、日新興業会長、大和通運会長を務め、日本カーフェリー取締役、ニューナラヤ(現・千葉三越)取締役のなどを兼任する。

・1961年(昭和36年)、創価学会に顧問制度が創設され、法華講連合会会長(当時、初代委員長)の平沢益吉、三菱銀行員の戸田喬久の2人と共に創価学会顧問(初代)に就任する。

・埼玉県熊谷市の法潤寺の建立を発願し、1963年(昭和38年)に、法潤寺が建立された。
・埼玉県朝霞市の日成寺の建立を発願し、1978年(昭和53年)に、日成寺は建立された。
・千葉県長生郡一宮町の法清寺の土地を寄進し、死後1984年(昭和59年)に、法清寺は建立された。



児玉誉士夫(こだま よしお、1911年(明治44年)2月18日 - 1984年(昭和59年)1月17日)
日本の右翼運動家。CIAエージェントであったという。暴力団・錦政会顧問。「政財界の黒幕」、「フィクサー」と呼ばれた。1960年、生前葬を行う。河野一郎や大野伴睦といった大物政治家が児玉のための葬儀に集まり、焼香した[要出典]。
三男はTBSサービス社長を勤めた児玉守弘。

戸籍上は、福島県安達郡本宮町(現本宮市)中条45番地に生まれた。父の酉四郎の旧姓は山田といい、上杉家の家臣であった山田彦右衛門の子兵太夫が丹羽長重に仕え、以降、兵蔵-為貞-貞常-為英-為栄-為芳と続いた。祖父山田兵太夫は明治維新後、二本松の副参事になったが、父の代になって、同じ二本松藩の御典医児玉家から望まれて養子となったため、児玉姓にかわった。
ただし、これらの家系は後に児玉誉士夫自身によって作られた「設定」のようである。実際のところ、児玉誉士夫の出自は全く不明である。幼少時は酷い貧乏暮らしで、父親と二人で掘っ立て小屋に住んでいたとされる。7歳で母親を亡くし、8歳で朝鮮に住む親戚の家に預けられ、京城商業専門学校を卒業した後、来日して向島 (墨田区)の鉄工所に住み込んだ。それからは様々な右翼団体を転々とすることになる。






# by yumimi61 | 2019-06-07 16:57

アレルギー

e0126350_15193064.jpg
杉多すぎた!?

「杉苗500本 明治31年生品小学校入学同級生一同」と書いてある。
明治31年は1898年。小学校入学はこの年に7歳になる子供達なので、1891年生まれということになる。
杉苗を奉納したのは昭和12年だから1937年。46歳になる年である。


県社昇格記念樹としての杉苗500本。(杉花粉症の皆さん、すみません。まさかこんなにも杉アレルギーが猛威を振るうとは思ってもみませんでした)

県社は近代社格制度によるランクである。

近代社格制度
明治維新以降、『延喜式』に倣って、新たに神社を等級化した制度である。第二次世界大戦後に廃止されたが、「旧社格」などの名称で神社の格を表す目安とされる。

延喜式
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)で、三代格式の一つである。

平安時代に明治時代、中央集権というのは「社会は1つ~」にして、平等を実現するのではなくその中で格付けをするのが好きなのである。


明治時代に神社は、「官社」と「諸社(民社)」と「無格社」に分けられた。
伊勢神宮は「全ての神社の上にあり、社格のない特別な存在」とされた。 戦後の象徴天皇は、神社界における伊勢神宮の立ち位置に準じていると思われる。

伊勢神宮(別格)ー「官社」>「諸社(民社)」>「無格社」

「官社」の格付け
官幣大社>国幣大社>官幣中社>国幣中社>官幣小社>国幣小社>別格官幣社

「諸社(民社)」の格付け
府社=県社>郷社>村社
※北海道が存在したが道社というものはなく県社に含まれた。
1943年には東京府が東京都になったが、都社にはならず府社のまま維持された。

「無格社」
法的に認められた神社の中で村社に至らない神社。
無格社の神社であってもほとんどは氏子を有し、村社以上の神社とは、神饌幣帛料供進がなかった点や境内地が地租もしくは地方税免除の対象とされなかった点などが異なる以外に、目立った相違はない。規模の小さな無格社の多くは、明治末期の神社合祀で廃社とされた。
全国約11万社のうち、無格社は1938年(昭和13年)の調査では60,496社あり、当時の神社数の半数であった。最終的には59,997社が存在したとされる。






