2017年 11月 28日
日本国憲法の秘密-628- (外貨準備と貿易について)
以前私はマツダのMPVに乗っていたが、あの自動車はもともとはアメリカ輸出用として設計生産されたものである。
後に日本でも販売された。

1988年 - 北米向け専用車として生産開始。
1990年1月 - 国内販売開始。


1995年10月 - マイナーチェンジ。
グレード体系も大幅に拡大され、2-3-3シートレイアウトを持つ8人乗り仕様、MPV初のディーゼルエンジンである2500ccWL型のディーゼルターボ搭載車の設定及び4WD車も初めて追加された(ただしディーゼルエンジンのみの搭載)。センターデフロック機構と二輪駆動から四輪駆動へ走行中に切替が可能なスーパーデュアル4WDが搭載され、さらに最低地上高が引き上げられたグランツシリーズ4グレードも追加された。


私はこのディーゼル車の4WDに乗っていたのだった。
外観というか形がとても気に入っていたが性能も乗り心地も良かった。タフで丈夫な車だったと思う。
日本で販売していた同じくらいの価格の車や後に出てきた自動車に比べると、内装や後部座席のシートの移動など室内スペースとしてはいまいちだったかもしれない。
MPVは1999年にフルモデルチェンジを行って形が大きく変わってしまい、それまでのMPVらしさを失い他と見分けがつかなくなったので、以後のMPVには私は全く興味を持てなかった。
そのMPVも2016年に販売を終了した。
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# by yumimi61 | 2017-11-28 13:18
2017年 11月 27日
the past
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# by yumimi61 | 2017-11-27 23:58
2017年 11月 26日
日本国憲法の秘密-627- (外貨準備と貿易について)
【パターン1】
日本の輸出企業がアメリカでドルを稼ぐ。
  ↓
そのドルを為替市場で円と交換。(⇒日本のドル建て貿易が輸出>輸入だと為替市場は円<ドルとなり円高に動く)
  ↓
交換した円は企業の収入となり、次なる人件費・諸経費・設備や研究投資、利益分配などに充てられる。


【パターン2】
アメリカで現地生産している日本の輸出企業がドルを稼ぐ。
  ↓
現地生産しているのでドルを円に交換しない。(⇒日本のドル建て貿易が輸出<輸入だと為替市場は円>ドルとなり円安に動く)


【パターン3】
アメリカで現地生産している日本の輸出企業が日本から部品を輸入する。
  ↓
部品を売った日本の企業がドルを稼ぐ。⇒(日本のドル建て貿易が輸出>輸入だと為替市場は円<ドルとなり円高に動く)
  ↓
交換した円は企業の収入となり、次なる人件費・諸経費・設備や研究投資、利益分配などに充てられる。


【パターン4】
日本の輸出企業がアメリカでドルを稼ぐ。
  ↓
国内でも十分円を稼いでいて資金力があるので、ドルを交換しないで保有しておく(ドル建て決済にドルが使用できるため)。
  ↓
このような企業が増えると、日本のドル建て貿易が輸出>輸入だとしても為替市場は円>ドルとなり円安に動く。


【パターン5】
アメリカで現地生産している日本の輸出企業が日本から部品を輸入する。
  ↓
部品を売った日本の企業がドルを稼ぐ。
  ↓
国内でも十分円を稼いでいて資金力があるので、ドルを交換しないで保有しておく(ドル建て決済にドルが使用できるため)。
  ↓
このような企業が増えると、日本のドル建て貿易が輸出>輸入だとしても為替市場は円>ドルとなり円安に動く。


近年の日本の実質実効レートは低く円安である。それに比べると円ドルレートは円高であり(円高でありつつも安倍政権では円安方向に推移していた)、乖離が認められる。
日本の輸出企業が稼いだドルを円に交換することを考えると(パターン1や3の場合)、円安にあったほうが儲かるのだが、輸出が強いと結果的に円高に振れてしまうという矛盾がある。
アメリカから日本への投資が増えても円高に動く。

それで日本政府は為替介入して円安に誘導していたのではないかと考えられる。(結果として外貨準備高が異様に大きい)
しかしそれを諌め釘を刺したのがプラザ合意。
以後円ドルレートは円高方向に動いた。
状況が一変し輸出企業は国内生産で利益を上げることが大変厳しくなったので海外進出が盛んになった。
人件費や諸経費が安くあがるアジア圏での生産、輸出に関わる運賃代や関税をなくす目的での現地生産を始めた。
これによって日本の輸出企業の雇用は大きく失われる。
また支店ではなく子会社・現地法人など別法人として外国に会社を設立した場合、所得税などの税金は外国に落ちるので日本には入ってこない。
これを産業空洞化と言う。
輸出企業が稼ぎ頭となっている国にとっては大変な痛手である。

輸出の強い貿易黒字国日本の輸出企業が生産拠点を外国に移すと、どちらと言えば円安に動くはずなのだ。
しかしプラザ合意以降、円ドルレートが大きく円安に動いたことはない。
そうなるとやはりプラザ合意前のレートが実態から相当かけ離れていたという証拠となる。


もし日本政府がプラザ合意後は円ドルレートを円高に誘導しているとするならば為替市場にドルを入れる必要があるが、ドルは自国通貨ではないので日本円のように自由にはならないはずである。
そのため日本がドル紙幣を作っているという黒い噂もなくはないが、その前に借りる、あるいはプライベート的に交換するという方法がある。
相手が誰かと言えば、ドルを沢山持っている人。日本の輸出企業とか、外国の投資家とか資産家とか。
でもドルを入れて円と交換したら外貨準備高が伸びないはずである。
それが伸びているということは円を入れて円安誘導を試みている(が思うほど成果が上がらない)と考えるほうがしっくりくる。

円ドルレートと実質実効レートが開いてしまう理由は対アメリカ以外の輸出に弱いということもあるが、開き具合が大きいのは紙幣供給によるインフレの影響があるからだろう。



プラザ合意以後、現地生産が増えたため貿易統計(通関ベース)ではトップでこそないが、戦後の日本を代表する輸出品である自動車。
日本にとってのお得意様はアメリカである。
自動車を輸入する形態には2つある。
①正規輸入
②並行輸入(業者・個人)

但しこれらは俗にそう呼んでいるだけで、この言葉自体は法律に基づくものではない。
自動車の型式ごとに安全性や環境性などを届出して、相手国や州の法律に基づき型式認定された自動車を正規輸入車と呼んでいる。
ハンドルが右か左かを含めて相手国の基準に合わせた仕様になっているということ。

(ハンドル位置について)
日本では一部の輸入車が左ハンドル仕様のままで正規輸入・販売されており、これは世界的には特殊な例である。海外においては、ごく一部の例に限られている。
これは「左ハンドル」に対し、ごく一部において「ステータスシンボル」「高級外国車の象徴」といった、自動車本来の機能とは無関係な要素を見出している日本独特の現象であり、輸入販売元がその嗜好にあわせ対応している結果である。通常とは逆側の、運転席が歩道側に面する自動車が、ごく一部であるとはいえそのような地位を得ていることは、先進国の中では日本のみであり、極めて特殊な現象といえる。

最近では日本でも右ハンドルの外国車が増えている。
日本からアメリカに輸出する正規輸入車(型式認定車)は左ハンドル仕様となる。

日本からアメリカへの輸出ならば、日本の自動車メーカーのアメリカ法人や商社などのインポーター(輸入業者)が日本から輸入し、ディーラーと呼ばれる正規販売店(正規代理店)で販売される。
誰でもが販売できるわけではない正規販売店(正規代理店)が扱っていて、販売・サポート体制を完備しているので安心感がある。
最初から外国で使う車として設計されるのだから、原価が幾らで幾らくらいで売り利益をどれくらい取るかなどといった計算もドル思考である。現地生産しているならば尚のこと。
最終的に輸入車の定価を決定するのはインポーターであるが(輸入業者もまた利益を出す必要があるので)、最初からドル思考で組み立て輸出するものなので顧客が為替レート変動の影響を受けることはほとんどない。


例えば日本の自動車メーカーがアメリカでの販売価格30,000ドルと決めた自動車。
 ・1ドル=300円(円安)でも販売価格は30,000ドル
 ・1ドル=100円(円高)でも販売価格は30,000ドル
やや極端だけれどもそういうことである。
現地生産していて現地法人がドルを保有すれば収入30,000ドルは30,000ドル。
しかしその30,000ドルを日本法人に渡すとすれば、円安時には900万となり、円高時には300万であり、1台に付き600万も差が出る。



型式認定されている正規輸入車以外は全て並行輸入車である。
日本では販売されているけれど、日本自動車メーカーがアメリカで型式認定の申請をしていない車をアメリカが輸入(日本から見れば輸出)すれば、業者が行おうと個人が行おうと並行輸入となる。
また型式認定されている車でも正規販売店(正規代理店)以外のルートから購入したものについては並行輸入と呼ぶこともある。
中古車は全て並行輸入である。
新車であっても並行輸入の場合には走行距離が0kmということはまずない。
並行輸入車は基本的に時価であるので、為替レートの影響を受ける。

例えば日本で販売価格300万円の自動車。
 ・1ドル=300円(円安)の時ならば購入者は10,000ドル必要
 ・1ドル=100円(円高)の時ならば購入者は30,000ドル必要
やや極端だけれどもそういうことである。

従って為替レートの推移を見ながら安く買える時に購入するという方法がとれる。
並行輸入車の場合には販売価格(本体価格)以外にも、輸入に関わる諸経費・輸送運賃・手数料・検査費用などで、安くても100~200万くらいプラスして必要となる。










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# by yumimi61 | 2017-11-26 15:27
2017年 11月 26日
aluminum
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To play billiards moderately well is the sign of a gentleman;
to play it too well is the sign of a misspent life.
-Mark Twain
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# by yumimi61 | 2017-11-26 01:15
2017年 11月 24日
日本国憲法の秘密-626- (外貨準備と貿易について)
先日、日本は概ね貿易黒字国である、と書いた。
貿易黒字とは輸入よりも輸出が多い状態である。
細かいことを言うと、貿易収支にも2つ種類がある。

1.「国際収支統計」の貿易収支(決算ベース)・・財務省と日本銀行が発表
2.「貿易統計」(通関ベース)・・財務省が発表

2の「貿易統計」は税関を通過した貨物を集計の対象としていて、金額は貨物(輸出する荷物)の金額であり、輸送運賃や保険料を含まない。

1の「国際収支統計」は物だけではなく、財貨・サービス・所得・資本・国の金融資産など全ての取り引きが含まれる。いわゆる経常収支。
その中から物の取り引きだけを抜き出したのが「国際収支統計」の貿易収支。
物の取り引きだけを抜き出したと書いたが、物の取り引きに関わる輸送運賃や保険料、輸送船舶や飛行機の燃料代や修理代、紙幣以外での決算など全て含まれるものなので、当然「貿易統計」の税関通過時貨物代に比べたら金額はずっと多くなる。
またこちらは税関を通過したかどうかは関係ない。所有権が国を移転した時点で取引をカウントする。
例えば日本企業が現地生産して現地で販売すれば税関を通過しない。従って「貿易統計」の貿易収支(通関ベース)には含まれてこないが、「国際収支統計」の貿易収支には含まれる。


先日、パソナが運営会社の貿易女子のためのサイトで貿易赤字の説明が間違えていることを指摘したが、間違いがあった記事のタイトルは「日本はアメリカに何を輸出し、何を輸入しているの?」というものであり、グラフなどで輸出入上位10品目を紹介していた。
あのグラフの出典にはUSITCとあった。
The United States International Trade Commission (USITC)、アメリカ国際貿易委員会のことである。

日本の会社が日本の輸出入を紹介しているのに、日本ではなくアメリカ国際貿易委員会のデータを用いているということになる。
これも細かいことだけれど、グラフは全て日本語で記されていたので何かの資料からそのまま引っ張ってきたものでなく、数字を自分でグラフ化したか訳して作成したグラフなはずなのでアメリカ国際貿易委員は参考(参考資料)とすべきである。

そのパソナのグラフで、アメリカ向け輸出上位10品目の1~3位。
①車両(鉄道除く)35.1% ・・自動車だけだと27.8%
②原子炉・ボイラーなど 22.2%
③電気機器・部品 12.6%

車両(自動車)がトップに来ているので、これは上の2.「貿易統計」(通関ベース)ではなく、1.「国際収支統計」の貿易収支のほうである。
これが通関ベースになると自動車がトップではなくなる。
通関ベースでトップは、機器・機械・同部品である。

細かく見る時にもうひとつ注意しなければならないのは分類である。
機器・機械・同部品の主な輸出品は次のように分類できる。

<輸送用機器>
・自動車
・自動車部品
・船舶
・二輪自動車

<電気機器>
・半導体など電子部品
・電気回路などの機器
・電気計測機器

<一般機械>
・原動機
・ポンプ、遠心分離機
・電算機類の部分品

<その他>
・科学光学機器
・写真用や映画用材料

グラフや表を作成する時には分類を独自にまとめていることが多いので、その分類の仕方によってランキングや金額は変わってしまう。
例えば私は上で、通関ベースでトップは、機器・機械・同部品である、と書いた。
その機器・機械・同部品には自動車と電子(半導体など電子部品やコンピューター)を含んでいない。
自動車はたいてい別になっている。


貿易統計(通関ベース)における2015年日本の輸出上位6品目(アメリカに限らない)
①機器・機械・同部品
②自動車
③化学製品
④電子
⑤鉄鋼
⑥船舶


日本の産業構造や輸出品の転換点は1954年。この時から①機器・機械・同部品が輸出品として急成長していく。高度経済成長期の始まりの年だった。
明治時代から戦前の輸出を支えたのは生糸である。生糸が輸出金額の大きなウェートを占めていた。
明治期には生糸の他、お茶や米、水産物など一次産業の品も輸出上位に入った。
大正時代・昭和時代には生糸には及ばないものの綿織物が急増した。
生糸・綿織物・絹織物など繊維品が下降し始めたのは1931年満洲事変以後。日本は1933年に国際連盟を脱退し、1938年に国際連盟が対日経済制裁を採択。

繊維品と機器・機械・同部品の輸出割合が最初に逆転したのは太平洋戦争勃発(アメリカへの奇襲攻撃)の1年前1940年のこと。ヨーロッパ勃発の第二次世界大戦は1939年に始まっている。
戦時中は機器・機械・同部品の割合が急上昇。(あくまでも輸出総額に対する割合であり輸出額や量が多いとは限らない)

戦後は再び生糸と綿織物が復活。戦後5年(1950年)の間に生糸と綿織物の割合が入れ替わり、トップに立った綿織物も1950年をピークに割合を下げ、1958年には機器・機械・同部品と並び、その後は機器・機械・同部品の割合が圧倒的となっていく。

繊維の輸出が減少していく背景にあるのは粗悪品である。
明治期~戦前は輸出品に厳しい検査を課していた。
規制緩和によってそれがなくなると粗悪品が目立つようになる。

輸出検査ー日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
戦前は重要輸出品取締法によって公設検査機関による検査が強制され、それに合格しなければ輸出が許可されなかった。
戦後に制定された輸出品取締法は、業者の責任で自主的に行う自主検査へと急転換し、品目によってその品位を示す等級を表示することになった。
しかし、1956年(昭和31)前後から海外で日本商品のなかに多くの粗悪品が発見されて問題化され、それを契機として検出検査制度の強化への要望が高まり、これにこたえて輸出検査法(昭和32年法律97号)が制定された。同法によれば、指定貨物は原則として政府機関または政府指定の検査に合格しない限り、輸出できないことになった。
検査を受ける指定貨物は輸出検査品目令(昭和33年政令3号)に明示され、品質については材料検査と製造検査、包装については包装条件が検査される。同時に、なれあい検査を抑止するために指定検査機関と検査自体に対する監視・監督が強化され、罰則も厳しいものであった。しかし、その後の日本の技術力向上と、政府による規制緩和推進により、輸出検査法は1997年(平成9)に廃止された。


上記のとおり、1957年に輸出検査法が制定されて検査が強化されたが、綿織物の輸出割合が浮上することはなかった。
1ドルのブラウスをアメリカ貧困層向けに輸出していた時期も下降の真っ只中にいた。
ジョンソン大統領やニクソン大統領が日本の繊維(綿ではなく麻だったりして?)を問題視していた1960年代後半や1970年代前半の日本の綿織物の輸出割合は3~1%しかなく、機器・機械・同部品が25%ほどに伸びていた。(綿織物は1949年がピークで28%)
だから日本にしたら、何でいまさら繊維を規制する必要があるのか?と思っていたのかもしれない。
Clothes make the man. Naked people have little or no influence on society. -Mark Twain
もう一方の側面は、衣類の価格差に横たわるのは人権問題であるという認識。安い賃金にて劣悪な環境で働く人がいるからこその低価格という認識。
沖縄返還と繊維輸出規制を交換したアメリカの真意はどこにあったのだろうか。


1958年に割合トップに立った①機器・機械・同部品は伸び続け、1985年に30%になっていた。
そしてプラザ合意。その後さらに伸びて35~40%になり今日に至る。
これは海外進出によって部品の輸出が伸びたからだろう。

自動車の輸出も高度経済成長期から始まり、1965年~1980年の間に大きく成長した。
自動車の割合のピークは1986年の20%で、その後は15%前後で推移している。こちらも現地生産が増えたということだろう。







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# by yumimi61 | 2017-11-24 15:09
2017年 11月 24日
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# by yumimi61 | 2017-11-24 00:30
2017年 11月 23日
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# by yumimi61 | 2017-11-23 01:07
2017年 11月 21日
日本国憲法の秘密-625- (外貨準備と貿易について)
日本などは輸出に有利な状況でいたいので、為替介入してドルを自国で貯め込む。
この為替介入によってドル安にならないのだ。
要するに貿易赤字の国の通貨がいつまでも価値がある状態(ドル高)であり、実態と乖離した状態となっていた。
ニクソン大統領の時と同じような状況で、再びドル危機が危ぶまれていた。
それを回避するための合意が1985年9月のプラザ合意だった。


プラザ合意( Plaza Accord)
1985年9月22日、先進5か国 (G5) 蔵相・中央銀行総裁会議により発表された、為替レート安定化に関する合意の通称。その名は会議の会場となったアメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市のプラザホテルにちなむ。
会議に出席したのは、西ドイツ財務相のゲルハルト・シュトルテンベルク、フランス経済財政相のピエール・ベレゴヴォワ、アメリカ財務長官のジェイムズ・ベイカー、イギリス蔵相のナイジェル・ローソン、そして日本の竹下登蔵相である。以後の世界経済に少なからず影響を及ぼした歴史的な合意だったが、その内容は事前に各国の実務者間協議において決められており、この会議自体はわずか20分程で合意に至る形式的なものだった。



日本政府が為替市場にて円とドルを交換すると為替介入となる。
為替介入すると外貨準備高が伸びる。
中国と日本は外貨準備高が異様に高い。

通常為替介入は自国通貨に急激な為替レートの変動があった時に行うものである。
変動相場制なので何らかの理由で急激に為替レートが変動する可能性がある。
しかし急に大きく為替レートが変わってしまうと輸出入企業や金融業界、投資などに大きなダメージを与えかねない。それは国の経済にも直結する。
そこでその急激な為替レートの変動を抑えるために政府(中央銀行)が介入する。
例えるなら右に大きく振れたものを左側に引っ張って元の位置付近で安定させるということ。
左に引っ張りたいがために安定してもなお左に誘導するのではないし、ましてや安定しているものを自国に有利だからといって継続的に左に誘導するものでもない。

プラザ合意は為替レートの安定化を目的に、複数の国で為替レートを一定の水準まで誘導することに合意した。
要するに急激に為替レートの変動があったわけではないが、今の状態は世界経済に良くない状態であるとの共通認識のもとに、アメリカ・日本・イギリス・フランス・西ドイツの5か国が協調介入して目標とするレート付近まで誘導することにした。
複数の国の政府が強力しあっているのだから、為替レートを一方向へ操作する強い影響力を持つ。が反面、秘密裡に進めるわけではなく公表して行うことであり、それに対抗する市場というものもあるので、急激に起こる為替レートの変動ほど世の経済に影響を与えない。


日本は外貨準備高がどんどん大きくなっていったのだから、当然政府の継続的な為替介入が疑われていただろう。
それは日本の貿易を有利にするのだ。
日本の最大貿易相手国はアメリカである。
そのアメリカは貿易赤字を増大させている。
問題にされて然るべき状況。
プラザ合意は日本に対する圧力だったと考えることができる。

だからこそプラザ合意は日本航空123便墜落の陰謀説の一番の理由として挙げられているわけである。
「これでもあなたたちはプラザ合意に合意しないおつもりですか」という無言の圧力をかけるために日本航空123便をアメリカが撃ち落としたという陰謀説。

この陰謀説には決定的な欠点がある。
日本航空123便は海上で最初に何か衝撃があった後、内陸や横田基地方面に向かっている。
横田基地に不時着を試みたような飛行ルートや高度の下げ方なのだ。
何者かに攻撃されたということならば、その状況を一番よく分かっているのは機長である。(特に日本航空123便機長は元自衛隊パイロット)
アメリカに攻撃されたとするならば陸の上空を進むという危険を冒して横田基地になんか向かうわけがない。
横田基地に向かったということは逆だったとしか考えられないのだが。


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ドルが基軸通貨な上に、日本はアメリカとの貿易が盛んなため、円高と言えば円がドルに対して上昇している状態であることを指していることが多い。
しかし世界の通貨は円とドルだけではなく、ドルに対して円高であっても、他の通貨に対して円高とは限らない。
実効為替レートは主要15通貨に対する為替レートの合成値(為替レートの一定時点を100として指数化して貿易額に応じて指数を加重平均する)である。
さらにインフレによる通貨価値の下落分を差し引いている。
実効為替レートは国際的な通貨の実力、おもに国際的な輸出競争力を示すとされている。
数値(指数)が高いほど通貨価値が高い。

水色の折れ線グラフは単に対ドルの為替レート。1ドル何円かというあれである。
青の折れ線グラフが上で説明した実質実効レート指数。
ここ何年かの日本は安かろう悪かろうの綿製品をアメリカに輸出していた1970年代前半の実質実効レートと同じくらいに通貨価値が低くなっている。
通貨量的に言えば、通貨が流通しすぎている状態ということになる。


