by and by yumimi61.exblog.jp

やがてそこに。


by yumimi61
プロフィールを見る
画像一覧

<   2018年 06月 ( 21 )   > この月の画像一覧

義兄弟

🚙 昨日車走っていたら、斜め前方を走る車のリアウインドに何か文字が書いてあることに気が付いた。
街宣車か何かだろうかと思ったが、停車した時に見たら白い紙が緑色の養生テープで貼ってあり、その紙に文字が書いてあった。
少し走っていたら同じ車線で私の前の前になり、また少ししたら前の車が左折して、その車がすぐ前にきた。
さらに運良く(?)信号で止まってじっくり文字が読めた。

日本人と台湾人義兄弟
ふたり
節約旅をしています



義兄弟?
義兄弟って・・・義理の兄弟(brother‐in‐law)か・・それとも兄弟仁義の義兄弟(blood brother)か・・

台湾という国は日本人ならばカルチャーショックを受けるくらい大人になってからも家族との付き合いがかなり親密らしい。
それも「家族」の単位が大きくて、親戚はもちろん親の義兄弟とか大所帯となりがちらしい。
で、契の義兄弟制度(?)もやはり今でもあるらしい。
赤の他人が義兄弟の契りを結んだら、お金も手間暇も惜しみなく支援してくれるらしい。


APRA(アジア・パシフィック・ルネッサンス・アソシエーション)ホームページより
※アンダーラインは私によるものです。
■中小企業の海外進出の第一歩は「台湾」から!
海外進出を考える中小企業経営者にとって、まず第一歩を刻むに値するのが、空路3時間で到達する「台湾」です。その理由は、以下の三点に集約されます

1.やり方の前に「在り方」
「311」東北の大震災において、約230億円というダントツの義捐金をいただいたのが台湾でした。この親日は、日本の先人が台湾の方々に示した「士魂商才の日本精神」のインパクトによるものです。海外で受け入れられる人としての「在り方」が学べるのが台湾です。

2.世界市場で成功する「やり方」
人口2300万人の台湾では、大きな成長を目指そうとすると、自然に「市場は世界」となります。大げさにいえば、台湾ではすべての中小企業が世界を見ています。世界に挑み、世界一になった成功事例から、中小企業が世界市場で成功する「やり方」が学べるのも台湾です。

3.トップ同士の交流から始まる「パートナーシップ」
新規事業、新規市場の開拓においては、経営者自らが先頭に立たないと、成功はあり得ません。何故なら、その場で即断しないとチャンスを逃すからです。この現地での即断を従業員に求めるのは酷なことです。海外進出において、異国の中に事業パートナーを創る第一歩は、トップ同士が、義兄弟や心友ともいえるオープンな関係になることです。この点、超がつく親日国・台湾は、心許し合える関係が世界一構築しやすい国といえます。台湾企業とタッグを組んでの世界市場開拓をお勧めします。
 


台湾黒社会
中華民国(台湾法)の「組織犯罪防制条例」の定義にしたがえば、「犯罪組織で、三人以上で、内部管理機構があり、犯罪を宗旨としてまたはその成員が犯罪活動に従事し、集団性があり、常習的で脅迫性や暴力性のある組織」である。一般的には、狭義の定義の「首領人物と一定の地盤の集団組織機構を具え、その分子の従事する行為の多くは犯罪である」であり、この定義は台湾の現行警察も採用している。

江湖の人士は、結義(義兄弟)の習慣があるので、台湾語の隠語に黒社会を兄弟と呼ぶ。古くは清朝の時代から、既に「幇会」の成員の痕跡が台湾地区で確認できる。日本統治時代に台湾に割拠した角頭勢力と、第二次大戦後に国民党とともに撤退した外省勢力が、少しずつ現在の台湾黒社会の形態へ発展した



節約旅の義兄弟お二人は札幌ナンバーのトヨタノアでした。
どこに向かっていたんだろう。
どうぞ良いお旅を~




[PR]
by yumimi61 | 2018-06-29 15:25
インフレ率(物価上昇率) = 昇給率(定期昇給+ベースアップ)・・・プラスマイナスゼロ

インフレ率(物価上昇率) > 昇給率(定期昇給+ベースアップ)

昇給率よりも物価上昇率のほうが高ければ、労働者の生活は苦しくなってくるはずである。
しかしながら物価上昇率の調査の信用性はそれほど高いものではない。
大きく数値が動く時ならともかく、僅かな変動で物価上昇を実感するのは細かく家計簿をつけている人くらいであろう。
一般的には誤差くらいの数値で物価上昇による厳しさや苦しさの実感はないだろうと思う。報道などで物価上昇を煽ればそんな気分になる人もいるかもしれないが。
でも昇給率が1%で、物価上昇率が2%ならば、労働者の生活に良いことはない。
日々月々ぎりぎりの生活をしている人やエンゲル係数の高い世帯ほど影響は大きい。

インフレ率(物価上昇率) < 昇給率(定期昇給+ベースアップ)

昇給率が4%で、物価上昇率が2%ならば、生活に余裕が出ることになる。
その余裕(差額のお金)をどうするか。貯金に回す?
その余裕(差額のお金)が購買欲を刺激するとするならば、結果的に物価は上がっていく。
余裕が人口増大をもたらすとするならば、さらに物価は上がるし、昇給せざるを得なくなる。紙幣自体が不足してしまうから増幣させる。
そのような形で昇給や物価上昇が続けば、昇給しない人やぎりぎりの生活をしている人は増々苦しくなる。


前々から「景気」なんて空気みたいなもので実態を反映していないことが多いと何度も言っているが、「景気」という気分的なものには要注意なのだ。

昇給や物価上昇が続き、紙幣を増大させることを、経済規模が大きくなるとも言う。
経済規模の膨張の行き着く先は供給不足と資源不足。
社会に紙幣が増えると供給者よりも需要者の側面のほうが大きくなる。
作り手よりも買い手が増える、一個人としても作り手の比重よりも買い手の比重が大きくなるということ。
作り手の不足、物の不足、不足分を外に求めれば外貨や正金の不足、外でなんとか補おうとすると支配地域の争奪戦に繋がり、やがて全世界的に資源不足に陥る。


第一次世界大戦期間(1914〜1918年)のインフレ率(物価上昇率)を生産者物価指数で計算すると、ドイツ・イギリス・アメリカの3ヶ国がだいたい100%である。
戦争をしていた4年間で物価が2倍に上昇したことを意味する。
これではハイパーインフレの定義には該当しない。
しかしながらドイツが第一次世界大戦でハイパーインフレに陥ったというのは有名な話である。
ドイツでインフレが進行していったのは終戦1年後くらいから。
ハイパーインフレの定義が当てはまるレベルとなったのは終戦5年目の1923年のことである。
e0126350_16275759.jpg


1919年6月28日にヴェルサイユ条約が署名された。
第八編232条ではドイツに完全な補償を行う能力が無いことを確認した上で、損失に対する補償を行うべき事が定められた
ヴェルサイユ条約では一定の物納による賠償が定められた。賠償金については占領軍費用として1921年4月30日までに200億金マルクに相当する物資・金を支払い、400億マルクの無記名債券を発行することが定められたが、賠償金総額については決定されず、独立の賠償委員会を設置して後に協議されることとなった


賠償金額が決定したのは1921年。
●1921年5月 賠償委員会(最終決定)・・1320億マルク(約66億ドル、純金47,256トン相当)を外貨にて30年間に亘る年払い。賠償支払い監視のための補償委員会をベルリンに設置。
⇒以後、マルク暴落、過度なインフレ進行


最初から払えないことが分かっていて莫大な賠償金を課しているのだから払えっこない。
ドイツは支払い延期や中止を求めたがフランスなどが応じず、ドイツのルール地方を占領するに至る。ルール地方は炭鉱を擁し、ドイツ一の、ヨーロッパ一の工業都市であった。
1923年にドイツが賠償支払い不能を宣言する。
内政も不安定となり国内で反乱やストライキが相次ぎ、労働者のストライキなどを押さえるために自国通貨を増幣し賃金に充てるなどして急激にインフレが加速した。



ドイツが多額の賠償金を自力で外貨で支払っていくためには外国にも買ってもらえる魅力ある製品を作り出し販売して外貨を獲得しなければならない。
勝者側はドイツが支払えそうもない賠償額をあえて設定したのだからドイツが支払えないのは当然だが、逆を言えば生半可な金額だとドイツは自力で支払って立ち直る可能性があったということである。
外貨での支払いを課すという行為は却ってドイツ経済を刺激して発展させる可能性(危険性)を伴っていた。
ドイツはまず自国通貨を増幣して、外貨獲得という目標を達成するための産業基盤を整えるだろう。それは世の中の紙幣が増えるということだから自ずとインフレが進行していく。
実際に賠償金を支払うことが決まった1919年からインフレは徐々に進行した。
だがそれはハイパーインフレと呼ばれるレベルではなかった。

ではどうして5年も経ってからハイパーインフレに陥ったかと言えば、工業地帯であったルール地方を占領没収されて生産基盤を失ったからである。
要するに供給の要が奪われ、生産がストップさせられり自由を奪われた。
労働者は失業したり、やる気をなくしたり、不条理に耐えられなくなってストライキを起こしたりする。
国民は不安感から冷静さを失い買い占めなどが始まる。
社会が不安定なので(不安定に乗じて)政治的な反乱も頻発する。
ドイツの中央銀行であるライヒスバンクは1924年に正式に改組して政府からの独立性を高め、審査機関である評議会の半数を外国人が占めるようになりドイツ金融への監督を強めたわけだが、おそらく占領とハイパーインフレが起こった1923年にドイツの中央銀行も力づくで奪われたというか実権を握られてしまったのだろう。
そしてハイパーインフレを起こすためにわざと大量の紙幣を世に出したと考えられる。(正式に中央銀行を乗っ取るためのハイパーインフレとも言えるが)
ドサクサに紛れて裏付けなしに出した紙幣もあったかもしれないが、通常は国債や手形と引き換えで出すので中央銀行は多くの国債や手形を所有することになる。
それはすなわち政府や企業の債権者(借金を返す相手)は他国の人物が実権を握った中央銀行ということになる。
これが何を意味するかと言えば、ドイツは外国に賠償金という多額の借金を背負い、且つ国内でも(でも実態は外国のようなものだけど)多額の借金を背負ったということ。
戦争で勝ったはずの戦勝国はなおもまだドイツがそれほどまでに脅威だったということになりそうだ。再起の芽を徹底的に潰す作戦だったのだろう。


