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コンサーン

実るほど頭を垂れる稲穂かな

週刊文春 2002.09.19号
 創価学会にアタマの上がらない新聞社はここだ!
 「聖教新聞」「公明新聞」印刷会社全リスト入手

 ── 創価学会の機関紙、「聖教新聞」の発行部数は約550万部。しかし、不思議なことに自前の印刷所は持っていない。他社の印刷所に委託しているのだ。聖教新聞の印刷を請け負うことで多額のカネを稼ぐ新聞社に、はたして創価学会を批判することはできるのか?── 

「最近、創価学会や池田大作名誉会長に対する新聞の迎合が目に余る。創価学会は与党・公明党と実質的に”政教一致”していて、憲法違反(憲法20条宗教団体による政治上の権力行使の禁止)の疑いも指摘されている。それなのに、社会のお目付役であるべき新聞が、ジャーナリズムの批判的な精神を放棄していいのか」
 NHKで政治部記者として活躍した川崎泰資・椙山女学園大学教授は、新聞の論調を憂えている。

 読者の皆さんもお気づきかもしれないが、最近、池田大作氏(74)が「創価学会名誉会長」の肩書で登場する署名・インタビュー記事が多い。

 毎日新聞は、今年8月19日、社説と同じぺージで、「憲法に『環境権』の規定を」と題したオピニオン記事を写真入りで掲載。また、米国同時多発テロの直後の昨年9月25日には、テロを導入口として、世相・教育、政治、憲法までにわたる2ページの、インタビューも載せた。

 読売新聞は、昨年7月4日、「首相の靖国参拝は問題」と題する池田氏のインタビュー記事を掲載。

 産経新聞は、昨年9月17日から4日連続で、「宗教と国際社会」、「小泉政権と国内政治」などの記事を連載している。

 ちなみに全国紙で、池田大作氏の署名記事やインタビュー記事の先鞭をつけたのは、朝日新聞である。昨年5月23日、「私の視点」というコーナーで、「教育基本法見直すより生かせ」という提案を掲載したのが最初だった。

 前出の川崎教授は、不思議がる。
「池田氏が教育問題や環境問題の専門家だったなどと聞いたことはありません。それに、朝日が掲載した教育問題に対する提言は、それまでに創価学会の機関紙・聖教新聞や複数の地方紙に掲載された内容の焼き直しでした。全国紙は、創価学会以外の宗教団体のトップの意見を載せることはほとんどないのに、なぜ創価学会や池田氏だけを特別扱いするのでしょうか」

 新聞各社の創価学会に対する不可解な対応を説明するようなリストと手紙を、小誌は関東の印刷所関係者から入手した。その人物は、「このリストは、聖教新聞が、同紙を印刷している全国の委託印刷会社に送っている印刷指定です」と説明する。
 北は札幌・旭川から、南は奄美大島・沖縄まで、信濃毎日新聞社、新潟日報社、静岡新聞社、京都新聞社、四国新聞社、長崎新聞社、熊本日日新聞社など有力地方紙を含む34四社の「委託印刷会社」が記されていた。

新聞社は学会から”金縛り”

 創価学会に詳しいジャーナリストの乙骨正生氏は、このリストを見て言った。
「これは、聖教新聞の印刷所リストに間違いないでしょう。昨年9月に公開された公明党の政治資金収支報告書の平成12年版に、党機関紙・公明新聞の印刷所リストが記載されていますが、それがすべてこのリストにありました。それに、これまでに聖教新聞を印刷していると確認された新聞社も入っています」

 公明党の政治資金収支報告書(平成12年)には、公明新聞の印刷所として、毎日新聞社北海道支社、福島民報社、静岡新聞社、中国新聞社、四国新聞社、鹿児鳥新報など16社の新聞社名が記載されていたのだ。

 その公明新聞印刷所の中で、公明党から平成12年の印刷費がもっとも多く支払われていたのは東日印刷(東京都江東区)で、約2億9400万円。同社は毎日新聞系の中核印刷会社で、大株主は毎日新聞社(発行株式の約88%)と、同社系列のスポーツニッポン新聞東京本社(同約10%)である。

 リストにあった印刷会社の企業情報を調べると、毎日北海道、毎日旭川、東日オフセット、福島民報社、東日印刷、毎日新聞北関東コア、エスティ・トーニチは、毎日新聞グループであることがわかった。創価学会系新聞を、もっとも多く印刷しているのが、この毎日新聞グループ。

 そして創価学会側も、この毎日新聞の中核印刷所を重視していることが、聖教新聞平成12年1月25日付一面の記事からよくわかる。
<本社名誉社主の池田名誉会長、最高参与の秋谷会長は(中略)、「東日印刷」の國保仁社長、奈良敏夫顧問一行を信濃町の聖教新聞本社に歓迎。(中略)東日印刷で本紙の委託印刷が開始されてから今年で45年となることから(中略)。名誉会長は、次の和歌を贈り、今後とも手を携えて発展していくことを念願した。
  ~東日と 家族の如き 聖教は 共に栄えむ 歴史を築きて~>

 この日、池田氏は國保社長(当時)と奈良顧問(同)に、「SGI(創価学会インターナショナル)勲章」を贈呈している。
 この國保氏は、元毎日新聞取締役である。

 公明新聞の印刷費が二番目に多いのは、日刊オフセット(大阪府豊中市)で、1億3700万円。同社の大株主は、朝日新聞社(発行株式の約45%)と大阪日刊スポーツ新聞社(同24%)。つまり朝日新聞グループである。
 その日刊オフセット側は、「両紙ともお得意さんです」(総務部担当者)と認めた。

 さらに、聖教新聞を印刷している東京メディア制作(東京都府中市)と南大阪オール印刷(大阪府高石市)の大株主は、それぞれ読売新聞社と大阪読売新聞社だった。ともに読売新聞グループである。

 なぜ、新聞社または系列の印刷所が、創価学会系メディアの印刷をすることが問題なのか。最大の問題は、印刷代の額である。
 公明党の政治資金収支報告書(平成12年)で、公明新聞の印刷費の総額は、年間約10億6000万円。
 公明新聞(全8面)の発行部数は250万部なので、その印刷費をもとに、発行部数550万部の聖教新聞(全12面)の印刷代を推定すると、年間で約34億9800万円になる。
 両紙を合計すれば、年間でなんと約45億5800万円が、創価学会側から新聞社や系列の印刷所に流れているのだ。

 前出の乙骨氏はいう。
「昭和40年代には、創価学会が自前の印刷所を作る計画もありましたが、計画段階で中止されました。それよりも、新聞社や系列の印刷所に印刷させる方が、創価学会に批判的な記事を封じるのに有効なんです。
 それに創価学会は、全国紙からスポーツ紙まで毎月のように聖教新聞社の書籍広告を一面カラーで掲載させています。全国紙で1回の広告料は、1000万円から2000万円。印刷と広告で、新聞社は創価学会から”金縛り(かねしばり)”なんです」

 その”金縛り疑惑”について、毎日新聞は、「(印刷と創価学会の記事は)関係ありません」(社長室)と回答。
 池田氏の受賞や名誉博士号の授与を逐一報じてきた静岡新聞も、聖教新聞と公明新聞を印刷しているのを認めたうえで、「読者が必要と思う記事を掲載しています」(編集局)と答えるばかり。
 しかし、創価学会系新聞を印刷している新聞社の中には、池田会長に強姦されたと訴えた「信平事件」の提訴を記事にしなかったにもかかわらず、原告の上告棄却(敗訴)だけを報じたり、創価学会の会館内で起きた幹部どうしの不倫刃傷事件を報じないケースもあった。こういう報道姿勢を、どう理解したらいいのだろうか。
 ある地方紙の幹部は、小誌に匿名でこう答えた。
「うちで聖教新聞の印刷を始めてから、創価学会や池田さんに対する批判的な記事は、掲載できなくなりました」
 創価学会から新聞メディアに流れる金を問題にするのは、創価学会に問題があるからだ。

 カルトに詳しい東北学院大学名誉教授の浅見定雄氏はこう指摘する。
「創価学会を脱会した人たちによって、この宗教の実態がわかりました。複数のメンバーで取り囲んで入会の意思決定をさせる。『脱会すると不幸になったり、罰が下る』などと恐怖感を与える。脱会を望むメンバーに対して、無視、非難、降格、破門などの精神的罰を受けさせる。脱会したメンバーを尾行したり、脅迫や嫌がらせをする。私は、これらの理由で、創価学会は、かなりカルト度が高いと判断しています」
 これらの行為は明らかに人権侵害である。が、創価学会は『信教の自由』という”隠れ蓑”を着て、なぜか不問に付されているのである。



金は天下の回りもの!?


引用した週刊文春の記事が古いものなので、私も新しい公明党の政治資金収支報告書を調べてみた。
2018年(平成30年)11月30日公表の2017年(平成29年)分の政治資金収支報告書である。
週刊文春は平成12年の政治資金収支報告書と書いているので、17年後のものということになる。
私も一人で行っていることであるし、そこまでの時間はないので、2017年1月分だけ注目した。しかし主に公明新聞(毎日発行される新聞)の印刷代なので、取引が継続される限り、月ごとの変化はそれほど大きくはないと考えられる。
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■公明党が2017年1月に公明新聞の印刷費を支払った会社■

【地方新聞社】
岩手日日新聞社
秋田魁新報社(秋田県にある新聞社)
福島民報社(福島の地方新聞社であるが、毎日新聞と協力関係にある)
新潟日報社
市民タイムス(長野県松本市にある新聞社)
静岡新聞社
山陰中央新報社
四国新聞社 ・・・金額5位(1月で750万円くらい)
高知新聞社
愛媛新聞社
長崎新聞社
奄美新聞社

【地方新聞社のグループ印刷会社】
道新総合印刷(北海道新聞社のグループ印刷会社)
かなしんオフセット(神奈川新聞社の子会社の印刷会社)
ショセキ(石川県金沢市にある北國新聞社の子会社の印刷会社)
中日高速オフセット印刷(愛知県名古屋市にある中日新聞社グループの印刷会社)
神戸新聞総合印刷 (神戸新聞者の子会社の印刷会社)
中国印刷(広島県にある中国新聞社のグループ印刷会社)
中国新聞福山制作センター(中国新聞社の印刷会社)
西日本新聞印刷(福岡県にある西日本新聞社のグループ印刷会社)・・・金額2位(1月で1000万円くらい)
南日本新聞オフセット輪転(鹿児島県にある南日本新聞社のグループ会社)

【毎日新聞グループ会社】
毎日新聞北海道センター
エスティ・トーニチ (毎日新聞社の子会社の東日印刷の子会社) ※縮刷版
高速オフセット (毎日新聞社の子会社、大阪市の毎日新聞ビルに入居している)・・・金額4位(1月で800万円くらい)
東日印刷(東京都江東区にある毎日新聞社の子会社の印刷会社)・・・金額1位(1月で3100万円くらい)
東日オフセット(青森県にある毎日新聞社のグループ印刷会社)

【読売新聞グループ会社】
読売プリントメディア(読売新聞社の子会社の印刷会社)・・・金額3位(1月で900万円くらい)

【印刷会社】
池宮商会(沖縄の印刷会社)
凸版印刷 情報コミュニケーション事業本部(凸版印刷は大日本印刷とともに国内印刷業界2強、世界最大規模の総合印刷会社) ※公明グラフ
精興社(東京都青梅市にある印刷会社)  ※月刊公明


壺中の天地

上記の印刷代はあくまでも政党である公明党が発行する「公明新聞」の印刷代の1ヶ月分の支出である。
しかし創価学会は「聖教新聞」も発行しており、信者にとってもこちらのほうがずっと馴染みが深く、発行部数も多い。
そして週刊文春が伝えているように、創価学会では印刷所を所有しておらず、全国の主要新聞社に印刷を委託しているわけだが、その多くは公明新聞と聖教新聞のどちらも印刷している。
つまり上記の金額よりずっと多い金額が創価学会から支払われているということになる。

●公明新聞
公明党機関紙局が発行する、日刊・週刊機関紙。公称発行部数は80万部。

●聖教新聞
聖教新聞社が発行する日本の在家仏教系新宗教団体・宗教法人創価学会の日刊機関紙。創刊は1951年であるが、日刊になったのは1965年。
聖教新聞社は、宗教法人創価学会の機関紙発行・出版部門であるため、法人格がない。
発行部数(公称)は創刊時が5000部で、近年は550万部。



去る者は日々に疎し?恋は思案の外?

平成12年の収支決算報告書で2番目に印刷代が支払われていたという朝日新聞グループの日刊オフセットという会社は平成29年1月分には見当たらない。
しかし毎日新聞グループとの蜜月ぶりは20年近く経っても相変わらずである。
読売新聞グループの会社も金額3位である。

では毎日新聞って?毎日新聞社って?
毎日新聞はとある高校の国旗掲揚(揚げっ放し)を非難したらしい新聞ですが、それはともかく。(今年5月に書いた国旗の話、『』『毎日』)
毎日新聞は皇軍万歳の新聞(『皇軍』)。
毎日新聞社は春の高校野球(センバツ)の主催者。夏大会の主催者の朝日新聞社は春大会も後援している。夏と同じく甲子園で開催されるが、夏の大会とは出場校の決め方が違う。夏は都道府県大会の優勝校が出場しているが、春はセンバツというだけあって選考方式。電話がかかってくる場面とか春先にニュースでやってますよね。やってませんでしたっけ? ちなみにセンバツ大会も東京都と北海道は必ず1校以上の出場が保障されているそうです。(東京都と北海道は吹奏楽の支部が単一なところ)

■毎日新聞
日本国内で一番歴史のある新聞。戦前から朝日新聞と共に2強に数えられていたが、拡販競争と西山事件による経営危機で後れを取り、1960年代後半から1970年代前半に掛けての読売新聞の発行部数増加などで販売不振が続いた。

西山事件とは?
1971年の沖縄返還協定にからみ、取材上知り得た機密情報を国会議員に漏洩した毎日新聞社政治部の西山太吉記者らが国家公務員法違反で有罪となった事件。
西山が情報目当てに既婚の外務省事務官に近づき、酒を飲ませ泥酔させた上で性交渉を結んだとして、情報源の事務官を国家公務員法(機密漏洩の罪)、西山を国家公務員法(教唆の罪)で逮捕した。これにより、報道の自由を盾に、取材活動の正当性を主張していた毎日新聞は、かえって世論から一斉に倫理的非難を浴びることになった。

(裁判要旨より)
当初から秘密文書を入手するための手段として利用する意図で女性の公務員と肉体関係を持ち、同女が右関係のため被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥つたことに乗じて秘密文書を持ち出させたなど取材対象者の人格を著しく蹂躪した本件取材行為は、正当な取材活動の範囲を逸脱するものである。