上のグラフに私が線などを書き入れてみた。
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 ・黄色期間は、バブル景気(1986年12月~1991年2月)と呼ばれる好景気期間。不動産や有価証券などの高騰が主。
 ・①⇒期間は、いざなみ景気(2002年2月~2008年2月)の期間。
  いざなみ景気時の首相:小泉首相、安倍首相、福田首相
 ・②⇒期間は、再登板後の安倍内閣(アベノミクス)期間。

この3つの期間はいずれも好景気といわれている。
だが見てお分かりのように実質実効レートは低下している。
好景気に導く簡単な方法は通貨を供給することである。
景気なんて気分だから、物価が上がっていても給料が上がって儲かった気になるし、自分には何ら関係なくても世間様(マスコミとか)が景気の良い話をしているとそんな気分になってしまうものなのだ。


・黒⇒期間は、安定成長期(1973年12月~1991年2月)の期間。

上がった景気は必ず下がる。山(好景気)あり谷(後退期)あり。その山や谷がどれだけ高いか低いか、山や谷がどれだけ続くかの違いである。
安定成長期の中にも山も谷もある。
安定成長期とは、どれくらい経済が成長しているかの指標である経済成長率(GDPか国民所得の年間増加率)が安定的に伸びていた期間。
1973年12月~1991年2月の間は5%前後で安定して成長していた。
バブル景気が殊更異様に語られることが多いが、バブル期も経済成長率には大きな変化はなく前20年間と同じような伸び率だった。
経済成長率が大きかったのが高度経済成長期(1954年12月~1973年11月)。
高度経済成長期を好景気と勘違いしている人が時々いるがイコールではない。
経済成長期は日本で物を沢山作るようになった、サービスを沢山するようになったということ。儲かったとか儲からないとか景気が良いとか悪いとかは直接は関係なく一生懸命働いている証。
安定成長期は1991年のバブル崩壊(1991年大学設置基準緩和)とともに終わり、以後2~0%を推移。
1998年、1999年、2008年、2009年。2011年はマイナスだった。
大卒者は増えたが物を前より多く作り出せなくなった。サービスが増えることもなくなった。付加価値が生み出せなくなってしまった。

必要なものは大抵揃っている。人件費は高い。人々は早く帰りたくて休暇を取りたい。アイデアは出てこない。
作っても売れない、作らなくても概ね満たされている、この国で作ったら高く付く、先進国はどこもそのような状況である。
人間も成長期を過ぎたら成長がなだらかになり、やがて少しずつ失っていくほうになる。
先進国も成長期を過ぎた観がある。
一生ハングリーだと短命であると前に書いたけれど、ハングリーというのは成長期と言い換えることも出来る。








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# by yumimi61 | 2017-11-21 12:29
2017年 11月 20日
日本国憲法の秘密-624- (外貨準備と貿易について)
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日本は概ね貿易黒字国である。
貿易黒字とは輸入よりも輸出が多い状態である。
輸入の時は相手国にお金を支払う。支出となる。
輸出の時は相手国がお金を支払ってくれる。収入となる。
支出(輸入)よりも収入(輸出)が多くなれば黒字である。
収入(輸出)よりも支出(輸入)が多くなれば赤字である。


貿易キャラナビTlady 学んで使える貿易女子のデイリーマガジン 
貿易事務に携わる方、貿易事務を目指す方のためのお役立ち情報メディア
というサイトがある。
サイト運営会社は株式会社パソナ (Pasona Inc.)。
国家戦略特区諮問会議の民間有識者議員である竹中平蔵が取締役会長の会社。
代表取締役グループ代表は南部靖之。
パソナ創業者。大阪大学大学院国際公共政策研究科客員教授。
兵庫県神戸市出身。兵庫県立星陵高等学校、関西大学工学部卒業。学位は工学士(関西大学)。
ベンチャー企業の起業家が一般的ではなかった時代には、ソフトバンクの孫正義、エイチ・アイ・エスの澤田秀雄とともにベンチャー三銃士と称された。
竹中平蔵を2007年2月からパソナ社の特別顧問としていたが、2009年8月からは「取締役会長」及び「アドバイザリーボード」のメンバーとした。
投資ジャーナル事件で逮捕された中江滋樹とは盟友関係にあった。 また、2014年に覚醒剤取締法違反等の容疑で逮捕されたASKAとその愛人女性との出会いの場となったパソナ迎賓館「仁風林」で開かれた秘密パーティーの主宰者が南部だった。


関西大学卒業ということだが、森友学園の籠池理事長(元理事長になるのかな?)も関西大学卒業生。
非常勤(客員)ならば博士の学位がなくても教授になれる、フリーターバンザイ !?
それはともかく。


2017/01/05の貿易コラム 教えて、こんてなん!「日本はアメリカに何を輸出し、何を輸入しているの?」という記事。
この中に重大な誤りの記述がある。

戦後、日本とアメリカの間で貿易が盛んに行われ、1980~90年代のアメリカの大統領と日本の首相が対談するときには、アメリカの貿易赤字(日本にとっては貿易黒字)による貿易摩擦問題がそのトピックスに取り上げられたんじゃ。

※貿易赤字とは、輸入より輸出が上回る(お金を外国に支払っている量が多い)状態を指します。アメリカの対日貿易赤字は1991年がピークで、翌年以降徐々に低下しています。現在もアメリカの貿易赤字が続いていますが、かつてほどの差はなく、アメリカ国内では対中貿易の赤字の方が問題視されています。


貿易赤字は、輸出よりも輸入が上回る状態。
漢字の出が付いているから支出、入が付いているから収入ではない。
物とお金の動きは逆である。
国の経済担当相や国家戦略特区の有識者が会長の会社が運営しており、しかも貿易ナビゲーターのサイトなので胆になる部分であり、輸入輸出が逆さまになってしまったら単なる間違いでは済まない。

名前:こんてなん
年齢:??
趣味:鉄道写真
自己紹介:
ワシのことは「こんてなん」と呼んでおくれ。そこらへんの港に積まれとるコンテナだと思ったら大間違いじゃ。ワシのボディーには、貿易に関する知識や、世界各国を旅した経験がパンパンに詰め込まれているのじゃぞ!県道沿いの空き地に放置されとる元カラオケボックスやトランクルームみたいにならぬよう、これからも精進せんといかんのう。





ニクソンショックをきっかけに唯一金本位制だったドルもその役目を終え、固定相場から変動相場に移行した。
ニクソンショックの前のアメリカ国内はドルが国外に流出しデフレだった。
それがやがてインフレに傾いて行く。
何故かと言えばアメリカも金の縛りなくドルが供給できるようになり、どんどん供給したからだ。

ブレトン・ウッズ協定が1971年から1972年に掛けて崩壊し、ニクソンは連邦準備制度の金の窓口を閉鎖し、合衆国は金本位制から完全に離れた。この間1971年12月、ハント委員会(President's Commission on Financial Structure and Regulation)が開かれ、定期性預金の預金金利最高限度を廃止してマクファーデン法のモーゲージ規制を骨抜きにしたり、特に貯蓄貸付組合と相互貯蓄銀行をモーゲージ貸付に誘導したり、連邦住宅局保険付貸付・復員軍人局保証貸付によるモーゲージ金利最高限度額規制を廃止したり、全金融機関で住宅モーゲージ貸付由来の利子所得に特別税額控除制度を適用したりすることが同委員会より勧告された。
1973年10月に金融機関法案が同委員会の勧告を多分に盛りこみ上程された。
1975年以降、議会に追及されながらも連邦準備制度が通貨供給量を増やしていった。
連邦準備制度の独立性保証が先のハント委員会で勧告されていた。
このような一握りの人間が計画した官民連携が、西海岸の住宅ローン、特に将来のサブプライムローンが太っ腹に組まれる条件としての資産インフレを招いた。


日本でも紙幣供給しすぎて怖いのはこのインフレであるが、その予防策としては日本銀行の国債売りがある。
国債を買い入れる時に紙幣発行したのだから、日本銀行は国債を保有している。
その保有国債を売れば対価としてのお金が日本銀行に入ってくる。つまり世に出た紙幣を引き上げて日本銀行に戻させることが可能。
もちろん国債を買ってくれる人がいなければ売りたくても売れない。
またどんなに紙幣発行しても市中銀行にそれが留まっているうちはインフレにはならない。
銀行から紙幣が世に出ていくには借金する人を増やしたり預貯金を引き出してもらう必要がある。だから金利を下げたりする。

・日本銀行が国債を沢山保有している状態は世にお金を沢山出した状態。(デフレ対策になる)
・日本銀行が国債を売って保有を減らしている状態は世からお金を引き上げている状態。(インフレ対策になる)


アメリカはニクソン大統領の後のジェラルド・R・フォード大統領、ジミー・カーター大統領、ロナルド・レーガン大統領の間、およそ15年くらいインフレの状態が続いた。
 紙幣の量>物の量 →インフレ(物価高、貯金や借金の目減り)


インフレは紙幣量に比べて品薄で物の値が高いということだから、他国から物が入りやすい状態である。アメリカは輸入が増える。日本などはアメリカ向け輸出が増える。
ドル決済だとドルが支払われるのでまたまたドルは外国へ流出するが、今度はドルを供給しているのでアメリカもデフレにはならないし、国際的にドルがかなりインフレ状態となっているので流入によってもアメリカのインフレは拡大する。

規制緩和の動きはニクソンが辞任したときに始まり、フォード、カーターおよびレーガンの政権下で超党派の動きとなった。最も重要なのはエネルギー・通信・輸送・金融各分野から、グラス・スティーガル法とニューディール政策の規制を取り去ることだった。預金と貸付の規制を急いで緩和したが、一方連邦保険はそのままだった。これが預金・貸付危機となり、政府は推計で1600億ドルを失った。間接金融から逃避した資本は投資銀行の日欧進出を勢いづけた。

バランスの悪い規制緩和によって危機を招き、銀行(間接金融)に預けられていた紙幣も銀行を敬遠する形で世に出た。これで一層インフレを加速させた。
アメリカはインフレの悪循環に陥っていたとしか思えない。

1981年に就任したレーガン大統領は高インフレ抑制政策として厳しい金融引締めを行った。
ドルの供給量を抑えて金利を上げ、世の紙幣流通量を減らすのが金融引き締め。
その結果、ドルの金利は20%にまで達した。
金利が高いと金融機関にお金が集まる。世の中から紙幣が減っていく。
アメリカ国内はもとより金利20%に惹かれ世界中からドルがアメリカへ流れ込む。
でも金利狙いであり世に出るわけではないからインフレにはならない。
こんな高い金利では借金する人も少なくなるから紙幣は世に出ない。
こうしてアメリカの紙幣流通量が減り、高インフレが解消していく。
但しこんな金利が高いと働かなくてよい人が出てくる。
一生懸命仕事しないのでアメリカ政府の収入には繋がらない。財政赤字になる。
アメリカ国内が働かなくなって物が不足したら輸入する。すると貿易赤字が進む。
他国から来てアメリカ国内で金融商品を買われたら国際収支も赤字になる。

こうなると次に行うのは金融引き締めの反対の金融緩和である。
また世にお金を出すのだから世間の金回りはよくなって景気は良くなる(ように見える)。
金利も下がったのでまた借金して物を買う人も増える。
金利が下がったのでまた働くかぁと思う人もいる。
物に対する需要が全体的に上がるので品薄となり価格も上がっていく。
するとまた外国から物が入って貿易赤字は続いていく。ドル決済ではドルは外国に出ていく。
しかし金利が下がった状態ではドルがアメリカに流入してこない。
日本などは輸出に有利な状況でいたいので、為替介入してドルを自国で貯め込む。
この為替介入によってドル安にならないのだ。
要するに貿易赤字の国の通貨がいつまでも価値がある状態(ドル高)であり、実態と乖離した状態となっていた。
ニクソン大統領の時と同じような状況で、再びドル危機が危ぶまれていた。
それを回避するための合意が1985年9月のプラザ合意だった。






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# by yumimi61 | 2017-11-20 17:30
2017年 11月 19日
日本国憲法の秘密-623- (外貨準備と貿易について)
企業など生産者が同じ費用で沢山の製品を作れるようになると製品の価格は下がる。
同じ費用で沢山の製品を作れるようになる理由は、原材料費の低下、人件費の低下、技術革新などである。

もっともそれも生産者が価格に乗せる利益取り分が同じであるという前提での話である。安く作れるようになったからといって利益取り分を多くしたら製品価格は変わらない。
でも多くの企業が作れるようになった製品ならばどこかの企業が利益取り分を減らして価格を下げてくるかもしれない。同じような製品が安ければ消費者はそちらになびく。
こうなると他の企業も利益取り分を減らして価格を下げざるをえない。
下げないで高くしておきましょうという企業同士の協定(カルテル)は独占禁止法で禁止されている。
このように技術革新(多くの企業が作れるようになること)は市場競争にて価格低下をもたらす。同時に技術的に安定したということでもあり質は向上する。

経済関係のテキストを見ると、製品の価格が下がる理由として技術革新が挙げられていることが多いが、技術革新には落とし穴がある。
技術革新を進めるにあたっては研究費や設備費など予め投資(資金投入)がなされているので、その資金の回収を考えれば本来すぐに製品価格に反映してくるものではない。
だが沢山作れるようになったことをすぐに価格に反映させてしまう風潮があり、市場競争で下げざるをえなくもなる。
そうなると1つの製品をよほど数売らないと投資した費用を回収できないということになる(薄利多売)。
多売には一時期に爆発的に売る方法と、長期に亘って地道に売っていく方法があると思うが、後者には技術革新とは相反するイメージがあり、技術革新をウリにする企業や国は前者嗜好になる。熱しやすく冷めやすい世間を相手にする場合にも前者が合致する。
一時的にでも爆発的に売れて投資した費用を回収できればよいが、完全に回収できなかった場合にはその状態で新たな投資をしていくのだから必要経費が増大していくことになり、赤字に陥りやすい経営となっていく。
必要経費(研究費や設備費)の増大を、不動産投資や金融投資の利益で補おうとして失敗することもある。



1955年のアメリカの繊維製品の関税引き下げを受けて、アメリカでは日本製の安価な綿製品の輸入が激増した。
日本製のブラウスがアメリカで1ドル(360円)で大量に売られたというのだ。
同じような製品がアメリカでは1000円で売られていたとしたら、アメリカ企業は大打撃。日本製に合わせて価格を下げたら利益どころか人件費も出ない。研究費や設備投資も回収できない。
同じ環境で経営していたアメリカ企業の自由競争や技術革新を外から入って来た安価な製品が阻害してしまうのだ。

その製品は粗悪な物であった。それが本来高い物であるならば資金力のある企業が不当に安く売ってアメリカの市場競争の破壊を狙っているのではないかと言えてしまうわけだが、そうではなくて粗悪で安かった。
つまり日本のそれは技術革新で安くなっているのではなく、安い材料・安い人件費で安いのだ。安かろう悪かろうという単純な世界である。
こうなるとダンピングであると訴えることは出来なくなる。
もしもそんな粗悪なものに関税が乗ってアメリカと同じくらいの価格になってしまえばアメリカでは売れない。
だけど悪くても安い物なら買う人はいる。
関税引き下げは日本に有利な状況をもたらした。

現代の日本だって100円均一、ワンコイン、アウトレット、社外品(純正品以外)など質は落ちることが分かっていても安さゆえに人気があるものがある。
当時日本はそのあたりを主張した。
アメリカの繊維企業は損失なんか出さない。ターゲットにしている購買層が違う。今までブラウスの買えなかった貧困層が買えるようになっただけのこと。そのような主張である。


米繊維業界が日本製繊維製品の輸入制限を主張する根拠は、「安価な日本製品の増加により、国内産業が衰退し雇用が減少しているため」というものである。
しかし、1969年10月4日のリンドン・ジョンソン大統領の命により関税委員会が行った米国繊維産業の実態調査の報告書(1968年1月15日提出)では、
・米国繊維産業はかつてない急成長を果たした
・国内他製造業に比べても繊維産業の企業利益は大きい
・安価な輸入品は低所得者の必需品購入を助けている
・輸入により、特定の製造業者の利益や雇用に影響が生じたという資料は得られなかった

とされている。このことから、ジョンソンは自由貿易の堅持を主張したが、繊維規制を公約したニクソン大統領の就任後、繊維輸入規制運動が活発化した。
これには、「米国は自由貿易を推進している。これに逆行する規制を主張するならば、米国産業への被害をきちんと立証すべきだ」という批判が行われた。


上の批判は、「愛媛県今治市に獣医学部新設が必要な理由を客観的根拠・全国的視点で持ってきちんと説明すべきだ」と言ったところ、「国家戦略特区は岩盤規制打破を推進している。これに逆行する規制をす主張するならば、獣医学部新設の必要ない根拠をきちんと立証すべきだ」と言い返した国家戦略特区関係者を彷彿させますね。
だけどどんなに説明したところで聞く耳がなければ(ありきの世界では)通用しないような気もしますが。

日本国内だけでなくアメリカにも規制に反対する者がいた。何と言っても アメリカは自由がウリな国なので。
上ではリンドン・ジョンソン大統領の命により関税委員会が行った米国繊維産業の実態調査の報告書の例が挙げられている。

リンドン・ジョンソン大統領
1963年11月22日にケネディ大統領暗殺事件で副大統領から大統領に昇格し政権を引き継いだ。
翌1964年の大統領選挙では暗殺されたケネディへの同情票が多数集まり、共和党候補を大差で破り歴史的な大勝を果たした。

リベラルとして知られたケネディに対して、南部テキサス州出身のジョンソンは民主党の中では保守派と目されていたが、大統領就任にあたって掲げた貧困撲滅と公民権の確立を骨子とする「偉大な社会 (Great Society) 」政策は、非常にリベラル色の強いものであった。

政権初期には、公民権法の早期成立に向けて議会をまとめることに努め、議会との関係が円滑でなかったケネディに比べて巧みな議会工作で法案を可決させ、その他にも内政においては達成した政治課題が多く、ジョンソン政権は同じ民主党のルーズベルト政権と並んで「大きな政府」による社会福祉や教育制度改革、人権擁護を積極的に推進した政権であった。

大きな政府とは政府や行政の規模や権限が大きくなった国のこと。
安倍政権は大きな政府でしょうね。

「偉大な社会」を掲げたジョンソン大統領は当選後に様々な改革立法を提案した。
民主党優位の議会でもあったので、その69%を成立させるという驚異的な記録を残したという。
司法・行政・立法の三権がイデオロギー的に同調した時期に権力の座にあった珍しい大統領であったからであると言われる。それは議会と大統領と最高裁判所がともに連邦政府の庇護のもとで国民の権利拡大を図るべきだという思想を共有していたからに他ならない。

当時のアメリカは人種差別撤廃を目指す公民権運動が盛んに行われていて、1963年8月「ワシントン大行進」で最高潮に達した。
I have a dream!
1960年に発足した民主党のジョン・F・ケネディ政権は、閣僚他スタッフに有色人種がいない事を批判されながらも公民権運動には比較的リベラルな対応を見せていたが、ワシントン大行進から3ヶ月後の11月22日、パレード中に暗殺された。
その後を継いだジョンソン大統領が人種差別撤廃を推し進めたのだ。
盛り上がる公民権運動とリベラル民主党ケネディ大統領暗殺が生んだ国民の団結がアメリカを一方向に向かわせた。
大きな政府とはつまり非常にリベラルであることで成し遂げられ、やがてそれは戦争に向かっていくのだ。
だがそこに待っていたのは成果を上げられず赤字だけを残し翳りを色濃くしたアメリカであった。

(ジョンソン大統領は)1965年からベトナム戦争の拡大で国の内外からの強い批判に身動きが取れなくなり、次の再選を目指した1968年の大統領選で民主党大統領候補の指名を受けることが難しい状況に追い込まれ、1968年3月31日、全米に向けたテレビ演説でそれまでのベトナム政策の劇的な転換を発表すると同時に大統領選挙に再出馬をしないことを表明、自らの政治生命に幕を引いた。

ジョンソン大統領のもと一致団結し一方向に向かったアメリカが突き進んだのはベトナム戦争の拡大である。
ベトナムの共産化を阻止する口実でアメリカは1965年から本格的に軍事介入した。
ところが公民権運動に一定の成果を上げたアメリカの一致団結が向かった先は反戦運動であった。

このようにアメリカ国民が国民の権利を大きな声で主張しアメリカ政府が国民の権利を認めて行った時代に、日本の安価で粗悪な綿製品はアメリカ貧困層をターゲットにアメリカに入っていった。


(リンドン・ジョンソン大統領の在任期間は1969年1月20日までなので、上記に転載したリンドン・ジョンソン大統領の命により関税委員会が行った米国繊維産業の実態調査の報告書の記述は命じた日と提出の年が逆になってしまっていると思う)
報告書の記述についてだが、私は元の原文を読んだわけではない(読んだところで隅々まで理解できるとも限らない)。ごく簡単にまとめている日本文から言えることを述べる。

・米国繊維産業はかつてない急成長を果たした
⇒繊維産業を今風に言うと(英語風に言うと?)アパレル産業ということになる。実はこの産業区分が重要である。

1.アパレル素材産業
 ①繊維業・・糸メーカー、糸商、商社(輸入糸を扱う)
 ②生地業・・生地メーカー、生地商、商社(輸入生地を扱う)
2.アパレル産業
 ①アパレル生産企業(縫製)
 ②アパレルメーカー
 ③卸売業(輸入品卸売商含む)
 (②と③は一緒のこともある)
3.アパレル小売産業
 ①小売企業・・デパート、衣服販売店、通信販売など

アメリカの繊維産業は急成長した、繊維産業の利益は大きいと言った時、1~3の業界全てが成長し利益を上げたのか、それともその中の一部業界なのか、はたまた一部の企業に過ぎないのか、それによって評価や対策は違ってくるだろう。
例えば日本で製造した製品をアメリカで売るならば、2の③の卸売業社や3の小売業社が儲かるのであって、1や2の①は別に儲からない。
貧困層をターゲットにしても中流層からも客が流れることが考えられるので単に儲からない(現状維持)だけでなくやはり不利益となるだろう。
多くの雇用を伴うのは製造業なので、そこが儲からないのは国の経済にとって痛手となる。
研究や設備など投資費用がかさむのも製造業である。
またアメリカは綿花の生産も盛んな国で、綿花はアメリカの主要な農産物である。
1の素材産業が不振になれば、綿花を栽培する農業へも影響を与えるので、アメリカにとっては深刻な問題となりやすい。