猛烈なハイパーインフレが一気に襲ったが、実は意外にあっけなく収束していく。戦勝国が中央銀行乗っ取りという目的を達したからであろうし、貿易を行っている国の猛烈なインフレは世界経済にとっても決しても望ましいものではないから。
1923年10月にドイツの中央銀行主導によってドイツ・レンテン銀行が設立された。
翌月にレンテン銀行はドイツ国内の土地などを担保としてレンテンマルクという新しい紙幣を発行した。
レンテンマルクは不換紙幣であり正金と交換できる紙幣ではない。
紙幣が紙切れと化したばかりのドイツで紙幣を信じろと言ってもなかなか難しいはず。
だがレンテンマルクには担保が設定されたことで受け入れられ、急速にインフレが収束したことから「レンテンマルクの奇跡」とさえ呼ばれるようになる。
ハイパーインフレは収束したが一度大きくなった経済規模は思うほど小さくはなっていない。

1923年10月には,戦前比で通貨量は2940億倍,卸売物価は1兆2600億倍に達し,1ドルは4兆2000億マルクとなった。同月,政府はようやく,発行限度をもち,全産業(農業・商工業)の保有資産を担保としたレンテン銀行券(新設のドイツ・レンテン銀行が発行,その価値単位がレンテンマルクRentenmark。Rente(n)は地代の意)を発行し,旧マルクを1レンテンマルク=1兆旧マルクの比率で回収することを決め,以後は紙幣発行による赤字財政を中止した

政府は無制限な紙幣発行を改め(無制限に発行したのは外国に実権を握られたからなんだけれども)、財政健全化を発表した。
財政健全化政策を採るということは国民にとっては厳しい内容もあるということだが、これによって政府が信頼を取り戻したというから、そんなところからもドイツ国民の堅実性を窺い知ることが出来る。(だけどすでに実権は外国に握られていたのだけれど)
.
1914‐23年の9年間で,ドル相場ではかったマルクの価値はもとの平価に比べ1兆分の1に下落し,生計費指数は実に1.25兆に達した。抜本的な通貨改革の手がかりとなったのは,ドイツ・レンテン銀行Deutsche Rentenbankの設立と,農業用土地および工業用資産の負担によってカバーされた〈レンテンマルクRentenmark〉の発行である。このレンテンマルクの発行によって,〈レンテンマルクの奇跡〉といわれるほど貨幣価値が安定した。

乗っ取られたからドイツは終わったと思ったけれど、完全には乗っ取れておらず、ドイツ経済の復調の兆しでも見えたのか、1929年に世界大恐慌が発生。
そしてドイツではナチスが台頭してくるのであった。




[PR]
by yumimi61 | 2018-06-26 15:50
消費者物価指数が前年比で2%上昇したとしよう。その時に給料も2%アップしていたとするならば、物価上昇による実質的な家計への影響はないに等しい。

では実際にどれくらい昇給するのか。

リクナビNEXTジャーナル(2015年7月1日)
【これって多いの?少ないの?】気になる昇給の平均額について調べてみた
■中小企業
中小企業の昇給率は、一般的に「1.45%」程度が相場であるとされています。25万円の給与を受け取っている方の場合、具体的な昇給額は3,500円前後となるケースが多くなっています。

企業によって昇給率には違いが見られますが、中小企業の昇給率は高くても4%前後と言われています。もちろん、相場とされている1.45%を下回る企業も見られます。

一般的な企業では、1度従業員の給与を増やすと、一方的に減額をすることはできません。そのため、日本全体の景気が良くなったとしても、昇給に消極的な姿勢を見せる中小企業は多く見られます。

また、中小企業の10年後の昇給率に関しては、一般的に「120%」前後とされています。現時点で25万円の給与を受け取っている方の場合、10年後には約30万円の給与を受け取れると予測できます。

■大企業
経団連(日本経済団体連合会)が実施した2015年の調査によると、大企業の昇給率は「2.59%」とされています。中小企業よりも約2倍昇給率が高く、25万円の給与を受け取っている場合、具体的な昇給額は6,500円前後となります。

大企業の昇給率は中小企業に比べると、好景気の影響を受けやすい傾向にあります。中には機械金属業の2.91%のように、3%近い昇給率となっている大企業も見られます。特に2015年の昇給率が高かった業種としては、ほかにも自動車産業や製造業などを挙げることができます。


これだけ読むと、あーやっぱり大企業のほうが昇給率が良いんだと思うかもしれないが、大企業が一番昇給率が高かった2015年にリクナビが記事にしただけのことであって、大企業の昇給率が悪い年もある。
ちなみに上の文章も下のグラフも、昇給は「定期昇給」と「ベースアップ」の両方を足したものである。

ここで大企業と中小企業の定義を明確にしておきたい。
「大企業」と「大手企業」など、このあたりの言葉もかなり曖昧に使われていることが多い。

法律で「大企業」そのものが定義されているわけではなく、中小企業基本法第二条で定義された「中小企業」の反対解釈として「大企業」とみなすのが一般的である。その場合、大企業の定義は以下のようになる。

1.資本金の額又は出資の総額が3億円を越え、かつ (and) 常時使用する従業員の数が300人を越える会社及び個人であつて、製造業、建設業、運輸業その他の業種(次号から第四号までに掲げる業種を除く)に属する事業を主たる事業として営むもの
2.資本金の額又は出資の総額が1億円を越え、かつ (and) 常時使用する従業員の数が100人を越える会社及び個人であつて、卸売業に属する事業を主たる事業として営むもの
3.資本金の額又は出資の総額が5000万円を越え、かつ (and) 常時使用する従業員の数が100人を越える会社及び個人であつて、サービス業に属する事業を主たる事業として営むもの
4.資本金の額又は出資の総額が5000万円を越え、かつ (and) 常時使用する従業員の数が50人を越える会社及び個人であつて、小売業に属する事業を主たる事業として営むもの


上記の数字以下が中小企業で、そのうち製造業で従業員数が20人以下、その他の事業では従業員数が5人以下を小規模企業と言う。

大企業 1万1,000社 0.3%
中小企業 380万9,000社(うち小規模企業が325万2,000社) 99.7%

日本の企業のほとんどが中小企業である。
しかも小規模企業が圧倒的に多い。
しかし大企業は雇用している人数が多いために、企業数は少ないものの従業員数にすると比率はもっと大きくなり、日本の正規労働者の3分の1近くは大企業に勤めていることになる。(2014年調査)
大企業というとスーツを着たサラリーマンやOLを思い出すかもしれないが、例えば自動車や電機といった日本を代表する製造業の大企業には現場作業者が多数働いている。

大企業 1433万人 29.9%
中小企業 3361万人 70.1%

e0126350_16334001.jpg

上のグラフは従業員数による区分けになっており、資本は加味されていないようだ。
ともかく2015年のところを見ると、リクナビの「大企業の昇給率2.59%」にはどこにも届いていない。
リクナビは経団連の調査をもとにしたと書いているが、グラフは厚生労働省の調査をもとにしている。
調査機関によって随分数字が違うということになる。



■公務員
公務員の昇給は各団体(国家公務員・地方自治体など)で運用する「俸給表」に基づいて決定される。
俸給表には級と号があり、基本的に毎年1月1日に4号(およそ5,000~9,000円)昇給する。
さらに毎年4月1日には勤務成績とか勤続年数などにより級が上がる。こちらは役職などに関わってくるもの。
公務員の基本給は特別に高いわけではないが、民間企業に比べると業績の影響を受けるということはなく、男女差もなく、安定して昇給する。
真面目に(普通に)勤務して勤続年数を重ねれば給料は上がっていく。
また公務員は手当てが多いと言われている。
国家公務員の場合、昇給率は20代と30代が約4%で、40代になると1%未満、50代では昇給はほぼなくなるらしい。
安定的に毎年4%程度昇給していくならば、民間企業よりも確実に昇給するということ。ある程度の年齢になると(40代以降)役職に就くので昇給率は下がるが給料は上がる。



前年よりも物価を上げたいならば給料を上げてやる必要がある。
実際毎年賃金アップは行われている。
しかし近年は、平均でみると民間企業の労働者の賃金が2%上がったことはない。
確実に上がる(4%近く)のは公務員だけである。


しかし賃金もそれほど上がらず物価もそれほど上がらずという当たり前の結果が出ていて、物価は安定しているとも言える。
物価を上げるということは賃金を上げるということに繋がり、結局プラスマイナスゼロとなる。
政府や日銀はいったい何がしたいのか。




[PR]
by yumimi61 | 2018-06-25 17:12
日銀が2013年かた設定している物価安定目標は「消費者物価の前年比上昇率2%」である。
これをインフレ・ターゲットと言うこともあるが、実際のところ「消費者物価」が何を指しているのか明確ではない。
前年比インフレ率ならば2014年に2%を超えていたが。目標は達成されず今日まで来たことになっている。

そもそもこの2%にどれほどの意味があるんだろうかということを述べてきた。
例えば、前年に10,000円だった買い物かごの中身が、翌年10,200円だったならば、翌年のインフレ率(前年比)は2%である。
1万円のうちの200円くらいならば消費者の適当さで簡単に動きそうな金額である。

ハイパー・インフレの数値は当然もっと大きい。

フィリップ・ケーガンによる定義では月率50%(年率13,000%)を超える物価上昇を『ハイパーインフレーション』と呼んでいる。

しかしながらハイパーインフレの解釈にも曖昧なところがある。
具体的なインフレーション率の値によるのではなく、単に「猛烈な勢いで進行するインフレーション」のイメージを強調する際に用いるマスメディアも多い。
年率100%でもハイパーインフレであると主張する人もいる。
年率100%ということは買い物かごの中身の価格が1年後に2倍になっていたということ。
自分の生活に置き換えて「それは大変だ!」と思う人がいるのかもしれないが、給料も2倍になっているとしたらどうですか?