■毎日新聞社
1943年- 「東京日日新聞」と「大阪毎日新聞」が統一されて「毎日新聞」となる。

1977年11月4日- 株式会社毎日新聞社(旧大阪毎日新聞社。本店・大阪市。資本金1億5千万円)は、経営悪化のため新旧分離による再建を実施。
下野新聞、スポーツニッポン新聞東京本社や従業員持株会、主要販売店、東京放送(現・TBSグループHD)、毎日放送、三和銀行や三菱銀行(メインバンク。いずれも現在の三菱東京UFJ銀行)などの40億円出資による毎日新聞株式会社を東京に設立。

1985年10月 - 株式会社毎日の債務返済が一段落し、同社を存続会社として合併(商法上の本社は東京本社とした)。再建に一応の目途を付ける。日本の主要新聞で資本金が最多であり、発行部数では業界3位の約340万部で読売新聞社(約1000万部)・朝日新聞社(約800万部)に大きく水を開けられても十分な経営が成り立っているのはこのためである(業界4位は中日新聞社)


経営悪化したのに資本が最多というのもなかなか凄い話ですね。
上記発行部数は朝刊と夕刊を合わせた数。聖教新聞は朝刊のみで550万部。

安倍首相のお父上(安倍晋太郎)が1949~1956年の間、毎日新聞社の従業員だった。
統一教会との関わりが取り沙汰されたこともある。

義父・岸信介は「国際勝共連合」・「統一教会」(世界基督教統一神霊協会)と友好的な協力関係を持っていたが、晋太郎も同じく、関連が深いとの見方がたびたび取り沙汰されていた。
「自民党内部の統一教会シンパとしてさかんに議員に統一教会員を秘書として紹介し、セミナーへの勧誘をしていた」と言われており、1999年には『週刊現代』が統一教会と国会議員の繋がりを暴いた記事で「安倍晋太郎氏がセミナー等への勧誘を行っていた」と報じた。
事実、統一教会は晋太郎を総理大臣にするべく応援してきており、当時、竹下を後継指名した中曽根を強く非難していた。

2006年には、息子の晋三(当時は官房長官)が「統一教会」の関連団体天宙平和連合のイベントに祝電を寄せたことが報道され、岸信介、安倍晋太郎の代からの深い関係があるのではと見られ波紋を呼んだ。この件に関し晋三は、「秘書が行った行為で、誤解を招く行為であった」という旨のコメントをした。

晋太郎は当時反共独裁体制だった韓国政界と太いパイプを持っていたので、親韓派と言われることが多い。晋太郎の福岡事務所が入っていたビルはパチンコ事業で成功を収めた在日コリアンの実業家の経営する本社のビルであり、1980年代末には、その実業家との癒着に疑惑がもたれたこともあった。


枢軸国(日本・ドイツ・イタリア)も戦前は反共独裁(ファシズム)体制だったですけどね。

そういえば、立正佼成会も統一教会とは無関係ではなかったようである。
(1962年頃)庭野開祖会長の指示で統一教会の教えを学んでいた青年部50名ほどが同会に転じ、庭野開祖会長秘書(当時)だった久保木修己が統一教会日本教会長になったのを初め、統一教会幹部となる者を多数発生させた。のちに久保木修己は除籍処分。

庭野開祖会長は同じ頃、カトリックのローマ教皇とも会見している。
枢軸3国はカトリック(ローマ教皇)に接近した国でもあった。

1963年 9月14日 庭野開祖会長が「核兵器禁止宗教者平和使節団」副団長として欧米諸国を訪問。ローマ教皇パウロ6世と会見し平和提唱文を手渡す。

1965年 9月14日 庭野開祖会長がイタリアのローマで開かれた第2バチカン公会議の開会式に出席。ローマ教皇パウロ6世と会見。


余談になるが、大学病院ドラマの金字塔?である『白い巨塔』や123便墜落事故や日本航空を如実に想起させノンフィクションであることを読者に印象付けながら取材に基づくフィクションと言い張った『沈まぬ太陽』の作者である作家の山崎豊子も毎日新聞の従業員だったことがある。1944~1958年の間。
吉本興業を創業した吉本せいをモデルにした『花のれん』により1958年に直木賞を受賞した後、毎日新聞社を退職して専業作家となった。
ノンフィクションなのかフィクションなのか分からないというのはNHKも得意そう。歴史を扱う大河ドラマとかいろいろ。公共放送とか言ってるからNHKがやっていることは事実と思わせるだけに罪が深いけど、「ドラマに過ぎない」「フィクションである」と言えばどんな誤解を与えても済んでしまう。逆を言えばフィクションをノンフィクションのようにみせることだって出来るだろう。もっとも視聴者も事実かどうかなんて大して関係ないのかも、利があればそれで。


苦しい時の金渡しNO! 苦しい時の神頼み

週刊FLASH  2017年3月14日号
 石原慎太郎は霊友会と蜜月 「政治家と宗教」大研究

「2016年参院選で、公明党は全国比例で757万票を獲得。さらに同選挙で立正佼成会が民進党・白眞勲(はくしんくん)、藤末健三両議員に推薦を出し、2人合わせて約28万票の得票に大きく貢献しています。政治家にとって、新宗教がいかに大きな存在であるかの証左でしょう」(季刊「宗教問題」編集長の小川寛大氏)

 集票力と動員力で、政界に存在感を放つ新宗教。その代表格は創価学会だ。

「実質的な学会員数の3倍票を集める」(小川氏)とされ、選挙のパフォーマンスは群を抜く。

「政権の要、菅義偉官房長官の選挙区は無党派層が多い神奈川。学会員には『私たちがいなければ菅さんは終わり』と公言する人も。菅氏の当落を、創価学会が握るほどなのです」(小川氏)

 選挙での比類なき強さは、創価学会だけが作り上げたシステムだ。
 宗教学者の島田裕巳氏が言う。

「政治に熱心というより、あくまで選挙に熱心なのです。創価学会には、『仏法は勝負だ』という教えがあります。勝ち負けがはっきりする選挙を組織の引き締めに使う仕組みを、戸田城聖・第2代会長が作り上げたのです」

 戸田会長の後継は、1960年に、32歳の若さで第3代会長に就いた池田大作名誉会長だ。現在の公明党結党を主導し、政界進出を強めた。

「高度経済成長期に信者数が急増。1960年代、1000万人近く集めたとされ、公明党が第一党になるといわれるほど、勢いがありました」(島田氏)

■創価学会に続いて政界を彩った新宗教 

 創価学会の政界進出に危機感を持ったのが、立正佼成会だった。

「創立者の庭野日敬氏は、生涯、創価学会と対峙した人物。立正佼成会はもともと、親・自民党でした。自公連立が成立してからは、民主党(現・民進党)の支援に。政治的な立場には、あまり重きを置いていないのです」(小川氏)

 立正佼成会は、白眞勲、藤末健三両参院議員に加え、大島九州男(くすお)、風間直樹両参院議員を支援している。

「参院選で、民進党は労組系候補者を出しますが、電力総連の候補者が得た票は、約27万。2016年参院選では、白、藤末両氏を見事な票割りで当選させたわけで、労組を超えた集票力を立正佼成会は持っている」(同前)

 実際の信者数は「30万人ほど」(島田氏)とはいえ、その結束力は強い。

 昨今、豊洲市場移転問題で注目を浴びている、石原慎太郎元東京都知事と霊友会との蜜月は有名だ。

「石原氏は初出馬のとき、『20万票を頼んだら、小川喜美教主から、もっと出すから弟子になりなさいといわれた』という逸話を著作で紹介しています。事実上、霊友会の顔役だった石原氏を、教団は引退まで全力で支えました。しかしいまや、信者から、『石原さんが引退してよかった』という声を聞きます。じつは、もともと政治家の支援に熱心な教団ではないのです」(小川氏)


■宗教と政治は縁を切れない

 奈良県天理市に本拠を置く天理教は、地元に深く根を張っている。

「歴代市長や市議会議員に信者が多く、教団からの寄付が市財政を支えるほど。天理市が選挙区の一部である高市早苗総務相なども、逆らっていいことはありません。友好的なら、教団は信者でない政治家でも助けます。高市氏とは、関係はよいようです」(島田氏)

 2009年に国政進出を試みた幸福の科学。だが、337人の候補者は全員落選、11億5000万円の供託金を没収された。とはいえ、教団の潜在力は侮れない。

「没収が教団の財政を痛めたようですが、いまだにアルファードなど高級国産車に乗る富裕層の信者が多くいます。2016年参院選では、全国比例で約36万票を獲得するなど、立正佼成会を凌ぐ集票力があります」(小川氏)

 新宗教の力があっても、必ず当選するわけではない。「生長の家」の信者で、かつて教団の支援を受けていた村上正邦元参院議員が指摘する。

「団体から思いを託されますから、信者は議員をよく見ています。最近は、議員になりたい、票が多くほしい、と宗教団体にすり寄る人がいますが、そんな人の応援に、力が入るわけがありません。けしからんですよ」

 信心の力を見くびってはいけない。



一葉落ちて天下の秋を知る

上の週刊FLASHの記事では、2016年参院選にて公明党が全国比例で757万票を獲得したと書いているが、この夏の参院選では100万票以上も減らしてしまったそうである。

時事ドットコムニュース 2019年07月28日
 得票減少、募る危機感=議席最多も組織力に陰り-公明


 公明党は参院選比例代表で、得票数を2016年参院選から100万票以上も減らし、自民党との連立政権発足以降の国政選挙で最低となった。支持者の高齢化が進み、盤石を誇った組織力には陰りが見える。過去最多に並ぶ14議席を獲得したにもかかわらず、党内には危機感が募っている。

 公明党は、候補者を擁立した7選挙区全てで議席を獲得、比例でも7議席を得た。改選11議席を14に伸ばし、16年に並んだ。

 ただ、5割に満たなかった低投票率に助けられた面は否めない。比例の得票数は653万6336票で、17年衆院選に続く700万票割れ。計画的に準備ができる参院選は750万票超で推移していたが、今回は大幅に下落し、05年衆院選で898万7620票とピークを迎えて以降の減少傾向が鮮明になった。

 原因について、党関係者は「支持者の高齢化で運動量が低下している」と指摘。一時的な現象ではなく同党が抱える構造的な問題との見方を示した。集団的自衛権の行使を容認する安全保障関連法の成立など、「安倍1強」の下で党の基本的立場と相いれない政策に協力していることへの支持者の不満もあるとみられる。

 ある幹部は「投票率が下がっただけで100万票も減るわけがない。深刻に受け止めないといけない」と懸念を示したが、党勢回復への妙案を見いだせるかは不透明だ。

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by yumimi61 | 2019-08-30 17:40

コンセッション②

1930年  創価学会創立
1937年7月~ 日中戦争
1938年 立正佼成会創立
1941年12月 太平洋戦争勃発
1945年8月 戦争終結

1948年 立正佼成会が宗教法人として認証される
1952年 創価学会が宗教法人として認証される

創価学会の2代目会長時代の出来事

1951年(昭和26年)5月3日、戸田城聖が創価学会第2代会長に就任した。
戸田は就任挨拶の中で、自分の存命中に75万世帯を学会に入信させるとの拡大目標を打ち出した。


就任した1951年には51歳だった。1951年の日本の男性の平均寿命は60歳だったので、あと10年くらいは生きるだろうと思っていただろうか。
その場合、存命中に75万世帯を入信させるということは、1年に7.5万世帯ペースになる。

(2代目会長が就任した)当時の当時の創価学会はまだ会員数3,000世帯程度の日蓮正宗内でも小さな講中で、挨拶を聞いた当時の学会幹部は「75万世帯などとは途方もない数字だ」と述べるなど、達成できるとは到底信じられなかったという。

しかし戸田城聖の下で、75万世帯を目標にした「折伏大行進」という名の大規模な布教活動が行われ、日本国内での創価学会の勢力は急拡大したが、強引な勧誘の手法は批判を呼び、社会問題化した。 

当時の「折伏」の対象、また入会者は、貧しい人や病人、都会に出てきたばかりの若者が多かったという。
折伏大行進の過程では、学会に入会しようとした家庭に他宗派の仏壇や神棚が置かれていると、それを焼却(謗法払い)するといった行為が、創価学会以外からは奇異に写り、時として大人数で対象者を取り囲むと言った強引さを伴った。長崎県では入信を強要された19歳の少年が飛び込み自殺をするなどした。
1957年(昭和32年)12月の本部幹部会で、戸田は自ら掲げた75万世帯の目標が達成されたと発表した。



当初は創価学会より勢いがあった立正佼成会

立正佼成会は、1948年に18,000世帯の信者がいたそうなので、1951年に3000世帯しか信者のいなかった創価学会の6倍も信者を獲得していたことになる。
また前述したように、宗教法人として認証されたのも立正佼成会の方が4年ほど早かった。

その後も立正佼成会はかなり勢いがあったようで、読売新聞が国会を巻きこんで批判キャンペーンを繰り広げた1956年頃の信者数は33万世帯だった。(それが報道などのダメージを受けて30万に減った)
だが驚くべきことに、創価学会は同じ頃(1957年)に75万世帯という目標を達成したと発表したのだという。
立正佼成会が急速に発展したためにマスコミの餌食となったということだが、創価学会の発表を信じれば、創価学会はそれ以上に急激に発展したことになる。
よってこの数字は俄かには信じ難いし、もしそれが本当ならば、立正佼成会のみならず創価学会の調査もして通告文を発行すべきだっただろう。

1956年の報道などにより教勢にダメージを受けたという立正佼成会だが、杉並区に一大拠点を築いていくのは結局のところその後であり(大聖堂完成1964年、普門館完成1970年)、庭野開祖会長は国際的な活動にも参加するようになる。


立正佼成会と政治(自民党)

庭野開祖会長は1956年に国会に参考人招致されたりもしたが、立正佼成会は自民党との繋がりを強くしていく。
そもそも大規模に土地取得したり、ぎりぎりなところでホールを建設したり、土地取得に不正疑惑があったということならば、政治家との繋がりが疑われる。
立正佼成会問題の国会での追及の急先鋒が社会党の議員だったということからも、立正佼成会には与党である自民党がバックにいた可能性が高い。

自民党は1955年に、鳩山由紀夫元首相の祖父である鳩山一郎によって設立された保守合同政党で、これが今日まで続く自民党の始まりである。
野党第一党であった日本社会党と対立する政治構造は1993年まで続いた。

自民党

1955年(昭和30年)に自由党と日本民主党の保守合同により結成された保守政党。立憲政友会、立憲民政党を遠い起源とし、翼賛体制の中核を担った会派である翼賛議員同盟、翼賛政治会、大日本政治会(以上3会派は日本進歩党の前身)および翼賛体制に批判的な会派である同交会(日本自由党の前身)、護国同志会(日本協同党の前身)、日本自由党、日本進歩党、日本協同党の流れを汲む。