・国内他製造業に比べても繊維産業の企業利益は大きい
⇒製造業とアパレル業界1~3全ての比較では同等ではない。 
利益と言ってもいろいろな種類があるので何をもって利益というかも問題。
業種や作る製品によって祖利益(売上高-売上原価)は全く異なるが、粗利益が高いからといって営業利益や経常利益の高さに即繋がるわけでは決してない。

・安価な輸入品は低所得者の必需品購入を助けている

・輸入により、特定の製造業者の利益や雇用に影響が生じたという資料は得られなかった
⇒「資料は得られなかった」という表現も微妙。どこかに資料請求したけど出てこなかったのか、どこかで検索しても出てこなかったのか。
単に資料を作っている業者がいないということなのか、そういう事実がないということなのか、いまいち分からない。
また例え特定の製造業者の利益や雇用に影響が生じなくても、アメリカという国の輸出入と通貨のことを考えれば(特に当時はUSドル基軸の固定金利制)、輸入が激増することは一大事である。







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# by yumimi61 | 2017-11-19 14:39
2017年 11月 17日
日本国憲法の秘密-622- (外貨準備と貿易について)
子供がどんな問題児であろうと、あれが教師や顧問の体罰だったら論調は全然違うだろうなぁ。
甲子園出場校だって部員の事件が発覚すれば辞退したり出場停止になる世の中なのに、それを考えると皆さん甘いですね~
そういう二面性に嫌気が差す人も少なくないと思いますけどね。
この際はっきり言うけれど、テレビが言うほど人気なんかないと思いますよ。
もっとも分母をどれくらいにするかによるんですが。
10000分の9000も、10分の9も同じなので。
単なる軽い頭部打撲だと思っていたら、数週間から数か月後に症状が現れて慢性硬膜下出血だったということもありますので、園・学校関係者や施設職員、病院関係者などはご注意ください。



日本には「衣食住」という言葉がある。
衣服と食物と住居、それは人間が生きていくための、人々が生活をしていくための基礎となるもののことだが、真っ先に挙げられているのが衣服なのだ。
衣服が何故必要なのかという原点に立ち返れば、寒さを凌ぐためということになるだろう。
有史以来世界の貿易を牽引してきたのは繊維だった。
日本の貿易を考える時にもそれは例外ではない。
それがやがて火を点すことのできる原油に変わっていく。
いつしか世界の貿易を支えるものが繊維から戦意に変わっているとするならば何とも皮肉なことである。


第二次世界大戦後に導入されたドルを基軸とした固定金利制。
アメリカ以外の国は金(ゴールド)の保有量に制限されることなく通貨を発行できる。
戦後の各国の復興はその余裕と安定性ゆえにもたらされたと言っても過言ではないだろう。
最初からアメリカに不利な制度だったのだ。
広大な土地と多くの人口を擁し、戦火に遠いアメリカは、戦争にて貿易的に独り勝ちのような状況となり、戦後に莫大な金を保有していたため、不利な制度であることが見えずらかった。(もっとも同じ金本位制を続けていればアメリカが有利であったということであり、それが良かったかどうかは分からぬが)
アメリカは対外支援が増大した。
直に先進各国の経済力・競争力と為替レートが乖離していき、アメリカは国際貿易において赤字を出すようになっていく。
さらに海外に流出したドルを各国が対外準備として貯め込んだため、アメリカ国内はデフレに、国際的にはインフレを加速させた。
そんなアメリカにとって良いことのない制度に終止符を打ったのがニクソン大統領だった。
良いことがないと言っても唯一金と交換できる通貨なのだからUSドルへの信頼度は抜群に高かったということなのだが、多くの人口を抱えた国が名誉だけではやっていけない。
1971年のニクソンショックはアメリカファーストへの転換であった。


アメリカの国際収支は1960年代には赤字となっており、1968年には国内の財政収支も赤字となる。
それまで見えづらかった、あるいは見えなかったアメリカの翳りが1970年代に突入すると誰の目にも分かるようになってきていた。
そして1971年には一強アメリカを支えてきた貿易収支もとうとう赤字となった。


日本において江戸から明治への時代の転換のきっかけとなったのもアメリカや貿易である。
そこにも繊維が深く関わっていた。

第二次世界大戦後の日本経済の上昇のきっかけとなったのは朝鮮戦争(1950-1953)特需である。
日本高度成長期は翌1954年から始まる。
アメリカもまだまだ余裕があったのだろう、1955年アメリカは繊維製品の関税引き下げを行った。
するとアメリカでは日本製の安価な綿製品の輸入が激増した。
かつての日本は安くて質が高い絹製品が売りだった時代がある。
これもやがて大量生産などによって質が落ちてヨーロッパなどで問題にされたことがあったが、この時も日本製の粗悪なブラウスが1ドル(360円)で売られダンピング(不当に安く売ること)ではないかと指摘された。
日本で1080円(アメリカドルで3ドル)で売っているものをアメリカで1ドル(360円)で売ったならば不公正貿易となる。アメリカの市場競争を阻害してしまうからだ。だからその差額分くらいの関税を課すことができる。
でも日本で360円で売っているものを1ドルで売るならば問題ない。
戦勝国で一強好景気にあったアメリカと、敗戦国で焼け野原からスタートした貧しい日本では人件費が違う。
1ドル100円ならば不可能であることも1ドル360円ならば出来ることもあるのだ。
だから不当に廉価とは言い切れない。
しかしアメリカの繊維業界にしたら堪らない価格であり、日本からの綿製品輸入制限運動が高まりを見せ、アメリカ政府がそれを受けて日本に対して綿製品貿易に関する取り決めを提案。1957年に「日米綿製品協定」が締結され、日本は対米綿製品の輸出を5年間自主規制することとなる。
これが日本とアメリカの最初の貿易摩擦であり、この後も続いていくことになる。


ニクソンショックのニクソン大統領が就任したのは1969年1月のことである。
ウォーターゲート事件で1974年8月9日(長崎原爆記念日ですね)に辞任。任期途中で辞任に追い込まれ辞職した唯一のアメリカ大統領。
大統領選挙中の1968年8月11日(日本時間では8月12日でしょうか)にニクソンは「綿だけでなく毛や化学繊維にも国際的取り決めを導入する」と繊維規制を公約に掲げ、そして当選したのだった。

1969年5月、モーリス・ヒューバート・スタンズ商務長官が訪日し、日本による繊維製品輸出の自主規制を要請。これを愛知揆一外務大臣が拒否すると、ウィルバー・ミルズ下院歳入委員長が「日本が自主規制に応じなければ、議会は繊維の輸入割当を法制化する」との声明を発表する。

1970年6月22日から24日、ワシントンD.C.で宮澤喜一通商産業大臣とスタンズ商務長官が会談。
しかし、スタンズが前年の佐藤・ニクソン会談で合意された「沖縄返還密約」を基に交渉を行ったのに対して、宮沢は密約の存在を否定する佐藤の主張に沿って交渉を行った。その結果、交渉は事実上決裂する。 なお、2012年7月31日付で外務省が公開した外交文書にはこの「沖縄返還密約」が含まれており、その存在が初めて確認された 



佐藤というのは佐藤栄作首相である。
首相在任期間は1964年11月9日 - 1972年7月7日。
1971年8月15日(日本時間8月16日)のニクソン大統領による発表(ニクソンショック)の時も佐藤首相だったわけである。
佐藤首相は安倍首相の大叔父(安倍首相の祖父・岸信介首相の実弟)。
佐藤栄作首相の次男と結婚したのが安西浩の長女。
安西浩の次男日本交通社長であった川鍋秋蔵の娘と結婚。
中曽根弘文・真理子(前川喜平の妹)夫妻の娘の結婚相手である川鍋一朗の父は川鍋秋蔵の息子という関係であることは加計学園問題の最初の事露に書いたこと。
宮澤喜一通商産業大臣も後に首相になるが、後援会長が現加計学園理事長の父親(加計学園創始者)。
ちなみに宮澤首相の就任は1991年11月5日で退任は1993年8月9日。ニクソン大統領と退任日が同じ(長崎原爆記念日)。


1971年8月15日のニクソンショックでドル買いに走った日本。
この時の大蔵大臣は水田三喜男。
佐藤内閣の大蔵大臣は一番最初が田中角栄(新潟)で、後は福田赳夫(群馬)と水田三喜男(千葉)が交代で就任している。
安西浩というのは千葉県勝浦の森・安西というカジメ拾いの漁師から成りあがったコンビの息子であるが、水田三喜男は勝浦のお隣の市の鴨川市出身。


1971年2月22日、ミルズ下院歳入委員長は「政府間で合意できないならば、業界単体での一方的自主規制に反対しない」と提案し、自主規制の具体的骨子にまで言及。
この提案を基に、日本繊維産業連盟は3月8日、自主規制案を発表し、日本政府はこの自主規制をもって政府間交渉を打ち切る。
しかし、ニクソン大統領は3月11日に日本側の宣言に不満を表明(「ジャップの裏切り」と口走ったとも言われる)。自主規制案の内容は受け入れがたく、更に政府間交渉は日本が打ち切ったため行えないので、議会での通商法案の成立を強く支持するとの声明を出した


沖縄問題(返還密約)
アメリカ政府は沖縄を日本に返還する代わりに、日本政府に米国の主張する繊維規制に同意することを求めていた。これが沖縄返還密約である。
このニクソン政権の戦略は、日本側の事情で極秘扱いにされた
表立った交渉の場ではあくまでも「経済的交渉」という体裁が整えられたため、米国側の意向は実際の交渉を行う事務方には伝えられなかった。
このため日米双方で思惑が食い違い、交渉は混迷を極めたのである。時期を同じくしたこの双方の動きは、当時「絡んだ糸が縄になる」とか「糸を売って縄を買う」などと皮肉られたが、それが必ずしも単なる戯れ言とは言い切れない事情がそこにはあったのである。

尖閣諸島の返還問題(領有問題)にも繊維交渉が絡んでいることが近年明らかになっている。
1946年1月29日、GHQよりSCAPIN - 677が指令され、北緯30度以南の南西諸島全域における日本の「施政権」が停止された。
施政権とは国連の信託統治制度のもとにおかれる地域に対して信託統治協定に基づいて統治を行うことができる権利。
信託統治については1952年発効の平和条約にも明記されている。
領有権と施政権は違い、アメリカと日本でやり取りされたのはあくまでも「施政権」であって「領有権」ではない。
1972年5月15日に「施政権」がアメリカから日本に返還された。


日米貿易経済合同委員会
1971年7月に成立した第3次佐藤改造内閣で通産大臣となった田中角栄は、就任直後にニクソンの特使として来日したデヴィッド・ケネディと会談。9月には渡米し、日米貿易経済合同委員会でジョン・コナリー財務長官と会談した。
田中は同委員会に際して、事前に通産官僚の小長啓一達から「関税貿易一般協定(GATT)の『被害なきところに規制なし』の大原則を守るべきだ。米国は大きな被害を受けていない。」という通産省の立場について説明を受けており、「政府による思い切った規制を」と迫るコナリー長官に対して「貿易は多国間でバランスをとる話だ。」「我々の調べでは、米国の繊維業界はこれといった被害を受けていない」と一歩も譲らなかったという。


しかし、田中の帰国直後に米国から「対敵通商法を発動し、一方的な輸入制限もあり得る」との報が入り、田中は両角良彦通産事務次官ら通産省幹部達に問題提起。
幹部らの「潮時だ」との判断を受け、田中は米側の要求をのむ代わりに繊維業界の損失を補填するという方針に転換。
国内繊維業界への対策として複数の案が挙げられた中で田中は輸入規制で余剰の出る織機の買い上げ案に目を留めたものの、当時の通産省の一般会計が2千億円弱であるのに対し、要求ベースで2千億円を超えるという巨額な費用がネックであった。
この説明を受けた田中は、相次いで佐藤首相、水田三喜男大蔵大臣に電話し、説得。さらに自身の名刺の裏に「2千億円よろしく頼む」と万年筆で記し、これを大蔵省主計局に届けさせた。
10月15日には米側原案に近い形での「日米繊維問題の政府間協定の了解覚書」の仮調印が行われ(直後に施行)、日米繊維問題は一応の決着を見た。繊維業界へは751億円の救済融資が実施された。同年の第67臨時国会でも1278億円の追加救済融資が補正予算として計上された。


1971年にアメリカの要求を呑み、日本の繊維業界の反発を収めるために赤字補填を決めた田中角栄は、1972年7月、佐藤栄作首相の後の首相に就任した。
田中はゼネコンのイメージと相まって金権政治と批判され1974年に退陣、1976年にアメリカで発覚したロッキード事件で逮捕起訴された。
繊維規制を推し進めたニクソン大統領が前代未聞の途中辞任で失脚し、繊維規制を呑んだ田中首相も前代未聞の元首相逮捕劇で失脚した。
ニクソンや田中がクリーンだとは言わないが、やはり日本とアメリカは一部どこか繋がっていて、彼らは陥れられたという側面があるのだろう。







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# by yumimi61 | 2017-11-17 14:15
2017年 11月 16日
日本国憲法の秘密-621- (外貨準備と貿易について)
実はわたしこの春4月にLINEデビューしたんです。
今まで数年間、何度も「えっやってないの?」と言われましたが、やましいことはしていませんむしろ何でそんなに必要なのか分からなかった。
LINEとiPhoneはメッセージ表示の仕方がよく似ていて別に目新しい感じがしなかったし、既読機能にも必要性は感じなかった。大人社会では用事があってメッセージやメールを送ったら遅い早いは別にして普通返事が返ってくるから。電話もそんな長時間しないし。
でもメッセージやメールをほとんど使わずにLINEを使っている人は、メッセージで送ってもすぐに気付かないということがあるという話を聞いた。
息子達がまさにそんな感じで、こちらは用事があって送っているのに返事がなかなか返ってこず、読んでいるのか読んでないのかすら分からないということが何度かあった。
そう言ったらLINEなら見ると言うので始めたのでした。
LINEって受信した時に一番上に表示されるから、既読が付かなくても見ているってことなのかな。
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人類はどこから来たのだろうか。
人類の祖先はアフリカで発生して、そこから全世界に広がっていったという「アウト・オブ・アフリカ」(出アフリカ)と呼ばれる説がある。
この説は、かつてアフリカに現代人すべての祖先となる女性がいたと想定するイブ仮説にも通じる。
キリスト教的にいえば最初に創造された人間はアダムとイブ(エバ)である。
アダムとイブはエデンの園に誕生した人間である。
エデンの園は地上の楽園と呼ばれることもあるくらいだから、神とともにいたというがやはりそこは地球上のどこかだったということだろう。
2人は裸で暮らしていたが、食べてはいけないと言われた禁断の果実を口にしたことによって2人の無垢は失われ、裸を恥ずかしいと感じるようになり局部を葉で隠すようになる。
これを知った神がアダムとイブを楽園から追放した。痛みも苦しみも死もある人間の始まりとなるというのが旧約聖書の創世記で語られていることである。

私は人間の始まりが裸であったと記されていることに意味があると考えている。
つまり裸で暮らせるほど温暖(あるいは熱帯)な気候だったということだ。
エデンの園の描写から、そこは草木が生い茂り果実がなる豊かな場所であったことも窺える。
氷河や寒冷地や砂漠地帯では決してないはず。
人類は暖かい地方で誕生した。他の人類起源説と照らし合わせても、このことはどうも間違いなさそうである。
地球全体が今よりずっと暖かかったことも考えられる。

しかしながら猿は毛におおわれている。
人間と猿が同じ霊長類だとするならば、人間だけが進化の過程で体毛を捨てたということになる。
ではなぜ同じ気候環境にいても猿は進化しないのか?
そう考えると、人間は猿から進化したのではなく、最初から猿ほどは体毛のない現代人に近い姿で誕生したように思える。
神がどうこう言ったという部分はともかくとして、猿から進化したのではないという点においては創世記に近いのではないかと思えるのだ。

裸で暮らせるような温暖な地で生まれた人間が何らかの理由で寒さ暑さの厳しい土地に広がっていったのではないか。
何らかの理由は、罰だったかもしれないし、好奇心や野望だったかもしれない。
あるいは裸で暮らせるような気候であった地球全体が少し冷えて衣類を身にまとわないと生きていけなくなってしまったということか。


1985年12月、アメリカにて"Out of Africa"という映画が公開された。
日本での公開は1986年3月で『愛と哀しみの果て』という邦題であった。
デンマークの小説家が書いた小説『アフリカの日々』(1937年出版)が原作である。
カレン・ブリクセン
デンマーク語と英語の両方で執筆し、デンマーク語版は本名のカレン・ブリクセン名義、英語版はペンネーム(男性名)のイサク・ディーネセンもしくはアイザック・ディネーセン(Isak Dienesen)名義で作品を発表した。作品によっては作品間の翻訳の際に加筆訂正がなされ、時には別作品ともいえる物になっているという複雑な作家である。

『アフリカの日々』は彼女の経験がベースになっている。
以下は彼女の人生。
1913年に父方の親戚のスウェーデン貴族のブロア・ブリクセンと結婚し、翌年ケニアに移住。夫婦でコーヒー農園を経営するが、まもなく結婚生活が破綻(夫に移された梅毒は生涯の病になった)し、離婚。単身での経営を試みるがあえなく失敗し、1931年にデンマークに帰国した。1933年(当時48歳)に本格的に作家活動を始めた。1934年にアメリカで出版したイサク・ディーネセン名義の作品「七つのゴシック物語」で成功を収め、その翌年デンマークでカレン・ブリクセン名義でそのリライトを発表し、以降その名義の使い分けを始めた。 
1950年代に入ると体調を崩す事が多くなり、執筆活動が困難になるものの、ラジオ番組などに出演するなどの活動を続けた。1962年にルングステッズで死去。


以下は映画のあらすじ。
カレンは貴族のブロアと結婚し、酪農場経営を夢見てデンマークからケニアに移住。
ブロアがカレンのお金を使ってコーヒー農園を買ってしまう。
ブロアは仕事をしないで浮気ばかり。
挙句のはてにカレンに梅毒を移して、カレンはデンマークに一時帰国。
体調は戻るが出産できない身体となる。
ブロアは相変わらず浮気ばかりでついに離婚。
その後にカレンは 自由人のデニスと恋仲となる。

カレンは、2人の間を継続的な関係にしようと試みるが、やがてデニスのことを、まるでアフリカそのもののように、手にすることも手なずけることもできない人なのだと知る。
デニスは、ぜいたく・所有・肩書きといったヨーロッパの習慣よりも、雄大な土地で牧畜生活を営むマサイ族の自由で素朴なアフリカを好んでいた。
デニスはカレンの家に移ってきたが、カレンの、物や人までも「所有」したいという欲望を批判し、結婚することも自由な生き方をやめることも拒否し、ただ一枚の紙切れに過ぎない結婚が、デニスの彼女への愛を増やすことにはならない、と話す。カレンはそれを認めざるを得なかった。


子供が産めなくなったカレンはアフリカの子供達にヨーロッパ式の教育を施そうと学校をつくることを決意するが、コーヒー農園が経営難に陥る。
挙句の果て、火災にて全てを失う。
恋人デニスとの関係も終わり、デンマークへ帰ることを決めたカレン。
最後の夜にデニスと再会し最後のダンスを踊った。
翌日彼が飛行機で港のある街まで送っていくことになっていたが、彼は現れなかった。飛行機事故で亡くなっていたのだった。
彼女はデンマークに戻り、そして小説家になった。アフリカでの出来事を書いたが、二度とアフリカの地を踏むことはなかった。


実はこの小説も少々入り組んでいる。
カレンはデンマークの裕福な家の御嬢さんだった。
結婚したのは上にあるように父方の親戚のスウェーデン貴族のブロア(男爵)。貴族といってもすでに没落していて、金銭的にはカレンのほうが恵まれていた。
ブロアには双子の兄がいて、映画では本当のカレンの恋人は兄のほうだったという設定である。
双子の兄はカレンとブロアがケニアに移住した4年後の1917年に飛行機事故で死亡した。
離婚した夫のブロアはサファリ・ツアー(狩猟ツアー)の会社を始め、顧客にはイギリスの皇族や貴族がいたという。
ブロアはカレンとの離婚後、探検家のエバと再婚するも2年後にエバが亡くなり、ブロアはスウェーデンに帰国し、その地で没した。
カレンが離婚後に恋仲になったデニスも貴族である。ケニアの土地を買ってやはりサファリ・ツアー(狩猟ツアー)の会社を経営していた。
自由人で結婚したがらなかったというが、実は彼は1930年からは牧場経営者の女性と親しくなり、2人で飛行機の操縦も学び、ケニア中を飛び回っていた。
そしてこちらも本当にカレンがデンマークに帰国しようと決心した時に飛行機事故で死亡してしまう。


アフリカの景色は美しいけれども盛り上がりに欠けて退屈、長ったらしいという感想とともに、この映画の邦題がセンスがないだとか、原題のままで良かったのではないかという意見もある。
センスが邦題や誤訳的な邦題は確かあるが、私はこの邦題は良く出来ていると思う。
この邦題がいまいちだと思う人はひょっとするとOut of Africaの意味もよく理解していないのではないだろうか。
カレンの愛と哀しみの果てにあったのはアフリカではなく、生まれ故郷デンマークだった。
 
私達はアフリカ人と簡単にひとつにまとめてしまうがアフリカは広い。
同じアフリカに、同じ国に暮らしていても、部族が違えば得体のしれない不気味な民族に映るほど、互いが互いを理解することは難しい。
特権を持ちお金を持ち、苦労なく綺麗に毎日を過ごしていける人々が、危険を顧みず見知らぬ土地で自分の手で何かを切り開いていこうとする姿は別の意味で美しい。
だが彼らはアフリカに住んでもアフリカの中には決して入り込めないのだ。
恋に敗れ、愛を失い、事業に失敗する、何か大切なものを一つでも、あるいはその全てを失った時、彼らはそこにいる意味を見いだせなくなる。
アフリカが終の棲家とは成り得なかった人の哀しみや切なさが、雄大で激しいアフリカの景色に重なる時、それは増幅する。







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# by yumimi61 | 2017-11-16 14:25
2017年 11月 14日
日本国憲法の秘密-620- (外貨準備と貿易について)
好きな人と会いたい。
でも会ったら疑われる。噂になってしまった以上、今後はかなり厳しいだろうと思う。
顧問にすれば会う理由が出来る。あの時みたいに仕事をしていたとの言い訳が成り立つ。
彼女は男勝りな女性になりたかったのではなく、女として生きたかったのだ。
愛は盲目。
疑惑のあった人をあえて起用して疑惑をはらすという元検事の計算があったわけではない。日本死ね!(落ちてねーし?)