月率50%でインフレが進んだということは、前月に10,000円だった買い物かごの中身が、翌月15,000円になったということである。(物価指数が1ヶ月でおよそ1.5倍になること)
年率13,000%でインフレが進んだということは、前年に10,000円だった買い物かごの中身が翌年には1,310,000円(131万円)になったということである。(物価指数が1年でおよそ130倍になること)
1年で1万→131万円を見てしまうと、1ヶ月で1万→1万5千円が些細な上昇に見えてしまうが、どちらもハイパーインフレと定義される。
それくらい社会は短い期間での上昇に弱いということになろう。
逆に言うと、長い期間をかけると変化に耐えやすい。
でも耐えやすいから安全とは言えないので、「茹でガエル現象」の話が持ち出されたりする。

消費者は高くなったら物を買わないで耐えたり、それまで購入していたものではなく、もっと安価なものを買うようになるかもしれない。
そうなれば自然と消費者物価は下がる。
一般的には需要に対して供給が追い付かない時ほど物価は上がりやすいのだから、需要の減少が起これば物価も下がっていく。
消費者は人間が生きていくためにどうしても必要な物以外は購入を抑えることが可能なのだ。贅沢心や見栄や欲から生じる購買行動は削る要素がある。
消費者物価は文字通り消費者の行動で上げ下げ出来るものである。


一方、生産者物価指数は生産者価格の変動をみるもの。
生産者価格は生産者が生産物を流通業者に販売する時の価格。
生産者価格は必要経費に生産者が得る利益分を加えた価格となる。
消費者の行動が影響を与えるのは利益分のところのみで、それも短期的には反映されにくい。
経費の部分が上昇することで生産者価格が上がる場合には、生産者も消費者も如何ともしがたいところがある。対策には限界があるということ。
例えば、原材料の石油が高騰し、それが生産者価格に反映された場合。薄利にしたり人件費を削ることは出来るが、経費より設定価格を下げることは出来ないので、価格が上がり消費者が敬遠して需要が減ったとしても生産者価格は下がらない。
大企業では他の要素や他の事業で価格を決めることが可能となるので、多少無理は出来るが長い目で見ると原価を割るような安売りは決して得策ではない。
また高騰の期間が読めて、それほど長期間続かないとするならば、やはり多少の無理は効くかもしれない。
でも他で利益が得られる企業ならば、元が取れない物は作らないほうが得策なのだ。
多種多様の物品の生産に欠かせない原材料が高騰し、それが長引くような場合には、物価は否応なく上昇するはずである。



現代のような資本主義社会の場合、消費者物価指数は給料との相関性も強くなる。
消費者物価指数が前年比で2%上昇したとしよう。その時に給料も2%アップしていたとするならば、物価上昇による実質的な家計への影響はないに等しい。

毎年2月頃からニュースなどで「春闘」が取り上げられる。メインテーマは賃金引上げ。

INSIGHT NOW! 2018.04.02 曲がり角を迎えている「ベースアップ」「定期昇給」。争点はどこに? -南青山リーダーズ株式会社
2018年の春闘がまさに大詰めを迎えようとしています。連合(日本労働組合総連合会)は、ベースアップ(ベア)の幅を「2%程度を基準」とし、定期昇給(定昇)と合わせて4%程度の賃上げを求める方針を掲げました。
一方、政府も安倍首相が3%の賃上げを経済界に要請し、経団連(日本経済団体連合会)は、ベアと定期昇給を合わせて3%の賃上げを会員企業に求めています。
バブル経済崩壊後、死語になりかけていた「ベースアップ」という言葉。アベノミクスとともに2014年の春闘から復活しましたが、「ベースアップ」と「定期昇給」の違いを正しく理解している人は意外と少ないかもしれません。これらの言葉の意味を軸に、賃上げのしくみを再考してみます。

同じ賃上げでも、ベースアップと定期昇給はまったく別物です。勤続年数や年齢が上がるごとに基本給が上昇するのが定期昇給。わが国においては多くの会社で年功序列制度を採用しているため、勤続年数が上がるごとに基本給が上昇する賃金カーブが描かれます。定期昇給率が2%とすると、20万円の基本給だった新入社員は2年目で20万4000円に。勤務評価によって個人差があるとはいえ、年齢による賃金カーブが描かれます。このカーブに沿って毎年定期的に賃金が上がるのが定期昇給です。

これに対して、ベースアップは年齢に関係なく基本給がアップすることを指します。賃金交渉のなかで「ベースアップ=1%」で労使間の合意がまとまったとします。20歳の新入社員の基本給が20万円とした場合、翌年入社した1年後輩の基本給は同じ20歳でも20万2000円(1%アップ)の基本給がもらえる、という仕組みです。賃金テーブルの書き換えによる全員の賃金水準の底上げを意味します。

同一人で比較すると、定期昇給2%で4000円、さらにそこからベースアップ1%で2040円、合わせて3%となり6040円の賃上げ、ということになります。



労働者(労働の対価として会社から給料をもらって生計を立てる人、俗に言うサラリーマン・会社員)の給料が上がることを前提にしている社会では、給料上昇分の物価上昇は痛くも痒くもないはずなのだ。
要するに物価上昇を暗に推進している社会である。

上の説明のように賃金アップには2通りある。そのうちの昇給に注目すると、そもそもなぜ昇給が必要なのかという疑問にぶつかる。(昇給が必要ないとは一言も言っていませんので、ぜひよろしくお願いします)
年齢に従って給料が上がると仮定して、どうして年齢が上がるごとにお金が必要になるんだろうか?という素朴な疑問が生じる。
通常、年齢が上がるといろんな意味で落ち着きが出てきて、身の丈というものを知ることもあり、無理をしてまであれもこれも欲しいと思う気持ちは薄れるものである。
哀しいかな、食欲なども適度に減少し、若い時みたいに暴飲暴食も出来なくなる。
ではどうして年齢が上がると給料は下がるのではなくて上がるのだろうか?
若い時よりも仕事が出来るようになるからだよ?(だったらそれは成果主義の一種ですよね?)
成果に対する報酬という供給サイドではなく、お金がかかるようになるから給料を上がてもらう必要があるという需要サイドからみると、年齢が上がることによってお金が必要なってくる大きな理由は、結婚・出産・育児・教育・医療・介護だと思う。
家族ができたり、家族にお金がかかって大変でしょうから、アップしてあげましょうという意味合いでの賃金アップ。年齢(勤続年数)に従って昇給していく定期昇給はこの意味合いが強いのではないかと考えられる。
社会に出た同じ1人の人間が生きていく上での必要経費は基本的に生涯そんなに変わらないはずなのだ(健康ならば前述のようにむしろ少なくなるはず)。


人口が増えていく社会において、それまでと同じ資金で回していこうとすれば、自ずと世帯ごとの生活は苦しくなる。
従業員1人に月20万円の給料を支払ったとして、社員が10人ならば200万円、社員が20人ならば400万円と、会社の必要な資金は増える。会社ならその分余計に利益を上げなければならない。
会社を国家と置き換えても同じ。
人口が増えて資金が変わらなければ苦しい生活が待っている。手っ取り早い対策は資金を増やすこと。増幣するということ。
造幣して紙幣を世の中に出せば、当然物価は上がってくる。人口が増えてお金も増えたのだから需要も当然増えるからである。そうすると物価が上がる。
増大した需要に応えて供給が追い付くようになれば物価も落ち着くはずだが、人口が増え続けている社会ではそうもいかない。増幣→物価上昇を繰り返すことになる。
増幣なく人口が増える社会に待っているのは貧困である。特に自給自足に乏しい社会や資本主義社会だった場合には貧困の度合いが高まる。
また幾ら増幣したとしても、需要に応えての供給が不可能となった社会では、ハイパーインフレを招くことになる。





[PR]
by yumimi61 | 2018-06-24 19:16

road and toad



"TAKE ME HOME, COUNTRY ROADS"

Almost heaven, West Virginia
Blue Ridge Mountains, Shenandoah River
Life is old there, older than the trees
Younger than the mountains, growin' like a breeze

Country roads, take me home
To the place I belon
West Virginia, mountain momma
Take me home, country roads

All my mem'ries gather' round her
Miner's lady, stranger to blue water
Dark and dusty, painted on the sky
Misty taste the moonshine, teardrop in my eye

Country roads, take me home
To the place I belon
West Virginia, mountain momma
Take me home, country roads

I hear her voice, in the mornin' hour she calls me
The radio reminds me of my home far away
And drivin' down the road I get a feelin'
That I should have been home yesterday, yesterday

Country roads, take me home
To the place I belon
West Virginia, mountain momma
Take me home, country roads