早い話、戦争前夜から戦時中、すべて政党を解党して結成された大政翼賛会という政治結社の流れを汲むということである。


創価学会2代目会長の死と3代目会長の就任

創価学会の2代目会長が亡くなったのは1958年4月、58歳の時。75万世帯の目標が達成されたと発表した僅か4か月後のこと。突然死で、創価学会は「急性心衰弱」と発表したそうである。

池田大作が3代目の会長に就任したのは1960年5月だった。


読売新聞社の立ち位置

読売新聞が立正佼成会の批判キャンペーンを繰り広げたという1956年の社長は正力松太郎である。

東京帝国大学を卒業後に内務官僚になり警視庁へ。
1924年に読売新聞の社長に就任。
1941年の開戦時は大政翼賛会の総務であった。
戦時中の1944年から戦後1946年まで貴族院議員だった。
1955~1969年までは衆議院議員でもあり、鳩山一郎設立の自民党に所属していた。


戦後は、MLB選手を日本に招聘して日米野球を興行するなど野球界で尽力したが、一方で長期にわたるアメリカ中央情報局(CIA)への協力(非公式の工作活動)をおこなっていたことが、アメリカで保管されている公文書により判明している。また、自由民主党総裁の座も狙っており、渡邉恒雄を参謀の中曽根康弘との連絡役にしていた。
駒澤大学が上祖師谷グラウンド(野球部合宿所、駒澤大学球場)を購入する際に尽力したことを顕彰して、駒澤大学の開校80周年(1962年)の式典において、最初の名誉博士号が授与された。

(駒澤大学は禅宗の1つである曹洞宗がルーツにある)

正力は日本テレビ放送網の設立者でもある。
プロ野球の父、テレビ放送の父、原子力の父とも呼ばれる。

立正佼成会を批判した読売新聞のトップ正力松太郎も自民党だったのだ。

「私達はあなたたち(立正佼成会)を握りつぶすくらい簡単だけれども、戦後のこの時代にそんな野暮なことはしない。そこでだ、私達と手を組むというのはどうだろうか。あなたたちにはぜひとも我が党の選挙に協力してもらいたい」←まったくの想像で、私が作った文です。

でもそんな感じで立正佼成会は改めて自民党と手を組むことになったのではないだろうか。

この正力という人がなかなか分かりにくい。
警察、読売新聞の社長、大政翼賛会の総務、貴族院議員、自民党所属の衆議院議員、プロ野球、テレビ、原子力、、、、そしてCIA。
この人が見こんだ渡邉恒雄、読売新聞入社は1950年。でも本当は朝日新聞に入りたかったとか言っている。戦後の1945~1947年、大学生時代であるが、共産党に入党していた。しかしレッドパージ(赤狩り)が吹き荒れる前に自ら離党。


鳩山一郎の次の自民党総裁・総理大臣を狙っていた正力松太郎が、中曽根康弘を参謀格に自分の派閥を結成して総裁選出馬準備を進めていた際、正力から中曽根との連絡役を命じられて付き合いが始まり、中曽根と親密になった。
1982年(昭和57年)の自民党総裁選の時には、渡邉は中曽根擁立のため、田中角栄の秘書早坂茂三に引き合わせ働きかけた。
早坂と、中曽根の秘書の小林克己は渡邉と同じ元日本共産党員だった。
1966年(昭和41年)の大手町にある国有地払い下げ問題でも、大きな役割を果たしている。


渡邊恒雄が読売新聞社の幹部になった1977年。
1977年というのは偶然にも、朝日新聞社主催の全日本吹奏楽コンクールの中学・高校部門が普門館に固定された年であり、カラヤンが初めて普門館のステージに立ち、ベートーヴェン・チクルスを演奏した年でもある。
読売新聞社の社長就任は1991年。
55年体制が終わりを告げたのは1993年。
細川護煕・非自民党8党連立内閣が成立。この政権に創価学会の公明党が参加しており、国務大臣まで輩出することになった。
1950年代までは立正佼成会にも及ばなかった創価学会だったが、池田3代目会長就任から33年の月日が流れ、創価学会は名実ともに巨大な団体になっていた。





by yumimi61 | 2019-08-29 21:37

コンセッション

かつて読売新聞に批判された立正佼成会が、朝日新聞主催のコンクールの聖地へ

「吹奏楽の甲子園」「吹奏楽の聖地」とも言われていた立正佼成会の普門館というホール。
1977~2011年まで全日本吹奏楽コンクールの中学・高校部門の会場となっていたが、完成したのは1970年のこと。
普門館のある地域は都市計画法における第1種中高層住居専用地域であり、建物などの建設に厳しい規制がかかる。
そのためホールのような建物や大規模駐車場などは建設許可が下りない。それ故に建て直しは断念したということだが、1970年完成の時点でもぎりぎりな建設だったと思われる。
ある意味、普門館は曰くつきな建物なのだ。
さらに立正佼成会の本部の土地取得も曰くつきなのである。

立正佼成会
日蓮系・法華系の新宗教である。文化庁『宗教年鑑 平成30年版』における信者数は、2,609,979人。
1938年(昭和13年)3月5日創立。
 
創立は大戦前夜で日中戦争の最中という時代である。
霊友会の有力な信者であった庭野鹿蔵(庭野日敬に改名)(男性)、庭野の勧誘で共に霊友会を信仰していた長沼政(長沼妙佼に改名)(女性)、他数十名が、霊友会を離脱して創立した。

「揺るぎない信仰心」が培われた時代とされ、庭野日敬開祖会長(当時)と長沼妙佼脇祖(当時・副会長)の姓名判断・霊能指導によって、「貧病争」の苦しみから救い、仏道精進に導くというスタンスで布教活動を行っていた。当時、第二次世界大戦の影響で多くの人々が苦しい生活を強いられていたため、それらの人々を救うためには、方便が必要であったという。
一方で、戦後急激に拡大した教勢がマスコミの注目を集め、1956年、読売新聞が本部用地の取得にあたる不正疑惑を報道した。庭野開祖会長が国会に召喚され、事態を説明するに至っている



男と女の微妙な関係!?

政治と宗教団体の微妙な関係

1948(昭和23)年には信徒数18,000世帯となり、短期間に急速に教勢が伸びました。その後も勢いは衰えず、信徒たちの努力により学校・病院を次々と建設するに至っています。
しかし、あまりに急速に発展したためにマスコミの餌食となり、1956(昭和31)年には読売新聞にて立正佼成会批判キャンペーンが行われることになりました(読売事件)。本部用地(大聖堂)取得に関して不正があったとされた事件です。
読売の記事は女性教祖の前歴を水商売と書きたてるなどセンセーションなもので、社会党の猪俣浩三衆院議員も国会で攻撃に立ち、4月30日には庭野鹿蔵(日敬)が衆院法務委に参考人招致されています。国会答弁に立ち誤解を解くことに努めましたが、反論の場が教団雑誌でしか与えられなかった佼成会の受けた打撃は大きいものがありました。
さらに9月には入会強要と脱会妨害が人権蹂躙に当たると、日弁連の後押しによる文部省の警告が出されたりしました。
こうしたダメージから信徒数は33万世帯から30万世帯へと後退、一時期の勢いは衰えてしまいます。
またこの事件の対処法などを巡って教団内に庭野批判が起こり、ついには「庭野を追放して長沼を教祖にしよう」というクーデターも計画されましたが、翌年に長沼妙佼が病気で死去したため、この騒ぎも沈静化していきました。


女性教祖
というのは、長沼政(長沼妙佼に改名)という人のことである。
天理教の信者→霊友会の信者→立正佼成会の副会長
長沼妙佼(1889年12月25日 - 1957年9月10日)
埼玉県北埼玉郡志多見村(現・加須市)出身。16歳の時に姉の養女となり、天理教に入信。
25歳で結婚後、夫の身持ちの悪さから11年後に離婚。
その後、41歳で再婚。夏は氷屋、冬は焼き芋屋の「埼玉屋」という店のおかみさんをしていた。40代後半、心臓弁膜症、喘息、胃下垂、子宮内膜炎が悪化し、寝込むことが多くなった。
これを聞いた庭野日敬は、霊友会に入ることを勧め、これに納得し、入会した。
1938年、霊友会会長小谷喜美との対立から霊友会を脱会し、庭野や村山日襄らと大日本立正交成会(後の立正佼成会)を設立。1943年に副会長に就任。



かつて立正佼成会を批判した読売新聞系列の日本テレビが、今度はライバル朝日新聞社主催のコンクールをPR

(全日本吹奏楽コンクールは)各種TV番組などで度々紹介される。特に最近では、2004年から2005年、また2010年に日本テレビ系列のバラエティ番組『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』で特集が組まれた。この番組で「普門館すなわち吹奏楽の甲子園」というコンクール経験者間の認識が一般にも紹介された。


(『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』という番組は)ほとんどのコーナーでは取材対象はテーマ毎に所ジョージがあらゆる方法(ダーツなど)で無作為抽選し、そこで選ばれた地域等へスタッフが取材する。『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)、『YOUは何しに日本へ?』(テレビ東京系)、『ブラタモリ』(NHK総合)などに代表される、いわゆる「素人いじり番組」の元祖的番組ともいえるが、(突っ込みの)コメントやテロップなどで積極的に素人をいじろうとするのではなく、「普通の人同士(の会話)のスタンス」を守っているという。

『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』 日本列島 吹奏楽の旅
「日本列島 部活動の旅」の初期に吹奏楽部を取り上げたところ、所ジョージの提案でコーナーの趣旨が変更されてスタート。中学校・高校の吹奏楽部に密着し奮闘ぶりを紹介する。初回は大きな五線譜に並べられた2つに割ると中に都道府県が書かれている作り物の音符を所が無作為に選ぶ抽選が行われたがすぐに廃止され、スタッフが予め調査してから特定校を長期取材する形式になった。一時は「ダーツの旅」に代わる番組のメインコーナーとして扱われるほどの人気を博した。
2004年11月3日放送分のスペシャル回は本企画が中心に据えられ、「吹奏楽の甲子園」とも呼ばれる普門館(当時の全日本吹奏楽コンクール本戦会場)を目指す青森山田高校、習志野高校、淀川工業高校(現・淀川工科高校)の3校に密着取材した模様が放送された。本コーナーにより吹奏楽文化の知名度が高まり、結果的に全日本吹奏楽コンクール本選への入場希望者数が増える、吹奏楽人口が増えるなどの効果があった。2005年にレギュラーコーナーとしては終了したが、2010年の全日本吹奏楽コンクール直後の時期に「日本列島 吹奏楽の旅2010」として復活(市立船橋高校を取材)し、その後は2013年まで毎年放送された

2004年11月3日放送に放送された「笑ってコラえて! 文化祭 吹奏楽の旅 完結編 一音入魂スペシャル」が、バラエティ番組として初となる「第42回ギャラクシー賞テレビ部門大賞」を受賞している。
2010年11月3日放送の『吹奏楽の旅スペシャル2010』では番組初の生放送を行った。


私が初めてこの番組を観たのは、2010年11月3日の吹奏楽の旅だった。(正確に言えば、後にも先にもこの時しか観たことがない)
それも偶然だったので、後半か最後のほうだけを観た。
そして翌日のブログ記事『歩調』にこのように書いている。

「泣いて上手くなれるならもっと泣け」

小学生の時だったか中学生の時だったか覚えていないのですが、読んだ本に書いてあった言葉。
もしかしたらこれが本のタイトルだったかも。

県内のある高校の吹奏楽部の顧問の先生が書かれた本で、全国大会を目指して日々練習に取り組んでいる部活動の様子を綴ったものでした。
もともとは母が買って読んでいたもので、私は家にあったので何気なく手にして一気に読みました。

やっぱり出会えたことは奇跡ですね。


「泣いて上手くなれるならもっと泣け」が書いてあった本というのは、今回取り上げてきた『涙はロンド』のこと。2010年の時には本が実家にあって私の手元にはなかったのですが、その後しばらくしてから実家から探して持ってきたのです。


創価学会に水をあけられる

立正佼成会が向かう「緩慢な死」、再興は次世代カリスマの双肩に
週刊ダイヤモンド編集部  2018.10.11


「今までのやり方が、全く通用しない時代になってしまった」──。

 新宗教教団において、創価学会(827万世帯)と幸福の科学(1100万人)に次ぐ公称信者数を誇る立正佼成会。この巨大教団の行く末を古参信者はそう嘆く。

 立正佼成会は、パーフェクトリバティー(PL)教団や崇教真光(すうきょうまひかり)など35の宗教法人が加盟する新日本宗教団体連合会(新宗連)の中心的存在で、反・創価学会の旗手である。今年は創立80周年の節目でもある。影響力や歴史を加味すれば、新宗教界で創価学会に次ぐナンバー2の立ち位置にあるといってよい。

立正佼成会は若者に吹奏楽の聖地を提供してきたのに、皮肉なことに、立正佼成会の信者の高齢化は進み、信者数も減少の一途なのだとか。

信者数の減少は当然、教団の収入にも直結する。

 立正佼成会の月会費は、わずか100円。この額は他教団が時代とともに会費を値上げする中、格安とされている。しかも、機関紙の購読が漏れなく付いてくる。つまり、会費だけでは赤字なのだ。もちろん、会費以外にも寄付金である「喜捨金」などの収入はある。だが、会員が支払っている金額は、1人当たり年間数万円ほどとみられている。

 お布施や会費など「祈祷料収入」の減少を穴埋めする収益事業も、創価学会の足元に及ばない。

 例えば、出版事業では「聖教新聞」の購読料を大きな収入源とする創価学会に対し、立正佼成会は前述の通り実質無料。また、創価学会のように墓苑ビジネスを大規模展開しておらず、霊園を都内に一つ所有するのみだ。葬儀や墓は信者の菩提寺を基本とするからだ。

 もちろん、巨大教団だけあって病院や学校など、揺り籠から墓場まで一通りそろえてはいる。その一方で、世俗的な収入事業は、立花産業という信者向けの団体保険販売事業を主力とする1社にほぼ集約。その立花産業も信者数の激減で苦しさを増しているというのが、関係者の一致した見方だ。

もちろん下図のように、その資産額は、不動産だけでも2190億円(本誌推計)と莫大な額に上る。だが、それはあくまで教勢が右肩上がりだった過去の遺産だ。教団の苦しさは“吹奏楽の甲子園”といわれた「普門館」の、今冬から始まる解体に象徴される。


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宗教団体の不動産

下の写真は、時々通る道沿いにある「立正佼成会 前橋教会の渋川道場」という建物である。普門館のことを書いていたので写真を撮らせていただきました。
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この近くには創価学会の建物もある。