俳優のTさんはその昔(1980年代のいつか)Kさんと付き合ってたんです。
お相手のKさんは映画『ションベンライダー』で主役でデビューした女優さん。
別に隠していなくて雑誌でハグして2人で出てたりしてた。(そうですよね?)




何から話せばよいのだろう。
第二次世界大戦後、世界経済の中心にいたのはアメリカだった。
日本に原爆という核兵器を投下したという海に囲まれた大陸の大国。戦火からは遠いアメリカは世界大戦のたびに国力を上げることになった。
第二次世界大戦後、世界の金(ゴールド)の3分の2はアメリカにあった。
金(ゴールド)は世界が認めた価値ある物で、各国の発行する紙幣の裏付けとなっていたが、各国の金の保有が少なくなってその体制を維持できなくなった。
そこで、金(ゴールド)を沢山保有しているアメリカの通貨ドルのみが金を裏付けにした通貨になった。(金1オンスを35USドルと定められ、USドルだけが金と交換できる通貨となった)
もはや何の裏付けもない、ある意味ただの紙切れである各国紙幣は、各国の好き放題に発行できる。外国と取引しない閉じられた社会ならばそれでもよい。
だが発行の仕方や倫理観の違う各国の紙幣を交換する時には問題が生じる。
紙1枚の重み(価値)が各々違うからだ。これでは貿易に不均衡不公平が生じてしまう。
その対策が為替レートである。各国の経済状態を客観的に見て、それに合わせて各国の通貨とドルとの交換比率を固定した。

ところが固定した時期が戦後だったこともあり、しばらくすると各国の経済状況が好転してきて、固定為替レートは次第に各国の経済力・競争力から乖離した状況になってきた。
1950年代にはポンドやフランといった通貨は切り下げられ、西ドイツのマルクは切り上げられた。

日本は当初 1ドル=360円 だった。(1オンスの金を得るためには12,600円必要だった)

1ドル360円を1ドル300円にすることを、日本から見ると切り上げ(円高になる)と言い、アメリカから見ると切り下げ(ドル安となる)という。

1ドル=300円ならば、1オンスの金を得るのに必要な日本円は10,500円である。
円高は日本紙幣1枚1枚の価値が上がった状態なので、少ない枚数で金を得ることができるのだ。

核兵器を作り戦争に勝利したことや戦後世界経済の中心にいたことの自負か、あるいは頼られたり集られたりしたのか、アメリカは外国への貸付や援助が膨らんでいた。また他国の争いに首を突っ込んで他国のための軍事支出も増大していた。
アメリカは輸出のほうが多い国だったが、その貿易黒字以上の金額を他国に注ぎ込んでいたのだ。
そんなことをしているうちに余裕が出始めた他国が自国通貨と金と交換し、アメリカの金保有率は大幅に低下。
1966年には外国のドル準備(外貨準備)がアメリカの保有する金保有額を上回る事態となった。
経済状況が変わり、貿易が活発になれば、当初の読み通りにはいかなくなる。その状況が起こったのだ。
ドル安の時よりもドル高のほうが各国に入っていくドルは多い。
戦後復興した各国の経済力・競争力が上がったのにドル高のままにしていて貿易を続けたらアメリカ以外の国に大量のドルが入っていく。
そのドルを各国が外貨準備として貯め込んだということなのだ。
ドルが外に流出して戻らなければアメリカはドル紙幣の量が少なくなるということでデフレ(物はあるけれどお金があまりない状態)になる。国際的にはインフレである。
金もドルもアメリカからどんどん流出し、アメリカがドル債務を負う形でドルを供給したが、金は供給しようもない。
金という側面からもドルという側面からも戦後の国際金融体制は崩壊しつつあり、ドル危機が囁かれていた。


国際的な比較や貿易では2つの観点から見る必要がある。ここがとても混乱しやすく間違いやすい。
例えば円高という状況。
これが日本円の価値が国際的に上がっているという状況。
国の経済力・競争力が上がっていることを意味する。
輸出企業が外国で商品を売ってくれば円高になるという説明をしたが、日本の価値(お株)は上がるのだ。
しかしながら日本の輸出企業の利益という観点から見ると円安のほうがよい。
夢をとるか金をとるかではないが、価値・名誉をとるか利益をとるかといったような感じとなる。(多くの従業員を抱える企業は名誉だけではやっていけないけれども)
やりがちなのが金利の上昇との勘違い。
金利が高いのはリスクが高い証拠であり、対外的に国の経済力・競争力が上がっていることを意味するわけではない。
インフレやデフレも国外との関わりや状況を考えないと見誤る(間違いを誘って騙される)。物もお金も人も動いているのだ。



1971年4月にアメリカはとうとう輸出よりも輸入が多い貿易収支赤字国となった。
8月13日、この日イギリスがアメリカに30億ドル分の金交換を要求した。当時のレートで日本円にすると1兆500億円分。
これによってアメリカのニクソン大統領はドルと金の交換の停止を決意したという。
そして8月15日夜(アメリカ時間)、後にニクソンショックと呼ばれる発表を行ったのだった。

1971年8月15日にニクソン大統領の声明が発表された後、欧州各国はまだ外国為替市場が開いておらず、即閉鎖を決定し結局23日に再開するまで1週間は市場を閉じたままであったが、日本はこの声明が出たのが8月16日の午前10時で、すでに外国為替市場が開いており、ドル売りが殺到し、日銀がドル買いに走り、日本の外貨準備高が一気に100億ドルの大台を超えるなど混乱したが、その後も市場を閉鎖することがなかった

1971年という年は日本の高度経済成長時代にあった「いざなぎ景気」が終わりを告げた翌年のことである。
この時はまだ固定相場であり変動相場ではない。
つまりレートは1ドル360円。日本銀行が100億ドル近いドル買いに走ったということは日本政府は一気に3兆6000億円分の円が必要だったということになる。
そんな大金を急遽どこから調達したんだろうか?
日銀に夜なべてして作って(紙幣を刷って)もらったんだろうか。
ともかく日本の外貨準備高はニクソンショックのおかげで大きく膨らんだ。
ニクソン大統領は曰くつきの大統領だけれども、日本にとってはありがたい存在であったとも言える。

日本はその後10日余りは固定相場制を維持したが、あまりの為替市場の混乱に、1971年8月27日に外貨準備高が125億ドルに達して、この日の閣議で翌28日からやむなく為替相場で1ドル360円に上下1%の変動幅の制限枠を撤廃し、変動相場制に移行することを決定した。1ドル360円の時代はこの日に終わった。ショックから12日後である。円の為替レートは前日までの360円から変動相場となった初日8月28日に342円となり、その後340円前後にとなり、年末までに320円前後を推移した。


投資家は株でも通貨でも金利でも国債でも先物取引でも差を狙って儲けを出す。
差にこそ魅力がある。差が大きければ大きいほど儲けに繋がる。
時にはその差を自ら生み出すこともある。
平らで安定した世界なんか望んでいないのだ。
世界の基軸通貨であるドルが変動することになり、その後の世界は経済を投資家など市場に操られるようになった。









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# by yumimi61 | 2017-11-14 13:07
2017年 11月 13日
日本国憲法の秘密-619- (外貨準備と貿易について)
最初から借金あてに予算を組んでいる国が金利を上げられるはずがない。
借金の金利が上がることになるのだから、自分で自分の首を、あるいは自分で我が子の首を絞めるようなものだ。

また国内と外国の金利差で儲けようと(運用で儲けようと)企んでいる時は、国内の金利はなるべく下げておきたい。
ということで現在の日本は金利を上げられる環境にない。

だからと言ってこのままで良いのか?
貸す方もいい加減呆れて貸してくれる人が誰もいなくなれば当然倒れる。

借りるから返す必要が出てくる。それなら借りなければいい。
次に考えるのはそういうことになるのではないか。
借りなければやっていけないのに借りないとはどういうことかと言えば、借りるのではなくて貰ってしまうということ。
政府が日本銀行にお金を作らせて、それを借りるのではなくて貰ってしまう。

日本銀行はジャスダックに上場している民間企業である。
でも日本政府が55%出資しているので完全な民間企業ではない。残り45%を誰が出資しているのか非公開。
日本銀行法という固有の法律によって、出資者は株主とは違い発言権も与えられない。配当はあるが驚くほど少ない率で設定されている。
紙幣発行権を持っている中央銀行だから誰もが買えたら困るけれども、買い占めることが出来ない仕組みとなっている。

筆頭出資者で紙幣発行権を与えている政府が日本銀行に紙幣を作らせる。
しかしながら日本銀行は日本政府とは別の民間企業(半官半民)なので会計も当然別。中央銀行の帳簿が合っていないということでは示しがつかない。
日本銀行が紙幣を発行する時にはマイナスで出すので、戻ってこないとプラスマイナス0にはならないのだ。
だから国債を購入する時に紙幣を発行していた。
国債が満期で元金が戻ってくれば帳簿はプラスマイナス0になる。
しかしながら紙幣現物は廃棄しないかぎり日銀の手元に残る。
この廃棄すべき紙幣を政府の為替介入用の円に流用したらどうだろうか。
どうせ廃棄する紙幣だからもはや返さなくてもよいものだし、日銀も痛くも痒くもない。

上記のような手段あるいは最初から帳簿に載せないで裏から紙幣を発行し、それを回収したり廃棄しないとなると、心配なのはインフレである。
日銀が紙幣を世の中にどんどん出すと、世間には紙幣が溢れて、紙幣の価値が落ちる。紙幣が珍しい貴重なものでなくなるからだ。
紙幣を持っている人が増えるということは物を買える人が増えるということを意味する。(需要が増える)
それなのに物の供給量がこれまでと同じならば、相対的に今までよりも物が減ったということになり物の値段が上がっていく。
逆を言えば、需要に合わせて供給量も増加するならば紙幣が増えても物価が上がるわけではない。

インフレを例えれば、今まで1万円で買えた自転車が10万円出さないと買えなくなるということ。
10万円貯金があれば自転車10台買えたのに、インフレになったら1台しか買えない。そうなると日本での貯金額の価値は目減りしていることになる。
一方借金も目減りする。自転車10台に値した借金が今や自転車1台分にしか値しない。自転車1台売れば10万円の借金が返済できるのだ。
すでに自転車在庫があり、それを国内で売れば儲かるが、インフレになってから国内で自転車を作ろうと思えば原材料費なども上がっているため原価も上がるしかなく儲かるわけではない。

日本国の首相も日銀もデフレ脱却と言ってる。物価上昇させるために金利を引き下げると言う。
インフレとは逆のデフレ状態にあると言うのだ。デフレは紙幣の価値が高く物価が低い。世の中に出回っている紙幣が少ないということ。

紙幣の量>物の量 →インフレ(物価高、貯金や借金の目減り)
紙幣の量<物の量 →デフレ(物価安、貯金や借金の割増し)

こんなに世の中に紙幣を出しているのに何故インフレに傾かないのだろうかと不思議に思い、銀行が抱え込んで出さないのではないか、企業が抱え込んで出さないのではないかと考え、そこに向けた対策を講じているということなんだろう。


為替市場が円安で推移しているということは銀行(為替部門)などが円を沢山持っているということだ。
日本政府自ら率先して円安誘導するために為替市場に円を投入している。
もうひとつ貿易の変化も理由に挙げられるが、それは後述する。
廃棄すべき紙幣を流すとか裏から紙幣を出すとか日本銀行や日本政府が不正を行ったとしても、円が日本国内に出回らなければ、日本という国がインフレになることはない。



アメリカに輸出する時には多くはドル建てだが(ドルで支払いが行われるが)、アジア向けの輸出は50%ほどが円建てである(円で支払いが行われる)。
そして今、日本の輸出はアジア向けが多い。
下の順位は日本の輸出相手国多い順。
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輸出総額と輸出割合
       単位:100億円
=================================
対アジア
1,288(31.1%)  2,125(41.1%)  3,783(56.1%)  3,711(53.0%)

対EU
773(18.7%)  843(16.3%)  762(11.3%)  798(11.4%)
=================================
対アメリカ 
1,356(31.5%) 1,536(29.7%) 1,039(15.4%) 1,414(20.2%)

対中国
圏外    327(6.3%)  1,309(19.4%)  1,236(17.6%)
=================================
※上の対中国には台湾や香港は含めていないが、台湾や香港も中国圏(中華圏)である。



輸入相手国多い順
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輸入総額と割合 
=================================
対アジア
973(28.7%) 1,706(41.7%) 2,751(45.3%) 3,320(50.3%)

対EU
507(15.0%)  504(12.3%)  582(9.6%)  815(12.3%)

対中東
442(13.1%) 531(13.0%) 1,039(17.1%)  650(9.8%)
=================================
対アメリカ 
759(22.4% )778(19.0%)  591(9.7%) 732(11.1%)

対中国
173(5.1%) 594(14.5%) 1,341(22.1%) 1,702(25.8%)
=================================

金額ベースなので物価、例えば原油価格が下がれば輸入量が変わらなくても輸入額は減少する。
日本円に換算したものなので当然レートが違えば額にも影響する。
従って年度間の金額は単純比較できないものである。
輸入のインドネシアやオーストラリアは資源の輸入で上位に来ている。

1990年
対アジア 輸出1,288 > 輸入973
対EU  輸出773  > 輸入507
ーーーーーーーーーーーーーーーー
対アメリカ 輸出1,356 > 輸入759
対中国   輸出 圏外 < 輸入173

2016年
対アジア 輸出3,711 > 輸入3,320
対EU  輸出798 < 輸入815
ーーーーーーーーーーーーーーーー
対アメリカ 輸出1,414 > 輸入732
対中国   輸出1,236 < 輸入1,702


対アメリカはやはり貿易不均衡が目につく。
輸入額は輸出額の半分程度しかない。
完全なる自由貿易で、そういう結果ならばそれは仕方ないはずだ。事業者にも消費者にも選ぶ自由がある。
ただ完全に自由となっておらず輸入をコントロールしている場合には、国内産業や雇用を保護しているということであるので、輸出はどんどんしたいけれど輸入は断るというのでは、相手はあまり良い気はしないだろうと思う。
その挙句、輸出入の差が大きくても輸出企業が損をしないように政府が為替介入して円安誘導し、為替介入で得たドルでアメリカ国債を買って儲けているとなれば、増々アメリカは不利になる。



日本企業が海外進出するきっかけとなったのは、やはり1985年9月に行われたプラザ合意である。
為替レートの安定化に関する合意で、実質的に円高ドル安に誘導する内容であった。
当時1ドル250円くらいだったのが、それを境に1ドル170円ほどと大きく円高に振れた。
輸出企業がアメリカで100億ドル稼げば2兆5000億円だったのが、同じ100億ドルが1兆7000億円にしかならないということだ。

例えば2兆5000億円(販売価格)の半分が原価だったとする(粗利益率50%)。原価を差し引いた単純利益は1兆2500億円である。
原価の他にも人件費や諸経費など固定費が必要である。そうしたものを差し引いた売上経常利益率は10%を目指したい(だいたいそんな程度です)。2500億である。つまり2兆2500億円は必要経費であったということ。
同じ物を売って1兆7000億円にしかならなければ利益が吹っ飛ぶのはもちろんのこと必要経費(2兆2500億円)も出ない。同じ物を同じだけ売っても5500億円の赤字に転落してしまう。

そのため、少しでも安く原材料を仕入れられる場所、人件費や諸経費が安くて済む場所を求めて、日本企業の海外進出が始まった。
現在存在する日本企業の海外現地法人の約8割は1986年以降に進出(設立)したものである。
1986年前も外国に現地法人を持っていたのは電気機械工業系の企業が多かったが、1986年以降に急激に海外進出始めたのも電気機械工業系の企業が圧倒的に多い。
最初はASEAN地域(東南アジア)への進出が多く、1991~1995年にかけて中国(香港含む)への進出が急増した。
1991年11月に中国はAPEC(アジア太平洋経済協力)に加盟している。
その11月というのは、ロシア共和国エリツィン大統領が共産党解散を指示する大統領令を発令し事実上ソ連が崩壊した時期(正式には12月)(クーデター失敗は8月)。

日本企業がアジアに法人を持ったことにより、部品などを日本からアジアへ向けて輸出し、半製品や製品をアジアから日本に輸入するといった貿易が行われるようになった。
日本企業がやり取りしているのだから円建てでも不都合はない。

アジアなど外国で製造し、そこから輸出するという方法もとられている。
ASEAN地域内は自由貿易協定によってほとんどの品に関税がかからないためASEAN地域内での貿易は有利。
日本はそのASEANと2008年に経済連携協定を結んでいる。
またシンガポールは幅広い自由貿易協定ネットワークを持っていて、貿易のハブ国となっている。ASEAN加盟国でもある貿易立国。ここを介して関税フリーで輸出できる。








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# by yumimi61 | 2017-11-13 11:54
2017年 11月 12日
日本国憲法の秘密-618- (外貨準備について)
前記事で説明した通り、日本政府は短期国債を発行して円を集め(円を借金し)、そのお金でドルを買う(そのお金をドルと交換する)。
これこそが外貨準備であり、為替介入(ドル買い・円売り介入)である。
外貨準備の多くは現金で保有しているわけではなく、アメリカ国債を保有している(外貨準備金をアメリカ国債で運用している)。


日本は金利が低い国である。今や金利ゼロとかマイナスの世界である。
その金利が低い日本国内からお金を借りて、日本よりも金利が高いところにお金を貸せば、理論上は金利差の分だけ儲けることが出来る。
例えば私が町内会の会費貯金を無金利で借りて、その資金で金利1.5%の3年物アメリカ国債を購入したとする。
時期が来て元金(町内会の貯金)と金利が戻ってきたので、元金を町内会に返して金利は懐に入れる。(どうですか、これ?)
個人の懐に入れるかどうかは別としてこれが運用である。
年金積立金や保険積立金を運用するというのはこういうことである。
日本の貯金でアメリカ国債を買うには両替を通る必要があるが、両替や購入を人に頼めば手数料もかかってくるし、両替するということは為替リスクも背負うということになる。
だから借りる額(投資額)と期間と金利と手数料と課せられる税金と為替変動を考慮した上でやらないといけない。単純に金利差だけ儲かるという話でもない。

金利にはこれだけ差がある。
アメリカ国債10年物 年利回り2.4%
日本国債10年物 年利回り0.037%

ごく単純に計算すれば、2%金利に1兆円投資すると、1年間に200億円の利息が付く。
日本で1兆円を借りた時は1ドル100円であった。1兆円は100億ドル。
満期時には1ドル80円と円高が進んでいた。
アメリカから帰ってくる元金は100億ドルであるが、これを日本円に両替するならば8000億円になってしまう。
しかし日本国内から借りたお金は1兆円である。マイナス2000億円。
利息200億円×10年=2000億円を足してもチャラになるだけ。手数料だとか日本の借金に対する金利だとかは出せない。

リスクが高い国は別だが、国債は比較的安定しているので金利がべらぼうに高いわけではない。それでも日本に比べたら他国は高いけれども。
また長期よりも短期のほうが金利は低い。
7割と言われているアメリカ国債以外はもっと高い金利のところへ投資していることも考えられる。
アメリカ国債以外での運用部分やアメリカ国債その他の利息儲け分を途上国などへの援助(貸し付け・寄付)に使っていると考えられる。
預金よりも投資のほうが金利が高い。金利が高いということはリスクが高いということでもあるので、高金利での運用は元金が戻ってくる保証はどこにもない。途上国への貸付なども寄付だと思ってなければならない。


国内に短期国債を発行し借金しても1年以内に元金+利息(金利ゼロならば元金のみ)を返す必要がある。
それなのに金利が高いからといって10年物のアメリカ国債を購入してしまったら1年以内に元金を返すことが出来ない。
返済するためにまた借金しなければならない。いわゆる自転車操業。漕いでないと(借金し続けないと)倒れる方式。
貸す方もいい加減呆れて貸してくれる人が誰もいなくなれば当然倒れる。
ーAnd Then There Were None(そして誰もいなくなった)― ・・初期翻訳では死人島だそうです。



日本企業がアメリカに輸出する場合、多くはドル建てである。(物が通用しても円が通用しない)
日本の車をアメリカに輸出したら代金はドルで支払われるので、日本の輸出企業はドルを円に換える必要がある。
だから為替レートが非常に重要で円高だとか円安が経営に大きく影響してくる。
日本の輸出企業にとっては円高よりも円安のほうが良いし、輸入企業にとっては円安よりも円高の方が良い。

為替市場にドルが多く出回ればドルの価値は下がりドル安(円高)となる。
逆に円が多く出回れば円の価値は下がり円安(ドル高)になる。
物価と同じで多く存在するものは価値が低くなる。価値が低くなるということは価格が下がるということ。

日本の輸出額(ドルで売りあげて円に交換する)>日本の輸入額(ドル製品を買うために円をドルに交換する)

この状態が続くと為替市場では、ドルが増えていき、円が減っていく。
円が減っていく(ドルが出回る)ということは、円の価値が上がるということで、円高ドル安になるということである。
輸出企業は円高になると不利になり損することになるが、輸出企業が頑張って外国で売りあげてくると円高になってしまうという矛盾が起こる。
輸出額以上に輸入額が大きくなれば円安ドル高となり輸出企業にとっては良いが、消費量が変わらないで輸入が増えるということは売り上げを減らす国産品があるということで、失業や業績不振に陥る事業者が発生する可能性もあり、輸入品増大は国内での反発も予想される。輸入は国内での雇用を伴わない。(輸入をコントロールするのが保護貿易)
輸入品が日本国内で売れるとも限らない。売れないものを大量に輸入すれば輸入した会社の業績不振にも繋がる。
そんなこんなでなかなか難しい問題。輸入を増やすのは諸刃の剣。
国のプライドという側面から考えると、おそらく輸出にウェートをおきたいんだと思う。戦争やオリンピックや国際試合に勝つのと同じで、自分の国が作った製品が他国に進出したほうが他国に勝った気がして気分がいいんだろう。








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# by yumimi61 | 2017-11-12 14:36
2017年 11月 10日
日本国憲法の秘密-617- (加計学園問題について)
2本目です

・安倍首相(日本)はイバンカ(大統領補佐官が主導した世界銀行設立の)基金に57億円拠出。
・愛媛県今治市は37億円(土地)+96億円(建設費192億円の半額)=133億円を安倍首相の腹心の友が理事長をしている加計学園に寄付。