ヒキガエルの写真を載せているので見たくない人はクリックしないで下さい
[PR]
by yumimi61 | 2018-06-23 00:49
178.png2008年9月までカテゴリーとタグ付終了しました。
2008年9月30日の投稿は「つくりばなし」『休戚』だったのですが、その話にカラスが出てきます。
・実は先日大阪で地震があった日の朝、私は外の鳴き声で目を覚ましました。
最初は何が鳴いているのかよく分からなかった。一般的なカエルの鳴き声ではなかったけれどもカエルかと思ったくらい。(自分の家ではないのだけれど少し前にヒキガエルを見た影響だと思う)
気が付くと外がやたら騒々しく、カラスもしきりに鳴いていた。1匹2匹という感じではなかった。
ごみ出しの日ではあったのだけれど(ごみがカラスに狙われることはよくある)、いつもとは違う感じだったので、いよいよ我慢できなくなって窓から外を覗いた。
やっぱりカラスが落ち着きを欠いて騒々しかった。周囲を見まして異変を探したが窓から見える範囲には別に変ったことはないように思えた。
何時だろうと時計を見ると5時くらいだった。
その日の8時前に地震があって、関東に住む私は揺れを感じずテレビでそれを知ったわけだが、そういえば阪神淡路大震災の時は微かな揺れに気が付いて目を覚ましたことを思い出した。あの時の地震発生時間が5時46分で早朝だった。
・ところで先日、世の中では「ごみステーション」という言葉が北海道の方言と思われているらしいことを知って驚いたのですが、群馬県でも普通に「ごみステーション」という言葉を使っています。
県内あちこちの自治体の案内にもそう記されていたりするから、この辺りだけとか個人限定とかでもないと思います。




前記事の終盤で第一次世界大戦時のインフレ率について書いた。

第一次世界大戦期間(1914~1918年)のインフレ率(物価上昇率)を生産者物価指数で計算すると、ドイツ・イギリス・アメリカの3ヶ国がだいたい100%である。
インフレ率が100%ということは物価が2倍に上昇したことを意味する。
フランスは物価は3.5倍ほど上昇している。インフレ率を計算すると250%である。

この場合、開戦から4年後の終戦時ののインフレ率である

インフレ率や物価の上昇も、語る人によって定義や解釈が違い、誤解を生じやすいものである。
まず期間。1ヶ月なのか1年なのか、四半期なのか。当然短い期間で物価が急上昇したほうが社会に与える影響は大きい。
少しずつ長い期間をかけて上昇した場合などは、その変化に気付くにくかったり適応できたりして、現実的にそれほど身に応えることはなく、拒絶反応や焦燥感は薄い。

そのような適応力や漸次性、慣れに警鐘を鳴らす意味合いで「茹でガエル現象」という話が持ち出されることがある。

茹でガエル現象
ビジネス環境の変化に対応する事の重要性、困難性を指摘するために用いられる警句のひとつ。
多くのコンサルタントや活動家などによって、自然科学上の実験結果であるかのように語られているが、実際には、カエルは温度が上がるほど激しく逃げようとするため疑似科学的な作り話が広まったものである。


疑似科学的というが、なんでもかんでも無理やり科学的な実験結果を添える必要はない。
カエルを熱湯にいきなり入れた時と水に入れた時のカエルの反応が大きく違うことは実験を待たなくても容易に想像できる。
別にカエルでなくて人間だってよいのだ。熱湯と適温風呂に入った時の人間の反応や感じ方は同じではない。日々普通に生きていたらそんなことは分かるはずだ。熱湯はすぐに反応するが、適温から徐々に温度を上げていった場合には危険にはすぐに気が付かない。時間がかかる。温度の上げ方が一定ならば時間が経つほど危険となる。
人間は温度への適応力の幅が小さく、熱湯だけでなく水に入ってもすぐに反応するだろうから、水から徐々に温度を上げていったという例え話の主役になるには適さない。
自然界に存在しているのはお湯ではなく水である。水にも難なく入れて、且つ自力で出られる両性類のカエルが例え話の主役に選ばれたのだろう。
水に異変を感じても自分で水を出ることもできず、出たら出たで死んでしまう魚もこの例え話の主役には適さない。
カエルのメンツを守るためなのか知らないが、この例え話をわざわざ実験して全力で否定しにいくなんてナンセンス。話の意図を曲解しているとしか思えない。

およそ人間は環境適応能力を持つがゆえに、漸次的な変化は万一それが致命的なものであっても、受け入れてしまう傾向が見られる。例えば業績悪化が危機的レベルに迫りつつあるにもかかわらず、低すぎる営業目標達成を祝す経営幹部や、敗色濃厚にもかかわらず、なお好戦的な軍上層部など。

心理学者や経済学者、経営コンサルタントなどが、著作で茹でガエルの話を比喩として使用することがある。また、疑似科学、または現実には間違っていると断った上で比喩として利用する人もいる。




どれほどの期間でどれだけ変化したか、物価上昇にこれは大事な要素であるので、期間を度外視しないこと。
それから物価上昇を語っているのを見聞きする時、「物価が〇倍になった」という表現を使っている時もあれば、「インフレ率〇%」と表現されていることもある。
その他にも「物価上昇率は〇倍」「物価上昇は〇倍」「物価指数は〇倍に上昇」「物価上昇率〇%」など、似たような言葉だけれど微妙に違う言い回しがあり、当の本人が誤解しているのか、それとも理解した上でその言葉を用いているのか、ぱっと見、ぱっと聞きでは分からないことがある。
誤用で主張がおかしかったり、誤用とまでは言い切れないがオーソドックスな比較には適さないという場合もある。

●インフレ率と物価上昇率は同義語である。基準地点を100としたときの割合(百分率)なので%で表される。

●物価指数(消費者物価指数)
消費者がとある商品を購入するのに幾ら費やしたか、その変化を見る指数。
消費者が購入したものを買い物かごの中に入れるわけだが、買い物かごの中に入れてよい商品(財やサービス)や量は国が決定する。
ある時点(基準点)の買い物かご内の商品の価格と、ある時点での買い物かご内の商品の価格を比較したものが消費者物価指数。
現在日本では2015年が基準となっている。イギリスやフランス、中国なども2015年基準。アメリカでは1982~1984年が基準となっている。

どうやってかごの商品を決めるかと言うと、日本の場合は総務省が行っている「家計調査」で消費者が実際に記入した家計簿の集計結果を基にして支出額の多い品目を選ぶ。
現在は2015年の「家計調査」の結果を基に584品目(沖縄県のみで調査する4品目「茹で沖縄そば」「ポーク缶詰」「沖縄そば(外食)」「とうが(冬瓜))」を含む)が選定されている。
食料品、衣料品、日常消耗品、家電製品、医療費、家賃、光熱費、授業料、交通費、燃料代、娯楽費、携帯電話通信料などなど広範囲の物が調査対象となっている。調査するのはそれぞれ具体的な品目で、さらに比較に耐えられるように商品の機能、規格、容量などを具体的に規定したり、メーカーを指定したりしている(銘柄)。

でもなにせ家計調査がベース。
調査対象者が見栄を張って買っていないものを記入したり(レシートも回収するのかしら?)、勘違いしたり忘れたりして適当な値段を記入したり、そういうことは十分にあり得るわけで・・・

※「家計調査」
全国の市町村の中から168市町村を調査市町村として選定し(1回当選)、調査市町村から調査地区を選定し(2回当選)、調査地区から調査世帯を選定する(3回当選)。それぞれ無作為。
全国約52,000,000世帯(2010年世帯数)から、約9,000世帯を抽出して調査している。
国の重要な経済指標を算出するのに利用されているが、昔からサンプル数が少ないことが問題視されている。
調査世帯は6カ月間、収入支出など家計簿を記入することになるので、増やしたところで・・という現実もある。

全国の世帯数に対して標本数が少なく、値が歪んでいるのではないかと指摘がある。特に、自動車や家電製品などの高額商品については、購入した世帯が調査対象になるかどうかによって調査結果の支出額が大きく振れ、家計調査を利用している国内総生産(GDP)の推計値にも影響を与えるという問題が深刻化した。このため、自動車、エアコン、パソコンなどの一部の商品・サービスについて調査世帯数を約3万世帯に拡大した家計消費状況調査が2001年から実施されている。
(一部商品やサービスだけ調査世帯数を変えてしまう「決めつけ」という名のバイアスには気が付いていないようだ)
(調査ごとに調査対象世帯が違うならば自ずと・・・無作為でいいのか・・・という矛盾にも気が付いていないのか)

下記の理由により家計調査に協力してくれる世帯はそう多くはなく、そのため、ある程度の時間的な余裕がある等のところでないと調査に協力しないため、結果として回答世帯に偏りが出てしまう。
##上述したとおり調査項目が家計簿並みに細かいため、手間がかかる。
##さらに記入した調査票は回収されるので調査に協力している家庭には残らない。その為、家計簿をつけている世帯にとっては同じ物を二つ作らなければならず、負担となる。
##近年のプライバシー意識の高まりを受け、家計という個人情報を外部に出したくない世帯が増えている。


私は以前、文部科学省の「子どもの学習費調査」に当選したことがある。(それに関する過去記事
まず最初に学校に呼び出された(説明会)。
「やってもらえますか?」という伺いはなく問答無用の召集令状。(召集に関して質問等がある方は電話して下さいとはあった)
調査は1年を通して行われる(調査票の提出は年3回)。
該当となった子供の学習に使った費用を項目ごとに積算する。
一口に学習といっても、学校に関係する物の他、通学費、備品、校外活動、楽器や実験や運動など幅広く対象となっていた。
レシートを取っておいたり、使った金額をその都度メモしておく必要がある。
世帯年収の記入もあった。
この調査の信用度は果たしてどうだろうか。
数字をそのまま鵜呑みにしないほうがいいというのが正直な感想である。
「住宅・土地統計調査」はボールペン1本で、「子どもの学習費調査」はノート1冊だった。

どこから出たのか分からない微妙なサイズのノート1冊という対価がこの調査の信用性の低さを自ら証明しているようなもの。ちなみにレシート提出はなく、あくまでも自己申告制。