しかし改めて考えると宗教団体って凄いですよね。
都内に広大な土地と建物を所有していたり、それだけでなく全国各地にそれなりの土地建物を所有している。
個人で全国にそれだけの不動産を所有するなんてまず無理だし、企業だとしても余程の大企業でなければ難しい。
宗教団体ってやっぱり相当に寄付があるのかしら。
ある所には腐るほどお金があるのか、それとも塵も積もれば山となる方式で集めるのか、いろいろ優遇されるのか、よく分からないけれど、フツーに考えれば凄いことだと思います。

だからと言って、コンクール会場として部外者が借りたホール近辺で、しかも騒がないようにと予め厳しく言われていたにも関わらず、そんなのお構いなしに騒いでよいわけがない。


立正佼成会 VS 創価学会

創価学会の創立は1930年(昭和5年)で、1938年(昭和13年)創立の立正佼成会よりも8年ほど早いが、長いスパンで見れば、ほぼ同じ頃に創立されたと言ってもよいのではなかろうか。
ということで、信者獲得合戦のような対立は最初期からあったのであろう。となれば、対立の歴史は戦後の歴史よりも長いということになる。

かつて創価学会と立正佼成会の信者獲得活動に対して、様々な行過ぎや人権侵害等、公共の福祉に反するという訴えが各方面より度々なされた。
(創価学会の折伏大行進による数多のトラブルや人権蹂躙、佼成会による霊能指導は、多くの問題を生むこととなった)
昭和20年代後半から40年代初頭に掛けて創価学会と立正佼成会間での非難合戦は熾烈を極めた。
こうした動向が国会でも取り上げられる問題となり、衆議院の法務委員会の調査結果に基き、1956年3月6日、不当な宗教活動に対して警告を発する「不正なる宗教活動に対する決議」が満場一致でなされた。


立正佼成会と創価学会、両方に行き過ぎがあったようだが、国会(法務委員会)が調査し、通告文を出したのは立正佼成会の方だけだったようだ。

「不正なる宗教活動に対する決議」
 戦後の混乱と人心不安の裡に族生したいわゆる新興宗教団体の中には、世道人心に極めて憂慮すべき影響を及ぼしているものがある。もとより信仰の自由は憲法の保障するところであるが、布教その他の方法において不当に人心を強制し、或は基本的人権を侵害するが如きことは許されない。
 本委員会が右の趣旨により立正交成会に関する人権侵害問題を調査したところによっても種々の行過ぎがあり、加入、脱退、金品受授、治療等につき欺罔、強制、圧迫、迷信等により、公共の福祉に反すると思われるものがある。
 政府は、この際、立正交成会は勿論、いわゆる新興宗教その他宗教団体の不正不法な宗教活動の横行している現状に鑑み、人権擁護の立場から速かに
 (一)布教活動にして、人権の侵害行為又は犯罪を構成するものについては、その摘発につとむべきである。
  (二)宗教法人法第八十一条の解散権を発動すべき事由ありや否やにつき、徹底的に調査すべきである。
 (三)宗教法人法中「認証事項」「役員の欠格条項」「書類の閲覧権、提出権」第八十一条解散権発動の前提たる「調査権の整備」「罰則強化」等につき、検討すべきである。
 (四)公益代表者にして、宗教法人の解散請求権をもつ検察庁は、宗教法人調査につき適宜の措置を講ずべきである。
  右決議する。


 この決議に基づきまして、文部省調査局長福田繁名義をもちまして、昭和三十一年六月二十一日各都道府県知事あてに「不正な宗教活動について」の通知を行いました。そして、趣旨とするところは、「今後、宗教団体の布教その他の活動において、人権の尊重、公共の福祉などの上から見て、行き過ぎや不正の疑をもつて一般の誤解を招くことのないよう特に御配慮をお願い」をする等の趣旨の通達を行い、また、法務委員長高橋禎一から文部大臣清瀬一郎あてにこの決議について通告を行った次第でございます。そして、その中でこの四項目を具体的に指摘をして、適当な措置を講ずるよう要請をいたしたところであります。

 なお、同じく三十一年九月二十一日、文部省調査局長福田繁から、宗教法人立正佼成会代表役員長沼総一あてに、「立正交成会の宗教活動について」の文書が発送をされました。そして「貴教団においても、布教活動の行き過ぎ、欠陥について反省すべき点のあることは認めているところであります。信仰は個人の自主的行為であるにもかかわらず、入会の強要、脱会の阻止等の行為により信教の自由を拘束し、あるいは宗教的暗示によつて徒らに恐怖、心を与える等、人権じゆうりんにわたる疑いのある事件が指摘されたことは、まことに遺憾とするところであります。貴教団においては、これらの事件の起つた原因につき篤と考察し、公共の福祉に反することのないよう重ねて通告します。」こういう文書が出されたわけであります。


前述のように、1956年3月6日に「不正なる宗教活動に対する決議」が行われ、その後に通告文まで出したわけだが、読売新聞が立正佼成会批判キャンペーンに打って出たのも同じ1956年のことである。
用地取得不正疑惑報道は1956年1月であり、これが以降の国会を巻きこんだ批判キャンペーンの大きなきっかけとなったのだが、叩ける時に叩いておこうという感じだろうか。
ということは、おそらく、読売新聞は創価学会寄りだったんだろうと思う。


(続く)






by yumimi61 | 2019-08-29 15:09

コンフィデンスゲーム

芸術の難しさ

全日本吹奏楽コンクールは、全国高等学校野球選手権大会(高校野球の甲子園大会)と同じで、朝日新聞社が主催している。(高校野球の場合は、日本高等学校野球連盟が、吹奏楽の場合は全日本吹奏楽連盟が主催者に加わっている)

学校が背景にあるため日本の吹奏楽人口は異様なほど多いことで有名だが、野球の競技人口も多い。少年からシルバー世代まで幅広く楽しまれ、且つ様々な大会が催されている。
高校野球(全国高等学校野球選手権大会)への参加校や参加人数も他の部活動の大会に比べたら群を抜いて多いだろう。しかも全国高等学校野球選手権大会はトーナメントの一発勝負。しかも野球は個人競技ではなく集団競技。その意味において、高校野球大会の頂点に立つということは並外れた成功(結果)と言える。
並外れた成功には並々ならぬ対策が必要ということで、本来は高校の部活動に過ぎないのに、しかも都道府県代表とか言いながら、どこか遠い所からも選手をスカウトしてくるなどといったことが横行するのだろう。

こうした野球のような大会しか知らないと、吹奏楽コンクールの全国大会も同様なシステムで行われていて、全国大会の金賞も野球のような頂点だと思うかもしれないが、そこは審査員による採点競技モノであるし、コネあり金あり何でもありとも言われる芸術領域。かなり違うのである。

【全国大会までの流れ】
道府県内の各地区大会→府県大会→支部大会→全国大会
※なぜ「道府県」や「府県」であり、「都道府県」ではないのかと言えば、北海道と東京都は支部が複数の都道府県で編成されているのではなく単一だからである。つまり、道大会や都大会=支部大会である。

【支部】
北海道吹奏楽連盟(北海道のみ)
東北吹奏楽連盟(青森県・岩手県・宮城県・秋田県・山形県・福島県)
東関東吹奏楽連盟(千葉・茨城・神奈川・栃木
西関東吹奏楽連盟(埼玉・群馬・山梨・新潟)
東京都吹奏楽連盟(東京都のみ)
東海吹奏楽連盟(長野県・岐阜県・静岡県・愛知県・三重県
北陸吹奏楽連盟(富山県石川県福井県
関西吹奏楽連盟(滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県和歌山県
中国吹奏楽連盟(鳥取県・島根県・岡山県・広島県・山口県
四国吹奏楽連盟(徳島県・香川県・愛媛県・高知県
九州吹奏楽連盟(福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県大分県宮崎県鹿児島県沖縄県

北関東や南関東という分け方はよくあるが、東関東や西関東という分け方はなかなか斬新である。
赤字の県は地区大会がない県。
よって、地区大会のある県の県大会銅賞と、地区大会のない県の県大会銅賞は、同じ価値ではないということになる。

【入賞とは何か】
大会に出場した学校は、金賞・銀賞・銅賞のいずれかを受賞する。
全国大会の場合、金:銀:銅≒3:5:2とよく言われているが、審査内規には各賞の数には制限を設けないと記されているそうだ。要するに、審査は相対評価ではなく絶対評価である。

但し1969年以前は、審査の点数上位より、1位・2位・3位・・・と全て順位を付ける順位制だった。

1970年から
 審査員が審査項目それぞれにABCDEの評価を行い、ABCDEを点数化し合計点を算出。
 点数の多いほうが金賞。真ん中辺りが銀賞、下位の方が銅賞。トータル順位は分からない。
 (1996年からは最高評価と最低評価の審査員分をカットする、カット方式となる)

2013年から
 審査員が学校ごとにA(金)B(銀)C(銅)の評価を付ける。それをまとめて・・
 金賞:審査員の過半数がA評価の場合・・①
 銀賞:①と②以外の場合
 銅賞:審査員の過半数がC評価の場合・・②

高校野球の応援の美爆音が有名になった千葉県の習志野高校は、「全日本吹奏楽コンクールで金賞を23回獲得」しているそうだが、これは「高校野球の甲子園大会で23回優勝した」ということとは全く意味合いが違うといことである。

【連続出場について】
野球のように明確なルールがあって得点で勝負が決まるという競技ならば分かりやすい。優勝の価値も、連続出場の価値も、連続優勝の価値も明確だろう。
しかし芸術の採点コンクールで、予選の仕方なども各地域で違うとなると・・・

芸術は誰が観ても聴いても同じ評価ということは、まずありえない。
誰かにとっては人生を変えるような衝撃や感銘を与える作品でもあっても、他の誰かにとっては酷く退屈なものであったり嫌悪感すら感じさせるものだったりすることがある。
感じ方はそれだけ違う。
生前には全く見向きもされず認められなかったという芸術家も少なくない。
時代によっても、誰かの都合によっても、人々の気分によっても、芸術的価値は大きく変わる。
音楽の場合には、審査員含め聴く人の聴力という大きな問題も孕んでいる。
さらに生徒や学生の場合には演奏メンバーが大きく変わる。公立学校では顧問(指導者)も変わることがある。
この意味において、連続出場や連続受賞にはどうしても胡散臭さが漂ってしまう。実際に不正があるかどうかは別にしても嫌疑をかけられやすい。

また、機械的な評価で変わらずに高得点を取り続ける芸術作品に、人の心を大きく動かす芸術的価値があるかと言ったら、それも結構微妙ではないかと思う。
この意味からしても、連続出場や連続入賞(高評価)は芸術そのものの大きな価値を落としかねない。
吹奏楽連盟は「できるだけ多くの人に全国大会を経験して欲しい」という理由から全日本吹奏楽コンクールへの連続出場に関する規定を設けていた。

過去に「3年間連続して全国大会に出場した団体は、その翌年は地区大会、県大会や支部大会といった下位大会も含め、吹奏楽コンクールに参加することができない。」という制度(通称「三出制度」もしくは「三出休み」)が存在した。←2013年大会から廃止

・1956~1969年大会 「全国大会で3年連続1位の団体」を翌年の全国大会に招待して演奏させる
・1970~1995年大会 「全国大会で5年連続金賞の団体」を翌年の全国大会に招待して演奏させる
・1994年~ 「全国大会で3年連続金賞の団体」は翌年の大会に参加できない
・1999年~「全国大会に3年連続して出場した団体」は翌年の大会に参加できない

『涙はロンド』の大木先生が、5年連続金賞受賞しての招待演奏を目指していたのに、3年連続受賞で異動を命じられたということであったが、1970~1995年大会の連続規定に該当した時期である。

2度と出られなくなるわけではなく、1年でも開ければよいわけであるし、他の大会での招待演奏や推薦などが提供されていたが、それでもこの規定は不評だったそうで、2013年に廃止になったようだ。
社会人ならともかく、中学高校生となると、3年のうちの1年は大きいということなんだろう。

但し、全国大会の規定は廃止されても、県単位での吹奏楽コンクール実施規定の中で独自の規定が活きているところもあるようだ。
例えば「埼玉県吹奏楽コンクール実施規定」より。
全国大会へ3年連続出場した団体は、該当団体の意志により、県大会に於いて審査を受けるか、招待演奏をするかを選ぶことができる。ただし、審査を受ける場合は賞は与えるが県代表には選出しない。



宗教施設

1977~2011年までの34年間、全日本吹奏楽コンクールの中・高校生部門が開催されていた普門館。
上に書いた通り、全日本吹奏楽コンクールの主催は朝日新聞社と全日本吹奏楽連盟である。
そしてこれも前述したとおり、普門館は立正佼成会という一宗教団体の多目的ホールだった。

普門館が箔を付け、有名になって、吹奏楽関係者の憧れの地になりえたのは、間違いなくカラヤン&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の公演のおかげだろうと思う。

しかも、日本の、それも全国の中高校生及びその関係者の憧れの地にするためには、音響がどうこうということよりも、とにかく大きな会場であることが望ましかったはずだ。音楽に然程詳しくない人が声や音の大きさを以て凄いだとか上手だと思ってしまうように、会場の大きさはそれだけである種のステータスを獲得する。

だが、そこが宗教施設だということをよく知っていて、且つ、吹奏楽になんてまるで興味のない近隣住民が、普門館に集い大騒ぎしている様子を見たら、はたしてどう思うだろうか。
信者たちが集って馬鹿騒ぎしていると思っても何ら不思議はない。
この場合、イメージダウンとなるのは宗教団体である。
宗教の、特に日本における宗教の特異性というか特殊性と相まって、マイナスイメージに振られやすい。
だから余計に、宗教とは関係ない部外者でありながら、そこを使わせてもらう者は、周囲に気を配る必要がある。「付近で騒がないこと」と厳しく言われていたのならば、それはもう絶対に守らなければいけないことだろう。

吹奏楽コンクールには演奏時間の規定がある。課題曲と自由曲合わせて12分以内に演奏を終了しなければならない。12分を超過した場合は審査はされず失格となる。
この12分という制約が厳しく、失格となる団体が全国大会でもある。

野球は「筋書きのないドラマ」と形容されることもあるが、何が起こるか分からない野球には延長戦がある。
でも吹奏楽には楽譜というものがある。楽曲ごとに基本的なテンポは決められており、それに基づいて練習を重ね、本番でも指揮者が付いており、全国大会に出場してくるくらいなのだから、それほど厳しい制約でもないような気がする。
ともかくその制約には、だらだらと際限なくホールを延長利用することはご遠慮願いたいという思惑があるのかもしれない。
「12分を超えれば失格」というルールと同じで、「外で騒いだら失格」くらいのペナルティを与えてもよかったのかも。