イバンカ基金も霞んでしまうほどの寄付金を地方自治体が出すというのだから、いろんな意味で凄い。
安倍首相はイバンカ基金だけじゃなくてあっちにもこっちにもばら撒いているから単独の比較ではダメかな?
ともかく善良な日本国民は、世界に類をみない赤字大国で、国民にはお金が足りないから増税するとか言ってるのに、どこにそんなお金があるのか!とお怒りのことと思います。
そんな怒りが「首相 イバンカ氏基金に57億円」の拡散に繋がったのだと思うのですが、そういう怒りが何故か選挙にはなかなか反映されないわけですね。
「首相 イバンカ氏基金に57億円」の拡散にあたり、産経ニュースが記事にするまでもなく「それはイバンカ基金ではありません!」とか「税金は一銭も使いません!」とか反論した人もいたかと思います。
そこでその辺りの事を少々書こうかと思います。


57億円(5000万ドル)をどこから出すか?
安倍首相のポケットマネーなのか、国民の税金からなのか、外貨準備金からなのか、出すと言った安倍首相が出所を明言していない以上、今の段階ではどこから出すのかはっきりとしたことは言えない。
ただこうした発展途上国をはじめとした対外援助金や寄付金・出資金などは外貨準備金から出すのが一般的。

外貨準備金とはその名の通り外貨である。
世界各国どこに行っても日本円が通用するわけではない。むしろ通用しないことのほうが多い。
外国から物を買ったり、外国から借りたお金を返したり、外国に何かの費用を拠出する場合には米ドルをはじめとした外貨が必要である。
日本円がない時には日本の誰かから借りればいいし、日本銀行にお願いして急遽紙幣を作ってもらうことだって、日本の権力者ならば出来なくない。
しかし外国のお金を調達するとなると日本の権力がどこまで通用するか分からない。
簡単に借りたり作ったり出来ないとなれば何か急に入用になった時のために少し準備しておく必要がある。
それが外貨準備金である。その金額を外貨準備高と言っている。
日本はこれがとても多い(日本円に換算すると約141兆円)。
日本の外貨準備の多くをアメリカ国債として保有している。(外貨を現金で持っているのではなくてアメリカ国債という有価証券を購入して保有している。国債満期になれば元金+利息が戻る。満期まで待たず高額の時に売れば買った時より多い現金を手に入れることができ、低額の時に売れば買った金額にはならない。暴落すれば悲惨。ただ日本のアメリカ国債は好き勝手に売れないと言われている)

(単位は100万USドル、換算)(残高時点が若干違い、そうなるとレートも違うので正確性には欠ける)
1.中国  3,056,789
2.日本  1,249,847
(参考 EU 720,159 )
3.スイス  773,118
4.サウジアラビア 487,000
5.中国台湾地区(旧:中華民国) 440,253
6.ロシア 420,500
(参考 中国特別行政区香港 413,300)
7.インド 394,550
8.韓国 378,469
9.ブラジル 358,689
10.シンガポール 244,013
11.ドイツ 193,716
14.イギリス 159,349



では、どうやって外貨準備金をこんなに貯め込んだのかということになりますね。
そんなにお金があるなら借金や増税なんかする必要などないだろうという意見もごもっとも。

貯めこんだと書いたが、外貨準備金も基本的には借金である。
国営企業を持たない国家の主な収入は税金であり、それ以外の収入は大して見込めない。
黒字国家ならば収入から一定額を貯蓄に回せるが、赤字国家ではそんなことも出来ない。なんせ預金金利より借金金利のほうが高いのだから。
巨額赤字を抱え、今でも毎年借金あての予算を組んでいる赤字大国日本に貯金する余裕なんかどこにもない。

よくこんなことを言う人がいる。
日本は借金も多いけど(1071兆円)、貯金(外貨準備高141兆円)も多いし、政府所有の不動産もあるから大丈夫、全然余裕。
外貨準備高も借金なのに・・。
1071兆円の借金は主に国債で調達していて、約90%が日本国内での借金である。約60%は銀行や保険会社などが引き受けている。
外国人に借金していると危ないけれど日本人から借りているから大丈夫。それに金融機関が引き受けてくれているから安心という論理を展開する人もいる。
日本の銀行や会社でも出資者(株主)が外国人であることもあるのに・・。

上記の通り、中国と日本は外貨準備高が異様に大きい。
少し前にトランプ大統領が中国と日本の通貨安誘導を批判していたが、通貨安誘導こそが外貨準備高に通じるものである。

通貨安誘導とは何か?
政府による為替介入のことである。
介入指示を出すのは財務大臣。実施するの日本銀行。

①ドル買い・円売り介入ー市場で円を売ってドルを買う。円安に誘導できる。
②ドル売り・円買い介入ー市場でドルを売って円を買う。円高に誘導できる。

①「円を売ってドルを買う」=「円をドルに交換してもらう」
②「ドルを売って円を買う」=「ドルを円に交換してもらう」

外貨と日本円を交換してくれる場所が外国為替市場。
外国為替市場を具体的に言えば銀行※や外為ブローカー(仲介者)ということになる。

※銀行(為替銀行)
多くの国が外国為替業務を行える銀行について認可制を採用している。
日本で明治初期に出来た横浜正金銀行が為替銀行だった。
戦後は外為法の認可を受けた金融機関と、外国為替銀行法の免許を受けた外国為替専門銀行の東京銀行(現:三菱東京UFJ銀行)のみが外国為替公認銀行だった。
1998年に改正外為法が施行され(橋本内閣の金融ビッグバンの1つ)、認可や免許制を取っ払い、全ての金融機関のみならず一般企業や個人にも開放して完全に自由化した。
外貨売買や海外への貸付などの外為関連業務も外国為替公認銀行に限られていたがそれも撤廃した。
昨今のグローバルブームは世紀末の金融ビッグバンに始まったともいいだろうと思う。

日本は上記①のドル買い・円売り介入(円をドルに交換してもらう)を行っている。
円をドルに交換してもらうには最初に円を差し出さなければならない。
要するに日本政府は円を持っていなければならない。
でも御存知のとおり、赤字国家で余分な円なんかこれっぽっちも持っていない。
どうするか?借りるのである。


かつては外国為替資金特別会計が発行していた「外国為替資金証券」なる短期国債で調達していたが、1999年に一般会計が発行していた「大蔵省(現:財務省)証券」、食糧管理特別会計が発行していた「食糧証券」の3つを統合して「政府短期証券」とし、これによってドルに交換してもらうための円を調達していた。
大蔵省証券も一時的な資金不足を補うための短期国債で年度内に償還する必要があり長期国債とは別物。
「政府短期証券」は発行条件や買取希望額を公募する公募入札方式を採用し、入札資格があるのは日本銀行・銀行・証券会社・投信会社・生命保険会社などの金融機関であって、その他の法人が入札することは出来なかった。入札単位は1000万。個人にいたっては購入も不可であった。
2009年2月からは「国庫短期証券」という名称に変更となった。

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# by yumimi61 | 2017-11-10 20:20
2017年 11月 10日
日本国憲法の秘密-616- (加計学園問題について)
産経ニュース 2017.11.9 21:18
東京新聞・望月衣塑子記者、また意味不明な質問…菅義偉官房長官「事実に基づいて質問を…」と苦言


義偉官房長官は9日の記者会見で、東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者が、政府がトランプ米大統領の長女、イバンカ補佐官が関わる基金に資金を提供することにより、幼児教育無償化の予算が削られるのではないかと質問したことについて、「事実に基づいて質問してほしい」と苦言を呈した。

 安倍晋三首相はイバンカ氏も参加した3日の国際女性会議で、イバンカ氏が主導し、世界銀行などが設立した女性起業家を支援する基金に5千万ドル(約57億円)を拠出すると表明した。

 望月記者は、これまで加計(かけ)学園問題などで菅氏を質問攻めにしており、この日は「イバンカさんの基金、世銀が設立した基金にかなりの金額が費やされるという話が出た。教育無償化に財源を当てる以上にイバンカ基金が必要という意見か」と尋ねた。菅氏は「イバンカ基金なんかありません」と否定。世銀と主要国が立ち上げ、「各国同じような形で拠出する」と一蹴した。



国家戦略特区の加計学園問題を追及された安倍首相は「国家戦略特区というのは、自治体が申請するわけです」(自治体でなくても申請できる)とか「加計学園が申請していると知ったのは1月20日」(会議の長が決定の段まで知らないことはありえないし、そもそも1月12日が公表の日)だとか国家戦略特区の制度すら無視した意味不明な回答をしている。
菅義偉官房長官にはぜひとも安倍首相に「事実に基づいて回答してほしい」と苦言を呈してもらいたいものです。
一新聞記者の質問より、一国の首相の国会答弁の事実に基づかない発言のほうがよほど重大だと思いますが。


上の記事や菅官房長官の回答の背景には恐らく「イバンカ基金」騒動がある。
上の記事や菅官房長官の発言は「イバンカ基金」を意味不明や事実に基づかない質問と言っているのだと思う。
しかしそれを言うと、東京新聞一記者だけの問題ではなくなる。

騒動の発端は11月3日に共同通信が配信した記事のタイトルにあった。
「首相、57億円拠出を表明 / 女性起業家支援のイバンカ氏基金」

共同通信とは?
一般社団法人共同通信社(Kyodo News)は、東京を拠点とする非営利の通信社である。日本国内外のニュースや写真、記事関連のデータを日本国内の新聞社、NHK、民間放送局などに提供・配信している

新聞記事の冒頭に(共同)と書いてある記事は共同通信社から配信された記事であるが、それ以外にも加盟紙が(共同)のクレジットをつけずにそのまま掲載している記事もある。契約上、国内ニュースにも(共同)のクレジットを明記することになっているが、沖縄以外の加盟紙で明記する新聞社は少ない。(共同)クレジットを明記すれば、地元記事以外の全ての記事が共同通信配信記事と判断され体裁がつかないためとされている。このため、通信社の配信記事の責任の所在を巡ってトラブルが起こることもある。

社の就職説明会によると、採用は少数精鋭毎年20人弱ほどで東京大、京都大、早稲田、慶應が半数以上を占める。

英国のロイター通信や米国のAP通信とならぶ、世界を代表する通信社である。日本国内はもとより世界で、強固な地位を確立している。日本国内の新聞社等各社は、共同通信が存在しないと、ニュースを報じ運営していくのは困難である



非営利というのは、法人の構成員(法人の出資者、例えば株式会社なら株主)に利益を分配しなくてよいということ。
「儲けないこと」や「公益性が高い」ということとは意味が違う。
新聞社にも民間放送局にも株主が存在し、利益が出ればそれを分配しなければならないが、記事元の共同通信社は利益分配しない(NHKも分配しない法人)。

株式会社ならば利益を株主に分配するが、学校法人など非営利法人は出資者に利益を分配することが禁じられている。利益はすべて事業に還元しなさいということなのだ。
また株式会社の株券は売買されるが非営利法人ではそのようなこともない。
要するに株式会社などに比べると閉鎖的で第三者の干渉を受けない。
職員を縁故採用して手当や給与を高くする、縁故者に外注する、営利法人を別に作りそこと取引する形で利益を流す、公私曖昧に理事などが贅沢品を購入したり旅行したり遊んだり、利益で資産運用する、そのようなことがわりと自由に出来る。


共同通信社は1945年に社団法人として設立された。
加盟新聞社と日本放送協会(NHK)が出資者である。
そしてこの時、この共同通信社と時事通信社が電通の大株主となった。

(各社出資者)→共同通信加盟新聞社やNHK(出資者)→共同通信(取材して記事を書き配信)→加盟新聞社・NHK(配信された記事を紙面や電波に乗せる)


共同通信の記事タイトルに「イバンカ氏基金」という言葉が用いられていた。それを毎日新聞や東京新聞、産経新聞が使った。


毎日新聞2017年11月3日 11時26分(最終更新 11月3日 21時39分)
イバンカ氏基金 安倍首相、57億円拠出を表明


 安倍晋三首相は3日午前、海外の女性指導者らを東京に招いて女性政策を議論する国際シンポジウム(女性版ダボス会議)の関連行事に出席した。あいさつでは、トランプ米大統領の長女イバンカ大統領補佐官が設立に関わった、女性起業家を支援する基金への5000万ドル(約57億円)拠出を表明した。
 来日中のイバンカ氏も関連行事に出席して講演。5日のトランプ氏の来日を控え、友好ムードを演出した形だ。
 首相は「日本は世界で女性活躍の旗を高く掲げ、強い指導力を発揮していく決意だ」と強調。女性起業家への期待を示した上で「イバンカ氏が主導した基金を強く支持する」と述べた。(共同)



産経ニュース 2017.11.3 09:39更新
安倍首相、女性支援のイバンカ氏基金に57億円拠出を表明

 安倍晋三首相は3日、海外の女性指導者らを東京に招いて女性政策を議論する政府主催のシンポジウム「国際女性会議WAW!」の関連イベントにトランプ米大統領の長女イバンカ大統領補佐官と出席し、イバンカ氏が設立に関わった、女性起業家を支援する世界銀行グループの基金に5千万ドル(約57億円)を拠出すると表明した。

 首相は「世界中に『女性活躍』のネットワークを広げていく。世界中の女性たちが立ち上がれば、貧困をはじめ世界のさまざまな課題はきっと解決できるはずだ。日本は世界でこれからも『女性活躍』の旗を高く掲げ、強いリーダーシップを発揮していく決意だ」と語った。

 基金は、イバンカ氏の提案を受け今年7月に世界銀行グループが設立した。日本、米国、英国、中国、カナダ、ドイツ、韓国など14カ国がパートナーとなっている。



さらにニュース記事などをネット配信しているYahoo!Japanのトップニュースにも「首相 イバンカ氏基金に57億円」と掲載され、あっという間に話題になった。

短文SNS流行の昨今、長文を読み込む人は少ない。長くなると読む気が失せ、何が書いてあるのか分からなくなるらしい。(母国語ですらそうなのだから・・・)
週刊誌の中吊り、テレビ欄、ネットニュースなどなどタイトルや見出ししか見ないという機会も多い。
よって「イバンカ氏基金に57億円」がどんどん拡散した形である。
記事の中の文章を読むとどれにも「トランプ米大統領の長女イバンカ大統領補佐官が設立に関わった、女性起業家を支援する基金への5000万ドル(約57億円)拠出を表明した」と書いてある。

共同通信のタイトルがミスリードだったのか。
※ミスリード
人を誤った方向へ導くこと。わざと間違いや誤解を誘うこと。 新聞や雑誌などで見出しと記事とが大きく違うこと。

それとも文字制限がある中での事実の要約に過ぎないのか。
基金はイバンカ大統領補佐官の提案を受け今年7月に世界銀行グループが設立したものである。
イバンカ大統領補佐官が提案し設立に関わった基金≒イバンカ基金

あなたはどちらだと思いますか?


一番上の産経の記事の中にある望月記者の質問と官房長官の質疑応答はこうである。

質問(望月記者):「イバンカさんの基金、世銀が設立した基金にかなりの金額が費やされるという話が出た。教育無償化に財源を当てる以上にイバンカ基金が必要という意見か」
回答(菅官房長官):「事実に基づいて質問してほしい」「イバンカ基金なんかありません」「各国同じような形で拠出する」

望月記者もイバンカ基金が世銀が設立した基金だと分かっていると十分に解釈できる。
そう考えると、官房長官の回答や産経の記事のほうがおかしい。









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# by yumimi61 | 2017-11-10 14:22
2017年 11月 09日
Mourning
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実はわたし昨日の夕方、交通事故に遭遇した。
と言っても事故の瞬間を目撃したわけではない。
交差点の赤信号で止まる列に付いた時、私の前には4~5台の車がいたが、交差点の横断歩道の途中で人が倒れていることに気付いた。
横断歩道の所には1台の乗用車も止まっていた。
横断歩道を渡っていた人が右折車に撥ねられたような感じだった。
倒れた人のそばに数名の人がいたが倒れた人は動くふうはなかった。
交差点の中に人が倒れ車が止まっているので青信号になっても進まない。
どうしようかと思っていたら、前の車の同乗者が私のところにやってきて「交通事故でたぶん死んでるから動かない。こちらに出たい(進行方向と逆)ので車をバックさせてほしい」と言った。
交差点が塞がれているので対向車も来ない。
私の前の車2台には複数の人が乗っていたがみな喪服を着ていた。
通夜かなにか時間があって急いでいたのではないかと思う。
私の後ろにも複数車が付いていたが喪服の人が「オーライオーライ」と言いながら私の車の後ろを見てバックさせた。
そうこうしているうちに救急車の音が聞こえてきた。
私もそこでUターンをして回り道をし目的地に向かったが、私のすぐ後ろの車はそのまま直進していった。



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# by yumimi61 | 2017-11-09 15:48
2017年 11月 08日
Autumn

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2017/11/08 14:13

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2017/11/08 14:21

This is just beginning…

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# by yumimi61 | 2017-11-08 23:58
2017年 11月 07日
日本国憲法の秘密-615- (加計学園問題について)
法は「正しくないこと」や「ここまでは許される」ということが示され、罰則があり、強制力や拘束力を持つ。
倫理とは「正しいこと」や「あるべき姿・行為」。内的に自律するもので、本来は強制力や拘束力を持たない。
「こんな時にはどうあるべきなのか?」という問いの答えが倫理である。相手の立場に立ち思いやること、社会の一員としての役目を果たすことが求められる。
でも相手にも社会にもいろいろあるので、場所や人によって最適な答えは違う。そこが難しいところでもある。
尊厳死(積極的安楽死・消極的安楽死・自殺ほう助)、死刑、中絶、一夫一妻・多夫多妻、同性愛、一神教・多神教、銃所持や大麻使用、肉食、動物実験、動物殺処分などなど倫理観の相違は各所で見られる。

現代における倫理は、法には定められていないが社会的規範として慣習となっているものとして捉えられていることが多い。
「法には定められていない」という言葉の中にも2つの意味がある。
①全く明文化していないという意味。常識や社会の空気として存在している。
②法ではなくて規定や規範や規則として明文化しているという意味。

②の明文化してある場合においても、規定や規範や規則の中に罰則が盛り込まれていない場合や別途罰則規定を設けていない場合には、罰則を与えることは出来ない。自覚と注意を促す程度のこと。
罰則規定がないのに好き勝手に罰則を与えて、受けた側に不当である裁判でも起こされた場合には、与えた側が負ける可能性が高い。


「加計学園ありき」と騒がれ、確かに「加計学園ありき」だけれども、贈賄でもない限り「安倍首相と理事長が友人で加計学園ありきだからといって何が悪い?」という話になってしまうのだ。
法に触れない以上、倫理(道徳)の問題である。
公の仕事をする公務員は私個人や私情に流されない高い倫理性が求められる。
昔から公務員にコネ採用が多かったのは、「あのうちの子ならば間違いないだろう」「あの人の紹介する人ならば安心だ」という高い倫理性への信頼があったからでもあるのだ。
それが時代とともに金や欲に彩られ、倫理はどこかに置き去りにされた。
倫理とは自分で自分をコントロールするものなので、本来外部がとやかく言うものではないし、規定や規範に罰則が設けてなければ違反があった時の出処進退も本人に委ねるしかない。

但し倫理を社会的規範と考え、その社会が日本国という大きな集団であった場合の「自分」とは「日本」になってしまう。
日本の中には沢山の国民がいる。日本という国にとっての「自分」とは「国民の総意」である。
国民の総意に影響を与えるのがマスメディア。

個人の倫理・・・個人がコントロール
会社の倫理・・・会社がコントロール
学校の倫理・・・学校がコントロール
文科省の倫理・・・文科省がコントロール
自民党の倫理・・・自民党がコントロール
内閣の倫理・・・内閣がコントロール
日本の倫理・・・日本がコントロール

国民の総意を主観ではなくて客観的に示すものが選挙や国民投票。
倫理観を問題視された日本国の代表者である安倍首相は個人でも自民党でも内閣でもなく選挙で自分(日本)の身の振り方を問うたのだ。
そして日本という自分が出した結論が続投せよだったわけだ。
でも自ら選挙を行ったということは違法性や倫理観の欠如に対して少なからず自覚があるのだろう。

加計学園の獣医学部新設は倫理的な問題だけでなく法律違反を犯している。
国家戦略特区の最高責任者である安倍首相には当然責任がある。
しかし違法であっても告訴や告発がなければ裁判には繋がらない。
告訴や告発が全て受理されるとも限らない。
裁判が行われたからといって全てが有罪になるわけでもない。
違法=罰則ではないのだ。
幾つもの違法が見逃されてきた。
その挙句権力者は逃げ道を持ってもいる。
法も倫理もメディアも機能しない社会に待っているものは果たした何であろうか?


「法」ではあるものの、憲法には罰則がない。
国家戦略特区法にも独自の罰則はない。
学校教育法は一部に罰則があるが、全ての条に罰則があるわけではない。

憲法に罰則はないけれども裁判沙汰になり「違憲判決」が下されることはある。
違憲か合法か、もし違憲ならばどうすべきなのかを決めるのは裁判所・裁判官である。
しかしながら個々に具体的な罰則がないので抽象的にならざるを得ず、強制力や拘束力は弱く、訴えられた側のダメージも弱いことは否めない。
9条違反でも同じことである。

少し前に電通が従業員の自殺関連で裁判で判決を受けて罰金50万の有罪だったと報道されていた。
電通なんていう大企業に50万の罰金なんて痛くも痒くもないだろうと感じた人は多いのではないかと思う。
あれは労働基準法違反だったわけだが、労基法で50万円の罰金はわりと重い方である。
労基法の罰則で一番重いのがこれ。
強制労働の禁止(第5条)
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

⇒罰則:1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金

先の電通の裁判の判決では規定の時間外労働や休日労働の時間を違反していたということに対する罰則が適用されたのではないのだ。
金額こそ満額300万ではなかったが、強制労働として一番重い罰則が適用された。



「三権分立」ということを学校で習うと思う。
「日本は三権分立で成り立っている」と教わったり、そう思っている人は少なくないであろう。
しかし「三権分立」という言葉が憲法に明文化されているわけではない。
では誰が三権分立と解釈したのだろうか?
本当に三権分立だろうか?