サンプル数の少なさは、高度プロフェッショナル制度(高プロ)の調査(独善的なヒアリング?)対象が3人(後12人?)だったことにも通じそうだが、その前に高度プロフェッショナル(高度専門職)の定義が超曖昧で、そんな曖昧さが法律で許されるということ自体信じられない。なにをもってして「高度」というのか定義をまず明確にするのが筋。



日銀が物価安定目標(消費者物価の前年比上昇率2%)を定めたのは2013年1月の金融政策決定会合だった。
インフレ・ターゲットとも言われているが、物価指数とインフレ率(物価上昇率)は別物である。
「日本銀行は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする。日本銀行は、上記の物価安定の目標の下、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指す」

「インフレ率(物価上昇率)」の2%上昇ではなく、「消費者物価」の2%上昇と記されている。「消費者物価指数」とも書かれていない。
これについては国会でも質問があったようで、その回答によれば「消費者物価は、消費者物価指数の総合指数である」とのこと。
総合指数というのは、=消費者物価指数なんだろうか、違うのだろうか。
物価安定が目標なのに2%上昇しか良しとしないのは何故なんだろうか。
前年比プラス2%が安定ならばマイナス2%でも良いような気がするし、もっと安定なのは現状維持ということになりそうだ。今が不安定という意味なんだろうか、良く分からない理論である。

ともかくそこからすでに5年が経過している。
当初は「2015年頃に達成する」としていた。
その当初の目標が達成できず、達成時期を延ばし延ばしにして、「2019年頃」という目標が定められていたが、今年4月にとうとうその時期の部分の文章を削除するに至る。

e0126350_23293237.jpg

e0126350_23551932.jpg


世界経済のネタ帳 日本のインフレ率の推移


インフレ率ならば2014年に2%を超えているが。

例えば、前年に10,000円だった買い物かごの中身が、翌年10,200円だったならば、翌年のインフレ率(前年比)は2%である。
1万円のうちの200円くらいならば消費者の適当さで簡単に動きそうな金額である。
この200円、要するに2%に果たしてどれほどの意味があるだろうか?


ハイパー・インフレの数値は当然もっと大きい。
フィリップ・ケーガンによる定義では月率50%(年率13,000%)を超える物価上昇を『ハイパーインフレーション』と呼んでいる。

しかしながらハイパーインフレの解釈にも曖昧なところがある。
具体的なインフレーション率の値によるのではなく、単に「猛烈な勢いで進行するインフレーション」のイメージを強調する際に用いるマスメディアも多い。
年率100%でもハイパーインフレであると主張する人もいる。
年率100%ということは買い物かごの中身の価格が1年後に2倍になっていたということ。
自分の生活に置き換えて「それは大変だ!」と思う人がいるのかもしれないが、給料も2倍になっているとしたらどうですか?




[PR]
by yumimi61 | 2018-06-21 11:01
美味しい商売
・元手をかけずに、馬鹿高い放映権料やスポンサー契約料をせしめる
・子供だまし程度のお茶菓子振る舞って血液を提供してもらい、高値で売りつける
・善意の献体や無料の遺体を沢山手に入れ、そのまま、あるいは分解して、研究機関などに売り払う
・災害時に大口小口様々たくさ~ん寄付してもらい、利子を付けて貸し付ける(利子は懐に入れる)
・災害時に大口小口様々たくさ~ん寄付してもらい、(その資金で社会貢献しますと高らかに宣言し)とりあえず運用して儲ける
災害時に大口小口様々たくさ~ん寄付してもらい、とりあえず自分の借金返済にあてる ←幾ら何でもこれは酷すぎる
公的私的大口小口様々たくさ~ん寄付してもらい、学校を建設し運営する ←これは別に普通のことではないか?
・定価1万円のチケットをオークションやらなんやらで10万円で売りつける
5千円で作ったものを1万円で売る ←売れるなら別にいいんじゃないか?




戦争の際に最も行われる資金調達は、国債を自国の中央銀行に引き受けさせ、紙幣を新規発行させてしまうこと。
自国通貨はこの方法で調達できる。
この方法の一番のリスクはインフレーション。
世の中に紙幣が出過ぎてしまう一方で、その紙幣に見合った品物が供給できなければインフレを招く。
お金は増えても、軍需品の製造に集中し他の物が作れなかったり、働き手が出兵していたり、工場などが被害にあえば、需要に見合う品物が供給できない。
前に希少価値を話題にしたことがあるが、買えるお金は存在しているのに物が少ない状態では物に希少価値が出てきて物の値段が上がる。その代わり紙幣の価値が下がる。
結局この状態は国民の不満を招く。

世の中に出回るお金が少なくても(お金が少なくて物が買えない状態)、出回るお金が多くても(お金があっても物が買えない状態)、不満は生まれる。
逆を言えば、世に出回るお金が少なくても、物が安く提供できて需要に応えることが可能ならば、あるいは物が無償提供されるならば、不満が爆発するようなことは起こりにくい。
お金が多く出回っても、それに見合って物が十分に供給でき需要に応えることが可能ならば、当然不満が爆発するようなことはない。
デフレやインフレは需要と供給のバランスで決まり、国民の日常生活という目線から見れば、デフレだから悪い、インフレだから悪い、とは一概に言えないものである。



第一次世界大戦期間(1914~1918年)のインフレ率(物価上昇率)を生産者物価指数で計算すると、ドイツ・イギリス・アメリカの3ヶ国がだいたい100%である。
生産者物価指数は日本の卸売物価指数(輸送料も含めている)と似ているもので、消費者物価指数などとともにインフレ率(物価上昇率)の計算に用いられる。
第一次世界大戦の物価に関する資料が生産者物価指数だったので、それを用いた。
インフレ率が100%ということは物価が2倍に上昇したことを意味する。(この場合、開戦時の物価よりも約4年後の終戦時の物価は2倍にアップしたということになる)
フランスは物価は3.5倍ほど上昇している。インフレ率を計算すると250%である。
一般的に経済指標として用いる場合は月単位や年単位、四半期であるが、その単位ではどの国も上昇率はもっと低いということ。




[PR]
by yumimi61 | 2018-06-19 15:30
前々記事の終わりに書いた「借金」は国家間(政府や公的機関)の借金のことである。
他国にどれだけ貸し借りをしたかという話で、イギリスやフランスはお金を借りた国でもあるが、貸し出した国でもある。
アメリカはかなり貸し出しているものの借りたのはごく僅か。
ドイツは他国から借金をしていない。
他国から借りたくせに他国に貸し出すということは、国家の信用の違いなどからくる金利差があったり、必要通貨や正金保有量が異なるため可能となる。
信用の高い大国ほど有利である。
また国内で借りて国外に貸し出すという方法もあるので、政府と親密な金融資本家がいれば国内で資金を調達しやすい。


国内における自国通貨の資金調達は増税か公債発行などが考えられる。
第一次世界大戦で増税したのはイギリスとアメリカのみ。
突発的に始まりいつ終わるともしれない戦争の費用は予算に計上されにくいものである。
政府が余剰金(貯金)を持っていればよいが、そうでなければほとんどの場合借金で賄うことになる。
戦争の際に最も行われる資金調達は、国債を自国の中央銀行に引き受けさせ、紙幣を新規発行させてしまうこと。


何かと融通の利く国内で調達(借金)が出来ればそのほうが良いが、国内で調達しきれない金額が必要になったり、決済で外貨や正金が必要な場合でそれが不足する場合には、どうしても国外に求める必要がある。
多くの戦費を費やしたドイツ政府が国外に借金しなかったということは、開戦時に財政上余裕があった、あるいは国内で資金調達が可能であったということであるし、物資の調達もほとんど国内でカバーできて外貨がそれほど必要でなかったということになる。
資金面、物資面、兵士、戦略など、ドイツが有利であったことを示している。残る問題は内政だけ。



ここでもう一度日露戦争の資金調達を考えてみてほしい。
日本は外貨を調達しなければならなかった。
戦争が始まってから、外貨には直接関係なかった日銀副総裁があてもなくアメリカやイギリスの銀行家に依頼にいくなんてことをしなくても、日英同盟を締結済みだったのだから日本政府がイギリス政府と交渉して借りれば良かったはずである。
しかもどうせその多くはイギリスに支払うお金だったのであろう。実に簡単な話である。
民間の銀行家に借りるよりも低金利で期間も長く設定できたのではないだろうか。
イギリスは日露戦争においては中立的立場を維持するからお金も貸せないと断られたのだろうか?
ならばアメリカの銀行家ではなくアメリカ政府と交渉すれば良かったではないか。



政府間のお金の貸し借りのことを借款という。
今の時代の借款はもっぱらODAということになりそうだが、戦争などが行われる時にはもう少し幅が広がるのではないだろうか。

政府開発援助(Official Development Assistance, ODA)
発展途上国の経済発展や福祉の向上のために先進工業国の政府及び政府機関が発展途上国に対して行う援助や出資のことである。

借款
国際機関と国家間または、それぞれ異なる国家の政府や公的機関間における長期間にわたる資金の融資のこと。日本では、「クレジット」とも呼ばれている。英語における正しい表記は「ローン(loan)」である。また、政府と関係の深い民間の金融機関や企業が借款の貸し手・借り手となる場合もある

上にラインを引いたようにこの借款の定義が微妙なのである。
どの定義を使っているかを明確にしないと金額も意味合いも変わってくる。
通常は政府と政府の貸し借りのことを指すはずなのだが、借りる側に政府だけでなく民間金融機関や企業を含めていることもある。また相手も政府だけでなく外国の民間の金融機関や企業に借りた場合を含めることもある(広義)。
もっと広義には民間の銀行や会社が外国の銀行や会社から資金を借りる民間の貸し借りまで含めていることもある。
日露戦争時の日本政府は外国の金融機関・企業から借りたわけだが、広義の意味ならば借款である。(金利は決して低くはなかったが)
ではドイツも他国政府からは借りなかったけれど、銀行からは借りたのではないかと思うかもしれないが、戦時中にすでに多額の借金をしていたならば戦後あれほど莫大な賠償金を課せられることはなかっただろうと思う。