<余談だけど>
この間、何気に還暦野球を見ていたら、「時間になりましたので6回裏で試合終了となります」とアナウンスしていた。次の試合チームが集まってスタンバっていたから、予定時間内に規定回が収まらなかったっぽい感じだった。還暦野球ルールなのか、大会ルールなのかよく分からないけれど、野球でも時間制限がある試合もあるのだなぁと思った。


営利か非営利か

宗教法人は非営利団体である。
非営利で、公益だからこそ、税制優遇措置を受けている。
よってどんなに高額で素晴らしいホールを建設したところで、ホール使用料をたっぷり戴いて儲けるということは出来ないはず。

宗教法人
宗教者と信者でつくる、法人格を取得した宗教団体の事である。
持分が全くなく、営利(剰余金配当、残余財産分配を出すこと)を目的としない非営利団体(収支相償)で、文部科学大臣もしくは知事が所轄庁である広義の公益法人の一つ。
また、境内地などは公共施設でもあり、さらには社会的慣習、儀式及び祭礼行事を始めとして、口承による伝統及び表現や庭園、建築物、芸能、自然及び万物に関する知識及び慣習、伝統工芸技術などの分野においてユネスコの無形文化遺産や世界遺産、文化遺産などへ該当したり、加えて日本国の文化財保護法に示される数々の文化財や、その上に経済産業大臣指定伝統的工芸品等も数多く承継したり、宗教法人法18条では法規に反しない範囲で宗教上の規約、規律、慣習及び伝統を十分に考慮するよう求められている団体でもある。税法上の扱いは公益法人等。

公益法人の「収支相償」について
公益法人が利益を内部に溜めずに、公益目的事業に充てるべき財源を最大限活用して、無償・格安でサービスを提供し、受益者を広げようとするもの。公益法人が受けている税制優遇の重要な基礎となっています。



裏が取れているわけではないが、一説によれば、普門館は無料で貸し出していたという話である。
一般的に、公演を行う主催者は、観客から代金を取るし、物販なども行ったりする。会場での物販の売上は、売上の何%かを会場主に手数料として支払わなければならないことが多いが、会場主が宗教団体だとそれも微妙そうだ。
主催者はチケットや物販売上代金から、ホール・設備使用料や演奏者への対価を支払う。
ホール・設備使用料や演奏者への対価が高く、売上が少なければ赤字公演となる。
それを考えたら、ホール・設備使用料が無料なのは非常に魅力的である。かなりの節約になる。
しかも全日本吹奏楽コンクールの場合、演奏者への対価を支払う必要もない。
むしろ演奏者側が主催者側に大会参加費を支払うシステムになっている。(予選ではホール利用料が掛かってくるであろうけど)
だけど開催費用がほとんど必要ない全国大会も観覧チケットはしっかり販売されている。あっ審査員の御手当ては必要かな。
普門館には利用料ではなくお礼の品がたっぷり贈られていたのかは知らないが。




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無料ブログのため広告が上部及び下部に強制表示されてしまいますが、内容など一切関知しておりません。個人の広告収入などもありません。(yumimi61)
by yumimi61 | 2019-08-27 14:16

コンフリクト

我を忘れる

しばらく遠ざかっていた『涙はロンド』の話です。
この本の構成は、以前も書いた通り、第一部が出版するにあたって書いた部分。9~29ページの20ページ。
第二部の「すべてに王道なし」は、1979年(2回目の金賞を受賞した年)に群馬大学教育学部の音楽専攻の学生に対して行った講演の記録になっている。29~75ページの46ページ。
第三部は定期演奏会の生徒の原稿。
第四部は生徒の手紙。

第一部の最後の章はこれです。
夕闇の胴上げ 全国大会三連覇 

 「やめなさい!ダメだ、やめろ!」私の大声の制止が全然生徒達の耳に届かない。
 いつもなら私の目つき、顔色だけでその感情のすべてを察し、素早く判断して行くこの生徒達に、私の声が聞こえない筈がない。完全に無視している。
 昨日の打ち合わせ会で「会場周辺での胴上げや嬌声は慎むこと」と強く言われていたので、必死で逃げ回ったのだが、OBも加わった厚い興奮の輪が、私を追いかけ、足を捕まえ、手を握り、肩を押さえつけ、ついには身体は完全に宙を舞ってしまった。涙が溢れ出て、普門館の丸い屋根が夕闇の中に大きく揺れ、かすんで見えた。見渡すと胴上げを囲む、女子部員と父兄の輪が。これも涙の中で痛いほど大きな拍手を送っている。
 宙に舞いながら、私は感謝の気持ちで一杯だった。叱って叱って叱り抜いた練習の日々。口汚く罵り、厳しい規律で縛り付けた部活動。どんなにか辛くて長い毎日だったろう。
 時には、五、六時間休みなしの練習、わずか一小節が吹けなくて何度も罵声を浴びながらじっと耐えた子。鼻水と涙が一緒になって、それでも楽器を口から離さなかった子。大太鼓の陰で泣いていて「顔を見せろ!泣いてうまくなれるのなら、もっと泣け!」と余計に叱りつけられた子。多感な年代の子供達に気違いになってわめきちらしたこの男に、今、生徒達はすがりついている。泣いている。



普段は怖い怖い顧問の顔色を窺って行動するような生徒たちが、全国大会3連覇した時には、その顧問の言い付けを平然と無視したという。
顧問の注意の言葉が顧問の本音ではないことを十分に察し、言い付けに従わなくても許されると分かっているから無視できたのであろう。
顧問の価値が金賞にあるということを嫌というくらい知っていて、それに応えたのだから私達には何でもする自由があると思っているから出来る。
だとしたら周囲の大人、つまり保護者やOBが冷静になって、禁止事項くらい制するべきだろうが、一緒になってやっている。
そこにいる全ての人の価値がコンクール金賞にあるからだ。
金賞をとった自分達は特別だと思うから、他のことがないがしろになる。

この3連覇は1980年のこと。中・高校生の全日本吹奏楽コンクールが普門館に固定されて4年目にあたるが、短いながらも大騒ぎした様子が記されている。
普門館での全国大会の際には、必ず「うるさい」という苦情が近隣住民から寄せられていたそうだ。マナーは年々悪くなっているという評判であったが、中高層住居専用地域にある普門館の近隣住民は何十年もこの狂乱に付き合ってきたわけだ。

「やめなさい!ダメだ、やめろ!」私の大声の制止が届かない。
興奮の輪が、私を追いかけ、足を捕まえ、手を握り、肩を押さえつけ、ついには身体は完全に・・・
涙が溢れ出て・・・かすんで見えた。


胴上げだから良いけれど、これがもし誘拐の場面だとか、輪姦の場面だとしたら、どうですか?
やってはいけないこと、行うべきでないことをするという意味では、同じではないでしょうか。
集団心理の怖さというか、欲望を貪欲に追い求める恐ろしさというか。
これが許されてしまうと、違う場面でも、やめてとかダメとかいう言葉は本音ではない、と思われてしまう恐れがある。


誰のために生きるのか、何のために生きるのか

あとがき

 生徒達ときっぱり別れる積もりで、その思い出の集大成として、この本を書き始めたのに、今、こうして書き終えてみると、どうしたことか、むしろ、彼らのもとに戻りたいという思いが一層大きくなっている自分に驚いています。
 それにしても、日が経つにつれて、生徒への思いが次第に募ってくるというのはどうしてなのでしょう。
 書き綴る一節一句の中に、彼らの泣き顔が浮かんでは消え、消えては現われ、遅い筆を更に遅くさせてしまいました。
 両手を広げても、とても抱えきれそうもないほどいっぱいの思い出は、不思議なことに、それがもうずうっと遠い昔の出来事のように思えてしまったり、また、昨日の事のように鮮やかに登場したりして、私の身体の中を駆け巡りました。
 そして、あの時なぜ「死んでも彼らと離れたくない」と言い張らなかったのか、なぜ「絶対、絶対、絶対嫌です」と、もっと頑張らなかったのか、「意気地なし!」と私を責めつける、もうひとりの私の叱咤に沈み込む毎日でした。
 私はこの一年、生徒と離れてみて、やっとわかりました。生徒を失ってみて、初めて気がつきました。やはり、私は生徒と離れていては、とても生きて行けそうもないんだと。
 しかし今ごろ気がつくなんて愚かなことです。生徒達を諦める積もりでこの本を書き始めたのに、本当にどうしたことでしょう。
 往生際の悪い男です。


(夜も遅くなってしまったので続きは明日になります)






by yumimi61 | 2019-08-26 18:32

ナツオワ

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なぜだろう。夏休みがある子供でもないのに、夏の終わりはなんとなく寂しい。


’あつ’ってあるときは、うっとうしいけど、いざなくなると、じぶんがじぶんでなくなっちゃうみたいな、、、かんじ。

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♻ 暑い日のお留守番には、500mlのペットボトルを凍らせて、それを中に入れて置いてあげていました。写真のは中に何も入っていない状態だから、ペシャンコになってます。一応中に入れるクッションもあるんですけどね。

🐶 以前にチワワが目をウルウルさせるCMがブレイクしたことがあったと思いますが、最近ロンちゃん(上の写真の犬)の涙が多くて、ウルウルどころか溢れ気味。少し「涙やけ」も起こしている。

😿 17歳の犬のロンちゃんは、人間で言えば84歳。最近めっきりおしっこが我慢できなくなったみたいなのです。
うちは老犬が2頭いるので、長時間お留守番させる時はペットシーツをそれこそ何枚も使って、かなり大きめなトイレスペースを作って出掛けます。ケージは開けておき、ケージとトイレスペースを大きく囲むような形でフェンスを立てていくので、設置がそれなりに手間なわけなのです。
だから1時間か2時間くらいの外出の時には、ついつい「これくらいの時間ならば大丈夫だろうなぁ」と思ってケージに入れて閉めていっちゃうのです。
だけど帰ってきたら、ロンちゃんのお尻辺りが濡れていたことがありました。我慢できずにケージの中でしちゃったみたいで・・・。そんなに我慢できなかったんだね。うぅ、ごめんね、

💨 お留守番の時じゃなくてもね、トイレまでたどり着くのが間に合わなかったのか、それとも少しボケてきているのか、トイレ(ペットシーツ)ではない床におしっこがしてある時があるのね。
ペットシーツのちょって手前(半分シーツが吸い込んでいるけど、半分は床に漏れているみたいな感じ)でしちゃうことは少し前から結構あるけれど、最近は掠りもしない「なんでここしたのか・・」というような場所に水たまりが出来ていることがあるのです。

🏰 東京ディズニーランドにはペットを預かってくれる「ペットクラブ」があったのだけれど、2018年3月31日をもって閉鎖したのだそう。
うちの犬たちも若い時にお世話になったことがありました。
普段はすごく食欲旺盛なのに、TDLのペットクラブが出してくれるペットフードも食べず、万が一のことを考えて持参したペットフード(カリカリ)も食べなかったみたい。
そして帰り道の途中の車の中でそわそわしだしたロンちゃん。私は喉が渇いたのかもしれないと思い、コンビニに立ち寄り水を買って飲ませたのだけれど、ほとんど飲まない。
家に帰った途端、トイレ(ペットシーツ)にまっしぐら。かなり長い時間ジョ~~~とおしっこをしたのです。
おしっこをずーっと我慢してそわそわしていたのかぁ。うう、ごめんね、ロンちゃん。まああの当時はそれだけ長時間おしっこを我慢できたということですよ。

🐩 以前は犬のトリミングも動物病院のトリマーさんにお願いしていたのだけれど、動物病院がお引越しして大きくなってからはトリミングも予約がなかなか取りにくくなったので、思い立ったらわりとすぐに受けてもらえたペットショップにお願いするようになりました。しかしそこもだんだん予約が取りづらく何か月も先になることも。
しかもそこ、最初は動物病院よりかなりトリミング料金が安く、一時に2頭お願いする私は助かっていたのだけれど、直に大幅値上げと相成りました。
そして先月連れて行った時にも、「来月からトリミング料金が上がります」のお知らせがありました。
さらに、高齢犬の場合の注意、たとえば状態が急変することがあるとか、状態によってはオーダーが完了しない時もあるとか、連絡が取れない場合にはこちらの判断で動物病院に連れていくとか、万が一の時の責任は一切取れませんなどといったことが書かれた説明書(契約書)にサインを求められ、してきました。
トリミングのお客様(犬)も高齢化が進んでいるということなのかなぁと、ちょっとしみじみしてしまった。

📱💻📺 そういえば、秋から消費税が上がるんですよね?
携帯電話とパソコンをそろそろ買い換えなければならないような気がしているけれど、未だしていない私。
先日、テレビを観ていたら、画面がフリーズしたのです。最初は一瞬だったのだけれど、それが何回か続いたものだから、これはもう完璧に放送事故だと思ったわけですよ。でもあまり長く続いたものだから、さすがにおかしいなぁと思って、試しに違うチャンネル(放送局)にしてみたら、なんとその局でも放送事故!フリーズ!・・・ということは・・こ・の・テ・レ・ビ・が・・・・(フリーズ)

🍎 ネットでどうしたらよいか調べたら、とりあえず本体の電源を切ってみましょう、ということでした。そうかぁ、PCと同じなのね。
早速そうしてみると、確かにちょっと回復。
もっと念入りなのは、コンセントを抜いて5分間待つ、というものだったので、コンセントを抜いて1時間くらい放置。
以後はまだフリーズ現象は起きていないのですが、消費税が上がった頃にテレビが壊れるということはないのかしら。

📨 先日次男宛に封書の郵便物が届いたのです。
封筒には「『5年後の自分への手紙』在中」という紙が貼ってありました。
"「先輩からのアドバイス」は諸事情により今年度から中止させていただきます。同封の講師依頼につきましては、お手数ですが破棄願います。" とも書いてあります。
自分への手紙ということは、差出人も次男になっているのかと思いきや、高校名にキャリア教育部と書いてある。宛先と同じ筆跡だから次男が書いたものだけれど。
私は高校でこういうのをやっていたとは露知らず。
次男は今家にいないけれど、自分宛になっているから、やっぱりこれは開封すべきではないですよね?
送ってあげるべき?(本人に訊けばいいじゃないか?)
5年前の自分からの手紙、読みたいのかなぁ・・どうなんだろう・・。
10年20年30年前ということならば、書いたことも書いた内容も忘れてた!ということもありそうだけれど、学生の5年前なんてまだ覚えていそうじゃないですか。だとしたら、こそばゆいというか、気恥ずかしというか、そんな感じしませんか?
10代から20代への手紙?子供から大人への手紙?進路の岐路に立っていた自分から再び進路の岐路に立っている自分への手紙?それとも進路の岐路に立っていた自分から進路が決まったであろう自分への手紙?