1.立法・・・長は議長
国会<衆議院・参議院>(国会議員)

国会議員は選挙で選ばれる。
衆議院議長と参議院議長は院内の選挙から選ばれるが、議長は与党第一党から選ばれるのが慣例。


2.行政・・・長は内閣総理大臣
内閣(国務大臣)ー省庁(官僚)

内閣総理大臣は国会議員による首相指名選挙によって選ばれる。必然的に議員数が多い政党の代表が選ばれる。。(記名選挙であるぶん本音は出にくい)
総理大臣以外の国務大臣は総理大臣が任命する。
官僚は公務員試験に合格した上で採用される。


3.司法・・・長は最高裁判所長官
最高裁判所(最高裁判事)ー下級裁判所(裁判官)

最高裁判所長官は内閣が指名する。
最高裁判事は長官が決めて推薦し、総理大臣が任命する。


日本は議院内閣制である。議院の信任によって内閣が存在している。
特徴は議院で多数を占める政党の代表が内閣の長となり、自身で国務大臣を任命し好きなように内閣を形成できること。
 議院の第一党政党の代表=内閣総理大臣
議院(立法)と内閣(行政)を切り離せない議院内閣制なので立法と行政の間に強い関係性が認められる。
連携しやすさはあるが独立性は弱い。だから立法府の長と行政府の長を言い間違えてしまうのだろう。
さらに最高裁判所長官は内閣が指名している。判事も総理大臣が任命する。
これではとても三権分立とは言えないであろう。

日本の議員内閣制はイギリスに倣ったものである。
イギリスの上院議員は貴族や聖職者などで誰もが選ばれる資格を持つわけではない。下院議員は選挙で選ばれる。
日本も戦前は貴族院と衆議院だったが、貴族院が廃止されて今のような形になった。
身分の違いがなくなり衆議院も参議院も同じように国民の選挙で選ばれる人達なので、2院制である意味がとても薄く、何やらおかしなことになっている。
イギリスの首相は下院議員である必要がある。
国務大臣は上院・下院どちらからでもよいが、議員である必要があり民間人はなれない。
首相が下院を解散できるのは内閣不信任案が可決された時だけ。
日本のように解散は首相の専権事項とか言っていつでも好きな時に解散できるわけではない。
イギリスの上院にあたるのが参議院で、下院にあたるのは衆議院。
イギリスではどちらかと言えば身分的地位の低い選挙で選ばれる下院に優越権を与えているのが特徴。
日本の場合は両院に身分の差はなく、それが却って衆議院の優越権などを持って衆議院の地位のほうが上という意識に繋がっている。


アメリカは大統領・内閣と議会が全く別である。
議員の中から大統領が選ばれるわけではない。
だから民主党の大統領の時に議会の第一党が共和党といったねじれ現象も普通に起こる。
事がすんなり運ばないと言えばそうかもしれないが、議会の独立性が高いため足枷になり権力者が暴走しにくいシステムである。(但し大統領は大統領権限なる特権を有している)

またアメリカの最高裁も独立性が高いことで有名。
最高裁判事は大統領が指名して任命もするが、任命には上院による助言と同意が必要である。
独立性が高く大統領のご機嫌伺いをする必要のない議会との調整が必要ということで大統領の思うような裁判官を任命することはなかなか難しい。
そもそもアメリカの最高裁判事には定年がなく、本人が辞意を表明するか死ぬまで続けられ、弾劾裁判以外の理由で解任されることも禁じられている。
空きがないと新しい判事を選べないけれど、そう簡単に空きもないので、大統領が変わったからといって言いなりな裁判官を指名任命するわけにもいかない。
最高裁の判決はまさに裁判官の倫理によるものであり、行政や立法から距離を置いている。

ということで、権力者が権力を掌握し暴走に繋がりやすいシステムやら慣習を持つのは日本である。








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# by yumimi61 | 2017-11-07 14:12
2017年 11月 07日
日本国憲法の秘密-615- (加計学園問題について)
法は「正しくないこと」や「ここまでは許される」ということが示され、罰則があり、強制力や拘束力を持つ。
倫理とは「正しいこと」「あるべき姿・行為」。内的に自律するもので、本来は強制力や拘束力を持たない。
「こんな時にはどうあるべきなのか?」という問いの答えが倫理である。相手の立場に立ち思いやること、社会の一員としての役目を果たすことが求められる。
でも相手にも社会にもいろいろあるので、場所や人によって最適な答えは違う。そこが難しいところでもある。
尊厳死(積極的安楽死・自殺ほう助)、死刑、中絶、一夫一妻、多夫多妻、銃所持や大麻使用などなど倫理観の相違は各所で見られる。

現代における倫理は、法には定められていないが社会的規範として慣習となっているものとして捉えられていることが多い。
「法には定められていない」という言葉の中にも2つの意味がある。
①全く明文化していないという意味。常識や社会の空気として存在している。
②法ではなくて規定や規範や規則として明文化しているという意味。

②の明文化してある場合においても、規定や規範や規則の中に罰則が盛り込まれていない場合や別途罰則規定を設けていない場合には、罰則を与えることは出来ない。自覚と注意を促す程度のこと。
罰則規定がないのに好き勝手に罰則を与えて、受けた側に不当である裁判でも起こされた場合には、与えた側が負ける可能性が高い。


「加計学園ありき」と騒がれ、確かに「加計学園ありき」だけれども、贈賄でもない限り「安倍首相と理事長が友人で加計学園ありきだからとって何が悪い?」という話になってしまうのだ。
法に触れない以上、倫理(道徳)の問題である。
公の仕事する公務員は私個人や私情に流されない高い倫理性が求められる。
倫理とは自分で自分をコントロールするものなので、本来外部がとやかく言うものではないし、規定や規範に罰則が設けてなければ違反があった時の出処進退も本人に委ねるしかない。

但し倫理を社会的規範と考え、その社会が日本国という大きな集団であった場合の「自分」とは「日本」になってしまう。
日本の中には沢山の国民がいる。日本という国にとっての「自分」とは「国民の総意」である。
国民の総意に影響を与えるのがマスメディア。

個人の倫理・・・個人がコントロール
会社の倫理・・・会社がコントロール
自民党の倫理・・・自民党がコントロール
内閣の倫理・・・内閣がコントロール
日本の倫理・・・日本がコントロール

国民の総意を主観ではなくて客観的に示すものが選挙や国民投票。
倫理観を問題視された日本国の代表者である安倍首相は個人でも自民党でも内閣でもなく選挙で自分(日本)の身の振り方を問うたのだ。
そして日本という自分が出した結論が続投せよだったわけだ。
でも自ら選挙を行ったということは違法性や倫理観の欠如に対して少なからず自覚があるのだろう。

加計学園の獣医学部新設は倫理的な問題だけでなく法律違反を犯している。
国家戦略特区の最高責任者である安倍首相には当然責任がある。
しかし違法であっても告訴や告発がなければ裁判には繋がらない。
告訴や告発が全て受理されるとも限らない。
違法=罰則ではないのだ。
幾つもの違法が見逃されてきた。
その挙句権力者は逃げ道を持ってもいる。
法も倫理もメディアも機能しない社会に待っているものは果たした何であろうか?









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# by yumimi61 | 2017-11-07 14:12
2017年 11月 06日
日本国憲法の秘密-614- (加計学園問題について)
トランプ大統領が来日し、安倍首相とトランプ大統領が一緒にゴルフをしたとか会食したとの報道があったので、ゴルフと食事について書こうと思う。
その前に、ところでトランプ大統領って何しに来日したんだっけ?
ゴルフバカンス?ステーキ食べ比べ?
ああそうだった、北朝鮮拉致被害者の方々との面会でしたね。


安倍首相が一緒にゴルフや食事をするのはトランプ大統領だけではない。
加計学園の理事長とも何度も一緒にゴルフや食事をしている。
加計学園問題を国会で追及されていた時にゴルフや食事が取り上げられていた。

追及しているのは民進党(当時)の大串博志議員。現在は希望の党。
この方、元大蔵・財務官僚である。
佐賀県杵島郡有明町(現:白石町)生まれ。佐賀大学教育学部附属中学校、佐賀県立佐賀西高等学校、東京大学法学部卒業。
大学卒業後、大蔵省(現:財務省)に入省。理財局に配属され、主に財政投融資を担当する。
1991年、アメリカ合衆国のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)ビジネススクールに留学し、MBA(経営学修士号)を取得した。
その後は長野県諏訪税務署長や国際通貨基金(IMF)日本理事室審議役、財務省主計局主査、在インドネシア大使館一等書記官、金融庁監督局銀行第一課銀行監督調整官等の役職を経て、2005年に財務省を退官する。

2005年から衆議院議員。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

大串議員「まさか総理、これらの食事、あるいはゴルフの料金は、総理がちゃんともってらっしゃるんでしょうね。お答えください」

安倍首相は「私のプレイ代は私がすべて払っております」と答えた。食事代についての返答はない。

大串議員が「食事代もそうですね?」と続ける。

安倍首相「まあ、食事代についてはですね。私がごちそうすることもありますし、先方が持つ場合もあります。しかしそれは、私が持つ場合も当然あるわけでございます」

大串議員「加計理事長から払われたということもあるわけですね?」

安倍首相「いま、にわかにはお答えできませんが、だいたい、友人関係でありますから、割り勘で行っているときもありますし、私がごちそうすることも多々あるわけでございます」

大串議員「キチンとお答えください。加計理事長から供応されたことも、お金をだされたこともあるんですね?」

安倍首相「そこで、何か頼まれてごちそうされたということは一切ないわけであります。気の置けない友人関係ですから、こちらがごちそうすることもあるし、先方がごちそうすることもあるというのは、今申し上げたとおりであります」

大串議員「いま、支払いを受けたこともあるという発言がありましたが、国家公務員は権力関係にある方と食事をしてはいけないことになっているんですよ。国家公務員倫理規定というのがありまして、飯食ってもいけないんです」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

加計学園が国家戦略特区に申請されていると知ったのは1月20日だと安倍首相が虚偽答弁したのも、この大串議員の追及の中でのこと。

大串議員が持ち出した国家公務員倫理規定だが、この規程の中では利害関係者のゴルフや食事を禁じている。
大串議員は誰がお金を支払ったか訊いているけれども、利害関係者とのゴルフや食事は誰が支払おうが一緒に行ってはいけないのだ。

国家公務規定の3
1  職員は次に掲げる行為を行ってはならないこと。
一  利害関係者から金銭、物品又は不動産の贈与(せん別、祝儀、香典又は供花その他これらに類するものとしてされるものを含む。)を受けること。
二  利害関係者から金銭の貸付け(業として行われる金銭の貸付けにあっては、無利子のもの又は利子の利率が著しく低いものに限る。)を受けること。
三  利害関係者から又は利害関係者の負担により、無償で物品又は不動産の貸付けを受けること。
四  利害関係者から又は利害関係者の負担により、無償で役務の提供を受けること。
五  利害関係者から未公開株式を譲り受けること。
六  利害関係者から供応接待を受けること。
七  利害関係者と共に飲食をすること。
八  利害関係者と共に遊技又はゴルフをすること。

九  利害関係者と共に旅行(公務のための旅行を除く。)をすること。


しかしながら、これで安倍首相を追求することは出来ない。
国家公務員倫理規定は国家公務員の一般職に適用されるものであって、特別職は適用対象となっていない。
官僚は一般職であるが、国会議員は特別職である。

特別職は、日本の公務員制度においては、国家公務員および地方公務員の職のうち、法令等により一般職とは区別される職すべてをいう語である。特別職である職に就いている公務員は、法令上「特別職の職員」と呼ばれ、日本国籍でなければならない。

余談だが、蓮舫議員の二重国籍問題は職の要件に係わることなので、大変需要な問題であった。(日本も中国も二重国籍を認めていない)

採用選考(試験)によらず、選挙や委嘱などにより任じられる職種の公務員を指す。
 ・選挙や国会の議決によって選出される職
 ・任命権者の裁量により政治的に任命することが適当とされている職
 ・任命に国会の両院または一院の議決もしくは同意が必要とされている職
 ・職務の性質から特別の取り扱いが適当なものが主たるものである。

国家公務員法又は地方公務員法の定める公務員の根本基準は原則として一般職に属する職に対して適用され、特別の規定がない限りは特別職に属する職に対しては適用されない。 

特別職の国家公務員(約30万人)のうち、多数を占めているのは防衛省の職員である自衛官(約24万人)である。自衛官を除くと裁判所職員(約2.6万人)が多い。



安倍首相が守るべき規定は「国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範」のほうである。
この規定は2001年1月6日に閣議決定されたもので、最終改正は2014年5月27日。
こちらは若干分かりにくい文章であるが、特別職が関係業者に支払ってもらうことや何かを貰うことを前提にしていて、贈賄の疑惑を招くような行為はしてはいけないと言っている。
贈賄となると、贈る側に頼みごとがあり、受け取る側がその依頼を受ける側となる。
だからゴルフ代や食事代を安倍首相が支払ったり割り勘では贈賄は成り立たない。

(6)関係業者との接触等
倫理の保持に万全を期するため、
① 関係業者との接触に当たっては、供応接待を受けること、職務に関連して贈物や便宜供与を受けること等であって国民の疑惑を招くような行為をしてはならない。
② また、未公開株式を譲り受けること、特定企業における講演会に出席して社会的常識を著しく超える講演料を得ることは行ってはならない。


これも余談になるが、こんなのもある。
(7)外国からの贈物等の受領
外国の元首や政府等から贈物を受ける場合、2万円を超えるものは、原則として退任時にその所属していた府省庁に引き渡すものとする。
なお、外国の元首又は政府から勲章等の授与を受けるには、内閣の許可を要する。


安倍首相、トランプ大統領から2万円以上のものを貰っていたら、退任時には内閣府に引き渡してくださいね!
でも・・犬や猫だったらどうするんだろう・・普通に考えて2万円以上しますわよね?・・・そうか!内閣府が岡山理科大獣医学部に引き渡せばいいんだわ。




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# by yumimi61 | 2017-11-06 21:38
2017年 11月 05日
Bonfire
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去年の誕生日クラッカーを鳴らして破裂する喜びに酔いしれていたけど
外を歩いたら銃声が聞こえる
あの場所じゃ その音は悲しげに響くだろうな
そう歌ったのは誰だったか。

いつだったろうか。日本の夏の風物詩だった花火を私が心から楽しめなくなったのは。
季節外れに不意打ちに響いた花火の音を花火と思わなかった時からかもしれない。
あの音が怖いのだ。犬や猫のようにパニックになることはないけれど。
ズドーンと地の底から響くような音、パンパンパンと乾いた連続音、花火の音がこんなにも不気味なものだったなんて。
大空に描かれる色とりどりの光の造形は確かに美しい。
その美しい光が儚く散っていく様は桜の花の散り際を思わせて日本人の心に訴えるものがあるのかもしれない。
だけどどうだろう。もし花火観賞をしていてあの音が無かったら。
無音の花火は派手な音を伴う花火ほど人々を惹きつけるだろうか。
そう考えると、闇は空の暗さにあるのではなく、あの音にこそ隠されているのかもしれない。



ガイ・フォークス・ナイト(Guy Fawkes Night)またはガイ・フォークス・デイ( Guy Fawkes Day) 
イギリスの風習。11月5日に行われる。子供たちが花火をならし、かがり火をたく風習がある。

1605年11月5日、ガイ・フォークスとその一味のカトリック教徒が、時の国王ジェームズ1世と議員たちを殺すために、上院議場の下まで坑道を掘り、開会式の行われる11月5日(グレゴリオ暦11月15日)に爆破しようとしたが(火薬陰謀事件)、寸前で発覚し、主謀者はロンドン塔に送られ、翌年1月31日(2月10日)に処刑された。

なお、ここでいう「1605年11月5日」とは、ユリウス暦に基づく日付である。事件当時のイングランドでは、いまだグレゴリオ暦は採用されていなかった。グレゴリオ暦での日付は、1605年11月15日である。


エリザベス1世の時にローマ教皇によって暦が変更されたが、イングランドはすぐに新暦(グレゴリオ暦)を採用しなかったため旧暦11月5日に事件は起こされようとし、新暦となっている今でも旧暦の日付のまま行事は行われている。
もしすぐに新暦を採用していれば11月15日だったということ。
ちなみに私が結婚したのは11月15日だった(もちろん新暦です)。


火薬陰謀事件( Gunpowder Plot) 
1605年にイングランドで発覚した政府転覆未遂事件である。イングランド国教会優遇政策の下で弾圧されていたカトリック教徒のうちの過激派によって計画されたものであるとされてきた。首謀者はロバート・ケイツビー、実行責任者はガイ・フォークス。
上院議場の地下に仕掛けた大量の火薬 (gunpowder) を用いて、1605年11月5日の開院式に出席する国王ジェームズ1世らを爆殺する陰謀 (plot) を企てたが、実行直前に露見して失敗に終わった。これにちなんだ祭事が毎年イギリス各地で開催されている。


事件以後、「11月5日」という日はイギリスにおいて、特別な意味をもって記憶されることとなった。1606年1月、議会は11月5日を「命を救い給うたことを神に感謝する日」として、法定の祝日と定めた。この制度は1859年に廃止されるまで、2世紀半にわたって続いた。

法定の祝日が廃止されたのはヴィクトリア女王の時。
ヴィクトリア女王は世界各地を植民地化・半植民地化して繁栄を極めた大英帝国を象徴する女王。

祝日でこそなくなったが、この事件を記念するため、ガイ・フォークスと呼ぶ人形を作って町中を一日中引き回し夜になって焼きすてる風習は多少形を変えつつも今なお行われている。
人形は次第に国民の怒りの対象となる人物にも変わっていき、マーガレット・サッチャー首相などの人形がかがり火で焼かれたこともあった。
ハロウィーンの頃から始まって、爆竹や花火とともに11月5日に最高潮を迎える。
火薬の匂いが町中に満ちて、空は煙で曇るという。


ガイ・フォークスが当初偽名を名乗り証言を拒んだことからか、ガイ・フォークス・マスク という仮面が古くからガイ・フォークス・ナイトの祭典の一部となっていた。
近年ではハッカー集団アノニマスのシンボルとなり、抵抗と匿名性があいまった社会的な抗議運動の象徴として世界中で使われるようにもなっている。
つまりガイ・フォークスは引き回され火に投げられるほどの軽蔑や憎悪の対象であると同時に、反体制や名も無き庶民を代表する英雄でもあるのだ。
火に投げ入れられるのがガイ・フォークスの人形であると同時に、火に投げ入れる側がガイ・フォークス・マスクを付けていたりする。
世の中には表もあれば裏もある。右があれば左もある。
そして時にそれは同一化してしまう。



この事件の背景にあるのは宗教である。
16~17世紀のイギリスはカトリック教徒が弾圧されたことも、プロテスタント教徒が弾圧されたことも、清教徒が弾圧されたこともあった。

離婚問題のこじれという個人的な理由でローマ教皇庁と対立したイングランド王ヘンリー8世は、1534年に国王至上法を発布して、教皇庁と袂を分かった。彼はローマ教皇に代わって自らがイギリス教会の首長であることを宣言した。これがイングランド国教会の起こりである

●イギリスは元々はカトリック国だった。
   ↓
●ヘンリー8世
国王の離婚問題でローマ教皇と対立し分離独立。
国王を長とするイングランド国教会の誕生(聖公会)。
カトリックやローマ教皇から分離独立したためプロテスタントに位置付けられている。
ヘンリー8世は結局生涯6度結婚した。
   ↓
●エドワード6世(プロテスタント)
   ↓
●ジェーン・グレイ女王(プロテスタント)
在位9日でメアリー1世により廃位され、その後に大逆罪で斬首刑に処された。
   ↓
●メアリー1世女王(カトリック)・・夫フィリップ1世(スペインやポルトガルの国王)と共同君主
メアリー1世はヘンリー8世の最初の王妃の娘。
父であるヘンリー8世が離婚したことにより庶子となり自身の立場が弱くなってしまうも、6人目の王妃によって地位を再獲得。
しかし彼女は父親やプロテスタントを必要以上に恨んでいて、自身が女王の立場になるとプロテスタントの指導者を次々と処刑していった。
   ↓
●エリザベス1世女王(中道)
ヘンリー8世の再婚後の子であるが、国王はその後も離婚再婚を繰り返したので彼女も庶子となってしまった時代があった。
そんな父への反抗心があったのか自身は生涯結婚せず子供を儲けることもなかった。
エリザベス1世の出自や庶子に成り下がったことを理由に彼女に異を唱えたのがスコットランド女王メアリー・スチュアート(カトリック)(上のイングランド女王メアリー1世とは別人)であり、エリザベス1世を排除する計画に関わった。
またメアリー・スチュアートはイングランド王位継承に有利な相手と結婚するも愛情はすぐさま冷め秘書と恋仲になり、その後夫が殺害されるという事件が起きて関与が疑われた。殺人が疑われた理由は息子の王位継承権を失わずに離婚できなかったため。(夫の死後に秘書と結婚している)
最後はエリザベス1世暗殺計画を企てたとして処刑された。
この処刑がカトリック教会の守護者を自認していたスペインにイングランド攻撃の口実を与えて、スペイン無敵艦隊のイングランド侵攻(アルマダの海戦)に繋がるも、イングランドが勝利した。
    ↓
●ジェームズ1世(カトリック環境で育っておりカトリック信仰者とみられていたが・・)
上記メアリー・スチュアート女王の息子で、スコットランド王(ジェームズ6世)でもあった。
国王就任後は、「主教なくして国王なし (No bishop, no King)」との言葉に象徴される、国教会優遇政策堅持の宣言を行った。国の信仰が変わることを期待したカトリック信者や清教徒にとっては裏切られる形となった。


事件の首謀者は、このジェームズ1世を暗殺し、当時王位継承資格第3位であったジェームズ1世の長女エリザベス・ステュアートを王位に就けようと企んでいた。

(カトリックに不利な状況となっていたイギリスの宗教環境を打破しようと)首謀者ロバート・ケイツビーが導いた結論こそが、ウェストミンスター宮殿内にある議事堂の爆破という前代未聞の陰謀だったのである。「国王を殺害するのみならず、国会議員の多数を占める国教徒、そして清教徒をも同時に殲滅して国会の機能を麻痺せしめ、代わって政権を掌握したカトリック教徒がイングランドに至福の王国を建設する」。この遠大な目標を達成すべく、ケイツビーは1603年の四旬節に、トマス・ウィンター(ケイツビーのいとこ)、及びジョン・ライトに対し、議事堂爆破の計画を打ち明けた。

火薬陰謀事件は結局未遂に終わっており、フォークスは首謀者ではなく、また13人いた陰謀加担者の1人に過ぎなかったが、大量の火薬ともに発見された人物であったためか事件の代名詞として後世にもその名が伝わる。

現代の物理学者の試算によると、「仮に計画が実行されていた場合、ウェストミンスター宮殿の大半は破壊され、半径1km圏内の窓ガラスが割れていたであろう」とのことである(なお、窓ガラスが一般に普及するのはごく最近のことであり、「窓ガラス」という表現を用いたのは爆発の威力を説明するために過ぎない)。