円借款とは、国際協力機構を経由して日本政府から発展途上国政府へ、インフラストラクチャー整備を目的として行われる長期・低金利の資金貸し付け。
日本による政府開発援助(ODA)は伝統的に、被供与国の自立を促すため返還の必要の無い無償資金供与ではなく、有償資金協力のうち特に円借款を重視してきた
2006年(平成18年)に行われた円借款の平均金利は1.03 %、平均返済期限は33年8ヶ月である。1966年(昭和41年)から、2006年(平成18年)までに実施された借款の82 %はアジア諸国を対象としている。



現代の日本は世界の中でもODAの規模が大きい国である。
日本のODAを行っているのはJICA( 国際協力機構)。
独立行政法人国際協力機構は技術協力、有償資金協力(円借款)、無償資金協力の援助手法を一元的に担う、総合的な政府開発援助(ODA)の実施機関です。

JICAホームページより
他の先進国の有償資金協力の比率が低いのに対し、日本のODAは有償資金協力の比率が高い、その主たる理由は、日本のODAは開発途上国の「自助努力」の支援を基本原則とするという考えで供与しているからです。

ちなみにIS(イスラム国)に拘束されて2015年1月に殺害されたらしいジャーナリストの後藤健二氏の奥さんがJICA勤務だったとか。
彼女は殺害の映像が流されたらしい1月30日の前日に声明を発表した。
これが何故かイギリスのロイター通信(親会社はトムソン・ロイターでカナダとイギリスの二元上場会社だったが、イギリス法人は上場を廃止して、カナダ法人がカナダとニューヨークで上場している)とイギリスのフリージャーナリスト支援団体「ローリー・ペック・トラスト」を通しての発表だった。

それから2016年7月にバングラデシュのダッカ(かつて日本赤軍がハイジャックテロを起こした時の行き先地)で武装グループが飲食店を襲撃し、日本人7人を含む22人が死亡した事件、あれもIS(イスラム国)が犯行声明を発表したらしいが、犠牲となった日本人は全員が国JICAのプロジェクトに関わっていた人だった。
イスラム教徒のラマダン(断食月)に高級レストランで食事をしているところを襲われている。


ODAの借款の条件の緩やかさはグラント・エレメントという指数で表わされる。金利が低く融資期間が長いほどグラント・エレメントが高い。
資金を無償提供(贈与)した時にグラント・エレメント100%となるが、日本は25%以上であることを条件としている。援助という名の融資。ある意味、ハゲタカと言われても仕方がないような。

【2013年度までの累計で見た円借款供与額上位30か国】
1 インドネシア 47,219.70(単位億円)
2 インド 44,564.19
3 中国 33,164.86
4 フィリピン 24,209.20
5 ベトナム 22,814.75
6 タイ 21,986.21
7 マレーシア 9,760.38
8 パキスタン 9,759.93
9 スリランカ 9,516.29
10 バングラデシュ 9,456.49

【2013年度円借款供与額上位10か国】
1 インド 3,650.59
2 ベトナム 2,019.85
3 インドネシア 821.82
4 フィリピン 687.32
5 コスタリカ 560.86
6 ミャンマー 510.52
7 トルコ 429.79
8 イラク 391.18
9 スリランカ 350.20
10 ウズベキスタン 348.77


融資とはいえ日本もお金がないのに財源はどこなのかしらと思うと思うけれども、それもアンサーしている。

円借款の財源は?
A. 大きく三つの財源があります。
円借款の貸付・出資業務に要する財源は大きく分けて、(1)税金や国債などを財源とする一般会計からの出資金、(2)財政融資資金借入金、(3)自己資金等から構成されています。
一般会計予算が円借款の主な財源となっていることにより、開発途上国の経済発展のために、非常に低い金利で返済期間の長い円借款を供与することが可能となっています


日本の財政収支は何十年も赤字で、余っているお金などないはずなのだ。(最初から予算に組み込んでしまうから必要経費という扱いで赤字だろうが関係ないという意識なんだろうけれども)
国債を財源にするということは国債を発行し資金調達して貸し出すという意味だろうか。
そうだとしたらせめて日本の新規発行国債の金利よりも、貸し出し金利のほうが高くなければならない。
もしも貸し出し金利のほうが低ければ「援助という名の融資」や「ハゲタカ」すら格好付かない。
ODAの貸し出し金利が1%くらいとして日本の国債金利はどうか。1%を下回ったのは2012年以降である。


中華人民共和国へは1979年(昭和54年)から約3兆3165億円の借款が行われた。2000年代に入り、日中関係の悪化と中国経済の発展を受けて、中国への円借款の批判が高まり、2007(平成19)年度をもって終了した。
無償資金協力(2011年〈平成23年〉現在、累計1544億円)および技術協力(2011年〈平成23年〉現在、累計1704億円)、政府貸付(円借款以外)については現在も対中ODAが続けられている
 






[PR]
by yumimi61 | 2018-06-18 21:12

地震報告(群馬南部)

ドーンという地震がいきなり来たわけではなかった。
軽くガタガタと揺れ始めたので私は「あっ久しぶりの地震だ」と思って一瞬身構えた。
次の瞬間ドーンという大きな衝撃(縦揺れ)があり、その後も僅かに揺れた。
大きな衝撃を感じたのですぐに避難用に外に通じる掃出し窓を開けたところで、携帯(iPhone)の緊急地震速報が鳴った。近所の外飼いの犬も鳴いていた。
しかし地震はそれきり収まったので地震速報は完全に後出しな形となった。
今いる場所で見える範囲では物が落ちたり物が倒れるようなことは一切なかった。
ちなみに私、携帯電話で緊急地震速報が鳴ったのは今回が初めて。


2011年3月11日の地震の時には外出していて戻ってきたら棚の上の小物が少し倒れていた。
あの時はとにかく横揺れが長く、その後に地鳴りがして大きな衝撃もあり、辺り一帯騒然として世紀末の雰囲気さえ漂ったが、このあたりは震度5弱だった。
同じ群馬南部でも桐生は震度6弱だった。
宮城県栗原市というところが1箇所だけ震度7で、後は大きな被害を出した(といってもほとんどが津波被害なんだろうけれども)東北や茨城県などでも震度6強か震度6弱。
被災地でも桐生市の震度以下のところもある。
あの時は震度5弱でも店舗の陳列していた物が落ちたり、建物の一部が壊れたりしたので、震度ってなかなか難しいなあと思う。
横揺れと縦揺れでは被害の出方が違うのだろうし、継続時間にもよるのだろう。

2011年3月12日には長野県でも震度6強の大きな地震が起こっていたが(先月にも震度5強の地震を観測した所)、東北の津波による被災や千葉の製油所の火災・爆発、原発事故などがあり、完全に隠れてしまった。

2011年(平成23年)の長野県北部地震は、同年3月12日3時59分頃、長野県北部と新潟県中越地方に跨る地域、長野県下水内郡栄村と新潟県中魚沼郡津南町との県境付近で発生した地震。逆断層型の内陸地殻内地震で、マグニチュード(M)6.7(Mw6.35)、最大震度6強。本震に続いてM5以上の2回の余震が2時間内に相次いで発生した。

新潟・長野県境地震]、信越地震ともいう。最も大きな被害の出た長野県下水内郡栄村は栄大地震、栄村大震災と呼称している。なお、顕著な災害を起こした自然現象に対しては気象庁が命名することになっているが、この地震は基準に達していないため命名はされていない。


この扱いに相当お怒りな方もいるわけでして。

アンサイクロペディア 栄村大震災

栄村とは、長野県北部下水内郡に属する人口2300人あまりの小さな村である。長野県と新潟県との県境に位置し、主な産業といえば農業と林業しかなく、特筆すべき施設と言えばダムしかないような栄村に、2011年3月12日、震度6強の地震が発生する。この段階で、地方自治体としてはもはやどうしようもないレベルである。しかも、本震発生から1時間あまりのうちに、同じ震源域内で震度6弱の余震が2度繰り返される。これは、北信濃の鄙びた寒村に過ぎない栄村に、新潟県中越地震以来の近年まれにみる大災害が訪れたことを意味した。

そして、短時間にわたって繰り返された激しい揺れは栄村のインフラ設備に大きな被害をもたらし、多数の建造物を破壊。未明の大災害に栄村は大混乱に陥った。夜が明け、被災した状況が確認されるようになると、そこら中で栄村単独では対応しきれない大被害が続出しており、その結果、村民約2300人のうち2000人に避難指示が呼びかけられ、1700人あまりが実際に避難を行うことになる。

今回の震災は、まさに栄村始まって以来、むしろ縄文時代以降、この地域に人が住み始めてから最も巨大な災害となった。あわせて、長野県の歴史においても、近年、激甚災害にまで指定されるような震災が一度も観測されたことがないことを鑑みれば、いかにこの地震が緊急かつ多大な支援が必要な事例であるかが分かる。