# by yumimi61 | 2019-06-04 15:46

はらはら

e0126350_15173097.jpg

神代は薔薇の葉色に染まりけり



先日載せた写真で、生品神社の神代木の説明板がうっすらと青く(緑色と空色)に染まっていたなぁと思って。
e0126350_16174678.jpg

東京都調布市に都立神代植物園がありますね。

この公園はもともと、東京の街路樹などを育てるための苗圃でした が、戦後、神代緑地として公開されたあと、昭和36年に名称も神代植物公園と改め、都内唯一の植物公園として開園されました。

その中にはバラ園もありますが、そろそろ春の薔薇の花も終わりかなぁという時期だと思います。
神代植物公園「春のバラフェスタ」は6月9日まで。今日は休園日。


神代植物公園には園の名前を冠した「クィーン・オブ・神代(Queen of Jindai)」という薔薇がある。
開園50周年(開園は1961年10月20日)の記念事業の一環で名付けられたとか。

e0126350_16314612.jpg
2009年度日本バラコンクール(JRC)金賞を受賞。
2013年の開園50周年記念に名前を一般公募し、2014月に新品種登録された。

(クィーン・オブ・神代の写真と説明文はWebバラ図鑑より)

これはハイブリッドティー(HT)系という種類の薔薇で、枝先に一輪の大輪花を咲かせるという特徴がある。
切花として販売される薔薇はハイブリッドティー系が少なくない。
でも私はもっと花弁の多いくしゃくしゃごちゃごちゃとしたバラが好きなのである。オールドローズとかイングリッシュローズとか。
例えるならば「プリンセス・マサコ」より「マサコ(エグランタイン)」のほうが好きということ。

皇族の名前を冠した薔薇があるが、これらの薔薇が集まっているのが神宮ばら園。

神宮会館>館外施設のご案内より
神宮ばら園は、神宮参拝者や神宮会館利用者に心の潤いを与え、神宮外苑の名所とするため三重県ばら会の助勢を得て、昭和62年10月に開園しました。
春と秋にはバラ花を神宮に奉納して、三重ばら会南勢支部のばら展が開催され、多くの方々が来園されます。

 神宮ばら園開設のきっかけとなったのは、当時の三重県ばら会会長・清水武夫氏よりのバラ苗の献納でした。
開園当初は57種、300株が植えられました。その後、岡山市のアール・エス・ケイバラ園や、山陽放送株式会社など、いくつかの企業や個人から苗の献納があり、三重県ばら会南勢支部の協力を得て、現在では120種、450株が咲きほこる見事な花園へと成長しました。

必見のプリンセスローズ
 園の東側、神宮会館と隣接する斜面に、ほかの花と独立して並び植えられているのがプリンセス・ローズ。プリンセス・ミチコ、マサコ、アイコなど、どなたもご存知の高貴な名が冠された美しい花に、皇女のお姿を重ね合わせて、ぜひご鑑賞くごさい。



山陽放送吉備ラジオ送信所
岡山県岡山市北区にあるRSK山陽放送(RSKラジオ)の中波放送送信所で、RSKラジオの親局である。
本送信所の周囲一帯はRSKおよび関連会社による公園事業RSKランド(主にはRSKバラ園およびRSKハウジングプラザ)の運営地となっている。




<過去に載せた赤い薔薇の写真から>
e0126350_17585958.jpg

e0126350_18280944.jpg




# by yumimi61 | 2019-06-03 17:24

天翔

読売新聞(2019/05/02)によると、新元号の政府の最有力案は一時期「天翔(てんしょう)」だったらしい。
こちらも万葉集や古事記が出典だそうだ。
でも葬儀社名などに使われていることが判明し最終案には含まれなかったという。

e0126350_11345752.jpg
昨晩、「天翔」に遭遇した。私の前を走っていたトラック。


1週間か2週間くらい前には久しぶりに「口は弁護士 心は詐欺師」のトラックを見かけた。
以前本当によく遭遇していたのに、ある時からパタリと見なくなったのだけれど、久々に見た。
横に龍生丸急行と書いてあったのが分かったので、調べて見たら宮城県気仙沼の丸虎商店という会社のトラックらしい。







# by yumimi61 | 2019-06-02 11:29