余談だが、ガラス普及の時期の例が上に挙げられているが、歴史的に爆発の威力を考える時には現在と昔の建物構造や強度の違いも加味する必要がある。
威力が落ちることを物理的に考えると、別の物にエネルギーの移動が生じたということになる。
だから抵抗があれば威力(エネルギー)も落ちる。
爆風でもなんでも、抵抗となる物が多いほど、抵抗が強いほど、威力は弱まっていく。
別の誰かを愛するようになれば(エネルギーの移動)、元の愛は同じ状態を維持できない。
子供が出来ると妻の愛情が変わるという男性は多いけれど、エネルギーの移動が起こっているのである程度は仕方ないことなのだ。
恋は抵抗や障害があると燃えるという話も聞く。ハングリー精神という言葉も少ないエネルギーのほうが却って大きな仕事をするという意味なので物理的な法則から外れる。
でもそこにはエネルギーの総量は変わらないという落とし穴が隠れている気がする。
ある場所で一時的に大きな仕事をする(大きなエネルギー移動が起こる)。でも総量が同じならば後でがくっと勢いは落ちる。
その勢いを落とさないためにはやはりエネルギーを供給してやる必要がある。
一生ハングリーであれば、必然的にそれは短命となるだろう。


フォークスは最初の取調べではジョン・ジョンソンと名乗り、強気に振舞った。多量の火薬と共にいたことについて聞かれると、「スコットランドの乞食どもを祖国の山に送り返してやるためだ」と返した。フォークスは議事堂を吹き飛ばす予定であったことを認め、失敗を残念に思うと述べた。フォークスの堂々とした態度はジェームズ1世の歓心を買い、まるでローマ人のようだと賞賛した。
王の賞賛は得たが、「ジョン・ジョンソン」は仲間の名前を白状させるため11月6日に拷問にかけられることになった。

1606年1月27日に陰謀に加担した者8名の裁判が始まった。
陪審員は全ての被告に対し有罪を認め、首席判事のジョン・ポファムは大逆罪を宣告した。法務総裁のエドワード・コークは、「被告は馬に引き回され、性器は切断されて目の前で焼かれ、腸や心臓は抜き取られるだろう。その後断頭され、体をバラバラにして晒され、いずれ鳥の餌になろうだろう。」と述べた。

1606年1月31日、ガイ・フォークス、トマス・ウィンター、アンブローズ・ルークウッド、ロバート・キーズの4名は、編み垣(en:hurdle)に乗せられ、ロンドン塔からウェストミンスターのオールド・パレス・ヤードまで引き回された。フォークスの仲間は首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑に処され、フォークスの処刑は最後であった。フォークスは拷問により衰弱しており、死刑執行人の手を借りねば絞首台にも登れないほどであったという。フォークスは首吊りの後に続く、生きながら切り刻まれる責め苦から逃げるべく 絞首刑台から飛び降りたか、ロープの長さが不適当であったため、首の骨を折って死んだ。死んでなお、体は四つ裂きにされ、慣例に則り、「王国の4箇所」に晒された。



カトリック教徒であったスコットランド女王メアリー・スチュアートの息子であるためカトリック信仰者と思われたジェームズ1世だったがカトリックにもプロテスタントにも肩入れせずにイングランド国教会を前面に出した。
カトリックにとっては望ましくない状況となったため、そのジェームズ1世国王の暗殺を画策しカトリック派の人物達が起こしたのが火薬陰謀事件。
彼らがジェームズの代わりに王位に就けようとしていたのはジェームズ1世の娘エリザベス・ステュアートだった。

ということは、エリザベス・ステュアートはカトリックに近い人物だったはずである。

エリザベス・ステュアートはイギリス王ジョージ1世の祖母であり、現在のイギリス王室の祖先にあたる。
ジョージ1世はドイツのハノーファー出身でイギリス・ハノーヴァー朝時代の幕開けとなったわけだが、何故にジョージ1世が選ばれたかと言えば、カトリック色の排除からだった。
しかしジョージ1世はエリザベス・ステュアートの娘・ソフィアの子である。
そして、その系統が途切れることなく今日まで続いている。

火に投げ入れられるのがカトリック一派であったガイ・フォークスの人形であると同時に、火に投げ入れる側もカトリック一派であったガイ・フォークスのマスクを付けていたりする・・・

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# by yumimi61 | 2017-11-05 21:10
2017年 11月 05日
Thorny
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# by yumimi61 | 2017-11-05 00:26
2017年 11月 03日
Culture
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Me too!

NO! you are wrong.








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# by yumimi61 | 2017-11-03 23:33
2017年 11月 02日
日本国憲法の秘密-612- (加計学園問題について)
先日、今治市土地開発公社の平成27事業年度財産目録(平成28年3月31日)を見たが、今日は平成28事業年度財産目録(平成29年3月31日)を見てみよう。
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平成28年度も資産の「公有用地」(土地)金額と負債の長期借入金の金額が同じである。約6億6千万。
平成27年度もここが同額であったが約30億だった。
ということは、平成28年(2016年)12月に今治市に売却した学校建設用地の金額は約23億4000万円だったということになる。
平成28年度決算の収入額がほぼ同額であることからも、これが今治市が土地取得のために支払った金額であることが分かる。
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加計学園に無償譲渡する土地全部の評価額は約37億円であると伝えられているので、今治市土地開発公社が取得した土地の評価額(取得額)とも、今治市が今治市土地開発公社に支払った23億円とも金額の開きがある。
評価額に間違いがないとして常識的に考えれば、37億円と30億円の差額7億円分に対応する土地が市有地だったということになる。
それは登記簿で全ての区画の権利関係を調べれば分かることではあるが。
では30億円と23億円の開きはなんだろうか?

森友学園の小学校建設用地は国有地を安く売却されたが、そういう事例も踏まえると、今治市土地開発公社が30億円で購入した学校建設用地を今治市に評価額よりも安い23億円という価格で売却したということも考えられなくはない。
何故安くするのかと言えば市の用意できる購入代金が足りないから。
別会計であることを利用して、市が直接借金するのではなく土地開発公社に借金をさせて、市の財政を少しでもよく見せるため。

今治市は1980年代から学園都市構想があって積立をしていたようなので、ある程度は準備金があったと考えられる。
自治体であるから積立金は特別会計に置くと思う。
ただそれを通常予算に乗せるのであれば、平成28年度(2016年度)予算編成の段階で特別会計から学校用地取得分などして挙げておく必要があるだろう。
自治体の予算編成時期は前年度10月~3月。
2016年12月に土地取得のために必要なお金は、2015年10月~2016年3月に出して、最終的に3月には予算案を議会で審議し通過させなければならない。

国家戦略特区絡みでみると、この時期というのは非常に微妙な時期。
1月末に区域に指定されたものの、獣医学部設置が正式に決まったわけではない。ということはもちろん文科省認可も下りていない。
結果的に3月末に京都が獣医学部設置の提案を行ったこともあり、国家戦略特区においても今治市の獣医学設置は突っ走ることが出来なくなってしまった。

2015年6月4日 今治市が国家戦略特区に申請(加計学園による獣医学部新設を提案)
2015年6月30日 「日本再興戦略 2015」が閣議決定される
2015年12月15日 国家戦略特区諮問会議(第18回)・・3次指定区域案提示
2016年1月29日 国家戦略特区 3次区域指定(決定)

(2016年3月 予算案通過)
2016年12月27日 土地売買(今治市土地開発公社→今治市) 


それでも区域指定後のことであり、土地取得に関するお金で、積立金も多少あったと考えれば、特別会計から平成28年度(2016年度)予算に乗せておくのはよしとしよう。
支払い時期が伸びるようならば同じ用途で次年度に繰り越せばよいのだ。
ただこの場合でも、もしも30億円の土地に対して23億円しか使える額(積立金)がなく、残り約7億円を土地開発公社に残して土地を全部引き受けたとするならば問題である。不正会計である。
今治市土地開発公社は平成29年3月31日(2017年3月31日)現在も約7億円分の土地とそれを得るためにした借金を所有していることになっているのだ。
2期工事部分(2018年6月から工事予定)の土地をまだ今治市が土地開発公社から取得していないのだろうか?
土地は無償譲渡すると決議したのだから全部一緒に手続きすると思うのだが。 


上に積立金があると考えられると書いたが、ではどうして土地開発公社は土地を取得するにあたって長期借入なんかしたのかという問題もある。
今治市土地開発公社が都市再生機構から土地を購入したのは2011年2月のことである。取得額は約30億円。
借金するということは借金額だけでは済まない。金利が乗ってくる。
幾ら金利が低い時代とはいえ、預金に付く利息とはわけが違うし、借りている額も大きいので利子だってそれなりに嵩む。
1980年代から積立をしていて、積立金で支払えるならば、利子の付く借金なんかしないで、今治市が現金で直接購入したほうがよかったと思うのだ。
それをしないということは今治市には現金による支払い能力がなかったと考えられる。
現金で支払えないことが分かっていながら、どうして2011年2月に土地を購入したのかという疑問も残る。
構造改革特区申請はしても却下され続け、まだ安倍政権でもないから国家戦略特区は始まっていない。
そんな時期に借金までして当てのない土地を買った理由はなんだろうか?
考えられる理由① 都市再生機構に土地を買い取れとすごまれた。
考えられる理由② 実はもうすでに加計学園の獣医学部新設の当てがあった。

今治市土地開発公社は今治市役所内にある。(所在地は同じ)
土地開発公社の役員も職員も全て市役所職員が兼務している。
現理事長は越智博・副市長である。元は農水港湾部長であり、2017年3月1日に副市長に就任した。
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金融機関から借金をする場合、通常なにか抵当に入れる必用がある(担保)。
土地を購入する資金を融資してもらうならば、その土地が担保になる。
だからちゃんと土地の権利者を移転しておかなければならない。
借金返済に行き詰まったならば、その土地は金融機関に没収される。
今治市土地開発公社は借金をして土地を購入した。もし返済できなければその土地が没収される。
でも土地開発公社は今治市に土地を売り、その売却額で借金を返済した。借金を返せば抵当権(担保)は外れる。(実際には7億円分の土地と借金が残っている)
だから今治市が現金で支払ったならば問題はない。
では今治市が借金しなければ資金を調達できないとしたらどうだろうか?
通常は土地や建物など不動産を担保にして借金する。不動産所有者は今治市でなければならないのだ。
今治市が土地に抵当権を設定して借金したならば、土地権利者が移転してもそのまま抵当権も付いて行く。
加計学園に土地を無償譲渡しても、そこには抵当権が付いている。
今治市が借金返済できなくなったら、加計学園が土地権利者(所有者)であってもその土地は没収されてしまう。
その先も学校を続けるならば、新たな権利者と賃貸契約を結ぶ必要が出てくる。普通は無償でなんか貸してくれない。
だから借金のカタに入った不動産を買う場合には、売却金で借金を片付けて外してもらう必要がある。
今治市の場合は無償譲渡なので売却金は一切入って来ない。借金があっても借金を片付けることは出来ない。







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# by yumimi61 | 2017-11-02 14:02
2017年 10月 31日
日本国憲法の秘密-611- (加計学園問題について)
Happy Halloween!
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I wonder what is ’Seii’.
I wonder what is happiness.




前記事に書いたように土地区画は幾つかに分かれており、全てが都市再生機構→今治市土地開発公社→今治市と売却されたという確認は取れていない。一部市有地だった部分もあるかもしれないが、かなりの面積の土地を所有していたのは今治市ではなかった。

<無償譲渡した土地地番>
愛媛県今治市いこいの丘 1番3
愛媛県今治市いこいの丘 1番4
愛媛県今治市いこいの丘 1番5
愛媛県今治市いこいの丘 1番6
愛媛県今治市いこいの丘 1番7
愛媛県今治市いこいの丘 2番
愛媛県今治市いこいの丘 4番1
愛媛県今治市いこいの丘 4番3

無償譲渡した土地の評価額は約37億円ということなので、市有地が全く含まれないのであるなら今治市は今治市土地開発公社にほぼこの金額を支払わなければならない。
そもそもこの評価額37億円は妥当な額なんだろうか?
評価額はともかくとして土地取得のために今治市は実際に幾ら支出したのか?
このあたりの金額が妥当でなければそれも違法になるのではないか。

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今治市土地開発公社の平成27事業年度財産目録(平成28年3月31日)を見ると、資産の「公有用地」(土地)金額と負債の長期借入金の金額が同じで約30億なのだ。(赤いラインのところ)
30億円という金額と、土地と借金の額が同じことから考えれば、これが学校建設用地であると考えられる。(他の土地は所有していないということ)
そうとなれば、今治市土地開発公社は、都市再生機構から土地を買うにあたって長期借入で対応したということになる。約30億の借金を抱えている。
しかしその年の12月末に今治市にその土地を売った。資産の公有用地金額が減り、土地売却代金が入ってくるので借金も帳消しできる。
但し長期借入がどんな形や契約で行われていたかにもよるので、負債の長期借入が翌年度すぐに0円になるとは限らない。



2016年10月31日 加計学園が今治市に「市有地」の事前調査申出&開始

        申出書
 貴市におきまして国家戦略特区を活用して規制緩和の提案をしております獣医学部の案件におきまして、先の諮問会議においてセンターピンプロジェクトに位置付けられたこと、また有識者よりスピード感を持った〇〇が示唆されたことにより、近々には内閣府による公募の動きがあるものと想定しております。
 つきましては、ご提案の今治〇〇〇〇第二地区高等教育施設用地につきまして、弊学園が〇く事業構想が実現可能か検証するべく、貴市が所有する土地の事前調査をいたしたく下記のとおり申出いたします。
 ご承諾いただきますようよろしくお願いいたします


2016年11月9日 国家戦略特区諮問会議にて獣医学部の設置(1校に限る)が決定
2016年12月27日 土地売買(今治市土地開発公社→今治市) 
2017年1月6日 土地の所有権移転受付日
2017年1月20日 国家戦略特区 区域会議&諮問会議⇒今治市の区域計画の認定
2017年3月3日 今治市議会 土地の無償譲渡と建設費の半額負担を決議
2017年3月4日 建設工事が開始される 
2017年3月末 加計学園が文科省に岡山理科大の獣医学部新設を認可申請
2017年8月現在、今治市の学校建設用地は加計学園に権利移転されていない


お金が動いたはずのところを色&太字にした。

加計学園の獣医学部新設がまだ決定していない、当然文科省の設置認可も下りていない段階で、土地売買(今治市土地開発公社→今治市)が行われている。今治市はそんな状態で37億円あまり(市有地皆無の場合)を支出したことになる。

文科省の設置認可が下りていない段階で建設工事がスタートしている。
常識的には工事開始には建設業者にある程度建設費の支払い(加計学園→アイサワ工業・大本組)が行われるはずである。
建設費の半分を今治市が負担することが決まったのは工事開始前日。決議翌日に、あるいは決議前に工事着手金を今治市は支出したんだろうか。
これはかなり不味いだろう。
着手金なしで工事を始めたのか?それとも加計学園が出す半額のほうから充当したんだろうか。

では加計学園はその大金を自己資金から捻出できたのか?
一般的に考えれば融資してもらうだろうと思う。
しかし工事を始めた時点ではまだ文科省に認可申請すらしていない。
そんな状況で金融機関は審査を通してお金を貸すのか?
また今治市の学校建設予定地は2017年8月現在ではまだ加計学園に権利移転されていなかった。
所有権を持っていなければ、その土地を担保に入れて融資してもらうことは出来ない。






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# by yumimi61 | 2017-10-31 23:04
2017年 10月 31日
日本国憲法の秘密-610- (加計学園問題について)
加計学園の獣医学部(岡山理科大 獣医学部)(岡山理科大の今治キャンパス)の建設の設計と工事監理を担当しているSID創研という会社も加計学園のグループ企業。
その会社の代表取締役は不正会計処理が発覚し退任した元丸善社長の村田誠四郎という人物。
加計学園グループの岡山理科大学や倉敷芸術科学大学などの相談役も務めているようだ。
丸善の不正会計の舞台となったのは大学や図書館の設備工事を手掛ける部門だったそうだが、その後も丸善は、薬学部、医療技術系学科、教員養成系学部・学科などの新増設案件を受注し、補助金活用を提案するなどしていた。
森友・加計学園問題を彷彿する事業である。


昨日の記事で村田誠四郎の経歴の一部は金沢市中央倫理法人会主催のセミナーから拾ったが、倫理法人会というのは全国各地にあって、ネットでは非常に評判が悪い。
中小企業の経営者をターゲットにしているよう。中小企業の経営者はコネクション作りのために気軽に参加するんだろうか。結果社員も巻き込まれるはめになる。

一般社団法人倫理研究所
生涯学習を推進する民間の社会教育団体
1945年(昭和20年)9月3日創立。2013年(平成25年)9月3日一般社団法人として内閣府の認可を受ける。社会教育、生涯学習に関する諸事業のほか文化芸術活動や環境美化活動も行なう。会員組織として家庭倫理の会、倫理法人会、秋津書道会、しきなみ短歌会がある。

理事長は丸山敏秋。「純粋倫理の研究並びに実践普及により、生活の改善、道義の昂揚、文化の発展を図り、もって民族の繁栄と人類の平和に資する」ことを目的としている。

活動の趣旨に賛同する会員(個人及び法人)を広く募り、社会教育、研究、出版、文化、地球倫理推進などの諸事業を行なっている。 また、中国・台湾・アメリカ・ブラジルなど海外へも活動を広げている。

定期刊行物として雑誌『新世』『倫理』や機関紙『倫研新報』を毎月発行。法人会員向けに『職場の教養』を発行している。

塚田穂高は、現在は、「日本創生」と「地球倫理の推進」を掲げ、「心直し」や「家族の大切さ」などを説いている、と述べている。


どこで見たかは覚えていないが、誰でも一度くらいは見たことがある『職場の教養』。(見たことない?嘘でしょ?)


丸山敏秋(1953年 - )
日本の社会教育者。一般社団法人倫理研究所理事長。1998年に地球倫理推進賞を創設、地球倫理の推進に貢献している団体・個人を毎年顕彰している。日本家庭教育学会副会長。
1976年(昭和51年) - 東京教育大学文学部哲学学科卒業。
1984年(昭和59年) - 筑波大学大学院哲学思想研究科博士課程修了(文学博士)日本学術振興会奨励研究員
茨城大学・筑波大学、目白大学非常勤講師。
1987年(昭和62年)- 社団法人倫理研究所入所
1996年(平成8年)- 社団法人倫理研究所理事長。


倫理研究所理事長である丸山敏秋は日本会議の代表委員の1人である。
日本会議の代表委員は宗教組織の代表や関係者が多くいて、倫理研究所の創始者(丸山敏秋の祖父)も元々はPL教団の教師であったことから倫理研究所も一種の宗教団体とみられている。
安倍首相は日本会議国会議員懇談会で特別顧問を務めている。


(倫理研究所の下部組織である)倫理法人会は、倫理運動の趣旨に賛同する法人会員による組織であり、会員企業数は60,000社である。
1980年(昭和55年)、千葉県倫理法人会が設立されたのを皮切りに、全国各地に波及。現在、47の都道府県倫理法人会に加え、683ヵ所に市・区単位の倫理法人会がある。

中小企業などの会員を対象に法人税・消費税の納付勧奨や啓発セミナーを行っている法人会は全くの別団体。




設計を担当した加計学園グループのSID創研が岡山県土地開発公社ビルに入居していると書いたが、実は愛媛県今治市の学校建設用地にも土地開発公社が絡んでいる。
今治市議会は2017年3月3日、学校建設用地として評価額36億7500万円の市有地を加計学園に無償譲渡することを決議した。
今治市が学園都市をつくるべく学校建設用地を用意したのは1983年だったと言われている。
しかし無償譲渡した土地はずっと今治市の市有地だったわけではないのだ。
広大な土地であり幾つかに分かれて登記されている。土地によって所有者移転の動きも若干違っている。

<無償譲渡した土地地番>
愛媛県今治市いこいの丘 1番3
愛媛県今治市いこいの丘 1番4
愛媛県今治市いこいの丘 1番5
愛媛県今治市いこいの丘 1番6
愛媛県今治市いこいの丘 1番7
愛媛県今治市いこいの丘 2番
愛媛県今治市いこいの丘 4番1
愛媛県今治市いこいの丘 4番3

愛媛県今治市いこいの丘2番の登記事項
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面積は約6万3138㎡で広い。
この部分の土地を初めて登記したのは2011年2月のことである。
登記原因には「土地区画整理法による換地処分」とある。

換地処分とは、区画整理のためにこれまでの土地の区画が変更されて新しくなる場合、整理前の土地(従前の土地)と、これに対応して配分された整理後の新しい区画の土地(換地)とを法律上同一のものと見做して、権利の登記はそのままに土地の表示部分(所在地,地目,地積)を書き換えるもの。
土地の権利関係が変わった場合には、従前の土地の代わりに他の土地を与えたり金銭によって清算するが(行政処分)、これも換地処分と言う。この場合は新たに与えられた土地が換地である。

いこいの丘2番の土地は2011年までの権利の記載がなく2011年まで未登記だったと考えられる。
以前、都市再生機構のUR賃貸住宅(旧公団住宅)の建物が未登記だったというニュースを聞いたことがあるので、たぶん土地も登記していないものがあるのだろう。所有権争いが起きなそうな物件だからという理由で(法的にはすべき)。
ともかく2011年に登記したのは独立行政法人都市再生機構なので、ここが所有者だったということだ。
何故突然登記したのかと言うと、今治市土地開発公社に売ったためである。所有権が移るために明確にしておく必要ができたのであろう。

今治市土地開発公社が今治市にこの土地を売ったのは2016年12月27日。この売買によって市有地になった(法務局にて所有権移転が受理されたのは2017年1月6日)

土地開発公社は自治体が100%出資者であるが、だからと言って土地開発公社=自治体というわけではない。別会計であるし、市の予算(収入支出)は議会を通さなければならない。
都市再生機構も同様である。
では何故1980年代に造成し誘致を続けてきた今治市は最初から市有地として所有してこなかったのかということだが、これはたぶん土地取得のための支出による赤字を補填するために土地を売りお金を作る、土地が必要になったらまた買い戻すといった自転車操業のようなことをしていたのではないだろうか。
 今治市→今治市土地開発公社→都市再生機構→今治市土地開発公社→今治市