🌽🍉 実家に帰った時に防災無線で「どこそこでクマの目撃情報がありましたので、お近くにいる方や近隣にお住まいの方はご注意ください」みたいな注意喚起がなされているのを聞いたことがある。
最近のクマはトウモロコシとかスイカが大好きらしいからね。

🏮 私の母の実家の裏庭(裏山)には防空壕があったんだとか。
私がそれを知ったのはなんと去年のお盆のこと。伯父さんから聞いたんだけど、全然知らなかったー。子供の頃、母の実家に行くと、裏庭(裏山)でよく遊んでいたのに。
防空壕は夏は涼しく、冬は暖かいので、戦後は貯蔵庫として使っていたんだって。
母も伯父も年齢的に防空壕として使っていた記憶はないそうだけど、貯蔵庫として使っていたのは知っていたとか。

🐎 戦時中、赤城山のふもとには、戦車も隠して置いてあったらしい。

🌋 群馬県内の小学校の運動会では昔から、学年クラス関係ない縦割りで団編成されることが多い。その団で鉢巻などが色分けされて、順位を競うのである。
団は「赤城団」「榛名団」「妙義団」という山の名称にちなんだ3団に分けるのが定番中の定番。4団に分ける時には「浅間団」や「白根団」が加わる。
そして何故か子供達には「赤城団」が強いというイメージが根強くあり、赤城団に振り分けられると、「よっしゃ~」みたいにそれだけで喜ぶという(笑)。
あれはなんなんでしょうね、やっぱり赤に闘争感を感じるのでしょうかね。

🐰 近年では、全国放送やインターネットなどにおいて、春に子供の運動会が催されることが話題になっていることがよくありますが、群馬の幼稚園・保育園、小中学校は、未だ秋に開催されることが多く、春では全然ピンとこない。運動会は秋というイメージが俄然強しです。
夏休みが終わると即効練習が始まるんですよね。夏休みボケした子供達にはすぐに勉強よりちょうど良いのかもと思ったり。

🚀 でも近年は、授業時間を確保するために、夏休み期間を1週間~10日くらい短縮するという学校は群馬県内の公立小中学校においても増えてきているみたい。
今年はGWも多く休んだから余計にそうなのかなぁ?
(寒冷地では昔から北海道や東北と同じで、2週間くらいだったかなぁ、2学期が始まるのが早かったけれど)
息子達が小中学校の時でさえすでに、「どこそこの学校はもう夏休み終わりらしいよ~」なんてことが話題になっていた。

🕙🕐 夏休みと言えば、学校のプール解放がありますよね。夏休み中だからプールに行くかどうかは自由だけど、プールカードにスタンプを貯めるのや友達に会えるのを楽しみにしていた子供もいましたね。
でも最近はこれも縮小傾向にあるとか。
暑すぎて入れない日が少なくないとか学校までの往復が大変だとか、保護者のプール当番が面倒だとか、素人の監視員(保護者)は不安だし事故が怖いとか、変質者が出やすいとか、季節関係なく入れる温水プールが身近だから夏のプール自体の価値が下がっているとか、そんなに日焼けさせたくないとか塩素が身体に良くないとか、まあいろいろ理由はあるみたいですけれど。

🌛 私の中学時代は、女子と男子の保健体育の授業は別々に行われることが結構あった。水泳の授業も基本的には別々に行われた。
そのせいなのか何なのか、生理中という理由で水泳の授業を休むことが許されなかった。保健体育の女性教諭は「水圧で血が流れ出ることはないから大丈夫」とか言っていて、当時の女子たちも凄いこと言うなぁと思っていた。
今ならば問題になりそうな感じだけど。
でも生理を理由に欠席したがる女子が多いからというのもあったみたい。プールは季節もので、直に夏休みに入ってしまい、夏休み明けは運動会の練習になってしまうので、入れるチャンスがあまりなく、欠席すると水泳授業への取り組み評価が出来ない(水泳検定で結果が出せなかったり、検定に休んでしまうと、自動的に水泳の評定は悪くなってしまう)という事情もあったそう。
「あなた、この間も生理で休んだでしょ、1ヶ月にいったい何回(何日)生理があるのよ!」
だけどさすがに先生も本当に生理かどうか確かめるわけにはいかない。
生徒と先生の悪知恵比べ。
「先生~、わたし生理不順なんです。生理痛も酷いし」

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⚾ 野球部の男子は、放課後に練習試合がある日(主に土曜日、当時はまだ土曜日は半日学校があったのよ)などには、肩を冷やすからと言って水泳の授業を休むことが(男性教諭から)認められていた。
「なにそれ、差別~」と女子のひんしゅくを買っていた。当時から野球部の特別感は半端なかった。

🏊‍♀️ 私は小学生の時はプールも川も海も好きだった。泳ぐのは嫌いではなかったから、中学生になっても水泳の授業をずる休みするようなことはなかった。
でも思春期の頃って泳ぎも然ることながら、その周辺にもいろいろあるわけで。体型とか、ムダ毛とか、教室あるいは更衣室での着替えの煩わしさとか、濡れた髪の毛のこととか。若くても若いなりにやっぱりいろいろ面倒くさいし大変だったりする。
だから高校にプールがないことは喜んだ。私だけでなく高校にプールとマラソン大会がないことは女子高生には概ね好評だった。

🌊 海のない県に生まれ育ったせいか、私は海に入ったあとの砂のジャリジャリ感がとっても苦手である。子供の時はそれでも海で遊んだり泳ぐ魅力には勝てず海にも行ったが、大人になってからは海水浴に行きたいとは全く思わない派である。

🚏 保育園の先生をやっている知り合いによれば、やっぱりネグレスト(育児放棄・育児怠慢)なケースもあるのだとか。中にはお風呂に入れてもらえてないんだろうなぁという子供もいるので、園のプールの時間にシャワーでワシャワシャ洗ってあげると言っていた。

📊 小学校の時、夏休みの自由研究で、CMの種類を調べるという調査をした男子がいた。
当時は自分がした自由研究をクラスで発表していた。
発表の中でだったか、休み時間とかだったか忘れだけれど、生理用品を何に分類したのか私達女子は追及した。薬品に分類したって言っていたっけ。

🚚🚙🚑 私は小学生低学年の時に国道を走る自動車(の数だったか種類だったか色だったか詳細は忘れた)を調べたことがあった。

💮 小学の夏休みの宿題と言えば、夏休みドリル、絵(ポスター)、読書感想文、絵日記や朝顔などの観察日記、工作(発明展への出品を兼ねる場合もあり)、作文、自由研究といった感じかしら。
今は自由研究と工作が一緒になっているみたいな感じなのかしら?よく分からないけど。
私は息子達が夏休みの宿題に自由研究や工作をしたという記憶がまるでない。だからもちろん手伝ったという記憶もない。
息子達が取り組んでいたという記憶があるのは絵(ポスター)と読書感想文くらい。
作品を作って提出するような宿題はみなバックにどこか主催のコンクールが付いていて、その一覧がプリントに記載されており、その中から自分の好きなものを2つくらい選んで、規定に則って作った上で作品名や氏名や学校名などを書いた紙を貼り付けて提出するのではなかったかなぁというような気もするけれど、違うかな。
提出された作品は学校経由で各コンクールに出品されるか、学校代表を選んでコンクールに出品されるような感じだったと思うけれど、その記憶も怪しいのでホント良く分からない。
でも、コンクールに出品されたとか受賞したとかの表彰歴になるので保護者もついつい熱が入ってしまうのでは、というような気がする。’ゆとり教育’と言った時代もあったとはいえ、学校はやっぱり競争社会を反映するから。学校だって自分の学校の生徒が何かのコンクールで入賞すれば鼻が高いのだろうし、保護者や子供も学校の評価よりも外部評価による賞のほうが箔が付くと思っていそうだから、持ちつ持たれつと言うかなんというか。

💹 中学生や高校生の夏休みの宿題(作品ではなくて勉強系)を大学生などが代行してあげるアルバイトがあるという話は聞いたことがある。

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by yumimi61 | 2019-08-25 11:21

コンパレータ

扇風機のエコー

扇風機 乃木坂46 作曲:角野寿和 作詞︰秋元康

心がざわざわしてる
最近ちょっとね
好きな人できたから
なぜだか扇風機に向かって
あああって言いたくなる
あああああ…








昔は誰に教わるともなく、子供達はみな、この扇風機前での発声をやっていましたね。あ゛~
扇風機前の発声で聴こえる音にも反射音(反響音)が含まれています。
扇風機にかなり近づいて、クルクルと回っているプロペラに向かって声を出すので、その声(音)がプロペラの羽根にぶつかって、跳ね返ります。非常に近いところで跳ね返ってきます。また幾つかの羽根があって、それが回転しているので、ぶつかった音が拡散されやすい。
その反響した音が聴こえるのです。これは空気を伝わってくる音です。
でもそれだけではないのです。
人間が自分で発する声は、声帯から直接自分の身体を伝っても耳に届いています。これを骨導音と言います。

骨伝導は、空気を伝って鼓膜(中耳)を振動させ聴覚神経(内耳)に伝わる(気導音)に対して、声帯などの振動が頭蓋骨を伝わり直接聴覚神経に伝わる(骨導音)ものである。この骨伝導は意図的に起こさずとも日常で常に起こっており、例えば自分が聞く自分の声は気導音と骨導音が合わさったものである。録音した自分の声を初めて聞くと強い違和感を覚えるのは、録音機器のマイクは空気伝導によって伝わる音のみを録音するからである。

上記のように骨導音は、振動する物体を頭部や頸部(乳様突起が用いられることが多い)に接触させることで音の一部が外耳・中耳を介さずに直接内耳に到達する。これを利用し、外耳・中耳に障害のあるタイプの伝音性難聴用の補聴器へ活用されている。

外部の騒音に妨害されずに音を聞き取ることが出来たり、逆に骨伝導で音を聞きながら耳から入ってくる音も聞くことも出来るため、空気伝導を利用した音響機器と異なり耳を開放しておくことが出来る。そのため、耳を開放しておかなければ危険な状況で働く人(消防士や兵士など)の通信機器に利用されている。さらに長時間空気伝導を利用した音響機器を使用すると、疲労や聴覚の機能を低下させる可能性があるが、骨伝導ならばその可能性が少ないとされる。

この利点を生かしたスピーカーやヘッドフォンが発売されており、ジョギングやマラソン、アウトドアの愛好者が使用する例も増えている。また、携帯電話でこの骨伝導スピーカーを搭載した機種が発売された事もある。そのほか、骨伝導ヘッドフォン内蔵のヘルメットやサングラスなど、その形状も多様化している。


外部の騒音に妨害されずに音を聞き取ることが出来るとありますが、自分でそれを確かめるには、自分の耳の中に指を入れて両耳を塞ぎ、外部の音をシャットダウンした後に、あ~と声を出してみてください。外部の音は聞こえてこなくても自分の声はちゃんと聞こえます。これが骨導音です。

音の伝わりやすさと弱まりにくさは、固体>液体>気体の順番になります。
あと空気中では気温が高い方が若干(1℃上昇するごとに0.6秒)伝わり方が早くなります。
前記事に音は1秒で340m進むと書きましたが、これは1気圧・気温15℃の時。
気温が0℃で331m、15℃の時に340m、25℃になれば346m、35℃になれば352mとなります。
扇風機を使うくらいだから暑い日だと思うので、寒い時より少し響きがよくなるでしょう。

声を出している本人は、骨導音と、すぐ近くの反射板(扇風機のプロペラの羽根)で跳ね返された音(気導音)、その両方の音を聴いているので、通常とは違って聞こえます。
もっと厳密に言えば、普通に話をしている時と同じに、扇風機の羽根以外でも跳ね返っている(反響している)音があります。
響きが弱い所で話したり歌っている本人が聴く声は骨導音の比重が大きくなりますが、扇風機前は響きが良い。

 あ~と発声している本人・・・骨導音+気導音(反射音・反響音)
 聞いている人・・・気導音(直接音・反射音・反響音)

さらに骨導音や直接音と反射音・反響音の音波の山の部分と谷の部分(振動周期)が一致すると、共鳴(共振)が起こって、ゥワ~ンというように響く(音の振幅が大きくなる、音波の高低が大きくなる)。


響かない世界

音が響いたほうが豊かな音楽が奏でられるクラシック。
PAを使ってどんなふうにも響かせることが可能だけど、程々にしておかないと歌詞が不明瞭になるなど弊害もあるロックやポップス。
響くと何を言っているのか分からずに困ってしまうスピーチ。
音が響かないことを嘆いたり、音が響くことを嘆いたり、人間は忙しい。

日常生活ではお風呂場でくらいしか、音が響いていると改めて感じることはないけれど、私たちの周りに物が存在する限り、多かれ少なかれ音は反射し響いている。

では響かない世界は存在するか。響かない世界は存在する。空気中を進んで壁に伝わった音を反射させないで丸ごと呑み込んでしまう。全て吸音してしまうのである。
人間は響かない世界も造れるのだ。
真空は無響室と違って、空気が存在しないので、そもそも音が壁まで伝わらないということになる。

無響室、それが人間が造った響かない世界である。

無響室(anechoic room)
音の反射をほとんどなくし、室内での音の反響を無視できるほど小さく設計した部屋のことである。
無響室は、自由音場の条件を実現するために、壁、天井、床を高い吸音性に仕上げてある。室外の音響や振動を完全に遮断するとともに、床・天井・壁を厚い吸音体で覆い、室内の反響が生じないようにしてある。
工業製品や家電製品の動作音測定や音響機器開発などに用いられる。残響時間は、ほぼ0になる。そのため、周囲の音の反射具合に影響されずに、被測定物の発生または検出する音だけを忠実に測定できる。たとえば、スピーカーの周波数特性、マイクロホンの指向性などを測定するために使用する。

残響が非常に少ないため、聴覚的には壁・床・天井などあらゆる物体が自分の周囲にない状態と同じになる。そのため、無響室にこもり室内の照明を消すと、独特の浮遊感を得ることがある。また、会話をしても、発声に費やしたエネルギーの多くがすぐに当該室内の内面に吸収される。


私はソニーの無響室に入ったことがあり、前にもちょっとだけ書いたこともある。
かつて一度、「無響室」というところに入れてもらったことがあります。
オーディオ製品の実験に使用していた部屋でした。
その名の通り、音がまったく響かない部屋です。
すべての音が、自分の声さえ、瞬時に消えてしまうような、ちょっと異様な世界でした。
説明してくれた人は、「ここには長時間はいられない。気がおかしくなって危険なんだ」というようなことを言っていました。
随分と前のことですが、今でもよく覚えています。


世界一静かな部屋、マイクロソフトの「無響室」を体感する
2018.04.01 Sun posted at 18:14 JST
 より

(CNN) しばらくの間じっと立っていると、自分の心臓の鼓動が聞こえてくる。耳鳴りの音が耳をつんざく。動けば骨がきしむ音を立てる。やがて平衡感覚がなくなる。反響音の一切ない環境が、空間認識力を破壊するためだ。