しかし世の中は……。本当に世の中ってものは……。


非道な気象庁
栄村において観測された震度6強の地震とは、近代日本において発生した多くの災害の中でも特筆すべき事象であることは間違いない。実際、2000年代に発生した震度6強を観測する地震(新潟県中越地震、新潟県中越沖地震、岩手・宮城内陸地震)などは、それぞれにおいて国が先頭に立って対応に当たらねばならないレベルの大災害であった。鳥取県西部地震は都合により例外とさせてもらう。
しかも、今回の地震では、中越地震の際と同じように、震源域をほぼ同じとする震度6弱の余震が2回も発生。この段階で、どんなに災害に疎い人間でも、大変な事態であることは丸分かりである。にもかかわらず、気象庁ではこの事実をガン無視するかのごとく今回の長野県北部地域を中心にした大地震に、命名の規定外の規模であることにより、名前さえ付けなかった。
そのため、実際に被災した栄村役場が震災後すぐに命名した栄大地震、もしくは栄村震災、栄村大震災という名前が、そのまま多くのメディアで使用されることになる。また、震源の位置が県境の微妙な場所にあったため、それこそ、新潟、長野両県、もしくは市町村単位で名称が異なるという、笑うに笑えない話が存在する。その全てで情報を共有しようとした際、一体どんぐれえひでえ話になるかは、想像にお任せする。

なお、栄村では震災直後からホームページ上で全国に向けての支援を要請。しかし。

……人口2300人程度の小さな村にできることなど、たかが知れている。


ロクデナシのマスコミ
この大震災において、唯一運がよかったといえること。それはこの地震による被害は家の倒壊など物的損害のみで、死者がゼロだったことである。

しかし、その結果として、東京のボケクソカスマスコミどもは、まったく絵にならない、視聴率が取れない、中越地震と中越沖地震で語ることすら飽きたなどなど、まったく栄村を取り上げようとしなかった。そのため、被災早々に政府から激甚災害に認定され、実際に1500人を越える住民が避難所で生活したにも関わらずに、自前の中継車すらよこさないまま、東北地方沿岸部でどこのテレビ局でもまるで同じ内容の番組を制作する始末。
どうやら彼らの頭の中には内陸部と独自性などという言葉は存在しないようである。結局、全国レベルのテレビ局で栄村の被害を本格的に取り上げたのは発生から3週間後の4月1日、フジテレビがようやく重い腰を上げて栄村のことをとりあげる。

どう考えても遅すぎ。

しかも、ものの見事に栄村の場所を間違って紹介。

すいません、最後、栄村の位置を説明しているときに長野県北部についている印がありますけれど、そこはどう見ても長野市です。いろんな意味でありがとうございました。


忘却
こういった話を積み重ねるまでもなく、3月12日以降、栄村は積み重なる東北からの情報の山の中、多くの国民から忘れ去られることになる。全域の停電、断水、国道の閉鎖、JRの不通、土石流の危険といった住民の生活を揺るがすような多大な被害を受けた栄村が、まるで何事もなかったかのように。

まぁ、たしかに、時期が悪かった点については否めない。けれど、それにしたって、震度7を記録した宮城県内陸部の栗原市も含めてガン無視されるってのは、頭がおかしい。絶対に頭がおかしい。しかし、各局はまるで競い合うように沿岸部一帯の映像、情報ばかりを一極集中。もっとも、今回に関しては、犠牲者の99パーセントまでが津波によるものだった、てのもあるんだが、被災者の50%以上は沿岸部から遠く離れた地域にもいた。

にも関わらず、常にインパクト重視、視聴率優先、東京都中心の報道が続くことになる。国民の求める、これからの展望と将来の希望、ついでに言えば各テレビ局ごとの連携といったものはまったく無い中で、情報は常に一方向で同内容。その結果、無駄に露出しまくった報道関係者の質が丸分かり。ボロ出しまくり。多くのテレビ局が公共性を意識しないことが判明する。そして、ついには震災に関する情報すら、原子力発電所の情報に食われていくことになる。

もしかして、公共性って、死語? 


偏向
そんな矛盾あふれる東京のマスコミから置いてきぼりにされる中、遠く離れた栄村では、被災早々に住宅判定が行われ、村内800戸の住宅のうち、数件が全壊、2割強に危険判定が出され、3割が要注意と診断。さらに、多くの住宅で1階部の車庫が崩れて車を押しつぶし、避難場所への移動手段すら確保できない家庭も散見。このように、地震から数日の間は住民の生活を逼迫させるような話は事欠かず、何よりも村内にある水源16箇所のうち、14個所が枯れている可能性があるとの報告すらあった。

農村の危機である。

これは本当にシャレにならない。しかしながら、こんな話は、今そこにある悲劇に比べれば些細なことであると、マイクを持った渡り鳥ならぬ人でなしどもは勝手に判断。そして、東北地方沿岸部以外の地域に散らばる悲劇を、存在しないものとすることに全力を挙げて取り組み、最終的に震災から1週間後には、福島第一原子力発電所の前で、全てのテレビ局のアナウンサーと解説員が一様に押し黙り続けるまで報道の路線が固定。それをほとんどのテレビ局で3月末まで続けることになる。

……その結果、ラジオが泣きたくなるほど素晴らしい媒体であるかが再認識される。

……各地の地方新聞がいかに生活に大切な情報を発信しているかも再認識される。

……被災地に向けて東京の買占め騒動を報道する大手マスコミがいかにバカであるかも再認識される。

Once Again, 大手マスコミがいかにバカであるかも再認識される。

さらに、被災者たちへの情報も、大手スポンサーが介在する安否確認情報手段などの説明はこれでもかこれでもかと大きく報道したのに対し、被災者の生活に直結する情報である、各地の道路の寸断状況や復旧に関する見通し、実際に回復して通行可能になった箇所などはまるで取り上げず、さらには被災者にとっては命の綱とも言える「臨時災害放送局」に指定されたラジオ局の周波数(メガヘルツ)などは、スポンサーのスの字すらかからないためか、まったく取り上げようとさえしなかった。その結果、高速道路、幹線道路の情報は共有されることなく、日本経済の血の流れ、流通は大きく混乱。実害として、支援物資の配給に大きな混乱をもたらす。

なお、栄村近辺のラジオ局については、臨時災害放送局の指定すら行われていない。

そのため、栄村村内ですら情報の伝達不足から来る必要物資の不足が発生。栄村を通る国道117号線がギリギリ通行可能だったにも関わらず、震災直後から栄村でもガソリンが逼迫、近隣市町村ですら給油制限が行われる。しかも、石油精製施設を管轄する国が何の指針も示さなかった結果、国道が通れる栄村ですら、このような状況が1ヶ月近く継続する。東北各県の被災地域については推して知るべし。

このように、明らかに国や自治体、住民が共有するべき情報が偏向されたことによる弊害は、今回の一連の大震災の中でもっとも顕著な人災であり、放送の危機である。


まだまだ怒りは続きますので、あとは上のリンク先をご参照ください。


大き目な地震があるとNHKがすぐに番組切り替えて地震情報を伝えてくれ、それはそれですごく助かったり役に立つけれども、同じ震度でも切り替わる時とならない時があったり、放送時間(長さ)が違ったりして、時間とか放送していた番組とかの関係なのか、どういう基準なんだろうと思う時はある。
地震速報が流れるまでに凄く時間がかかる時と、すぐに出る時もあり、あれは震度によるものなのか、発生場所によるものなのかと不思議に思うこともある。
緊急地震速報が流れたものは早いだろうけれど、そうでないやつ。
いつだったか夜中に地震があったのでNHKで速報を見ようと思ったんだけどなかなか出てこなかった時があり、地震がよっぽどピンポイントだったのか、それとも夢だったのかとさえ思ったくらい。そのまま15分くらいテレビ観てたらやっと出た。




[PR]
by yumimi61 | 2018-06-17 16:13
イギリスの産業革命1700年代後半~1830年頃。産業革命は資本主義の確立にも寄与。

アヘン戦争(1840-1842年) イギリス大勝
クリミア戦争(1853-1856年) 軍事的にはロシア優位、イギリス・フランス・ロシアともに戦争続行が難しくなり終結 
アロー戦争(1856-1860年) イギリス・フランスが勝利するも泥沼化、ロシアが調停に入る
普仏戦争(1870-1871年) プロイセン(後のドイツ)勝利、フランス第2帝政崩壊
露土戦争(1877年-1878年) ロシア勝利するも、ドイツが仲介し講和条約を修正


産業革命を経て近代的な軍事力を手に入れ、資本家をバックに付けていたイギリスがロシアには勝てなかった。
自国の、あるいは自分の独自性や優越性に価値を置くならば、その上に立つ国や人がライバルとなり憎くなるのは当然の流れ。
イギリスにとってロシアは最大のライバルとなったのだ。

しかし正攻法で負けを重ねたら意味がない。ますます自国や自分を貶めるだけ。
彼らは冷静であり、高い識見を持っている。同じ過ちを繰り返すようなことはしない。
正攻法の反対は奇襲戦法ということになるかもしれないが、奇襲戦法を使うわけでもない。
正面からではなく側面や背後から攻めていくということになる。
その戦いでは、勝利したとしても、輝かしい勝者にはならない。ある意味、地味である。名を捨てて実を取る、ということだろうか。勲章など必要ないということだ。
その代わり完全に背後に隠れる戦法は、奇襲戦法を使った時のように卑怯者と言われることもないであろう。なにせ表から見えないのだから。

クリミア戦争と露土戦争でロシアが勝利した時の皇帝はアレクサンドル2世。

戦争はいつの時代もお金がかかる。
戦争に勝っても余計な出費で内政が不安定となる。
この点においてはロシアも例外ではなかったが、大国であるがゆえに何とか持ちこたえていた。
しかし露土戦争から3年後の1881年、アレクサンドル2世はテロ組織「人民の意志」の爆弾テロにより暗殺されてしまった。
若くして即位した息子アレクサンドル3世も不穏な事故に巻き込まれ、命こそ落とさなかったが健康を害す。
アレクサンドル3世は露土戦争に従軍していたこともあり、講和条約を修正させたドイツ首相のオットー・フォン・ビスマルクやそれに応じた父親も快く思っていはいなかった。(その後ろにいたのは資本家なのだが)
そしてドイツとの友好関係に終止符を打ち、フランスと同盟を結び、資本家のお世話になることにした。ロスチャイルド家に融資してもらいバグー油田を与えたのはこの皇帝の時である。
バグー油田の石油工場では後にソ連の最高指導者となるスターリンがロスチャイルド家に雇われ、彼がストライキなどの首謀者になっていく。
1894年、露仏同盟締結。 