市有地でなかったということはつまり、今治市は2016年12月27日の土地購入時に37億円ほどを今治市土地開発公社に支払わなければならない。
加計学園の獣医学部新設は決まっていなかったわけだから、当然2016年度の予算に乗せておくことは出来ない。
だから現金一括払いできるわけがない。
どういう契約だったのか、支払いはローンなのか、新設が決定していない状況で、しかも無償譲渡すると言っているのに、どこが37億円も融資するのか。
今治市が加計学園に土地を売却するならば後々収入になるが、何と言っても無償譲渡である。
なかなか問題は大きそうだ。










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# by yumimi61 | 2017-10-31 13:23
2017年 10月 30日
日本国憲法の秘密-609- (加計学園問題について)
本日2本目の投稿で~す166.png


加計学園の獣医学部(岡山理科大 獣医学部)(岡山理科大の今治キャンパス)の建設の設計と工事監理を担当しているSID創研という会社も加計学園のグループ企業である。
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商号 株式会社SID創研

住所 〒700-0818
岡山県岡山市北区蕃山町1番20号  岡山県開発公社ビル2F

TEL 086-224-5600

設立 2011年12月1日

資本金 9,000万円

代表取締役 村田 誠四郎

事業内容
•建築の設計及び工事監理、建物メンテナンスに関する事業
•オート事業
•保育事業
•ヘルスピア倉敷の教育研究の施設以外の施設運営 ◦屋外レジャープール運営事業
◦アイスアリーナ運営事業
◦テニス・フットサル・スカッシュコート運営事業
◦レストラン運営事業
◦断食・宿泊事業
◦ラドン温浴事業

•技術・研究シリーズ社会還元への展開
◦好適環境水事業
◦水質浄化事業
◦化粧品販売事業
◦その他の特許権、著作権に係る市場化事業

•学園業務支援事業の展開
◦業務受託事業
◦調達代行事業
◦印刷・製本事業

•学生・教職員、地域住民等に対する学園サービス業務の代行又は提供
◦図書類、学用品等の販売事業
◦損害保険代理店事業

主要取引銀行 三菱東京UFJ銀行 トマト銀行

(トマト銀行は岡山県岡山市に本店を置く第二地方銀行。コーポレートスローガンは「にんげん大好き」。アメリカのTomato Bank(宏基銀行)および韓国のトマト貯蓄銀行とは全く関係ないそうである)


この会社には大いなる注目点がある。

●会社の所在地
岡山県岡山市の岡山県開発公社ビル2Fである。
岡山県開発公社とは岡山県土地開発公社のことである。
岡山県土地開発公社は岡山県が全額出資して設立された公社である。
土地開発公社のビルに、それに関係する事業を行っている一民間企業が入居しているとなれば、この段階ですでに癒着が疑われて然るべき。

天下りや癒着などの利権問題に債務超過など全国的に問題の多い土地開発公社は、地方自治体が100%出資して設立されている。
土地の取得、造成、分譲や賃貸などが主な業務。
要するに土地開発公社が、新興住宅地を造るとか、工業団地を造るとか、学園都市を造るとかの事業に投資することになる。
そこには資金を提供する金融機関と事業を展開する業者、あるいは事業に係わる業者(例えば建設業者など)が存在することになる。
土地開発公社だけで事業を行っていくことは出来ないので、公募するなりして事業者を決定して事業を投げる。
出入りする金額が大きいため癒着など利権問題に繋がりやすい。
しかもその事業に対して損失補填契約や債務保証を行っているため、事業者が上手くいかないで赤字を抱えてしまったような場合には、その赤字を地方自治体が抱え込むことになる。
だから財力のない自治体は破綻に繋がってしまう。


サッカー好きな人は覚えているかもしれない2006年のニュース。
浦和レッズは親会社・三菱自動車との損失補填契約を破棄した。
クラブには、入場料収入、広告料収入、グッズ売り上げなどの主な収入がある。どのチームも入場料収入だけではどこにもやっていけない。
一方の支出だが、最大支出は人件費であることが多い。
クラブ(運営会社)の1年間の収支が赤字だった場合には親会社が穴埋めをしてくれるのが損失補填契約である。
赤字でも倒産するようなことがないから経営に頭を悩ませる必要はない。経営者なんかいらない(運営者がいればよい)。つまりクラブは一人前ではない、独立できていないということになる。プロ野球も全てこの形で成り立っている。
常に赤字を補填してくれる親会社がいるクラブ(運営会社)と、赤字を補填してくれる親会社を持たず運営会社(クラブ)だけで回しているチームが同じステージで戦うのはかなり厳しいということをサポーターも知るべき。
三菱から広告収入をどれくらい貰っているのか分からないが、ともかく損失補填契約を自ら破棄した浦和レッズは凄いということになる。


夕張市は夕張市土地開発公社の経営破綻によって破綻状態(財政再建団体)となったのである。
日本郵政公社は成立した2003年から民営化に伴い解散する2007年までの間に保有資産を次々と売却していったが(売却した資産は628物件)、この時に3回にわたる一括売却(抱き合わせ売却のバルク売却)で合計424(67.5%)の物件を落札したのが、リクルートコスモス(コスモスイニシア)を代表とするグループであったということを前に書いた。
その郵政公社による物件売却について会計検査院がレポートしていたが、最初の売却物件(有珠山噴火に伴う砂防事業用地として洞爺湖近くの土地を北海道に売却)の売却先は北海道土地開発公社であり、その土地価格も不可解であった。



●代表取締役 村田誠四郎

株式会社エム・アイ・エス顧問 
岡山理科大学、倉敷芸術科学大学他相談役

金沢の一営業マンから、書籍、学術書で有名な丸善株式会社の代表取締役社長となられた村田氏は、その在任期間数々の事業改革を実施され、また、伝統ある日本橋本店から、東京丸の内に丸善本店を移すという大変な決断をされた方でもあります。そのたぐい稀な経験や氏をそこまでに動かした想いなど、お話いただきます。
2009年度 金沢市中央倫理法人会 セミナー案内より)

1943年(昭和18年)3月6日金沢にて誕生
1961年 金沢二水高校卒業
    丸善株式会社金沢出張所入社
1978年 名古屋支店 電子計算機課勤務
1983年 金沢出張所 所長就任
1989年 本社(東京)営業統括部長就任
1992年 取締役就任
1996年 常務就任(管理本部長兼コンピュータ事業部長並びに環境事業担当)
1999年 専務就任
2000年 社長就任 
2007年 社長退任(卒業)

こちら↓のほうが東京勤務になってからの経歴が細かい。

1943年(昭和18年)3月6日生
1961年4月 丸善㈱入社
1989年4月 電子計算機事業部第三営業統括部長兼北陸営業所長
1992年3月 電子計算機事業部第一営業統括部長兼システムエンジニアリングセンター長
1992年6月 沖縄システムサービス㈱代表取締役
      取締役電子計算機事業部長
1996年6月 取締役管理本部長兼電子計算機事業部長
1997年6月 常務取締役管理本部長兼コンテンツ&ソリューションシステム事業部長
1999年4月 専務取締役管理本部長
1999年6月 専務取締役
1999年10月 代表取締役専務
2000年4月 代表取締役社長
2002年2月 トータルシステムソリューション㈱代表取締役社長
2003年4月 Maruzen International Co.,Ltd.代表取締役社長
2005年12月 丸善㈱代表取締役社長兼CIO(最高情報責任者)
2007年4月 退任

石川県金沢から始まり、東京本社勤務となったのは1989年からのご様子。
電子計算機事業部(コンピューター関係)で働いていた期間が長そう。
現在も企業戦略コンサルティングをベースにしてITソリューションやソフトウェア設計・開発・運用支援などを行っているという株式会社エム・アイ・エス(MIS)という金沢市にある会社の最高顧問に就任している。
その会社の株主はJBCCホールディングス(日本ビジネスコンピューター)。

丸善雄松堂株式会社(英: MARUZEN-YUSHODO Company, Limited)
日本の大手書店、出版社、専門商社である。文化施設の建築・内装、図書館業務のアウトソーシング等も行い、幅広い業務を手がけている。大日本印刷の子会社である、丸善CHIホールディングスの完全子会社である。

創業は、明治2年1月1日(1869年2月11日)。
創業者は福澤諭吉の門人・早矢仕有的(はやしゆうてき)である。設立当初から、世襲が基本だった当時の商習慣を廃し、所有と経営を分離するなど、事実上日本初の近代的会社として知られる。丸善は近代日本における西洋の文化・学術紹介に貢献し、その紹介する商品によって培われた気風は「丸善文化」と呼ばれ、多くの文化人に愛された。また書店のみならず、学術情報から服飾・高級文具・建築まで幅広く手がけており、創業時よりの商社的性質が現在も残る。


1989年に東京本社勤務となった村田であるが、その後丸善の経営は急速に悪化していく。

1990年代、丸善の経営が悪化し、東証一部上場の同社株式は仕手株となった。1999年、プリンストン債事件に巻き込まれ、56億円もの多額の特別損失を計上した。

仕手株とは仕手筋が利益を上げるために株価操作している銘柄。
プリンストン債事件とはクレスベール証券(イギリス)に出資していた天才相場師(天才詐欺師!?)と言われたマーチン・アームストロング(アメリカ人)にまんまと騙された事件である。

天才相場師であるとの触れ込みでアームストロングは年に何回も来日して講演会を開き、企業や金融機関など投資家を集めた。
騙されて詐欺のお手伝いをさせられてしまったのか、率先してしていたのか知らぬが、当時NHKは特集を組み「円建てで為替リスクがないのに、高い利回りが得られる」などと宣伝をしてやっていたそうである。
株式・不動産バブル期に投資した企業はバブルが弾けて青くなっていた。
膨らんだものは萎む。成長し続けるものはないのに、どうしてそんなことが分からないか不思議である。
バブルが弾けたため会社の保有する有価証券や不動産の時価が取得額よりもどんどん値を下げてきた。これを売れば明らかに損失が出る。やばい・・(まだ売っていない段階では含み損が出ていると言う)
そこにつけ込んだのがクレスベール証券の東京支店。そこは日興証券OBのゴロツキが集まっていたそうな。
含み損が大きく出ている有価証券などを時価で買い取って、高利回りのプリンストン債で運用すれば含み損がなくなると甘い言葉を囁いたのである。同時に担当者へのリベートも忘れなかった。
取得額>売却額(時価)ならば損失であるが、プリンストン債で運用するという形で損失隠し(飛ばし)する。
債券なのに元本保証で年20〜40%の利回りを出すと謳われたプリンストン債は結局全額償還不能という最悪の事態を迎えることになった。取得額>売却額0円
購入した日本企業は50社以上で、少ない社でも数億円、多いところで100億円以上購入した会社もあった。

顧客財産を管理していたリパブリック・ニューヨーク銀行(アメリカ)は、その財産をトレーディングで大損を出しているアームストロングの口座への補填に使用していたというから元本は保証されるわけもなく・・。
ところが法廷闘争にもなり、結局リパブリック・ニューヨーク銀行を買収したHSBC(イギリス)が損失の返却に応じることとなった。
問題が発覚した頃、リパブリック・ニューヨーク銀行はHSBCへ売却する運びとなっていた。
売却によってリパブリック・ニューヨーク銀行のオーナーが手にする額は数千億円の予定。日本企業へ損失補填してもまだ余裕で余る。プリンストン債問題が大きくなってHSBCへの売却が破談になるよりはなるべく円満に済ませたほうが得策だと判断したのだろうか。
しかし・・そのリパブリック・ニューヨーク銀行のオーナーはその直後に自宅で焼死体で発見される。何が起こったのか真相は闇に葬られた。
なにはともあれ企業の担当者にリベートを支払うというのは日本独自の慣習である。

丸善も1990年代に経営が悪化していて詐欺に遭い1999年に多額の特別損失を計上するほどであったのに、2004年には日本橋から丸の内に本店を移している。その決断をしたのが村田誠四郎社長(当時)だった。

2004年9月、旧・日本橋店に代わる基幹店「丸の内本店」を丸の内オアゾに出店、日本橋店は一旦閉店して建て替えを実施する。

2005年8月3日、経済産業省に提出した産業再生法に基づく事業再構築計画が認定され、登録免許税の軽減措置を受けることとなった。翌8月4日に、大和証券SMBCプリンシパル・インベストメンツから1000億円の出資を受け、同社が21.66%の筆頭株主となり、再構築計画を実施することとなる。

2007年8月3日、大日本印刷(DNP)と資本・業務提携。同月10日の大和証券SMBCプリンシパル・インベストメンツからの株式譲渡、2008年5月13日と8月20日の第三者割当増資を経て、大日本印刷の子会社となる。

2009年9月、大日本印刷のプレスリリースにより、同社出資の下で、丸善株式会社、株式会社図書館流通センター、株式会社ジュンク堂書店の3社が経営統合する方針である旨を公表。


2006年には不正会計処理が発覚している。
その時に社長を退任している。
丸善は(2007年4月)24日、昨年発覚した不適切な会計処理に関する調査結果を公表するとともに、02年3月期から07年1月期まで6期分の決算を訂正して発表した。売り上げの前倒し計上や原価の付け替えにより、連結営業利益の過大計上が過去6期で計8億1000万円に上ることが判明。経営責任を明確にするため村田誠四郎社長を含む6人の取締役が役員報酬の1―3割を3カ月返上する方針も発表した。

事件の舞台となった大学、図書館の設備工事を手掛ける事業部門を対象に調査を実施。調査した670件超の取引のうち69件で不適切な会計処理が見つかった。不正会計に直接関与したのは2人の幹部級社員で、取締役らの関与は認められなかったという。







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# by yumimi61 | 2017-10-30 18:49
2017年 10月 30日
日本国憲法の秘密-608- (加計学園問題について)
一般入試で大学に入学する人よりも、それ以外で入学する人が多い。
正規に入学するよりも、コネクションやらお金やら、かつて裏口や不正と言われていた形で入学する人のほうが多い。

こうなってくると、多数決や民主主義の社会では反転現象がみられる。
多い方が主流で、多い方が正しく、多い方が勝利する社会である。

一般入試で大学に入学する人よりも、それ以外で入学する集団のほうが正しくなる。
正規に入学するよりも、コネクションやらお金やら、かつて裏口や不正と言われていた形で入学する集団が勝利者となる。
法律を守っている人よりも法律を違反している人の方が多く、その恩恵に与っている人が多数いれば、法律違反には目を瞑り、そのうち悪いとも思わなくなるし、誰かが法律違反を指摘しても恩恵に与ってきた人は同調できなくなる。自分もそちら側の人間であることを知っているからだ。他者(別集団)を批判しよう者ならば「おまえだって同じだろう」と反論されるだけ。


社会はひっくり返る。
絶大な力を持った独裁者も、民衆という数の力で倒され、社会がひっくり返ることがある。
選ばれた少数の人間が、その他多勢の人間の数の力で圧倒され、社会や正解が変わることもあるだろう。
独裁者や少数の人間が間違いを犯していたならばそれもよい。
しかしそちらが正解だった場合には、社会には不正解が蔓延ることになる。
不正解だった言葉の使い方が多数になって正解に変わった事例は幾つもある。間違えた使用例が社会的コンセンサスを得たからである。
間違いを正しようがないのが多数決であり民主主義なので、ある意味においては独裁よりも性質が悪いシステムである。
ひっくり返らないシステムなのだから、独裁者や少数の人間はそれを利用することを思いつく。

ネットのフェイクニュースが問題になることがある。嘘であっても多数が支持すれば本当になるのだ。
でも「またフェイクニュースだろう」とか「匿名が蔓延るネットなんて嘘ばかりで問題あり」と結果的にフェイクニュースやネットが卑下され市民権を得ない社会ならば、それはまだそれ以外のものが多数派であるという証拠である。
その「それ以外」は「独裁者」「少数者」単独ではなく(これでは多数派にはならない)(あるいはフェイクニュースが多数に支持されるということ自体が勘違い)、「独裁者+その他多勢」「少数の人間+その他多勢」である可能性がある。


あるドレスが赤色に見える人よりも、黒色に見える人が多くなれば、社会的にはそのドレスは黒色なのだ。黒色のドレスが正しくなる。
人間は月面着陸していないと考える人よりも、月面着陸したと考える人が多ければ、月面着陸したという歴史が刻まれる。
地球は寒冷化していると考える人よりも、地球は温暖化していると考える人が増えれば、地球は温暖化していることになる。

人間社会のドレスの色には正解があるはずだ。何故なら色名は人間が定めたものだからだ。
ドレスの横に色見本を置いて、ぴったりの色を探し出せばよい。人間社会ではその色が正解である。

人間が月面着陸したかどうかにも正解があるはずだ。正解というのは月面着陸が事実か否かということだ。
それを知っているのは限られた人間のみ。
人間は本当のことを言うことも嘘を言うことも出来る。だから客観的に真の正解に辿り着くことは出来ない。
自分が月面着陸して人間が月面着陸したかどうかを確かめるという方法はある。
しかし例え成功したとしても、過去の成功を証明するものにはならない。
またその新たな成功(あるいは失敗)も限られた者の事実でしかない。
月面着陸する人が人類の半数を超えるほど身近にならなければ、月面着陸は客観的事実にはならない。
「月面着陸したに違いない」という個人の主観的事実の集合体が正解になっているに過ぎない。

地球は温暖化しているのか寒冷化しているのか、「~化」という言葉に未来を含めるならばこれには正解がない。
誰も未来に行ってそれを確かめてくる術を持っていないからだ。
正解がない、これは多数決や民主主義の威力が最も発揮される分野である。
正解があるのは今現在が温暖か寒冷かどうかとうことだけ。
もう少し正解の幅を広げれば、近い過去から今日までが温暖化しているか寒冷化しているかどうかということ。後ろ向きの答えしかない。
未来には正解がない。


1+1=2を正解とする人と、1+1=3を正解とする人がいる。
小学校の算数では1+1=2が正解である。
でももし整数1の中に本当はこのような数字が隠れていたらどうだろうか。
1.1+1.1=2.2≒2  ⇒1+1=2
1.9+1.9=3.8≒4  ⇒1+1=4
1.5+1.5=3.0   ⇒1+1=3
1.4+1.4=2.8≒3  ⇒1+1=3

言葉では主語や述語や修飾語を省いてしまうことが多々ある。
数字でもそうした用法(思考回路)が用いられないとは限らない。
表現と数式で示されるものは違うということを知る必要がありそうである。
正解を出すためには、整数だけなのか少数も含まれるのか、四捨五入なのか切り捨てなのか切り上げなのか、人や場所に適したルールが必要である。
その場に適した正解があるのに他の正解を許せばおかしなことになる。
違いがあるのに違いがないように振る舞えばおかしなことになる。そのずれは重なっていくほど無視できない大きなものとなっていく。




加計学園の獣医学部(岡山理科大 獣医学部)(岡山理科大の今治キャンパス)の建設を請け負っているのは、
・自民党の逢沢一郎衆院議員の祖父が創業した(現在は従兄が経営)アイサワ工業
・民進党・羽田雄一郎参院議員(羽田元首相の息子)の妻の実家が創業家である大本組
いずれも岡山の建設会社である。

逢沢一郎議員を覚えているだろうか。
「リベラル政権を創る会」のメンバーでもあった議員である。

自民党は、社会党の8党派連立政権離脱直後から、前幹事長の梶山静六を中心とした「参謀本部」のもとで、佐藤孝行、野中広務、亀井静香、与謝野馨、白川勝彦らが水面下で社会党工作を開始。また自民党は自社連立政権樹立後の政権運営を想定して、村山首相を誕生させるための自社有志による勉強会を開き、「リベラル政権を創る会」と「憲法問題研究会」というふたつのグループを作った。ここでの政策研究が自社さ連立の政権政策の基礎となるとともに、首班指名選挙における村山首班側の基礎票となった。

リベラル政権を創る会には、自民党から逢沢一郎、安倍晋三、衛藤晟一、小川元、川崎二郎、岸田文雄、熊代昭彦、白川勝彦、二田孝治、村上誠一郎、谷津義男が、社会党からは金田誠一、中尾則幸、伊東秀子が、護憲リベラルの会からは翫正敏、西野康雄(旭堂小南陵、現・旭堂南陵)、国弘正雄、田英夫、三石久江が、二院クラブからは青島幸男と下村泰(コロムビア・トップ)が、無所属から紀平悌子が参加した。憲法問題研究会には自民党から石原慎太郎と松岡利勝が、社会党からは北沢清功、秋葉忠利が参加した。


「自社さ連立政権」での内閣総理大臣指名選挙では、自民党の議員もほとんど社会党の村山に投票した。
村山に投票しなかったのは中曽根康弘・渡辺美智雄などごく一部の議員しかいなかった。
「自社さ連立政権」が規制改革の緒なのだ。
その時「リベラル政権を創る会」に参加していた安倍晋三が今現在首相となっている。


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【加計学園の獣医学部(岡山理科大 獣医学部)(岡山理科大の今治キャンパス)の建設】

●設計 SID創研・大建設計 設計共同体(代表はSID創研)
●工事監理 同上
●施工 アイサワ工業、大本組
●総事業費(建設費) 192億円(96億円を今治市が負担)

■1期工事 2017年3月に開始で2018年3月末までに完了予定(2018年4月開校予定)
A・B敷地 ・獣医学部棟(鉄骨造7階建て延べ約1万3600㎡)
     ・ 管理棟(同4階建て延べ約4900㎡)
     ・獣医学教育病院(同約7600㎡)

■2期工事 2018年6月頃より開始で2019年3月までに完了予定
A・B敷地 ・大講義棟(同2階建て延べ717㎡)
     ・大動物実習施設(同平屋建て1220㎡)
C・D敷地 ・体育館(同2階建て延べ2800㎡)
      ・グラウンド
      ・駐車場
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建設は今治市議会が土地の譲渡と建設費半額負担を決議した翌日2017年3月4日から始まっている。
前年10月末に加計学園から今治市に土地の事前調査をさせて欲しいとの申し入れがあったことは先に述べた。
どうもその頃から地元ではどこか建設を受注するかが関心事になっていたようだ。
公共事業ならば入札となるが、事業者(建築主)が私立加計学園である以上、施工業者を決定するのは加計学園である。
岡山県を本部とする加計学園は、愛媛県今治市に建設し、今治市から公金が大量投入されるにも係わらず、地元業者ではなくて岡山県の業者を選んだ。
下請けに一部地元業者が入っているようだが、それは市長のお抱え業者だとか。








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# by yumimi61 | 2017-10-30 11:50