この部屋は、米ワシントン州レドモンドのマイクロソフト本社内にある。外部の音は完全に遮断され、室内で発生する一切の物音を抑える。ここが「無響室」と呼ばれるのは、一切の反響を生じさせないことによる。拍手をしても、不気味なほど音が響かない。

背景音を極端に抑えた環境は、数学上の理論として存在する完全な無音に近い。もう1つ下の段階は、音が伝わらない真空。

ここは世界一静かな場所だ。

無響室を設計したマイクロソフトの研究員ハンドラジ・ゴパル氏は言う。「入室した瞬間から、形容しがたい、奇妙な、独特の感覚を覚える」「ほとんどの人は、無音状態に耳をつんざかれるように感じ、耳が詰まったように感じたり、耳鳴りが聞こえたりする。背景音が極めて小さいため、ほんのかすかな音でもはっきり聞こえる。首を動かせばその動作音が聞こえ、自分の呼吸音が大きく聞こえる」

同氏によると、実世界では耳が継続的に何らかの音にさらされていて、鼓膜には常にある程度の圧力がかかり続ける。しかし無響室に入ると、壁からの音の反射がないために、鼓膜に圧力がかからなくなる。

(マイクロソフトの)無響室の騒音レベルはマイナス20.3デシベル。つまり、人の聴力の限界とされる0デシベルより、20.3デシベル低い。これと比較して、静かな室内で聞こえる静かな呼吸音は10デシベルの大きさになる。

マイクロソフトの無響室は2015年、ギネス・ワールド・レコードで世界一静かな場所に認定された。

それまで世界一だった米ミネソタ州ミネアポリスのオーフィールド・ラボは、マイクロソフトと違って一般に公開されているため、ちょっとした観光スポットになっている。

無響室は主に、さまざまな製品が出す雑音や音響の検査に使われる。マイクロソフトはマイクやヘッドホンといった音響機器の検査や、キーボードやマウスなどのコンピューター機器から出る音を分析するために利用している。

無響室の中で過ごした時間の「世界記録」は存在しない。それでもオーフィールドには、世界記録に挑戦したいという人からの問い合わせが後を絶たないという。

マイクロソフトのゴパル氏によれば、無響室に入った人の最長滞在時間は約55分。「30分ほど中にいられた人も数人はいたが、わずか数秒で出してくれと頼む人もいた」という。







by yumimi61 | 2019-08-23 16:41

コンベンション

 音が1秒間に移動する距離

音が出ると必ず反響音や残響音も生じるものである。
反響音や残響音の時間が短いにせよ長いにせよ、特別に響かない仕様にしない限り、響きが無ということはない。

クラシック音楽、特にオーケストラの場合は、反響音や残響音が比較的長いほうが良い。

身近なところで反響音や残響音が強く長いのは、お風呂場やトンネル、洞窟や鍾乳洞(あまり身近ではないですか?)など。
材質が音を反射させやすいものであり、空間も狭いので、響きやすい。

音波が壁などにぶつかって往復することによって反響や残響は生じる。
空気を伝わってくる音は、1秒間に340m進む。
単純に一方向に進むものとして考えれば、壁から壁までの距離が10メートルだとして、片方の壁際で音を出せば、34回(往復17回)往ったり来たりすることになる。もちろん音の大きさにもよるし、距離が進んだり壁にぶつかれば音はだんだん弱くなっていくので、その全てを人間が聴き取れるわけではないが、それだけの回数を音は移動しうる。
もし壁から壁までの距離が34メートルだとすれば、上と同じ音だったとしても10回(往復5回)しか移動しない。
だから大きな会場ほど響きは弱いし、さらに音源から遠ざかるほど音の大きさも小さくなる。


残響時間と周波数特性

残響時間とは、音源が音を出すのを止めてから、空間の音の平均エネルギー密度が最初の100万の1に下がるまで、音の強さで言えば最初の音の大きさから60dB下がるまでに要する時間のことと定められている。
スピーカーからピンクノイズを発生させて測定したりする。
簡単に言えば、最初の音の大きさが60dBだったならば、それが0dBになるまでの時間である。
従って理論的には、最初の音が60dBよりも小さい音ならば、もっと早くに聴こえなくなっているはずだし、60dB以上の音だったなら、残響時間よりも長く響いている可能性が高い。


残響時間が同じでも高周波音が残響になる場合と、低周波音が残響になる場合では、音の印象はだいぶ変わってくる。周波数によるバラつきがない空間が良いというわけでは決してない。
だから本来は周波数ごとに調べて、最適な音響設計をする必要があるが、この評価自体が難しい。

・クラシック音楽で言えば、低周波音は重厚感を出す。音に厚みを付ける。高周波音はエネルギッシュな力強さを表現する。
ロックでは、低周波音がリズムを担っている。またPA使用時などで大音量を出す際には低周波音の比重が高くなる。

・音の広がりは、低周波音のほうが様々な方向に広がる傾向が強い。高周波音ほど直進しやすい。

・吸音されやすいのは、高周波音のほうで、低周波音は高周波音の15~25%程度しか吸音されない。

・多くのホールは、125Hz以下(日本語会話音域より低い音、低周波音)の方が残響時間が長い。

前記事には低周波音は一般的には聴き取りにくい音だということを書いた(聴き取れなくても振動として感じることはある)。
若く健康で感度の良い耳を持っている人であっても、低周波音は通常の音よりも大きな音でないと聴こえない。
しかし低周波音は楽器ではわりと身近な音でもある。
音に対する感度が悪くなれば(聴力が低下すれば)、それこそ爆音でも出さない限り、この低周波音も聴き取れなくなってくるわけである。


つまり、
低周波音は、残響しやすいが、人間には聴き取りにくい音でもある。

高周波音は、残響しにくいが、聴き取りやすい音である。(但し10000Hz以上は30代以降は聴き取りにくくなる)


このように全く正反対とも言える特徴を持つ音を、例えば「残響時間を延ばす」とか「大きな音を出す」といった1つの対策だけで、調和のとれた心地よい音楽にしようとすることには無理がある。
全体の音量を上げても、正反対の特徴が解消されるわけではない。
全体の残響時間を延ばしても、正反対の特徴が解消されるわけではない。

低音域の楽器が聴こえるようにと音を大きくすれば、低周波音だけがやたら残響している破目に陥る。
もともと聴き取りやすい高音域の楽器が響かせようようと音量を張っていけば、低音域の音を尚更掻き消してしまう。

オーケストラや吹奏楽の生演奏などは、会場特性、演奏者(楽器)の位置、指揮者の判断と指示、演奏者の判断と技量、これらが本当に全てピタリと嵌らないと音響的には素晴らしい音楽にはならないし、素晴らしい音楽だったとしても聴く席によってなお微妙に違いが出ることは避けようがない。
聴力の問題は前回書いたので省略するが、生演奏においても、どうしようもないのが聴力の問題である。


反響すれば良いというわけではないホールや体育館

多目的ホールでは音楽コンサートだけではなくて、講演会や記念式典など多様な用途で使われる。
従って当然にスピーチがメインになる催し物も沢山ある。

学校の体育館も運動以外の用途は、合唱や楽器演奏もあるけれども、負けず劣らずスピーチする機会も多い。
学校以外の体育館は運動競技が主である。ただそれに伴うアナウンスは必須である。
体育館は広いから反響しやすく残響時間が長いという音響関連の記述をわりと結構見かけるが、反響しやすいのは狭い方であり、広い方ではない。
もっとも体育館が広いか狭いかということは、何と比べるかによるけれど。

体育館が反響しやすいとするならば、構造体並びに天井と壁と床の材質が反響しやすい材質だからであろう。窓がありガラスが入っていれば、ガラスも反響しやすい。
但し、予めスピーチやアナウンスを見込んで、また防音などのために、壁などに吸音(音漏れ)対策を施して建造していることもあるので、反響するかしないかは体育館によって違う。対策を施していても経年劣化することもある。
もっとも冷暖房完備ではない体育館は季節を選ばないと、何をするにも問題が生じる。限界というものがある。

競技用の体育館で周囲にぐるりと観客席があり、中央で演奏するような場合には、アリーナ型となり音響的にはあまり良くない。
学校の体育館にはステージが設置されているが、ステージ上に幕だとか窓にカーテンなどが吊るしてあり、それが吸音の役目を果たしてしまうので、それらの物は生合唱や生演奏には向かない。
そのわりにはスピーチやマイクを通した音楽が聴き取りにくいという場合には、おそらくスピーカーの種類や設置・配置場所、個数、音響機器の不足や設定などに問題がある。

話を聞き手に正確に伝えるためには明瞭度の高い音づくりをする必要があり、その場合には反響音や残響音が問題になる。まさにこれが障壁になってしまう。

歌詞のある歌の場合も、反響音や残響音が強いと歌詞が聴き取れないで不快感が増してくる(満足度が減少してしまう)ので、PAを使用して音量が確保されるロックやポップスでは反響音や残響音をある程度抑える必要がある。
歌詞を知っている場合には、脳内で、あるいは声に出して歌い、よく聴き取れなくても自分で補うので、多少不快感は緩和されるかもしれない。(ライブに行く時には予め楽曲を聴きこみ、歌詞を暗記するくらいまでになっておくことを、人は予備練習と言う?←観客の話です)


齟齬

Musicman-net 第78回 大賀典雄氏 ソニー株式会社 相談役  2010年12月18日 より

−−軽井沢大賀ホールは5角形で平行壁面がない作りだそうですね。

大賀:シューボックススタイル(長方形タイプ)にしてしまうと平行壁面ができて音が消し合ったり、増幅されたりして音が悪くなるんです。東京芸術大学に講堂ができたときにオープニングの式典があったんですよ。そのときに学長が話し終わったら誰かがすっと立って「今仰ったことがひと言もわからないんですけど」と言ったんです。私も本当に平行壁面というのはこんなに音を悪くするものかと思って。ウィーンの楽友協会のホールは平行壁面ですが、あれは立地の事情から平行壁面で作らざるを得なかったんです。だから両側に彫像をずっと置いていったわけです。他にも上から大きなシャンデリアをおろしたり、正面はパイプオルガンのパイプで音を反射させているのですが、そういうことができればいいけれど、ただのシューボックススタイルだと音が悪くなるに決まってると。


シューボックススタイルの講堂で、学長が話をしたら音響が悪く、何言っているか分からなかったという話だが、シューボックススタイルは反響しやすいのだから、そんなの当たり前。
オーケストラの音楽とスピーチを一緒に考えてはいけないと思います。

但しシャンデリアなど何か物が何かあったほうが(それが吸音性の低い物ならば)、反響音を拡散させて空間全体に響き渡らせる効果があるのは確か。特に直進性の高い高周波音を散らすことが出来る。

ウィーン楽友協会↓
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軽井沢大賀ホールは2005年4月に開館した。
大賀(1930年1月29日 - 2011年4月23日)は、その時75歳だった。
こう言ってはなんだが、聴力的にはかなり微妙な年齢になっていた。
しかも先に書いたように、ジェット機操縦などもしていた御方である。

中年期に入る頃には、健康を損なうようにもなっていた。
そうでなくても中年期は、身体的にも精神的にも感覚器的にも転回期にあたる。
それに加えて、それまでの激務と不養生がたたり、病気のデパートとまでは言わないが、病気とは随分と親しくなったのではないだろうか。
周囲の心配もあっただろうけれど、救急搬送されたことは10回以上に及んだそうである。
2001年には北京でオーケストラを指揮中に脳梗塞で倒れた。飛行機で日本に運ばれたが一時期は意識不明だった。
残酷かもしれないけれど、大賀ホールを建設する頃には、大賀自身はもう音響を語れるような健康体ではなかった。





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by yumimi61 | 2019-08-22 18:15

コントラバス

音波

音は空気の圧力変動を振動として感じるものである。

●音の周波数・・・単位はHz(ヘルツ)で示される
 1秒間に振動する回数のこと。(音波の周期)
 振動回数が多い方が高周波、少ない方が低周波である。

●音の大きさ・・・単位はdB(デシベル)で示される
 圧力変動の大きさ(音波の高低)

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低周波音と超低周波音

人間の可聴域は100(20)~16000(20000)Hzである。
( )内は若くて健康な感度の良い人の場合。
例え若くて感度が良くても20Hzより低い周波数の音や20000Hzよりも高い音は人間には音としては聴こえないとされる。但し振動としては認識可能(但しそれも振動の大きさや個人差による)。
100~20Hzを低周波音、20Hz以下を超低周波音と呼ぶ。

高音域を聴き取る力は加齢によってどんどん低下するので、30歳を超えれば16000(20000)Hzが小さな音で聴こえるということは稀になってくる。

以前も書いたが、人間の耳の感度の良い周波数は2000~5000Hzである。
これは一般的に、小さな音でも聴こえる周波数、と言い換えることが出来る。(騒音性難聴の場合は4000Hz辺りから低下しだすので、小さな音では聴こえなくなる)

今回はグラフの左端に低周波音を聴きとれる音の大きさを示した。(水色の線)
若く健康で感度の良い耳を持っている人であっても、低周波音は通常の音よりも大きな音でないと聴こえない。
しかし低周波音は楽器ではわりと身近な音でもある。
音に対する感度が悪くなれば(聴力が低下すれば)、それこそ爆音でも出さない限り、この低周波音も聴き取れなくなってくるわけである。

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低周波音
一般に周波数100 Hz以下の音を指す。したがって、ヒトの聴覚では感知できないような低い周波数の音も含まれるが、そのような音でも振動などとして感知できる場合がある。
多くの楽器において基音が含まれる周波数帯域であり、音楽において重要な音域である。
電気的な音楽再生においては、この帯域をより正確に容易に再生するべくサブウーファーなどの導入が試みられる場合がある。

※この場合の基音(Fundamental tone)とは、楽器が出す最も低い周波数の音。fo と表記される。

サブウーファー(英語: Subwoofer)
概ね 100 Hz 以下の超低音域のみを担当して再生するスピーカーである。主たるスピーカーシステムとは別体である場合が多いが、一体となっている場合もある。

PAなどの設備音響においては、ロックミュージックの商業化により、PAシステムに対して可搬性と低域の再生レンジ拡大の相反する仕様が求められた結果、1980年代にはそれまでの帯域ごとにブロック化されたスピーカーユニットを積み上げる方式から、2~3ウェイのユニットをワンボックスに収納し、必要に応じて低域を増強するためのサブウーファーを別ボックスで組み合わせるスタイルが出現した。これにより、低域の再生限界への対応とPAシステムの可搬化、セットアップの時間短縮が可能になり、今日における標準的なシステムとなっている。