イギリス・フランスやロスチャイルド家にとってロシア皇帝(ロシア帝国)は同類の最大ライバルである。

イギリス・フランス・ロスチャイルド家 vs ロシア

一方、既得権者やヒエラルキーを嫌う革命家は異質なライバルである。

イギリス・フランス・ロスチャイルド家 vs 革命家

イギリス・フランス・ロスチャイルド家はスターリンという隠れ蓑を育てることによって、どちらのライバルも間接的に倒すチャンスが出来る。
簡単に言えば、スターリンがロシア皇帝もレーニンも倒すということになる。
そして実際にそれはどちらも成し遂げられたわけだが、直接的にスターリンが行ったとは考えられていない。
二重三重に隠れ蓑が着せられているので真実は見えにくくなっている。


(1902年、日英同盟締結)

1904年、英仏協商(Entente Cordiale)締結。 

1904~1905年 日露戦争

ロシアに気を取られているうちに、ドイツの存在感が増してくる。
ドイツは独自の資本が確立しつつあり、ロスチャイルド家などはこれが脅威となってくる。

1907年、英露協商(Anglo-Russian Entente)締結。→三国協商の成立 

1914~1918年 第一次世界大戦

ロシアの革命は、日露戦争と第一次世界大戦、この2つの戦争の中で起こった。
第一次世界大戦は「打倒ドイツ」のもと起こってきた戦争だと思うが、ドイツとロシアをいちどきに倒すことを目標にしたのだと思う。
ロシアはイギリスやフランス側で参戦するも結局戦時中に帝国が崩壊することになる。
ドイツも革命により敗退を余儀なくされ、多額の賠償金が課せられた。ドイツで「背後の一突き」と呼ばれるのは、この第一次世界大戦のことである。

革命で倒れ去ったロシア帝国とドイツ帝国。
その時の皇帝はニコライ2世とヴィルヘルム2世。どちらもイギリス王家の親戚である。
ヴィクトリア女王の娘たち
・長女は第2代ドイツ皇帝(プロイセン王)と結婚・・・2人の間に生まれた長男が第3代ドイツ皇帝(在位1888-1918)
・次女はドイツの領邦ヘッセン大公国の君主と結婚・・・2人の間に生まれた四女がニコライ2世(在位1894-1917)と結婚


親戚であろうとお構いなしなのか、それとも親戚だからこそ手なずけ手中に収めていたのか。
ともかくロシアやドイツからすれば王家の親戚であるがゆえに少なからず油断はあったであろう。



1917年11月、ソビエト政府が樹立した。革命家レーニンがそのトップに就任した。
平和に関する布告を発表し、第一次世界大戦の全ての交戦国に無併合・無賠償の講和を提議。同時に土地の私有を廃止する土地に関する布告や世界初の八時間労働制の法制化を発表した。

だが革命が起こりうる土壌であるということは、強大で少なくない既得権者が権力を保持していることの裏返しでもあるので、レーニンの思想なり主張が受け入れられるのは茨の道。そんなことはナポレオンが失脚したことからも容易に想像が出来る。

無併合・無賠償の講和は全ての交戦国に拒否されたが、ドイツ帝国との講和交渉が1917年12月に始まり、ドイツは広範な領土の併合と多額の賠償金を要求した。帝政時代の債務は帳消しにしていたレーニンだが、この要求を受け入れることを主張した

ソビエト側にも強硬派(ニコライ・ブハーリン)や中間派(レフ・トロッキー)の指導者もいて一本化できず、結局ドイツとの講和交渉は決裂してしまう。
決裂後ドイツがロシア国内に侵入を始め、ソヴィエト政府は国土の西部地域の多くを失った。その結果レーニンの主張は多くの支持を得、最終的に不利な条件で1918年3月にブレスト=リトフスク条約に署名することとなった。 
戦争から手を引いたソヴィエト政権は首都をモスクワに遷都、ボリシェヴィキはその名をロシア共産党と改め、7月に開催した第5回全ロシア・ソヴィエト会議においてソヴィエト憲法を制定。


レーニンは無神論者でもあった。
既存宗教の腐敗ぶりに幻滅したのはイエスやルターと同じ。
イエスやルターは宗教改革を起こしたが、レーニンは宗教自体をもはや信じておらず弾圧した。

レーニンは少年時代には既に、権力と癒着し腐敗していたロシア正教会に幻滅していた。マルクス主義的無神論者であり、正教会を反革命の温床とみなしていた。レーニンは後に、「宗教は毒酒である」と言葉を残している。

ナポレオンを許さなかったヨーロッパがレーニンを許しておくわけがない。
1918年8月30日、レーニンが会合での演説を終え自動車に乗ろうとしたとき、3発の銃声と共にレーニンは倒れた。
レーニンは1921年末から健康状態を悪化させ、1922年には何度か発作を起こして職務から離れた。その間、各ソヴィエト共和国をどのように構成するかが問題となり、とりわけグルジアをめぐって党内に対立が起こっていた。


レーニンとスターリンの対立も表面化しだした。

1922年8月、ヨシフ・スターリンは、各ソヴィエト共和国が自治共和国としてロシア連邦共和国に加入する、という「自治化」案を作成した。レーニンはこれを大ロシア排外主義として批判し、ロシア連邦共和国は他の共和国とともにソヴィエト同盟に加入する、という代案を出した。スターリンはレーニンの「民族自由主義」に不満を述べたが、修正案を受け入れ、同年10月のロシア共産党中央委員会総会ではレーニンの代案にそった決議を通過させた。

この問題をきっかけにレーニンとスターリンの関係は極度に悪化し、レーニンは翌1923年1月4日の「大会への手紙」(いわゆる『レーニンの遺書』)の覚え書きでスターリンの書記長職からの解任を提案するに至った。3月5日にはトロツキーにグルジア問題への取り組みを依頼し(トロツキーは病気を理由に拒否)、3月6日にグルジアの反対派に向けて「あなたがたのために覚え書きと演説を準備中です」という手紙を口述した。しかし3月10日、彼は発作に襲われて右半身が麻痺し、会話能力と共に筆記能力を永久に失った。

レーニンは暗殺未遂の後遺症、戦争と革命の激務によって次第に健康を害していき、1922年3月頃から一過性脳虚血発作とみられる症状が出始める。12月の2度目の発作の後に病状が急速に悪化し、政治局は彼に静養を命じた。
スターリンは、他者がレーニンと面会するのを避けるために監督する役に就いた。こうしてレーニンの政権内における影響力は縮小していった。症状が軽いうちは口述筆記で政治局への指示などを伝えることができたが、政治局側はもはや文書を彼の元に持ち込むことはなく、彼の療養に関する要求はほとんどが無視された。
クルプスカヤがスターリンに面罵されたことを知って彼に詰問の手紙を書いた直後の1923年3月6日に3度目の発作が起きるとレーニンは失語症のためにもはや話すことも出来ず、ほとんど廃人状態となり、1924年1月20日に4度目の発作を起こして翌1月21日に死去した。

レーニンの死因は公式には大脳のアテローム性動脈硬化症に伴う脳梗塞とされている。彼を診察した27人の内科医のうち、検死報告書に署名をしたのは8人だった。このことは梅毒罹患説の根拠となったが、実際は署名をしなかった医師は単に他の死因を主張しただけであって、結局この種の説を唱えた医師は1人のみだった。

葬儀は1月27日にスターリンが中心となって挙行され、葬儀は26日に行う、というスターリンが送った偽情報によりモスクワを離れていたトロツキーは、参列することができなかった。


レーニンは何かにじわじわと蝕まれていったのであろう。
革命家の命とも言うべき、語る能力と書く能力を奪われてしまったのだ。
失ったものが象徴的で、革命家の終わりを一層色濃く見せる。



第一次世界大戦の前年1913年末にアメリカの連邦準備制度・FRBが設立された。
創立会議ではロスチャイルド、モルガン、ロックフェラーが一堂に会した。
満を持して大戦を迎えたことになる。
勝利したのはイギリス・フランスが中心となった連合国だが、最後の最後までドイツに苦しめられた。
ドイツの軍事力はクリミア戦争ですでに存在感を示しており、イギリスやフランスが知らないはずがない。しかもイギリス王家はドイツ皇帝と親戚である。
第一次世界大戦は経済的にも脅威になっていたドイツを叩くために起こされたようなものなのだからドイツにやり込められるのはある程度織り込み済みだったはず。多くの犠牲を覚悟の上。
最終的に倒せばいいのだ。そのためにアメリカが必要だった。
アメリカは当時ヨーロッパ各国よりも遥かに多くの付加価値を生み出していた。(付加価値とはお金、国家ならばGDPや国民所得のこと)しかも借金が少なかった。
そのアメリカは終盤(1917年)に参戦したにも関わらず、ドイツ、フランス、イギリスに次いで戦費を費やしている。
但し借金はごく僅かしかしていない。それだけ体力があったということ。
ドイツはアメリカ以上に戦費を費やしたが借金を全くといってしていない。当時イギリスやフランスがいかにドイツを脅威に感じてたであろうことがここからも推測できる。
イギリスやフランスはお金を借りた国でもあるが、貸し出した国でもある。
政府にお金が無くても金融家(資本家)はお金を持っている。
イギリスとフランス並みにお金を貸し出したのがアメリカであるが、アメリカ国内ではあまり借金をしていないので国外に貸し出したということになる。






[PR]
by yumimi61 | 2018-06-15 11:49