低周波音の影響

2000年頃から低周波騒音への苦情は増加しているという。
今後の課題としては、国はどう世界各国に合わせた「低周波騒音の規定値」を早期に定めるかが必須課題であり、現在多くの民事で訴訟が発生していることも事実である。

低周波音の影響は、住宅などの建物や建具のがたつきとして現れたり、人体への種々の影響としても現れる。頭痛、イライラ、不眠、肩こり、耳鳴り、吐き気、食欲不振などの不定愁訴。何とも言えない不快感や圧迫感として感じることもある。

よくあるのは工場のボイラー音や施設などの大型室外機音。港の近くならば船のエンジン音。
近年新たに風力発電も問題になっている。
身近なもので言えば、冷蔵庫の運転音、エアコンの室外機から出る音、扇風機の動作音、換気扇の回る音、家庭用コージェネレーション(エコキュートやエネファームなどエコ給湯器)のヒートポンプの音、車のアイドリングなどが挙げられる。

私も睡眠不足や体調が少し悪い時、アイスコーヒーを飲み過ぎた時(笑)などには、エアコンの低周波音が気になる。
一般住宅や節約している建物の場合、全体にエアコンが効くわけではなく部屋単位なので、エアコンを付けたら部屋を閉め切る。そうすると余計に部屋の空気が重くなったように感じて、何とも言えない不快感や圧迫感やらを感じることがあるのだ。低い音とともに部屋の空気というか壁が微妙に振動しているような感じを受ける。
またエアコンの使用で耳から喉の調子が悪くなる時もある。山のほうへドライブした時とかトンネルの中に入った時、飛行機に乗った時などに耳が痛いというか、こもるというか、ぼうっとして聞こえにくいような感じになることは、誰でも一度くらい経験したことがあると思う。あれは気圧差(圧力差)によるもの。あれよりは軽い変調だけど長引くみたいな感じで起こるが、やっぱり部屋や車の内外の気圧差が影響しているのだろうか。

学校から漏れ聞こえてくる楽器の音、これは低周波音だけでなく、いろいろな周波の音が混ざっているので、「楽器の音がうるさい」と言うことはあっても「低周波音がうるさい」とは言わないかもしれないが、かなり低い音が出る楽器があり、それを響かせるには中高音域の楽器よりも音の大きさは大きくなりがちなので、聞く人が聞けばズドーンと身体に響くような不快な音になりかねない。


音のデジタル化

アナログ的に音波を表せば、すべてが繋がれて描かれる。
音波の高低や回数は違っても途切れることはない。連続している。レコードはこちら。
デジタルの場合は、それがとびとびな値で表現される。何故かというサンプルの値(標本値)を繋げるからである。CDはこちら。
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CD(Compact Disc)はデジタル情報を記録するもので、いろいろなメーカーが開発競争にしのぎを削っていたが、ソニーとオランダの電機メーカーのフィリップスが共同開発し商品化した。
1978年、フィリップスに声を掛けられて、これを進めたのが当時ソニー副社長兼CBS・ソニーの社長であった大賀だった。
最初のCDプレーヤーが発売されたのは1982年のこと。

大賀は東京芸術大学出身の声楽家であった。
同大学在学中に東京通信工業(のちのソニー)のテープレコーダーの音質にクレームをつけたのがきっかけで同社嘱託となる。井深大とは、大学進学前に東京通信工業の出資者のひとりから紹介されて顔見知りであり、同社が国産初の磁気録音機を芸大に売り込んだ際に協力していた。
東京芸術大学の音楽学部を卒業後、同大学の専攻科を修了し、東京通信工業の嘱託として給料をもらいながら、ドイツに留学した。ミュンヘン国立高等音楽大学にて学んだのち、田中路子の勧めでベルリン国立芸術大学に移り、同大学の音楽学部を卒業した。このころ田中路子の紹介で、ベルリン・フィルハーモニーの新指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンと知り合う。

生音にこだわるクラシック音楽家がデジタル化に積極的だったというのは少々意外な気がするが、マスターテープからレコード化する時にはどうしても物理的な劣化が生じ、再生するにあたってもノイズが乗る。デジタルは劣化しないし、ノイズも乗らないので、その意味での音質ならば当然デジタルに軍配が上がる。
創業者の1人である井深はデジタル化に反対であったという。


サンプリング周波数

CDのサンプリング周波数は44100Hz(44.1KHz)である。
簡単に言えば、1秒間に44100回の音波標本をとるのである。
人間が音として聴くことが可能な最大周波数は20000Hz(20KHz)。
この音は1秒間に20000回振動するということ。
振動(波)というのは結局高低が出るということでもあるので、高い所と低い所の両方をサンプリングしないと元の音に近づかない。よって20000回の倍の40000回に予備を入れて44100回。
その後、このサンプリング周波数は多いほど原音に近づくということで、ハイレゾなるものが誕生してきた。ハイレゾのサンプリング周波数は192000Hz(192KHz)。1秒間に192000回も標本値を取るということになる。
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上の図では水色の波は8周期(8回)あるが、規則的8回サンプリング(オレンジ色)しただけでは揺れのない単調な音となる。茶色8回も入れれば、オレンジ色8回だけの時よりも細かな揺れが表現できる。
かなり雑な例えだけど、「コントラバス」と言う言葉、規則的にとびとびの3つの字を選べば「コトバ」になる。「コントラバス」と「コトバ」を言い比べてみてください。どうですか?似てるような似てないような。もちろん意味は全然違うものになるわけですが。
回数を増やせば増やすほど、なめらかな連続音(つまり原音)に近づく。但しこの作業自体は、標本値を増やしても正確に波が再現できるだけのことであって、聴き苦しい音楽が調和の取れた美しい音楽に取って代わるものではない。

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ビット数

CDは16ビットで、ダイナミックレンジ(小さい音と大きい音の差)は96dBである。
DVDやハイレゾは24ビットのものもあり、それだとダイナミックレンジ(小さい音と大きい音の差)は144dBである。
小さい音を0dBとしても、大きい音は96dBや144dBにもなるわけだから、耳にはあまり良くない音の大きさですね。
それをヘッドフォンやイヤフォンで大音量で聴くのはやはりちょっと怖いですね。


根本的な問題

レコードの音にしても、CDの音にしても、スマホでの音楽配信にしても、どんなに原音を正確に再現し、広範囲の音を提供したとしても、聴く人の聴力が低下していたら、原音や提供している音通りには聴こえない。
それは歌手や演奏者やエンジニアたちが幾らあがいても、解決しようのない、どうしようもないことである。

但し音を大きくすれば聴こえてくるという低下具合もあるので、聴力低下には音を大きく出すという対策がある程度までは有効と言えば有効である。
でも大きな音に晒され続ければ、聴力は落ちる一方なので、卵が先か鶏が先かではないが、どっちが原因で結果なのかよく分からなくなる。

よく聴こえない人にとっては救いの大音量かもしれないが、感度の良い聴力を持つ人や特別に良いわけではないけれども普通に聴こえる人にとったら、大音量ははた迷惑となるだろう。

人間には、あまり慣れない周波数や音の大きさは、雑音や騒音にしか聴こえないという側面もある。

アナログであるレコードの無理なく制作できる周波数は、70~10000くらいだそうである。これはある意味、人間の耳に馴染みのある音域で、健康な人ならば40代くらいまではそれほど低下もない音域である。
CDの場合はサンプリング周波数が44100Hz(44.1KHz)と決まっているので、再生できるのは20000Hzくらいの音まで。10000Hz以上の高周波音は加齢によって聴こえなくなるので、せっかく20000Hzまで出たとしても聴こえない。





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by yumimi61 | 2019-08-20 16:53

イヤコン

加齢による聴力低下

カラヤンは公演のためにトータルで11回来日した。
先日も書いたが、初来日は1954年。

1954年(46歳) NHK交響楽団への客演指揮
1957年(49歳) ベルリン・フィルハーモニーの指揮
1959年(51歳) ウィーン・フィルハーモニーの指揮
1966年(58歳) ベルリン・フィルハーモニーの指揮
1970年(62歳) ベルリン・フィルハーモニーの指揮
1973年(65歳) ベルリン・フィルハーモニーの指揮
1977年(69歳) ベルリン・フィルハーモニーの指揮 ←初「普門館」、ベートーヴェン・チクルス
1979年(71歳) ベルリン・フィルハーモニーの指揮 ←リベンジ「普門館」
1981年(73歳) ベルリン・フィルハーモニーの指揮
1984年(76歳) ベルリン・フィルハーモニーの指揮
1986年(78歳) 来日予定だったが病気のため来日できなかった。
1988年(80歳) ベルリン・フィルハーモニーの指揮

1986年の病気は「長引くウィルス感染」とアナウンスされた。
ウィルス感染と言ったっていろいろあるが、聴力に大きな影響を与えるウィルス感染もある。
最後の来日公演は1988年80歳で、指揮台に上がるどころか、もう一人ではステージに出てくることも困難な状態にあった。

前に載せたこのグラフを再掲載する。
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初来日40代と70代の聴力を見比べてみてほしい。
もちろんこれはカラヤンの聴力ではない。比較的低い周波数の言語を持ち、静かであることを好む日本人の平均である。常に音を聴いている音楽家の平均でもないし、個々には個人差があるだろう。
それでも目安としてみれば、40代に比べれば70代はかなり聴力が劣っている。
実体験としても、生活に支障が出るほど耳が遠くなる老人は少なくないように感じている。例えば、電話での話が聴き取れないとか、どちらか片側の耳の方で話さないと聴こえないとか、大きな声で話しかけないと聴こえないなど。
そして、聴こえにくくなっていても、「聴こえない」とはっきり言う老人はわりに少ないし、分かるまで聞き返すということもしない。
適当に相槌を打ったり、愛想笑いをしたり、自分から畳み掛けるように話しかけたりして、何とか誤魔化して、その場をやり過ごそうとすることが非常に多い。
質問と違う答えが返ってくることで、よく聴こえていないことに気が付くこともある。


指揮者は必要なのか?

合唱でも吹奏楽でもオーケストラであっても、自分が歌っている時や演奏している時、あるいは聴いている時、あるいは指揮棒を振っている時、ふと、指揮者って必要なのかなぁと思ったことがあるはずだ。
バンドには指揮者がいないのにと。

指揮者は曲の基本的な速さと緩急(テンポ)、規則的な音の塊と強弱(リズム)、音を出すタイミングなどを演奏者に伝えるという役目を担っている。
同じ本を読んでも感じ方や解釈は人それぞれ違うように、同じ曲を聴いても同じ譜面を見ても楽曲に対する解釈は違う。
大人数の演奏者が解釈の違ったまま演奏したら纏まるものも纏まらない。例え音が協和融合していたとしても微妙に不協和音が生じてくる。
だから楽曲の解釈や方向性を決定し、各楽器にどのように演奏させるかを考えて指示を出すのが指揮者である。
楽曲や演奏者に感情を乗せる役目もある。

もちろん指揮者がいなければ演奏できないなんてことはない。
指揮者がいなくても合わせる工夫はいろいろあるだろうし、指揮者の代わりになりうる人(例えばコンサートマスター)もいる。
また事前に十分な練習やリハーサルの時間が取れれば、その段階で解釈や方向性や演奏の仕方を取り決めておけばよいのだ。(だから学校のコンクールなど素人集団ほど指揮者の必要性を感じない、笑)(特に多感な青少年期にあり、感情が伝播しやすい女子集団なんかは余計に、笑)
でも沢山の種類の楽曲を演奏する機会があり、1曲1公演の演奏時間が長丁場であり、また指揮者やメンバーが変わったりすることもあるオーケストラなどでは、やはりそんなに事前の練習やリハーサルに時間を割くわけにはいかないであろうから、指揮者はより重要になるのだろうと思う。

しかし、ひとつ重要なことを忘れがちなのだ。
それが音響である。


PAオペレーター(PAエンジニア)としての役割

ロックでもポップスでも、ライブ会場でもイベント会場でも、今はPAオペレーターがいて、音を聴衆に聞こえやすく調整していることが多い。
だいたいそのPAオペレーターはミキサーというものを操作している。

女子的にはミキサーと言えばキッチンのミキサーを思い出すかもしれないが、音響機器のミキサーは音をミックスさせる機械である。
スピーカーにマイク、CDプレーヤー、ギターやアンプなど複数の音響機材をつなげるための装置で、音量やイコライザーなど個別に操作して補正などができる。
ミックスさせる機械のミキサーなので、音を混ぜる機械と言われることもあるが、若干分かりにくい。音を調和させてひとつに纏める機械と言った方がよいかもしれない。

PAオペレーターはステージ上ではなくて観客側にて音を聴いている。
但し規模が大きなライブやイベントだとステージ上で音が聴き取れなくなるので、観客側に音を出すスピーカーとは別に、ステージに向けて音を出すモニタースピーカーや個人の耳に音を送るインイヤーモニター(イヤモニ)が必需品になる。これを使っている場合にはステージ上にもPAエンジニアがいることがある。

基本的に生演奏であるクラシックはPAを使わない。
しかしながら、他の音楽と同じように、またそれ以上に、ステージで演奏される音を会場の音響特性に合わせて最適な音質で提供することが求められる。
それにはどんな対策が必要で、どの楽器がどんな音量で演奏すれば良いのか、指揮者はそれを見極めて会場主や演奏者に指示を出す必要がある。
そして演奏の最中にも常に音響に気を配りながら、演奏を進めていくる必要がある。
指揮者は演奏者と逆を向いている。観客と同じ方向を見ている。
つまり演奏者に一番近い観客であり、音を聴きながら音を調和させてひとつに纏めるPAオペレーターでもある。
だからこそ音響には煩く厳しい必要があり、だからこそ聴力は重要なのだ。


職業病と趣味病

聴衆の手前にいて、一番大きな音が届く演奏者(楽器)の近くで、いつもいつも大きな音に晒されていたら、普通の人よりも聴力が落ちるリスクは高い。
しかもいつも研ぎ澄まされた神経で敏感に慎重に音を聴き分けるという行為はかなりストレスがかかる。
ストレスや疲労は難聴の引き金になるとされている。

さらに飛行機に乗って、国内外を頻繁に移動するとなると、耳への負担も増す。
移動後にすぐに演奏というスケジュールでは耳が休む暇がない。

カラヤンは自家用ジェット機を自ら操縦するほどの飛行機好きで、公演や別荘など世界中を飛び回っていたという。
これだけでも高高度と騒音のダブルパンチを食らってしまう。
さらに晩年になってもまだ、80歳で期限が切れる飛行機免許の代替としてヘリコプターの免許を取得したというから、もはや・・といった感じだったのだろうか。

カラヤンと親しかったソニーの大賀も、音楽家でありながら飛行機好きでジェット機を自ら操縦していた。






by yumimi61 | 2019-08-19 17:14